【合法ショタ攻めSM】主人クマダのお楽しみ「おしおきだ」
と、クマダは言った。しっぽに鞭を打ってやるぞ、と。りんごのような頬をニヤリと歪ませながら、クマダはその場を去った。
ぶるり。残されたシローの、大きなしっぽが震えた。きっと、夕暮れの肌寒い気温のせいだけではないだろう。きっと、恐ろしい目に合わされる。シローは青ざめた顔をして、床にぶちまけられた花瓶の破片を黙って見つめていた。
夜の帳が降りた洋館で、シローは、クマダの書斎への長い廊下をゆっくり、ゆっくりと歩いていた。大きな洋館の廊下は嫌に長い。
これから、例のおしおきを受けるためである。逃げたところで意味はない。きっと、より酷い屈辱を受けるのは目に見えている。花瓶を割ったのは悪いと思うが、別にここまですることないじゃないか。クマダは金持ちだ。新しい花瓶なんていくらでも買えるだろうに。
クマダは、この洋館の主人である。子供もいるほどの年齢であるが、その姿は年端もいかない少年にしか見えない。小さな背丈にりんごのような頬。何も知らない人間に見せれば、かわいらしい少年と評されても何らおかしくない。クマダの頭についている小さく愛らしい熊の耳を見れば、その評価はより強固なものになるだろう。
そして、シローはクマダの奴隷であった。この屋敷には、クマダの親族とたくさんの奴隷たちが暮らしている。
しっぽを不安げにゆらゆらと揺らした。栗鼠のような形をした、白く大きなしっぽだ。普段のシローにとっては自慢のしっぽだが、これからクマダに鞭打たれることを思うと、もっと小さくても良かったのにと思わずにはいられない。
「相変わらず、醜いしっぽだな」
思い切り、しっぽを平手で叩かれる。とっさに振り向く。クマダだ。
「なんで、しっぽを隠さずに堂々と歩けるのか。ボクらにとって、耳やしっぽを隠すのは当然のマナーだ。それなのに、貧民出の奴隷たちは恥ずかしげもなくしっぽをブラブラ揺らしている。足りない脳みそじゃ、マナーすら理解できないのか?」
相変わらずの嫌味だ。かわいらしい、と評されるその顔が、今は自分をいじめるためにニヤニヤと笑っている。
「ほら、とっとと歩け。お楽しみは早いほうが良いだろう?」
クマダの小さな足に蹴られ、歩速を早めた。クマダの書斎の扉が見えた。シローは、苦虫を噛み潰したような顔をして、その扉へ向かっていく。
クマダの書斎は、日々専属の奴隷たちが掃除をしているおかげで綺麗に整えられていた。クマダは、シローを絨毯の上に座らせ、扉の鍵をかけた。
シローは、しぶしぶクマダに向けてしっぽを差し出す。どうせ逃げられないのなら、おとなしく打たれてさっさと事を終わらせたかった。
「なにをしているんだ?」
クマダが、不思議そうにシローを見た。
「服を脱げよ。鞭打ちなんだ。それが当然だろう?」
「お前……ッ」
クマダはクスクスと笑っている。
「あんまり騒ぐと、警備のやつらが扉をぶち破ってやってくるぞ。そうしたら、お前はしばらく地下牢行きだ」
地下牢。シローの肌が粟立った。シローは一度、地下牢に入れられたことがあった。あそこは、罪を犯した奴隷が入れられる場所だ。血の匂いがきつく、空気も淀んで、いるだけで気を病んでしまいそうだったのを覚えている。
あそこは嫌だ。
「それとも、他の奴隷を呼んでお前をひん剥かせようか。そうしたら、お前へのおしおきを他の奴らにも見てもらおうじゃないか。きっと、楽しいぞ」
冗談じゃない。クマダの悪趣味は青天井だ。抵抗すればするだけ、後がひどくなるだけだろう。
どうせ、クマダと二人きりなんだ。そう自分に言い聞かせて、服を脱ぎ始めた。
「下着もだぞ」
楽しげに、クマダが言った。
クマダの視線を浴びながら、シローは服を脱ぎ捨て、すっかり裸になった。股間を両手で隠していると、クマダにぐいと腕を後ろに回される。もう一方の手には縄。またたく間に、シローは両腕を背中で縛られてしまった。困惑しているうちに、両足までしばられる。そのまま、絨毯の上にごろんと転がされた。
「別に、逃げねーってのに……」
縄が食い込んで痛い。それに、クマダと二人きりとはいえ、流石にこんな格好は恥ずかしい。シローは、せめて股間のものを隠そうともぞもぞ動くしかなかった。
カチャカチャと音が聞こえた。クマダを見ると、ベルトを外している。
「なんで、お前も脱ぐんだ……?」
「バカ。そんなわけないだろう。丁度いい鞭が無かったから……」
突然、しっぽに衝撃が走った。ひゃっ、と驚きと痛みで声が出る。しっぽがビリビリと痺れている。
クマダが、ベルトを手にしている。ベルトを持つ手を振り上げ、また一振り。
バチン、バチンとベルトが何度も振り下ろされる。シローは、突然訪れた衝撃に対し涙を浮かべながら必死で堪えることしかできなかった。
「ははは、楽しいなぁ。なぁ、シロー」
クマダは今回だけでなく、事あるごとにシローを呼び出し仕置をしていた。鞭打たれるのは、いつもしっぽだ。普段から、嫌らしいだの、下品だなどとしっぽを罵るクマダのことだから、このしっぽが嫌いなんだろうとシローは考えている。しかし、それにしては、しっぽを鞭打つクマダの顔はとても楽しそうだ。
「ヒィ、ヒイッ……」
バチンバチンと、鞭打つ音が絶え間なく書斎に響き渡る。痛みで涙がこぼれた。
「お前が悪いんだぞ。フラフラ歩いてるから、花瓶を割るんだ。お前を買った時よりも何倍も高い代物だったんだからな。でも、ボクは優しいから、バカなお前を他所に売り飛ばさずにこうやって直々に躾けてやっているんだ」
クマダがにたりと笑って、涙を流すシローを見ている。
今回の鞭打ちはとても長く感じる。しかし、すでに裸で手足を縛られているシローは、嵐が過ぎ去るのを待つしか無い。こういうときのクマダは、何を考えているのかわからなくて恐ろしい。
そうしているうちに、鞭打つ音が途絶えた。鞭打ちの連続で、すでにしっぽは痺れて感覚がなくなっている。
体をよじり、しっぽを見た。皮膚が裂けたのだろうか、白い毛皮に血が滲んでいる。たかだか花瓶を割っただけじゃないか。なんで、こんな目に遭わなきゃいけないんだ。
「なんだ、そんなに痛かったか?」
クマダが、シローの顔を覗き込む。しかし、その顔には愉悦が浮かんでいる。先程の鞭打ちのせいか、少し息が上がっていた。
「うるせぇよ……」
泣き顔を見られたくなくて顔を背けた。手足を縛られているので、顔を覆うこともできない。
未だ痛むしっぽに、何かが触れた。クマダの手だ。小さな子どものような手が、白い毛をかき分けて腫れた肌をなでた。瑞々しい肌が吸い付いてくる。まるで、赤子の手だ。
「くぅ……」
クマダが触れた部位が、ズキズキと傷んだ。恥と痛みと柔らかい肌の感覚とで、まるで自分がなにかいけないことをしているような、奇妙な感覚に襲われる。それが怖くて、クマダの手のひらから逃げようとしっぽを動かした。しかし、クマダはしっぽを追いかけ手を離そうとしない。
「厭らしいしっぽだ」
独り言をつぶやくように、クマダはぽつりと口にした。その声音が妙に艶めかしくて、シローは顔が熱くなる。必死に頭を振って、その考えを振り払った。クマダは妻子を持つ成人済みの男だ。自分に、そんな趣味は無い。
クマダの指が、しっぽにできた裂傷に触れた。ビクリと体が跳ねる。
「ぐっ……」
できたばかりの傷を撫でていく。ジクジクとした嫌な痛みが走る。
ぐちゅり。
「ぎゃっ」
先ほどとは違う、鋭い痛みがしっぽに走った。
クマダが、傷に指を突っ込み抉るようにいじっている。爪で裂け目を引っかき、指で押している。
「ふっ、うっ、うぅっ……」
額に脂汗がにじむ。あまりに痛くて、しっぽを力の限り振りまわし、クマダの手を払った。クマダは、突然の動きに驚いたのか目を丸くして傷口をいじっていた手を引っ込めた。
「あぁ、遊びすぎた。悪かったな、シロー」
悪いだなんて、微塵も思っていないくせに。嘲笑にも似た笑みを浮かべながら、クマダは指についた血をぺろりと舐めた。それを見て、倒錯的快感と憎悪とがないまぜになった、シローには理解できない複雑な感情が、胸を駆け巡る。
シローがぐったり力なく倒れていると、クマダが棚の戸を開け何かを探しているのが見えた。そして取り出したのは、黄金色の瓶。
「蜂蜜酒だ。ボクのお気に入りだけど、詫びにお前にも飲ませてやる」
ぽん、と小気味の良い音を立てて、瓶のコルクが抜かれた。同じく棚から取り出したワイングラスに、きれいな琥珀色をした蜂蜜酒が注がれていく。それを、クマダが一口。
「俺にもくれるんじゃねーのかよ……」
ぐったりと横たわりながらも、恨み節は忘れない。こんなにも鞭打たれたことは今まであっただろうか。……あった気もするが、それでも事が終わればさっさと開放されていたと思う。今回は、クマダの気が済むまでやたらと時間がかかっている。
「やるさ。ほら、きちんと座れ」
シローは、手足を拘束されながらももぞもぞと動き、なんとか体を起こした。蜂蜜酒を飲みきったクマダは、再びワイングラスに蜂蜜酒を注いでいく。そのワイングラスを、シローの口元にあてがった。
「本来なら、奴隷なんかが口にできる代物じゃないんだ。ありがたく飲めよ」
ワイングラスを傾けて、シローの口に酒を注いでくる。その傾きが急で、口の端からこぼれてしまう。漏らさぬよう、必死で酒を飲み込んでいく。こんな苦痛を受けたんだ。良い酒なら一滴でも多く貰っておかないと割に合わない。
クマダは"奴隷なんかが口にできるものではない"と言ったが、まさにその通りというべきか。今まで飲んだことのないような飲みやすさと香りの良さが、その酒にはあった。蜂蜜酒というのは初めて飲んだが、名前の印象とは裏腹に甘くはない。
「おいしいか? ほら、もっと飲め」
シローが必死で酒を飲む姿が面白かったのか、クマダは次々にシローの口へ蜂蜜酒を注いでいった。時折、クマダ自身も蜂蜜酒をあおった。
そんなことをしていると、当然酔いが回ってくる。飲みやすい酒だから気づかなかったが、蜂蜜酒のアルコール度数は如何ほどだろうか。
ふわふわとした非日常的幸福感に包まれる。もはや、裸であることも気にならない。クマダを見ると、ふらふらと千鳥足、顔もいつも以上に赤い。自分よりも飲んでいなさそうだったのに。どうやら、クマダは酒に弱いようだ。
クマダが、こちらを見つめてくる。そして、フラフラと近づき……。
ドン。と、思い切り蹴られた。突然のことで、バランスを保てず仰向けに倒れ込んでしまう。
「あにすんだよ」
床に敷かれている柔らかい絨毯のおかげで、痛みはない。酔っているのも相まって、乱暴を受けたというのに苛立ちはなかった。
「ツキノがな」
クマダが、シローの腹に腰掛ける。ぐえ、と声が漏れた。クマダは、赤い顔で蜂蜜酒を煽っている。
ツキノ、というのはクマダの妻だ。この大きな屋敷の中では、クマダとツキノは顔を合わせているところを見ることは少ない。それこそ、家族が集まる夕食くらいではないだろうか。
「奴隷と浮気してるんだ」
いつもと変わらない表情で、クマダは言った。へぇ、しばらく会ってなければそういうこともあるのかもしれない。
「へへへ、ざまぁみろ」
普段から貯まっていた鬱憤が晴らされる。クマダが不幸な話を聞くのは胸がすく。
クマダが、シローの腹を椅子代わりにしながら、靴をぽいと放った。白い靴下の先をつまみ、するすると脱いでいく。クマダの白く、小さな足があらわになる。
「こうやって」
クマダが、シローの顔を踏んだ。指先で頬を踏んだり、土踏まずで口を塞がれる。クマダは足の裏も柔らかい。
「側近の奴隷を縛って、遊んでるんだ。これは、浮気じゃないのか」
クマダの足が、口の中へ入っていく。その指先が、器用にシローの歯を撫でていく。舌を指先に挟まれ引っ張られる。酔いからくる口寂しさから、その指先を咥えた。はちみつのような甘い香りと、少しのしょっぱさ。その小さな指の又に舌を這わせると、クマダはくすぐったいのかクフフと笑った。
「あはは、楽しいなぁ。ほら、追加だ」
クマダは、蜂蜜酒を自らの足にかけた。琥珀色の雫が柔らかい足を伝って、シローの口元へ流れ込む。体が奥底から熱くなってくる。
クマダも、暑くなってきたのか着ていた上着を脱いだ。蝶ネクタイを外し、ワイシャツのボタンもいくつか外している。普段は見ることのないラフな格好のクマダを、シローは陶酔しながらぼんやりと眺めていた。
そうやって、しばらく無我夢中でクマダの足とそれを伝ってくる酒を舐めていた。柔らかい肌が、舌に当たる感覚は奇妙でおもしろい。時々、クマダが足を持ち上げると、シローはそれを追うように舌を伸ばした。酒と倒錯した空気に中てられて、まるで子供に戻ってふざけた遊びに興じているような楽しさを、シローは感じていた。シローのしっぽが、犬のようにパタパタと揺れている。
「お前は醜男だけど、いじめがいのある奴だよ。主人の足を舐めさせてもらえる気分はどうだ? 言ってみろ、このしっぽ野郎」
うるせぇぞサド野郎、と返してやりたかったが、上手くろれつが回らない。口を開くと笑い声ばかりが漏れていく。体が、先程まで鞭打たれていたのを忘れてしまったかのようだ。罵られ踏みつけられているというのに、しっぽを振るのが止められない。素っ裸なのに、体が熱くて汗をかく。
シローがクマダの足の指を舐めていると、不意にクマダがしっぽの付け根に手を伸ばした。指先で、軽く引っ搔かれる。
「いっ」
シローが短い悲鳴を上げた。同時に、嫌な感触。咄嗟に舐めていた足を離した。
「おい」
クマダがシローを睨んでいる。相変わらず顔は赤いが、その眼には苛立ちが見て取れる。
先程まで夢中で舐めていた足を見る。赤く、血が滲んでいた。
「お、お前が悪いんだろ…」
さっきまであった、ふわふわとした酔いが覚めていく。怒ったときのクマダは、恐ろしい。
クマダはふらりと立ち上がると、自身の仕事机の引き出しから何かを取り出した。
それを見て、ぎょっとした。クマダが持っているものは、大きく鋭利なハサミだった。
「わ、悪かったって。謝るよ。だから、刃物はやめてくれ」
何をされるのか。考えるのも恐ろしい。必死で身をよじるが、手足をきつく縛られているせいで逃げることができない。目の前には刃物を持った酔ったクマダ。恐ろしさに耐えられず、シローはぼろぼろと涙を流し始めた。酒の入った分、普段より感情が表に出やすいらしい。
クマダが、後ずさり逃げようとするシローの腹を思い切り踏みつけた。ぐえ、とシローの口からカエルが潰れたような声が漏れる。
「泣くなよ、シロー。ボクはそこまで短気じゃない。ちょっと足を噛まれたからって、ここで殺したりなんかしないさ」
赤い顔をしたクマダが、ハサミの刃を撫でる。
「お前、ボクの血を舐めたろう? だったら次は、ボクがお前の血を舐めないと癪じゃないか」
さっき、舐めてたじゃないか。そんな言葉が喉元まで上がってきたが、クマダと目が合って、ひっこんだ。クマダは馬乗りになると、シローの顔に自らの赤らんだ顔を近づけた。蜂蜜酒の甘い香りが鼻をくすぐる。
クマダが、シローの長い耳を掴んだ。
「すぐ終わる。我慢しろ」
首元に痛みが走った。咄嗟に目を閉じる。柔らかな感触。
首筋にできた切り傷を、クマダが口づけている。
「あんまり、うまいもんじゃないな」
そういって、クマダは傷口をぺろりと舐めた。
突然のことで、シローは声が出なかった。自身に触れるクマダの体はどこも瑞々しく柔らかい。子供の肌だ。自分は、なにか酷く淫猥な行為をしているのではないか……?
「ずいぶん、酒が回っているみたいじゃないか」
うまく言葉を返せない。いつもなら、ここでお前もだろとか、そんな返しができるのに。
「くくく、そぅら、もっと飲め」
クマダが、怪しく笑いながら蜂蜜酒をシローの口に注ぎ込んだ。世界がぐるぐると回っていく。甘い香りと、クマダの匂いが混ざっていく。
「ぐるっと回ってワンと鳴け」
「わはは、いいぞ。次はちんちんだ」
「ははは、面白いなぁ。シロー。なぁ、シロー……」
回る世界では、認識できるのはクマダの声だけだった。自分が何をしているのかもわからない。
「そら、頭をなでてやる。いいこ、いいこ」
クマダに頭を撫でられる。それが世界で一番幸せなことのように感じられて、しっぽを振るのが止まらない。
「うう、頭が痛い……」
「お前があんなに飲むからだぞ。うぅ、ボクもまだ気分が……」
翌日。ふたりは朝の日差しが降り注ぐ洋館の廊下で、並んで歩いていた。
「……ん? げっ、首になんか傷ある! 知らぬ間にどっかで引っ掻いちゃったか?」
「ふふん、間抜け」
シローは、昨晩に何かあったか思い出そうとする。しかし、しっぽを鞭打たれたあとからすっぽり記憶が抜け落ちてしまっていた。
「今日はゆっくり休むか。午後からは積んである本でも読もう」
「俺も休みてぇんだけど……」
二日酔いに加えて、しっぽがじくじくと痛む。シローはしっぽをくるりと前へまわし、撫ではじめた。
「そんなに強くぶってないだろ。お前は今日も仕事だ。きちんと働けよ」
そう言うと、クマダは廊下の分かれ道を曲がっていった。クマダの後ろ姿は小さくて、昨晩の凶行の犯人だとは到底思えない。
「背も小さけりゃ器も小せぇな……おっと!」
よそ見をしながら廊下を歩いていると、棚に置かれた花瓶にぶつかる。とっさに伸ばした腕のおかげで落として割る事態は回避できた。
「あ……っぶねぇ」
2日も連続で鞭打たれるなんて冗談じゃない。シローは花瓶を棚に戻す。生けられている赤い花の香りが鼻孔をくすぐった。はちみつの匂いに似ている。
「……?」
その花の匂いがどうも背徳的なもののように感じられて、シローは首を傾げた。しかし、なにかの思い違いだと鼻を軽くこすり、シローは再び廊下を歩きはじめる。