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    無題 灰色の雲が厚く、今にも雨が降り出しそうなある日。眩い金髪に薄青の瞳。厳粛な白と呼ばれる衣装に身を包んだ青年――イソップ・カールは目を覚ました。
     イソップはまだ覚醒しきっていない、ぼんやりとした感覚に身を委ねながら、薄青の瞳をぱちぱちと数度、瞬かさせる。瞳に映るのは美しい、蔦のような模様がが一面に広がる白い天井。見覚えのないそれを認識した瞬間、全ての思考がクリアになった。

    「……ここは!?」

     そう呟き、跳ね起きる。しかしその瞬間、ぐらりと視界が歪み枕へ再び倒れこんでしまった。ずきずきと頭が痛み、思わず小さく呻きながら眉間を押さえる。
     目をぎゅっと閉じ、深呼吸を繰り返す。すると少し、痛みが和らいだ気がした。そうして最後に大きく息を吐き、今度は眩むことのないようゆっくりと、身を起こす。
     落ち着いて辺りを見回すとそこはやはり、見知らぬ部屋だった。置いてある家具はイソップが眠っていたベッドと、燭台が置かれている小さなテーブル。そして本が数冊入っただけの、隙間だらけの本棚があるだけの四角い部屋。どうして僕は、こんな場所で眠っていたのだろう。目が覚める前、何をしていたっけ。……駄目だ。思い出せない。記憶が混乱しているのだろうか。思い出せるのは自分の名前だけで、他の事を思い出そうとするとすぐにまた、頭が刺すように痛む。……一時的なもので、すぐに思い出せたらいいのだが。

     イソップはどうするべきか少し考え、ひとまず誰かいないか探してみようとベッドから降りた。そのままドアまで真っ直ぐに進み、ドアノブに手をかける。その手に少し、汗が滲んでいるのは緊張からだろうか。しかしこのままここにいても仕方がないと、ドアを開ける。
     部屋の外に出ると、そこには長い廊下があった。かなり広い建物……ここは誰かのお屋敷なのだろうか。視界に映る限り、人の姿はどこにもない。それに加えて物音ひとつ響かない屋敷に、イソップは本当に人などいないのではないかと錯覚しそうになる。しかし、屋敷は見た限り埃一つなく、間違いなく丁寧に手入れされている様子があるため、そんなことはないのだろう。部屋を出た先に飾られている花も瑞々しく、花瓶の水は取り替えられえられたばかりというように澄んでいた。
     人がいるのならば、勝手に部屋を出てもよかったのだろうかと今更ながら思う。誰かが来るのを待っていた方がいいのではないだろうか。戻るなら今だろう。しかし、イソップはすぐにでも今の状況を知りたかった。どうしてか、胸がざわつくのだ。こんな屋敷は知らない。来たこともないはずだ。けれど、何か。言葉では言い表せない嫌な感じがするのだ。
     それは知らない場所に一人でいるという不安から来たものなのかもしれない。だから、一刻も早く誰かに会って、安心したかった。
     イソップは左右に広がる廊下に、どちらにいこうかと悩む。どちらでも変わらないかと思ったその時だった。右手に何か、人影のようなものが見えたのだ。人影が見えたのは随分と遠く、ぼんやりしていたが見間違いではないはずだ。人影は突き当りの部屋から出て、しかしすぐにイソップがいる方とは違う方へと歩いてしまったため、すぐに見えなくなってしまった。
     追いかけなければ。そう思い、イソップは走り出す。走っては怒られてしまうかもしれない。そう思ったが、構わず消えた人影へと走り続けた。

     結論から言うと、走り続けたイソップが突き当りまでやってきた時にはもう、人影の姿はなかった。全力で走ったせいで乱れた息を整えながら、しかし落ち着いて人影が歩いて行った方へと、イソップは再び歩き出した。

    ◆  ◆  ◆

     人がいることをその目で確認し、ひとまずこの屋敷に誰かがいることが分かっただけでもよかったと落ち着いたイソップだったが、その後数十分屋敷を彷徨っても誰一人として出会うことはなかった。本当にあの時見た人影は現実のものだったのだろうか。現実だと確信していたはずなのに、それさえ分からなくなってしまう。
     それに加え、屋敷は思ったより広く、イソップは自分の現在地が分からなくなっていた。これでは目覚めた部屋に戻り、誰かを待つという選択すらできない。始めから部屋で大人しくしていればよかったのだと思ってももう遅い。曇り空のせいもあってか、気分は落ち込み最低だった。

     そうしてひとまず何処か、誰かが通りそうな開けた場所で休んでいようかとふらりと歩き続けたイソップは、ある場所へと辿り着いた。

    「……凄い。綺麗」

     思わずそんな言葉が零れてしまう程、目の前に広がるその場所は美しかった。そこは、花々咲き乱れる広々とした中庭。丁寧に手入れされた花と木々たちは色とりどりで様々な種類があるというのに、どれも互いを邪魔することなく調和のとれた美しい風景を作り出している。まるでこの世にあるとは思えないその光景にこれまでのおかしな事象も相まって、イソップは自分は夢を見ているのではないか。それか、この場所こそが死後の世界なのではないかとすら錯覚しそうになる。
     一休みする場所を探す、誰かを探すなどということはもう、イソップの中にはなかった。植物たちに手を引かれるように、イソップはふらりと中庭の中へと足を運ぶ。イソップはあまり花の種類に詳しくなく、名前も知らなかったがそんなことはどうだってよかった。

     鮮やかな黄色や橙色のマリーゴールド。地面一面に青の絨毯を敷くアジュガ。控えめで可愛らしいシシリンチウム。他にも沢山の可憐な花々が咲き誇る中、ひと際イソップの目を引いたのは中庭の奥にひっそりと咲く、真っ赤な薔薇だった。白薔薇のアーチを潜り抜けた先にその花は一輪だけ、咲いていた。その薔薇の周囲に他の花はなく、見る人によってはその薔薇は寂しく映るだろう。孤独なその花にしかし、イソップは酷く憧れにも似た感情を抱き、どうしようもなく目を奪われ惹かれていた。
     月並みな表現だが、まるで血のようだと思った。元々この花はアーチの薔薇のように真っ白で。けれど、人間の血液を吸って真っ赤に染まったのだと。そんなことは妄想でしかないということは分かっている。けれど何故かその妄想が頭から離れない。妄想ではないとしたら何だというのだ。この薔薇は一体誰の――誰の?

     不思議な魅力を持つその薔薇に手を伸ばしたのは、完全に無意識だった。その柔らかな花弁が、触れたらどろりと溶けてしまうような気がして。気が付いたら手を伸ばしていたのだ。
     壊れ物を扱うかのようにそっと伸ばした手が真っ赤な花弁に触れた瞬間、当然のようにどろりと溶けたりはしなかったがイソップの右手に鋭い痛みが走った。

    「いたっ」

     思わずそう声に出し、手を引っ込める。花に見惚れていたせいで、薔薇には棘があることをすっかり失念していた。棘が刺さった右手を見ると、指先からジワリと血が滲んでいる。まあ、大した怪我じゃないな。そう思ったその時だった。

    「おや、血が出ているじゃないか」

     背後から突如として聞こえたその声に、イソップは誰かいたのかと思う間もなく反射的に振り返った。

    「………あ…え?」

     背後にいたソレを認識した瞬間、イソップは恐怖から目を見開き、凍り付いたように動けなくなった。

     奇妙な仮面をつけたソレは確かに人間のような背格好をしていた。聞き間違いでなければ人間の言葉を話していたし、ご丁寧に紳士のような服まで身に着けて。
     けれど違うのだ。一目見て彼が人間ではないことが分かる程。左の肩口から大きく切り裂かれたような服の隙間から始まり。至る所にある裂かれたような箇所からはドロリと緑色の液体のようなが重力に逆らって漏れ出ている。
     寧ろ人間の要素のある場所など、その長身の背格好くらいだろうと思わせる容姿をしているのだが、極めつけはその左手だ。手の甲から三又にわかれたようなその手はやはり漏れ出ているものと同じもので構成されており、イソップの頭を覆うことなどたやすいという程に大きく、まるで本人の意思など聞かないのではないかと思えるほど自由に蠢いている。

    「かい、ぶつ……!」

     絞り出すようにようやく吐き出した言葉はとても小さく、緑色の怪物に届いているのかすら分からない。しかし怪物はイソップの言葉に酷く傷付いたとでも言うように言った。

    「出会い頭に怪物だなんて、酷いな。…君は人間だろ?弱い君にとってはそうかもしれないけれど、俺にはこれが普通なんだよ」

     冷静なその言葉はしっかりと意を汲み取れば話の通じる相手だと理解できただろう。しかし人知を超える存在を前に、イソップが冷静でいられるはずもなかった。
     恐怖が精神と体をも支配し、正常な判断など出来ない。足はがくがくと震え始め、逃げ出そうにもたった一歩ですら動いてくれない。ああ、なんだこの怪物は!知らない、知らない。こんなの……知らない。――本当に、そうだろうか。曇り空。緑色の怪物。そして真っ赤に染まった――。突如浮かんだ、今とは違うそれらの光景にイソップは酷く混乱する。前にも、こんな事が……?

    「……っ!」

     フラッシュバックした光景を深く思い出そうとしたその時、イソップは目覚め、飛び起きた時に感じたものと同じ頭痛を感じ、呻いた。その拍子に体中の力がふっと抜け、地面に倒れる。受け身など取れるはずもなくどさっと音を立て倒れたイソップに、戸惑ったように緑色の怪物が駆け寄った時にはもう、イソップの意識は闇へと沈んでいた。

    ◆  ◆  ◆

     見覚えのある、美しい蔦模様の天井が視界いっぱいに広がっている。ここは……。その時、ふっと視界に緑色の怪物が割り込んできた。

    「あ、目を覚ましたんだね。こういう時、おはよう……と、人間は言うんだろう?」
    「え……っと、おは、よう…?」
    「違うのか?」
    「あ、いや、そうではなくて……」

     状況が理解できないまま、イソップはそう答える。……これは夢か。そう現実逃避したいが、そういう訳にはいかないことは分かっていた。意識を失う前よりも冷静でいられたのは、怪物との奇妙で気が抜けるような問答のせいだろう。不思議なことに今、恐怖はないとは言えないが殆ど消え去っていた。問答に加え、怪物から悪意を感じないせいだろうか。
     ひとまずゆっくりと身を起こす。その時、イソップは薔薇のとげが刺さった右の指先が丁寧に手当てされていることに気が付いた。これはあの怪物が……?だとしたら、見た目よりも器用なのか。

    「あの、これ……貴方が?」

     手当された指を見せながらそう問うと、怪物はそうだよと肯定した。

    「上手くできたと思ったんだけど、駄目だったか?」
    「いえ。……ありがとうございます」

     お礼を言うと、怪物はどこか嬉しそうに笑ったように見えた。
     それから何かを思い出したようにイソップに近付くと、どこからか一輪の赤い薔薇を取り出した。それは中庭でイソップが目を奪われたそれではなかったが、十分に美しい。
     怪物は膝をつきイソップと目線を合わせると、その薔薇を差し出した。

    「あの時、ずっと見ていただろう?欲しいのかと思って。あの薔薇は兄さんがとても大切にしている物だからあげられないけれど、代わりにと思ったんだ」

     差し出された薔薇はよく見れば、イソップが怪我をしないように綺麗に棘が取られている。それは確かな彼の優しさであるように思えた。

    「ありがとうございます」

     そう言ってイソップが薔薇を受け取ると、怪物は満足げに笑って立ち上がる。そのまま何処かへ去ろうとドアへと向かう怪物を、イソップは待ってください、と。引き留めた。

    「どうしたの?」
    「あの、僕今自分の名前以外思い出せなくて。なんでここにいるのかもわからないんですけど、貴方は何か、知っていますか……?」

     イソップのその問いに、怪物は何故かとても嬉しそうに、声を弾ませて答えた。


    「ああ、俺知ってるよ。――君は俺へのプレゼントなんだって」
    黒須樹 Link Message Mute
    2019/03/22 2:27:46

    無題

    【identityⅤ】【リパ納】
    厳粛ちゃんと緑のてんたさんが出会った話
    話のタイトルは時間切れで思いつかなかったので後ほど思いつき次第。描写も甘々なので加筆修正も後日

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