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    災いを生む赤子広大な花畑に聳え立つ城。そこは、アルメリアと呼ばれる一つの王国だった。人々の間では花の王国とも呼ばれ、国王と王妃、そして姫がいる。王族や兵士、王国の人々は閉鎖的ではあるものの、それぞれ平和に暮らす毎日だった。

    姫───ユノは、16歳の誕生日を迎えたばかりであった。生まれた頃からずっと城の中で育てられたユノは外の世界に憧れており、いつしか王国の外に出て冒険してみたいと夢見る毎日。王妃や兵士長からの稽古の最中、王国内の花畑で様々な花を摘むのが唯一の楽しみであった。
    「はあ……16歳になっても相変わらずこんな毎日なのかしら」
    ユノは籠を手に、溜息を付きながら花を摘んでいた。空を見上げると、眩しい程に日が差している。
    「私って一生この城で過ごすのかな……」
    籠は摘んだ花で一杯になっていた。籠を手に花畑を歩くと、不意に何かの気配を感じ取る。ユノは思わず辺りを見回すと、花畑の奥に何かが存在するのを確認した。その場所へ向かった時、ユノは驚愕する。そこにはなんと、一人の赤子が眠っていたのだ。
    「え……どうして?どうしてこんなところに赤ちゃんが……」
    突然の出来事に戸惑いながらも、眠っている赤子にそっと触れようとした瞬間、晴れ渡る空は一気に薄暗くなる。徐々に雨雲で覆われていく空。雨が降り出した。
    「大変!早くこの子を城へ……!」
    ユノはとっさに赤子を抱き上げ、城へ駆け込んだ。雨は土砂降りとなっていく。


    「花畑に赤子じゃと!?」
    王が仰天の声をあげる。
    「お父様、まさか隠し子とでも言うんじゃないでしょうね?」
    「そんな事はない!しかし驚いたのう……まさか花畑に赤子がいたとは」
    驚きの表情を隠せない王と王妃を前にしたユノが抱いている赤子は突然泣き始めた。
    「あっ、よしよし。いい子いい子」
    泣いている赤子を一生懸命あやすユノ。子供の世話をした経験が全くないユノは、ただひたすら抱きながらあやすばかりであった。
    「それにしても、誰の子かしら?捨て子だなんて許されない事よ。この子について知ってる人がいないか兵士達に探してもらいましょう」
    王妃の一言にユノは頷き、赤子を預けられた兵士達は城中を探し回り始めた。
    「大丈夫かな……」
    兵士達を見送るユノはどこか心配そうにしていた。
    「奇妙な事もあるもんじゃ。親が見つかれば良いがの」
    王が玉座から立ち上がる。
    「ところで……今雨が降っておるのか?雨の音がよく聞こえるぞ」
    城の外は、突然の豪雨に襲われていた。豪雨はたちまち花畑を水浸しにしていき、やがて雷も鳴り始めた。


    半日が経過すると、赤子を預けられた兵士達が王の元へ戻ってくる。だが、兵士達の表情がどこか強張っていた。
    「王様、ご報告致します。この赤子は……今すぐ牢屋に入れるべき、との事です」
    兵士の報告に王と王妃、そしてユノは愕然とする。
    「な、何じゃと!?」
    「どういう事なの!?」
    王とユノが同時に声をあげる。
    「答えは私が言いましょう」
    現れたのは、花で様々な運命を占える王国の占い師であった。
    「その赤子は、100年に一度現れるという災いを生む邪の子の可能性がある。かつて100年前にもある王国で一人の捨て子が現れ、その捨て子が存在していた事によって王国は天変地異で崩壊したといわれているのです」
    邪の子───それは、占い師の間では有名な言い伝えとなっていた。この世界では100年に一度、親元が不明な捨てられた赤子が現れる。その赤子がいる場所で、数年後や数十年後には何らかの災いが起きているという事例が存在している。赤子は誰かによって保護されたり、誰にも保護される事なくそのまま安らかに永眠する子もいる。保護された赤子はどう育てられ、どう成長したのか、それは誰にもわからないものだった。
    「何なのそれ……災いを生む子?捨てられた赤ちゃんが災いを生むなんて、そんなバカげた話を信じているっていうの!?」
    ユノが声を荒げて言う。
    「信じ難いのも無理はありませぬ。ですが、我々占い師の間ではそう言い伝えられているのです」
    占い師が冷静に返すと、王が玉座から立ち上がる。
    「……兵士よ、今すぐ牢屋にぶち込んでおけ」
    王が兵士に命令を下す。
    「お父様!!」
    「この愚か者をな」
    牢屋に入れる相手は、赤子ではなく占い師であった。
    「お、王様!」
    「お前達、何故そんなわけのわからぬ言い伝えを鵜呑みにしたのじゃ?実にくだらぬ話よ」
    兵士達は戸惑いながらも、占い師を取り囲む。占い師の表情が険しくなっていく。
    「王様、信じないのは勝手ですが、早速死相が出ておりますぞ!それも……決して遠くない災いを意味するのです!」
    まるで吐き捨てるように言い放つと、占い師は兵士達によって地下牢へと連れて行かれる。
    「……全く、何を考えておるのじゃ。これだから占い師たる者は理解出来んわい」
    王は呆れたと言わんばかりに玉座に座る。
    「本当、何様かしら。こんな可愛い赤ちゃんなのに」
    再び赤子を抱くユノ。
    「ねえお父様、この子を引き取りましょう。いつかこの子の親が現れるかもしれないし、それまでは私が……」
    兵士曰く、王国中には赤子の親だと思われる人物や、赤子について何か知っている者は誰一人いないという。そんな状況を見て不憫に思ったユノは、赤子を引き取って面倒を見る決意をしたのだ。
    「うむ、それが一番じゃの。身寄りのない赤子を放っておくわけにはいか……ゴホッ、ゴホッ!」
    「お、お父様!?」
    「ゴホッ……すまぬ、大丈夫じゃ。ユノよ、しっかりと面倒を見るのじゃぞ」
    「ありがとうございます」
    ユノは赤子を抱きながら自室に向かって行った。
    「ユノったら、本当に面倒見れるのかしら」
    王妃が言う。
    「何、あの子は16歳じゃ。年の離れた弟や妹が出来たようなもんじゃろ……うっ、ゴホッ!ゲホッ……」
    「あなた!?」
    「おお、すまぬ。風邪でもひいたのかもしれん……」
    「まあ……無理はなさらないで下さいね」
    王の咳込み具合に、王妃は何か不吉なものを感じ取っていた。


    「男の子だったのね。私がお母さんになってあげる」
    ユノは自室で赤子に微笑みかけていた。赤子は、男の子だった。
    「名前がないと不便だから……そうだ、シオンってどうかな。秋に咲く花から来てる名前だけど」
    シオンと名付けられた赤子は、ユノに抱かれながら嬉しそうに笑っているようだ。
    「あら、気に入ってくれた?今日からあなたはシオンよ。ふふふ」
    嬉しそうな赤子───シオンを笑顔で抱き上げるユノ。母親になるというのはこういう事なんだと思いつつ、シオンをずっと抱き上げてあやしていた。それからユノは、稽古の合間にシオンを連れて花畑に行ったり、自分が赤子だった頃に使われていた玩具で遊んであげたりとすっかり母親な気分でシオンの面倒を見ていた。まるで自分に弟が出来た喜びもあったのだろう、シオンと過ごしている時が一番笑顔になれるひと時となっていた。


    一ヵ月後───。


    「うっ、ゲホッ!ゴホッ……!」
    「あなた!!」
    酷く咳込み、倒れる王。数日前、王は体調不良を訴えていた。最初は風邪による症状だと思われていたが、次第に症状が悪化していき、やがてとてつもない高熱を伴った酷い咳と全身を襲う激しい痛み、そして激しい頭痛に襲われていた。寝室に運ばれた王は、苦しそうな様子であった。
    「お父様!」
    シオンを抱いたユノが王の寝室にやって来る。
    「お父様……一体何が……」
    突然倒れた王の姿に不安を募らせるユノ。傍らに立つ医師が口を開く。
    「王様の症状は、残念ながら原因共々未確認の症状です。実は以前から、王国の住民の何人かが同等の症状を訴えていました」
    医師の言葉に周りが唖然とする。数週間前から王国中で起きていた原因不明の病気───それは、今までにない形の症状とされていたのだ。
    「それで……お父様は、大丈夫なのですか!?」
    問い詰めるユノ。医師は表情を強張らせている様子だった。
    「……申し訳ございませんが、私からは何とも答えられません。せめて治療法さえわかればいいのですが……」
    医師の重苦しい言葉に、周りの空気は凍り付いていた。


    「お父様……」
    ユノはシオンを抱きながら、王の身を案じていた。外は激しい雨が降っている。雨は風雨となり、嵐へと変わっていく。そんな景色を見ていると、ますます不安に襲われていくユノ。同時に、ある言葉が頭の中を過る。城の地下牢に投獄された占い師の言葉であった。

    災いを生む邪の子……死相……決して遠くない災い。

    これらの言葉が頭に浮かび上がると、思わずシオンの顔に視線を向ける。ユノの胸の中で気持ちよさそうに眠るシオンの寝顔。それは、無垢なる赤子の寝顔であった。

    まさかこの子が……まさか……そんな……。

    突然の急病で倒れた王。同等の症状を訴えていたという人々。どちらもシオンを保護してから起きた出来事。どこから見ても人間の赤子と変わりないこの子が災いを呼び寄せたなど、信じられるものだろうか。もしそれが事実だとしたら……いや、事実だとしても……私はどうしたらいいのだろう。

    外の嵐は、更に激しいものとなっていく。


    更に数日後───王は原因不明の病気によって死を迎えた。突然の王の死によって、王国中は混乱するばかりであった。しかも、王と同等の症状を訴えていた人々も既に亡くなっていたという。
    「お父様……どうして……どうして……」
    涙を流すユノ。王の棺を取り囲む王国の人々。棺は、広大なる花畑の中心地に埋葬され、巨大な石碑による墓が立てられた。
    王の死を目の当たりにしたユノはシオンを抱きながら自室に引き籠っていた。父親を失った悲しみは大きいものであったが、シオンの無垢なる表情を見ていると、どこか救われるような気持ちを感じていた。シオンを抱いたまま自室から出て謁見の間に向かうと、兵士を連れた王妃がやって来る。
    「お母様?」
    ユノが思わず驚いたような声をあげる。王妃の表情が険しくなっている。しかも、今まで見せた事のない険しい顔つきだった。
    「……ユノ。今すぐその子を渡しなさい」
    「えっ……?」
    「占い師の言う通りだったわ。その子は災いを生む子だったのよ!」
    声を張り上げる王妃。その剣幕に目が覚めたシオンは泣き出してしまう。
    「お母様、何を言ってるの?」
    「あなたも疑問に思わなかったの!?その子が来るまでは平和だったのに、その子が保護されてから原因不明の病による災いが起きるようになった事を」
    「違うわ!それは偶然よ!この子は関係ない!」
    「いいえ!私は感じていたのよ、その子から不吉なものを。だからこそ、災いの元を断絶するわ」
    兵士達がユノの前に立ち塞がる。
    「なっ……どうしてこんな……」
    「いいから言う事を聞きなさい。大人しくその子を渡して。さもないとあなたも牢屋に入れるわよ」
    王妃の冷酷な言葉を聞いてユノは唖然とする。泣いてるシオンの姿を見ると、シオンのお守りをしたり、シオンと遊んでいる出来事が頭に浮かんでくる。シオンと過ごしていると自然に笑顔になれる。この子は私にとっての弟であり、子供のような存在でもあるんだ。だから……だから……!
    「……嫌よ!そんな事……そんな事絶対にさせない!」
    ユノは泣き叫ぶシオンを抱いたままその場から逃げ出す。後を追う王妃と兵士達。自室に逃げ込んだユノは即座に扉を閉め、鍵をかける。
    「ユノ!開けなさい!ユノ!」
    扉を激しくノックする音が聞こえてくる。背後を振り返ると、嵐の夜の景色が見える窓がある。窓を見た時、ユノにある考えが浮かぶ。だが、ここは城の3階に当たる。窓から地面を覗き込むと、その高さはかなりある。もしこの手を実行すると……。だが、考えている時間はなかった。

    私は……この子を守りたい……!シオンは……シオンは私が守るんだから……!

    ユノは意を決して、窓を開けてはシオンを抱いたまま飛び降りていった。外の嵐はまだ続いており、一向に収まる気配がなかった。


    「ううっ……」
    嵐の中、両足と全身を襲う激しい痛み。全身打撲で大事には至らなかったものの、体を動かすだけでも痛みが襲う程だった。だがユノはそれでも立ち上がり、足を動かそうとする。ユノの腕に抱かれているシオンは幸い怪我はなかったものの、ずっと泣き叫んでいた。吹き荒れる嵐の風と豪雨の中、ずぶ濡れで全身の痛みと戦いながらもシオンを抱いて必死で足を動かすユノ。匿える場所を探し求めるものの、辺りには何があるのか全くわからない状態だった。やがて力尽き、シオンを抱いたままその場に倒れ込むユノ。意識が遠のいていくのを感じる。

    まだ……ここで倒れるわけにはいかない。この子を守れるのは、私しかいないのに……。

    再び立ち上がろうとするユノだが、体が言う事を聞かず、ついに意識を失ってしまった。嵐は無情にも、意識を失ったユノに追い打ちをかけるかのように激しい風雨を巻き起こしていた。


    何処とも知れぬ若い男が駆け付けるのが見える。男が向かった先は、ベッドに横たわる若い女がいる部屋であった。若い女は、新しい命を産んだばかりであった。赤子を抱き上げる男。その姿を見て微笑む女。


    よく頑張ったよ。元気に産まれてくれたんだな。

    ええ……男の子だわ。子供の名前、あなたが付けて……。

    名前か……そうだなぁ……。


    夢から覚めると、ユノの視界に見知らぬ光景が飛び込んでくる。木造の天井に簡易な暖炉。そこは、質素な造りをした小屋の中であった。いつの間にかユノの体がシーツで覆われており、隣には眠っているシオンがいた。
    「目が覚めたようだな」
    突然の声。そこには、城の人間でも王国の人間でもない見知らぬ男がいた。
    「……あなたは?助けてくれたの?」
    「ああ。こんな嵐の中に赤ん坊を抱いて倒れてたもんだから驚いたぜ。近くにこんな小屋があったのが幸いだよ」
    男はまるで盗賊のような風貌をしており、腰には鞭を装着している。更に様々な道具が入った袋が傍らに置かれていた。
    「俺はトウラ。色々あって当てのない旅をしている流浪人さ。あんたは?」
    「私は……アルメリア王国の王女ユノです」
    ユノはこれまでの出来事を語る。アルメリア王国の王女として何事もなく平和に過ごしていたが、ある日王国の花畑で捨て子を発見した事。捨て子をシオンと名付けて引き取ってから王が突然の病で亡くなった事。シオンが災いを生む存在である事を王国の占い師から告げられ、王の死によって王妃がまるで豹変したかのようにシオンを災いを生む存在だと認識するようになり、そして命を狙うようになった事を。
    「災いを生む子、ねぇ……。本当にその赤ん坊の親は王国にいなかったのか?」
    「ええ……」
    「よくそんな見ず知らずの赤ん坊の為にそこまで命賭けて守ろうとするなんてな……本当に大したもんだよ」
    トウラは暖炉の炎を見つめながら呟く。
    「あ、うっ……!」
    ユノは体を動かそうとすると、打撲による激痛が襲い掛かる。
    「無理するなよ。窓から飛び降りたんだろ?最低限の応急手当はしておいた。骨が折れていないだけでも奇跡的なもんだからな」
    「シオンは大丈夫なの?」
    「ああ。かすり傷一つもない。君のおかげだろうな」
    とっさに眠っているシオンの姿を見る。シオンの無垢な寝顔を見て安心するユノであった。
    「ありがとう。あなたがいなかったら私達は……」
    「礼には及ばんよ。まあ、今日はここで一晩過ごしていきな。外は嵐だからな」
    その言葉に甘え、ユノはそのまま眠りに就く。トウラは道具袋から一枚の毛布を取り出し、ユノとシオンを覆うように被せ始めた。


    翌日───嵐の夜が過ぎた朝は、嘘のように晴れ渡っていた。ユノが目を覚ますと、沢山の焼き魚と熱い薬草茶が置かれていた。
    「食いな。焼きたてだ」
    焼き魚は、トウラが釣った魚であった。ユノは焼き魚を頬張り始める。
    「シオンにも……何か与えないと」
    そこでトウラが道具袋から一つの瓶を取り出す。瓶の中に入っているのは、ミルクであった。
    「ひとまずこいつを与えてやれ。赤ん坊専用のものじゃないが、ないよりはマシだ」
    ユノはトウラのミルクをそっとシオンに飲ませる。
    「君達もここまで来たらもう王国には戻れないんだろ?だったら俺がつい最近訪れた村へ案内してやるよ」
    「村?」
    「あそこなら王国の連中から逃れるにはちょうどいい。赤ん坊に食わせるものくらいは売ってるからな」
    「……行くわ。この子を守るためにも。後戻りは出来ないから」
    小屋を後にしたユノはトウラに連れられ、痛む体を抑えながらも歩き始める。森を抜け、高原を渡り、そして山の麓に存在する村に辿り着いた。広い畑に囲まれた村は質素な造りの民家、小さな万事屋、温泉のある宿屋が設けられていた。トウラは村の万事屋で様々な食糧やミルクを購入し、宿屋へ向かう。
    「これが村なのね……」
    城の外に出た事すらないユノにとって、自然に囲まれた村は初めてであった。
    「どうだ、思い切ってここで静かに暮らすか?」
    トウラが言うと、ユノはシオンを抱いたまま俯いてしまう。
    「あなたは……一体何者なの?何か事情がありそうだけど」
    トウラが思わず足を止める。
    「……君になら話してもいいかもな。俺は……罪を背負った人間なんだ」
    「え?」


    幼い頃から両親を失い、盗賊に拾われて育てられた一人の男、トウラ。盗賊としての腕前を鍛えられ続ける少年時代を過ごし、一人の盗賊として活動するようになった。ある日、盗賊のボスからの命令で砂漠の町へ宝を盗みに向かった際、一人の少女と知り合う。少女は砂漠に生息する致死性の毒を持つサソリの猛毒に苦しんでおり、所持していた解毒効果のある血清で治療をし、少女の命を救う。トウラが助けた少女は、町に住む娘であった。
    「安心しろ。完全な解毒には時間かかるが命は取り留めたはず」
    「あ、ありがとう……足が……動かない……」
    「足をやられたのか。仕方ない、家まで送ってやるよ」
    猛毒の影響で足の自由が利かない少女を家まで送り届けようとしたトウラだが、なんと、少女の家はターゲットとなる宝がある富豪の家であった。助けてくれたお礼という事で少女に家に招き入れられたトウラは一瞬戸惑うが、快く少女の家族に迎えられる。様々な持て成しを受けていると、何者かが家のドアをノックする。ドアを開けると、人相の悪い男が現れた。その男はトウラの同僚であり、トウラに対抗意識を燃やす盗賊であった。
    「イリーガ……!何故ここに!」
    「お前こそここで何をしている?ボスからの命令を忘れたのか?」
    イリーガという名の盗賊の訪問者と、トウラの関係者である事を知った富豪の一家は愕然となる。
    「チッ……失せろ。お前に用はない」
    「そうはさせん。本来はお前が宝を頂いてから命ごと根こそぎ取ってやろうと思っていたが……予定変更だ」
    イリーガは腰の短剣を抜くと、トウラは即座に二本の短剣を抜き、イリーガに向けて投げつけた。
    「やめて!」
    少女が二人の間に割って入ったその瞬間、辺りに鮮血が飛び散る。なんと、トウラの投げた短剣が少女の胸に突き刺さっていたのだ。
    「きゃああああああああああ!!!」
    少女の家族が一斉に悲鳴をあげると、トウラは突然の出来事に思わず立ち尽くしてしまう。
    「は、ははは……バカめが。俺に攻撃しなければよかったものを」
    イリーガは嘲笑うかのように、倒れた少女の体に短剣を突き刺す。
    「……貴様ぁっ!!」
    激昂したトウラはイリーガの顔面に鉄拳を叩き込み、何度も何度も殴り付ける。昏倒し、拳が血に染まるまで何度も何度も、自我を失うように殴り続けていた。気が付けば、辺りは血に染まっていた。刃に刺され、既に死んでいた少女の血と、殴り倒されたイリーガの血。背後には怯える家族の姿。騒ぎを聞きつけた町の人々。状況を把握したトウラはその場から逃げ出す。偶然出会い、助けた少女を殺してしまった。不本意とはいえ、自分の刃で殺してしまったのだ。盗賊の世界に生きていたが、強盗とか、直接人を襲ってまで盗むという事は決してしない。それは自分だけではなく、盗賊のボスも同じ考えだ。自分の盗賊の腕前に嫉妬し、対抗意識を燃やして牙を向けてきた同僚のイリーガは裏切り者だった。元々相容れない関係であり、自らの欲望の為にボスの首を取ろうと考えていた程だ。任務に失敗した挙句、人殺しになってしまった今、アジトに戻る事が出来ない。この日、トウラは盗賊の道から逃げ出したのだ。


    「……そんな事が……」
    「俺も……もう元の場所には戻れないのさ。だから遠い場所へ行き、当てもなく流離う事しか出来なくなった」
    ユノ達は宿屋に辿り着き、与えられた部屋に入る。
    「やっぱり、こういう場所でのんびりと暮らしてる方が一番だよな」
    トウラは窓から見える風景をぼんやりと眺めている。
    「そうね。私も、普通の女の子に生まれて平和なところで生きてみたかった。王族って色々堅苦しい事ばかりだし、王国の外に出してもらえないくらいだったから。だから、あなたに感謝してるよ」
    ユノは抱いているシオンにミルクを与える。
    「君は、ずっとその赤ん坊の世話をしていくつもりか?」
    「ええ。この子には親がいないから……」
    「だったら、俺も協力させてくれ。安心しろ。君は一人じゃない」
    トウラの言葉にユノは心を震わせる。
    「……トウラ。ありがとう……私……あなたがいなかったら……」
    ユノは感極まるあまり涙を流す。トウラは何も言わず、ユノをそっと抱き寄せた。
    それから、トウラとユノは村で住む場所を確保した。藁と木で作られた質素な小屋だが、暮らしていくには十分な場所だった。この場所でシオンを育てていこう。トウラの協力に支えられ、シオンの育児に励むユノ。暮らしは貧しくても、決して悪くはない。それに、今では支えてくれる人がここにいる。彼がここまで協力的なのは、消せない過去の償いでもあるのだろう。共に暮らしているうちに、一つの家族としての暮らしによる幸せを感じるようになった。
    「私達、すっかり家族ね」
    「ああ。何者にも縛られない暮らしがこれ程良いものだったとはな」
    「そうね……王族としての暮らしは何の自由もなかったから」
    ユノは小屋の窓を見つめる。
    「でも今は、とても幸せ。あなたと出会えたおかげで、私が求めていた生き方を見つけられた気がする。将来は王家から離れて、素敵な人と結ばれて可愛い子供を授かるのを夢見てたから……」
    トウラはユノの言葉に胸を打たれる。
    「……トウラ。あなたが好きよ」
    優しい微笑みを浮かべながら振り向くユノ。トウラはそっとユノを抱きしめた。


    数週間が経過したある日───外は激しい雨が降っている。雨の音に目を覚ましたトウラは不意に胸騒ぎを感じる。小屋から出ると、そこには数人の兵士がいた。王妃によって派遣されたアルメリアの兵士だった。その中には兵士長もいる。
    「我々はアルメリア王国の者。災いを生む赤子を連れた我が王国の姫を探している。どうか、この村に赤子を抱いた若い娘がいたら知らせていただきたい」
    兵士長の声に村中が騒然となる。
    「くっ!ここまで追ってきたの……!?」
    ユノとトウラは即座に小屋に入る。外には兵士がいる。逃げようにも逃げられない状況であり、兵士達による村中の捜索が始まった今、発見されるのも時間の問題であった。
    「……ユノ。すまない。どうやらもう君とは一緒にいれないようだ」
    「え!?」
    「シオンを連れてどこへでも逃げろ。奴らは君を連れ戻すだけじゃなく、王妃の命でシオンを殺すつもりなんだろう。だから……」
    言い終わらないうちにトウラは小屋から飛び出す。小屋の前には、兵士達が集まっていた。
    「いたぞ!姫様だ!そこをどけ!」
    「悪いがそうはいかないね。姫を連れ戻したければ俺を倒してからにしろ」
    トウラは兵士達に向けて鞭を振るい、隠し持っていた煙玉を投げつけて辺りを煙で覆う。
    「貴様!」
    煙で視界を遮られた兵士達は一斉に槍を構え、トウラを取り押さえようとする。トウラの真意を察したユノは兵士達の隙を見てシオンを抱いたまま小屋の窓から飛び出し、走る。トウラは更に鞭による攻撃で応戦するが、多勢に無勢なのは明白であり、あっさりと兵士達に倒されてしまう。
    「馬鹿者!そんな輩よりも姫様の追跡を優先しろ!」
    兵士長の怒号に、兵士達はユノを追い始める。激しい雨の中、シオンを抱いて全速力で村から逃げるユノ。追跡する兵士達。息を切らせ、泥にまみれても、決して足を止めない。全ては守るべき小さな命の為に、ユノは決して足を止めなかった。一体どこへ逃げたらいいのか。どこまで逃げたらいいのか。もはや何もわからないまま、ずっと走り続けていた。


    もうどこまで走ったのだろう。ここは一体どこなのだろう。今この手に抱いているものは、温もりがなく、冷たくなっている。そして、この身も冷たくなっている。一体どこへ行くべきなの?どこへ向かうべきなの?この子の親がどこかにいるのかもしれないけど、この子にとっては私が母親なんだ。災いを生む子と呼ばれていようとも、この子は私が守るんだ。だから……だから……。


    ───地下の薄暗い牢屋に投獄された一人の男が脱走した。牢獄から出た男は城を後にし、ボロボロの体を引きずるように彷徨い歩く。まるで誰かを探しているかのように。人里離れた山の中、数日間飲まず食わずのまま彷徨い歩き、限界が来てとうとう力尽きようとした時、洞窟を発見する。男は、まるで何かに導かれるように洞窟へ向かった。洞窟の中で見たものは、赤子を抱いて静かに眠っている女の姿だった。男は地を這う形で眠る女の傍に寄り、そっと一輪の花を差し出すと、そのまま動かなくなった。眠る女の目からは、一筋の涙が零れ落ちていた。眠る男女と赤子がいる洞窟に、子供の狼がやって来る。それに続いて親の狼もやって来る。狼が眠る男女と赤子を守るようにその身で包み込むと、もう一匹の狼がやって来る。二匹の狼は、眠る男女を優しく包み込んでいく。子供の狼は、二匹の狼の元でそっと眠り始めた。



    時は流れ───広い花畑の中に佇む廃墟となった城。そこに若い男と女が訪れる。女は、赤子を抱いている。
    「こんなところに城があったなんて驚いたわ」
    「聞いたところ、ここにはかつて王国が存在していたんだ。何でも災いを生む赤子によって滅びたんだとか」
    「まあ……そんな話、誰が信じるのかしら」
    「あくまで古い言い伝えらしいけどな」
    赤子を抱いた女はそっと花を摘み始める。
    「この子は、生涯愛していきたいわね。私達の大切な子供だから」
    「そうだな。俺達の子供なんだから。シオンは……最愛の我が子だ」
    若い夫婦は、それぞれの想いを馳せながら廃墟を後にした。




    ───了
    橘/たちばな Link Message Mute
    2019/03/01 22:19:58

    災いを生む赤子

    久々に単発モノ。ファンタジーを舞台にした短編作です。とある王国の姫が花畑に捨てられた赤子を発見し、親が見つからない故に保護する事になった。だが、赤子との出会いによって姫はやがて壮絶な運命に巻き込まれていく。  #オリジナル #創作 ##単発創作本編

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