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    三千世界の魔王サマ!!--01_そして石は投げられた「何このクソゲー、やってらんない」
     じめじめと、湿気の膜が纏わりつく四畳半。畳に食い込み、重力を主張するアルミベッド。積んでは崩してを繰り返す、プラスチック製のゲームのパッケージ。
     手汗を帯びた携帯ゲーム機をベッドの上へ放り投げる。真っ黒な画面に真っ白な「Game Over」。ゲーム機に背を向け、マットレスに背中を預ける。そのまま畳を滑ると、姿勢を崩していった。後頭部が布団に埋まると、背中に手を伸ばし、布団の上でゲーム機を二、三度滑らせてから回収する。
     つい先刻、見たばかりの画面と全く同じ画面。このゲームは不正を働いている。
     敵の群れへと飛び込み、竜の住処で食事をし、何度倒れても勇者は死なない。迫る壁に挟まれても、煮えたぎるマグマに落っこちても、結果はおんなじ、あっちっち、じゃないっつーの。
     金色の髪を揺らして膝をつき、地面に倒れたと思ったらブラックアウトで再ロード。何事もなかったかのように剣を握って立っている。勇者が不死身とか、笑えない。

     こんにちは。魔王さまは、火星から来た魔王様です。日々、何千何万と死んでいく地球の魔王を救うため、火星から来た悪の使者なのです。
    「ねぇ、今死んだじゃん、勇者。せこくない? 魔王さまおこだよ、おこ」
     人差し指で金色の後頭部をつつきながら、がめん液晶の向こうの勇者に問いかける。しかし、画面のこちらから向こうの様子が窺えても、向こうはこちらに気付かないらしい。てっきり魔王さまが魔王様だから、勇者がシカトしているのかと思ってた。それならそうと早く言ってよね。魔王さま、メッチャ勇者に話し掛けてた。
     そしてどうやらこの勇者、魔王さまに幻惑かタイムリープの魔法をかけているらしい。何度も何度も同じ作業を繰り返させ、魔王さまの意思を挫くつもりらしい。なんだよ勇者、勇者の癖にちまちました方法取ってんじゃねぇよ。しかしそっちがその気なら、魔王さまにだってそれ相応のやり方がある。
     大体、魔王さまは魔王様なんだから、勇者のルールに従う必要なんてない。つか、勇者のルールなんて脇道からぶっ壊してあげるのが火星のルールですから。魔王さまには魔王様のルールを適用する的な? ってか、魔王さまがルールですから。
     スウェットで手を拭くと、画面へ手を伸ばす。熱を持った液晶をするりと抜けると、砂の中へ指を埋めたみたいに、ぎゅっと締め付けられるような、冷たい感覚が皮膚を包む。
     目を閉じ、手首を、腕を、画面へ埋めていく。大きく息を吸い込むと、画面の中へ飛び込んだ。


     そもそも、間接的な手段で解決しようとしたのが間違いだったのだ。そんなまどろっこしいことせずとも、勇者に直接会ってぶん殴ってやれば良い。それが魔王ってもんでしょーが。
     改めて辺りを見回す。先程の四畳半と打って変わって、見渡す限りの大草原、草生やしすぎ。幾度のタイムリープを越えてきた魔王さまの記憶を辿るに、ここは「はじまりの平原」ってやつに違いない。ってかさっき、そんな表示を見た気がした。
     ここは特に勇者が通っていたからよく覚えている。だけどこの辺に住む魔物は弱過ぎるから、魔王さま的にはあまり好きくない。どれほどの群れへ突っ込んでも、勇者のレベルの肥やしにしかならないのだ。
     しかし、緩やかな丘陵が続くこの場所なら、目的の物も直ぐに見つかるはず。ついさっきまで画面の向こうから見てたんだから、勇者がこの近くにいるのは間違いない。とりあえず高い場所から見渡そうと、なだらかな斜面の上を目指すことにする。
     あまり人が通る場所ではないのだろう。脛の辺りまで伸びた草々を掻き分け、斜面を登る。朝露で湿る草は滑りやすく、踏ん張りが利かない。それでも傾斜と悪戦苦闘していると、
    「お前、こんな所で何をしている」
    突如、魔王さまの隙を突き、背後から男の声がアタックしてきた。先制攻撃とは卑怯なり。いつも前向き、魔王さまの良い所を逆手に取るとは、さては貴様、魔王さまのファンだな。
     肩へ伸ばされた手を、盆踊りを踊るがごとく華麗にかわし、シュババッと音を立てて後ろにワンステップ。小賢しいファンから距離を取る。YES魔王さま、NOタッチ。卑しき平民が、気軽に触れて良いお方ではなくってよ。
     シュワッチと気合を入れ、戦闘態勢、不審な男と相対する。お巡りさん、この人、突然声かけてきたんです。怪しいんです。不審者なんです。
     爪先を相手に向け、威嚇をしながら相手の出方を窺う。鏡を合わせたかのごとく、左右対称の顔。さらさらの金髪碧眼。あとなんか、キラキラしたイケメンオーラ。間違いない。こいつが勇者だ。イケメンだし。むかつくし。ぶん殴るし。今後の参考にするためメモっておこうか。って、魔王さま手ぶらじゃん。上下スウェットじゃん。こんちくしょう全て勇者が悪い。
     仕方がないので先手必勝怒りの鉄拳といきたいところだが、魔王さま自ら地を歩き勇者を殴ってしまうのは、魔王的美学に反する。玉座に座ったまま相手をしてこそ魔王だ。あと、魔王さま裸足だからなるべく歩きたくない。足痛い。何この雑草、ちくちくするんですけど。焼け野原にしてやろうか。
     丁度良いことに、勇者は魔王さまの魔王的オーラに圧倒されて口をぽかんとあけている。これなら詠唱を阻害される心配もなし。よし一発、最強魔法をお見舞いしてやろう。
     肩から指の先までを地面と平行に繋げ、掌を天へ向ける。もちろんもう片方の腕は腰がベストポジションだ。
    「闇の炎に抱かれて……――馬鹿なっ!?」
     一直線に伸ばしたまま腕を振り回し、もうワンステップ勇者から離れる。いつもだったらこの手の平のへっこんでる辺りから、魔法がむはむはーっと出てくるはずなのに、皺をなぞっても、両手を合わせて円を作っても、何も起きる気配がない。
     カッコいいポーズをとっても、中国三千年の歴史を披露しても反応なし。
     え? さっきまで魔王さま、魔法使ってたよね? なんで使えないの。画面の向こうからワープしてきた時は使えてたのに、急に使えなくなるとかなにこれ理不尽。ちょっとこれ、魔王さまあとで火星に帰れるの? 大丈夫? 問題ない?
    「おのれ勇者! 卑怯なりーー!」
     きっと勇者が、魔法が使えなくなるような魔法を使ったに違いない。勇者のくせになまいきだ。そういうのは魔王さまの専売特許だっつーの。あと魔法って言いすぎてよく分んなくなってきた。精神汚染まで使うとは、お前勇者の意味をググってこい。
    「勇者? 何の話だ。お前はさっきから何故踊っている。子供は村で大人しく……」
    「魔王さまはガキではない! 魔王さまは魔王様だ!」
     魔王さまが一歩踏み込むと、勇者は獣を追い払うように腕を払う。
     失敬な。魔王さまのこの御姿は、上下スウェットを含めて、土曜朝八時に絶賛放映中のキッズ達に大人気のアニメの魔王を真似ているのだぞ! カッコいいではないか。代わりにサインをしてやっても良いんだぞ。
     しかし魔法が使えなくなったとはいえ、これで万策尽きた訳ではない。知将魔王は諦めの良いタイプだ。魔法がダメなら物理攻撃。前衛後衛どちらもいけちゃう魔王さま。素敵、惚れちゃう、ちゅーしちゃう。
    「勇者、今度こそ覚悟ーー!」
     Bダッシュで間合いを詰め、そのまま接触事故を起こすつもりで掌底打ちを打ち込む。狙うのは勿論顔だ。そのキレイな顔をフッ飛ばしてやる!!
    「――っいたい!」
     勢いよく勇者の顔面に飛び込み、魔王さまの手の平から顔面までの距離がぐしゃりとつぶける。あれ、なんかおかしい。手の甲にタッチしたの、魔王さまのおでこじゃない?
     中心から遠い場所を狙ったのに、直立不動、勇者ぶれない。勇者に向かうはずだった力がそのまま魔王さまに反ってくる。今ごきっていったから。
     腕が変な方向に曲がった気がして、ほんとはそんなことないんだけど、そのまま地面でのた打ち回る。目の前にあるのは勇者のブーツ? 精神的にも残機減った気がする。
     こんなにも痛いのに、勇者は何が起こったのかも良く分かってないような顔して鼻筋を撫でている。ガムとか貼り付けてないですから。こいつ、何で出来てるの? そうだよね、プロテインだよね。いや魔王さま、どちらかいうと頭脳担当だから。全部、だから、勇者が悪いんだってば。
     何が起こっていると言うんだ。しんっじられない。魔王さまの書いた喜劇では、こんなシナリオ載ってない。今頃魔王さまは勇者の屍の上でピースしていたはずなのに。
     魔王さまは天才だけど、猿も木から落ちるって言うし、魔王さまはどちらかと言うとドラゴンタイプだけど。カッコ良いし。だから冷静になれ。 いやいやいやいや魔王さま、やれば出来る子、げんきのこ。
     まずは現状の観察、分析だ。現状を打開するヒントは今見えてる中にあるものだって誰かが言ってた気がする。
     よくよく見てみればこの勇者、99レべ、レベルがカンストしてるじゃまいか。ここで何してたんだ勇者。洗濯バサミでボタンを固定して、か弱き魔物達を狩り続けていたのか。ひと狩りで我慢しろって。ゲームは一日一時間。健全に悪事を働いていた魔物達が、こう無慈悲に狩られて良いものだろうか。否、良い訳がない。だからこそ魔王さまが、この世界に悪の繁栄をもたらすのだ。
     しかし、トリックが分かってしまえばあとは簡単だ。たとえ勇者がレベル99だったとしても、魔王さまは256レベになればいい。今まで忘れていたが、タイムリープで経験値を稼ぎまくった魔王さまは、2の累乗の壁などとうに乗り越えているはずだ。進撃の魔王さま。勇者なんてキャッチ&リバースだ。
     そうと決まれば魔王さまのレベルをチェーック。勇者、土下座するなら今の内だぞ。
    「勇者! いいや、勇者さま!!」
     ……人の価値などレベルじゃ測れないから。魔王さまのレベルが1だったのは、多分オーバーフローとかそんな感じだ。神様、上限設定忘れちゃったんじゃないの。
     それにしても気のせいか、先程から勇者がなんだか遠今気がする。物理的に。きっと魔王さまに恐れをなして逃げ出したのだな。仕方ないなぁ、勇者は。でもそんな離れると魔王さまの声聞こえないの、届かないの。魔王さま超寛大だし、許してやるから足を止めろ。あ、ちょっと待って、勇者すばやさもカンストしてる。足はやい。
     勇者の足の先が向かうのは、少し前までの魔王さまと同じ、丘の上。なんのためにそんな場所へ向かうのかは知らないが、ここで勇者を見失うのはすごく困る。一度離れてしまうと、もう一度探し出すのはめんどくさい。
     どんどん遠くなっていく勇者の赤いマントを追い掛けて、草の上を走る。こういうの、魔王さまのキャラじゃないと思うの。キャラ崩壊だと思うの。
    「お、お待ちください勇者さま!」
     立ち止まりもしない勇者のマント掴み、引き止める。プライドと足の裏の皮をかなぐり捨てて魔王さまが走ったのだ。もう、意地でもこの布は離さない。マントがワイルドになりたくなければ足を止めるんだぜぇ。
     しかし、流石勇者。脅しには屈しない。そんな所だけ勇者しなくていいんだから。
    「……」
     ずるずると2、3メートル引き摺られ、もう楽になってもいいかなって思ったところで、ようやく勇者が足を止める。
     雑草で足の裏、超切った。魔王さま、防御にパラメーター振るべきだった。超痛い。
     振り払おうと伸ばされた勇者の腕を、逆に握る。
    「まおう……まお……まお……、僕はマオです! ぜひ勇者さまの旅をお供させて下さい! まお……まお……、マオは貴方のお役に立ちたいのです!」
     作戦変更だ。レベルを上げて物理で殴る。うん、それでいこう。


    「勇者さま! マオさん、肩揉みます! 肩!」
     はじまりの平原を、足を止めることなく進んでいく勇者。魔王さまは、いつでも背後からグザ、が出来るよう一歩後をついて行く。魔王さま奥ゆかしすぎて、魔王さま惚れちゃいそう。ちゅーするから誰か鏡持ってきて。
     馬鹿め、勇者。魔王さまの同行を許したのがお前の運のツキだ。しかし魔王さまは魔王様だし、土下座というものをしたのは初めてだったが、こうも簡単に勇者の意思を挫けるものか。痛くもないし疲れない。恐るべし土、下、座。魔王さまのファイナルウエポンにしてやってもいい。
     勇者に取り入っておいて、油断した所で一撃必殺、魔王さま頭良い。騙し打ちというのも魔王らしくて案外良いかもしれない。勇者、世界の半分をくれてやってもいいのだぞ。
    おまけに勇者の後ろについていれば、戦わずとも経験値がっぽがっぽ。さすが知能派魔王さま。か弱き魔物たち、魔王さまの肥やしになってくれ。魔王さまはお前の屍を越えていく。
     高笑いしそうになるのを抑えつつ、勇者の後ろをぺたぺたとついていく。勇者は終始無言だし、歩く以外やることがないので辺りの景色をきょろきょろと眺める。
     丘陵には背の高い木もなく、ずっと遠くの景色に靄がかかっているのまで見える。見渡しが良いと言えばそうなのだが、さっきと今で見える景色も変わらず詰まらない。
     しかしこの勇者、どこへ向かっているのだろうか。もしや道に迷ったのではあるまいな。同じ場所をぐるぐる回っていると言われても、魔王さま信じちゃう。
    「勇者さま、マオさん達はどこに向かっているのでしょうか」
     背中に問いかけてみても返事はなし。不愛想過ぎるぞ勇者。愛想笑いぐらいは出来んのか。魔王さまは今直ぐにでも高笑いしたいぐらいなのに。
     そして気のせいだろうか。日も沈み始めた気がする。勇者の足から生える影が伸びた分だけ、彼との距離が伸びていく。だから勇者、足速い。魔王さまの足ずたぼろグロテスクなの。知ってるよ勇者、お前モテないだろ。魔王さまがモテないのはお前が悪い。
    「ま……マオくん、ストップ、だ」
     影踏みで勇者を百回ほど殺した頃、漸く勇者が言葉を発した。
     マオくんだって。魔王さま、初めてくん付けで呼ばれたよ。言っとくけど、勇者よい魔王様の方が社会的地位は上だから。魔王様は王様だから。
    「……敵だ、よ。マオくん」
     やけに歯切れの悪い勇者。勇者の視線の先を見れば納得。目の前に立ちはだかる敵は人間だ。仲間割れってやつだろうか。魔王さまもさっきまでやってたからな。その道のプロだぞ。敬え。
    「僕には、君が正しいとは思えない」
     敵パーティの先頭に立った男が、前振りもなく勇者に剣先を向ける。何勇者、そんなに嫌われてんの。思わず笑いそうになるのを堪えると、魔王さまの口の隙間からぷしゅーっと空気が漏れた。
     柄から切先まで約1メートル。それに男の腕の長さを足すと丁度勇者の鼻先に届く。
     よくよく見てみれば、相手の男も金髪碧眼、人のよさそうなイケメンではないか。どうしよう、勇者と見分けがつかないぞ。しかしお供に付けているのは魔法使いと僧侶の女の子。ハーレムってやつか。勇者殺せ。即刻殺せ。
    「こんなやり方間違ってる。たとえ君の方法で世界を救えたとしても、人々の心までは救えない」
     剣を突きつけながら、男が言う。よく分からんが、意見が対立しているらしい。勇者は男の顔を見ないまま、剣を手の甲で払い男の腕を下ろさせる。
    「では君は、このまま滅びを待てというのか。根を腐らせたまま何をしたところで、意味がない。倒れるのを待つだけなのは、僕はごめんだ」
     先程とは打って変わって、流暢に話す勇者。口を通る言葉は滑らかだが、最初に合った時の様子とも、また違う気がする。
    「いつもの君に戻ってくれよ。君はそんなこと言う奴じゃなかったじゃないか」
    「君の思う僕とはなんだ。それは君の理想を押し付けているだけだろ」
    「僕はそんなつもりじゃ……お願いだ、今からでも遅くはない。僕と一緒にやり直そう」
    「僕は何も間違っていない。……間違いを認めるのは君の方だ」
     対話パートが終わって、いよいよ勇者も剣を抜く。そうか勇者は剣を使うのか。今まで相対した魔物達があまりにも雑魚だったので、武器を抜いたのを初めて見た。どうやらこいつは、今までの雑魚とは違うらしい。
     しかし勇者と敵の勇者もどき、二人並んで会話するのはやめてくれ。どっちがどっちだったか分からなくなってくる。唯一無二の魔王さまをもっと見習って欲しい。
     剣を向かい合わせたまま、両者は暫く沈黙していたが、先に動いたのは素早さがカンストしている方の勇者だった。トロールが棍棒を振り回すが如く、重力を味方につけ鈍器をぶん回す。これが本場のレベルを上げて物理で殴るか。やっぱり強いじゃん、この作戦。
     重い一撃を剣で流した勇者が……勇者が勇者で、勇者が勇者で? 一度刃と刃がぶつかり二人の立ち位置が変わると、どちらが勇者か分からなくなった。恐らく、女の子に応援されてない方の勇者が魔王さまといた勇者だが、そういう決め付けはダメだと思うので、魔王さまはどちらも応援しない。
     いつの間にやら雨が降り始め、勇者達が踏み込む度、ぱしゃりぱしゃりと音を立てる。さっきまで晴れてたはずなのに急に天気変わりすぎじゃない? ぬかるんだ上に傾斜のついた地面。危険極まりないので魔王さまは一歩たりとも動かない。魔王さまはお腹を下しやすいほうなので、早く屋根のある場所に入りたい。
    「君は何時からそんな勿体ぶった言い方をするようになったんだ」
    「勿体ぶった物言いをしているのは君の方だろう」
     勇者一号と勇者二号が青春アルバムのページを増やしていく。もう、勝った方が勇者で良いんじゃないかな。魔王さまもう帰りたい。
     しかし魔王さまと一緒にいた勇者が負けたら一緒にいる魔王さままで負けにカウントされないだろうか。そうでなくともこれ、お前もあいつの味方かーとかいって勇者二号に嬲り殺される展開ではなかろうか。魔王さま、そういう展開ちょっとしかそそらないから。
     ええい、この際一か八かだ。その辺に転がっていた石を拾い、勇者二人に狙いを定める。
     この石が当たった方が偽勇者だ。本物の勇者ならこれぐらいかわせて当然だろう。
    「ええい、ままよ!」
     指先を離れた小石が大きく弧を描く。勇者二人の丁度真ん中を滑空した小石はそのまま地面を跳ね水溜まりに波紋を作る。
    「これで終わりだ」
    きいん、と金属同士がぶつかる音がして空を向くと、くるくると空を切る鉄の棒。遠心力で飛距離をの伸ばした剣は、お約束と言わんばかりに魔王さまの目の前に突き刺さった。
    これは魔王さまに剣を握れという、神の御達しだろうか。だけど魔王さまは魔王様なので神の言うことは聞かない。
    「俺は俺のやり方で、この国を変えてやるさ」
     武器を失った勇者に、切先を向ける勇者。この際どっちがどっちでも良い。リア充が滅んでも勇者が倒れても、魔王さまはどっちでも嬉しい。後のことは後考える。さぁ止めを刺せ、仮勇者。
    腕を振り上げ、あと少し、という所で仮勇者は剣を止める。
    「行こうか、マオくん」
     なるほど勝ったのは、お前だったのか。勇者は雨を振り払い、剣を鞘にしまう。やはり勇者は勇者ということか。すごく勿体無い気がするが、負けた方の勇者にも勝てる気がしなかったので、勇者の後に続きその場を離れる。
     振り返ると、刃物で切られた訳でもない偽勇者の拳から、血が滲んで雨水へ流れていた。そして魔王さま、足痛い。雨水が、傷が沁みる。


     それからの旅路は実に順調だった。
     宝箱から装備を拝借したり、民家の引き出しからアイテムを拝借したり、トイレの便座からグミを拝借したり。カンスト勇者の後ろから付いていけばいいだけなので、苦戦することなど何もない。
     かくして、魔王さまのレベルはガンガン上がり、足の裏の皮はガンガン厚くなっていった。今なら健康マッドの上だって歩けそうだ。
     勇者のレベルはそおっと覗いてみたが、103レべになっていた。勇者の成長期はまだ終わった訳ではないらしい。

    「これが魔王城か」
     長い長い旅を越え、信頼関係を築き、背中を預けあえるようになった頃、魔王さまは魔王城に辿り着いた。
     しかし魔王さまのレベルは38。魔王に挑むにはちょっと心許無い……じゃなかった、勇者に挑むには心許無いレベルだ。
     賑やかな城下町。行き交う人と馬。足の裏は強化したけど、甲の方はまだなので踏まれないよう気をつけて歩く。万が一小指の先踏まれれば、その時点でゲームオーバー確定だ。
     王城まで真っすぐ伸びる大通り。その脇には様々な店が並び、活気に溢れている。しかし魔王城にしてはやけに人間が多い。これが噂の闇落ちとかいうやつだろうか。地球の魔王、やるな。後で闇落ちの方法を教えて頂こう。
     それにしても、なんと平和な光景だ。この景色を守るため、魔王さまは魔王を守らねばならない。唾を呑み込み、拳を握る。
     残された時間は、あと僅かだ。

     さて、たった今、リアルタイムで魔王が殺されそうなのだが、どうしたものか。
     数ある扉を通り抜け、襲い掛かる雑兵を千切っては投げ、千切っては投げ(勇者が)。今、最後の扉が開かれようとしている。
     せめて勇者の背後を取りたかったのだが、「君の背後は僕に任せて」と、カッコいい台詞を言われてしまった。しかし先頭に立ったこの姿は、まるで魔王さまが勇者みたいではないか。しかし魔王さま、正直先頭大好き。魔王さまを盾にしてやろう、というのが勇者の目論見だろうが、そうは問屋が卸さない。確かに魔王さまのパラメーターはぼうぎょ極振りだが、生憎足の裏にしか振ってない。それ以外は今まで通り、もっちりやわ肌のままなのだ。
     今までで一番重い扉を体重を乗せて開き、三十センチの隙間を抜けた先は、いわゆる玉座の間だった。扉のある辺を除いた壁は、全面ガラス張り。石の床の上を一直線に伸びたカーペットは赤色で、扉と玉座を結んでいる。魔王さまの三倍はある大きな椅子に腰かけている彼女が、恐らく魔王だ。足を組んでてちょっとエロい。あとちょっとで見えるのだけども。
     扉をすり抜けた先で待ち構えていた兵士達が、一斉に魔王さまに剣を向ける。しかしお前らの相手は全て勇者が引き受ける。
     彼女の、いかにも魔王らしい登場シーン。魔王さまもそういうのやりたかった。ってか、魔王さまもこういう所に住みたい。四畳半一間じゃなくて、せめて1LDK欲しい。洗濯機とか屋内に置きたい。冬とか寒いし。
     嫉妬で狂ってしまいそうだったが、魔王さまはこの魔王を助けに来たのを忘れてはならない。予定が狂い、少しだけレベルが足りないが何も作戦がないわけじゃない。後ろからグサ作戦だって、未だに健在だ。最悪勇者が倒せなくとも、魔王が無事なら問題ナッシングだ。それなら何だかいけそうな気がする。
     勇者が魔王を倒すには、勇者は魔王に近付かなくてはならない。要するに、勇者は魔王さまの前に出なくては、魔王を倒せないのだ。なら勇者を前に出さねば、勇者が魔王を討つことはない。その上、もし勇者が魔王さまの前に出たとしても、そのガラ空きの背中をグサーッだ。我ながら完璧な作戦。流石魔王さま、隙がない。
    「マオくん、おとりは任せたよ」
     馬鹿め勇者。そうやって精々魔王さまを信頼しているが良い。それとなーく勇者の車線上に入り、追い越しを阻害してやる。口笛なんかも吹いていれば上出来だ。
     魔王さまは勝利を確信した。これぞ魔王さまの作戦勝ち。頭脳派プレイの大勝利。なんなら末代まで語ってくれたっていい。
    「お疲れさま、魔王くん」
     それはたった一言。一瞬だった。
    なぜだろう、足の裏以外の場所が痛い。そうだ、胸が痛いんだ。これは恋か、恋患いなのか。余りにも愛おし過ぎる魔王さまに、恋をしてしまったのか。気付いてなかったけど。
     これはまるで刃物でぶっ刺されたような痛みだ。痛みに膝が抜け、そのまま池に落ちてしまいそうだ。いや、もう既に落ちている。砂の中に沈んでいくように、体が重くなっていく。
     赤い床の上を勇者の靴が進んでいる。地平線で半分遮られた視界で、血に塗れたナイフが跳ねる。勇者が持っているのは剣だ。それは駄目だ。鈍器だ。殴ったらすごく痛いやつだ。勇者の靴がカーペットを進む。止めなくてはと思うのに、魔王さまは半分、砂の中だった。
    「国王陛下を狙う、悪しき魔王は今討たれた」
     勇者が腕を振り上げる。
    「そうだ、そういうストーリーだ」
     新たな勇者が生まれたその時、祝詞を聞く者はもう誰もいなかった。


     気が付けば見慣れた四畳半。蝉が鳴いている。
     ベッドの上の携帯ゲーム機。真っ黒な画面に「Bad End」。
    「やってらんない、何このクソゲー」
     足の裏の皮は硬い。
    「勇者なんて、大っ嫌いだ」

    沙々木ながれ Link Message Mute
    2018/06/19 20:55:14

    三千世界の魔王サマ!!--01_そして石は投げられた

    #オリジナル #創作  #小説
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    ##2015年10月

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    • 3--剣と魔法のトランスパートナー仮契約であろうと、制約がかけられることはには変わらない。だからこそ、互いの実力の分からない仮契約時には低級ダンジョンで力試しをし互いの相性を確認する。
       しかしここは俺も初めて立ち入った高難易度ダンジョン。それだけ腕に覚えがある、ということだろうか。いや、俺だってあのポンコツが一緒じゃなきゃ、これぐらいのダンジョン、楽勝だったはずだ。
      「……どう対処する、フレイヤ?」
      「……」
       俺達二人を軸にして、こちらの様子を窺うように周回する狼の群れ。5、6匹、いやまだいるかもしれない。彼女と背中を合わせ、互いに武器を取る。フレイヤが手にしたのは先に大きな宝玉をあしらった白い杖。対して俺はルーンを刻んだナイフだ。
       フレイヤも俺と同じ魔導士か。知的なイメージは彼女にぴったりだし、何よりも趣味が合う。もしかして俺達は最高のパートナーになるのではなかろうか。
      「ぼくに任せて下さい!」
       杖を握った彼女が先陣を切って敵の群れへ突っ込む。
       分かったぞ。彼女が敵を引き付けているうちに、俺がルーンを刻んで攻撃だな。何も相談せずともこのチームワーク。俺達は前世でも恋人同士だったに違いない。
      「足元に気を付けろ! 踏ん張りがきかないぞ……!」
      「大丈……ひゃぁっ!!」
       杖を振り上げた彼女が、先程と全く同じモーションで足を滑らせる。伸ばした手は今度は届かず、顔面から地面を滑り木の葉を巻き上げる。
      「フレイヤ……!」
       彼女の手から離れた杖は転倒した時にぶつけたのだろう、真っ二つに折れ方々に散らばる。地面に横たわる無防備な彼女に、狼達が狙いを定める。
      「逃げろ、フレイヤ!」
       足元の落ち葉をかき分け、地面へフサルクを書く。縦線一本、氷を意味するイスの文字だ。ナイフで指の腹を切ると、フサルクへ血を垂らし簡易的なルーン魔術を作る。
      「射抜け氷柱――!」
       フレイヤの周りを目掛けて細い氷の柱を射つ。狼が怯んだ隙に彼女の手を取り、自分達が進んできた方角へ走る。
      「仕方ない、一度撤退だ……!」
       力強く地面を蹴った足はそのまま地面を滑り、目前に地面。
      「ちょっとっ、待って下さい! ぼくはまだ戦えます!」
       枯れ葉に顔を埋める直前で、フレイヤの腕に引っ張り起こされる。
      「流石にこの数は無理だ! 一度ギルドに戻って体制を立て直そう」
      「いやです! そんなのまた負けじゃないですか!」
       手を振りほどいた彼女は折れた杖を拾い、狼へ向ける。
       俺だって彼女に良いところ見せたいし簡単に引き下がりたくはないが、この数相手じゃ流石に分が悪い。それに彼女は武器を失ってる。予めフサルクを刻んでおいた杖は魔導士にとって欠かす事の出来ない武器であるし、何より丸腰の彼女を魔物達が放っておくはずがない。それは昨日武器を折った友人のおかげで充分承知している。
      「そうだ、今日はもう日が暮れる。十分収穫があったし、続きは明日にしよう」
      「まだ日が高いじゃないですか!」
      「俺は8時には寝ると決めてるんだ!」
      「おまえが8時に寝るのなんて、見たことない!」
       勇ましくも戦わんとする彼女の腕をとり、もう一度走り出す。最初はしぶしぶという様子だったが、狼が彼女のローブに喰らい付かんとする様を見て、意識が一転する。
      「ちょっと! これ高かったんだから、もっと早く走ってよ!」
      「俺様はこれが全力だ!」
      いつの間にやら先行する彼女に腕を引かれ、俺達はついさっき通ったばかりの道を戻っていくのだった。


      「転移魔方陣だ、飛び込め!!」
      「は、はい……!」
       俺達はよっぽど都合のいい獲物だったらしい。いつの間にか、背中に魔物の群れをつけたまま、最初の転移魔方陣まで戻ってきていた。
       飛び込んだと同時に魔方陣をさせる。しかし逃さまいと狼までもが飛び込んでくる。コンマ1秒、寸での所で黄昏の景色が溶け、瞬きの後にあったのはギルドの待合い室だった。
      「助かった……のか」
      「……みたいですね」
       窓口の方を見ると幼馴染がにやにやと手を振っている。また逃げ帰ってきたのかと思っているに違いないが、今日ばかりはその通りなので仕方がない。
       失礼な幼馴染は無視して、フレイヤへ振り返り手を取る。今度は片手ではなく両手だ。
       俺にはまだ、今日のメインイベントが残っている。
      「フレイヤ。今日の成果はあまり芳しくなかったかもしれない」
      「だけど、俺はお前とならもっと強くなれる気がするんだ」
       一瞬俺を見た瞳が下を向く。フレイヤが肩を震わせる度、金色の髪がさらさら揺れる。
      「俺とこれからもダンジョンに……」
      「いや、俺と正式にパートナー契約を結ばないか」
       フレイヤの瞳が真っ直ぐに俺の目を見る。
       やはり、俺はこの緑色を知っている。どこで見たのだろう。それに思いを馳せた瞬間、握った手の感触に違和感を覚える。
       女の子の手は、こんなにも硬いものだっただろうか。そもそも俺はこの手をいつも握っていた気がする。
      「いやです」
       そう言った彼女は満面の笑みで、その笑みを見た時頭の中で糸が繋がった。
       覚えておけ、友人T改めトール。俺の純情を弄んだこと、絶対後悔させてやる。


      #創作 #オリジナル #小説
      ##剣と魔法のトランスパートナー
      ##2017年6月
      仮契約であろうと、制約がかけられることはには変わらない。だからこそ、互いの実力の分からない仮契約時には低級ダンジョンで力試しをし互いの相性を確認する。
       しかしここは俺も初めて立ち入った高難易度ダンジョン。それだけ腕に覚えがある、ということだろうか。いや、俺だってあのポンコツが一緒じゃなきゃ、これぐらいのダンジョン、楽勝だったはずだ。
      「……どう対処する、フレイヤ?」
      「……」
       俺達二人を軸にして、こちらの様子を窺うように周回する狼の群れ。5、6匹、いやまだいるかもしれない。彼女と背中を合わせ、互いに武器を取る。フレイヤが手にしたのは先に大きな宝玉をあしらった白い杖。対して俺はルーンを刻んだナイフだ。
       フレイヤも俺と同じ魔導士か。知的なイメージは彼女にぴったりだし、何よりも趣味が合う。もしかして俺達は最高のパートナーになるのではなかろうか。
      「ぼくに任せて下さい!」
       杖を握った彼女が先陣を切って敵の群れへ突っ込む。
       分かったぞ。彼女が敵を引き付けているうちに、俺がルーンを刻んで攻撃だな。何も相談せずともこのチームワーク。俺達は前世でも恋人同士だったに違いない。
      「足元に気を付けろ! 踏ん張りがきかないぞ……!」
      「大丈……ひゃぁっ!!」
       杖を振り上げた彼女が、先程と全く同じモーションで足を滑らせる。伸ばした手は今度は届かず、顔面から地面を滑り木の葉を巻き上げる。
      「フレイヤ……!」
       彼女の手から離れた杖は転倒した時にぶつけたのだろう、真っ二つに折れ方々に散らばる。地面に横たわる無防備な彼女に、狼達が狙いを定める。
      「逃げろ、フレイヤ!」
       足元の落ち葉をかき分け、地面へフサルクを書く。縦線一本、氷を意味するイスの文字だ。ナイフで指の腹を切ると、フサルクへ血を垂らし簡易的なルーン魔術を作る。
      「射抜け氷柱――!」
       フレイヤの周りを目掛けて細い氷の柱を射つ。狼が怯んだ隙に彼女の手を取り、自分達が進んできた方角へ走る。
      「仕方ない、一度撤退だ……!」
       力強く地面を蹴った足はそのまま地面を滑り、目前に地面。
      「ちょっとっ、待って下さい! ぼくはまだ戦えます!」
       枯れ葉に顔を埋める直前で、フレイヤの腕に引っ張り起こされる。
      「流石にこの数は無理だ! 一度ギルドに戻って体制を立て直そう」
      「いやです! そんなのまた負けじゃないですか!」
       手を振りほどいた彼女は折れた杖を拾い、狼へ向ける。
       俺だって彼女に良いところ見せたいし簡単に引き下がりたくはないが、この数相手じゃ流石に分が悪い。それに彼女は武器を失ってる。予めフサルクを刻んでおいた杖は魔導士にとって欠かす事の出来ない武器であるし、何より丸腰の彼女を魔物達が放っておくはずがない。それは昨日武器を折った友人のおかげで充分承知している。
      「そうだ、今日はもう日が暮れる。十分収穫があったし、続きは明日にしよう」
      「まだ日が高いじゃないですか!」
      「俺は8時には寝ると決めてるんだ!」
      「おまえが8時に寝るのなんて、見たことない!」
       勇ましくも戦わんとする彼女の腕をとり、もう一度走り出す。最初はしぶしぶという様子だったが、狼が彼女のローブに喰らい付かんとする様を見て、意識が一転する。
      「ちょっと! これ高かったんだから、もっと早く走ってよ!」
      「俺様はこれが全力だ!」
      いつの間にやら先行する彼女に腕を引かれ、俺達はついさっき通ったばかりの道を戻っていくのだった。


      「転移魔方陣だ、飛び込め!!」
      「は、はい……!」
       俺達はよっぽど都合のいい獲物だったらしい。いつの間にか、背中に魔物の群れをつけたまま、最初の転移魔方陣まで戻ってきていた。
       飛び込んだと同時に魔方陣をさせる。しかし逃さまいと狼までもが飛び込んでくる。コンマ1秒、寸での所で黄昏の景色が溶け、瞬きの後にあったのはギルドの待合い室だった。
      「助かった……のか」
      「……みたいですね」
       窓口の方を見ると幼馴染がにやにやと手を振っている。また逃げ帰ってきたのかと思っているに違いないが、今日ばかりはその通りなので仕方がない。
       失礼な幼馴染は無視して、フレイヤへ振り返り手を取る。今度は片手ではなく両手だ。
       俺にはまだ、今日のメインイベントが残っている。
      「フレイヤ。今日の成果はあまり芳しくなかったかもしれない」
      「だけど、俺はお前とならもっと強くなれる気がするんだ」
       一瞬俺を見た瞳が下を向く。フレイヤが肩を震わせる度、金色の髪がさらさら揺れる。
      「俺とこれからもダンジョンに……」
      「いや、俺と正式にパートナー契約を結ばないか」
       フレイヤの瞳が真っ直ぐに俺の目を見る。
       やはり、俺はこの緑色を知っている。どこで見たのだろう。それに思いを馳せた瞬間、握った手の感触に違和感を覚える。
       女の子の手は、こんなにも硬いものだっただろうか。そもそも俺はこの手をいつも握っていた気がする。
      「いやです」
       そう言った彼女は満面の笑みで、その笑みを見た時頭の中で糸が繋がった。
       覚えておけ、友人T改めトール。俺の純情を弄んだこと、絶対後悔させてやる。


      #創作 #オリジナル #小説
      ##剣と魔法のトランスパートナー
      ##2017年6月
      沙々木ながれ
    • 終わりの旅をはじめようか、--02 #創作 #オリジナル #小説
      ##終わりの旅をはじめようか
      ##2010年12月
      沙々木ながれ
    • #グロリアスドライヴ #OMC #PBW
      ##2018年5月
      沙々木ながれ
    • かくれんぼ #創作 #オリジナル #小説
      ##かくれんぼ
      ##2015年12月
      沙々木ながれ
    • 2--剣と魔法のトランスパートナー「ここが『黄昏の屍』、……か」
      「……」
       黄色く紅葉した大樹が、落ち葉を降らせる黄金の森。「仮」パートナー契約を済ませた俺達二人は、早速ダンジョンに降り立っていた。
       ざまぁみろ、幼馴染&友人T。やはり俺様が天才でモテモテなのに間違いはなかったのだ。今はまだ仮契約だが、ダンジョンでいいとこ見せて夜にはオシャレなBARで告白だ。そして彼女と幸せな家庭を築くんだ。
      「ここにも世界樹の種があったようですね」
      「ん? あ、そうだな」
       ダンジョンの真ん中に聳える、ひと際大きな大樹を見上げる。ウートガルズの種と同じかそれ以上だろうか、――昔はここにも人の暮らす町があったのかもしれない。木の葉に埋もる森を見ながらそう考える。
      「どうにかして見返して……」
      「? ……何か言ったか?」
      「いえ、日が落ちる前に探索しましょう」
       枯れ葉の重なる地面を踏み締めると、スポンジの上を歩くようにふわりと宙を浮かぶ心地がする。


       パートナー契約は互いの命を半分ずつ、預けあう「制約」だ。契約を結んだ二人は、互いの傷に応じ行動に制限がかけられる。早い話、パートナーが怪我を負えば自分にもリスクが返ってくる、ということだ。無理はせず、自分の身の丈に合ったダンジョンに潜れということなのかもしれない。
      「足場が悪いな、転ぶなよ」
      「さ、さすがにこんな何もないところでは転びませんよ」
       普段友人に言うように言葉がついてしまったが、確かに未開の土地土地を探索する冒険者に、木の葉に滑って転ぶななんて忠告は今更過ぎる。しかし例の彼は、何度同じダンジョンに通い詰めても「こんなところで転ぶわけないだろ」と宣いながらすっ転んでいたのだが。
      「ほらっ、見て下さい!」
       森を歩くには不向きであろう白いパンプスでくるくると回って見せる彼女。貝殻のように滑らかに光る靴が地面を蹴る度、シルクのワンピースが風に舞う。
      「ほら……ひゃぁっ!」
       薄紅色の唇がこちらを向き手を振り上げた瞬間、朝露に濡れた木の葉が地を滑り、彼女の体が傾く。
      「あ、ぶな……!」
       倒れてしまう。そう思った時にはもう手を伸ばしていた。
       細い腕を引くと彼女の軽い体が自分の胸に飛び込んでくる。地面から蹴り上げた木の葉光を反射し、白いローブに光を落とした。
      「ご、ごめん、なさ……っ!」
      「い、いや! 俺の方こそ……悪い」
       彼女の体を起こし地面に立たせると、一歩、二歩と下がる。
       やっぱり花の匂い……ではなく、今のは流石に距離を詰めすぎたかもしれない。女の子の手を握るのは初めて……ではなく、馴れ馴れしいだとかセクハラだとかあらぬ誤解を受けてはなかろうか。
       違うんだ。俺様は初めてのデートから夜景の綺麗な公園でのファーストキッスまで完璧なプランを考えていた訳で、これは事故でやましい気持ちはなかったんだ。
      「ありがと……ございます」
       何を考えているのか、下を向いたまま袖を引かれる。とりあえず怒っている様子ではなさそうだ。
      「……早く行きましょう」
      「あ、あぁ……」
       どのように返したらいいのかも分からぬまま、彼女の後に続く。

       会話が途切れると、虫の音も、鳥の声も聞こえない。木漏れ日が金色に染める森は美しくもあるが、魔物どころか虫の一つも出ないダンジョンは、まるで死んでいく世界のようで気味が悪くもある。
      「君は、何と言うんだ」
       ダンジョンの様子を窺うのは止めて、彼女の背中に問いかける。決して君のことがもっと知りたいだとか、俺の名字と合わせるとどうなるだろうだとか、そんな下卑た考えで聞いてる訳ではなくて、やはり、危険なダンジョンを探索するにはお互いのことをもっと知っておくべきだし、名前の一つも知らないというのは逆に問題あるのではなかろうか。
      「名前……ですか?」
       足を止めた彼女が俺の目を見て、やっぱり足元へ視線を戻す。
      「えっと……、その、……フレイヤです」
       何か考えるように言葉を詰まらせるが、その後に続いたのは美の女神の名前だった。
      「フレイヤ! この世で一番美しい女神様の名前なんて、君にぴったりな名前じゃないか!」
      「……神に向けて様だなんて、変わった人ですね」
       名は体を表す。彼女――フレイヤの母は預言者に違いない。
      「神も何も、フレイヤ様だけは特別だ! なんたって君の……」
      「その話はいいから、早く進みましょう。このままでは日が暮れてしまいます」
      「いや待ってくれ、俺の名前は……」
      「知ってますよ」
       引き留めようと伸ばした腕を、今度は軽く払われる。
      「『霜の大魔導士様』、ですよね」
      「いや、それは……」
       くすくすと、いたずらっぽく笑う彼女。言っていることは正しいのに、何故か他意がある気がする。
      「あぁそうだ! 俺様は女神以外は全て持っている、大魔導士様だ!」
       俺が言いたいのはそういうことではなく、もっと親し気にすーくんとか呼んで欲しいとか、今も昔も人生のパートナーを募集中だとか、みそ汁は豆腐のものがいいだとか、俺は魔導士だけど君は何が出来るかだとかな訳で。
      「大魔導士様! 敵です!」
       そう、例えるならば、この様に狼の群れに囲まれた場合どう対処しようか、という話な訳で。
       さぁ、どうしようか。

      #創作 #オリジナル #小説
      ##剣と魔法のトランスパートナー
      ##2017年6月
      「ここが『黄昏の屍』、……か」
      「……」
       黄色く紅葉した大樹が、落ち葉を降らせる黄金の森。「仮」パートナー契約を済ませた俺達二人は、早速ダンジョンに降り立っていた。
       ざまぁみろ、幼馴染&友人T。やはり俺様が天才でモテモテなのに間違いはなかったのだ。今はまだ仮契約だが、ダンジョンでいいとこ見せて夜にはオシャレなBARで告白だ。そして彼女と幸せな家庭を築くんだ。
      「ここにも世界樹の種があったようですね」
      「ん? あ、そうだな」
       ダンジョンの真ん中に聳える、ひと際大きな大樹を見上げる。ウートガルズの種と同じかそれ以上だろうか、――昔はここにも人の暮らす町があったのかもしれない。木の葉に埋もる森を見ながらそう考える。
      「どうにかして見返して……」
      「? ……何か言ったか?」
      「いえ、日が落ちる前に探索しましょう」
       枯れ葉の重なる地面を踏み締めると、スポンジの上を歩くようにふわりと宙を浮かぶ心地がする。


       パートナー契約は互いの命を半分ずつ、預けあう「制約」だ。契約を結んだ二人は、互いの傷に応じ行動に制限がかけられる。早い話、パートナーが怪我を負えば自分にもリスクが返ってくる、ということだ。無理はせず、自分の身の丈に合ったダンジョンに潜れということなのかもしれない。
      「足場が悪いな、転ぶなよ」
      「さ、さすがにこんな何もないところでは転びませんよ」
       普段友人に言うように言葉がついてしまったが、確かに未開の土地土地を探索する冒険者に、木の葉に滑って転ぶななんて忠告は今更過ぎる。しかし例の彼は、何度同じダンジョンに通い詰めても「こんなところで転ぶわけないだろ」と宣いながらすっ転んでいたのだが。
      「ほらっ、見て下さい!」
       森を歩くには不向きであろう白いパンプスでくるくると回って見せる彼女。貝殻のように滑らかに光る靴が地面を蹴る度、シルクのワンピースが風に舞う。
      「ほら……ひゃぁっ!」
       薄紅色の唇がこちらを向き手を振り上げた瞬間、朝露に濡れた木の葉が地を滑り、彼女の体が傾く。
      「あ、ぶな……!」
       倒れてしまう。そう思った時にはもう手を伸ばしていた。
       細い腕を引くと彼女の軽い体が自分の胸に飛び込んでくる。地面から蹴り上げた木の葉光を反射し、白いローブに光を落とした。
      「ご、ごめん、なさ……っ!」
      「い、いや! 俺の方こそ……悪い」
       彼女の体を起こし地面に立たせると、一歩、二歩と下がる。
       やっぱり花の匂い……ではなく、今のは流石に距離を詰めすぎたかもしれない。女の子の手を握るのは初めて……ではなく、馴れ馴れしいだとかセクハラだとかあらぬ誤解を受けてはなかろうか。
       違うんだ。俺様は初めてのデートから夜景の綺麗な公園でのファーストキッスまで完璧なプランを考えていた訳で、これは事故でやましい気持ちはなかったんだ。
      「ありがと……ございます」
       何を考えているのか、下を向いたまま袖を引かれる。とりあえず怒っている様子ではなさそうだ。
      「……早く行きましょう」
      「あ、あぁ……」
       どのように返したらいいのかも分からぬまま、彼女の後に続く。

       会話が途切れると、虫の音も、鳥の声も聞こえない。木漏れ日が金色に染める森は美しくもあるが、魔物どころか虫の一つも出ないダンジョンは、まるで死んでいく世界のようで気味が悪くもある。
      「君は、何と言うんだ」
       ダンジョンの様子を窺うのは止めて、彼女の背中に問いかける。決して君のことがもっと知りたいだとか、俺の名字と合わせるとどうなるだろうだとか、そんな下卑た考えで聞いてる訳ではなくて、やはり、危険なダンジョンを探索するにはお互いのことをもっと知っておくべきだし、名前の一つも知らないというのは逆に問題あるのではなかろうか。
      「名前……ですか?」
       足を止めた彼女が俺の目を見て、やっぱり足元へ視線を戻す。
      「えっと……、その、……フレイヤです」
       何か考えるように言葉を詰まらせるが、その後に続いたのは美の女神の名前だった。
      「フレイヤ! この世で一番美しい女神様の名前なんて、君にぴったりな名前じゃないか!」
      「……神に向けて様だなんて、変わった人ですね」
       名は体を表す。彼女――フレイヤの母は預言者に違いない。
      「神も何も、フレイヤ様だけは特別だ! なんたって君の……」
      「その話はいいから、早く進みましょう。このままでは日が暮れてしまいます」
      「いや待ってくれ、俺の名前は……」
      「知ってますよ」
       引き留めようと伸ばした腕を、今度は軽く払われる。
      「『霜の大魔導士様』、ですよね」
      「いや、それは……」
       くすくすと、いたずらっぽく笑う彼女。言っていることは正しいのに、何故か他意がある気がする。
      「あぁそうだ! 俺様は女神以外は全て持っている、大魔導士様だ!」
       俺が言いたいのはそういうことではなく、もっと親し気にすーくんとか呼んで欲しいとか、今も昔も人生のパートナーを募集中だとか、みそ汁は豆腐のものがいいだとか、俺は魔導士だけど君は何が出来るかだとかな訳で。
      「大魔導士様! 敵です!」
       そう、例えるならば、この様に狼の群れに囲まれた場合どう対処しようか、という話な訳で。
       さぁ、どうしようか。

      #創作 #オリジナル #小説
      ##剣と魔法のトランスパートナー
      ##2017年6月
      沙々木ながれ
    • #ファナティックブラッド #OMC #PBW
      ##2018年4月
      沙々木ながれ
    • 1-1--こいくうあくまact1_その、憂鬱な昼下がりに_1
      #創作 #オリジナル #漫画
      ##こいくうあくま
      ##2017年2月
      沙々木ながれ
    • 2剣と魔法のトランスパートナー #創作 #オリジナル #イラスト
      ##剣と魔法のトランスパートナー
      ##トール
      ##2017年6月
      沙々木ながれ
    • 1--剣と魔法のトランスパートナー「もうお前なんか、大っ嫌いだ!」
       ギルドのテーブルで響く友人の声。怪訝そうに振り返った幾人も、またいつものことかと姿勢を戻す。
      「何が不満なんだ。俺がいたからこそ、今日だって無事ダンジョンから帰って来れたんだろ」
      「そういうところがだよ!」
       膝に擦り傷、額にたんこぶ、おまけに頭の天辺から足の先まで泥だらけ。それが目の前に座る彼の、今日の成果全てだ。
      「もう絶交、絶交してやる!」
      「はいはいそれで、絶交したらお前、明日から誰とダンジョン潜んの」
      「誰とでもいいだろ! 絶交なんだから!」
      「俺以外、誰がお前と組むんだよ」
      「誰でもだよ!」
       ひと際強く机が叩かれると、コップの中の白湯が揺れ、木の天板に染みを作る。
       男のくせに白い肌、細い腕。剣を握れば力み過ぎて柄を折り、敵と向かえば何もなくとも転ぶ。挙句の果てには泥沼にはまって立ち往生。あんな低級ダンジョンで泣きべそかくやつ、こいつ以外に見たことない。
      「だいたい、おれがいないとダンジョンに入れないないのはお前もだろ!」
      「いーや、俺は天才魔導士様だから。パートナーとか、選り取り見取りですから」
      「おれだって……!」
       役立たずが服着て歩いてるような奴が何をほざく。こんなお荷物、俺以外が面倒見きれるはずがない。
       考えていたことがそのまま顔に出ていたのか、目の前の友人が三度机を叩く。
      「だ、だったら勝負だ! おれとお前、どっちが早く新しいパートナーを見つけられるか」
      「いい度胸だ、吠え面かくなよ!」
      「そ、そっちこそ!」
      『今日限りでお前とのパートナー契約は解消だ!!!!』


       この浮遊大陸――世界樹の種子<ユグドラシルシード>は多くの浮島によって形成されている。俺達の暮らす町、ウートガルズもその浮島の一つだ。
       しかし、どうやら人は増えすぎてしまったらしい。町でとれる資源にも限りがある。不足した資源を補うため、我々人が目をつけたのは、町の外に浮かぶ島々――ダンジョンだ。
       俺達冒険者は未開の地、ダンジョンを探索し資源を調達すること、そしてあわよくばそこに暮らす魔物達の営みをぶっ潰し、領土を拡大することを生業としている。

      「頼む、今回だけだから!」
      「決まりですので」
       やってやろうじゃねーか、勝負だと啖呵切ったのが昨日のこと。そして今現在、俺様はなぜか一人でギルドにいる。
       俺達冒険者は自由にダンジョンを出入り出来る訳ではない。そもそも浮島同士は陸続きで繋がっていない。文字通り「空に」浮いているのだ。ギルドの管理する転移魔法陣を使わない限り、空を飛びでもしない限り町の外に出ることさえ叶わない。
      「ちょーっとだけだから。いいだろ、少しぐらい」
       窓口に座る幼馴染は眉を顰めて首を振る。
      「いい? パートナー制度はあなたたち冒険者を守るための制度なの。今あなたが危機に陥ったとしても助けてくれる人は誰もいないのよ?」
       ソロではダンジョンに潜れないなんて、誰がそんな面倒くさい決まりを作ったんだ。俺は天下の大魔導士様だ。パートナーなんぞいなくとも、ダンジョンぐらい一人で潜れる。
      「だから分かってるって。お前のワイ子でちょちょいっとダンジョンまで運んでくれればいいんだよ」
      「全然わかってないじゃない!! そもそも私、今仕事中なの? 見えない?」
       ギルドが俺を通さないなら、直接ワイバーンで空から乗り込む。これ以上の妙案中々ないと思ったのだが。
       しかし、天才魔導士の俺様がせっかくフリーになったというのに、誰もパートナーに誘ってこないというのは皆謙虚過ぎだ。俺様はどんな落ちこぼれのお嬢様が来たとしても、たっぷり揉みしだいてやる気概でいるのに――。
      「――なぜ誰もパートナーになりたいと口に出せないんだ」
      「はぁ? あんたみたいな勘違いバカ、誰が相手にするのよ」
      「? 俺は天才だから、少なくとも馬鹿ではないぞ」
      「そういうところがバカだっていうのよ……」
       パートナー希望者が来ないのは俺にも非があると言いたいらしい。有能すぎて近寄りがたいとか、そういうことだろうか。
      「仕方ない、間を取ってやはり一人で……」
      「あ、あの! すみません!」
       妥協案を出そうとしたところで、ふいに袖を引かれた。
       一度横を見て、それから徐々に視線を下げていく。最初に目に入ったのは大きな花の髪飾り。生花だろうか、真っ白な花弁からは甘い匂いがした。金色の頭から更に視線を下げると、濃緑の瞳と目が合う。
      「あの……えと……、わた、わたし……」
       一瞬交わったと思った視線が宙を泳ぎ、地面を向く。こくりと唾を飲み込む音がして、掴まれた袖がより一層強く引かれる。
      「……って、なんだ?」
       思った以上に引かれた力が強く、腕を中心に世界が回転する。石の床を視線が滑り、白いパンプス、黒のタイツの次に天井が見えると思った瞬間、目の前にあったのは赤く上気した肌と濃い緑色。金髪の向こうに天井が見え、自分の上に「少女」が跨っているのだと気づく。
       水分を含み、揺れる瞳。俺はこの瞳を、知っている気がする。
      「ぼ、ぼくとパートナーを組んで下さい!」
       引きつった心臓が、徐々に速度を上げていく。
       真っ白になる頭の痛みに、これは運命なのだと感じた。

      #創作 #オリジナル #小説
      ##剣と魔法のトランスパートナー
      ##2017年6月
      「もうお前なんか、大っ嫌いだ!」
       ギルドのテーブルで響く友人の声。怪訝そうに振り返った幾人も、またいつものことかと姿勢を戻す。
      「何が不満なんだ。俺がいたからこそ、今日だって無事ダンジョンから帰って来れたんだろ」
      「そういうところがだよ!」
       膝に擦り傷、額にたんこぶ、おまけに頭の天辺から足の先まで泥だらけ。それが目の前に座る彼の、今日の成果全てだ。
      「もう絶交、絶交してやる!」
      「はいはいそれで、絶交したらお前、明日から誰とダンジョン潜んの」
      「誰とでもいいだろ! 絶交なんだから!」
      「俺以外、誰がお前と組むんだよ」
      「誰でもだよ!」
       ひと際強く机が叩かれると、コップの中の白湯が揺れ、木の天板に染みを作る。
       男のくせに白い肌、細い腕。剣を握れば力み過ぎて柄を折り、敵と向かえば何もなくとも転ぶ。挙句の果てには泥沼にはまって立ち往生。あんな低級ダンジョンで泣きべそかくやつ、こいつ以外に見たことない。
      「だいたい、おれがいないとダンジョンに入れないないのはお前もだろ!」
      「いーや、俺は天才魔導士様だから。パートナーとか、選り取り見取りですから」
      「おれだって……!」
       役立たずが服着て歩いてるような奴が何をほざく。こんなお荷物、俺以外が面倒見きれるはずがない。
       考えていたことがそのまま顔に出ていたのか、目の前の友人が三度机を叩く。
      「だ、だったら勝負だ! おれとお前、どっちが早く新しいパートナーを見つけられるか」
      「いい度胸だ、吠え面かくなよ!」
      「そ、そっちこそ!」
      『今日限りでお前とのパートナー契約は解消だ!!!!』


       この浮遊大陸――世界樹の種子<ユグドラシルシード>は多くの浮島によって形成されている。俺達の暮らす町、ウートガルズもその浮島の一つだ。
       しかし、どうやら人は増えすぎてしまったらしい。町でとれる資源にも限りがある。不足した資源を補うため、我々人が目をつけたのは、町の外に浮かぶ島々――ダンジョンだ。
       俺達冒険者は未開の地、ダンジョンを探索し資源を調達すること、そしてあわよくばそこに暮らす魔物達の営みをぶっ潰し、領土を拡大することを生業としている。

      「頼む、今回だけだから!」
      「決まりですので」
       やってやろうじゃねーか、勝負だと啖呵切ったのが昨日のこと。そして今現在、俺様はなぜか一人でギルドにいる。
       俺達冒険者は自由にダンジョンを出入り出来る訳ではない。そもそも浮島同士は陸続きで繋がっていない。文字通り「空に」浮いているのだ。ギルドの管理する転移魔法陣を使わない限り、空を飛びでもしない限り町の外に出ることさえ叶わない。
      「ちょーっとだけだから。いいだろ、少しぐらい」
       窓口に座る幼馴染は眉を顰めて首を振る。
      「いい? パートナー制度はあなたたち冒険者を守るための制度なの。今あなたが危機に陥ったとしても助けてくれる人は誰もいないのよ?」
       ソロではダンジョンに潜れないなんて、誰がそんな面倒くさい決まりを作ったんだ。俺は天下の大魔導士様だ。パートナーなんぞいなくとも、ダンジョンぐらい一人で潜れる。
      「だから分かってるって。お前のワイ子でちょちょいっとダンジョンまで運んでくれればいいんだよ」
      「全然わかってないじゃない!! そもそも私、今仕事中なの? 見えない?」
       ギルドが俺を通さないなら、直接ワイバーンで空から乗り込む。これ以上の妙案中々ないと思ったのだが。
       しかし、天才魔導士の俺様がせっかくフリーになったというのに、誰もパートナーに誘ってこないというのは皆謙虚過ぎだ。俺様はどんな落ちこぼれのお嬢様が来たとしても、たっぷり揉みしだいてやる気概でいるのに――。
      「――なぜ誰もパートナーになりたいと口に出せないんだ」
      「はぁ? あんたみたいな勘違いバカ、誰が相手にするのよ」
      「? 俺は天才だから、少なくとも馬鹿ではないぞ」
      「そういうところがバカだっていうのよ……」
       パートナー希望者が来ないのは俺にも非があると言いたいらしい。有能すぎて近寄りがたいとか、そういうことだろうか。
      「仕方ない、間を取ってやはり一人で……」
      「あ、あの! すみません!」
       妥協案を出そうとしたところで、ふいに袖を引かれた。
       一度横を見て、それから徐々に視線を下げていく。最初に目に入ったのは大きな花の髪飾り。生花だろうか、真っ白な花弁からは甘い匂いがした。金色の頭から更に視線を下げると、濃緑の瞳と目が合う。
      「あの……えと……、わた、わたし……」
       一瞬交わったと思った視線が宙を泳ぎ、地面を向く。こくりと唾を飲み込む音がして、掴まれた袖がより一層強く引かれる。
      「……って、なんだ?」
       思った以上に引かれた力が強く、腕を中心に世界が回転する。石の床を視線が滑り、白いパンプス、黒のタイツの次に天井が見えると思った瞬間、目の前にあったのは赤く上気した肌と濃い緑色。金髪の向こうに天井が見え、自分の上に「少女」が跨っているのだと気づく。
       水分を含み、揺れる瞳。俺はこの瞳を、知っている気がする。
      「ぼ、ぼくとパートナーを組んで下さい!」
       引きつった心臓が、徐々に速度を上げていく。
       真っ白になる頭の痛みに、これは運命なのだと感じた。

      #創作 #オリジナル #小説
      ##剣と魔法のトランスパートナー
      ##2017年6月
      沙々木ながれ
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