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    EM-エクリプス・モース- 第二章「聖風の神子」風神の森神子の試練暗影の魔導師神子の心風神の森世界には、エルフと呼ばれる種族が存在する。エルフ族は人間とほぼ同じ外見を持つが、生まれつき自然にまつわる様々な魔力が備わっており、人間よりも遥かに長寿であった。
    地上の全てを覆う冥府の闇が消え去った後、人間とエルフ族の間に対立が起きていた。王国の更なる繁栄を目的に新しい領土を求める人間によってエルフ族の住む領域を侵攻され、エルフ族は住む場所を失ってしまった。やがてエルフ族は人間のいない地へ移り、人間を受け入れてはいけない、人間を許してはならないという掟を定めるようになった。元々人間と相容れない種族とされていたエルフ族は、人間に住む領域を奪われた事によって人間への不信感と憎悪を抱くようになっていた。

    だがある日、一人の旅人がエルフ族の元に迷い込んできた。旅人は風を司る魔力を持つ人間の少女で、その魔力はとてつもないものであった。少女はならず者が集う町に引き取られた孤児だった。買い出しに出掛けている最中、町に住む女を狙う暴漢集団に襲われた時、少女は無意識のうちに風の魔法を発動していた。次の瞬間、少女が見たものは、真空の刃によってズタズタに引き裂かれて死んだ暴漢達の姿だった。言葉を失い、立ち尽くすばかりの少女に襲い掛かるのは、住民達による迫害だった。人間の姿をしたバケモノだと住民から恐れられた少女は逃げるように町を去り、帰る場所を失った少女はただ行く当てもなく彷徨うだけでしかなかった。旅の末に辿り着いたのはエルフ族が暮らす里。当然のように迎えられる事もなくひたすら敵意を向けられる中、一人のエルフの若者が哀れに思い、少女に手を差し伸べる。周囲の反対を押し切り、エルフの若者は里の外れにある小さな洞窟に少女を匿い、心無い人間によって住む場所を失ったという少女の事情に憐みと共感を覚え、献身的に世話をするようになった。少女もエルフの若者と心を通わせるようになり、いつしか二人は愛し合うようになった。だが、エルフは人間を受け入れてはならないという掟がある。ましてや人間と結ばれる事は愚行の極みとされ、絶対に許されない。掟を破りし者には非情の裁きが下される。若者と少女に待ち受けていたのは、エルフ族の長による死の裁きであった。若者は少女を連れて里から逃げた。同族に追われながらも、少女を連れて何処とも知れぬ場所へと逃げた。逃亡の先にて、若者は少女から衝撃的な知らせを聞かされる。少女は子供を身ごもっていたのだ。エルフと人間の間に出来た子であった。一人の子供を授かり、若者と少女は一つの家族として静かに暮らそうとしていた矢先、同族の追手が立ちはだかる。若者は同族に戦いを挑み、その戦いの中で少女は深手を負い、傷ついた身体を引きずりながらも赤子を抱き、自身の為に同族と戦う若者に想いを馳せながらも足を動かし続けた。止まらない血に意識を朦朧とさせ、身体に限界が訪れる余り視力も聴力も殆ど失われ、命の灯が尽きる寸前、少女は一筋の涙を流した。その涙は、残された僅かな命の全てが雫と化した事を意味するものであった。少女の命は尽き、残された赤子は一人の人間に拾われ、保護された。赤子を救ったのは、風の神を崇める民族の人間であった。民族の村の奥にある聖風の社に引き取られた赤子は、村を治める聖風の神子と呼ばれる者によって名前を与えられた。赤子の名前は、ラファウス・ウィンドル———。

    ラファウスには生まれつき強い風の魔力が備わっており、その力を見込んだ聖風の神子はラファウスを神子の一族として快く受け入れた。神子には子供がいなかった故、ラファウスの存在は天から授かりし運命の子と認識され、村を守護する神子を継ぐ者として育てられた。

    二十年後———ラファウスは二十歳の誕生日となる日に聖風の神子一族の仕来りとなる試練を受ける事になる。それは、聖風の神子の一族となる者が十年毎に森の奥に聳え立つ風神の岩山の頂上に奉られた風の神による洗礼を受けるというものであった。試練の前日、ラファウスは村のとある民家を訪れる。
    「ウィリー。妹様のお体は如何でしょう」
    ラファウスが訪れた民家には、逞しい体付きの青年と病に伏した少女が住んでいた。ウィリーと呼ばれる青年はラファウスよりも年上で、ラファウスとは幼い頃から親交がある存在であった。戦いの腕前も村一番と呼ばれており、村人からは頼れる兄貴分と慕われている程だ。
    「うーん、どうもただの風邪じゃないみたいだ。薬はちっとも効かないし、熱は一向に下がらないようでな」
    「そうですか……」
    ウィリーの妹となる少女ノノアは数日前に突然倒れ、止まらない咳と高熱による症状で寝込んでいるのだ。ラファウスはノノアの額にそっと濡れたタオルを乗せる。
    「いつも悪いな、わざわざ来てもらって。そういや明日、試練なんだって?」
    「ええ」
    「とうとうラファウスも成人の仲間入りを果たすんだな。見た目はまだ子供なのにな」
    「見た目がどうあろうと関係ありませんよ」
    「ハハハ、それはすまんな」
    人間とエルフの間に生まれたハーフエルフであるラファウスは人間よりも長寿の種族であるエルフの血筋による影響で体の成長が並みの人間よりも遅く、実年齢とは不相応な程の小柄であった。ラファウスはウィリーの家から出ると、村に吹く一筋の風で何かを感じ取り、立ち止まる。
    「……やはり……風に異変が起きている。何か不吉な風が近付いている……」
    風を肌で感じた瞬間、不意に悪い予感に襲われたラファウスはウィリーの家と村の様子を見ながらも、聖風の社へ向かって行った。


    定期船による船旅から半日後、西の大陸に到着したレウィシアとルーチェは港の宿屋で一晩を過ごし、店で食料を買い込んで風神の森を目指していた。だがその道のりは徒歩ではかなり距離があり、森へ続く街道を行き来する乗用馬車を利用して向かう事になった。
    「馬車があって助かったわ」
    質素な造りの馬車だが二人分が乗るには丁度いい大きさで、レウィシアは体を解すように背伸びしつつも腰を掛ける。
    「あの占い師が言ってた風神の森……ぼく達にとって何か大事な出来事でもあるのかな」
    ルーチェが呟くように言う。
    「さあ……何も解らないよりはマシだからとりあえず行ってみるしかないわね。ルーチェ、膝の上に座ってもいいのよ」
    レウィシアは誘うように顔を寄せ、ルーチェに笑顔を向ける。
    「……もしあいつがいたら……」
    ルーチェの表情が恐怖の色に変わる。自分の目の前で行われた道化師の残虐非道な行為が頭から離れないのだ。
    「ルーチェ……大丈夫よ。あの男だったら絶対にやっつけるわ」
    レウィシアは笑顔でルーチェの頬を撫でながら安心させようとする。
    「寝る時も一緒にいてあげる。怖い夢を見ないように」
    顔が近い距離で囁きかけながらも、レウィシアはルーチェの額にそっとキスをする。ルーチェは少し照れながらもレウィシアに抱きつくようにしがみ付くと、レウィシアは笑顔でルーチェをそっと抱きしめた。馬車に乗り始めて一時間近くが経過しようとした時、突然馬の嘶く声が響き渡る。前方にメイドの服を着た女と犬が数体の魔物に襲われているのだ。猛毒性の針を持つ巨大なスズメバチの魔物キラーホーネット、巨大な蜷局を巻く大蛇の魔物アナコンダード、毒液と粘着力の強い糸を吐きながらも背中に生えた蜘蛛の脚を模した刃で獲物を切り裂く奇怪な蜘蛛の魔物タランチェルといった危険な魔物である。
    「大変!助けなきゃ!」
    レウィシアは馬車から飛び出し、腰の剣を抜いて女を襲う魔物達に戦いを挑む。ルーチェも後を追った。
    「はああっ!!」
    レウィシアの剣の一閃が飛んでいるキラーホーネットを斬り捨てると、タランチェルが口から糸を吐き出した。
    「うくっ……な、何これ……」
    糸に絡み付かれ、身動きが取れなくなったレウィシアにアナコンダードの鋭い牙が襲い掛かる。
    「ああぁっ!!」
    その牙には身体の神経を麻痺させる毒が塗られており、右脚を噛みつかれたレウィシアの全身に毒が回り、身体が麻痺してしまう。
    「ぐっ……ううっ!」
    全身が麻痺したレウィシアに襲い掛かるのはタランチェルの背中から生えた刃による攻撃だった。刃に斬りつけられ、血を流すレウィシアは身体を動かそうとするものの、痺れて動けない。
    「閃光よ貫け……レイストライク!」
    上空から降り注いだ光線がアナコンダードとタランチェルの身体を貫く。ルーチェの光魔法であった。
    「お姉ちゃん!」
    ルーチェがレウィシアに駆け寄り、回復魔法を唱えようとすると体液を撒き散らしたタランチェルが動き出す。
    「ルーチェ、逃げて!」
    タランチェルが襲い掛かろうとしたその時、襲われていたメイドの女がハンマーを手に突撃してきた。
    「隙ありいいいいい!魔物め、レディの反撃を思い知りなさい!!」
    メイドの女はハンマーによる渾身の一撃をタランチェルに叩き込む。その一撃によってタランチェルはガクリと息絶えた。更にルーチェの魔法によって倒れたアナコンダードにもハンマーの一撃を叩き込む。
    「ふ~、危ないとこだったわね」
    一息付くメイドの女の元に三角耳と巻き尾を持つ狐色の犬がやって来る。犬は嬉しそうにメイドの女にじゃれついていた。突然起きた思わぬ出来事にレウィシアとルーチェはきょとんとするばかりだった。
    「ど、どうもありがとう。助けるつもりが逆に助けられたみたいね。あなたは?」
    「私は世界を渡り歩くメイド行商人、人呼んで流浪のよろずメイド行商人のメイコ・パドリーンです!道行く旅人に様々なアイテムを売るのが主な仕事です!そしてこの子は愛犬のランです」
    「メイド行商人?つまりあなたは商人なの?」
    「フフフ、その通りでございます!よろしければ売ってるものを見ますかぁ?」
    「売ってるものって……」
    メイコが颯爽と大きな荷物の袋を運んでくる。袋には様々な道具が詰められていた。
    「さあ、これが売り物です!そこのあなた、先程魔物との戦いで毒を受けたようですね?そんな時はこの万能ハーブがオススメですよ!」
    笑顔で万能ハーブと呼ばれるハーブを差し出すメイコ。
    「そんなもの使わなくても、ぼくの光魔法で何とかなるよ。ぼくは聖職者だから毒を治す事だって出来るんだ」
    ルーチェがレウィシアに毒を治療する魔法を唱え始める。
    「神聖なる光よ……魔の毒を浄化せよ……アスエイジライト!」
    浄化の光がレウィシアを包むと、レウィシアの身体の痺れが一瞬で解けた。
    「身体が動く……ありがとう、助かったわルーチェ!」
    レウィシアは感謝の気持ちでルーチェを抱きしめる。
    「あ、あなた達……どうやら只者ではなさそうですねぇ」
    メイコはレウィシア達に興味津々の様子であった。レウィシアは大きな道具袋に入った売り物を覗き始める。
    「折角だから旅の助けになるものを買わせて頂くわ。何かオススメの商品はあるかしら?」
    レウィシアの一言にメイコは目を輝かせ始める。
    「さっすが旅人さん!お目が高い!旅に心強いアイテムといえばですねぇ……」
    メイコのオススメの商品は各種の回復アイテムに加え、様々な魔力が込められた呪符、炎、氷、電撃のブレスを吐く事が出来る菓子類等バラエティに富んでいるものであった。レウィシアは所持金と相談しつつも、最低限必要な回復アイテムの購入程度に留めた。
    「ありがとうございましたあ!ところで、これから何処へ行かれるおつもりですか?」
    「風神の森よ」
    「えっ!風の神を崇める民族が暮らすと言われている森へ行かれるのです?」
    「そうだけど、何か知ってるの?」
    「いえ、噂に聞いただけで詳しい事は知らないのですよ!ですが、あなた達はなかなか腕の立つお方だと見受けました。よって私もあなた達に同行いたしましょう!風の神を崇める民族の森というだけあって面白い掘り出し物があるかもしれませんからね!さあ、行きましょうか!」
    「はああ……?」
    突拍子もないメイコの言動にレウィシア達は呆気に取られていた。
    「あ。そちらのお名前もまだ聞いてませんでしたね。ご一緒するという事でお名前を教えて頂けませんか?」
    「私はレウィシア・カーネイリス。クレマローズ王国の王女よ」
    「ぼくはルーチェ・ディヴァール」
    「よろしい!レウィシアさん、ルーチェ君、少しばかりのお付き合いよろしくお願いしますね!」
    「何だかよくわからない人ね……」
    メイコと同行する事になったレウィシアは再び馬車に向かう。
    「おやまあ、客人が増えたのかい?まあ、金になるなら大歓迎だけどさ、この馬車は三人くらいが限界だよ」
    御者の言う通りレウィシア達が乗る馬車は大人三人くらいしか乗れない事もあり、メイコは荷物が入った袋を、レウィシアはメイコの愛犬ランを抱き抱えたまま乗り込んだ。レウィシアは胸に抱いているランの可愛らしさについ頭を撫でると、ランは嬉しそうにシッポを振りながらレウィシアに甘え始める。
    「可愛い犬ね」
    「ふふ、可愛いでしょ?この子ったら人懐っこいんですよね」
    レウィシアの隣に座っているルーチェもランに触れ始める。
    「ルーチェ君も犬は好き?」
    「うん……好きだよ」
    「ふふふ、犬って可愛いですよね」
    和気藹々とした雰囲気で三人が会話を弾ませていると、突如空が雨雲を覆い始め、雨が降り始めた。同時に雷の音が聞こえてくる。
    「まあ、こんな時に雨が降るなんて。風神の森までまだまだかかるんでしょうかねえ?」
    轟く雷鳴の中、雨はどんどん激しくなっていく。御者は鞭を振るい、馬は嘶きながらも足を速めた。
    「きゃあ!い、いきなりスピードを速めないで下さいよお!」
    突然の加速に驚くメイコ。
    「この天候だと嵐になるかもしれん。目的地までもうすぐだから少しの間辛抱してておくれ」
    御者は更に鞭を振るうと、馬は火が付いたように走り出す。そのスピードはかなりのものであった。豪雨の中を走る事数十分、馬車は目的地となる風神の森の手前まで辿り着いた。
    「はい到着!ここが風神の森だよ」
    レウィシアはお代を御者に渡し、そっと馬車から降りる。雨は小雨に落ち着いていた。
    「全く、お客様に優しくない御者さんですね」
    メイコが軽く愚痴をこぼす。ルーチェがランを連れて馬車から降りると、レウィシアは森の入り口を見た。森には人の手が加えられたような道が設けられており、所々に石灯篭が設けられているのが見える。
    「成る程……何だか神聖な雰囲気が漂うわね。さあ、行きましょう」
    レウィシアが森に立ち入ろうとする。
    「あ、ちょっと待って下さい!」
    メイコが声を掛ける。
    「どうかしたの?」
    「あのですねぇ、こういった未知の領域の探検には何が起きるかわからないものだし、いざという時にいつでも帰還出来るものが必要じゃありません?」
    「いつでも帰還出来る……そんなものがあるの?」
    「ふっふっふっ、それがここにあるんですよ!じゃーん!」
    メイコは道具袋の中から翼の装飾が施された宝石を取り出す。
    「この宝石はこれまで行った事のある場所にいつでも自由に戻れるという、名付けてリターンジェムという宝石です!私のような世界を渡り歩く行商人には欠かせない魔法アイテムでしてねぇ、あなた方はどうもワケアリで旅しているようなので一つだけサービスでお売り致しますよ!」
    「え、売るの?」
    「当然です!本来行商用のアイテムとして生産された非売品の貴重なアイテムですからね!値段は五万ゴルと言いたいところですが、そこまで持ってなさそうなので大まけで五千ゴルにしておきますよ!」
    笑顔で勧めてくるメイコに、レウィシアは思わず所持金の確認をする。
    「……別にいいわ」
    「え!?あの……いらないのです?」
    「うーん、所持金がちょっと……」
    「そう易々と買う気は無いよ。ぼくはあなたのこと、まだ信用してるわけじゃないから」
    レウィシアの言葉を遮るようにルーチェが言った。
    「あ、あら……それは残念ですね。それならそれで結構ですが、後で後悔しても知りませんよぉ?」
    「い、一応考えておくわ。とにかく、先へ進みましょう」
    レウィシアはルーチェと手を繋ぎ、森へ入っていく。
    (あのルーチェ君って子……一見大人しい子かと思えばちょっと生意気なところがあるのね。まあそれはさておき、もっと売れそうなアイテムとかないものかしら)
    メイコは道具袋を抱え、ランと共にレウィシアの後を付いていった。

    設けられた石灯篭を目印に森の中を進んでいくレウィシア達。神聖な雰囲気が漂う中、森に生息している魔物が次々と牙を剥ける。レウィシアはルーチェの光魔法の援護を受けつつも襲い掛かる魔物を退けていく。同時にメイコもハンマーで応戦していた。日が沈み、夜になるとレウィシア達は森の広場でキャンプをして一晩を過ごす事にした。
    「キャンプでしたら心配ご無用ですよ!野宿なんて日常茶飯事ですからテントくらい当然持ってます!」
    メイコは道具袋から折り畳まれたテントを取り出し、颯爽とテントを張っていく。その間レウィシアはルーチェと薪を集めて焚火を燃やし、港で買い込んだ食料の魚と海産物を焼き始める。
    「おや。食料でしたら私も丁度持ち合わせていますよ」
    そう言ってメイコが燻製肉を取り出し、焼き始めた。
    「何だかあなたに助けられたわね」
    感心した様子でレウィシアが言う。
    「ふふふ、私がお供でよかったでしょう?あ。テントのサービス代もしっかり頂きますからね?」
    「は?」
    「ふふ、ジョークですよ!旅は道連れ世は情けですからテント代なんてとんでもございません!」
    「そ、そう……」
    掴みどころのないメイコの振る舞いに、レウィシアはただ苦笑いするばかりであった。
    「そういえば、レウィシアさんはクレマローズという国の王女様って事でつまりお姫様なんですよね?」
    「ええ……一応そうなるわね」
    「王国のお姫様が何故このような出で立ちで旅しているんですかぁ?」
    興味津々で聞いてくるメイコにレウィシアは少し俯く。
    「……お父様を助ける為よ」
    真剣な様子で答えると、メイコは思わず目を丸くする。
    「お父様って、王様ですよね?王様に何が……?」
    「攫われたわ。邪悪な力を持つ道化師の男に」
    「道化師……それっぽい感じがする人を何処かで見たような」
    「えっ!?どこで?つい最近の事!?」
    レウィシアは顔が近い位置で掴みかかるようにメイコに問い詰める。
    「ち、近いですよレウィシアさん!ちょっと前、のような気がしますねぇ」
    「どんな人!?特徴とか覚えてる範囲内で教えてもらえるかしら?」
    「うーん、あまりよく覚えてないのですが……」
    メイコは道具袋からスケッチブックを取り出し、記憶を頼りに過去に見かけたという道化師の絵を描き始める。それは、レウィシア達が見たものとは全く違う愛嬌のある顔をした普通の道化師の絵だった。
    「ああ、人違いみたいね。私達が出会ったのはこんな人じゃないわ」
    「あら、そうでしたか。ガッカリさせてすみませんねぇ」
    「大丈夫よ。寧ろ人違いでよかったくらいだわ」
    「そうですか?」
    「もしあの男だったら、あなたもタダでは済まないかもしれないから……」
    「え、どういう事ですか?」
    レウィシアはメイコのスケッチブックを使ってクレマローズ城で遭遇した謎の道化師の絵を描き、道化師の特徴と分身となる黒い影の存在について話した。
    「そ、それ程恐ろしい人だったのですか……そんな人に王様が……」
    「ええ。身も凍り付く程の邪気を放っていたわ。得体が知れない事もあって恐ろしかったけど、いずれは戦わなくてはならない。お父様を助け出す為にも」
    レウィシア達が会話をしている中、焚火の音が森に棲む生き物の声と共に響き渡っていた。夜も更け、テントの中で眠りに就くレウィシア達。
    「……おかあ……さん……」
    レウィシアに抱かれながら眠るルーチェは、レウィシアの胸の中で譫言を呟いていた。ルーチェが見ていた夢———それは、亡き母親の夢だった。


    ルーチェ……あなたは神から授かりし子。心正しき子に育つのよ。


    ルーチェという名前は、光を意味する言葉。神から授かりし一つの命の光として命名してくれたのも母だった。目の前で失った母親の記憶———自分を胸に抱きしめ、愛に溢れた温もりで包んでくれた母の存在。その傍らに父もいる。生まれたばかりの頃は、父も母もいた。本当の家族の中で育った。だが、本当の家族はもういない。思い出も、帰る場所も突然現れた悪魔によって闇に葬られてしまった。

    今ここにいる姉のような、母親のような存在———レウィシアが限りない母性で包んでくれる。二度も両親を目の前で失った深い悲しみを誰よりも理解し、同じ悲しみを知っているからこそ実の弟のように、実の子のように愛してくれる。夢から覚めた時、ルーチェは自分を抱きながら眠るレウィシアの優しい寝顔を見て、心の中でこう呟いた。


    お姉ちゃん……ぼくは一人じゃないんだね……。
    どうか……ずっとぼくのそばにいて……。


    想いを馳せながら、ルーチェは再び眠りに就いた。焚火の炎は既に消え、虫の声だけが聞こえる月夜の森———満月が徐々に黒い雲に覆われ始めていた。黒い雲はやがて月を覆い尽くし、僅かに森を照らす月の光はうっすらと消えて行った。
    神子の試練夜が明け、森の中を更に進むレウィシア達。その途中で魔物が次々と襲い掛かるものの、レウィシア達は力を合わせて魔物を退けていく。石灯篭に囲まれた石畳の通路が見え始め、進んでいくと、民家が建てられた集落に辿り着いた。そこが、風の神を崇める民族の村であった。
    「ここが風の神を崇める村……」
    森に囲まれた自然特有の澄み切った空気と風神の加護による神秘的な雰囲気が漂う村の中を歩いていると、火が灯された台座と櫓が設けられた村の中心地に多くの村人が集まっていた。村人は民族独特の衣装を身に纏い、まるで儀式の始まりを物語っているかのような光景であった。
    「まあ、この如何にも何かが始まりそうな雰囲気からして何かのお祭りでしょうか?」
    メイコが興味津々の様子で村人に近付いていく。すると村人の一人が声を掛ける。
    「おやまぁ、旅人なんて久しぶりだね。これから聖風の神子様の試練が始まるんだ」
    聖風の神子は風の神に選ばれし一族であり、風の神を崇めし民族の長として先祖代々村を治めていた。この日は聖風の神子エウナの後継者として選ばれた神子の娘ラファウスが一族の仕来りとして、村の西に聳え立つ風神の岩山の頂上で風神の洗礼を受けるという試練に向かう日であり、村人達は試練に向かうラファウスを見送ろうと集まっているのだ。神子の住む場所は村の奥に建つ聖風の社だと聞かされたレウィシア達は社へ向かった。社の中には、エウナとラファウスがいた。
    「それでは母上、行って参ります」
    ラファウスが深くお辞儀をし、社から出る。
    「あら、あなた方は……」
    レウィシア達の存在に気付いたラファウスが一瞬立ち止まると、レウィシアはどう声を掛けていいかわからず、そっと会釈した。ラファウスはそれに応えるように会釈して再び歩き出し、境内を出て集まる村人達に見送られながらも試練の場所となる風神の岩山へ向かって行った。
    「もしやあの子が神子様?」
    「まさかぁ。あんな小さい子が試練を受けるって言うんでしょうかねぇ?」
    そんな会話を交わしながらも、レウィシア達は社に入ろうとする。
    「待て!」
    不意に背後から声が掛かる。現れたのは、ウィリーだった。
    「余所者が堂々とこんなところに来るとは何のつもりだ?」
    「すみません。私達は旅の者でして、決して怪しい者ではありません。聖風の神子と呼ばれる方に御用があって来たまでです」
    レウィシアが冷静に説明するものの、ウィリーは訝しげに見るばかりだった。
    「ウィリー。構いません。旅の方達、御用でしたらお越し下さい」
    聞こえてきたのはエウナの声だった。快く迎えられたレウィシアは社に入り、風神の像が奉られた神像の間へ招かれる。レウィシア達はエウナに自己紹介を重ね、スケッチブックに描いた絵を差し出しつつも邪悪な道化師と黒い影について聞き始める。
    「道化師……黒い影……そのようなものは見た事ありませんわ」
    「そ、そうですか」
    全く知らない様子のエウナに、レウィシアはどうしたものかと思い始める。
    「あなた方は異国から来た旅人のようですが、何やら大きな力を感じますね。宜しければ頼みを聞いていただけますか?」
    「頼み?はい、私で宜しければお聞きしますが」
    「実は、我々聖風の神子一族の後継者として選ばれた娘のラファウスが先程、一族の仕来りとして試練を受けに行ったのですが……一つ心配事がありまして」
    「心配事?」
    エウナが抱えている心配事とは、ラファウスの試練の行方であった。ラファウスが向かう風神の岩山にも多くの魔物が棲み付くようになった上、村に吹く風からは邪悪な空気を感じるようになっていた事もあって悪い予感が頭から離れないという。エウナはレウィシア達にラファウスの後を追って護衛をするように頼み込むが、そこにウィリーが割り込んで来る。
    「エウナ様!いくら何でも見ず知らずの余所者にラファウスを任せるなんて……」
    「ウィリー。この方々はとても良い目をしています。それにあなたは今、ノノアの傍にいないといけないでしょう?」
    「ですが……」
    「レウィシア。我々神子一族の後継者となるラファウスの事、お願い出来ますか?」
    「はい、お受けいたします。守るべきものを守る使命を与えられた騎士として、娘様の力になりましょう」
    エウナの頼み事を引き受けたレウィシアを前に、ウィリーは不服めいた様子でその場から去って行った。
    「……彼、ウィリーは幼い頃からラファウスと仲が良かった事もあって、ラファウスの力になりたいと考えているのでしょう。でも今は、妹のノノアが病に伏しているのです。彼の代わりに、どうかラファウスの力になって頂きたいのです」
    「わかりました。娘様は私がお守り致します」
    レウィシアは軽く頭を下げ、ルーチェ、メイコ、ランと共に社から出た。
    「おっと。レウィシアさん!私がご一緒するのはここまでですよ!」
    そう言ったのはメイコだった。
    「あのウィリーさんという方、確か妹さんが病気だとか言ってましたよね?そこで私の出番というわけですよ!」
    「出番?」
    「私の特性万能薬ならば、ウィリーさんの妹さんの病を治せるかもしれません!そんなわけでラファウスさんのお守りはあなた方にお任せしますよ!」
    笑顔で言うメイコに、レウィシアは思わずきょとんとする。
    「どんな病気か知らないけど、ぼくの光魔法なら何とかなるかもしれないよ」
    「いえ、ルーチェ君はレウィシアさんの手助けをした方がいいと思うわ。レウィシアさんだってそう思うでしょ?」
    「ま、まあね……」
    「何、大丈夫ですよ!商売とはいえ特別サービスはしておきますから!」
    「……まさかお金取るの?」
    「勿論!あくまで営業ですからね!」
    レウィシア達は唖然とする。
    「……こんな人に任せていいのかな」
    ルーチェが呟いた。
    「うーん……とりあえず、ラファウスの後を追いましょう。私達の任務はラファウスの護衛だからね」
    レウィシアはルーチェを連れ、村人から話を聞きながら風神の岩山へ向かって行く。メイコはランを連れて村の観光をしつつもウィリーの家を探し回る。その様子を空中で見下ろす者がいた。道化師の男だった。


    風神の岩山には、凶暴な魔物が多く棲み付いていた。古くから生息していた自然の魔物が、まるで何らかの邪悪な力に取り付かれたかのように凶暴化しているのだ。単身で岩山に乗り込んだラファウスは風の魔法を駆使しながらも魔物を打ち倒し、木々に囲まれた険しい岩盤の道を進みながらも岩場を登っていく。
    (この風は魔を象徴する風……しかも魔物達が荒れ狂っている。一体何が……)
    ラファウスはふと足を止めて目を閉じ、念じ始める。一筋の風が吹き、鎌鼬のような姿を持つ小さな生き物がラファウスの前に現れた。額には宝石のような緑の石が埋め込まれている。それは、エアロと名付けられた風の魔魂の化身であった。
    「エアロ。どうやら何かが起きようとしています。もし何かあれば力を貸して……」
    エアロはラファウスの声に応えるかのように、風の音のような鳴き声をあげ始める。再び足を進め、襲い来る魔物の群れを風の魔法で吹き飛ばし、長い岩場の階段を登り、山頂に辿り着く。山頂はとても広く、中心地には石柱に囲まれた風神の像と石碑が設けられている。だが、そこには魔物がいた。それは熊の姿をした巨体の魔物で、四肢が真っ黒に染まり、目が赤く光った邪悪な力を持つ凶悪な魔物だった。
    (この魔物……明らかに普通の魔物じゃない……!)
    ラファウスは立ちはだかる魔物を前に身構える。魔物は唸り声をあげながらもラファウスに迫っていった。


    ラファウスの後を追うレウィシアとルーチェは、魔物を打ち倒しながらも岩山を進んでいく。至る所にラファウスによって倒された魔物の死骸が転がっており、レウィシアはルーチェの手を握りながらも入り組んだ岩場を登る。途中で空を飛ぶ鳥の魔物が襲撃してくるものの、レウィシアの剣によってあえなく一刀両断された。だがその直後、ルーチェが足を躓かせて転倒してしまう。
    「ルーチェ!大丈夫!?」
    レウィシアがしゃがみ込んでルーチェの膝元を見る。膝には血の滲んだ擦り傷があった。
    「平気だよ、これくらい……」
    ルーチェは傷口に魔力を流し込む。光に包まれると、傷は徐々に消えていく。
    「凄い……あっという間に傷が治るなんて」
    「これくらいのケガだったらすぐに治せるよ。お姉ちゃんも、ケガしたらぼくが治してあげるから」
    「ふふ、ありがとうルーチェ。大好き!」
    レウィシアは思わず笑顔でルーチェを抱きしめて、そっと頬にキスをする。ルーチェは少し照れ隠しに俯いたまま笑顔になる。そんな姿を見て母性を刺激されたレウィシアはルーチェを抱き上げる。
    「え、何?」
    突然のレウィシアの行動に戸惑うルーチェ。
    「ふふふ、ごめんね。すごく可愛かったからついやりたくなっちゃって。これが本当のお姫様抱っこといったところかしら?」
    嬉しそうな様子で抱っこするレウィシアに、ルーチェはどうしていいかわからない状態だった。そんなやり取りの最中、強風が襲い掛かる。突然の強風に思わずルーチェを守るように抱き抱えるレウィシア。強風によって砂と小石が舞い、とても進めない状況だった。数分後、強風は収まった。
    「今のは……一体何が起きているの?」
    山頂で何かが起きている。そう察知したレウィシアはルーチェを抱いたまま足を進めた。


    強風は、ラファウスの風の魔力によるものだった。エアロがラファウスの中に入り込んだ事によって秘められた風の魔力が呼び起こされ、全身が風のオーラに覆われていた。
    「グアアアアア!!」
    雄叫びを上げながら牙を剥ける魔物。
    「我が風よ、刃となれ……エアブラスター!」
    衝撃波を伴った真空の刃が魔物に襲い掛かる。刃は魔物の身体を引き裂いていくが、魔物はまだ倒れる気配がない。魔物は大口を開けると、燃え盛る炎を吐き出した。
    「くうっ……!」
    ラファウスは追い風を起こして身を守ろうとするが、炎の勢いは防げず身を焦がしてしまう。ダメージを受けたラファウスは態勢を立て直そうとするが、空中に黒い気体の塊のようなものが浮かび上がっているのを発見する。
    「あれは……?」
    気体は四つに分裂し、それぞれ顔のような模様が浮かび上がっていく。顔が現れた四つの気体———それは、気体生命体に分類される魔物だった。新たに出現した四つの気体の魔物は不気味な音を立てながらガスを放った。毒ガスだった。再び追い風を起こそうとするラファウスに迫るのは、巨体の魔物による体当たりであった。
    「ああぁっ!!」
    その一撃に吹っ飛ばされたラファウスはもんどり打って倒れる。
    「うっ……げほっ」
    咳込みながら立ち上がろうとするラファウスだが、気体の魔物が放った毒ガスを吸い込んだ影響で全身に寒気を感じる。
    「これは、毒……?」
    毒に冒されたラファウスは止まらない悪寒と全身に響き渡る痛みに襲われていた。前方にいるのは巨体の魔物と四つの気体の魔物。ラファウスは必死で反撃を試みるものの、戦況的に危機的状況なのは火を見るよりも明らかだった。
    「くっ、このままでは……!」
    ラファウスは身体の痛みと悪寒に耐えながらも風の魔力を高めようとした時、巨体の魔物が鋭い爪を持つ両手を上げたまま飛び掛かる。
    「お待ちなさい!」
    声と共に現れたのはレウィシアだった。空中からの魔物の爪の一撃を盾で防ぐレウィシア。
    「どうやら間一髪だったみたいね」
    膝を付いて胸を押さえるラファウスの姿を見たレウィシアの一言。ルーチェは即座にラファウスの元へ駆け寄る。
    「あなた方は確か……」
    「ジッとしていて。毒に冒されているみたい」
    ルーチェは解毒魔法アスエイジライトを唱え、ラファウスの身体の毒を治療した。
    「身体が……ありがとうございます」
    礼を言うラファウス。
    「ラファウスと言ったわね。魔物なら私に任せて。今此処にいるのはただの魔物じゃないわ」
    レウィシアは剣を構え、魔物の群れに戦いを挑もうとする。巨体の魔物は不気味な唸り声を上げていた。


    その頃、メイコはウィリーの自宅を訪れていた。ノノアの病気を治すという万能薬を売ろうとするメイコだが、余所者は信用出来ない性格のウィリーはひたすら突っぱねるばかりだった。
    「妹さんが大変なんでしょう?ダメモトでも試してみて下さいよぉ!」
    「しつこいな。断ると言ってるだろ。タダでも乗らんからな」
    「強情ですねえ。どうなっても知りませんよ~?」
    「うるさい!大体お前にとっては妹の病気をダシにした商売目的でしかないんだろ!さっさと出て行ってくれ!」
    「はぁ~い……お邪魔してすみませんでしたぁ」
    メイコは渋々とウィリーの家から出る。
    「全く、実にけしからん商売が思いつくもんだ」
    ウィリーは布団で寝込んでいるノノアの元へ向かう。
    「あ、お兄ちゃん……」
    「ノノア、気分はどうだ?」
    「うん、少しは良くなったかな……けど、頭が痛い」
    ノノアの症状は熱が少々下がった様子で、頭痛が治まらない状態だという。ウィリーはノノアの額に氷で冷やした濡れタオルをそっと乗せる。
    「今日……ラファウス様の試練なんだよね。いつもお兄ちゃんが護衛に行ってるのに、今回は私の為にわざわざ……」
    「ああ。気は進まんが、外国の旅人に護衛を任される事になってな。それに、お前を置いていくわけにはいかない」
    「そっか……ありがと」
    「ちょっと待ってろよ。七草粥作ってやるからな」
    ウィリーは台所へ足を運び、貯蔵庫に保存している様々な野草を取り出して七草粥を作り始めた。具材となる野草は、森で採れる薬草だった。数分後、完成した七草粥をノノアの元に運んでいく。
    「美味しい……お兄ちゃんの七草粥、好きだな」
    「旨いだろう?採れたての森の薬草だからな」
    そんな会話を交わしているうちに笑顔になる兄妹。最愛の妹が笑顔を見せた事に、ウィリーは大きな喜びを感じていた。


    「あ~あ、どうして田舎の人って閉鎖的なのかしらねぇ」
    ウィリーの家から追い出されたメイコは面白くなさそうに呟くと、ランが足元にすり寄って来る。そんなランを撫でながらも、メイコは気を取り直して村の空気を堪能しつつも気ままに散策を始める。何気なしに聖風の社へ続く道にやって来た時、ふとメイコはある人物の姿を見て立ち止まる。メイコが見た人物は、明らかに村人ではない身なりをした者———黒装束の恰好をした怪しい男であった。黒装束の男は聖風の社へ向かっていた。
    (あの人……村人じゃないよね?旅人にしては怪しすぎない?)
    メイコは好奇心で黒装束の男の後を付けた。黒装束の男が聖風の社の前に来ると、農具を持った二人の村人が立ちはだかる。
    「お前は誰だ!」
    攻撃的な物言いで怒鳴る村人。黒装束の男は無言で手を広げると、周囲に螺旋状の衝撃波が発生する。衝撃波によって二人の村人は吹っ飛ばされてしまい、黒装束の男は社の中に入って行く。
    「ひいっ!?た、た、たたたたた、大変んんんんーーーーっ!!」
    突然の出来事にメイコは半ばパニック状態でランを連れてその場から逃げ去った。


    「あなたは何者です?」
    社に現れた黒装束の男に問い掛けるエウナ。
    「ある者の依頼を受けて此処にある封印の鍵を頂きに来た。邪魔さえしなければ命だけは助けてやろう」
    頭巾からは赤く輝く目を覗かせた黒装束の男が静かに答える。男の目には邪悪な赤い光が宿っていた。
    「なんですって……不埒な真似はおやめなさい!」
    エウナが掴みかかろうとした瞬間、黒装束の男は手から空気の衝撃波を放った。
    「ごあっ!!」
    衝撃波の直撃を受けたエウナは後方に吹っ飛ばされ、勢いよく壁に叩き付けられる。エウナが気を失うと、黒装束の男は風神の像の前に立ち、両手に魔力を高める。
    「……カァッ!」
    両手から闇の光球が放たれる。光球が風神の像に直撃すると、像は粉々に砕け散った。飛び散る像の破片に紛れるように、光り輝く一つの鍵が現れる。黒装束の男が鍵を手に入れた瞬間、周囲に闇の瘴気が発生し、空中に集まっていく。発生した瘴気が全て集まると、裂けた口と目玉が浮かぶ黒い球体となった影が姿を現した。

    ———クックックッ、ご苦労だったな……暗影の魔導師セラクよ。

    セラクと呼ばれた男は黒い球体に鍵を差し出すと、黒い球体の口から長い舌が現れ、飲み込むように鍵を回収する。

    ———貴様の役目はこれで終了だ。後の事は好きにしろ。このオレが与えた闇の力を思う存分堪能するがいい。余興の一つとして楽しませてもらうよ……。

    不気味に笑いながらも消えていく黒い球体。セラクは破壊された風神の像と気を失っているエウナの姿を見つつ、自身の手を見つめ始める。
    「裏切り者の子よ……そして忌々しい人間どもめ……この手で必ず消す。必ずな……」
    拳に変えたセラクの手を覆うのは、静かに燃える闇の炎であった。その炎の揺らめきは、内面に抱く静かなる憎しみを現しているかのようだった。


    セラクの急襲を目撃したメイコが村人に状況を伝えた時、村は騒然となった。村人の何人かが聖風の社へ状況を確認しようとした時、役目を終えたセラクが静かにやって来る。
    「あーーっ!あの人です!あの人が危ない不審者ですよ!」
    メイコが大声で騒ぎ立てると、鎌や桑等の農具を持った村人が現れ始める。セラクが立ち止まり、両手を差し出すと黒い炎を伴った竜巻が襲い掛かる。竜巻はあっという間に村人を次々と蹴散らしていき、村の中心地に立てられた櫓が燃え始める。
    「ひっ!ひええええーーー!!レウィシアさーーーん!!は、早く帰ってきてええええ!!」
    セラクの恐るべき力を目の当たりにしたメイコはランを連れてその場から一目散に逃げ出した。
    「何だ?外が騒がしいな」
    ウィリーは何事かと思いつつ、窓から外の様子を眺める。その光景は、倒れている数人の村人と逃げ惑う村人の姿。そして燃え上がる櫓と民家。思わず愕然とするウィリー。
    「お、お兄ちゃん……」
    ノノアが不安そうな表情を浮かべる。
    「……ノノア、大丈夫だ。俺が付いてるから」
    ウィリーは部屋の奥に置かれた槍に視線を移すが、ノノアの姿を見て傍に立つ。一体何が起きているんだ……。そう思った瞬間、家のドアを叩く音が聞こえてくる。
    「誰だ?」
    部屋に置かれた槍を手に取り、恐る恐るドアを開けると、黒装束の男———セラクがそこにいた。
    「お……お前は!?」
    見知らぬ姿の異様な人物を前にしたウィリーは思わず身構える。
    「裏切り者の子を探している。この村には人間とエルフの間に生まれた子がいると聞く。名前は……ラファウス、といったか」
    「何だと?どういう事だ!?」
    ウィリーは思わず槍を握り締める。
    「答えろ。ラファウスは何処にいる」
    セラクがウィリーの首元を掴む。
    「ぐ……っあ……がぁ!」
    ウィリーはセラクの手から逃れようと必死でもがく。質問に答えないウィリーに、セラクは忌々しげに手を離しては冷酷な目でウィリーを見据える。
    「答えなければ死ぬ事になるぞ」
    セラクが言い放つと、ウィリーは槍を手に鋭い視線を向ける。
    「黙れ下郎!何が目的なのか知らんが、お前の好きにさせるか!表に出ろ!」
    ウィリーが怒鳴りつけると、セラクは誘い出すように家から離れる。
    「……ノノア。お前だけは俺が守るからな」
    ウィリーはセラクに戦いを挑もうと家の外に出る。セラクは両手に闇の炎を纏っていた。
    暗影の魔導師風神の岩山の頂上でラファウスが挑んでいた魔物達に立ち向かうレウィシア。そこで道具袋に潜んでいたソル
    が飛び出し、レウィシアの中に入り込んだ。炎の魔力が覚醒し、レウィシアの全身が炎のオーラに包まれる。
    「これは……まさかあなたも?」
    ラファウスはレウィシアが自身と同じ魔魂に選ばれし存在だと確信し、驚きの表情を見せる。
    「詳しい話は後よ」
    巨体の魔物の鋭い爪がレウィシアを襲う。レウィシアはカウンターで剣の一閃を繰り出し、魔物の手首を切断する事に成功する。
    「グアアアアアアア!!」
    耳障りな雄叫びを轟かせる魔物は口から火炎を吐き出した。レウィシアは火炎の攻撃を盾で凌ぎつつ、剣に魔力を溜め始める。その時、空中に漂う四体の気体の魔物が次々と毒霧を放った。ラファウスは即座に追い風を起こし、辺りに漂う毒霧を跳ね返そうとする。
    「ホーリーウェーブ!」
    ルーチェが光魔法を発動させると、巻き起こる光の波が気体の魔物を飲み込んでいく。
    「みんな下がっていて!」
    レウィシアは炎の魔力が蓄積された剣を天に掲げ、飛び上がっては大きく振り下ろす。炎を纏った斬撃の波動が発生し、気体の魔物四体を跡形もなく消し去った。怒り狂った巨体の魔物は雄叫びを上げながら大暴れするが、片腕しかない攻撃はどれも空を切るばかりだった。
    「とどめっ!」
    剣を両手に持ったレウィシアは魔物の懐に飛び掛かり、二段斬りを繰り出しては脳天からの斬撃で魔物を真っ二つに切り裂いた。魔物を撃破したレウィシアは魔物の黒い返り血を浴びつつ、体毛が付いた腕にふうっと息を吹き掛けて剣を鞘に収める。
    「片付いたわね」
    身体に付着した返り血を拭いながらも、レウィシアはラファウスの方に視線を移す。
    「ありがとうございました。あなた方のおかげで助かりました」
    ラファウスは深々と頭を下げて礼をする。
    「お礼なんてとんでもないわ。神子様の頼みで護衛を任されたんですもの」
    「まあ、やはり母上が……。それにしても、あなた方は一体……」
    レウィシアとルーチェは自己紹介をし、自身の事や旅の事情等の経緯を全て話す。
    「なんと、これも運命なのでしょうか……。私と同じ魔魂の適合者とこのような形でお会いするなんて」
    「え?あなたも……!?」
    ラファウスは掌に魔魂の化身であるエアロを出現させる。それに応えるかのように、レウィシアの足元にソルが現れる。風の魔魂の化身エアロは適合者となる者が現れるまでは聖風の社に身を潜め、神子からは風の守り神と呼ばれていた。適合者であるラファウスが神子としての最初の試練を受ける際にエアロが行動を共にし、神子の洗礼を受けた時に自身が魔魂に選ばれたという運命を知る事になったのだ。
    「お父様によると、魔魂は古の魔導師の力だと言われているわ。それを悪い事に使う者もいる。中にはその力ごと利用されている者もいる。今まで私はそういった者と戦ったりもしたわ」
    レウィシアはかつて敵対していた魔魂の適合者であるガルドフやバランガとの戦いを振り返りつつも、ラファウスの目を見る。
    「すみませんが、話の続きは後にしましょうか。目的を果たさなくてはいけませんから」
    「あ。ごめんなさいね。積もる話はまた後ね」
    ラファウスは山頂の中心部となる風神の像と石碑がある場所へ向かう。レウィシア達も後に続いた。風神の像の前に立ったラファウスは跪き、祈りを捧げる。


    聖風の神子ラファウス……我が力に選ばれし者よ———。
    ラファウスよ、運命の時は来た。そなたは今、この地上を覆い尽くそうとする大いなる闇に挑む時なのだ。

    我の同士たる者の力に選ばれし者と共に戦い、巨大な闇に打ち勝つ———それがそなたに与えられた使命。

    ゆけ、運命の神子よ。そなたに聖風の加護があらん事を———。


    風神の像が光を放つと、祈りを捧げているラファウスの身体も光り始める。次の瞬間、両者を包む光は柱となった。
    「こ、これは……?」
    レウィシア達が驚く中、光は徐々に収まっていく。光が消えると、ラファウスは深々とお辞儀をしてゆっくりと振り返る。
    「洗礼は終わりました」
    冷静な声でラファウスが言う。
    「レウィシアと言いましたね。やはり私はあなたと共にし、大いなる闇に挑むという運命のようです。風の神がそう仰っていました」
    「え……つまり私達の仲間になってくれるという事?」
    「そういう事になりますね。でも今は村へ戻るのが先です。村の人にも色々話す事がありますから」
    「そうね」
    レウィシア達はラファウスと共に下山を始める。険しい岩山の道は下山でも歩くのに一苦労だが魔物の気配はなく、登りよりも比較的順調に進む事が出来た。岩山を降りた途端、一匹の犬がレウィシア達の元へやって来る。ランだった。
    「この子はメイコさんが飼ってる犬のラン?どうしてここに?」
    ランは何かを訴えているかのように吠えていた。そこにメイコが慌てた様子でやって来る。
    「あ、レウィシアさん!帰ってきたんですね!?用事は終わったんですね!?」
    メイコがレウィシアに縋りつき、眼前で問い掛けてくる。
    「メイコさん!どうかしたんですか?」
    「大変なんですよおお!村が……村が怪しい人に襲撃されて……!」
    「何ですって!?まさか……!」
    悪い予感がしたレウィシアは即座に村に急ぐ。
    「村に一体何が……?」
    ルーチェとラファウスも後に続いて村へ走って行った。
    「あっ、わ、私は見守ってますから頑張って下さいね~~!!」
    レウィシア達に向かってメイコは応援のメッセージを送った。

    村では所々が燃えていた。セラクの放った闇の炎によって黒く燃えている建物と森の木々。槍を手に単身戦いに挑んだウィリーはセラクの猛攻に手も足も出ない状態だった。
    「ぐあああああっ!!」
    黒い炎を纏った竜巻に吹き飛ばされるウィリー。何とか立ち上がろうとするものの、既に息も絶え絶えで瀕死となっていたところに、セラクの重い拳がウィリーの腹にめり込まれる。
    「ぐぼはぁっ……」
    胃液が混じった血反吐を吐き出したウィリーは前のめりに倒れ、意識を失った。そんなウィリーの姿を冷酷な目で見下ろすセラク。
    「人間にしてはやる方だな。だが、お前の努力はここまでだ」
    セラクは闇の炎を纏った左手をウィリーに向ける。だがその直後、セラクは即座に背後を振り返る。レウィシアの盾が旋回して飛んで来たのだ。セラクは旋回する盾の攻撃を回避すると、レウィシアが颯爽とその場に現れた。手元に戻って来た盾を受け取り、剣を抜いては鋭い視線を向けるレウィシア。
    「この村を襲撃したのはあなたなの?」
    目の前にいる相手が敵だと確信したレウィシアが剣を構えると、ルーチェとラファウスがやって来る。
    「これは一体……?ウィリー!」
    ラファウスは倒れているウィリーの姿と傍らに立つ見知らぬ男の姿、所々が燃えている村の様子を見て驚きの表情を浮かべる。
    「……来たな、裏切り者の子よ」
    ラファウスの姿を見たセラクは表情を険しくさせる。
    「裏切り者の子……?一体何の話ですか?」
    突然の一言に困惑するラファウス。
    「お前は我らエルフ族の裏切り者ボルタニオの子。忌々しき人間の娘と結ばれ、子を作るという禁忌を犯し、同族に反旗を翻した愚かなる反逆者の子なのだ」
    セラクの言葉にラファウスは衝撃を受ける。自身が人間とエルフの間に生まれた子であり、更に本当の両親が存在していたという事実に愕然とするばかりであった。
    「あなた……一体何者なの!?」
    レウィシアが問い掛ける。
    「私はセラク。エルフ族の長の子であり、長の意思を継ぐ者」
    セラクは左手から闇の光球を村の民家に向けて放つ。民家は爆発し、あっという間に燃え上がる。
    「貴様!」
    レウィシアが斬りかかると、セラクは両手を広げる。その瞬間、真空の刃が巻き起こった。
    「くああぁっ!」
    咄嗟に盾を構えるレウィシアだが、真空の刃によるダメージは免れなかった。身体の至る所に傷が刻まれ、血が流れている。
    「レウィシア!」
    ラファウスがレウィシアの元に駆け寄る。
    「ラファウス、下がっていて!この男は私が相手するわ」
    「ですが……」
    「私はあなたの護衛よ。命に代えてでも守るのが使命だから」
    レウィシアの強い眼差しを見たラファウスは言葉に従い、無言で頷いてルーチェと共にその場を離れた。レウィシアは真空の刃で所々切り裂かれたマントを脱ぎ捨て、セラクに視線を移して剣を構える。
    「私の目的は裏切り者の子だが……手始めに忌まわしい人間であるお前も消してくれよう。邪魔する者は何者であろうと消す」
    「そう簡単に消されやしないわ。罪の無い村をこんな風にするなんて許さない。この手で引導を渡して差し上げます!」
    レウィシアがセラクに戦いを挑む。次々と繰り出されるレウィシアの剣による攻撃。だがセラクは数々の攻撃を闇の炎を纏った素手で受け流し、蹴りの一撃をレウィシアの脇腹に叩き込む。
    「ぐはっ!うっ……」
    脇腹の一撃によろめいたレウィシアに襲い掛かるのは、闇の光球による攻撃だった。
    「きゃあああ!」
    光球の直撃を受けたレウィシアは爆発と共に吹っ飛ばされる。
    「ぐっ……強い」
    レウィシアは体を起こして立ち上がり、再び態勢を整えると、セラクの全身が闇の炎に包まれている。その時、ソルがレウィシアの元に駆け寄り、レウィシアの中に入り込む。魔魂の力で炎の魔力を覚醒させたレウィシアは全身を炎のオーラに纏い、剣を手にセラクに立ち向かう。
    「はあああああ!!」
    炎を纏った剣の一閃がセラクのマントを切り裂く。火が付き、焼け焦げるマントを脱ぎ捨てたセラクは両手に闇の炎を纏い、振り下ろされたレウィシアの剣を両手で受け止める。
    「なかなかやるな、人間の女よ」
    その一言と共に魔力を高めるセラク。レウィシアは後方に下がり、盾を構えて守勢に入る。セラクが両手を広げた瞬間、闇の炎による竜巻がレウィシアに襲い掛かる。防御態勢を取るレウィシアだが、竜巻の勢いに耐え切れず吹き飛ばされると共に、全身を闇の炎に焼かれてしまう。
    「くっ……あうっ……」
    闇の炎によるダメージはかなりのものであり、レウィシアは激しい痛みに襲われていた。
    「お姉ちゃん!」
    思わずレウィシアの元に駆け寄るルーチェ。
    「ルーチェ、私はまだ大丈夫だから下がってなさい」
    「でも、このままではお姉ちゃんが……」
    ルーチェは回復魔法を発動させ、レウィシアのダメージを回復させる。完治には至らないものの、傷と痛みは徐々に治まっていく。だがそこに、セラクが静かに歩み寄り始める。
    「いけない!ルーチェ、逃げて!」
    ルーチェがその場から逃げようとすると、セラクは手から闇の光球を放つ。レウィシアは即座に盾を構え、辛うじて光球を防ぐ事に成功した。その隙に逃げ出すルーチェ。
    「バカめ、いかに傷を癒そうと無駄な事だ。お前は私に勝てまい」
    その声にレウィシアは立ち上がり、剣を構えて突撃する。セラクは闇の光球を放つと、レウィシアは回避して背後に回り込む。
    「がふっ!!」
    悲鳴をあげたのはレウィシアだった。セラクの回し蹴りがレウィシアの顔に叩き込まれたのだ。蹴り倒されたレウィシアはすぐに立ち上がり、応戦しようとした瞬間、セラクが目の前に現れ、重い蹴りの一撃がレウィシアの腹にめり込む。
    「げほおっ!!」
    大量の唾液を吐き出し、身体を大きく曲げながら悶絶するレウィシア。蹲って咳込んでいるところに、セラクの闇の炎を纏った拳による攻撃が次々と加えられていく。口から血を流し、息を荒くさせるレウィシアは勝負を捨てず反撃を試みるが、首を掴まれてしまう。
    「う、ぐっ……!」
    首を掴むセラクの手を引き剥がそうとするレウィシア。
    「くっ……このままでは!」
    痺れを切らしたラファウスが助太刀に向かおうとその場から飛び出す。
    「ようやく出向いて来たか。裏切り者の子よ」
    レウィシアの首を掴んだままラファウスに視線を向けるセラク。
    「これ以上彼女に手を出さないで。あなたの狙いはこの私でしょう?」
    セラクは掴んでいるレウィシアの首を離す。解放されたレウィシアは後方に飛び退き、ラファウスの傍に立つ。
    「ラファウス、この男は……」
    「レウィシア。残念ながらこのセラクという男はあなた一人でかなう相手ではありません。ここは私と共に戦うのです」
    一筋の風と共に現れたエアロがラファウスの懐に飛び込む。風の魔魂の力によって魔力を覚醒させたラファウスの全身が風のオーラに包まれた。
    「フッ、愚かな事よ。ならば望み通り二人まとめて消してくれよう」
    セラクが両手に闇の炎を燃やす。
    「……その前に、聞かせて頂きますか」
    「何?」
    「あなたはエルフ族の長の意思を継ぐ者と仰っていましたが、これが長の意思だというのですか?それに、私の父となる者は……」
    セラクは眉間に皺を寄せ、表情を強張らせる。
    「……人間は忌まわしき存在。いずれ滅ぼさねばならぬ。それが父の意思だ。裏切り者の子であるお前を狙うのは、復讐でもあるのだ」
    「復讐……ですって?」
    思わぬ言葉にラファウスは絶句する。
    「冥土の土産に教えてやろう。お前の父ボルタニオと、我ら一族の間に起きた忌まわしい悲劇をな……」
    セラクは語る。かつてラファウスの父ボルタニオとエルフ族の間に起きた悲劇を———。


    生まれつき風の魔力が備わっているが故に無意識のうちに発動した魔法で人を殺してしまった事で人間から畏怖の対象とされ、住んでいる町から追われてしまった人間の少女ミデアンとエルフの若者ボルタニオ。エルフ族が暮らす里に流れ着いたミデアンと出会い、人間を受け入れてはならないというエルフの掟を破ったボルタニオは一族の裏切り者とされ、長から死の裁きを下される事となった。だがボルタニオは同族を敵に回してでもミデアンと共に過ごす事を選び、自身を抹殺する為に追ってきた同族に戦いを挑む事となった。それは、愛する者となった人間の少女と授かった一人の子供を守る為の戦いであった。
    「ミデアン……お前は我が子を連れて逃げろ。もはや奴らは止められん。俺が食い止めているうちに……!」
    「ボルタニオ……でも……」
    「早くしろ!お前達だけでも生きるんだ……どうか……」
    戦いに巻き込まれた事で深く傷ついた身体で我が子を抱えて逃げるミデアンに想いを馳せながら、ボルタニオは武器を手に襲い来る同族を剣で斬り捨てていく。返り血に塗れ、傷だらけとなった自身の足元には、自身が殺した同族の亡骸の山。ボルタニオは里へ向かう。エルフ族の裏切り者とみなして自身を殺そうとしているエルフ族の長エイルスとその息子セラクに戦いを挑む為に里へ戻ったのだ。
    「ボルタニオよ。貴様だけは生かしておけん。忌まわしき人間を受け入れてはならぬという掟を破り、多くの同族を殺した貴様の大罪……この手で裁きを与えてくれようぞ」
    エイルスの言葉にボルタニオは無言で応じる。剣を手に立ち向かうボルタニオ。掟を破った事による反逆から生まれたエルフ同士の戦いは熾烈を極め、相打ちという形で倒れるボルタニオとエイルス。双方の命は尽き、セラクも深手を負って倒れていた。

    掟を破りし反逆者によって里は滅び、生死の境を彷徨うセラクの元に現れたのは黒い影。

    ———クックックッ……愉快だ。実に面白いものを見せてもらったよ。まさかエルフ同士の殺し合いが拝めるとはな。だが……ふと貴様に興味がある。どれ、少し話でもしようか?

    影は球体と化し、セラクは大きく開かれた黒い球体の口に引き寄せられ、飲み込まれていく。

    「……う……ここは……?」
    気が付くとそこは禍々しい邪気に覆われた亜空間だった。
    「ここはオレの世界となる場所だよ。誰にも邪魔されぬ秘密の場所、といったところか」
    現れたのは道化師の男だった。
    「……誰だお前は?」
    「オレはある計画の為に世界を流離う者。計画に必要となる素材を集めているところだが……貴様にふと興味があってこの場所に引きずり込んだのだ」
    不敵に笑う道化師。
    「計画だと……お前は一体……」
    「セラクよ。貴様が真に憎むべき存在は人間である事は既に承知しているな?貴様の父親は人間を受け入れた事で反逆者となったエルフに殺された。今こそ貴様が父親と同族の意思を継ぐべきではないのかな?」
    道化師の言葉にセラクは無言で応える。
    「貴様以外のエルフはボルタニオという裏切り者によって殺された。そして、裏切り者を生んだ人間との間に生まれた裏切り者の子がこの世界の何処かに存在している。どうだ、そいつも貴様にとっては忌まわしき存在であろう?復讐という意味も含めてな」
    笑う道化師は更に言葉を続ける。
    「クックックッ……貴様の復讐にも興味が沸いた。今こそ生まれ変わるのだよ。このオレの手でな。そう……お前は闇に魅入られしエルフとして生きるのだ」
    道化師は鋭い爪が伸びた左手をセラクの身体に突き立てる。
    「がはっ!ぐっ、ぐああああっ!!」
    激痛に叫び声を上げるセラク。道化師の左手から邪悪な力がセラクの体内に注がれていき、全身の血が沸騰するかのような感覚に襲われる。

    我々の敵は、人間———。

    かつて人間は、我々の居場所を奪った。一人の人間が一人の反逆者を生み出し、同族による殺し合いが起きた。そして反逆者を生んだ人間もまた、人間によって苦しめられたという。

    自分以外の同族は、もう誰もいない。父を含めて、全てを失った。だからこそ、この私が消す。

    身体から左手が引き抜かれると、セラクは膝を付く。全身から漂う邪悪なる波動。道化師によって闇の力を与えられたセラクは、闇の魔力を司る『暗影の魔導師』の名を与えられた。そして狙うべき存在となる裏切り者の子の名前を聞かされ、復讐が始まったのだ———。


    「なんて事なの……」
    血塗られた過去の悲劇をセラクの口から聞かされたレウィシア達は言葉を失うばかりだった。
    「こちらからも問おう、裏切り者の子よ。人間が如何なる愚行を犯そうとも、人間を信じる事は出来るか?」
    ラファウスは無言でセラクを見据える。
    「我らエルフ族は支配を求めた人間どもの侵攻によってエルフ族の住む領域を奪われた。ボルタニオと結ばれた人間の娘も愚かな人間どもから畏怖の念を抱かれ、迫害を受けた身だと聞いた。お前はそんな人間を愚かだと思わぬのか?」
    セラクの問いにラファウスはレウィシアの方に視線を移す。レウィシアは表情を変えず、無言で応じるだけだった。再びラファウスがセラクに視線を向ける。
    「……あなたの仰る通り、人間には許し難い愚かな部分があると思います。ですが、あなたの行いこそが愚の骨頂だと思うのです」
    「何だと?」
    「人間には悪しき者がいれど、決して全てが悪ではない。そう考えているから私は人間を信じる事が出来ます。あなた方は人間への憎悪を募らせるばかりに人間というだけで悪と決めつけた挙句、人間を受け入れた同族を殺そうとしていた。そういった横暴さこそ愚行ではないのですか?同族同士が殺し合う悲劇を生んだのも、長を始めとするあなた方の横暴さが招いた結果ではないのですか?」
    鋭い視線を向けながら言うラファウス。その瞳には力強い意思が宿っていた。
    「……やはり人間の側に付く愚者である事に変わりはないか。所詮は気高き我が一族の血と汚れた人間の血が混じり合う裏切り者の子。虫唾が走る」
    セラクは闇の炎に包まれた拳を震わせる。ラファウスは周囲を見回すと、負傷した村人と泣き喚く子供の姿を発見した瞬間、両手に力を込めた。
    「人間への憎悪のままに、復讐に身を任せる事があなたの正義だというのなら……そんな正義は絶対に許さない」
    ラファウスは風の魔力を最大限まで高める。その影響で周囲に激しい風が吹き、渦巻いた風の波動がラファウスの全身を駆け巡っていた。
    「レウィシア、一つご協力をお願い出来ますか」
    「協力って?」
    「単純な話ですよ。私が風の魔法で応戦します。その隙を見つけて一撃を与えるのです」
    「……わかったわ」
    ラファウスの風の魔法が想像以上にとてつもないものだと確信したレウィシアはそっと立ち上がり、剣を構えた。ラファウスは目を閉じ、精神を集中させる。
    「実に忌々しい。一瞬で消し去ってくれよう」
    セラクが闇の炎が渦巻く竜巻を放つ。炎の竜巻が襲い掛かる中、ラファウスが目を見開かせる。
    「我が身に宿りし魔力の風よ、唸れ……」
    ラファウスが発動した魔法によって螺旋状の真空波が巻き起こる。真空波が炎の竜巻と激しくぶつかり合った結果、相殺という形で爆発を起こす。
    「小賢しい」
    セラクが両手を掲げると、頭上に闇の光球が浮かび上がる。光球は徐々に大きくなっていき、炎の如く揺らめいている闇のオーラに覆われ始めた。
    「……聖風の神子の名において命じる。全ての魔を絶つ風よ……今こそ我が力となりて目覚めん」
    魔力を集中させたラファウスの身体が空中に浮かぶ。
    「トルメンタ・サイクロン!」
    セラクの周囲に巻き起こる渦。激しい風と真空の刃による渦は一つの巨大な渦と化し、やがてセラクの身体を飲み込んでいく。
    「うおおおおお!」
    巨大な風の渦に飲み込まれたセラクは真空の刃に切り裂かれていく。浮かび上がっていた闇の光球は消滅し、即座に防御態勢を取ろうとするセラク。その姿を見たレウィシアは剣を両手に飛び掛かる。
    「はああああああっ!」
    一瞬の隙を突き、渦の中で放たれたレウィシアの渾身の一閃。風と共に迸る鮮血。返り血に塗れていくレウィシアが膝を付いた瞬間、聞こえてきたのはセラクの叫び声であった。
    神子の心激しく巻き起こる風の中で繰り出されるレウィシアの剣の一閃。その瞬間、飛沫となった血は乱れるように舞う。一閃はセラクの右肩を裂き、右腕を斬り飛ばしていた。
    「ぐおおおおおああああああ!!がぁぁああああああああああ!!」
    右腕を失ったセラクは苦痛に叫び声を上げる。切断された部分からの激しい出血は止まらず、レウィシアは目を背けていた。
    「ぐ……うっ、おのれぇっ……」
    セラクは憎悪が込められた目を向けながらレウィシアに近付こうとする。だが、肩ごと切断された右腕からの激痛で思うように動けず、大量の出血に目を霞ませ、ガクリと膝を付く。痛々しくも見えるその姿を目の当たりにしたレウィシアは剣を持つ手を震わせてしまい、僅かに後退りする。
    「忌々しい人間め……許さん……許さんぞ……!」
    セラクは左腕に魔力を集中させ、手に闇の炎を宿らせるが、傷の深さが響くあまり不発に終わり、倒れてしまう。レウィシアは思わず傍に駆け寄ろうとするが、不意に気配を感じて構えを取る。周囲に闇の瘴気が現れ始めたのだ。瘴気は集まっていき、黒い影となっていく。

    ———クックックッ……なかなか楽しませてくれる余興だったよ。たった今、この村に存在する素材を全て回収した。貴様らには感謝だけはしておこう。

    黒い影は球体と化し、空中に浮かび上がっては目玉と裂けた大口が現れる。
    「お前は……今何処にいる!?一体何をしたの!」
    レウィシアが剣を手に声を張り上げる。

    ———フハハハハ……レウィシアよ。貴様と遊んでやるのも一興だが今はまだ手に入れるべき素材が残っている。それを手に入れてから少しばかり付き合ってやっても良いぞ。

    不気味に笑い続ける黒い球体は口から長い舌を出し、倒れたセラクを捉えては口の中に飲み込んでいく。ルーチェとラファウスは不可解かつ得体の知れない黒い球体の姿を見ているうちに、何とも言えない恐怖感を肌で感じていた。

    ———貴様らが戦ったセラクも所詮は駒に過ぎん。言っておくが、このオレはセラクなどとは違うぞ。その気になれば貴様らなど一瞬で消す事も容易いのだからな。だが……貴様らも場合によっては計画に利用できる可能性もある。そのおかげで生かされているという事を光栄に思うんだな。クックックッ……フハハハハハ!

    黒い球体は高笑いしながら溶けるように消えていく。
    「くっ……!」
    膝を付いたレウィシアは拳を握り、地面に叩き付ける。
    「お姉ちゃん!」
    「レウィシア!」
    ルーチェとラファウスがレウィシアの元に駆け寄る。ルーチェは回復魔法を唱え、レウィシアの傷を回復させた。
    「私なら大丈夫よ。村人を……傷ついた村人を助けてあげて」
    ラファウスは倒れているウィリーの姿を見ると、ルーチェはすぐさまウィリーの傍に行き、回復魔法を唱える。意識は戻らないものの、幸い命に別状はない様子だった。
    「レウィシア、あの黒い影は……」
    ラファウスが言うと、レウィシアは血の混じった汗を滴らせつつも自身の拳を見つめる。
    「……聖風の社へ向かうわ。話はそれからよ」
    無言で頷くラファウス。レウィシア達が聖風の社へ向かうと、内部は酷く荒らされていた。砕かれた風神の像の破片が辺りに散らばっており、エウナの姿は既に消えていた。
    「なんて事を……母上は……」
    愕然とするラファウスに、レウィシアは黒い影について話す。ある計画の為に素材となるものを集めており、素材としてガウラ王とサレスティル女王を浚っている事や、そしてその本体となる謎の邪悪な道化師が暗躍している事を。そして現在、計画の素材として選ばれたエウナが道化師によって浚われたと推測していた。
    「母上を浚ったというその道化師たる者……一体何者なのでしょうか」
    「わからない。身も凍り付く程の恐ろしい邪気を放っていた男だったけど、いずれ戦うべき存在だわ。お父様やサレスティル女王、神子様を助け出す為にも……」
    レウィシアは背中を向けながらも、道化師と対峙した時の出来事を思い出していた。向き合うだけでも戦慄するような恐ろしい邪気と不気味な振る舞いを目の当たりにした際に、得体の知れない恐怖感を本能で感じ取っていたのだ。
    「レウィシア、どうかされました?」
    「……ううん、何でもない。ちょっと疲れたみたい」
    レウィシアは戦いによるダメージと疲労感が重なり、壁にもたれかける。
    「まあ……少し休まれては如何ですか?幸い寝室は無事のようですから」
    「あ、ありがとう。そうさせてもらうわ」
    ラファウスに連れられて寝室に向かうレウィシア。寝室には布団が敷かれており、レウィシアは甲冑を脱いで布団に横たわった。寝室から出たラファウスの元に、ルーチェがやって来る。
    「お姉ちゃんは?」
    「レウィシアは今お休み中です。ルーチェと言いましたか。傷ついた村人達を助けてくれたのですね」
    「うん……ケガした人もたくさんいたけど、ぼくの魔法で何とか助かったよ」
    「そうですか。ありがとうございます」
    ラファウスは穏やかに微笑みかけ、感謝の意を込めてルーチェの頭を優しく撫でる。
    「ルーチェも疲れたでしょう?レウィシアとお休みなさい」
    ルーチェを寝室に招き入れるラファウス。
    「……あ、ルーチェ。村の人は大丈夫だった?」
    横たわっていたレウィシアがルーチェに言う。
    「うん、大丈夫だよ。お姉ちゃんは……」
    「私の事は心配しないで。ルーチェの傍にいれるだけでも嬉しいから」
    レウィシアはルーチェに笑顔を向ける。だがその笑顔はどこか物憂げな様子だった。
    「お姉ちゃん……」
    ルーチェがレウィシアの傍に寄ると、レウィシアはそっと起き上がり、ゆっくりとルーチェを抱きしめる。
    「……ルーチェ。今日はお姉ちゃんの傍にいて……」
    胸の中のルーチェはレウィシアの止まらない鼓動を感じ取っていた。暖かい体温の中、収まらない鼓動の高鳴り。それは、心に抱えている様々な想いが渦巻いている事を意味していた。


    道化師が作り出した黒い影の中の亜空間———右腕を失ったセラクがただ一人、膝を付いて苦痛に喘いでいた。
    「ヒッヒッヒッ……」
    薄気味の悪い笑い声が響き渡ると、セラクの前に小太りの年老いた魔族の男が現れる。
    「……何者だ貴様」
    「ヒヒッ……ワシの名はゲウド。魔族の技師と呼ばれる者じゃよ」
    ゲウドと名乗る魔族の男は下卑た笑いを浮かべていた。
    「お前さん、セラクといったか。随分哀れな姿よのう。そのザマでは人間どもへの復讐も果たせぬまま冥土へ行く事になるのは火を見るよりも明らかではないか?んん?」
    小馬鹿にしたかのようなゲウドの態度にセラクは嫌悪感を露にする。
    「ヒッヒッ……だが安心するがいいぞ。このワシの素晴らしい技術で新しい腕を作ってやろう」
    ゲウドが歩み寄り、切断されたセラクの右腕部分に注目し始める。
    「……失せろ。貴様の助けなど必要は無い。貴様の薄気味悪い顔を見るとヘドが出る」
    吐き捨てるように言い放つセラクだが、止まらない苦痛に思うように動けず、その場に倒れてしまう。
    「おやおや、随分な事を言ってくれるのう。ワシの親切心を受け入れようとせんとは何とも愚かな事よ。どれ、少し焼きを入れてやろうか」
    ゲウドは倒れたセラクに向けて炎の息を吹きかける。
    「ぐあああ!」
    炎に焼かれたセラクが絶叫する。
    「ヒッヒッ……傷口に塩を塗られた気分はどうじゃ?」
    見下ろしながら笑うゲウド。
    「今から選択肢を与えよう。ワシの手で新しい腕を授かる事を選ぶか、このままワシに殺される事を選ぶかじっくり考えて選択するが良いぞ。ワシにとってはどちらでもいい話じゃがのう……」
    身に僅かな炎を残し、苦痛にのたうち回るセラクを、ゲウドは嘲笑うように見下ろしていた。そんな様子を背後から楽しむように見ているのは、道化師であった。


    その日の夜———ラファウスは社の地下に設けられた書斎で様々な書物を漁っていた。世界の歴史について書かれた文献、古の魔導師の伝説に関する文献、エルフに関する文献等ありとあらゆる文献に目を通していた。エルフの文献に書かれたエルフの様々な特徴に目を通した時、ラファウスは自身について振り返る。


    私は人とエルフの間に生まれた子……

    エルフは人間よりも遥かに長寿であり、若い期間が人間よりも長いと言われている。二十年間生きてきた私は体の成長が著しく遅い上、耳の形もエルフの耳の特徴となる尖った形。母上や村の人々からは少し変わった子という認識はあったものの、基本的に普通の人間として見られていた。

    人とエルフの間に子を生む事はエルフ族の間では禁忌とされている。人とエルフの子として生まれた私はエルフ族にとっては絶対に存在してはならないものなのだろう。現にエルフの男から命を狙われていたのだから。では、人間にとっては受け入れられる存在なのだろうか。


    ラファウスは自身の出生に戸惑いを抱きながらも、文献を読み続けていた。突然、扉をノックする音が聞こえてくる。やって来たのはウィリーだった。
    「……やあ、ラファウス。邪魔だったかな」
    「まあ、ウィリー。おケガは大丈夫ですか?」
    「ああ。余所者の子供の不思議な力に助けられてな。俺もノノアも何とか大丈夫だよ」
    ルーチェの回復魔法によって負傷から完全に回復したウィリーの姿を見て、ラファウスは安堵の表情を浮かべる。
    「ところで、エウナ様は?」
    ウィリーの問いにラファウスは無言で俯く。
    「まさか、村を襲撃したあの男に……?」
    「……いえ。あの男の背後に潜む何者かによって浚われたと……」
    呆然とするウィリー。
    「ウィリー、一つお聞きします。私について、普通の人間ではないと思った事はありますか?」
    「へ?」
    「隠し事はしないで、正直な気持ちで答えて下さい。あなたの気持ちを知りたいのです」
    突然のラファウスの問いに戸惑うウィリーだが、ラファウスの真剣な目を見ているうちに、これは正直に話すべきだと肌で感じた。
    「正直に言うと、普通の人間じゃないのかもとは思ったよ。体は子供のままで、耳が尖ってるから……それに物凄い風の魔法も使えるし、もしかして人間以外の種族の子なのかなって思った事もあったから」
    有りの侭の気持ちを率直に打ち明けるウィリー。
    「……そうですか。では、あなたにお伝えしておきます。私はエルフと人間の間に生まれた子……そしてエルフ族の裏切り者の子としてあの男……セラクという名のエルフに命を狙われていました」
    ラファウスは更に言葉を続ける。セラクから聞かされた、エルフである本当の父親が禁忌によって引き起こしたエルフとの対立、そして一族の壮絶な末路を。
    「バカな……君はそんな話を信じてるというのか?」
    「私だって最初は信じられない事だと思いましたよ。ですが……」
    ラファウスは言葉に出来ない思いを募らせたまま、俯いては背後を向ける。
    「……ラファウス。君が何者であろうと、そんな事は俺には関係ないよ。君が人間とエルフの間に生まれた子だからといって何だと言うんだ?仮に君が人間以外の種族だとしても、俺にとってラファウスはラファウスなんだ。エウナ様も、村の人達もきっとそう思ってくれるよ」
    笑顔で答えるウィリーに、ラファウスはそっと振り返る。その表情にはどこか切ないものがあった。
    「ウィリー……」
    ラファウスの目から涙が浮かび、一筋の雫となって零れ落ちる。無意識のうちにウィリーの逞しい体に身を任せ、涙を流していた。
    「ラファウス……」
    胸の中で涙を流すラファウスに、ウィリーはその小さな体をそっと抱きしめる。
    「我慢しなくていいんだ。俺でよかったら……ずっと付き合うよ」
    ウィリーの言葉に、ラファウスは思わず過去の出来事を頭に思い浮かべた。


    ラファウスとウィリーの出会い———それは遡る事十五年前。
    村一番の冒険好きでやんちゃな小僧として愛されていた幼い頃のウィリー。森の中を探検しているところ、小さな祠に祈りを捧げているラファウスと出会う。
    「ねえきみ、こんなところで何やってるの?」
    ウィリーが声を掛ける。
    「……風の神さまにおいのり、しています」
    しおらしく答えるラファウス。
    「おいのり?」
    「毎日ここで風の神さまにおいのりをするのが神子さまのならわし……」
    「ふーん……おれ、ウィリー。きみは?」
    「わたしは……ラファウス。聖風の神子さまの子……」
    これが初めての出会いだった。幼い少女ながら、可憐で儚い雰囲気を放つラファウスから不思議なものを感じ取ったウィリーはラファウスの事が気になり始めていた。それからウィリーはラファウスが住む聖風の社へ積極的に訪れるようになり、親交を重ねるようになっていた。そして、ラファウスが十歳の誕生日を迎える日———聖風の神子一族の仕来りとなる試練を受ける事になる。ラファウスにとっては神子としての最初の試練であり、護衛を引き受けたのはウィリーだった。
    「ウィリー……私のために護衛だなんて」
    「何を言うか。俺は戦いの腕においては村で一番と言われてるんだから護衛は当然だろ」
    槍を手に張り切るウィリーの姿を見ているうちにラファウスの表情が綻び始める。
    「お兄ちゃん!」
    一人の少女がやって来る。ノノアだった。
    「ノノア!」
    「間に合ってよかった。神子さまのお守りをするって聞いたから……はい、これ」
    ノノアは木彫りの小さな人形が付いたお守りをウィリーに手渡す。
    「これは?」
    「お母さんがわたし達のために作ってたお守りだよ。わたしの分と、お兄ちゃんの分もあるんだ」
    「母さんが?そうか……ありがとう。じゃ、ちょっくら行ってくる」
    「うん、気を付けてね!」
    ウィリーはお守りを手に、ラファウスと共に風神の岩山へ向かって行く。
    「妹様、いい子ですね」
    「ああ。君も妹のように思えるけどな」
    「まあ……私なんて大したことありませんよ」
    そんな会話を繰り返しているうちに、一筋の風が吹く。風と共に現れたのは、鎌鼬の姿をした小動物———風の魔魂の化身エアロだった。
    「あら、この子は……」
    「こいつは……確か社にいた風の守り神ってやつじゃないか」
    エアロはラファウスの足元で鳴き声を上げながら、導くように手招きをしていた。
    「もしや神子の試練という事で私達を導いているのかもしれませんね」
    「へえ……しかしながら試練って何があるんだろう?」
    「聞いたところ、風の神からの洗礼を受けるとの事ですが……」
    ラファウス達はエアロに導かれるままに風神の岩山に辿り着き、険しい岩山の道を登って行った。岩山には攻撃性の強い自然の魔物が生息しており、ウィリーは護衛としてラファウスを守りながら槍で退けていく。
    「まさかこんなところにも魔物がいるなんてな。これが試練ってやつかな」
    「……まだ来ますよ」
    空から襲い掛かる蜂の魔物。ウィリーが槍で迎え撃とうとした瞬間、ラファウスは空気の刃を放つ。初級の風の魔法であった。
    「い、今の……ラファウスがやったのか!?」
    「……ええ」
    「ま、まさか……噂の魔法ってやつか?」
    「そう、なりますね。母上によると、私には生まれつき強い風の魔力が備わっていると聞かされています。それで……」
    ラファウスが発動させた魔法の力に驚くばかりのウィリー。
    「さ、流石は聖風の神子に選ばれただけあるな……」
    「ごめんなさい。驚かせたりして」
    「いやいや!とにかく、まずはこの試練を無事に乗り切らなきゃあな!」
    ウィリーは改めて岩盤の道を進み始める。ラファウスは表情を柔らかくさせ、ウィリーの後に続いた。山頂に辿り着き、中心地にある風神の像と石碑の前でラファウスは神子の洗礼を受ける。


    聖風の神子ラファウス……そなたは我が力に選ばれし者。

    我の力は魔魂と呼ばれる魂にあり。そなたは我の力となる魔魂の適合者に選ばれたのだ。

    そして、そなたには運命の時が来る。いずれこの地上を覆い尽くそうとする大いなる闇に立ち向かう運命の時が訪れる———。

    ラファウスよ、今こそ魔魂の力を受け入れるのだ。


    ラファウスの身体が光に包まれると、傍らにいたエアロも光に包まれる。次の瞬間、エアロの姿が徐々に透明化していき、ラファウスの中に入り込んでいくと、ラファウスは風のオーラに包まれ、周囲に強風が発生する。
    「うおおお!な、何だこりゃ!?」
    突然の出来事にウィリーは驚きのあまり立ち尽くす。ラファウスの視界には一瞬エアロの姿が飛び込み、全身が嵐のように漲る感覚に襲われていた。光が消えると風のオーラも同時に消えていき、強風は収まった。
    「ラファウス、一体何が……」
    ウィリーが声を掛けると、ラファウスはゆっくりと振り返る。
    「洗礼は……終わりました」
    淡々とした様子でラファウスが言う。
    「お、終わったのか?」
    「そうですね」
    冷静に振る舞うラファウスだが、洗礼を通じて知る事となった自身の運命に内心戸惑いを覚えていた。試練を終えた二人は岩山を下り、エウナに報告を終えた直後、ウィリーとノノアの母親が病によって亡くなった。父親は既に先立たれており、母親の死によって両親を失ったウィリーはノノアと暮らしつつ村を守護していた。ラファウスはそんなウィリーを見守りつつ、神子でありながら村の長を務めるエウナを支えながら生きていた。

    それから一年後のある日———。

    「大変だ!森に凶暴な魔物が!」
    森を暴れ回る凶暴な獣の魔物が現れたと知らせを受け、ウィリーは果敢にも獣に立ち向かっていく。だが獣の凶暴さはこれまでの魔物の比ではなく、ウィリーの槍による攻撃を受けても動きは止まらない。
    「ぐあああ!」
    獣の鋭い牙がウィリーの肩を捉える。負傷したウィリーは膝を付き、獣の牙が襲い掛かろうとした時、風の衝撃波が獣を襲う。ラファウスだった。既にエアロによる魔魂の力によって風の魔力を覚醒させ、全身が風のオーラに包まれていた。
    「ラ、ラファウス!」
    「危ないところでしたね。ウィリー、下がっていて下さい」
    魔力を集中させているラファウスに、獣が荒れ狂うように襲い掛かる。
    「逃げろラファウス!いくらお前でも……」
    ウィリーが叫んだ瞬間、ラファウスは目を見開かせ、最大限まで高めた魔力を解放させる。


    聖風の神子の名において命じる。全ての魔を絶つ風よ……今こそ我が力になりて目覚めん……


    トルメンタ・サイクロン———!


    激しい風と真空の刃による渦が獣を巻き込んでいく。刃に引き裂かれた獣は咆哮を上げながらも鮮血を撒き散らし、バタリと倒れて息絶えた。
    「ウ、ウソだろ……」
    その出来事にウィリーは言葉が出ないまま呆然とするばかりだった。
    「……大丈夫ですか、ウィリー?」
    ラファウスがそっと手を差し伸べる。
    「ザックリ肩をやられちまったけど、動けないって程じゃないぜ……ってて」
    「無理はするものではありませんよ。今すぐ手当てをしないと」
    「あ、ああ……」
    負傷したウィリーの身体を支えながらも、ラファウスは村へ戻る。聖風の社でエウナが採取していた森の薬草による治療が施され、ウィリーの傷の応急手当は無事に完了した。
    「まさかラファウスにあれ程の力があるなんてな……前々から只者じゃないような気がしてたが」
    「そう、でしょうか……」
    ラファウスの胸中は不安な気持ちで一杯だった。自身に備わった風の魔力と、一年前の試練での洗礼で聞かされた謎の声。近い将来、自身は世界の運命を懸けた大いなる戦いに挑む事になるという予感を抱いていたのだ。
    「ま、まあでも。その力のおかげで俺どころか、村も救われたんだから感謝すべき事だよな。何ていうか、ラファウスは本当の意味で神の子なのかもな」
    お世辞混じりで言うウィリーに、ラファウスはふふっと笑顔になる。あどけなさのあるその笑顔は、どこか物憂げに見えた。


    そして更に月日は流れた———。


    「色々……ありましたよね」
    数々の過去を振り返り、様々な想いを胸に抱えながらもラファウスはウィリーの腕に包まれながらも涙を拭った。
    「思えば俺、何度もラファウスに助けられてるよな。本当は村一番の腕っぷしと言われてる俺が守るべきなのに。俺がもっと強ければな……」
    ウィリーは苦笑いする。
    「……ウィリー。私からのお願いを聞いてもらえますか?」
    「お願い?」
    「私、母上を助け出す為にレウィシア達と旅に出ます。私がいない間、村を守って頂きたいのです」
    ラファウスは真剣な眼差しを向けながら言う。その目を見ているうちに、ウィリーは否定する事は出来なかった。
    「……わかった。君に与えられた運命は、俺では役に立ちそうもない次元みたいだしな。あの余所者連中がどれ程の腕なのかわからないが、君が信用しているなら止めやしないよ。村の事は任せておいてくれ」
    「ありがとうございます」
    ラファウスが礼を言うと、ウィリーはそっとラファウスの頭を撫でる。
    「まあ……子供じゃないんですから」
    「ハハ、悪い悪い。それじゃ、俺はそろそろ帰るよ」
    顔を赤らめていたラファウスは、去って行くウィリーの背中を見て表情が綻ぶ。


    ウィリー……あなたに会えて本当によかった。
    私はこれからどうなるのかわからない。これから待ち受ける運命がどんなものなのか、私には想像が付かない。
    私を支えてくれるあなたの為に、そして村の人々の為にも———私に与えられた大いなる運命を乗り越えなくてはならない。

    どうか、村の事を頼みます。母上は必ず助け出してみせます。


    夜も更け、虫の鳴き声が響き渡る中、ラファウスは夜風に当たろうと社の外に出る。境内を歩いていると、長い髪を靡かせた後ろ姿の少女を発見する。レウィシアだった。
    「レウィシア、いかがなさいました?」
    ラファウスが声を掛けると、レウィシアがそっと振り返る。
    「あ、ラファウス……」
    「眠れないのですか?」
    「ええ、ちょっとね。色々思う事があって」
    レウィシアの表情はどこか切なげであった。
    「ねえ、ラファウス」
    「何ですか?」
    「……あの男……セラクとは、どうしても解り合えないのかしら」
    ラファウスは少し俯くと、すぐに目線を合わせる。
    「彼は、いずれ再び私達の元へ現れるでしょう。彼はもう、復讐に生きる事しか出来なくなったのですから」
    「やはりそうなのね……」
    レウィシアは再び振り返り、ぼんやりと夜の闇に包まれた森を見つめる。レウィシアの脳裏には、自分の攻撃によって肩もろとも右腕を切断され、大量の血を撒き散らしながら苦痛に喘いでいるセラクの姿がいつまでも焼き付いて離れない状態だった。敵対する存在とはいえ、彼も自身の運命に苦しみ続けている。そんな彼を残酷な形で深く傷つけてしまった事への罪悪感に襲われているのだ。
    「……私には、人の命を奪う事は出来ない。解り合えない相手だとわかっていても、非情になるなんて出来ない……。彼も、運命に苦しんでいるから……」
    レウィシアは両手を震わせていた。
    「レウィシア、あなたは優しいのですね。でも……あなたの行いは、決して罪ではないのです」
    ラファウスがそっとレウィシアの傍らに歩み寄る。
    「彼は、生きている限り人間への復讐に明け暮れるでしょう。彼が背負う呪われた運命は、優しさでは救われない。呪われた運命から彼を救う為にも、あえて非情になるしかない。私はそう考えています」
    ラファウスの言葉に伴い、一筋の冷たい風が吹き付ける。レウィシアは返す言葉が見つからず、黙り込んでいた。
    「……私はこれで失礼します」
    そっと立ち去っていくラファウス。レウィシアは返事する事なく、ただひたすら森の景色を見つめていた。


    復讐に生きる男が時折見せていた憎悪の中に宿る悲しい色の瞳———彼が自らの運命に苦しんでいた事を知ると、心の何処かで罪悪感を感じていた。
    戦士たる者、敵対する者や魔物といった害をもたらす存在に余計な情を抱いてはならない。お父様からそう教えられたはずなのに、何とも言えない心のざわめきがあった。

    私、どうすればいいんだろう……。


    夜が明け、レウィシアとルーチェが目を覚ました時、ラファウスは既に社から出ていた。二人が社から出ると、村人全員が櫓の焼け跡前に集まっている。焼け跡前にいるのは、ラファウスであった。ウィリーが招集を掛けた事によって村人が集まっているのだ。
    「村の皆様。神子の後継者として選ばれた私、ラファウス・ウィンドルはこれから母上を助け出す為に旅に出ます。母上を浚ったのは邪悪なる力を持つ何者かの手によるもの。そして私は母上を浚った邪悪なる存在に立ち向かう選ばれし者の一人……聖風の神子の名において、必ず母上を助け出してみせます」
    村中が村人による歓声に包まれる中、レウィシアとルーチェはラファウスの元にやって来る。
    「この方達は私と共に旅をする仲間であり、邪悪なる存在に立ち向かう選ばれし者。皆様、村の事を頼みます。聖風の加護があらん事を……」
    ラファウスは深々とお辞儀をし、村人に見守られる中ゆっくりと歩き始める。
    「ラファウス!」
    ウィリーの声だった。
    「ラファウス……村の事は心配するな!俺達がいる限り大丈夫だ!どうか無事で帰って来てくれ!とっておきの七草粥を食わせてやるからな!」
    ウィリーの力強い言葉に、ラファウスは心の中でありがとうと呟きながら笑顔を浮かべる。レウィシアとルーチェも後に続いた。村から出ると、一匹の犬がレウィシアの元に近付いてくる。メイコの愛犬ランだった。
    「レウィシアさーーーん!」
    大きな道具袋を背負ったメイコが全速力で駆けつけてくる。
    「メイコさん!」
    「ハァ、ハァ、ようやくこの村から出るんですね!あの危ない男が暴れ回ったせいで村にいれなくなったから、森の中でさみしくキャンプで過ごしてたんですよ~!」
    「そ、そうだったの……」
    変わりないテンションのメイコに、レウィシアは思わず心が和んだ気分になる。
    「この方もレウィシアの仲間ですか?」
    ラファウスが不思議そうに尋ねる。
    「えっと、仲間というか……ちょっとした成り行きで同行する事になったというか……」
    「この村での収穫は残念ながらこれといっていいものはありませんでしたので、次の目的地に期待しましょう!レウィシアさん、これから何処へ向かわれますか?」
    レウィシアが言い終わらないうちに話を進めるメイコ。次の目的地は何処になるのか考えていなかったレウィシアが答えを詰まらせると、ラファウスが代わりに答える。
    「水の王国アクリム……文献によると、かつてエルフ族が住んでいた領域を侵攻した王国だと言われています。もしかすると、そこに何かがあるかもしれません」
    レウィシアは驚きの表情を浮かべる。
    「アクリム……名前だけは聞いた事あるけど、まさかそんな歴史があったというの……」
    「ええ。何故エルフ族の領域を侵攻する必要があったのか、調べてみる価値もあるでしょう」
    「……そうね」
    レウィシアとラファウスの会話にメイコが目を輝かせる。
    「まあ!水の王国アクリムって一度は行ってみたかった場所なだけに興味深いですね~!よろしい!あなた達の旅に引き続き同行させて頂きます!」
    「ええ!?」
    「旅は人数が多いと楽しいものですからね!さあ、行きましょう!」
    意気揚々としたメイコに、レウィシアはやれやれとばかりに足元でシッポを振っているランの頭を撫で始める。
    「……随分と元気がいいお方ですね」
    ラファウスはメイコを不思議そうに見つめている。
    「いろんなものを売ってるお姉ちゃんだから、一応頼りにはなる……と思うよ」
    ルーチェが呟くように言った。
    「ところで、アクリムってどこにあるんです?もしかして結構遠いんですかぁ?」
    「この森を抜けた先に港があったはずです。船で行く事になりますね」
    レウィシア達は次の目的地となる水の王国アクリムを目指す為に森を抜け、港へ向かう。様々な想いを胸に秘め、再び旅が始まった。


    「クックックッ……如何お過ごしかな?闇王よ」
    黒い瘴気が漂う暗闇に包まれた城の玉座に腰を掛ける黒い甲冑の男———闇王の前に祀られた巨大な台座の球体に道化師の姿が浮かび上がる。
    「また貴様か。今度は何の用だ」
    「相変わらず復讐を考えているようだな。だが、貴様もわかっていよう?己の復活がまだ不完全だという事を。そんな貴様に良い素材を与えてやろうか?」
    「……何だと?」
    「クックックッ……必要なければ処分してくれても構わぬぞ。オレには不要となったものだからな」
    そう言い残し、球体に映し出された道化師の姿が消える。闇王は空になった杯を粉々に握り潰すと、空気を引き裂く程の雷鳴が轟く。同時に、震える己の掌を忌々しげに見つめていた。


    我が身体が、完全なる復活を遂げれば……。
    赤雷の騎士め……どこまでも忌々しい。

    我が身体が完全なる復活を遂げるには、暗黒の魂を手に入れなくてはならぬ……大いなる闇の力が込められた暗黒の魂を———。

    橘/たちばな Link Message Mute
    2019/08/23 23:02:52

    EM-エクリプス・モース- 第二章「聖風の神子」

    第二章。風神を崇める民族の村を訪れる旅に出るレウィシアとルーチェ。
    #オリジナル #創作 #オリキャラ #ファンタジー #R15 ##EM-エクリプス・モース- ##創作本編

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