ホープ・エストハイムの愛に蕩ける(前編)
「な、なにこれ......」
ベッドサイドのチェストの奥に仕舞われていた"ソレ"を手にし、ヴァニラは思わず息を飲んだ。
ここはホープの寝室だ。今日が同棲初日なので、正しくはホープとヴァニラ、二人の寝室。
そしてホープは20代後半の、健全な成人男性だ。こういうモノを所持していてもおかしくはない。むしろ大人のエチケットとしてソレを使用するのは当然のことだと思う。
思うのだがーーーー
「......」
恐る恐るそのパッケージを開けてみると、個包装されたソレがぴっちりとキレイに並んでいる。
その中から一枚だけ摘み上げ、まじまじと眺めると、ヴァニラの顔はみるみるうちに赤くなっていった。
ーー避妊具。
俗に言う、コンドームというやつだ。
個数は減っていないので、ホープがこれを使用した形跡はないのだが、この寝室でホープが誰かとそういうことをするために買ってきたというのは間違いない。
昔の恋人、とかーー?
そう考えると胸がチクリと痛むが、これがもし、ヴァニラとの同棲に合わせて購入したものだとしたらーー
「ヴァニラさん?」
「ひゃああ!」
いつの間にかシャワーから戻ってきていたホープに驚き、思わずゴムを後ろ手に隠すと、ホープは不思議そうな表情で此方を見つめた。
「今、何か隠しました?」
「き、気のせい!気のせい!」
「......」
まさかホープが避妊具を所持しているだなんて、俄かに信じられない。
出会った頃のホープは14歳で、ヴァニラは19歳。あの頃はまだホープよりヴァニラのが年上だった。
クリスタルとなって時が止まっていたヴァニラの年齢を追い抜き、ホープはいつの間にか大人の男性へと成長を遂げていたが、やはりヴァニラの中では未だ少年時代のホープが印象として強いからだ。
けれど、今ヴァニラの目の前にいるホープは、ヴァニラよりもずっと背が高く、肩幅も広い。美少年は美青年へと姿を変えて、こうして再びヴァニラの前に現れた。それが、現実。
しかも、仲間同士だったあの頃とは違い、今はそうーー恋人同士なのだ。
「............きゃっ!」
突然腰を抱かれたと思ったら、次の瞬間ヴァニラの体はベッドの上に縫い付けられていた。
「ほ、ホープ?」
覆いかぶさるホープの顔があまりにも近く、その端正な顔立ちを至近距離で見つめればヴァニラの胸は急速に高鳴っていく。
ホープは硬直して動けなくなったヴァニラの隙をついて、その手に握りしめていたものをそっと抜き取った。
「......」
ヴァニラが後ろ手に隠したものが何なのか。
それを知った途端、ホープの目が気まずげに揺れる。
「これは、そのーー違うんです」
「違う、って...何が?」
「今すぐヴァニラさんを自分のものにしたいとか、そういうことではなくて......」
自分のものにしたい。
ホープの口から出たその言葉だけでヴァニラの頬はリンゴのように真っ赤に染まる。
やはり、この避妊具はヴァニラとする為のものだった。
そう理解すると、レースのベビードールとフレアパンツという今の格好がとても無防備であることにに気付き、ヴァニラは思わず身を捩り、ホープに背を向けた。
恥ずかしい。何だか無性に恥ずかしい。
「......ヴァニラさん」
ホープが困ったように苦笑いをする。
何も不自然なことなんてない。同棲してる恋人同士が同じベッドで寝るのであれば、することなど一つしかない。
関係がギクシャクしているならともかく、互いがこんなにも好き合っているのだから。
同じ大学の女の子の話や雑誌のアンケート結果では、初めてのデートで朝帰りしたという人も少なくはなかったし、ヴァニラだってそれなりの覚悟はしていたつもりだった。
しかし実際そういう状況になってみると、ホープの顔をまともに見られない。
どうしよう......
緊張のあまりそのまま動けずにいると、見兼ねたホープはぽんぽんとヴァニラの頭を撫で、ゆっくりとベッドを降りた。
「おやすみなさい、ヴァニラさん」
「ま、待って...!どこに行くの?」
思わずホープのシャツの裾を掴んで引き留める。
「どこにも行きませんよ。今夜はリビングで寝るので、ヴァニラさんは安心してーー」
「そ、それはダメ!!私は、その...大丈夫だから。い、一緒に......寝よ?」
「......」
ホープと一線を越えることが嫌なわけではない。心の準備が出来ていないだけで、好きな人と触れ合いたい気持ちはヴァニラにだってある。
これから一緒に暮らし始める初めての夜。そんな大切な日に別々に寝るなんて、寂しすぎる。
同じ部屋で、同じベッドで、ホープに包まれながら眠りたい。
「ホープ......お願い。こっちにきて...」
ホープの腕をくいっと引っ張ると、ホープが微かに息を飲んだのが分かった。
「きて、だなんて言われたら抑えが利かなくなるじゃないですか......」
「うん......いいよ。ホープになら、何をされたってーー」
「............ッ!!」
"構わないから"
ヴァニラのその一言で、長年心の奥底に封じ込めていたヴァニラへの情欲が堰を切ったように溢れ出る。
ホープはすかさずヴァニラの体に跨り、ヴァニラの唇を強引に奪った。
「んん......っ!」
角度を変え、強弱をつけ、何度も繰り返されるキスの嵐。
ヴァニラはただされるがままにホープからのキスを受け止めることしか出来ない。
待てを解かれた犬のようにがっつき、その興奮は愛する女性の全てを喰らい尽くそうとする勢いだ。
恋人同士になって半年以上経つにもかかわらず、ファングの目もありとことんおあずけを食らっていたホープはいよいよ鋼の理性を手放しつつある。
普段はあんなに理性的なのに、こんなに......熱いキスーー
「好きですーーヴァニラさん...、貴女のことが......愛おしくて愛おしくてたまらない」
「ホープ......わたしも、すき......だいすき......っ、ひゃ......んっ」
舌でヴァニラの口内を蹂躙しつつ、ホープの手はベビードール越しにヴァニラの体を撫でる。
直に触られてるわけでもないのに、ホープの手に撫でられただけで体の奥がざわめき出す感覚。こんなのは初めてだった。
経験がないのだから当たり前なのかもしれないが、これがもしホープ以外の人だったらこんなにも感じてしまうことはないし、心乱すこともないのだろう。
むしろ、ホープ以外の人となんて考えられないし、考えたくもない。
ホープの背中に手を回し、ホープを受け入れる覚悟を示すと、ホープはヴァニラの頬を撫で、優しく微笑んだ。
「怖がらないで 僕に身を任せて」
"優しくしますからーー......"