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    しおり
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    Darkblood~魔に染まりし光の戦姫~神は、二つの世界を生んだ。一つは地上の世界、もう一つは地底の奥底に広がる世界。地上にはまだ光はなく、人が存在していない頃、異形の者が多く存在していた。それらは全て魔族と呼ばれ、本能のままに地上を暴れ回り、荒れ狂うばかりであった。魔族は創造の女神と共に世界を守護する戦神によって闇に包まれし地底の世界に追放され、そして地上は、戦神の命と引き換えに大いなる光をもたらした。そして人を、動物を、数々の生命を生んだ。やがて魔族が追放された闇が支配する地底の世界は、『魔界』と呼ばれるようになった。
    だが、全ての魔が絶えたわけではない。魔界に追放された魔族の殆どは死に絶えたが、数千年の時を経て新たなる魔の命を生み出す『魔創生』の力を得て魔界の王と呼ばれる存在となった大いなる魔が存在していた。魔界の王は戦神に追放されし魔族の末裔であり、魔界に漂う邪気と闇の瘴気を併せ持つ事によって生まれた結晶体を媒体とし、己の血肉と命の欠片を捧げる事で多くの新たな魔族と魔物、命が宿りし魔の武具等を創り出した。創られた魔族、魔物、武具の数は膨大なものとなり、魔界の王は更なる闇を得ようと、地上への侵攻の計画を始めた。第一子となる者と共に。

    広大な空に、暗雲が渦巻いていく。晴れ渡っていた空は徐々に暗雲に覆われていき、豪雨が地上に降り注ぐ。雨と共に吹き荒れる風。それはまるで、大いなる災いの予兆であるかのような大嵐であった。大嵐の最中、聳え立つ岩山に三つの影が崖の上に降り立つ。三つの影───それは人ではない。人の姿をした、人ならざる者達だ。
    「ここが我々の新天地となるのか……」
    一人が呟く。
    「あれは……人間界の王国か」
    隣に立つ男が続いて呟く。
    「侵攻の第一歩として丁度良い。手始めにあの王国を……」
    三人の人ならざる男達───地底の奥深くに存在する、闇に包まれた魔界と呼ばれし世界に住む魔族であった。

    「やああっ!」
    豪雨が降る森の中───勇ましき女の声と共に、剣による一閃が醜悪な魔物の首を跳ね飛ばす。白いドレスを身に纏った凛々しくも可憐なる雰囲気を漂わせた少女と多くの戦士達が多くの魔物との戦いに挑んでいた。襲い来る魔物の群れに立ち向かう戦士達と白いドレスの少女。魔物が全て倒された時、雨脚は徐々に収まり始めた。
    「まさかこれ程の魔物がいたなんて」
    白いドレスの少女が剣を収める。
    「確かにこれだけの魔物が突然現れるようになったのも妙な話ですな」
    戦士の一人が言う。
    「……戻りましょう。敵は全て倒したわ」
    「ハッ!」
    白いドレスの少女は戦士達を統率し、森を後にした。少女達の帰る場所は、森を抜けた先にある一つの王国であった。

    レディアルト王国───太古の時代にて地上を暴れ回っていた魔族を闇の中へと追放した光の戦神レディアンを崇める『戦の王国』と呼ばれし国。戦神レディアンは人間界では英雄とされ、レディアルトの王家はレディアンによる光の加護を受けし王族であった。国は多くの戦士達に守られ、王国の姫君であるルミエイラは光の加護を受けし戦乙女として戦士達を統率しつつ魔物と戦い続けていた。白いドレスの少女───ルミエイラが謁見の間に帰還する。
    「やはり魔物が急増しているのか」
    レディアルト王は、ルミエイラと王国の戦士達が挑んだ森の魔物達について少し気に掛けていた。
    「森に現れた多くの魔物達は、今までにない強い邪気を放っていました。地上に生息している魔物にはないような、とてつもない邪気を秘めているような感じがしたのですが」
    ルミエイラの言葉に、レディアルト王の表情が険しくなる。
    「まさか……いや。ルミエイラよ、決して気を抜くな。そのような魔物はこれから先も現れるかもしれぬ」
    「はい」
    レディアルト王の表情を見つつ、ルミエイラは謁見の間から去った。

    城の中庭には、巨大な石碑が立てられている。それはルミエイラの兄であり、レディアルト王子であるグリアムの墓であった。
    「兄様……」
    墓石を前に黙祷を捧げるルミエイラ。生前のグリアムは、王国の戦士達を統率する光の剣士である。妹であるルミエイラとは仲が良く、王国を守る剣士として、最愛の妹を守る為にも魔物と戦っていた。

    「ねえおにいさま、今日も悪いまものと戦うの?」
    「ああ。すぐ帰って来るからいい子にしててくれよ」
    「え~……たまには遊ぼうよ~」
    「帰ったら遊んでやるから」
    「ほんと!?約束だよ!」

    幼き日の頃、ルミエイラはいつも魔物討伐に向かうグリアムの背中を追いかけていた。いつか兄を助けられるようになりたい。いつも優しくて逞しい兄の役に立ちたい。そう想う毎日だった。だが、グリアムには持病があった。世界では難病の一つとされている心臓の病である。魔物との戦いを重ねているうちにグリアムの心臓は病魔に蝕まれていき、病に伏してから息絶えてしまった。グリアムの死後、ルミエイラは兄の意思を継ぐ為に国を守る戦士としての力を身に付け、数年間で兄を越える事が出来た。そして今、戦士を統率しながらも国を守る光の戦姫として魔物と戦い続けている。
    「姫様、こちらでしたか」
    声を掛けてきたのは、フルプレートアーマー製の白い甲冑を身に付けた重装備の男戦士───王国精鋭部隊を指揮する将軍ダギアンだった。
    「ダギアン。貴方も兄様の墓参りに?」
    「ハッ、あれからもう7年経つのですね」
    「……そうね。あれだけ強かった兄様も病に勝てなかったなんて……」
    ダギアンは墓石の前で静かにしゃがみ込み、黙祷を捧げる。
    「それにしても、お父様は何を感じていたのかしら。魔物達の状況を聞いてから表情を強ばらせていた様子だけど」
    ルミエイラはレディアルト王の言葉と表情から何とも言えない胸騒ぎを感じていた。
    「王の仰る通り、先程のような凶悪な魔物どもは今後もいつ現れるかわかりませぬ。このダギアンが命に代えてでも姫様をお守りいたしましょうぞ」
    ダギアンの言葉にルミエイラはフフッと微笑みかける。
    「相変わらずね、ダギアン。でも、私も戦うわ。私には兄様の意思を継ぐ使命があるんだから」
    そう言い残し、ルミエイラは中庭から立ち去っていった。



    その日の夜───。


    我が身に浴びる血。何者かの血肉を喰らい、血を飲み干し、漆黒に血塗られた剣を手に無数の魔獣と戦う己の姿。魔獣を剣で斬り裂き、滴り落ちる血を飲み、死骸を貪り尽くす己の姿。湧き上がる力。熱くなる己の血。そして何処とも知らぬ場所へと帰還する。そこは、完全なる闇に包まれた城。謁見の間では、杯に注がれた生き血で何者かと乾杯を交わしていた己の姿。そして、何者かに抱かれていく己の姿───。


    それが、夢となって現れていた。



    「いやああああああ!!!」
    夢から覚めたルミエイラが叫び声をあげる。
    「い、今のは一体……?」
    想像もつかないような夢の内容に呼吸を荒くさせ、ただ呆然とするばかりであった。
    「姫様!姫様!」
    部屋の扉をノックする音が響き渡る。
    「姫様!王国に魔物の群れが……!」
    声の主は王国の戦士だった。その声に思わず窓の外を眺めるルミエイラ。建物の至るところが火に包まれ、逃げ惑う人々の姿。そして暴れる魔物達の姿。魔物の群れが王国を襲撃しているのだ。
    「なんて事……王国にも魔物が!?」
    ルミエイラは即座に剣を手にし、部屋を、そして城を出る。同時にダギアンを含む王国の精鋭部隊の戦士達もそれに続いた。城下町を暴れ回る魔物の群れに挑む戦士達。ルミエイラが剣を抜いた瞬間、三つの影が姿を現した。地上侵攻の第一歩としてレディアルト王国に目を付けた魔族であった。
    「ほう、貴様はこの国の王女か?」
    魔族の一人が口を開く。
    「魔物を放ったのは貴方達の仕業なのね」
    ルミエイラが剣を構える。
    「ククク、左様。我らは魔界の手の者。この地を我ら魔族の新天地とする。私は魔の従者と呼ばれし者」
    「俺は地獄の闘士と呼ばれし者」
    「私は闇夜の騎士と呼ばれし者だ」
    三人の魔族が正体を現す。黒いローブを着た魔の従者、屈強な肉体を持つ地獄の闘士、細身剣を手に黒い甲冑を身に纏う闇夜の騎士。それぞれがルミエイラに襲い掛かる。闇夜の騎士の細身剣による攻撃をかわしたルミエイラが、素早い身のこなしによる剣の一撃を地獄の闘士に与える。魔の従者が放つ闇の魔法。巻き起こる闇の炎の弾。だがルミエイラは剣で炎を切り裂き、魔の従者の体を剣で突き刺した。その一撃は決定打となり、倒れる魔の従者。
    「おのれぇっ!!」
    闇夜の騎士の細身剣がルミエイラの肩を掠める。その攻撃に一瞬の隙を見せた瞬間、地獄の闘士の重い拳がルミエイラの腹にめり込まれる。
    「ごぼぁっ……ぐっ!」
    腹の一撃で胃液を吐き出し、嘔吐くルミエイラの顔面に拳が叩き込まれ、更に細身剣が左腕に突き刺さる。二人の同時攻撃から辛うじて逃れ、間合いを取ったルミエイラは口から流れる血を拳で拭い、口の中に溜まった血をペッと吐き捨てて再び剣を構えた。
    「ウガァァァァ!!!」
    雄叫びをあげて殴りかかる地獄の闘士。拳を避け、剣で斬り付けると、背後からの闇夜の騎士の剣が頬を掠める。二体の魔族による同時攻撃は徐々にルミエイラを追い詰めていく。
    「ハァッ、ハァッ、ハァッ……くっ」
    汗と血を流し、激しく息を切らすルミエイラ。白いドレスは自分の流した血と返り血で汚れていた。
    「ククク……小娘。そろそろ死ぬか?」
    闇夜の騎士がルミエイラに細身剣を突き付ける。
    「……貴方達の好きにはさせないわ」
    ルミエイラは剣を両手で構え、反撃に転じようとする。
    「グアァァァァァ!!」
    地獄の闘士の重い拳がルミエイラに振り下ろされる。ルミエイラが剣で拳を受け止めた瞬間、ルミエイラの体が突如眩い光に包まれ始めた。その光は大きく輝いていき、まるで全ての闇を浄化させるような神々しい光であった。
    「ウオオッ!?こ、この光は……!」
    光に怯む二体の魔族。そして王国の戦士達と激闘を繰り広げている多くの魔物達。光に包まれたルミエイラは剣を構え、地獄の闘士の巨体を、闇夜の騎士の甲冑に覆われた体を真っ二つに切り裂いた。そして怯んでいた魔物達は王国の戦士達によって全て倒されていった。光は徐々に収まっていく。
    「ひ、姫様!」
    ルミエイラの元に戦士達が集まっていく。
    「今のは一体……私は……」
    ルミエイラは自身に起きていた出来事が一体どういう事なのか理解できず、ただ戸惑うばかりだった。
    「ご無事でしたか、姫様」
    大剣を持ったダギアンがやって来る。周囲を見渡し、魔物達が全て撃退された事を察知すると、ルミエイラはそっと剣を収めた。
    「それにしても今の光は一体?」
    ダギアンが問う。それに答えられる者は誰もいない。
    「……王国の人々は無事なの?」
    ルミエイラの一声で戦士達が城下町の状況を確認する。ところどころで建物からの火が燃えているが、犠牲となった人は幸いいないようだ。ひとまず建物の火を消して回ろうとした時、ルミエイラは背後から僅かな邪気を感じ取り、即座に振り返る。魔の従者であった。
    「クッ……クハハハハ……!貴様、さてはあの予言の通り、我が主と共にする者か」
    魔の従者が苦しげに語り始める。
    「貴様!」
    ダギアンが大剣を構える。
    「よく聞け。我ら魔族の予言には、我が主が人間界の姫君を我が物とし、そして地上の全てを闇に還すというものがある。その姫君がつまり貴様だという事だ」
    魔の従者の言葉にルミエイラは絶句する。同時に、夢に出てきた出来事が脳裏を過る。
    「クックックッ……我々を倒しても、近いうちに我が主がこの王国を陥落させる。束の間の平和を楽しんでおくがいい。我が主は貴様らには決して止める事は出来ぬ……フッ、ハハハハハ、ハハ……」
    不気味に笑いながら魔の従者は息絶える。
    「我が主……私を我が物……?」
    魔の従者の遺言にルミエイラは呆然と立ち尽くしていた。


    ───魔界。地底の奥底に広がる、闇に包まれしもう一つの世界。
    魔界の中心部に聳え立つ暗黒の宮殿には魔界の王がいる。魔界の王の名は、デモルガ。広大な謁見の間の中心部に広がる魔法陣。周囲を照らす邪悪なる黒き炎。魔法陣の中心には、黒光りする結晶体が置かれている。デモルガによって生み出される新たな魔の命、魔の武具の素となる『魔創晶』であった。デモルガが呪文を唱えると魔創晶に黒き雷光が降り注ぎ、音と共に砕け散ると、黒光りする体毛と翼を持つ魔獣が現れた。
    「今こそ目覚めよ、黒煙の魔獣よ」
    黒煙の魔獣と名付けられた魔獣は咆哮をあげながら翼を広げ、宮殿の外に飛び立っていった。

    宮殿の地下深くでは、無数の魔獣の死骸があった。肉が焼け爛れた死骸、骨となった死骸、首や脚等の体の一部を切り飛ばされた死骸が山のように転がっている。死骸の山を前に、魔剣を手にした男がいる。剣を手に、魔獣の返り血に塗れた魔族の男だった。魔獣の死骸を手にした魔族の男は、血肉を貪り始める。
    「ルインネルス様───」
    使い魔の魔族の声で手を止める魔族の男ルインネルス───魔界の王デモルガの第一子であり、魔の皇子と呼ばれし存在である。
    「人間界に赴いた精鋭の魔族達が人間界の王国の者によって倒されたそうです。魔の従者によると光の戦神の力を持つ姫君に敗れたとか」
    「光の戦神の力を持つ姫君、だと?ふむ……」
    ルインネルスは首を切り落とされた魔獣の身体に剣を突き立てる。
    「如何いたしましょう。直ちに新たな精鋭を向かわせては……」
    「いや、その必要は無い」
    ルインネルスは剣を収め、歩き始める。


    ルミエイラは再び夢を見ていた。自分と瓜二つの顔を持つ女がいる夢。血のように赤いドレスを着た、冷たい表情を浮かべる女だった。女が近付くと、思わず剣を構える。その瞬間、女の手元に漆黒の剣が現れ、一瞬で剣によって身体を貫かれる。ゴボリと血を吐き、膝をついた時、女の顔が近付く。吐いた血が女の顔に付着した時、女はこう囁いた。


    ───私は貴方で、貴方は私。貴方はこれから私になる。


    女はそっと口付ける。唇を奪われると、口の中の血を味わうかのように舌が侵入してくる。そして、視界が白くなっていく。女の姿が徐々に変化していく。黒い髪の姿が見えた時、視界は完全に白くなっていた。



    「ああぁあああ!!! ……ハアッ……あ……」
    ルミエイラが目を覚ます。部屋はまだ暗かった。夢から覚めると、得体の知れない夢の内容と共に鼓動が高鳴り、次第に恐怖感に襲われ始めた。
    「どうしてこんな恐ろしい夢ばかり……私、これからどうなるっていうの……」

    ───翌日の正午。レディアルト王国では、会議が行われていた。王を始めとした城の者達による、王国に迫ろうとする脅威への対策会議であった。『近いうちに我が主がこの王国を陥落させる』。ルミエイラから魔の従者の遺言を聞かされたレディアルト王は只ならない胸騒ぎに襲われていたのだ。王国の守護や戦における作戦等の話が上がる会議室には、ルミエイラの姿はない。王に謎の光の力について話した時、それは光の加護がもたらした戦神の光だという事を聞かされてからずっと自室に引き籠っているのだ。
    「昨日の戦いで起きたあの光の力が本当に戦神の光だとしたら、あの魔族達は私を狙って……いずれ私のせいで王国が……それに……」
    自身が持つ光の力は魔族にとって驚異的なものとなり、魔族の主たる者が王国を狙って来る。更に、魔族の間では魔族の主が自身を我が物にするという予言が存在している。連日の悪夢や出来事とあいまった不安と恐怖感に支配されていた。
    「姫様、お食事です」
    食事を運んできた侍女がやって来る。
    「姫様、大丈夫ですか?ずっと部屋に籠もっていらっしゃるなんて、何か只ならない事情が……」
    「今は何も聞かないでちょうだい。暫く一人にして欲しいの」
    ルミエイラの心情を察した侍女は会釈して部屋を出る。運ばれた食事に手を付けないまま部屋を後にし、グリアムの墓の前に立つルミエイラ。
    「兄様……私……どうすればいいの……」
    ルミエイラは亡き兄の姿を思い浮かべながら嗚咽を漏らし、涙を零していた。膝を折り、墓の前で泣き崩れるルミエイラの姿を影で見守っている者がいる。ダギアンだった。

    会議が終わり、宿舎に戻った戦士達が会話を交わしていた。
    「姫様はあれから一体どうなされたというのだ?部屋に籠もりっきりだなんて」
    「王様によると姫様には光の戦神の力が備わっているらしい。それを聞かされてからずっと部屋に籠もっていらっしゃるそうだ」
    「なんと……いつも我々を統率して魔物討伐に積極的だったのに一体何が……」
    そんな会話の中、戦士の一人が不意に背後から気配を感じ取り、振り返る。
    「どうした?」
    「……一瞬何者かの気配がした。それも邪悪な気だ」
    「何だと!?」
    戦士達が一斉に身構えるが、気配は既に消えていた。気配の正体は、ルインネルスの使い魔の一体である魔界の小さな悪魔だった。

    ───夜。バルコニーで夜風に当たっているルミエイラの元に、ダギアンがやって来る。
    「姫様……」
    ダギアンがそっと声を掛ける。
    「……ダギアン。ごめんね、心配かけたみたいで」
    ルミエイラが振り返る。
    「申し訳ございません。お邪魔でしたか」
    「いいわよ、気にしなくて。私の方こそ余計な心配かけて申し訳ないわ」
    俯き加減に詫びるルミエイラの姿に、かけるべき言葉が見つからないダギアンはただ会釈するばかりであった。
    「ダギアン……私、今まで兄の意思を重んじるばかりでずっと強がっていたけど、あれから怖かったの」
    ルミエイラは打ち明ける。二度に渡る謎の悪夢と、魔の従者が語る魔族の予言の内容と、自身が持つ光の力がいずれ王国に災いを呼ぶかもしれないという不安と只ならない恐怖感に襲われていた事を、全て話した。
    「フフ……バカみたいよね。兄様の分まで戦うとか言っておいて、突然怖いって言い出すなんて」
    苦笑いするルミエイラ。冷たい夜風がルミエイラの長い髪を靡かせる。髪からはシャンプーの香りが漂う。
    「魔族の予言など決して信じるべきではないとはいえ、得も言われぬ出来事が重ならば恐れを抱くのも無理はないでしょう。ですが、姫様は決して一人ではありません。如何なる災いが起きようと、我々が総力を上げて姫様を、そしてこのレディアルトをお守り致します」
    ダギアンが言うと、ルミエイラはダギアンの手をそっと握る。
    「……ありがとう、ダギアン」
    ルミエイラの目からは一筋の涙が零れ落ちる。一粒の涙は、ダギアンの手に落ちた。


    暗黒の宮殿の玉座に座るルインネルスの元に、レディアルト王国を偵察していた使い魔の悪魔がやって来る。
    「レディアルト王国……人間界に光をもたらした光の戦神を崇めし王国か」
    ルインネルスはグラスに注がれた酒を口にする。闇の者の生き血を用いて作られる魔族の酒ブラッディメアリーであった。
    「……人間界の姫君というのも悪くはないかもしれぬな」
    片手に持ったグラスが砕け散ると、ルインネルスは立ち上がり、マントを翻して歩き始め、宮殿を後にした。


    ───まどろみの中。何処とも知れぬ場所が、そこにあった。何処とも知れぬ、禍々しい空気が立ち込める完全なる闇の空間が。そんな場所に、自分はいた。自分ではない自分が、そこにいた。



    お前の血は、もはや『人の血』ではない。
    お前の血は、我々と同じ『闇の血』だ。

    姫君よ、お前はまだ『人』を捨て切れておらぬ。
    このキャンドルを灯されし時に立ち込める冥府の呪いによりて、お前の中の『人』を捨てるのだ。


    床に設けられた巨大な魔法陣の中心部に立ち尽くしていると、無数のキャンドルから黒く輝く暗黒の炎が灯される。全てのキャンドルに炎が灯された時、凄まじい痛みに襲われる。冥府の呪いによる地獄のような激しい苦しみに襲われる中、死にかけた魔物のような醜い声をあげながらもがき続け、大量の赤黒い血反吐を吐き出す。床は血に塗れ、苦しみは更に続く。


    我の名を呼ぶがいい。そして、我と共に育んだものとは何たるか、考えるが良い。
    お前は、我との永遠の愛を誓ったのだろう?その誓いが本物であらば、お前は再び我との接吻を交わせるのだ。


    夢から覚めたのは、冥府の呪いに苦しみ続けている自分に呼びかけている何者かの声を聴いた後であった───。



    「あああぁぁああ!!!!」
    夢から覚めた時、激しい鼓動に襲われていた。ルミエイラが見た夢は、ルミエイラ自身が闇に堕ち、人を捨てる儀式によって呪いに蝕まれ、地獄のような苦しみに襲われるという悪夢であった。その夢は実物を目の当たりにしたかのようにはっきりとした夢であり、記憶に刻まれている。
    「うっ……う……あぁ……」
    身震いが止まらないルミエイラは、恐怖のあまり頭を抱えていた。


    「敵だ!戦闘態勢に入れ!」
    ダギアンの指揮に従い、王国の戦士達が戦闘態勢に入る。とてつもない邪悪な気配をいち早く感じたダギアンは、即座に戦士達に召集命令をかけて王国の守護に全力を尽くそうとしていた。
    「うっ……!」
    戦闘配置に付いた戦士達がたじろぐ。圧倒的な威圧感を放つ何者かが王国に近付いている。現れたのは、魔界からやって来たルインネルスであった。ルインネルスが魔剣を抜くと、一瞬で戦士達を切り裂いていった。1000数人いた精鋭の戦士達は全滅し、返り血を浴びながらも城下町へ侵入する。
    「な、何と言う事だ……全滅だと!?」
    精鋭部隊の全滅を知ったダギアンが愕然とする。
    「クッ……お前達、直ちに住民を避難させろ!私は王と姫様を……!」
    部下達に住民を避難させる命令を下すと、ダギアンは城門へ向かう。ルインネルスが向かう先は、城であった。背の大剣を抜き、ダギアンは両手で剣を構える。
    「貴様、何者だ!何が目的で我が王国に来た!?」
    ルインネルスは足を止める。
    「人間界も我々魔族のものとする。侵攻の第一としてこのレディアルト王国を陥落させに来た。邪魔をするならば死ぬ事になる」
    ルインネルスが放つ邪気にダギアンは一瞬たじろぐが、即座に間合いを取る。
    「おのれ、貴様らの好きにはさせぬ!覚悟!」
    ダギアンは大剣を手に斬りかかる。ルインネルスはダギアンの剣を軽く受け止め、互いに何度も切り結ぶ。
    「ほう、人間にしてはやるな」
    ルインネルスの全身から紫色の炎のような邪悪な力が溢れ始める。それは邪悪な闇の魔力による闇のオーラであった。ダギアンは防御態勢に入る。
    「捕えよ……カラミティスレイ」
    ルインネルスの手からは黒い闇の鎖のようなものが放たれる。鎖はダギアンの全身を拘束し、次の瞬間、ダギアンの甲冑が砕かれ、全身がズタズタに引き裂かれていく。
    「ぐああああああ!!!」
    鮮血が迸る中、ズタボロとなったダギアンはその場に倒れてしまう。
    「ひ……姫……様……」
    傷だらけの身体を必死で起こしてダギアンは立ち上がるが、ルインネルスの剣がダギアンの身体を貫いた。致命傷を負ったダギアンはもはや立ち上がる事が出来ず、血反吐を吐いて息を引き取ってしまう。
    「ダ、ダギアン……そ、そんな……」
    不吉な予感を感じたルミエイラはバルコニーからダギアンとルインネルスの戦いの様子を見ていた。ルインネルスの姿を見た時、連日の悪夢の内容が次々と脳裏に浮かんでくる。そして魔の従者の予言の内容と共に確信する。あの男が王国を陥落させ、自分を我が物にしようとしている魔族の主だ。そしてあの男の次なる狙いは間違いなく自分だ。ダギアンと多くの戦士が倒され、王国に危機が訪れようとしている。亡き兄に誓った想いが恐怖を払いのけ、今こそ自分が戦わねばならない、予言を覆さなくてはならないという闘士へと変わり始める。


    ───私が……私が王国を守らなければならない。今こそ戦わねばならない!


    ルミエイラは剣を手に部屋を出る。ダギアンが倒れ、城に侵入したルインネルスと対峙した時、周囲には兵士達の死体が並んでいた。


    「姫君か」
    「許さない……よくも城の人々を……!」
    ルミエイラはルインネルスの放つ威圧感にプレッシャーを感じつつも、剣を両手に構える。
    「なるほど、お前が我が精鋭の魔族を倒したわけか。面白い……」
    ルインネルスがマントを広げると、二人の戦いが始まる。国を守るべく立ち向かうルミエイラ。双方の剣が幾度もぶつかり合い、金属音が絶え間なく響き渡る。剣が交じり合う度、ルミエイラの気迫は増していく。その目にはもはや恐怖の色は無い。絶対に負けられない。絶対に勝たなくてはならない。兄の意思と共に、命に代えてでも王国を守る。その想いは完全なる闘士となっていた。互いが後方に飛び退いた時、ルミエイラの体が眩い光に包まれ始める。神々しく輝くそれは、光の戦神の力と呼ばれる光。神の加護を受けし光の戦乙女となったルミエイラを前に、ルインネルスは自身の闇の魔力を高め始める。そして双方の激しい戦いへと発展した。光の剣と闇の剣が互角に交じり合う中、ルミエイラの剣が光を放つ。その光は全ての闇を浄化させる程の大いなる光へとなり、光の力がルインネルスの全身を焼き尽くしていく。神の光は、魔の存在を浄化させる光であった。
    「ハァッ、ハァッ……や、やったの……?」
    ルミエイラは息を切らしていた。光が収まろうとした時、不意に激しい痛みに襲われ、鮮血が迸った。剣が、ルミエイラの左肩を貫いていたのだ。その剣は、ルインネルスの魔剣であった。
    「うっ……ああぁぁああ!!」
    激痛に叫ぶルミエイラの前に、ルインネルスの姿があった。



    ───私はお前のもう一つの命。そしてお前を守る為に在るもの。お前はまだ消える時では無い。



    不気味に響き渡るその声は、ルインネルスに語り掛ける魔剣の声であった。


    「我が魔剣ネクロメクス……己の血肉に救われたのか」
    ルインネルスの魔剣ネクロメクスは、ルインネルスの血肉で創られたという命ありき魔剣であり、幼き頃から共にしていたもう一つの命と呼ばれるものであった。ルミエイラの左肩から剣が抜かれると、ルインネルスはルミエイラの身体を袈裟斬り状に深く切り裂いた。
    「うっ、ぐぼっ!がっ……がはっ!!」
    深手を負い、血反吐を吐くルミエイラ。ドレスは傷口からの止まらない血で真っ赤に染まり、床は一瞬で大量の血に染まっていた。ルインネルスは徐々にルミエイラに近づいていく。
    「ハァッ、ハァッ……ぐっ……まだ……倒れるわけには……」
    ルミエイラは勝負を捨てず、剣を手に挑もうとするが、傷の深さのあまりまともに動く事すら出来なかった。多量の出血で目が霞んでいく中、ルインネルスの顔が近付く。息も絶え絶えのルミエイラの顔を見つめていると、ルインネルスはそっと頬に手を当てる。
    「美しい……お前は美しい。我はお前が気に入ってしまった」
    そう言うと、ルインネルスは剣でルミエイラの左胸を貫いた。
    「がはあっ!!あ……は、ぁっ……はぁっ……んぐっ、げぼぉっ!!」
    ルミエイラは苦しげに息を吐き、大量の血を吐き出すと膝をつき、バタリと倒れた。瞳孔が開き、傷口からは大量の血が止まらない。刃は、心臓を貫いていた。剣が抜かれた時、ルミエイラは絶命した。鮮血に塗れたルミエイラの死体を抱くルインネルスは、血で染まったルミエイラの唇を奪う。呼吸のないその口は血に塗れ、甘くも血の味がする。ルインネルスは息絶えたルミエイラの唇の味に興奮を覚え、動かないその唇と舌を貪り続けた。


    この女を我が物にしたい。この女は我のものとしたい。我の渇きを潤してくれるものにしたい───。


    この日、レディアルト王国は壊滅した。魔族の主であり、魔の皇子と呼ばれし者によって陥落した。城を焼き尽くす炎の中、ルインネルスは鮮血に染まったルミネイラの死体を抱いたまま魔界へと向かった。



    ───ここは……どこなの?

    周りには何もない真っ白の世界に一人佇むルミエイラの前に現れたのは、夢の中に出てきた自分と瓜二つの赤いドレスの女。そしてルミエイラの身体がどんどん血に染まっていく。そして、肌の色が変化していく。赤いドレスの女がそっと歩み寄り、語り掛ける。

    ───貴方はもう、今までの貴方では無い。貴方が持つ『人の血』も、『闇の血』になる。そう、『私の血』になるのよ……。


    赤いドレスの女は漆黒の剣を手にし、一瞬でルミエイラの身体を貫く。声にならない叫びをあげるルミエイラの姿は、次第に赤いドレスの女そのものの姿へと変化していき、そして女の剣に吸い込まれていく。数々の出来事が走馬灯のように浮かんでくる。亡き兄の姿と、父である王の姿と、母である王妃の姿……そして王国の人々。だが、浮かんできた人々の姿は一瞬で消えていき、僅かな命の灯と共に完全に吸い込まれていった。


    ───貴方は私。私は貴方。貴方は私となり、血塗られし闇の皇女となる……。闇の血を持つ暗黒の姫君として、あの人……ルインと共に生きるのだから……。




    数ヶ月後───。



    魔界の王デモルガが居座る暗黒の宮殿の謁見の間に、真紅のドレスを着た美しい女がやって来る。かつて光の戦神を崇める王国の姫君だった者が、魔の皇子ルインネルスによって彷徨う魂を暗黒に染められ、新たなる命を与えられた存在であった。生まれ変わった姫君に与えられた名は、『血塗られし闇の皇女クレア』。着ているドレスは血のように真紅に染まり、瞳は血の色そのもの。クレアはルインネルスの前に跪き、真紅の宝玉が嵌め込まれた首飾りが与えられる。それはルインネルスの母となる者の首飾りであり、死に行く寸前に己の魔力を全て封印したものであった。血塗られし皇女として生まれ変わった姫君クレアは、魔の皇子ルインネルスと口付けを交わす。それは魔の存在として生きる為の契約であり、口付けは濃厚なものとなる。甘さが残る血の味を舌で感じ取り、快楽に溺れる皇子。姫君は皇子の名を呼ぶ。ルイン───それは、姫君のみが呼ぶ事を許される名だった。


    姫君は、再び人間界へ赴く。光の戦神を崇めし王国の姫君だった頃の姫君はもう存在していない。今ここにいるのは、クレアという名の闇の姫君。魔の皇子たる者と共に、人間界の制圧の幕開けであった。二人だけの世界の創造が今、始まろうとしている───。




    ───了



    橘/たちばな Link Message Mute
    2018/11/08 21:31:14

    Darkblood~魔に染まりし光の戦姫~

    サイトにて公開中のダークファンタジー系創作「Darkblood」本編の前の話に当たるストーリーです(本編はこちらにてどうぞ:http://skybird23.web.fc2.com/novel.html)。戦乙女と魔族の血生臭い戦闘における流血、吐血表現等のグロ描写が含まれますので閲覧にはご注意。内容的にR15としておきます。  #オリジナル #創作 #ダークファンタジー #R15 ##Darkblood ##創作本編

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