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    往復書簡(2018.05.21) 成歩堂は帰国後ヴォルテックスと信書をやりとりした。
     それは彼の有罪が確定したあとから処刑されるまでの十数年間にも及んだ。帰国の途である船のなかで、ふと万年筆を手にしたのがその始まりだった。なぜそのとき万年筆を手にとったか、なぜ郷里の両親ではなく異邦の彼の名を綴ったのかは今となってもわからない。
     獄中の人となったヴォルテックスは、思想犯がみなそうされるように、筆記用具を与えられていなかった。刑務所長の監視下でのみ洋墨とペンの仕様を許されているとのことだった。
     当時、ヴォルテックスのもとには多くの手紙が届いていた。長年彼によって押さえつけられてきた悪党連中からの脅迫がいっとう多くて、次に首席判事の行いに戸惑うばかりの市民の声、そして〈死神〉の信奉者からの熱烈なファンレタア。山のような手紙のなかに、女王陛下の蝋印をほどこした羊皮紙を見たと主張する配達人もあって、それは倫敦市民のあいだで大人気の噂となった。
     そしてヴォルテックスは、それらすべてにきちんと目を通しておきながら、誰にも返事を書かなかった。唯一違ったのが成歩堂だった。なぜだろう、と不思議がる人はたいそう多かったが、特になぜという理由もなかったはずだ。赤の他人にこそ話しやすいこともあるだろう。少なくとも成歩堂はそう考えている。
     書簡のやりとりがあるからといって、何か秘められたことがわかるということはなかった。とはいえ、何をかわかりたいと思って始めたわけでもないから、それで問題はなかった。
     成歩堂は英国で見聞きした自然の風物と日本の風物の違いについて書いた。とりわけ井の頭恩賜公園の池に映る紅葉の美しさの描写は入念にやった。それを見ながら食らう団子の旨さについても書きかけたが、少し恥ずかしくなってやめた。いかに顔が見えないといっても相手が相手だ。
     ヴォルテックスは大英帝国の刑務所の制度についてつまびらかに説明した。といっても、そこでの自分の境遇について不平をかこつというわけではなく、ただ淡々と、まるで燻製ニシンの缶詰の説明書きのように丁寧な説明をした。文章が巧いので、退屈な内容ではなかった。
     そんなわけなのであまり話が通じているという感はなかった。ヴォルテックスは、成歩堂の手紙を読んではいるが、恐らく返事のつもりで描いているわけではないのだろう。キャッチボオルをするというよりは、並んで小石を拾っては川へ放り込む遊びをしている、そんな気がするやりとりだ。
     それでもそんなやりとりを重ねるうちに、成歩堂にとってのヴォルテックスが少しずつ違う生き物になっていくのはわかった。その変化を認めていいのかわからず、たまに手紙に間があくこともあった。成歩堂が書かないとヴォルテックスも書かなかった。成歩堂が書くとヴォルテックスも書くようになった。

     あるとき、ヴォルテックスの懐中時計が彼の手元にもはやないことを成歩堂は知った。ヴォルテックス自身、それを成歩堂に伝えていることに気付いているかどうかもわからないような、きわめてささやかな言及によることだった。
     あの懐中時計は、彼の手柄によって女王陛下から授けられたものだと成歩堂は知っていた。ヴォルテックスがどのような気持ちでそれを手放したかはわからなかったし、それについてもの思うことも避けたほうがよさそうだと感じた。しかし、あれは彼の身体の一部のようによくなじんでいた。彼と過ごしたのはたった一年だが、その事実はよく覚えている。
     これは、あまりやっていいことではないのかもしれない。
     そう思いつつも、成歩堂は庭へ出て蔵へ向かい、大英帝国での思い出の品を詰めた柳行李を取り出した。御琴羽法務助士が作ってくれた資料などはすべて書斎にしまっているから、ここにあるのはほんとうにただ無邪気なスーヴェニヤだけだ。ケニヤの原住民を象った人形。欠けたウェッヂウッドの陶茶碗。ブリキの複葉機のおもちゃ。そのなかから成歩堂は、それらと同じくむかし蚤の市で買った懐中時計を取り出した。きわめて安くはあったけれど純銀だし、ふたにはなにか素敵そうな彫刻がされているし、試みにネジを巻けば秒針はこちこちとまた動き始めた。成歩堂はこれを倫敦へ送った。
     その発想の翌日にヴォルテックスの死刑執行日が確定した。御琴羽教授から聞かされたそれは、成歩堂の荷物が届くよりもはるかに早い日付だった。
     成歩堂は筆をとり、時計のあとを追わせるようにしてこれを投函した。
    「あれはあなたのために買ったものだったのです。というのも、あのころのぼくはあなたの執務室へとご報告に行くのが憂鬱でたまらなくて、エエイ明日は必ず行くぞと覚悟を決めるための、いわば決意の儀式として、蚤の市へと小銭入れを綺麗にしにいっていたのですから」
     ヴォルテックスからの手紙はもうとどかなかった。成歩堂の手紙もそれを最後とした。

    ***

     意外なことに、ヴォルテックスの遺品の一部が成歩堂のもとに届けられた。慈獄判事のご遺族が、あなた宛てのものが混じっていたようだと言って、わざわざ送ってきてくださったのだ。刑務所はどうやらその遺品の内容から慈獄判事宛のものと勘違いしたらしい。見てしまって申し訳ない、と慈獄家からの添え書きには書かれていた。
     成歩堂はその届け物について妻にさえ伝えはしなかった。夜半置き出して文机に倚り、そっとそれを開封した。雨を防ぐための油紙に包まれている。もう一聞きしてみる。すると丁寧に綿まで入っている。亜双義家に伝わるあの日本刀もこんなふうに生真面目な梱包をされて海を越えてきたのだろう。
     それは手紙だった。
     果たして何十枚あるのか、とても分厚く、びっしりと書かれていた。恐らく不適切な内容だったのだろう、黒塗りにされている部分も少なくはないが、月に透かせば辛うじて読めた。英国の刑法について書いてあるようだ。どのページを見ても法学用語が並んでいる。どうやらかなり批判的な論調である。キイツやバイロンといった詩人の歌、伊太利や独逸の政治家の発言、はたまたラテン語による哲学書からの引用がとつぜん挿話される箇所もある。すらすら読むにはかなり厳しい。成歩堂は、もう白分には必要なかろうと鼻高々に思っていた英和辞書をちょっびり悔しい気持ちで取り出してきて、苦労しながらこれを読んだ。 一言で言えば以下のごとき内容だった。

     ――新たなる法治国家を生み出す勤め、ゆめゆめ怠らないように。

     二度と司法について語らないでください。
     あの法廷でぼくがそう言ったから、この手紙は投函されることがなかったのかしらん。大英帝国の刑法が抱えている山のような弱点と、その改善手段について幾通りも詳らか に記されているこの手紙は。だとしたら真面目な人だな、と龍ノ介は思った。それは意外なことではない。龍ノ介は彼が死んだという確信をこのときようやくハッキリと得た。そして、ようやく彼のことを惜しく思った。
     それからまもなく、バンジークスからも手紙が届いた(彼ともしょっちゅうやりとりしていた)。彼はヴォルテックスが処刑されたあと、初めて龍ノ介と彼が手紙をやりとりしていたことを知ったらしい。驚きを隠さないながらも上品さを失わないその文面にバンジークスの人柄があらわれていた。龍ノ介の送ったものは可能な限り彼が回収してくれたそうだ。見られて困るものはなかったが、決して見ないと彼は約束してくれた。
     そして、ヴォルテックスの遺体は死亡を確認されたのちロウゲートの集合基地に葬られたと、バンジークスの手紙は教えていた。時おり基督教の司祭による合同供養が行わ れるらしい。大日本帝国司法省での務めさえ許せば、それに合わせて渡英するのもよいかもしれない、と龍ノ介は思った。尤も、この多忙さでは当分むずかしいだろう。ゆめゆめ怠るわけにはいかないのだから。
     もしまた英国へ来るのなら、そのときは心をこめて歓迎する。バンジークスはそう書いてよこした。ぜひ行きたいのだが難しいかもしれない、と龍ノ介が率直に書き送ると、それでもよいと彼は応えた。その寛容な優しさは、龍ノ介にとって実に嬉しいものだった。

    ***

     龍ノ介はヴォルテックスの未投函の手紙を、鍵のかかる小さな箱におさめ、天袋にしまいこんで、そのままその箱のことを忘れた。
     そして龍ノ介が鬼籍に入ったあとは、そのちっぽけな銅製の鍵もまた、歴史のどこかに消えてしまった。
    orie_dgs Link Message Mute
    2019/01/09 16:34:49

    往復書簡(2018.05.21)

    龍ヴォルのつもりでしたけど腐だと思って読むには肩透かしかも……めちゃめちゃ誤字あったすみません ※大逆転裁判2のネタバレがあるのでクリア後に読んでください
    #大逆転裁判 #大逆転裁判2 #ハート・ヴォルテックス #成歩堂龍ノ介

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