石榴の花が落ちる頃 随分昔に放置された、廃港の倉庫群に本日最後の光が射す。真っ赤な光は海の向こうに。天空はじわじわと藍色に染まる。
あの色を見るのが好きだ────白い衣装の男はしみじみと思った。約束の色と決めたそれが、毎日この時に男に告げる。
その時は直に迫っていると────『彼』が目覚める時が近付く。永久の別れか、最後の罪か。
かつて自分はこう呼ばれた。『月下の奇術師』怪盗キッドと。
怪盗は最後の罪を犯す。人類から希望を奪い取り、この世に黄昏をもたらすのだ。
『彼』は怒るか、恨むだろうか。
世界を敵にしても、取り戻すと誓ったあの時、世界はとうに終わっている。進化も変化も放棄した世界で、怪盗は未来を奪うのだと宣言した。
「また値上がりなの? この前も上がったばかりなのに」
深々と溜息を落としながら、女性はカードをレジに向けた。読み取り端末が音を立て、金額が隣に表示される。
ふと視線を上げてみると、テレビが丁度その事を話していた。原材料入手困難な状況が続き、『柘榴』の市場価格の高騰が続く────と。
小さな個人医院に隣接する、やはり大きくはない薬局の中。そこに居合わせた人々の前には、同じ薬が並んでいる。
銀のトレイに異様に映える、真っ赤な木の実の様な球体。
薬剤師がそれを丁寧に数え、白い袋に移していった。女性はそれを受け取ると、首を揺らしつつそこを離れた。
人類は今、この薬がないと生きていけない。
────それも少し語弊がある。いつ死ぬか分からない、が正しいだろう。千年前、その病は突如として地球全土に広まっていた。気付いた時は手遅れで、人類は一時、絶望の淵に立たされていた。
最初の兆候は何だったのか。今でもはっきりとは把握出来ない。それは悪しき流行だった。ストレス社会が生み出した悪夢。精神疾患だと思われていた。
『ヘマトフィリア』。所謂『嗜血症』。血を見たり飲んだりし、性的快楽を得る性癖である。これ自体は昔から存在が確認されていて、吸血鬼伝説はここから発したという説がある。
女吸血鬼エリザベス・バートリーなどの例があり、同様の事例はさほど珍しくなく記録があった。しかし、これは単なる流行ではなかった。遊びの一環としての自傷行為、あるいはSM的遊戯が目立っていたが、実際はもっと深刻だった。
本当に飲まねば正気を失う、そんな逸脱した症状が急増したのである