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    終わりの旅をはじめようか、--01「これ、ホントに本物なのか?」
    「現実を見て」
     先ほど厳つい兵士達が置いていった書簡を見ながら、机に手をつく2人は普段と変わらぬトーンで言葉を交わす。仰々しくも羊皮紙に書かれたそれは、土埃に塗れた日常には異質な存在だ。割れたガラスにカーペットに生えた苔。室内と屋外の橋渡しのような部屋で、非、日常の封が切られた。
    あぁ、状況が掴めない? 良いだろう、おれが説明してやろう。


     先に口を開いた男はヴェンネルト。後のはリン。おれ達3人はこの、いつの間にか持ち主のいなくなってしまったこの古い屋敷で、『なんでも屋』をやっている。『なんでも屋』でなくとも『万屋』でも『便利屋』でも、口の回りやすいように呼ぶといい。現におれ達を『なんでも屋』なんて呼ぶやつなんていないが、報酬さえ貰えればそれこそなんでもやる。ただそれだけのことだ。5年前にここに居ついて、その日その日を過ごして、いつの間にかそうなっていた。
     傍らで机に腰掛けるヴェンネルトが、なぜか気難しそうに眉をしかめていると思ったら、書簡に封をしていた蝋を指で擦り溶かそうととしていた。おれの思い違いでなければこいつは今年で17になるはずだが、本当に思い違いだったのかもしれない。おれとリンはこの子供を、ヴェンと呼んでいる。奴に6文字は勿体ない。
     一番に目につくのはやはり、腰の下まで伸びた長い紅髪だろうか。この国には元々そんな髪のやつが多いが、まぁその話は追々としよう。
    そしてその隣りで筒状になった羊皮紙を伸ばしているのが弟分のリンだ。緑色の長い髪をキャスケットの中にしまい込んだ、どちらかと言うと中性的な少年で、口数も多くないから細かいことは知らん。それでも無言でおれ達の後をついてくるのだから、こいつも何か不満があるわけではないのだろう。ただ、室内にいる時ぐらいは帽子を脱げと言うのに、頑なに帽子を脱ごうとしないのだけは解せない。最近の若者にとってはそれがおしゃれというやつなのか。謎だ。
     よし、解説はこんなものでいいか? それとも最初は殺人事件の方がお好みだったか。しかしこれがおれ達の日常だ。起こってしまった後では変えることも出来ない。……そもそもこんなことを聞いて何になるんだ。どんな美女でも言葉にすればただの記号の羅列。その記号に何の意味がある。情報をただ読み取るだけなら、器械の方がよっぽど上手く出来るではないか。


     ――と、目の前で眠る少年リトリア、通称リトは無言で主張……って声に出せよ! そして寝るな。なんでお前床に寝てんだよ。舞台に立てよ、寝っころがるな。そして邪魔だ。
     あー、どうも。うわさのイケメン、ヴェンネルトです。いや、ちょっと待って、今のカット。誰かツッコんでよ。俺もう早々に挫けちゃうから。ちょっとスベったぐらいで見捨てないで、って。
     突然渡されたバトンを持て余し、俺は腐りかけた床の上で地団駄を踏む。頭部に上がっていく熱を発散することが出来ず、ブーツの先で机の下の障害物を蹴ると、肉に爪先が当たる感触が何となく痛みを分かち合えてる気がして、少しだけすっきりした。お前のせいだかんな。ざまあみろ。ほんと無茶振りはやめて下さい。


     ……えーっと、そう、俺の足元で眠るリトリアは、漆黒色の髪を持った珍しい少年だ。うん、少年。で、なぜこの黒髪が珍しいかと言うと……そうだ、その前にこの国の話をしなきゃ、だよな。
     この国は世界で唯一、魔法の使える国なんだ。なんでも大昔の魔法使いたちがこの国の中央、魔力の供給源を中心にして国を作ったらしい。供給源は世界でたった一つしかないから、魔力の薄い外の国ではたとえ魔法使いであっても魔法は使えないって訳らしい。ちょっと特別な感じしない?
    そこで髪の話に戻ろうか。俺達は国を作った魔法使い達の子孫なんだ。俺達だけじゃない、この国に住む人間全てがそうだ。今は魔法使いなんて言葉は使われなくなったけど、魔法の使える人間をそう呼ぶなら俺達は皆、魔法使いだな。
     そして魔法使い達は皆、絶えず魔力を体の中に通してる。なんて言えばいいのかな、通すというより勝手に流れていくイメージ? 外から入ってきて、魔法として使わなきゃそのまま外へ流れていく。その流れる過程で髪や目を透して、透けて見える。だから俺達も国の外へ出れば髪も目もまた違った色になるんだろうな。もっとも、俺は国の外なんて出たこともないし、これから出ることもないんだろうけど。
    そしてこの髪の色、意外と役に立つ。魔力ってやつは一種類だけじゃない。それはもう何万といってもいいぐらいに種類があるけど、一人一人が流せる魔力はせいぜい数種類が限界だ。そして魔法使い達は自分に流せる魔力しか扱えない。自分の内にないものはどうにもならないって訳だ。空気中にある魔力は色が混ざって透明になってるけど、偏った魔力には色がある。それが髪や目の色になって表れるってわけだ。どうだ、分かりやすいだろ? 色さえ見ればそいつがどんな魔法を扱えるのか、一目瞭然ってわけなんだ。
     だもんで、この国の人間は髪の色で扱える属性を判断する。俺の赤なら炎、青なら水ってな具合にな。しかし黒色の髪は――伝説の闇属性の……――ってそんなカッコイい設定ねぇよ! リトっ、都合のいい時だけ出てくんな。つーか嘘はつくなよ嘘は。大体お前が扱えるのは水だろ。本当は属性と髪の色が違うのが珍しいって話だったのに、あーもうぐだぐだになっちまったじゃねーか。あ。あと、黒色の属性って無いんだよ。だから黒髪が珍しいってわけ。せっかくカッコ良くナレーションしようと思ってたのに、これで俺の株が下がったらお前のせいだからな。


     こんな前置きはこの辺にしといて。で、話は最初戻るんだけどさ。あれー何て言うか、手紙ね。覚えていた人には、拍手っ。俺は忘れてた。
    まぁ、その内容の話をするとさ――まだおれが3歩歩けば10人女子が卒倒するほどの、長身痩躯の爽やかイケメンだという話が終わってないぞ? ――お願いだから好き勝手に出て来ないでくれ、リト。即興劇じゃないんだから、得意気にネタ振られても困るだけだから。そんな設定採用しないから。そもそもお前、俺達3人の中でも一番のちびじゃねぇか。長身痩躯ってなんだよ、大概にしろよ。あまりにコンプレックス丸出しだと、……ちょっと弄り辛いだろ。
     頭でも撫でてやろうと机の下を見たその時、ブンッという空気を切る音と共に俺の喉元にナイフが突きつけられた。
    「年上への礼儀というものを、わきまえてもらおうか」
     なんですぐ手が出ちゃうの? それマイブームなの? 生まれてくる年代間違えたの? 最近は暴力ネタとか、そんな安易なネタは流行らないから。少なくとも俺の中では流行ってないです、ので。
     俺が恐怖に喉が引きつるのを見計らって、リトの左手にもう1本ナイフが握られる。ねぇそれ、何に使うの。意味分かんない。俺は悪くない。だって、嘘だってついてないし。マザーだって許してくれる。しかし現実というやつは無情なもので、嘘つきしか大人の階段は上れないのだ。リトの握ったナイフが俺の眼前に迫ってくる。
    「ぬ、ぬわぁぁあぁぁぁ!!」
     とっさに頭を抱えてしゃがみこむと、数泊おいて自身の髪が風に乗って落ちてくる。今頭狙ったよね。何する気? 目でも潰す気? あぁもう、俺の自慢の紅髪が………。俺自身はナイフをすんででかわしたものの、愛しのヘアーは回避に間に合わず、ナイフの餌食となってしまった。髪が短い=流せる魔力が少ないという理由で面接に落ちるような世の中じゃ、一大事だ。まぁ俺は一生フリーなんですけどね。
    長い髪、というのは、自分が多く、濃く、魔力を流せる証明だ。例えるなら魔力は光。多く集まれば集まるほど、明るく灯す。毛先まで鮮やかに光る長髪は、それだけで自分の価値を示してくれる。俺達にその「価値」が必要なのかは分からないけど、まぁ無いより有るに越したことはないって。ねぇまた、話ズレてない?


     ……事の発端は、俺達の“なんでも屋”に、厳つい兵士達が一つの紙切れを持って来た事からだ。内容はこの国の“実在する伝説”について。伝説なのに実在するってなんで分かるんだろな。このおかしな伝説というのは不老不死の化物の存在だ。
    依頼内容は、もう何年も前に廃墟になった古い屋敷にある、伝説について書かれたレポートを取ってくること。これぐらいならオカルトファンからの無茶な依頼、で済むのだが、依頼主が明らかにおかしいのだ。先ほどの兵士――ならまだわかるが依頼主はこの国の国王。ご丁寧に手紙にサインまである。こんなのたちの悪いイタズラとしか思えない。ってか、こういうの犯罪じゃないの? 依頼主大丈夫? 俺達の言えたものじゃないけど。
    「……」
     リンが俺の手から無言で手紙をとると、でこぼこした羊皮紙につけられた金箔が光を照り返して光る。しばらくリンは手紙を値定めていたが、ふと飽きたように空に放り出す。どうやら価値無しと判断したようだ。わりと重たかった手紙はたいして空を舞いはせず、するりと空間を切って床に落ちた。金色の装飾が、カーテンからもれた光をちかちかと反射する。天井を見上げると、小さな金色が水面みたいに揺れていた。まぁ、そうですよね。


     俺達が羊皮紙に飽きて次の話題を探し始めるとふと、横でチリンという小さな鈴の音が鳴った。不思議に思い横を見ると、そこにはさっき棄てたはずの手紙を手にとるリトがいた。
    「…………」
     リトの表情が僅かに曇る。手紙を見ながら何か考えているようだ。
    「リト……?」
    リンの呼びかけに、ピクリともしない。俺も口を開きかけた時、リトが顔を上げた。
    「行くぞ」
     それは淡々としていて、平坦な道をボールが転がるような声だった。面白味もなく、ただ地面を転がり、そして止まる。予測しなかった言葉に俺は、ポカンと口を開けてしまった。多分今の俺は相当面白い顔をしているであろう。隣りのリンを見てみると、やっぱり同じような顔をしている。
    「何、変な顔している。早く準備しろ!」
     リトが急かすように怒鳴る。変な顔って、その通りだけど口に出さないでよ。そうさせたのはお前じゃないか。
    「こんなイタズラ、付き合う事ないよっ」
    毛羽立ったカーペットにブーツを打つリトをリンが慌てて止めようとするが、リトは聞く耳を持たない。それどころか今直ぐにでも出掛けようと、椅子にかけていた上着を羽織る。一体何が始まるというんだ。今まで散々リトの思い付きに振り回されてきたが、これもまたその類だろうか。2人が声を荒げるのを、俺は横で、ガラス一枚挟んだように一歩後ろで眺める。
    「こんなのどうせ偽物なんだから。僕たち馬鹿にされてるんだよ、」
    「本物だ」
     リンが言葉を言い切る前にリトが遮る。その声は何やら焦りを含んでいるようで、あまり聞いたことのない声にリトの目を確認する。本当にこのリトは、今まで俺達が接してきたリトなんだろうか。実は姿だけそっくりな偽物で、だから俺には2人の会話についていけないんだろうか。瞬きをした間に、2人は俺の知らない会話をしていたのだろうか。
     俺の意見はリンと同じ。こんな悪戯無視すればいい。そう思うのに上手く言葉に出来ない。どこから俺が割り入っていいのかが分からない。大体俺達みたいな孤児、王様が相手にする訳がない。それでもリトは、根拠があるのかさえわからないけど、この手紙を本物だと考えているらしい。
    だけど二人の意見が分かれているとして、なんでこんな唐突に言い争いみたいになってんだ? そこまですることなのか? 俺達って今なんの話をしていたんだ? 頭の中がぐちゃぐちゃになって、また一歩、足を引く。
    「そんなわけ無いでしょ! だって王様……」
    「二度も言わせるな!」
     一段と、リトが語気を強め、リンの言葉が途切れる。リトが乱暴に頭を掻き、首を振る。まるでこの話はもう終わりだとでも言うように。おかしいだろ? これから面白可笑しい物語が始まるのに、なんだってそんな直ぐ終わらせなきゃならないんだ。もっとだらだら引き伸ばして、楽しんだっていいじゃないか。
    「リト!」
     一向に動きを止めようとしないリトに、俺は耐え切れなくなり、胸の中の蟠りを吐き出すように叫ぶ。何を言っていいのかもわからない。感情に任せて声を荒げる。次は何を言えばいい? とりあえず落ち着け? 3人で話し合おう? そうだ、今まで俺達は何だかんだで上手くやってきたんだ。今まで通りにまた、上手くやればいい。
     リトは俺の怒鳴り声に驚いたのか、一瞬動きを止めたが、
    「すぐに……いや、明朝に出発する。準備しておけ」
     言いたい事だけ言うと、部屋から出てしまった。リトの中から発せられた鈴の音が何時までも部屋の中をこだまする。
    「ヴェン………、最後って何……?」
     リトが出ていったドアを見つめながら、リンは眉をひそめた。リトは部屋を出る前、確かにそう呟いていた。
    「俺だって聞きたいよ……」
     俺がそう呟くと、リンは一層眉をひそめる。悲しんでいるのか怒っているのか俺にはわからない。ただ唐突な展開に俺には、ついていけないまま立ちすくんでいるだけだった。
    沙々木ながれ Link Message Mute
    2018/06/19 21:37:17

    終わりの旅をはじめようか、--01

    #創作 #オリジナル #小説
    ##終わりの旅をはじめようか
    ##2010年12月

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    • 2 #グロリアスドライヴ #OMC #PBW
      ##2018年7月
      沙々木ながれ
    • 1-1--僕らは彼を主人公だと思っていた。第一章 勇者さまとくまたいじ -- 1

      #創作 #オリジナル #漫画
      ##僕らは彼を主人公だと思っていた
      ##2018年5月
      沙々木ながれ
    • カルタ_設定 #創作 #オリジナル #設定
      ##僕らは彼を主人公だと思っていた
      ##カルタ
      ##2017年9月
      沙々木ながれ
    • 6 #創作 #オリジナル #女の子  #野菜  #SD #擬人化
      ##FairiesFarm
      ##2017年12月
      沙々木ながれ
    • 2 #ファナティックブラッド #OMC #PBW
      ##2018年10月
      沙々木ながれ
    • prologue--僕らは彼を主人公だと思っていた。prologue

      #創作 #オリジナル #漫画
      ##僕らは彼を主人公だと思っていた
      ##2015年8月
      沙々木ながれ
    • 2 #ファナティックブラッド #OMC #PBW
      ##2017年8月
      沙々木ながれ
    • #CLIP_STUDIO #クリスタ  #素材
      #ブラシ #CLIP_STUDIO_ASSETS

      ブラシのDLはこちら。
      https://assets.clip-studio.com/ja-jp/detail?id=1714981
      ##2018年6月
      沙々木ながれ
    • #グロリアスドライヴ #OMC #PBW
      ##2018年11月
      沙々木ながれ
    • 2 #グロリアスドライヴ #OMC #PBW
      ##2018年8月
      沙々木ながれ
    • 2 #グロリアスドライヴ #OMC #PBW
      ##2018年10月
      沙々木ながれ
    • 3--剣と魔法のトランスパートナー仮契約であろうと、制約がかけられることはには変わらない。だからこそ、互いの実力の分からない仮契約時には低級ダンジョンで力試しをし互いの相性を確認する。
       しかしここは俺も初めて立ち入った高難易度ダンジョン。それだけ腕に覚えがある、ということだろうか。いや、俺だってあのポンコツが一緒じゃなきゃ、これぐらいのダンジョン、楽勝だったはずだ。
      「……どう対処する、フレイヤ?」
      「……」
       俺達二人を軸にして、こちらの様子を窺うように周回する狼の群れ。5、6匹、いやまだいるかもしれない。彼女と背中を合わせ、互いに武器を取る。フレイヤが手にしたのは先に大きな宝玉をあしらった白い杖。対して俺はルーンを刻んだナイフだ。
       フレイヤも俺と同じ魔導士か。知的なイメージは彼女にぴったりだし、何よりも趣味が合う。もしかして俺達は最高のパートナーになるのではなかろうか。
      「ぼくに任せて下さい!」
       杖を握った彼女が先陣を切って敵の群れへ突っ込む。
       分かったぞ。彼女が敵を引き付けているうちに、俺がルーンを刻んで攻撃だな。何も相談せずともこのチームワーク。俺達は前世でも恋人同士だったに違いない。
      「足元に気を付けろ! 踏ん張りがきかないぞ……!」
      「大丈……ひゃぁっ!!」
       杖を振り上げた彼女が、先程と全く同じモーションで足を滑らせる。伸ばした手は今度は届かず、顔面から地面を滑り木の葉を巻き上げる。
      「フレイヤ……!」
       彼女の手から離れた杖は転倒した時にぶつけたのだろう、真っ二つに折れ方々に散らばる。地面に横たわる無防備な彼女に、狼達が狙いを定める。
      「逃げろ、フレイヤ!」
       足元の落ち葉をかき分け、地面へフサルクを書く。縦線一本、氷を意味するイスの文字だ。ナイフで指の腹を切ると、フサルクへ血を垂らし簡易的なルーン魔術を作る。
      「射抜け氷柱――!」
       フレイヤの周りを目掛けて細い氷の柱を射つ。狼が怯んだ隙に彼女の手を取り、自分達が進んできた方角へ走る。
      「仕方ない、一度撤退だ……!」
       力強く地面を蹴った足はそのまま地面を滑り、目前に地面。
      「ちょっとっ、待って下さい! ぼくはまだ戦えます!」
       枯れ葉に顔を埋める直前で、フレイヤの腕に引っ張り起こされる。
      「流石にこの数は無理だ! 一度ギルドに戻って体制を立て直そう」
      「いやです! そんなのまた負けじゃないですか!」
       手を振りほどいた彼女は折れた杖を拾い、狼へ向ける。
       俺だって彼女に良いところ見せたいし簡単に引き下がりたくはないが、この数相手じゃ流石に分が悪い。それに彼女は武器を失ってる。予めフサルクを刻んでおいた杖は魔導士にとって欠かす事の出来ない武器であるし、何より丸腰の彼女を魔物達が放っておくはずがない。それは昨日武器を折った友人のおかげで充分承知している。
      「そうだ、今日はもう日が暮れる。十分収穫があったし、続きは明日にしよう」
      「まだ日が高いじゃないですか!」
      「俺は8時には寝ると決めてるんだ!」
      「おまえが8時に寝るのなんて、見たことない!」
       勇ましくも戦わんとする彼女の腕をとり、もう一度走り出す。最初はしぶしぶという様子だったが、狼が彼女のローブに喰らい付かんとする様を見て、意識が一転する。
      「ちょっと! これ高かったんだから、もっと早く走ってよ!」
      「俺様はこれが全力だ!」
      いつの間にやら先行する彼女に腕を引かれ、俺達はついさっき通ったばかりの道を戻っていくのだった。


      「転移魔方陣だ、飛び込め!!」
      「は、はい……!」
       俺達はよっぽど都合のいい獲物だったらしい。いつの間にか、背中に魔物の群れをつけたまま、最初の転移魔方陣まで戻ってきていた。
       飛び込んだと同時に魔方陣をさせる。しかし逃さまいと狼までもが飛び込んでくる。コンマ1秒、寸での所で黄昏の景色が溶け、瞬きの後にあったのはギルドの待合い室だった。
      「助かった……のか」
      「……みたいですね」
       窓口の方を見ると幼馴染がにやにやと手を振っている。また逃げ帰ってきたのかと思っているに違いないが、今日ばかりはその通りなので仕方がない。
       失礼な幼馴染は無視して、フレイヤへ振り返り手を取る。今度は片手ではなく両手だ。
       俺にはまだ、今日のメインイベントが残っている。
      「フレイヤ。今日の成果はあまり芳しくなかったかもしれない」
      「だけど、俺はお前とならもっと強くなれる気がするんだ」
       一瞬俺を見た瞳が下を向く。フレイヤが肩を震わせる度、金色の髪がさらさら揺れる。
      「俺とこれからもダンジョンに……」
      「いや、俺と正式にパートナー契約を結ばないか」
       フレイヤの瞳が真っ直ぐに俺の目を見る。
       やはり、俺はこの緑色を知っている。どこで見たのだろう。それに思いを馳せた瞬間、握った手の感触に違和感を覚える。
       女の子の手は、こんなにも硬いものだっただろうか。そもそも俺はこの手をいつも握っていた気がする。
      「いやです」
       そう言った彼女は満面の笑みで、その笑みを見た時頭の中で糸が繋がった。
       覚えておけ、友人T改めトール。俺の純情を弄んだこと、絶対後悔させてやる。


      #創作 #オリジナル #小説
      ##剣と魔法のトランスパートナー
      ##2017年6月
      仮契約であろうと、制約がかけられることはには変わらない。だからこそ、互いの実力の分からない仮契約時には低級ダンジョンで力試しをし互いの相性を確認する。
       しかしここは俺も初めて立ち入った高難易度ダンジョン。それだけ腕に覚えがある、ということだろうか。いや、俺だってあのポンコツが一緒じゃなきゃ、これぐらいのダンジョン、楽勝だったはずだ。
      「……どう対処する、フレイヤ?」
      「……」
       俺達二人を軸にして、こちらの様子を窺うように周回する狼の群れ。5、6匹、いやまだいるかもしれない。彼女と背中を合わせ、互いに武器を取る。フレイヤが手にしたのは先に大きな宝玉をあしらった白い杖。対して俺はルーンを刻んだナイフだ。
       フレイヤも俺と同じ魔導士か。知的なイメージは彼女にぴったりだし、何よりも趣味が合う。もしかして俺達は最高のパートナーになるのではなかろうか。
      「ぼくに任せて下さい!」
       杖を握った彼女が先陣を切って敵の群れへ突っ込む。
       分かったぞ。彼女が敵を引き付けているうちに、俺がルーンを刻んで攻撃だな。何も相談せずともこのチームワーク。俺達は前世でも恋人同士だったに違いない。
      「足元に気を付けろ! 踏ん張りがきかないぞ……!」
      「大丈……ひゃぁっ!!」
       杖を振り上げた彼女が、先程と全く同じモーションで足を滑らせる。伸ばした手は今度は届かず、顔面から地面を滑り木の葉を巻き上げる。
      「フレイヤ……!」
       彼女の手から離れた杖は転倒した時にぶつけたのだろう、真っ二つに折れ方々に散らばる。地面に横たわる無防備な彼女に、狼達が狙いを定める。
      「逃げろ、フレイヤ!」
       足元の落ち葉をかき分け、地面へフサルクを書く。縦線一本、氷を意味するイスの文字だ。ナイフで指の腹を切ると、フサルクへ血を垂らし簡易的なルーン魔術を作る。
      「射抜け氷柱――!」
       フレイヤの周りを目掛けて細い氷の柱を射つ。狼が怯んだ隙に彼女の手を取り、自分達が進んできた方角へ走る。
      「仕方ない、一度撤退だ……!」
       力強く地面を蹴った足はそのまま地面を滑り、目前に地面。
      「ちょっとっ、待って下さい! ぼくはまだ戦えます!」
       枯れ葉に顔を埋める直前で、フレイヤの腕に引っ張り起こされる。
      「流石にこの数は無理だ! 一度ギルドに戻って体制を立て直そう」
      「いやです! そんなのまた負けじゃないですか!」
       手を振りほどいた彼女は折れた杖を拾い、狼へ向ける。
       俺だって彼女に良いところ見せたいし簡単に引き下がりたくはないが、この数相手じゃ流石に分が悪い。それに彼女は武器を失ってる。予めフサルクを刻んでおいた杖は魔導士にとって欠かす事の出来ない武器であるし、何より丸腰の彼女を魔物達が放っておくはずがない。それは昨日武器を折った友人のおかげで充分承知している。
      「そうだ、今日はもう日が暮れる。十分収穫があったし、続きは明日にしよう」
      「まだ日が高いじゃないですか!」
      「俺は8時には寝ると決めてるんだ!」
      「おまえが8時に寝るのなんて、見たことない!」
       勇ましくも戦わんとする彼女の腕をとり、もう一度走り出す。最初はしぶしぶという様子だったが、狼が彼女のローブに喰らい付かんとする様を見て、意識が一転する。
      「ちょっと! これ高かったんだから、もっと早く走ってよ!」
      「俺様はこれが全力だ!」
      いつの間にやら先行する彼女に腕を引かれ、俺達はついさっき通ったばかりの道を戻っていくのだった。


      「転移魔方陣だ、飛び込め!!」
      「は、はい……!」
       俺達はよっぽど都合のいい獲物だったらしい。いつの間にか、背中に魔物の群れをつけたまま、最初の転移魔方陣まで戻ってきていた。
       飛び込んだと同時に魔方陣をさせる。しかし逃さまいと狼までもが飛び込んでくる。コンマ1秒、寸での所で黄昏の景色が溶け、瞬きの後にあったのはギルドの待合い室だった。
      「助かった……のか」
      「……みたいですね」
       窓口の方を見ると幼馴染がにやにやと手を振っている。また逃げ帰ってきたのかと思っているに違いないが、今日ばかりはその通りなので仕方がない。
       失礼な幼馴染は無視して、フレイヤへ振り返り手を取る。今度は片手ではなく両手だ。
       俺にはまだ、今日のメインイベントが残っている。
      「フレイヤ。今日の成果はあまり芳しくなかったかもしれない」
      「だけど、俺はお前とならもっと強くなれる気がするんだ」
       一瞬俺を見た瞳が下を向く。フレイヤが肩を震わせる度、金色の髪がさらさら揺れる。
      「俺とこれからもダンジョンに……」
      「いや、俺と正式にパートナー契約を結ばないか」
       フレイヤの瞳が真っ直ぐに俺の目を見る。
       やはり、俺はこの緑色を知っている。どこで見たのだろう。それに思いを馳せた瞬間、握った手の感触に違和感を覚える。
       女の子の手は、こんなにも硬いものだっただろうか。そもそも俺はこの手をいつも握っていた気がする。
      「いやです」
       そう言った彼女は満面の笑みで、その笑みを見た時頭の中で糸が繋がった。
       覚えておけ、友人T改めトール。俺の純情を弄んだこと、絶対後悔させてやる。


      #創作 #オリジナル #小説
      ##剣と魔法のトランスパートナー
      ##2017年6月
      沙々木ながれ
    • 終わりの旅をはじめようか、--02 #創作 #オリジナル #小説
      ##終わりの旅をはじめようか
      ##2010年12月
      沙々木ながれ
    • #グロリアスドライヴ #OMC #PBW
      ##2018年5月
      沙々木ながれ
    • かくれんぼ #創作 #オリジナル #小説
      ##かくれんぼ
      ##2015年12月
      沙々木ながれ
    • 2--剣と魔法のトランスパートナー「ここが『黄昏の屍』、……か」
      「……」
       黄色く紅葉した大樹が、落ち葉を降らせる黄金の森。「仮」パートナー契約を済ませた俺達二人は、早速ダンジョンに降り立っていた。
       ざまぁみろ、幼馴染&友人T。やはり俺様が天才でモテモテなのに間違いはなかったのだ。今はまだ仮契約だが、ダンジョンでいいとこ見せて夜にはオシャレなBARで告白だ。そして彼女と幸せな家庭を築くんだ。
      「ここにも世界樹の種があったようですね」
      「ん? あ、そうだな」
       ダンジョンの真ん中に聳える、ひと際大きな大樹を見上げる。ウートガルズの種と同じかそれ以上だろうか、――昔はここにも人の暮らす町があったのかもしれない。木の葉に埋もる森を見ながらそう考える。
      「どうにかして見返して……」
      「? ……何か言ったか?」
      「いえ、日が落ちる前に探索しましょう」
       枯れ葉の重なる地面を踏み締めると、スポンジの上を歩くようにふわりと宙を浮かぶ心地がする。


       パートナー契約は互いの命を半分ずつ、預けあう「制約」だ。契約を結んだ二人は、互いの傷に応じ行動に制限がかけられる。早い話、パートナーが怪我を負えば自分にもリスクが返ってくる、ということだ。無理はせず、自分の身の丈に合ったダンジョンに潜れということなのかもしれない。
      「足場が悪いな、転ぶなよ」
      「さ、さすがにこんな何もないところでは転びませんよ」
       普段友人に言うように言葉がついてしまったが、確かに未開の土地土地を探索する冒険者に、木の葉に滑って転ぶななんて忠告は今更過ぎる。しかし例の彼は、何度同じダンジョンに通い詰めても「こんなところで転ぶわけないだろ」と宣いながらすっ転んでいたのだが。
      「ほらっ、見て下さい!」
       森を歩くには不向きであろう白いパンプスでくるくると回って見せる彼女。貝殻のように滑らかに光る靴が地面を蹴る度、シルクのワンピースが風に舞う。
      「ほら……ひゃぁっ!」
       薄紅色の唇がこちらを向き手を振り上げた瞬間、朝露に濡れた木の葉が地を滑り、彼女の体が傾く。
      「あ、ぶな……!」
       倒れてしまう。そう思った時にはもう手を伸ばしていた。
       細い腕を引くと彼女の軽い体が自分の胸に飛び込んでくる。地面から蹴り上げた木の葉光を反射し、白いローブに光を落とした。
      「ご、ごめん、なさ……っ!」
      「い、いや! 俺の方こそ……悪い」
       彼女の体を起こし地面に立たせると、一歩、二歩と下がる。
       やっぱり花の匂い……ではなく、今のは流石に距離を詰めすぎたかもしれない。女の子の手を握るのは初めて……ではなく、馴れ馴れしいだとかセクハラだとかあらぬ誤解を受けてはなかろうか。
       違うんだ。俺様は初めてのデートから夜景の綺麗な公園でのファーストキッスまで完璧なプランを考えていた訳で、これは事故でやましい気持ちはなかったんだ。
      「ありがと……ございます」
       何を考えているのか、下を向いたまま袖を引かれる。とりあえず怒っている様子ではなさそうだ。
      「……早く行きましょう」
      「あ、あぁ……」
       どのように返したらいいのかも分からぬまま、彼女の後に続く。

       会話が途切れると、虫の音も、鳥の声も聞こえない。木漏れ日が金色に染める森は美しくもあるが、魔物どころか虫の一つも出ないダンジョンは、まるで死んでいく世界のようで気味が悪くもある。
      「君は、何と言うんだ」
       ダンジョンの様子を窺うのは止めて、彼女の背中に問いかける。決して君のことがもっと知りたいだとか、俺の名字と合わせるとどうなるだろうだとか、そんな下卑た考えで聞いてる訳ではなくて、やはり、危険なダンジョンを探索するにはお互いのことをもっと知っておくべきだし、名前の一つも知らないというのは逆に問題あるのではなかろうか。
      「名前……ですか?」
       足を止めた彼女が俺の目を見て、やっぱり足元へ視線を戻す。
      「えっと……、その、……フレイヤです」
       何か考えるように言葉を詰まらせるが、その後に続いたのは美の女神の名前だった。
      「フレイヤ! この世で一番美しい女神様の名前なんて、君にぴったりな名前じゃないか!」
      「……神に向けて様だなんて、変わった人ですね」
       名は体を表す。彼女――フレイヤの母は預言者に違いない。
      「神も何も、フレイヤ様だけは特別だ! なんたって君の……」
      「その話はいいから、早く進みましょう。このままでは日が暮れてしまいます」
      「いや待ってくれ、俺の名前は……」
      「知ってますよ」
       引き留めようと伸ばした腕を、今度は軽く払われる。
      「『霜の大魔導士様』、ですよね」
      「いや、それは……」
       くすくすと、いたずらっぽく笑う彼女。言っていることは正しいのに、何故か他意がある気がする。
      「あぁそうだ! 俺様は女神以外は全て持っている、大魔導士様だ!」
       俺が言いたいのはそういうことではなく、もっと親し気にすーくんとか呼んで欲しいとか、今も昔も人生のパートナーを募集中だとか、みそ汁は豆腐のものがいいだとか、俺は魔導士だけど君は何が出来るかだとかな訳で。
      「大魔導士様! 敵です!」
       そう、例えるならば、この様に狼の群れに囲まれた場合どう対処しようか、という話な訳で。
       さぁ、どうしようか。

      #創作 #オリジナル #小説
      ##剣と魔法のトランスパートナー
      ##2017年6月
      「ここが『黄昏の屍』、……か」
      「……」
       黄色く紅葉した大樹が、落ち葉を降らせる黄金の森。「仮」パートナー契約を済ませた俺達二人は、早速ダンジョンに降り立っていた。
       ざまぁみろ、幼馴染&友人T。やはり俺様が天才でモテモテなのに間違いはなかったのだ。今はまだ仮契約だが、ダンジョンでいいとこ見せて夜にはオシャレなBARで告白だ。そして彼女と幸せな家庭を築くんだ。
      「ここにも世界樹の種があったようですね」
      「ん? あ、そうだな」
       ダンジョンの真ん中に聳える、ひと際大きな大樹を見上げる。ウートガルズの種と同じかそれ以上だろうか、――昔はここにも人の暮らす町があったのかもしれない。木の葉に埋もる森を見ながらそう考える。
      「どうにかして見返して……」
      「? ……何か言ったか?」
      「いえ、日が落ちる前に探索しましょう」
       枯れ葉の重なる地面を踏み締めると、スポンジの上を歩くようにふわりと宙を浮かぶ心地がする。


       パートナー契約は互いの命を半分ずつ、預けあう「制約」だ。契約を結んだ二人は、互いの傷に応じ行動に制限がかけられる。早い話、パートナーが怪我を負えば自分にもリスクが返ってくる、ということだ。無理はせず、自分の身の丈に合ったダンジョンに潜れということなのかもしれない。
      「足場が悪いな、転ぶなよ」
      「さ、さすがにこんな何もないところでは転びませんよ」
       普段友人に言うように言葉がついてしまったが、確かに未開の土地土地を探索する冒険者に、木の葉に滑って転ぶななんて忠告は今更過ぎる。しかし例の彼は、何度同じダンジョンに通い詰めても「こんなところで転ぶわけないだろ」と宣いながらすっ転んでいたのだが。
      「ほらっ、見て下さい!」
       森を歩くには不向きであろう白いパンプスでくるくると回って見せる彼女。貝殻のように滑らかに光る靴が地面を蹴る度、シルクのワンピースが風に舞う。
      「ほら……ひゃぁっ!」
       薄紅色の唇がこちらを向き手を振り上げた瞬間、朝露に濡れた木の葉が地を滑り、彼女の体が傾く。
      「あ、ぶな……!」
       倒れてしまう。そう思った時にはもう手を伸ばしていた。
       細い腕を引くと彼女の軽い体が自分の胸に飛び込んでくる。地面から蹴り上げた木の葉光を反射し、白いローブに光を落とした。
      「ご、ごめん、なさ……っ!」
      「い、いや! 俺の方こそ……悪い」
       彼女の体を起こし地面に立たせると、一歩、二歩と下がる。
       やっぱり花の匂い……ではなく、今のは流石に距離を詰めすぎたかもしれない。女の子の手を握るのは初めて……ではなく、馴れ馴れしいだとかセクハラだとかあらぬ誤解を受けてはなかろうか。
       違うんだ。俺様は初めてのデートから夜景の綺麗な公園でのファーストキッスまで完璧なプランを考えていた訳で、これは事故でやましい気持ちはなかったんだ。
      「ありがと……ございます」
       何を考えているのか、下を向いたまま袖を引かれる。とりあえず怒っている様子ではなさそうだ。
      「……早く行きましょう」
      「あ、あぁ……」
       どのように返したらいいのかも分からぬまま、彼女の後に続く。

       会話が途切れると、虫の音も、鳥の声も聞こえない。木漏れ日が金色に染める森は美しくもあるが、魔物どころか虫の一つも出ないダンジョンは、まるで死んでいく世界のようで気味が悪くもある。
      「君は、何と言うんだ」
       ダンジョンの様子を窺うのは止めて、彼女の背中に問いかける。決して君のことがもっと知りたいだとか、俺の名字と合わせるとどうなるだろうだとか、そんな下卑た考えで聞いてる訳ではなくて、やはり、危険なダンジョンを探索するにはお互いのことをもっと知っておくべきだし、名前の一つも知らないというのは逆に問題あるのではなかろうか。
      「名前……ですか?」
       足を止めた彼女が俺の目を見て、やっぱり足元へ視線を戻す。
      「えっと……、その、……フレイヤです」
       何か考えるように言葉を詰まらせるが、その後に続いたのは美の女神の名前だった。
      「フレイヤ! この世で一番美しい女神様の名前なんて、君にぴったりな名前じゃないか!」
      「……神に向けて様だなんて、変わった人ですね」
       名は体を表す。彼女――フレイヤの母は預言者に違いない。
      「神も何も、フレイヤ様だけは特別だ! なんたって君の……」
      「その話はいいから、早く進みましょう。このままでは日が暮れてしまいます」
      「いや待ってくれ、俺の名前は……」
      「知ってますよ」
       引き留めようと伸ばした腕を、今度は軽く払われる。
      「『霜の大魔導士様』、ですよね」
      「いや、それは……」
       くすくすと、いたずらっぽく笑う彼女。言っていることは正しいのに、何故か他意がある気がする。
      「あぁそうだ! 俺様は女神以外は全て持っている、大魔導士様だ!」
       俺が言いたいのはそういうことではなく、もっと親し気にすーくんとか呼んで欲しいとか、今も昔も人生のパートナーを募集中だとか、みそ汁は豆腐のものがいいだとか、俺は魔導士だけど君は何が出来るかだとかな訳で。
      「大魔導士様! 敵です!」
       そう、例えるならば、この様に狼の群れに囲まれた場合どう対処しようか、という話な訳で。
       さぁ、どうしようか。

      #創作 #オリジナル #小説
      ##剣と魔法のトランスパートナー
      ##2017年6月
      沙々木ながれ
    • #ファナティックブラッド #OMC #PBW
      ##2018年4月
      沙々木ながれ
    • 1-1--こいくうあくまact1_その、憂鬱な昼下がりに_1
      #創作 #オリジナル #漫画
      ##こいくうあくま
      ##2017年2月
      沙々木ながれ
    • 三千世界の魔王サマ!!--01_そして石は投げられた #オリジナル #創作  #小説
      ##三千世界の魔王サマ!!
      ##2015年10月
      沙々木ながれ
    • 2剣と魔法のトランスパートナー #創作 #オリジナル #イラスト
      ##剣と魔法のトランスパートナー
      ##トール
      ##2017年6月
      沙々木ながれ
    • 1--剣と魔法のトランスパートナー「もうお前なんか、大っ嫌いだ!」
       ギルドのテーブルで響く友人の声。怪訝そうに振り返った幾人も、またいつものことかと姿勢を戻す。
      「何が不満なんだ。俺がいたからこそ、今日だって無事ダンジョンから帰って来れたんだろ」
      「そういうところがだよ!」
       膝に擦り傷、額にたんこぶ、おまけに頭の天辺から足の先まで泥だらけ。それが目の前に座る彼の、今日の成果全てだ。
      「もう絶交、絶交してやる!」
      「はいはいそれで、絶交したらお前、明日から誰とダンジョン潜んの」
      「誰とでもいいだろ! 絶交なんだから!」
      「俺以外、誰がお前と組むんだよ」
      「誰でもだよ!」
       ひと際強く机が叩かれると、コップの中の白湯が揺れ、木の天板に染みを作る。
       男のくせに白い肌、細い腕。剣を握れば力み過ぎて柄を折り、敵と向かえば何もなくとも転ぶ。挙句の果てには泥沼にはまって立ち往生。あんな低級ダンジョンで泣きべそかくやつ、こいつ以外に見たことない。
      「だいたい、おれがいないとダンジョンに入れないないのはお前もだろ!」
      「いーや、俺は天才魔導士様だから。パートナーとか、選り取り見取りですから」
      「おれだって……!」
       役立たずが服着て歩いてるような奴が何をほざく。こんなお荷物、俺以外が面倒見きれるはずがない。
       考えていたことがそのまま顔に出ていたのか、目の前の友人が三度机を叩く。
      「だ、だったら勝負だ! おれとお前、どっちが早く新しいパートナーを見つけられるか」
      「いい度胸だ、吠え面かくなよ!」
      「そ、そっちこそ!」
      『今日限りでお前とのパートナー契約は解消だ!!!!』


       この浮遊大陸――世界樹の種子<ユグドラシルシード>は多くの浮島によって形成されている。俺達の暮らす町、ウートガルズもその浮島の一つだ。
       しかし、どうやら人は増えすぎてしまったらしい。町でとれる資源にも限りがある。不足した資源を補うため、我々人が目をつけたのは、町の外に浮かぶ島々――ダンジョンだ。
       俺達冒険者は未開の地、ダンジョンを探索し資源を調達すること、そしてあわよくばそこに暮らす魔物達の営みをぶっ潰し、領土を拡大することを生業としている。

      「頼む、今回だけだから!」
      「決まりですので」
       やってやろうじゃねーか、勝負だと啖呵切ったのが昨日のこと。そして今現在、俺様はなぜか一人でギルドにいる。
       俺達冒険者は自由にダンジョンを出入り出来る訳ではない。そもそも浮島同士は陸続きで繋がっていない。文字通り「空に」浮いているのだ。ギルドの管理する転移魔法陣を使わない限り、空を飛びでもしない限り町の外に出ることさえ叶わない。
      「ちょーっとだけだから。いいだろ、少しぐらい」
       窓口に座る幼馴染は眉を顰めて首を振る。
      「いい? パートナー制度はあなたたち冒険者を守るための制度なの。今あなたが危機に陥ったとしても助けてくれる人は誰もいないのよ?」
       ソロではダンジョンに潜れないなんて、誰がそんな面倒くさい決まりを作ったんだ。俺は天下の大魔導士様だ。パートナーなんぞいなくとも、ダンジョンぐらい一人で潜れる。
      「だから分かってるって。お前のワイ子でちょちょいっとダンジョンまで運んでくれればいいんだよ」
      「全然わかってないじゃない!! そもそも私、今仕事中なの? 見えない?」
       ギルドが俺を通さないなら、直接ワイバーンで空から乗り込む。これ以上の妙案中々ないと思ったのだが。
       しかし、天才魔導士の俺様がせっかくフリーになったというのに、誰もパートナーに誘ってこないというのは皆謙虚過ぎだ。俺様はどんな落ちこぼれのお嬢様が来たとしても、たっぷり揉みしだいてやる気概でいるのに――。
      「――なぜ誰もパートナーになりたいと口に出せないんだ」
      「はぁ? あんたみたいな勘違いバカ、誰が相手にするのよ」
      「? 俺は天才だから、少なくとも馬鹿ではないぞ」
      「そういうところがバカだっていうのよ……」
       パートナー希望者が来ないのは俺にも非があると言いたいらしい。有能すぎて近寄りがたいとか、そういうことだろうか。
      「仕方ない、間を取ってやはり一人で……」
      「あ、あの! すみません!」
       妥協案を出そうとしたところで、ふいに袖を引かれた。
       一度横を見て、それから徐々に視線を下げていく。最初に目に入ったのは大きな花の髪飾り。生花だろうか、真っ白な花弁からは甘い匂いがした。金色の頭から更に視線を下げると、濃緑の瞳と目が合う。
      「あの……えと……、わた、わたし……」
       一瞬交わったと思った視線が宙を泳ぎ、地面を向く。こくりと唾を飲み込む音がして、掴まれた袖がより一層強く引かれる。
      「……って、なんだ?」
       思った以上に引かれた力が強く、腕を中心に世界が回転する。石の床を視線が滑り、白いパンプス、黒のタイツの次に天井が見えると思った瞬間、目の前にあったのは赤く上気した肌と濃い緑色。金髪の向こうに天井が見え、自分の上に「少女」が跨っているのだと気づく。
       水分を含み、揺れる瞳。俺はこの瞳を、知っている気がする。
      「ぼ、ぼくとパートナーを組んで下さい!」
       引きつった心臓が、徐々に速度を上げていく。
       真っ白になる頭の痛みに、これは運命なのだと感じた。

      #創作 #オリジナル #小説
      ##剣と魔法のトランスパートナー
      ##2017年6月
      「もうお前なんか、大っ嫌いだ!」
       ギルドのテーブルで響く友人の声。怪訝そうに振り返った幾人も、またいつものことかと姿勢を戻す。
      「何が不満なんだ。俺がいたからこそ、今日だって無事ダンジョンから帰って来れたんだろ」
      「そういうところがだよ!」
       膝に擦り傷、額にたんこぶ、おまけに頭の天辺から足の先まで泥だらけ。それが目の前に座る彼の、今日の成果全てだ。
      「もう絶交、絶交してやる!」
      「はいはいそれで、絶交したらお前、明日から誰とダンジョン潜んの」
      「誰とでもいいだろ! 絶交なんだから!」
      「俺以外、誰がお前と組むんだよ」
      「誰でもだよ!」
       ひと際強く机が叩かれると、コップの中の白湯が揺れ、木の天板に染みを作る。
       男のくせに白い肌、細い腕。剣を握れば力み過ぎて柄を折り、敵と向かえば何もなくとも転ぶ。挙句の果てには泥沼にはまって立ち往生。あんな低級ダンジョンで泣きべそかくやつ、こいつ以外に見たことない。
      「だいたい、おれがいないとダンジョンに入れないないのはお前もだろ!」
      「いーや、俺は天才魔導士様だから。パートナーとか、選り取り見取りですから」
      「おれだって……!」
       役立たずが服着て歩いてるような奴が何をほざく。こんなお荷物、俺以外が面倒見きれるはずがない。
       考えていたことがそのまま顔に出ていたのか、目の前の友人が三度机を叩く。
      「だ、だったら勝負だ! おれとお前、どっちが早く新しいパートナーを見つけられるか」
      「いい度胸だ、吠え面かくなよ!」
      「そ、そっちこそ!」
      『今日限りでお前とのパートナー契約は解消だ!!!!』


       この浮遊大陸――世界樹の種子<ユグドラシルシード>は多くの浮島によって形成されている。俺達の暮らす町、ウートガルズもその浮島の一つだ。
       しかし、どうやら人は増えすぎてしまったらしい。町でとれる資源にも限りがある。不足した資源を補うため、我々人が目をつけたのは、町の外に浮かぶ島々――ダンジョンだ。
       俺達冒険者は未開の地、ダンジョンを探索し資源を調達すること、そしてあわよくばそこに暮らす魔物達の営みをぶっ潰し、領土を拡大することを生業としている。

      「頼む、今回だけだから!」
      「決まりですので」
       やってやろうじゃねーか、勝負だと啖呵切ったのが昨日のこと。そして今現在、俺様はなぜか一人でギルドにいる。
       俺達冒険者は自由にダンジョンを出入り出来る訳ではない。そもそも浮島同士は陸続きで繋がっていない。文字通り「空に」浮いているのだ。ギルドの管理する転移魔法陣を使わない限り、空を飛びでもしない限り町の外に出ることさえ叶わない。
      「ちょーっとだけだから。いいだろ、少しぐらい」
       窓口に座る幼馴染は眉を顰めて首を振る。
      「いい? パートナー制度はあなたたち冒険者を守るための制度なの。今あなたが危機に陥ったとしても助けてくれる人は誰もいないのよ?」
       ソロではダンジョンに潜れないなんて、誰がそんな面倒くさい決まりを作ったんだ。俺は天下の大魔導士様だ。パートナーなんぞいなくとも、ダンジョンぐらい一人で潜れる。
      「だから分かってるって。お前のワイ子でちょちょいっとダンジョンまで運んでくれればいいんだよ」
      「全然わかってないじゃない!! そもそも私、今仕事中なの? 見えない?」
       ギルドが俺を通さないなら、直接ワイバーンで空から乗り込む。これ以上の妙案中々ないと思ったのだが。
       しかし、天才魔導士の俺様がせっかくフリーになったというのに、誰もパートナーに誘ってこないというのは皆謙虚過ぎだ。俺様はどんな落ちこぼれのお嬢様が来たとしても、たっぷり揉みしだいてやる気概でいるのに――。
      「――なぜ誰もパートナーになりたいと口に出せないんだ」
      「はぁ? あんたみたいな勘違いバカ、誰が相手にするのよ」
      「? 俺は天才だから、少なくとも馬鹿ではないぞ」
      「そういうところがバカだっていうのよ……」
       パートナー希望者が来ないのは俺にも非があると言いたいらしい。有能すぎて近寄りがたいとか、そういうことだろうか。
      「仕方ない、間を取ってやはり一人で……」
      「あ、あの! すみません!」
       妥協案を出そうとしたところで、ふいに袖を引かれた。
       一度横を見て、それから徐々に視線を下げていく。最初に目に入ったのは大きな花の髪飾り。生花だろうか、真っ白な花弁からは甘い匂いがした。金色の頭から更に視線を下げると、濃緑の瞳と目が合う。
      「あの……えと……、わた、わたし……」
       一瞬交わったと思った視線が宙を泳ぎ、地面を向く。こくりと唾を飲み込む音がして、掴まれた袖がより一層強く引かれる。
      「……って、なんだ?」
       思った以上に引かれた力が強く、腕を中心に世界が回転する。石の床を視線が滑り、白いパンプス、黒のタイツの次に天井が見えると思った瞬間、目の前にあったのは赤く上気した肌と濃い緑色。金髪の向こうに天井が見え、自分の上に「少女」が跨っているのだと気づく。
       水分を含み、揺れる瞳。俺はこの瞳を、知っている気がする。
      「ぼ、ぼくとパートナーを組んで下さい!」
       引きつった心臓が、徐々に速度を上げていく。
       真っ白になる頭の痛みに、これは運命なのだと感じた。

      #創作 #オリジナル #小説
      ##剣と魔法のトランスパートナー
      ##2017年6月
      沙々木ながれ
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