【FGOパラレル】帝都聖杯奇譚異聞 かたん、ことん、と音が聞こえた。久しく聞いていなかった懐かしい音。大きな機体をレールに乗せ、走る振動が不規則なそれを生み出している。
いつもは意識しないその音だが、初めて『広がり』を実感していた。僅かな隙間が運動を起こし、鉄と鉄とがぶつかり合う。その振動が車体全体に広がっていき、優しいカタコトとした音に変わる。
空気に音が溶けていく────
強い郷愁を覚えながら、ふと違和感を『思い出し』た。自分は今、こんな環境は縁遠く、むしろ無音が常の場所に居るはずだった。
しかし音も振動もほんもので。ああ、と『立香』は目を覚ます。そしてようやく『思い出し』た。自分の居場所は『カルデア』で『藤丸立香』が自分の名前だ。
瞼が上がるのを実感すれば、音と振動、それ以外の感覚が急激に戻った。
そして目を瞬く。
ここは何処だ、と困惑し、しかし一拍置いて額を押さえる。まただ、と無意識に言葉が落ちて、溜息も共に吐き出される。
どうやらまた、やらかしたらしい。慣れというのは恐ろしくある。しかし慣れとはすなわち経験であって、経験は何よりも役に立つ。
先ずは自身のデータを引き出した。これが現状把握の第一歩だ。名前は分かった。『藤丸立香』。一年と少し前にバイト先でスカウトされ、地球観測研究所と言う割の良い職場に研修生として入った。
蓋を開ければ業務も施設名すら嘘っぱちで。人理の継続とやらを目的に、時空転移を研究してるとかなんとか。なんだそれはと思わないでもなかったのだが、興味が先走ってそのままガイダンスを受けるに至った。
その後はまあ、短く纏めるのはとても無理で。紆余曲折の後なんとか地球を救う事が出来た。守秘義務があるので話せないが、家族や友人に聞かせたら速攻病院送りになりそうな話だ。
整理すれば現在の職種は『魔術師』である。勤務地は謎で組織名は『人理保証機関カルデア』。業務内容は地球や歴史の観測と維持。主な仕事は歴史の歪みが観測され次第、現地に赴いて原因の把握と事態の収拾に努める事。
……ロードサービスに似ているな。
情報を整理し、立香は今更の様にそう思った。電話一本で24時間以上対応可能。何せ時空を移動するので、24時間どころではない。
こんな激務、勿論一人ではやっていけない────そう思って、大切な存在を思い出した。サポートをしてくれるスタッフ達や、決定権を持つ司令官代理。そして何よりも頼れるのは、相棒となる『サーヴァント』の存在である。
「────っ! ダ・ヴィンチちゃん! マシュ!?」
呼び掛けてみるが応じる声などそこにはない。
はあ、と重い音が落ちた。いよいよこれは時空転移ではなく、自分の悪癖と言う事であった。
藤丸立香は凡人である。それは敵も味方も共通認識だ。魔術師の家系などかすりもせず、魔術はフィクションの認識で来た。
正直、スカウトも頭数揃えの為だったし、ガイダンス以降忙しくて技術の習得もない。魔術師とは言っても魔法の心得はほとんどなく、唯一の魔法が『サーヴァント』を呼ぶ為の召還術だ。
魔術師と名乗るのもおこがましいが、唯一誰よりも高いのがレイシフト(時空転移)適正。自分では何がどうなのか分かっていないが、ほぼ完全な状態で時空を超越出来るらしい。
そのせいかカルデアに来てから酷い悪癖を持つ事になった。それが『夢渡り』だ。魔術師の多くは同様の現象に見回れるらしいが、立香の頻度は他に比べて極端に多く、そして内容も激しかった。
事例は幾つか存在し、精神のみが時空移動して現地の人間に同調するパターン。この場合は身体はカルデアの中にありつつ、精神だけが別の時空に存在する。
もう一つが精神の移動時に現地で仮の霊子体を形成するパターン。
この場合分身と言っても過言ではなく、現地で受けたダメージなどは本体にそっくり映ってしまう。またシュレディンガーの猫状態にあり、観測されるのは精神が移動した場所でとなる。当然、本体は在るべき場所で観測出来ない。
カルデアではまた、行方不明になっているのだろう。自身は常にモニターされ、夢渡りは既に把握されたと思うが。
カルデアが自分を見つけるまで、自分もこの場を観測せねば────周囲を改めて見回してみれば、想像通り電車の中だ。