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    終わりの旅をはじめようか、--02 リトからは鈴の音がする。その鈴を実際見たことはないけれど、肌身離さず持っているそれは、きっとリトにとって大事なものなんだろう。
    俺にもそんな物があるだろうか。よくわからないけど、あの鈴の音を聞くと俺もなんだか大切なものを持ち続けているような、そんな気持ちになれる。


    「どうせ暇だしさ、この依頼受ける受けないどうでもいいんだけど、“どうやって”この依頼受けるんだよ」
    俺、ヴェンネルトは慣れない早起きで開かない目をこすりながら、隣で似たような状況に陥りテーブルに突っ伏すリンに問いかける。
    「……僕に、聞かないで」
     返ってきた返事は無口モード全開で、放たれるのは必要最低限の単語。リンに聞いてもわからないってのはわかってるんだけどさ。それでも聞きたくなる俺の気持ちも察してよ。恐らくイライラしているのであろう。リンの眉が少しだけ中によっている。
     昨日の喧嘩の理由も聞いてみたかったけど、先に怒らせてしまったのでどうにもならない。適当なこと、言うんじゃなかった。
    「リト……起きてこないな」
     会話を絶やす事が出来なくて、無理矢理話題を探す。しかしリンからは返事はなく、沈黙が痛い。普段はそんなことないのにな。リンと俺、どちらのせいか、どちらも悪いのか。
    時計の秒針がやたらゆっくりと動き、カチカチと金属同士がぶつかる音が一つずつ耳に入ってくる。もしかして分針が動いてないのではと目で追ってみても、60秒ぴったりでそれは動き、時間の経つ長さを改めて実感させられる。いっそ眠ってしまえば楽なのにと思いながらも、そんな事さえも出来ずに気づけばまた時計の針を追ってしまう。
     それはまるで時計の音が永遠に続くような感覚で、俺達はあの鈴の音が規則正しいリズムを掻き消すのを待ち望んでいた。しかしいつまで経っても鈴の音は聞こえてこず、相手の様子を伺っては、また溜め息をつく。


     リトとはあれ以来話してない。あいつはあれから部屋にこもりっきりで出て来ないし、こちらから話しかけるのもなんか気まずい。
     昨日怒鳴ってしまったのは失敗だった。なんか俺、失敗してばかりだ。どうにも上手くいかない。マイナスを取り返そうとしても何をしていいかわからず、何もしないうちに、夜も明けてしまった。
    「なぁ……」
     状況を打開しようと口を開いてみても結局あとに続く言葉は思いつかず、リンもピクリとも動かなかった。いつも何だかんだ言って騒がしいこの部屋が静寂に包まれるなんて経験は今までなく、もしかしたらもう失敗は取り返せないんじゃないかとさえ思えてくる。俺が日常の延長線だと思っていたものは、すっぱり線を切り分けてしまうナイフで切り分けられて、今までとこれからは線で繋がってないのかもしれない。終わらない居心地の悪さに何もかも投げ出しそうになった時、ふとリンが顔を上げた。そして続いてあの鈴の音が聞こえてくる。


     ギシッという滑りの悪い扉の音と共に黒髪の少年。なんども目と、髪と。足と、腕と。感覚に自信がなくて何度も確認する。間違いない、リトだ。
     これを待ち望んでいたはずなのに、来たら来たで気まずさに耐えられない。えーっと、俺は何すれば良いんだっけ。部屋の空気が悲鳴を上げる。
     そうだ、まずは朝の挨拶だ。目が覚めて、朝一番にいつもはなんと言っている? 中々喉から言葉が出ず、魚みたいに口を開けては閉めてを繰り返す。そんなことをしている間にも秒針は進み、タイミングを逃してしまった言葉は喉の奥に溜まってしまう。どうにもならず目をそらした時、ふいにリトが声を上げた。
    「お前達、何している?」
     それは心底状況に疑問を抱いた上、空気を読めなかった故に出た一言だった。自分が原因だという考えは微塵もないのだろう。金色の瞳は俺達の沈黙に、怪訝に曇ってさえいる。
     リトリアという少年は、そういう少年だった。
    「ほら、さっさと行ってさっさと帰って寝るぞ」
     え、ちょっと待ってよ。俺の無い脳味噌雑巾絞りにして思い悩んだ時間返してほしい。俺今、めっちゃ真剣に考え事してたんだって。聞いてたよね?
     そんなことを考えていると、さっきまで不機嫌そうに見えていたリンの顔も普段通りに見えてきて、まさか本当に眠かっただけ? 嘘でしょう? シリアスシーンだと思ってたのは俺だけ? ちょっと化粧直し良いですかね。目薬点して来る。
     我が道を行くリトに、じとりとした目線を恨みを乗せてたっぷりとお見舞いしてやる。これぐらいは許されるはずだ。つか許してくんなくてもやる。悔しいから。
     そんな健気な俺の目線に気付いたリトが、
    「どうした、嫉妬か? 妬みか? なんだ言ってみろ。分けてはやれんがな」
    何やらしてやったいう表情でほざきやがっって、ちくしょこいつ、よく状況分かってないくせに馬鹿にしてやがる。とりあえず、馬鹿にしてやがるよこいつ。
     同情を求めてリンに視線を送るが、なぜかリンは満足気だ。というかリン、なんかリュック背負ってない? それどこから出したの。昨日あれだけリトに反対してたのにちゃっかりお出かけの用意はしてたの。ちょっと待って、俺何も準備してない。そもそも服すら着替えてない。
    「リン、置いていくか」
    「うん」
     酷いって。ちょっと待って、あと3分。30秒でもいいから。とりあえず服だけでも着替えようと半分脱いだら、その間に2人は部屋を出ていってしまった。脱いだは良いけど服がない。
    「オイ! ちょっ、待てよ!」
     ガラスの破片の散らばる窓から身を乗り出すと、脱兎の如く小さくなっていく影が見えて、嘘でしょ? なんで猛ダッシュなの? ここは先に行くと見せかけてーの曲がり角で待ってるとか、ゆっくり歩いて追いつくの待ってるとか、そういうシーンでしょ? なんで真っ直ぐ逃げてるの。既存の方法には囚われない系なの?
    「酷い! 悪魔! 魔王!!」
     叫びながら玄関を出るが、既に二人の姿は見えず、
    「普通ここは待つとこでしょ!」
     力の限り叫んでは、通りがかりのおばさんに白い目で見られる。
     とりあえず、服を着よう。


    「リト……いいの?」
     道なりにつらつらと、数百m歩いたところで、リンがふいに立ち止まった。
     先ほどから何度も後ろを振り返っている。きっとヴェンの姿が見えないのを気にかけているのだろう。
    「大丈夫、彼奴はMだから」
     道端に日陰を見つけて座りながら、適当なことを言う。するとリンはMってスゴいね、などと検討違いな事を言いながら隣りに座り込んできた。
     気温はそれほど高くないが、昇りかけた太陽が眩しい。雲の向こうに見える真っ青な空が遠近感を鈍らせる。手元にあった雑草を掴むと、朝露によって手が湿った。
     この辺は中央のように大きな建物もなければ塗装された道もない。ただ小さな家がぽつんぽつんとあるのを、剥き出しの土が繋いでいる。光を遮る物は殆どない。今まで歩いてきた道も、これから歩いていく道も、太陽の光で白く飛んでいる。風に混じる緑の匂いを頭の奥で感じる。
    「来る……」
    「?」
     言葉が聞き取れなかったのか、リンが見開いた瞳をこちらに向ける。
     もともと大きかった瞳は輪をかいて大きくなり、僅かに揺れる。
    「あと1分、――いや30秒。もう直ぐそこだ」
     そう呟きながら、ついさきほど自分達が歩いてきた道を見る。頭の奥に空気を焼く匂いと共に、パチパチと炎のはぜる音。体に流れる魔力が、脳に直接情報を送る。
    「リト、それってもしかして……」
     リンが何か言おうとしていたが、俺は微かに異変を感じ、手を伸ばしてそれを遮る。遠ざかっている……? 何を考えているんだ……あの馬鹿は……!
     体を起こすと、リンも続いて立ち上がる。たった今歩いてきたばかりの道を逆走する。背中から服を引っ張られ、引き留められたのかと思ったが、すぐにその感覚は弱くなり後ろを見ればリンが並走していた。
     2、300m、走っていくと、特徴的な紅い頭が見えてくる。後ろ姿で顔は見えないが、間違いなくヴェンだ。ヴェンはこちらに気付かず、早足で真逆の方向へ歩いて行く。きっと自分たちが見つからなかったので、諦めて帰ろうとしているのであろう。後ろ姿で、肩をおとしているのがわかる。少しだけ、過ぎた悪ふざけに後悔した。


     やっぱ、変……。
     前を走るリトを見ながら、気付かれないように眉をひそめる。昨日あの手紙を読んでから、明らかに様子がおかしい。
     いつものリトだったら人を追いかけるなんてこと、まずしないし、依頼だってあんな嘘っぽいもの一番嫌がる。そもそも依頼を請けたがらないのだ。人にこき使われるのが嫌いで、いつだって自分が優位に立ちたがる。僕たちに仕事を任せて自分だけお留守番なんて、いつものパターンだ。
     なのに今回は止めるのも聞かずに無理矢理あの依頼を請けた。あの一番冷静なリトが。依頼の意図さえわからないようなものを。きっと何か理由がある。じゃないと、今まであんな焦ったリトなんて、一回も見たことない。
     でも……、理由って何? 早くなる呼吸で働かない頭を動かす。僕にはリトのような知識もヴェンみたいな行動力もない。出来るのは考える事だけ。リトは…何を考えているんだろう……?
    「ヴェン!」
     ふと、リトが声を上げた。顔を上げると、いつの間にか目の前に紅髪の青年。
    「フフッ……」
     青年の背中から不気味な声が漏れる。振り返るその顔にはにやけた笑み。
    「俺の勝ちだな」
     青年は下品な笑顔を貼り付けて、そう言った。その気持ち悪さは、僕の思考をまた真っ白にした。


     顔に笑み(けしてニヤついてない)を張り付かせながら、俺は勢いよく振り返った。いつも俺が追いかけて“やってん”だから、たまには追いかけさせてもいいだろう。しかし驚かされたのは、やっぱり俺だった。
    「な、泣いてんのかよ!」
     リトの漆黒色の目に、涙が滲んでる。理由すらわからない俺は、ただ慌てふためくだけで何も出来ない。
    「何が悪かった!? 俺かっ!? お、俺だよな。わざと気づかないフリして逃げたの怒ってんのかっ!? そんなことで怒るなよ、じゃなくて俺が悪かった!」
     考えが纏まる前に口からでる言葉も、検討違いな気がしてならない。やっぱりリトが変だ。俺も悪いのかもしれないけど、リトも変だ。情緒不安定? あの手紙、なんか変な魔法でも仕掛けてあったんじゃないのか。
     しばらく考えた後、子供にするみたいにぽんぽん頭を叩いてみる。意外といい感じ。自分の腕とリトの頭の高さが合致していて、叩きやすい。こいつってこんな小さかったっけ。
     そういえばいつからだろう、リトを見上げなくなったのは。
    沙々木ながれ Link Message Mute
    2018/07/20 21:46:09

    終わりの旅をはじめようか、--02

    #創作 #オリジナル #小説
    ##終わりの旅をはじめようか
    ##2010年12月

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    • 2 #グロリアスドライヴ #OMC #PBW
      ##2018年7月
      沙々木ながれ
    • 1-1--僕らは彼を主人公だと思っていた。第一章 勇者さまとくまたいじ -- 1

      #創作 #オリジナル #漫画
      ##僕らは彼を主人公だと思っていた
      ##2018年5月
      沙々木ながれ
    • カルタ_設定 #創作 #オリジナル #設定
      ##僕らは彼を主人公だと思っていた
      ##カルタ
      ##2017年9月
      沙々木ながれ
    • 6 #創作 #オリジナル #女の子  #野菜  #SD #擬人化
      ##FairiesFarm
      ##2017年12月
      沙々木ながれ
    • 2 #ファナティックブラッド #OMC #PBW
      ##2018年10月
      沙々木ながれ
    • prologue--僕らは彼を主人公だと思っていた。prologue

      #創作 #オリジナル #漫画
      ##僕らは彼を主人公だと思っていた
      ##2015年8月
      沙々木ながれ
    • 終わりの旅をはじめようか、--01 #創作 #オリジナル #小説
      ##終わりの旅をはじめようか
      ##2010年12月
      沙々木ながれ
    • 2 #ファナティックブラッド #OMC #PBW
      ##2017年8月
      沙々木ながれ
    • #CLIP_STUDIO #クリスタ  #素材
      #ブラシ #CLIP_STUDIO_ASSETS

      ブラシのDLはこちら。
      https://assets.clip-studio.com/ja-jp/detail?id=1714981
      ##2018年6月
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    • #グロリアスドライヴ #OMC #PBW
      ##2018年11月
      沙々木ながれ
    • 2 #グロリアスドライヴ #OMC #PBW
      ##2018年8月
      沙々木ながれ
    • 2 #グロリアスドライヴ #OMC #PBW
      ##2018年10月
      沙々木ながれ
    • 3--剣と魔法のトランスパートナー仮契約であろうと、制約がかけられることはには変わらない。だからこそ、互いの実力の分からない仮契約時には低級ダンジョンで力試しをし互いの相性を確認する。
       しかしここは俺も初めて立ち入った高難易度ダンジョン。それだけ腕に覚えがある、ということだろうか。いや、俺だってあのポンコツが一緒じゃなきゃ、これぐらいのダンジョン、楽勝だったはずだ。
      「……どう対処する、フレイヤ?」
      「……」
       俺達二人を軸にして、こちらの様子を窺うように周回する狼の群れ。5、6匹、いやまだいるかもしれない。彼女と背中を合わせ、互いに武器を取る。フレイヤが手にしたのは先に大きな宝玉をあしらった白い杖。対して俺はルーンを刻んだナイフだ。
       フレイヤも俺と同じ魔導士か。知的なイメージは彼女にぴったりだし、何よりも趣味が合う。もしかして俺達は最高のパートナーになるのではなかろうか。
      「ぼくに任せて下さい!」
       杖を握った彼女が先陣を切って敵の群れへ突っ込む。
       分かったぞ。彼女が敵を引き付けているうちに、俺がルーンを刻んで攻撃だな。何も相談せずともこのチームワーク。俺達は前世でも恋人同士だったに違いない。
      「足元に気を付けろ! 踏ん張りがきかないぞ……!」
      「大丈……ひゃぁっ!!」
       杖を振り上げた彼女が、先程と全く同じモーションで足を滑らせる。伸ばした手は今度は届かず、顔面から地面を滑り木の葉を巻き上げる。
      「フレイヤ……!」
       彼女の手から離れた杖は転倒した時にぶつけたのだろう、真っ二つに折れ方々に散らばる。地面に横たわる無防備な彼女に、狼達が狙いを定める。
      「逃げろ、フレイヤ!」
       足元の落ち葉をかき分け、地面へフサルクを書く。縦線一本、氷を意味するイスの文字だ。ナイフで指の腹を切ると、フサルクへ血を垂らし簡易的なルーン魔術を作る。
      「射抜け氷柱――!」
       フレイヤの周りを目掛けて細い氷の柱を射つ。狼が怯んだ隙に彼女の手を取り、自分達が進んできた方角へ走る。
      「仕方ない、一度撤退だ……!」
       力強く地面を蹴った足はそのまま地面を滑り、目前に地面。
      「ちょっとっ、待って下さい! ぼくはまだ戦えます!」
       枯れ葉に顔を埋める直前で、フレイヤの腕に引っ張り起こされる。
      「流石にこの数は無理だ! 一度ギルドに戻って体制を立て直そう」
      「いやです! そんなのまた負けじゃないですか!」
       手を振りほどいた彼女は折れた杖を拾い、狼へ向ける。
       俺だって彼女に良いところ見せたいし簡単に引き下がりたくはないが、この数相手じゃ流石に分が悪い。それに彼女は武器を失ってる。予めフサルクを刻んでおいた杖は魔導士にとって欠かす事の出来ない武器であるし、何より丸腰の彼女を魔物達が放っておくはずがない。それは昨日武器を折った友人のおかげで充分承知している。
      「そうだ、今日はもう日が暮れる。十分収穫があったし、続きは明日にしよう」
      「まだ日が高いじゃないですか!」
      「俺は8時には寝ると決めてるんだ!」
      「おまえが8時に寝るのなんて、見たことない!」
       勇ましくも戦わんとする彼女の腕をとり、もう一度走り出す。最初はしぶしぶという様子だったが、狼が彼女のローブに喰らい付かんとする様を見て、意識が一転する。
      「ちょっと! これ高かったんだから、もっと早く走ってよ!」
      「俺様はこれが全力だ!」
      いつの間にやら先行する彼女に腕を引かれ、俺達はついさっき通ったばかりの道を戻っていくのだった。


      「転移魔方陣だ、飛び込め!!」
      「は、はい……!」
       俺達はよっぽど都合のいい獲物だったらしい。いつの間にか、背中に魔物の群れをつけたまま、最初の転移魔方陣まで戻ってきていた。
       飛び込んだと同時に魔方陣をさせる。しかし逃さまいと狼までもが飛び込んでくる。コンマ1秒、寸での所で黄昏の景色が溶け、瞬きの後にあったのはギルドの待合い室だった。
      「助かった……のか」
      「……みたいですね」
       窓口の方を見ると幼馴染がにやにやと手を振っている。また逃げ帰ってきたのかと思っているに違いないが、今日ばかりはその通りなので仕方がない。
       失礼な幼馴染は無視して、フレイヤへ振り返り手を取る。今度は片手ではなく両手だ。
       俺にはまだ、今日のメインイベントが残っている。
      「フレイヤ。今日の成果はあまり芳しくなかったかもしれない」
      「だけど、俺はお前とならもっと強くなれる気がするんだ」
       一瞬俺を見た瞳が下を向く。フレイヤが肩を震わせる度、金色の髪がさらさら揺れる。
      「俺とこれからもダンジョンに……」
      「いや、俺と正式にパートナー契約を結ばないか」
       フレイヤの瞳が真っ直ぐに俺の目を見る。
       やはり、俺はこの緑色を知っている。どこで見たのだろう。それに思いを馳せた瞬間、握った手の感触に違和感を覚える。
       女の子の手は、こんなにも硬いものだっただろうか。そもそも俺はこの手をいつも握っていた気がする。
      「いやです」
       そう言った彼女は満面の笑みで、その笑みを見た時頭の中で糸が繋がった。
       覚えておけ、友人T改めトール。俺の純情を弄んだこと、絶対後悔させてやる。


      #創作 #オリジナル #小説
      ##剣と魔法のトランスパートナー
      ##2017年6月
      仮契約であろうと、制約がかけられることはには変わらない。だからこそ、互いの実力の分からない仮契約時には低級ダンジョンで力試しをし互いの相性を確認する。
       しかしここは俺も初めて立ち入った高難易度ダンジョン。それだけ腕に覚えがある、ということだろうか。いや、俺だってあのポンコツが一緒じゃなきゃ、これぐらいのダンジョン、楽勝だったはずだ。
      「……どう対処する、フレイヤ?」
      「……」
       俺達二人を軸にして、こちらの様子を窺うように周回する狼の群れ。5、6匹、いやまだいるかもしれない。彼女と背中を合わせ、互いに武器を取る。フレイヤが手にしたのは先に大きな宝玉をあしらった白い杖。対して俺はルーンを刻んだナイフだ。
       フレイヤも俺と同じ魔導士か。知的なイメージは彼女にぴったりだし、何よりも趣味が合う。もしかして俺達は最高のパートナーになるのではなかろうか。
      「ぼくに任せて下さい!」
       杖を握った彼女が先陣を切って敵の群れへ突っ込む。
       分かったぞ。彼女が敵を引き付けているうちに、俺がルーンを刻んで攻撃だな。何も相談せずともこのチームワーク。俺達は前世でも恋人同士だったに違いない。
      「足元に気を付けろ! 踏ん張りがきかないぞ……!」
      「大丈……ひゃぁっ!!」
       杖を振り上げた彼女が、先程と全く同じモーションで足を滑らせる。伸ばした手は今度は届かず、顔面から地面を滑り木の葉を巻き上げる。
      「フレイヤ……!」
       彼女の手から離れた杖は転倒した時にぶつけたのだろう、真っ二つに折れ方々に散らばる。地面に横たわる無防備な彼女に、狼達が狙いを定める。
      「逃げろ、フレイヤ!」
       足元の落ち葉をかき分け、地面へフサルクを書く。縦線一本、氷を意味するイスの文字だ。ナイフで指の腹を切ると、フサルクへ血を垂らし簡易的なルーン魔術を作る。
      「射抜け氷柱――!」
       フレイヤの周りを目掛けて細い氷の柱を射つ。狼が怯んだ隙に彼女の手を取り、自分達が進んできた方角へ走る。
      「仕方ない、一度撤退だ……!」
       力強く地面を蹴った足はそのまま地面を滑り、目前に地面。
      「ちょっとっ、待って下さい! ぼくはまだ戦えます!」
       枯れ葉に顔を埋める直前で、フレイヤの腕に引っ張り起こされる。
      「流石にこの数は無理だ! 一度ギルドに戻って体制を立て直そう」
      「いやです! そんなのまた負けじゃないですか!」
       手を振りほどいた彼女は折れた杖を拾い、狼へ向ける。
       俺だって彼女に良いところ見せたいし簡単に引き下がりたくはないが、この数相手じゃ流石に分が悪い。それに彼女は武器を失ってる。予めフサルクを刻んでおいた杖は魔導士にとって欠かす事の出来ない武器であるし、何より丸腰の彼女を魔物達が放っておくはずがない。それは昨日武器を折った友人のおかげで充分承知している。
      「そうだ、今日はもう日が暮れる。十分収穫があったし、続きは明日にしよう」
      「まだ日が高いじゃないですか!」
      「俺は8時には寝ると決めてるんだ!」
      「おまえが8時に寝るのなんて、見たことない!」
       勇ましくも戦わんとする彼女の腕をとり、もう一度走り出す。最初はしぶしぶという様子だったが、狼が彼女のローブに喰らい付かんとする様を見て、意識が一転する。
      「ちょっと! これ高かったんだから、もっと早く走ってよ!」
      「俺様はこれが全力だ!」
      いつの間にやら先行する彼女に腕を引かれ、俺達はついさっき通ったばかりの道を戻っていくのだった。


      「転移魔方陣だ、飛び込め!!」
      「は、はい……!」
       俺達はよっぽど都合のいい獲物だったらしい。いつの間にか、背中に魔物の群れをつけたまま、最初の転移魔方陣まで戻ってきていた。
       飛び込んだと同時に魔方陣をさせる。しかし逃さまいと狼までもが飛び込んでくる。コンマ1秒、寸での所で黄昏の景色が溶け、瞬きの後にあったのはギルドの待合い室だった。
      「助かった……のか」
      「……みたいですね」
       窓口の方を見ると幼馴染がにやにやと手を振っている。また逃げ帰ってきたのかと思っているに違いないが、今日ばかりはその通りなので仕方がない。
       失礼な幼馴染は無視して、フレイヤへ振り返り手を取る。今度は片手ではなく両手だ。
       俺にはまだ、今日のメインイベントが残っている。
      「フレイヤ。今日の成果はあまり芳しくなかったかもしれない」
      「だけど、俺はお前とならもっと強くなれる気がするんだ」
       一瞬俺を見た瞳が下を向く。フレイヤが肩を震わせる度、金色の髪がさらさら揺れる。
      「俺とこれからもダンジョンに……」
      「いや、俺と正式にパートナー契約を結ばないか」
       フレイヤの瞳が真っ直ぐに俺の目を見る。
       やはり、俺はこの緑色を知っている。どこで見たのだろう。それに思いを馳せた瞬間、握った手の感触に違和感を覚える。
       女の子の手は、こんなにも硬いものだっただろうか。そもそも俺はこの手をいつも握っていた気がする。
      「いやです」
       そう言った彼女は満面の笑みで、その笑みを見た時頭の中で糸が繋がった。
       覚えておけ、友人T改めトール。俺の純情を弄んだこと、絶対後悔させてやる。


      #創作 #オリジナル #小説
      ##剣と魔法のトランスパートナー
      ##2017年6月
      沙々木ながれ
    • #グロリアスドライヴ #OMC #PBW
      ##2018年5月
      沙々木ながれ
    • かくれんぼ #創作 #オリジナル #小説
      ##かくれんぼ
      ##2015年12月
      沙々木ながれ
    • 2--剣と魔法のトランスパートナー「ここが『黄昏の屍』、……か」
      「……」
       黄色く紅葉した大樹が、落ち葉を降らせる黄金の森。「仮」パートナー契約を済ませた俺達二人は、早速ダンジョンに降り立っていた。
       ざまぁみろ、幼馴染&友人T。やはり俺様が天才でモテモテなのに間違いはなかったのだ。今はまだ仮契約だが、ダンジョンでいいとこ見せて夜にはオシャレなBARで告白だ。そして彼女と幸せな家庭を築くんだ。
      「ここにも世界樹の種があったようですね」
      「ん? あ、そうだな」
       ダンジョンの真ん中に聳える、ひと際大きな大樹を見上げる。ウートガルズの種と同じかそれ以上だろうか、――昔はここにも人の暮らす町があったのかもしれない。木の葉に埋もる森を見ながらそう考える。
      「どうにかして見返して……」
      「? ……何か言ったか?」
      「いえ、日が落ちる前に探索しましょう」
       枯れ葉の重なる地面を踏み締めると、スポンジの上を歩くようにふわりと宙を浮かぶ心地がする。


       パートナー契約は互いの命を半分ずつ、預けあう「制約」だ。契約を結んだ二人は、互いの傷に応じ行動に制限がかけられる。早い話、パートナーが怪我を負えば自分にもリスクが返ってくる、ということだ。無理はせず、自分の身の丈に合ったダンジョンに潜れということなのかもしれない。
      「足場が悪いな、転ぶなよ」
      「さ、さすがにこんな何もないところでは転びませんよ」
       普段友人に言うように言葉がついてしまったが、確かに未開の土地土地を探索する冒険者に、木の葉に滑って転ぶななんて忠告は今更過ぎる。しかし例の彼は、何度同じダンジョンに通い詰めても「こんなところで転ぶわけないだろ」と宣いながらすっ転んでいたのだが。
      「ほらっ、見て下さい!」
       森を歩くには不向きであろう白いパンプスでくるくると回って見せる彼女。貝殻のように滑らかに光る靴が地面を蹴る度、シルクのワンピースが風に舞う。
      「ほら……ひゃぁっ!」
       薄紅色の唇がこちらを向き手を振り上げた瞬間、朝露に濡れた木の葉が地を滑り、彼女の体が傾く。
      「あ、ぶな……!」
       倒れてしまう。そう思った時にはもう手を伸ばしていた。
       細い腕を引くと彼女の軽い体が自分の胸に飛び込んでくる。地面から蹴り上げた木の葉光を反射し、白いローブに光を落とした。
      「ご、ごめん、なさ……っ!」
      「い、いや! 俺の方こそ……悪い」
       彼女の体を起こし地面に立たせると、一歩、二歩と下がる。
       やっぱり花の匂い……ではなく、今のは流石に距離を詰めすぎたかもしれない。女の子の手を握るのは初めて……ではなく、馴れ馴れしいだとかセクハラだとかあらぬ誤解を受けてはなかろうか。
       違うんだ。俺様は初めてのデートから夜景の綺麗な公園でのファーストキッスまで完璧なプランを考えていた訳で、これは事故でやましい気持ちはなかったんだ。
      「ありがと……ございます」
       何を考えているのか、下を向いたまま袖を引かれる。とりあえず怒っている様子ではなさそうだ。
      「……早く行きましょう」
      「あ、あぁ……」
       どのように返したらいいのかも分からぬまま、彼女の後に続く。

       会話が途切れると、虫の音も、鳥の声も聞こえない。木漏れ日が金色に染める森は美しくもあるが、魔物どころか虫の一つも出ないダンジョンは、まるで死んでいく世界のようで気味が悪くもある。
      「君は、何と言うんだ」
       ダンジョンの様子を窺うのは止めて、彼女の背中に問いかける。決して君のことがもっと知りたいだとか、俺の名字と合わせるとどうなるだろうだとか、そんな下卑た考えで聞いてる訳ではなくて、やはり、危険なダンジョンを探索するにはお互いのことをもっと知っておくべきだし、名前の一つも知らないというのは逆に問題あるのではなかろうか。
      「名前……ですか?」
       足を止めた彼女が俺の目を見て、やっぱり足元へ視線を戻す。
      「えっと……、その、……フレイヤです」
       何か考えるように言葉を詰まらせるが、その後に続いたのは美の女神の名前だった。
      「フレイヤ! この世で一番美しい女神様の名前なんて、君にぴったりな名前じゃないか!」
      「……神に向けて様だなんて、変わった人ですね」
       名は体を表す。彼女――フレイヤの母は預言者に違いない。
      「神も何も、フレイヤ様だけは特別だ! なんたって君の……」
      「その話はいいから、早く進みましょう。このままでは日が暮れてしまいます」
      「いや待ってくれ、俺の名前は……」
      「知ってますよ」
       引き留めようと伸ばした腕を、今度は軽く払われる。
      「『霜の大魔導士様』、ですよね」
      「いや、それは……」
       くすくすと、いたずらっぽく笑う彼女。言っていることは正しいのに、何故か他意がある気がする。
      「あぁそうだ! 俺様は女神以外は全て持っている、大魔導士様だ!」
       俺が言いたいのはそういうことではなく、もっと親し気にすーくんとか呼んで欲しいとか、今も昔も人生のパートナーを募集中だとか、みそ汁は豆腐のものがいいだとか、俺は魔導士だけど君は何が出来るかだとかな訳で。
      「大魔導士様! 敵です!」
       そう、例えるならば、この様に狼の群れに囲まれた場合どう対処しようか、という話な訳で。
       さぁ、どうしようか。

      #創作 #オリジナル #小説
      ##剣と魔法のトランスパートナー
      ##2017年6月
      「ここが『黄昏の屍』、……か」
      「……」
       黄色く紅葉した大樹が、落ち葉を降らせる黄金の森。「仮」パートナー契約を済ませた俺達二人は、早速ダンジョンに降り立っていた。
       ざまぁみろ、幼馴染&友人T。やはり俺様が天才でモテモテなのに間違いはなかったのだ。今はまだ仮契約だが、ダンジョンでいいとこ見せて夜にはオシャレなBARで告白だ。そして彼女と幸せな家庭を築くんだ。
      「ここにも世界樹の種があったようですね」
      「ん? あ、そうだな」
       ダンジョンの真ん中に聳える、ひと際大きな大樹を見上げる。ウートガルズの種と同じかそれ以上だろうか、――昔はここにも人の暮らす町があったのかもしれない。木の葉に埋もる森を見ながらそう考える。
      「どうにかして見返して……」
      「? ……何か言ったか?」
      「いえ、日が落ちる前に探索しましょう」
       枯れ葉の重なる地面を踏み締めると、スポンジの上を歩くようにふわりと宙を浮かぶ心地がする。


       パートナー契約は互いの命を半分ずつ、預けあう「制約」だ。契約を結んだ二人は、互いの傷に応じ行動に制限がかけられる。早い話、パートナーが怪我を負えば自分にもリスクが返ってくる、ということだ。無理はせず、自分の身の丈に合ったダンジョンに潜れということなのかもしれない。
      「足場が悪いな、転ぶなよ」
      「さ、さすがにこんな何もないところでは転びませんよ」
       普段友人に言うように言葉がついてしまったが、確かに未開の土地土地を探索する冒険者に、木の葉に滑って転ぶななんて忠告は今更過ぎる。しかし例の彼は、何度同じダンジョンに通い詰めても「こんなところで転ぶわけないだろ」と宣いながらすっ転んでいたのだが。
      「ほらっ、見て下さい!」
       森を歩くには不向きであろう白いパンプスでくるくると回って見せる彼女。貝殻のように滑らかに光る靴が地面を蹴る度、シルクのワンピースが風に舞う。
      「ほら……ひゃぁっ!」
       薄紅色の唇がこちらを向き手を振り上げた瞬間、朝露に濡れた木の葉が地を滑り、彼女の体が傾く。
      「あ、ぶな……!」
       倒れてしまう。そう思った時にはもう手を伸ばしていた。
       細い腕を引くと彼女の軽い体が自分の胸に飛び込んでくる。地面から蹴り上げた木の葉光を反射し、白いローブに光を落とした。
      「ご、ごめん、なさ……っ!」
      「い、いや! 俺の方こそ……悪い」
       彼女の体を起こし地面に立たせると、一歩、二歩と下がる。
       やっぱり花の匂い……ではなく、今のは流石に距離を詰めすぎたかもしれない。女の子の手を握るのは初めて……ではなく、馴れ馴れしいだとかセクハラだとかあらぬ誤解を受けてはなかろうか。
       違うんだ。俺様は初めてのデートから夜景の綺麗な公園でのファーストキッスまで完璧なプランを考えていた訳で、これは事故でやましい気持ちはなかったんだ。
      「ありがと……ございます」
       何を考えているのか、下を向いたまま袖を引かれる。とりあえず怒っている様子ではなさそうだ。
      「……早く行きましょう」
      「あ、あぁ……」
       どのように返したらいいのかも分からぬまま、彼女の後に続く。

       会話が途切れると、虫の音も、鳥の声も聞こえない。木漏れ日が金色に染める森は美しくもあるが、魔物どころか虫の一つも出ないダンジョンは、まるで死んでいく世界のようで気味が悪くもある。
      「君は、何と言うんだ」
       ダンジョンの様子を窺うのは止めて、彼女の背中に問いかける。決して君のことがもっと知りたいだとか、俺の名字と合わせるとどうなるだろうだとか、そんな下卑た考えで聞いてる訳ではなくて、やはり、危険なダンジョンを探索するにはお互いのことをもっと知っておくべきだし、名前の一つも知らないというのは逆に問題あるのではなかろうか。
      「名前……ですか?」
       足を止めた彼女が俺の目を見て、やっぱり足元へ視線を戻す。
      「えっと……、その、……フレイヤです」
       何か考えるように言葉を詰まらせるが、その後に続いたのは美の女神の名前だった。
      「フレイヤ! この世で一番美しい女神様の名前なんて、君にぴったりな名前じゃないか!」
      「……神に向けて様だなんて、変わった人ですね」
       名は体を表す。彼女――フレイヤの母は預言者に違いない。
      「神も何も、フレイヤ様だけは特別だ! なんたって君の……」
      「その話はいいから、早く進みましょう。このままでは日が暮れてしまいます」
      「いや待ってくれ、俺の名前は……」
      「知ってますよ」
       引き留めようと伸ばした腕を、今度は軽く払われる。
      「『霜の大魔導士様』、ですよね」
      「いや、それは……」
       くすくすと、いたずらっぽく笑う彼女。言っていることは正しいのに、何故か他意がある気がする。
      「あぁそうだ! 俺様は女神以外は全て持っている、大魔導士様だ!」
       俺が言いたいのはそういうことではなく、もっと親し気にすーくんとか呼んで欲しいとか、今も昔も人生のパートナーを募集中だとか、みそ汁は豆腐のものがいいだとか、俺は魔導士だけど君は何が出来るかだとかな訳で。
      「大魔導士様! 敵です!」
       そう、例えるならば、この様に狼の群れに囲まれた場合どう対処しようか、という話な訳で。
       さぁ、どうしようか。

      #創作 #オリジナル #小説
      ##剣と魔法のトランスパートナー
      ##2017年6月
      沙々木ながれ
    • #ファナティックブラッド #OMC #PBW
      ##2018年4月
      沙々木ながれ
    • 1-1--こいくうあくまact1_その、憂鬱な昼下がりに_1
      #創作 #オリジナル #漫画
      ##こいくうあくま
      ##2017年2月
      沙々木ながれ
    • 三千世界の魔王サマ!!--01_そして石は投げられた #オリジナル #創作  #小説
      ##三千世界の魔王サマ!!
      ##2015年10月
      沙々木ながれ
    • 2剣と魔法のトランスパートナー #創作 #オリジナル #イラスト
      ##剣と魔法のトランスパートナー
      ##トール
      ##2017年6月
      沙々木ながれ
    • 1--剣と魔法のトランスパートナー「もうお前なんか、大っ嫌いだ!」
       ギルドのテーブルで響く友人の声。怪訝そうに振り返った幾人も、またいつものことかと姿勢を戻す。
      「何が不満なんだ。俺がいたからこそ、今日だって無事ダンジョンから帰って来れたんだろ」
      「そういうところがだよ!」
       膝に擦り傷、額にたんこぶ、おまけに頭の天辺から足の先まで泥だらけ。それが目の前に座る彼の、今日の成果全てだ。
      「もう絶交、絶交してやる!」
      「はいはいそれで、絶交したらお前、明日から誰とダンジョン潜んの」
      「誰とでもいいだろ! 絶交なんだから!」
      「俺以外、誰がお前と組むんだよ」
      「誰でもだよ!」
       ひと際強く机が叩かれると、コップの中の白湯が揺れ、木の天板に染みを作る。
       男のくせに白い肌、細い腕。剣を握れば力み過ぎて柄を折り、敵と向かえば何もなくとも転ぶ。挙句の果てには泥沼にはまって立ち往生。あんな低級ダンジョンで泣きべそかくやつ、こいつ以外に見たことない。
      「だいたい、おれがいないとダンジョンに入れないないのはお前もだろ!」
      「いーや、俺は天才魔導士様だから。パートナーとか、選り取り見取りですから」
      「おれだって……!」
       役立たずが服着て歩いてるような奴が何をほざく。こんなお荷物、俺以外が面倒見きれるはずがない。
       考えていたことがそのまま顔に出ていたのか、目の前の友人が三度机を叩く。
      「だ、だったら勝負だ! おれとお前、どっちが早く新しいパートナーを見つけられるか」
      「いい度胸だ、吠え面かくなよ!」
      「そ、そっちこそ!」
      『今日限りでお前とのパートナー契約は解消だ!!!!』


       この浮遊大陸――世界樹の種子<ユグドラシルシード>は多くの浮島によって形成されている。俺達の暮らす町、ウートガルズもその浮島の一つだ。
       しかし、どうやら人は増えすぎてしまったらしい。町でとれる資源にも限りがある。不足した資源を補うため、我々人が目をつけたのは、町の外に浮かぶ島々――ダンジョンだ。
       俺達冒険者は未開の地、ダンジョンを探索し資源を調達すること、そしてあわよくばそこに暮らす魔物達の営みをぶっ潰し、領土を拡大することを生業としている。

      「頼む、今回だけだから!」
      「決まりですので」
       やってやろうじゃねーか、勝負だと啖呵切ったのが昨日のこと。そして今現在、俺様はなぜか一人でギルドにいる。
       俺達冒険者は自由にダンジョンを出入り出来る訳ではない。そもそも浮島同士は陸続きで繋がっていない。文字通り「空に」浮いているのだ。ギルドの管理する転移魔法陣を使わない限り、空を飛びでもしない限り町の外に出ることさえ叶わない。
      「ちょーっとだけだから。いいだろ、少しぐらい」
       窓口に座る幼馴染は眉を顰めて首を振る。
      「いい? パートナー制度はあなたたち冒険者を守るための制度なの。今あなたが危機に陥ったとしても助けてくれる人は誰もいないのよ?」
       ソロではダンジョンに潜れないなんて、誰がそんな面倒くさい決まりを作ったんだ。俺は天下の大魔導士様だ。パートナーなんぞいなくとも、ダンジョンぐらい一人で潜れる。
      「だから分かってるって。お前のワイ子でちょちょいっとダンジョンまで運んでくれればいいんだよ」
      「全然わかってないじゃない!! そもそも私、今仕事中なの? 見えない?」
       ギルドが俺を通さないなら、直接ワイバーンで空から乗り込む。これ以上の妙案中々ないと思ったのだが。
       しかし、天才魔導士の俺様がせっかくフリーになったというのに、誰もパートナーに誘ってこないというのは皆謙虚過ぎだ。俺様はどんな落ちこぼれのお嬢様が来たとしても、たっぷり揉みしだいてやる気概でいるのに――。
      「――なぜ誰もパートナーになりたいと口に出せないんだ」
      「はぁ? あんたみたいな勘違いバカ、誰が相手にするのよ」
      「? 俺は天才だから、少なくとも馬鹿ではないぞ」
      「そういうところがバカだっていうのよ……」
       パートナー希望者が来ないのは俺にも非があると言いたいらしい。有能すぎて近寄りがたいとか、そういうことだろうか。
      「仕方ない、間を取ってやはり一人で……」
      「あ、あの! すみません!」
       妥協案を出そうとしたところで、ふいに袖を引かれた。
       一度横を見て、それから徐々に視線を下げていく。最初に目に入ったのは大きな花の髪飾り。生花だろうか、真っ白な花弁からは甘い匂いがした。金色の頭から更に視線を下げると、濃緑の瞳と目が合う。
      「あの……えと……、わた、わたし……」
       一瞬交わったと思った視線が宙を泳ぎ、地面を向く。こくりと唾を飲み込む音がして、掴まれた袖がより一層強く引かれる。
      「……って、なんだ?」
       思った以上に引かれた力が強く、腕を中心に世界が回転する。石の床を視線が滑り、白いパンプス、黒のタイツの次に天井が見えると思った瞬間、目の前にあったのは赤く上気した肌と濃い緑色。金髪の向こうに天井が見え、自分の上に「少女」が跨っているのだと気づく。
       水分を含み、揺れる瞳。俺はこの瞳を、知っている気がする。
      「ぼ、ぼくとパートナーを組んで下さい!」
       引きつった心臓が、徐々に速度を上げていく。
       真っ白になる頭の痛みに、これは運命なのだと感じた。

      #創作 #オリジナル #小説
      ##剣と魔法のトランスパートナー
      ##2017年6月
      「もうお前なんか、大っ嫌いだ!」
       ギルドのテーブルで響く友人の声。怪訝そうに振り返った幾人も、またいつものことかと姿勢を戻す。
      「何が不満なんだ。俺がいたからこそ、今日だって無事ダンジョンから帰って来れたんだろ」
      「そういうところがだよ!」
       膝に擦り傷、額にたんこぶ、おまけに頭の天辺から足の先まで泥だらけ。それが目の前に座る彼の、今日の成果全てだ。
      「もう絶交、絶交してやる!」
      「はいはいそれで、絶交したらお前、明日から誰とダンジョン潜んの」
      「誰とでもいいだろ! 絶交なんだから!」
      「俺以外、誰がお前と組むんだよ」
      「誰でもだよ!」
       ひと際強く机が叩かれると、コップの中の白湯が揺れ、木の天板に染みを作る。
       男のくせに白い肌、細い腕。剣を握れば力み過ぎて柄を折り、敵と向かえば何もなくとも転ぶ。挙句の果てには泥沼にはまって立ち往生。あんな低級ダンジョンで泣きべそかくやつ、こいつ以外に見たことない。
      「だいたい、おれがいないとダンジョンに入れないないのはお前もだろ!」
      「いーや、俺は天才魔導士様だから。パートナーとか、選り取り見取りですから」
      「おれだって……!」
       役立たずが服着て歩いてるような奴が何をほざく。こんなお荷物、俺以外が面倒見きれるはずがない。
       考えていたことがそのまま顔に出ていたのか、目の前の友人が三度机を叩く。
      「だ、だったら勝負だ! おれとお前、どっちが早く新しいパートナーを見つけられるか」
      「いい度胸だ、吠え面かくなよ!」
      「そ、そっちこそ!」
      『今日限りでお前とのパートナー契約は解消だ!!!!』


       この浮遊大陸――世界樹の種子<ユグドラシルシード>は多くの浮島によって形成されている。俺達の暮らす町、ウートガルズもその浮島の一つだ。
       しかし、どうやら人は増えすぎてしまったらしい。町でとれる資源にも限りがある。不足した資源を補うため、我々人が目をつけたのは、町の外に浮かぶ島々――ダンジョンだ。
       俺達冒険者は未開の地、ダンジョンを探索し資源を調達すること、そしてあわよくばそこに暮らす魔物達の営みをぶっ潰し、領土を拡大することを生業としている。

      「頼む、今回だけだから!」
      「決まりですので」
       やってやろうじゃねーか、勝負だと啖呵切ったのが昨日のこと。そして今現在、俺様はなぜか一人でギルドにいる。
       俺達冒険者は自由にダンジョンを出入り出来る訳ではない。そもそも浮島同士は陸続きで繋がっていない。文字通り「空に」浮いているのだ。ギルドの管理する転移魔法陣を使わない限り、空を飛びでもしない限り町の外に出ることさえ叶わない。
      「ちょーっとだけだから。いいだろ、少しぐらい」
       窓口に座る幼馴染は眉を顰めて首を振る。
      「いい? パートナー制度はあなたたち冒険者を守るための制度なの。今あなたが危機に陥ったとしても助けてくれる人は誰もいないのよ?」
       ソロではダンジョンに潜れないなんて、誰がそんな面倒くさい決まりを作ったんだ。俺は天下の大魔導士様だ。パートナーなんぞいなくとも、ダンジョンぐらい一人で潜れる。
      「だから分かってるって。お前のワイ子でちょちょいっとダンジョンまで運んでくれればいいんだよ」
      「全然わかってないじゃない!! そもそも私、今仕事中なの? 見えない?」
       ギルドが俺を通さないなら、直接ワイバーンで空から乗り込む。これ以上の妙案中々ないと思ったのだが。
       しかし、天才魔導士の俺様がせっかくフリーになったというのに、誰もパートナーに誘ってこないというのは皆謙虚過ぎだ。俺様はどんな落ちこぼれのお嬢様が来たとしても、たっぷり揉みしだいてやる気概でいるのに――。
      「――なぜ誰もパートナーになりたいと口に出せないんだ」
      「はぁ? あんたみたいな勘違いバカ、誰が相手にするのよ」
      「? 俺は天才だから、少なくとも馬鹿ではないぞ」
      「そういうところがバカだっていうのよ……」
       パートナー希望者が来ないのは俺にも非があると言いたいらしい。有能すぎて近寄りがたいとか、そういうことだろうか。
      「仕方ない、間を取ってやはり一人で……」
      「あ、あの! すみません!」
       妥協案を出そうとしたところで、ふいに袖を引かれた。
       一度横を見て、それから徐々に視線を下げていく。最初に目に入ったのは大きな花の髪飾り。生花だろうか、真っ白な花弁からは甘い匂いがした。金色の頭から更に視線を下げると、濃緑の瞳と目が合う。
      「あの……えと……、わた、わたし……」
       一瞬交わったと思った視線が宙を泳ぎ、地面を向く。こくりと唾を飲み込む音がして、掴まれた袖がより一層強く引かれる。
      「……って、なんだ?」
       思った以上に引かれた力が強く、腕を中心に世界が回転する。石の床を視線が滑り、白いパンプス、黒のタイツの次に天井が見えると思った瞬間、目の前にあったのは赤く上気した肌と濃い緑色。金髪の向こうに天井が見え、自分の上に「少女」が跨っているのだと気づく。
       水分を含み、揺れる瞳。俺はこの瞳を、知っている気がする。
      「ぼ、ぼくとパートナーを組んで下さい!」
       引きつった心臓が、徐々に速度を上げていく。
       真っ白になる頭の痛みに、これは運命なのだと感じた。

      #創作 #オリジナル #小説
      ##剣と魔法のトランスパートナー
      ##2017年6月
      沙々木ながれ
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