薔薇の意味を知っていますか「お花おひとつどうですかー?」
城下から続く中央街道は今日も活気がいい。道は煉瓦(れんが)で整備され、露店が立ち並んでいる。この様子は珍しいことではなく、いつもこうなのだ。人の行き来が最も多い中央街道には絶好の商売の場でもある。
そんな中央街道でリリーは明るい大きな声で呼び込みをしたり、道行く人に声をかけて稼ぎを得ようとする。
「こんにちは、リリーちゃん」
不意に現れた人影にリリーは振り向き、微笑みかける。
「こんにちは、オリクスさん。謹慎処分はもう解けたのですか?」
「うん、お見舞いに来てくれてありがとう」
第五騎士団(レオ)団長オリクスがふわりと笑ってそう答えた。
ふわふわと軽い赤髪の間から覗く白磁の肌と、光に透かしたペリドットのような瞳が印象的な素敵な男性だ、と若い女性客が騒いでいたことにも納得する。
第五騎士団は魔女を取り締まるエリート集団のひとつだ。通常魔女は犯行現場を取り押さえられた後、特別な裁判にかけられ特例でもない限り処刑という厳しい罰を受ける。オリクスは裁判にかけられる前に徒党を組んでいた複数人の魔女を単独で捕まえ、独断でその全員を殺害してしまったため三週間の謹慎処分を受けていた。
それが晴れて解けたらしく、以前のようにリリーに会いに来たらしい。
「外に出られるようになるの、前よりはやかったのですね」
「まあね。今回はほら、怪我してないし」
自分で振った話題でありながら、リリーは後ろめたい気持ちになった。
四ヶ月ほど前から常連客として花を買いに来ていたオリクスは、三ヶ月前に大怪我をした。東区で第四騎士団(キャンサー)と魔女の集団が戦闘し、うち五名の魔女が第五騎士団が管轄する中央区に逃げてきた。いつものように中央街道で花を売っていたリリーは気が立っていた魔女に襲われた。取り囲まれ、刃物で切りつけられると思い腰が抜けて動けなくなっていた時に、通りかかったオリクスがリリーをかばってくれた。オリクスは背中を何箇所も切りつけられた。オリクスが直接教えてはくれなかったので詳しく怪我の状態を知らないのだが、剣で何度もめった切りにされ平気な人間などいるはずがない。
第四騎士団が助っ人に来るまでオリクスはリリーを抱きしめたまま動かなかった。助っ人の登場によってうまれた隙をつき、その場でオリクスが魔女全員を殺害した。
やはり例のごとく裁判にかけられていない魔女を独断で殺害したとして一ヶ月の謹慎処分となった。その期間が終わってからも、オリクスは怪我の療養のために仕事を休んでいた。
「あはは、ごめんねそんな暗い顔させて。俺が好きで怪我をしちゃっただけだから、気にしないで?」
「えっと、でも、リリーがぼうっとしていたせいなのです」
オリクスはうーん、とわざとらしく困った顔で笑ってみせた後、懐から貨幣を取り出して、リリーに渡した。
「今日は赤い薔薇(ばら)の蕾をひとつくださいな」
「は、はい!」
沈んだ顔で商売をするなんてお客様に失礼だ、とリリーはいつもの笑顔に戻った。
「どうぞ、なのです!」
「ありがとう」
オリクスはルビーよりも奥深い赤い薔薇の蕾をじっと見つめた後、リリーを手招きして近くに来るように促した。なんだろうと疑問に思いながらもリリーが近づくと、オリクスは器用な手先で赤い薔薇の刺(とげ)を素手で落として、リリーの頭にさした。薔薇の刺を素手で取ったりして怪我はしていないのかと心配でリリーはオリクスの手を覗きこんだ。するとオリクスが魔法で身体を保護しているからこの程度では怪我をしない、と説明してくれた。
「やっぱり可愛いね。お花屋さんがお花を身につけている方が、お花は売れるよ。前にも言ったけれど」
オリクスは満足気に笑った後、リリーの頭にさした薔薇の花に軽く口付けた。リリーはその行為の意味が理解できず首を傾げたが、赤い薔薇を贈られたのだと気が付きオリクスに声をかける。
「オリクスさん! 薔薇を一本、人にプレゼントする意味を知っていますか? 赤い薔薇の蕾の花言葉とか」
「ううん知らない。何か意味があるの?」
「えっと」
リリーが顔を真赤にして口ごもっていると、オリクスがリリーの頬に両手を添えてリリーの瞳をじっと見つめた。
「何か恥ずかしい、もしくは不吉な意味だった? 俺、花言葉とかうとくってさ。良かったら教えてほしいな」
オリクスが面白そうにそう聞いてきたので、説明しようとリリーが口を開いたときにオリクスが別の場所で呼ばれた。またね、と簡単に挨拶をしてオリクスは帰っていった。
リリーは明日ちゃんと伝えたほうがいいと固く決心をした。
***
「ねぇウルカ、知ってるぅ? 薔薇をプレゼントするとき本数、色、花の状態で意味が変わるんだよぉ」
「えっそうなんすか。知らないっす」
薔薇は人に意味を知らないでプレゼントしちゃうと大変なことになるんだ、と前置きした後オリクスはにこにこ笑いながら言葉を続けた。
「たくさんあるんだけど、そうだなぁ。まあ数説あってどれが正しいのかよくわからないんだけど、俺が好きなのはねぇ……一本の薔薇で『あなたしかいない』かなぁ」
「へぇロマンチックっすね!」
ウルカのためにつらつらとオリクスは花言葉も交えながら意味を披露する。
「赤い薔薇の蕾は花言葉が愛の告白なんだよぉ。女の子を口説き落としたくて必死で覚えたんだよねぇ」
と苦笑しながら。