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    【わかりん/ワカりり】少女と丘に住む学士様キャラクター学士様二人りんとわかばりんとりり騒動終わりにどうでも良い設定キャラクター

    姉妹たち

    りり 本編12話EDシルエットくらい成長したイメージ。世話焼きさん。孤児院でりん達姉妹と暮らしている。
    りん 剣士系。剣振り回せる。りりとは遠い親戚。
    りつ 孤児院の院長。を押し付けられた模様。
    りな 本編分割前のりなちゃんのサイズと頭脳。大体りりと同じくらい。


    ワカバ 学士様。賢い。
    わかば 本編よりも怖がりになってしまったワカバの分身体。ワカバの記憶はあまりなく知識もまだら

    学士様
    「どうかな」
    りりは隣で作業をしていたりなに声をかけた。
    「どれどれ…」
    りなはりりの作ったシチューを、スプーンで一口すくって口に入れた。
    考えるように上を向いて飲み込むと、りなは頷いた。
    「大丈夫だな!美味しいな!」
    「よかったー」
    「りなが教えたレシピよりもちょっとスパイスが効いてていい感じナ!」
    「そうかなー。」
    りりは笑みを浮かべて作ったシチューを小さな器に移した。
    「ごめんね、手伝わせちゃって」
    「今日のお手伝いまで時間があって暇だったし、別に気にしてないナ。」
    りなはパンを切り分けてりりに渡して答えた。
    「そうそう、今日の夕飯は良いお魚が手に入ったから、りなちゃん特製ムニエルな。早めに帰ってくるんだな!」
    「うん、わかった!」
    りなは手を振ってエプロンをつけたまま台所から出て行った。
    おそらくそのまま宿屋のお手伝いに向かうのだろう。
    りりはバスケットに作った料理を詰め、窓から見える海を眺める。
    西側に見える海の向こうに雲はなく、港に並ぶ旗は穏やかに時折はためいていた。
    今日もいい天気になりそうだ。
    りりはバスケットを手にもって、うきうきと弾む足取りで台所から出た。
    りりの住む孤児院は修道院としても使われている建物を使っている。
    ただ、現時点では修道女たちは近くの別の大きな教会に居を移しており、修道院はそのまま孤児院として残されていた。
    もとは修道士たちが出入りしていた広間は、孤児たちの描いた絵が貼られたり、出かけるときのコートや上着や帽子が無造作に置かれており、生活感が漂う空間になっていた。
    正面のドアをあけ外に出ると、庭先で掃除をしていたりんが手を止めて振り返った。
    躑躅色の髪を一つにまとめ、活動しやすい服装にナイフが数本腰のベルトにかかっている。
    「りり、どこか出かけるの」
    「うん、ワカバのところ!」
    りんは一瞬何か言いたそうな顔をしたが、すぐにそうか、と頷いた。
    「あまり邪魔をしないようにね」
    ぽん、とりりの頭に手を置いてりんは声をかけた。
    もうりりもそれなりの歳になったというのにりんは未だに小さいころと同じように頭を撫でてくる。
    嫌いではないが、やはり年ごろになったりりにとっては少し気になるものだった。
    とはいえ、りりはくすぐったい表情でりんを見上げた。
    「しないよー。お昼をもっていってあげるだけだし」
    手荷物のバスケットをりんに見せると、りんは首を傾げた。
    「そうなの?」
    「だって、ワカバって研究に熱中しすぎてご飯食べ忘れて倒れたりとか、寝るの忘れてたりするから…」
    「なるほど…研究者らしいな」
    りりはため息をついて首を振る。
    「だから、お昼もっていってちゃんと食べるか確認するの」
    「…まるでお母さんだな。りりは」
    「おかあさん…」
    恐らく褒めてくれたのであろうりんの言葉に、りりは少し複雑な表情を浮かべた。否定はできないが…そこは奥さん、って言ってほしかったのだが、りんは若干その手の話に疎い気配があった。
    自分も正直そこまでわかっているわけではないが。
    りんは門を代わりに開けてやりながら、りりに声をかけた。
    「…気を付けて。あと、森には行っちゃだめ。ムシがいるかもしれないから。港も。あそこは危ない奴が入ってきているかもしれないしそれと」
    「わかったよ、もう。心配しすぎだよ。寄り道しないから」
    りりはりんに手を振って歩き出した。
    比較的街の中心に近い場所にある孤児院から、商店が並ぶ賑やかな大通りを抜け、街のはずれにある静かな丘を登る。
    街が見下ろせる丘の上には、古びた一軒のレンガ造りの家がぽつんと建っていた。
    今でこそそこそこ住めるような家だが、以前は世捨て人のような生活をしていた老人がいた。その老人が亡くなってからは長く空き家でボロボロだったのだが、数か月前に住むようになった者はかなり几帳面らしく、ボロボロだった柵や屋根は修理されこざっぱりとした家に変わっていた。
    りりは、木の柵の扉を開けて庭に入る。
    庭は大半が耕され、色や大きさの異なる様々なケムリクサが植えられており、風が吹くたびにそれぞれが鈴のような音を立てていた。
    「ごめんくださーい」
    玄関前のテラスに立ち、コンコンとドアを叩く。
    しんと、静まり返って応答がなく、りりはあれ、と首を傾げた。
    玄関の扉の横にある窓から覗くと、橙の葉が開いたままテーブルに置かれており、さっきまで誰かがいたように見える。
    りりは、ドアを少し強めにたたき、再度声をかけた。

    ガタ、と中で何かを落としたか倒したか、音が響いて、がちゃがちゃと錠を開ける音の後にドアが開き、中から人が顔を出した。
    「あ、い、いらっしゃい」
    くしゃくしゃと亜麻色の髪を掻き、ワカバははりりに笑みを浮かべた。
    「どうかしましたか?」
    りりは、一瞬何か違和感を感じ、ワカバをじっと見上げた。
    何がどうというわけではないが、いつものワカバと違う気がした。
    じろじろとワカバを見上げてみるが特にいつもと違う様子はない。
    寝ぐせなのかもともとの髪質なのか判別できない、亜麻色のくしゃくしゃの髪に、栗色の瞳。柔和な表情に少し線の細さが見える体にラフなシャツ。いつも羽織っている学術院のエンブレムの入った白衣は脱いでいるのが珍しいというところだろうか。
    りりは、持っていたバスケットのふたを開けて中を見せた。
    「お昼を持ってきたの。はいこれ」
    「わー、ありがとうございます。」
    ワカバは嬉しそうにりりからバスケットを受け取った。その表情はやはりいつものワカバと同じだった。
    りりは思い過ごしかと思い、先ほど感じた違和感を頭の隅に押しやった。
    「準備してあげるから、ちょっと待ってね」
    「え…あ、いや。あの…ちょっと作業が…あるので、そこに置いててくれればいいですよ」
    「もう、そんなこと言うから倒れちゃんだよ。ちゃんと食べて、休まないと体を壊して研究も出来なくなっちゃうよ。私に任せて!」
    「あ、ああ、あの…」
    ずいずいと中に入ってバスケットをテーブルに置くと、りりは腕まくりをした。
    「お茶、入れてあげるからそこに座っててよ」
    「いや、僕が入れま、あ、えっと入れるから。りりは座ってていいよ」
    ワカバはりりを椅子に座らせて、ばたばたと奥に入っていった。
    「…怪しい…」
    大人のこういう時の動きは大体何かを隠している時だ。りりはうーんと考えこんだ。
    どちらにしろ、本人に聞いてみないことにはわからないのは確かだ。
    りりはそう結論付けると、リビングの奥のドアを開ける。
    廊下を通り、台所に顔を出す。
    「あれ…?」
    お茶を入れに行ったはずのワカバの姿はなく、しんと静まり返っている。
    「…どこに行っちゃったんだろう」
    きょろきょろとあたりを見渡すと、ふわりと空気が動いたように感じ、りりは振り返った。
    台所の正面には二階に上がる階段くらいしかない。奥は勝手口である。
    りりはそっと階段の下の壁に手を触れた。
    微かな空気の流れを下から感じる。
    「…貯蔵庫…かな」
    そっと壁を押してみると、一か所だけぐっとどんでん返しに壁が動いた。
    「…隠し通路…?」
    りりは壁をすり抜けて反対側に出てみた。黄色のケムリクサがほんのりと光り、地下に続く階段が伸びている。
    かさかさと人の動く気配と、ささやき声のようなものも聞こえる
    りりは、足音を忍ばせてそっと階段を下りた。階段の下にはまたドアがあり、わずかに開いておりそっと覗き込むと中の様子が見えた。
    「…と、とにかく、ここに隠れて」
    「わかりました。」
    「帰ってもらったら声をかけるから、待ってて」
    ドアに背を向け、ワカバはだれかと会話をしながら、大きな道具箱のふたの扉を閉めていた。
    いつの間にか見慣れた白衣をまとっている。
    りりは、ばん、とドアを開けすうっと息を吸って大声で名前を呼んだ。
    「ワカバ!!」
    『うわああっ!?』
    ワカバは思わずびくっと跳ねて叫び、ゴンと箱の中に隠れた人物も驚いて蓋に頭をぶつけたような音をたてた。
    「り、りり?…びっくりした。ちょっと放っておけない作業があったの思い出して、ごめんね、すぐに上に行くか」
    「その箱の中にいるのはだれ?」
    りりはワカバの拙いうそを無視してワカバが手で押さえている箱を指さした。
    「な、なに言ってるんだいりり。何もないよ」
    「バレバレだよ。ワカバさっきから目が泳いでるし、さっき二人分の声がしたよ。嘘つくの下手だよね」
    「…う、いや、あの…」
    しどろもどろになったワカバを押しのけ、りりは道具箱のふたをバンと開けた。
    「…え…?」
    「ああ…」
    ワカバは思わず頭を抱え、りりは箱の中を凝視した。
    「…なんで、ワカバが二人いるの?」
    「ひっ、ご、ごめんなさいごめんなさい」
    箱の中でもう一人のワカバがオロオロとしながらりりに謝り続けた。

    二人

    りりは二人の前にカップを置いて、向かい側に座った。
    二人分の椅子しか無いので引っ張ってきた空箱の上で腕を組んでおろおろする二人をじっくりと見た。
    「で?」
    二人は促されて、お互いを見合った。隠れていたワカバは、何かあきらめたように笑みを浮かべた頷き、白衣を着ている方のワカバが少し苦しげな表情でりりに向きなおった。
    「…ごめんね、りり。驚かせてしまって。」
    「それは、良いけど。どうしてこんな、隠し事してたの?双子、ってことだよね。隠すほどでもないと思うけど」
    りりの問いに、ワカバはため息をついた。
    「…いや、実は…。話すとややこしいというかなんというか…。彼は実験の失敗でうっかり出来てしまった僕の複製体なんだ」
    りりは、目を丸くして二人を交互に見やった。
    「つまり、ケムリクサでワカバが二人に増えちゃったの?」
    「…そう。他愛ない実験のはずだったんだけど…、何処で何が起きたのか、起動した草がものすごい勢いで光ったと思ったら、意識がなくなってね。気づいたら、二人で床に伸びていたんだ。実験室は半分消し飛んでしまって大騒ぎになって…」
    ワカバの言葉に、りりはもう一人のわかばを見つめる。
    「…色々お互いに調べてみて、僕とほぼ同じであることは分かったんだけど。中途半端に複製されたせいか、彼は僕が持っている生まれてからこれまでの記憶と、僕の持っている知識のいくつかが抜け落ちているようなんだ。だから、複製とは言うけど、ほとんど別の人間と言っていいと思うんだけど…。いやでもそもそも何をもって複製された人間を同じと判断するかは」
    ぶつぶつと何かまた考え込み始めたワカバに、りりはコンコンと机をたたいて注意を向けさせる。
    「なるほどね。確かにこっちのわかばは何というか、ワカバよりも若い?かんじだよね」」
    「あはは…」
    わかばはりりの言葉に苦笑いを浮かべた。
    「…まあ、しばらく学術院で二人で一緒に研究をしようとしてたんだけどね。何しろ同じ顔が二人いるから色々面倒なことになって、もういっそ、外に出てしまおうかなって」
    「…それで何でここに?」
    「ああ、ここは割と独立した街だし、港もあるから変わったものもいっぱいありそうだし。研究しながら人の役に立てることを考えられそうかなって」
    りりはなるほどと頷いた。
    「ただ、まあ、彼も色々あって外に出るのが苦手になってしまって…。双子というのもぼろが出そうだし…色々悩んでやっているうちにここまで来てしまったんだよね」
    ワカバの言葉に、りりは少し眉をひそめた。
    「でも、このままでいるのはまずくない?そもそももう一人のわかばだって隠れてばかりはいられないし。」
    「…そう、なんですけど。なかなか外に出るのも…」
    りりの言葉にわかばは少し困ったような表情を浮かべた。
    「うーん、そうなんだよね…。どうしたものか…」
    ワカバは髪をわしゃわしゃと掻いて考え込むように上を見上げた。
    「それだったら、私と一緒に散歩したりしてみる?一人で外に出るよりはいいんじゃない?ワカバの知り合いに会ったら私がフォローできるし」
    「え、でも」
    わかばは少し困惑してりりとワカバに目を向けた。
    「外に出たほうが楽しいこといっぱいだよ。でも、とりあえず町の人も混乱したらまずいから、しばらくは素顔そのままで出ないほうがいいかな」
    「そうだね。りりが一緒なら何とかなるかも」
    ワカバの言葉にりりはそうでしょ、と嬉しそうに腰に手を当てて頷いた。
    「…確か、孤児院に寄付でもらった服とかがあったから、帽子とかで変装して外に出ればいいんじゃないかな。取ってきてあげる」
    りりはぴょんと立ち上がってすぐにでも外に出ようとした。
    「え、今から。いいよ、りり。明日とかで。」
    「善は急げだよ。ちょっと待ってて」
    パタパタ手を振って、りりは弾む足取りで丘を駆け下りて孤児院に急いで走っていった。


    「りつ姉、ちょっと良いかな」
    「こーら、院長、でしょ」
    広間にいたりつに声をかけると、りつはむうっと腰に手を当ててりりを見やった。
    「ごめんなさーい。院長、ちょっと聞いてもいい?」
    手を合わせて軽く謝るりりに、りつはしょうがないにゃーと表情をやわらげた。
    「何?」
    「あのさ、服とかの寄付されたものってある?ちょっと帽子を欲しがっている人がいてね」
    「…にゃー…。どうだったかにゃ。ちょっと待っててね」
    りつは奥の物置のようになっている部屋に入り、衣装箱の中をごそごそと漁った。
    りりも脇から中をのぞいて適当に服を引っ張り出してみる。
    「結構あるんだね」
    「まあねー。あの時にあちこちの修道院からもらったものとかが残っていたみたいにゃー。ありがたいことにゃ。あ」
    りつは別の衣装箱を開いて、中から男の子向けの帽子を一つ引っ張り出してきた。
    「これとかどうかにゃ」
    「あ、これこれ。ありがとう、りつ姉…院長」
    りりはりつから帽子を受け取り、踵を返してバタバタと走り出した。
    「…まったく、賑やかなんだから」
    りつはふうっとため息をついて物置部屋の戸を閉めた。
    少し嬉しそうにりりを見送り、りつは大きく伸びをして礼拝堂へ戻っていった。

    りりは、弾む足取りでワカバたちの待つ丘の上の家に飛び込んだ。
    部屋の奥に隠れていたわかばに、りりは帽子を差し出した。
    「ね、これ、かぶってみて」
    「はい…」
    わかばはもらった帽子を不思議そうに見つめて、慣れない動きで頭にかぶった。
    「…うーん、ちょっとこの辺の髪とかも隠して…。もう少し目深に…」
    ワカバは二人の様子を見守るように見つめていた。
    「こんな感じかな。どう、ワカバ。これならとりあえず外で見ても分からないんじゃないかな」
    「…うーん確かに。」
    ワカバは目の前のもう一人の自分を見てうなずく。
    学術院の白衣がなく、帽子をかぶって立っている姿はどこにでもいそうな少し気の弱そうな青年だ。
    顔などを二人並べてじっくり見なければ、街に出てふらつく分には何とかなるだろう。
    「ありがとうございます。りりさん」
    わかばの言葉にりりは嬉しそうにうなずいた。
    「…そうと決まれば、まずは丘のあたりを探索しよう。ワカバ、行ってくるね」
    「行ってらっしゃい。気を付けてね」
    ワカバはにこやかに手を振って、りりと、引きずられるように出て行ったもう一人の自分を見送った。
    「僕も少し休憩しようかな」
    ワカバはテラスに出て、置かれた椅子に座って、りりたちを眺めていた。



    りりはワカバの家の裏側の丘の上にわかばを連れてきていた。
    「わあ、きれいですね」
    「そうでしょ。あっちが港で、崖からぐるっと街を城壁が囲っているんだよ。城壁の外のあそこが森ね。最近危ないらしいから、一人で行くのはやめたほうがいいかも」
    「なるほど。勉強になります」
    わかばは嬉しそうにあちこちに目をやった。
    「なんだ、やっぱ外には興味あるんじゃない」
    りりの言葉にわかばはまあ、とあやふやに頷いた。
    「…どうかした?」
    「りりさんは彼の説明に納得されましたか?」
    わかばの言葉に、りりは、そうだなーと少し考えた。
    「何か、あるの?」
    わかばは少し苦し気に眉を寄せて
    「…本当は、恵まれた環境で彼は研究を続けたかったと思います。…ただ、失敗であれ、何であれ、実験によって一人の人間の複製体が作られたということで、学術院では何とか同じ結果を出すための研究をすることを彼に要請しました。それが嫌なら実験結果である僕を実験用として引き渡すようにとも。彼はどちらも拒否して…出ざるを得なかったんです」
    りりは、思わずわかばに向き直った。
    「…道中でその辺に置いていってほしいと言ったんです。でも結局ずっと助けてもらっていて。研究の手伝いなどはしてみていますが、他にどうすればいいのか」
    わかばはそのままその場に座って、丘の上から見える家の屋根を眺めた。
    「…わかばは、したいこととか無いの?」
    横に座ってりりはわかばに問いかけた。
    「どうでしょう、ケムリクサの事はやっぱり知りたいという気持ちはあります。研究のお手伝いは、なのであまり苦ではないです。どちらかというと楽しいです。ただ、その…恥ずかしい話ですけど、学術院にいた時に、一人でふらついてた時にちょっと…それから一人で出歩くのが中々できなくて」
    りりはそれ以上はその話に触れない方がよさそうだと判断し、
    「…まずは楽しいものがあるなら、そこからでいいじゃない?慌てる必要もないし…」
    わかばは、少し考え込んでから、そうですね、と頷いた。
    「…ありがとうございます。りりさん。」
    りりは嬉しそうに胸をそらして、うんと頷いた。
    「どういたしまして。なんだったらもっと頼っていいんだから。…ワカバももっと頼ってくれればいいのに…」
    ぶつぶつと呟くりりに、わかばは少し表情を明るくした。
    「大丈夫ですよ。彼はりりさんのこととても頼りにしていますから」
    りりは、そうかなーと言いながら、嬉しそうに笑った。



    りんとわかば
    りりはその日もワカバの家に届けるお昼を準備して出かける準備をしていた。
    天気は正直あまりいいとは言えず、風がかなり強く、雲の流れがかなり速かった。
    りりは雨合羽を出すかどうしようか悩みながら、広間に降りた。
    「あれ、りん。どうしたの?」
    ふと、自室から弓や剣をもって出てきたりんに目を止め声をかけた。
    「…どうやらムシが大量発生しているらしくて。処理を依頼されたから見てくる」
    「…え、また?ついこの間もりんが行ったんだよね。ほかの人は?」
    「ああ、みんな用事があるとか、都合がつかないとかで」
    りりはむっと不服そうな顔でりんを見上げた。
    「…それ、りんに押し付けてるだけじゃない?ほかの人も手伝ってもらったほうがいいんじゃない?大体、自警団の人たちりんに頼りすぎ」
    絶対おかしい、と憤慨するりりに、りんは落ち着かせるようにりりの肩に手を置いた。
    「…そうかもしれないけど、結果的にりりや姉さんのためにもなる。別に気にしてないよ。でも、心配してくれてありがとう」
    りんは事も無げに言って、外に出た。
    「…あまり、無茶しないでよ」
    「わかってるよ」
    りりの頭に手を置いて、りんはよしよしと撫で、森へ出かけて行った。
    りりは、不安な顔で歩いていくりんを見送り、姿が見えなくなると自分もワカバの家に向かうことにした。

    「はい、じゃあこれ、2週間分出しておきますね」
    ワカバは橙の葉の調合内容を確認して、老婆に小さな瓶を渡した。
    「ありがとうございます先生。本当に、先生が来てくれてよかったわぁ」
    腰が曲がって少しばかり足元のおぼつかない老婆は、杖を突きながら瓶の入ったかごをもってリビングから外に出ようとした。
    「足元、気を付けてね」
    りりは老婆の手を取って、階段をおろしてあげた。
    「本当に、りりちゃんはいい子ねえ。いいお嫁さんになるわねえ」
    「そ、そうかな」
    えへへ、とりりは照れたように笑みを浮かべて、老婆を見送った。
    「お嫁さんかー。」
    りりは弾む足取りでワカバの家に戻った。
    ワカバは、奥から出てきたわかばと額を寄せてブツブツと話をしていた。
    「どうしたの?」
    「ああ、ちょっとね。緑の葉の配合率をどうしようかって話で。」
    わかばは、りりに細かく刻まれた緑の葉を見せた。
    「これを軟膏や噛みたばこにしようと思うんですけど、あまり緑の葉を混ぜると効きすぎてしまうので」
    「効きすぎたらだめなの?」
    「特に問題のない状態で強い葉の効果を受けると、逆に健康に影響を及ぼすこともあるそうです。一般的に少し疲れた、くらいの時に使うものであれば、粉末でいいそうです」
    「それと、一応葉の大きさは大きくなるほど扱える人が限られてくるから…。あまり配合を増やすのもね。」
    ワカバはうーんとわかばのメモした橙の葉のレポートを見つめ、
    「試しにこのくらいの量でやってみてくれる?」
    橙に数値を書き込んでわかばに渡した。
    「わかりました。」
    わかばは内容を確認して頷いた。
    ふと、ワカバは棚にずらりと置かれたハーブや鉱石を見て、しまったと呟いた。
    「さっきの処方分でハーブがなくなってる。まずいな…。明日までに別の人の分を用意しないとなのに…」
    ワカバはうーんと頭を抱えた。
    「私、行ってこようか?」
    「え?だ、だめだよ。取りに行くのは森だから。森に子供は入っちゃダメ」
    「…むう」
    子供じゃないのに、とりりは若干不機嫌な表情を浮かべた。
    「じゃあ、僕行きましょうか」
    恐る恐る手を挙げたわかばの言葉に、ワカバは思わずわかばを見やった。
    「…君が?確かに君なら草も扱えるから何かあっても大丈夫だと思うけど…」
    ワカバは少し考えこみ、やがて頷いた。
    「…わかった。じゃあ、お願いするよ」
    「はい」
    わかばは頷いて、りりがくれた帽子を目深にかぶった。
    「いくつか葉を渡しておくから、何かあったら使って。それと、もし危ないと思ったらすぐに逃げる。いいね」
    「わかりました」
    わかばは少し青い顔ではあったが頷いて、外に出て行った。
    「…大丈夫かな」
    「彼は一応僕と同じレベルで葉を扱えるから、そこは問題ないと思う。それより、自分で外に出ようとしたのは大きな進歩だし、出来れば意思を尊重したいかな」
    ワカバはそういいながらりりに向きなおった。
    「りりのおかげだよ。」
    ワカバはりりの頭を撫でてありがとう、と礼を言った。
    りりは、嬉しそうにワカバに抱きついてぐりぐりと頭をこすりつけた。
    「えへへー。もっと頼っていいんだからね、ワカバ」
    ワカバはりりを撫でながら、少し考えこむようにりりを見やった。
    「…ねえ、りり。前にも言ったけど、りりが望めば学術院で勉強することはできるよ。君の能力や発想力なら、僕なんかよりももっとすごい研究とかだってできると思う。僕は今推薦状はちょっと書けないけど、僕の先生とかならたぶん推薦してくれると思うんだ」
    ワカバの言葉に、りりは一瞬動きを止めて、表情を曇らせた。
    「…いい。私はここでワカバのお手伝いする方がいいから」
    「…りり」
    ワカバは何か言いたそうな顔でりりを見つめたが、すぐに笑みを浮かべてりりの頭を撫でた。
    「わかった。でも、考えが変わったら、いつでも言ってね。」
    「うん…。わかった」
    りりはそういって少し微笑んだ。


    この街の陸側は港から続く崖まで城壁がめぐっている。城壁の先は農地が少しあり、あとは港から陸揚げされた物資を運ぶための街道が続いている。街道は途中でいくつか分かれており、さらに内陸の大きな都市へ続く街道は往来も多く荷馬車が列を作って進んでいる。
    わかばは、街道を脇にそれて隣の国の境まで続く大きな森の前に来ていた。
    かつては森の中を通って隣の国に進むルートがあったそうだが、森の中でのムシの被害が増えたころから、このルートを使うものも居なくなり、道も荒れ果てていた。
    用事のある人間も基本的にはもともとあった道から外れないように木を伐りだしたり山菜などを取っていた。
    わかばも同じように崩れた石畳の道を目印に、奥に進んだ。
    オリジナルの自分が作ってくれた簡単な地図と磁石、目印を頼りにいくつかの採取場所を見て回る。
    「お、あったあった」
    三か所目で必要なハーブを見つけて、いくつかをナイフで必要な箇所だけ切り取る。
    ふと、何か妙な音が聞こえたような気がして作業の手を止める。
    「…なんだろう…。」
    耳鳴りのような不思議な音に、わかばは辺りを見渡した。
    目に見える範囲では何も見えないが、気のせいかちりちりと耳から背中に沿って何かぞわぞわとした感触が這い登ってきた。
    その時、いきなり背中に衝撃が走ってわかばは思い切り前につんのめった。情けない音を立ててわかばは地面に転がる。
    「…ボーっとするな」
    りんはわかばに襲い掛かろうとしていたムシの攻撃をよけて、思い切り蹴飛ばす。
    ひっくり返ったムシの腹をりんが対ムシ用の剣ですると緑の光が一瞬光り、ムシは甲高い音を立てて動かなくった。
    「…あ、ありがとうございます」
    わかばは起き上がってふうっと息を吐いた。つんのめった拍子に手から離れた籠と、こぼれたハーブをかき集める。
    「…何をしている」
    「あ、えっと、採取を」
    「そんな軽装でか?」
    りんは信じられないような表情でわかばをしげしげと見つめた。
    「え、まあ…」
    わかば頭からずれそうになっていた帽子を深くかぶりなおしながら小さくなる。
    「…ご迷惑おかけしてすみません。」
    「…いいから、さっさと街に戻れ」
    「あの、あなたはどうされるんですか」
    「もう少し見て回る。まあ、もうほかの人はいないだろうが…」
    りんはわかばに背を向けた森の奥に歩き出した。
    ふと、わかばの耳にまた耳鳴りのような妙な音が聞こえてきた。
    わかばは、目の先に何か大きなものが動いたような気がして、とっさに青の葉を取り出して起動させた。
    りんの前に透明な壁が現れたと同時にりんの少し手前に、ヒトよりも大きい蜘蛛のような形のムシが現れりんに向かって襲い掛かった。
    わかばの張った壁に衝突してムシはのけ反り、いったん後退して二人を遠巻きに眺めて威嚇するように足を振った。
    「大型?こんな人里そばに?」
    「大丈夫ですか」
    わかばはりんのそばまで近づいて足を打ち鳴らすムシをこわごわ見やった。
    「ああ、しかしこれをどうにかしないと…。この感じだとそのまま街のほうに向かうな。」
    ムシは大きく足を振りかぶって壁に叩きつけた。壁にひびが入り、わかばの手の中の青い葉が湯気を出し始めた。
    「…もう持ちません。」
    「蜘蛛型の小型のムシなら、腹側なら攻撃が通るから、同じタイプならあるいは…」
    「…なるほど。どうにかしてひっくり返すとかすればいいんですね」
    「そうだが、あんな大きいの、持ち上げられるものでもないだろう」
    「…ひょっとしたらなんとかできるかもしれないです」
    わかばは呟いて青の葉をもう一枚取り出した。
    「草を使って何とか弱点を出してみます。もしうまく弱点を出せれば攻撃をお願いします。」
    「あ、ああ」
    りんは頷き構えた。
    ムシがもう一度壁に足をたたきつけ、ひびの入った壁が高い音をたててはじけた。同時にわかばの手の中の青い葉から蒸気が出て崩れた。
    ムシは奇妙な音を立ててわかばに向かって足を振り上げた。わかばは小さな壁をだして一撃を耐えた。ムシは壁に当たった衝撃で若干バランスを崩して後ずさった。
    わかばは前に思い切り前に踏み込んで滑りこむように青い葉をムシに向かって投げつけた。
    青い葉はまっすぐ飛び、ムシの足元に潜り込んだ。
    地面から水晶のような石柱がムシの足元に生成され、バランスを崩していたムシは大きくのけ反った。

    ―いまなら

    すきを窺っていたりんは思い切り踏み込んでムシの腹の下から剣で突き刺した。
    先ほどの小さい虫よりも大きな甲高い音が響き、ムシが倒れた。
    「うわっ」
    下にいたわかばは慌てて這いつくばってムシの下から這い出た。
    「ほら」
    りんの差し出した手につかまり、わかばは立ち上がった。
    「ありがとうございます。すごいですね。あんなに大きいのを一撃で。」
    転がっているムシとりんを交互に見やってわかばはふうとため息をついた。
    「まあ、仕事だからな。ほかに得意なこともないし…」
    りんは少しこそばゆさを感じて頬を赤くする。
    思わず巻いていたマフラーに手をやり口元を隠すが、ふとわかばはマフラーを押さえるりんの手元に気づく。
    「その怪我。大丈夫ですか」
    「…怪我?ああ、これか」
    りんは右手のグローブを裂いて縦に走る切り傷を見やった。
    「向こうで小型を相手したときに少し切っただけだ」
    「雑菌が入るとまずいですよ。見せてください」
    わかばは手を差し出して笑顔で言った。
    りんは、しぶしぶと右手を差し出した。わかばはりんのグローブを取って傷を見た。
    「結構深い傷ですね。グローブも破れてしまっているし…これは…」
    わかばはポケットから緑の葉を取り出してりんの傷にそっと置いた。
    緑の葉が光り、りんの傷は跡形もなく消えた。
    「…グローブも直しておきますね」
    わかばは同じようにグローブに葉をあてると、グローブの穴が元通りふさがった。
    「どうぞ。」
    「あ、ああ…」
    りんは思わず手とグローブを見つめた。
    普段一般の人間が使う粉末や欠片とは違う、一枚の葉を使うものは初めてだった。
    「あ、ありがとう…」
    りんは、ぎこちなく礼を伝えると、わかばはいえいえと手を振った。
    「僕はこれくらいしか出来る事が無いですし…。本当に、みなさんの役に立つことをされていて、すごいです」
    わかばはそう言いながら、少し悲しそうな、羨ましさを込めたような笑みを浮かべた。
    りんは、どっと頬が熱くなったような気分になり、思わず咳払いをして視線をそらした。
    そして、ふと時間が経って崩れ始めた青い壁を見やって、わかばにもう一度向き直った。
    「…そ、そういえばおまえ、青い葉が使えるってことは…りりが言っていた丘の上に住んでいる学士か」
    「え、あ、えーっとまあ…。りりさんのお知合いですか」
    わかばの複雑そうな表情にりんは気づかず答える。
    「…同じ孤児院に住んでいる。」
    「そうなんですか…。りりさんには、お世話になっています。僕は…わかば、と言います」
    「…りん。りりの事、気にかけてくれて感謝している。」
    手を差し出されてわかばは慌てて手を出す。
    「よろしくお願いします。りんさん」
    わかばはりんの手を握り、笑みを浮かべた。


    「それじゃ、僕はここで」
    街の入り口まで戻ると、わかばはぺこっと頭を下げた。
    りんは、ああ、と頷いて、急いで丘のほうに向かうわかばの背中をぼんやりと見送った。
    なぜだか、わかばからの素直な感謝の言葉を思い返し、りんは思わず頬に手を当て押さえた。
    別に、感謝されたいと思ってなどいない。
    当たり前のできることをしているだけだ。
    こんなことで浮かれるなんて子供じゃないのだからと、りんは頬をパンと叩いて、頭の中の考えを振り払うように孤児院の柵をあけて中に入る。
    念のため、玄関のドアを開ける前に息を吸って、吐いて、落ち着いたと思ったところでドアを開ける。
    「…ただいま」
    「おかえりにゃー」
    広間のテーブルで書き物をしていたりつは顔を上げて手を振った。
    「…何か変わったことでもあった?」
    りつは、りんを見やって少し首を傾げた。
    「大型のムシが森に出た。」
    「え!?だ、大丈夫だったの?」
    びっくりして、書き物の手を止めて、りつはりんを見やった。
    「…ああ、その…」
    りんは一瞬言いよどんでから
    「…りりの言っていた丘の上に住む学士が偶々森にいて、あいつの持っている草とかを使って何とかした」
    「丘の上の…。ああ、あの先生にゃ。」
    りつはなるほどと頷いてから、りんを不思議そうに見やった。
    「でも、それだけ?」
    「それだけって?」
    「だってー。りん、顔がずいぶん緩くなっていたみたいだったから、何かいいことあったのかにゃーって」
    「…いや、別に。まあ、りょうやりくが居ないでも大型を倒せた、のは良い事かな」
    「…ふーん…」
    りつは少し考えてから、まあいいかとでも言うように肩をすくめた。


    わかばは、ばたばたと丘を駆け上って、誰にも見られてないことを確認してから家の中に入った。
    「おかえりー。大丈夫だった?」
    ソファに座って本を読んでいたりりは顔を上げて、わかばの手から籠を受け取った。
    「ワカバは今地下室だよ。お疲れ様。これは私が持って行ってあげるから、お茶を飲んで少し休憩してね」
    「ありがとうございます。りりさん。…あ、そういえば」
    わかばはりんにあったことをりりに伝えようとしたが、りりはバタバタと籠を抱えて部屋を出て行った。
    「…まあ、いいか」
    わかばは、帽子をコート掛けにかけ、椅子に座って、テーブルの上のティーポットからお茶を注いだ。
    お茶を少し飲み、わかばはふうっと息を吐いた。
    森で会ったりんの事を思い返し、わかばはポケットの中の橙を出して何となく手でなでる。
    自分でも誰かに礼を言われることが出来たことを、わかばは橙に記録して嬉しそうに橙の葉をくるくると回した。



    りんとりり
    「りんー、ちょっと手伝ってにゃー」
    「え、ああ」
    物思いにふけっていたりんは、りつの声に慌てて顔を上げた。
    「…なにこれ」
    箱いっぱいのリンゴを引きずって中に入れようとしているりつに、りんは急いで箱を抱える。
    「…悪いにゃー」
    「さすがに三つ同時に持つのはどうかと思うよ。姉さん」
    「…いやー、行けると思ったんだけど」
    「…」
    りんは思わず無言でりつを見やった。
    「…で、これは?」
    「復活祭、もうすぐでしょ。ご近所に配るお菓子を用意しようと思って」
    「ああ、もうそんな時期か」
    りんは台所の奥の貯蔵庫に箱を置いた。
    「今年は慰霊祭もまとめてやるんだって。あれから2年たっているし」
    「…そう。そっちは教会側でやるの?」
    「そうみたい。壊れた時計塔も、寄付が集まったとかで今修理しているみたいで、そのお披露目とかも考えているみたい」
    「…ああ、だからやけにあの辺人が多いのか」
    「…ただ、りりにミサに行くか、まだ聞けていないんだけどにゃ…」
    りんは、台所の壁に寄り掛かりりつに向きなおった。
    「…表面上は、落ち着いているけど」
    「そうなんだけど…。うーん…」
    りつは悩むなあと頭を抱えてうめいた。
    「そういえば、りん、最近ポーっとしていることが多いけど、どうしたのかにゃ」
    「…え、そうだっけ」
    りつはそうだよ、とリンゴを一つ箱から出してりんに放った。
    「なんか、悩みごと?」
    「いや、別に…」
    りんは何となく居心地が悪くなってもぞもぞと体を動かした。
    りつは、ひょっとして、と少しおかしそうな顔をした。
    「誰か、良い人でもいたのかにゃ?なーんて」
    「はっ!?」
    りんは思わず声を上げ、驚いた拍子に後ろの壁に思い切り頭をぶつけた。
    「…にゃ、じょ、冗談にゃ。冗談。」
    「…変なこと言わないでよ姉さん」
    りつは慌てて手を振り、笑ってごまかした。

    ―これは、ちょっと本当にそういう事なのかしら

    りつは、変に刺激して折角のチャンスを逃すのは不味いととっさに考え、笑ってごまかした。
    ゴシップが嫌いなわけではないが、この生真面目すぎる妹にもし浮いた話があるなら何としても成就させなくてはならない、という謎の使命感がりつの身内に沸いていた。
    りんは冗談だという姉の言葉を信じたのか、落ち着いた声でこほんと咳払いして何事もなかったように流した。
    「すこし、外を歩いてくる」
    「りん、それなら、ついでにこのリンゴ、あの丘の上の先生のところにもっててあげてにゃ。本当はりりに持たせようと思ったんだけど、私が色々ほかの事している間に行ってしまったみたいだから」
    「…え」
    りんの表情があからさまに変わり、りつは気づかないふりをしながら籠にリンゴを詰めてりんに手渡した。
    「あの子、ここ最近ずっと行っているけど…」
    どこか、咎めるような声音に自分でも気づいたのか、りんは少し顔をしかめた。
    りつは、面倒なことになりそうな予感に若干頭を抱えそうになった。
    寄りにもよって、りんが気になる相手がりりが好意を抱いている相手とは。
    「お手伝いしているんだって。あと、りりが乗り気な時は勉強も…少し教えてくれているみたい」
    「…ああ、そう、か」
    りんは思わずつぶやく。声はいつも通り妹に対する気遣いがこもっている。
    「りょくちゃんも言っていたくらいに才能のある子だからね。本当は…」
    「…そう、だね」
    りんはりつから籠を受け取り、外に出た。
    庭を通って出ていくりんを見送り、りつはため息をついた。
    妹を悲しませるようなタイプではないので、多分りんの思いは届くことはないのだろう。
    どこまでも生真面目な妹を思いりつははあとため息をついた。
    悩み事は尽きることがない。


    りんは大通りの人込みをかき分け、大股でザクザクと丘を登り、こじんまりとした家の屋根が見えるところまでたどり着いた。
    いつの間にかさらに開墾された広い庭で、誰かがしゃがみこんでいるのに気付いた。
    「…おい」
    「う、わっ!はいっ!?」
    無心に草むしりでもしていたのか、驚いて立ち上がろうとしたワカバは、白衣の裾を踏んずけて後ろにひっくり返った。
    「…あ、はは。すみません、お客さんですか?ちょっと待ってくださいね」
    起き上がり、今度は裾を踏まずに立ち上がったワカバはりんに笑顔を向けて畑から出てきた。
    りんは、ぽかんとワカバを見つめた。
    つい数日前に会っているのにまるで初対面のようなワカバの振る舞いにりんは意味が分からず言葉を失った。
    「…え、あ、え?」
    「あれ、りん?どうしたの?」
    そこに、家の中からりりが出てきてりんに走り寄った。
    「あ、ああ。これ。りりが出てから届いたから。」
    りんは、釈然としない表情のままりりにりつから預かっていたりんごの籠をりりに渡した。
    「そうだったんだ。ごめんね。わざわざ」
    「いや、ついでだから」
    りんはそれだけ言って、手を振って踵を返してもと来た道を下り始めた。
    「ありがとうございます」
    ワカバのお礼の言葉が、なぜか背中に冷たく刺さるように感じた。

    りんはそのまま戻る気が起きず、ふらりと大通りのほうに向かった。
    祭りが近づいてきているためかなり人出が増えており、市場もいつもなら見かけない行商などが店を広げていた。
    りんは喉の奥、というよりは胸に近い部分にチクチクとした感覚を感じながら人の波に流れてりつが言っていた修理中の時計台の前の広場に来ていた。
    二年前の嵐の際に時計が壊れてしまっており、ずっと針が止まったままだったが、覆いをかけられ外側から足場が組まれて、職人たちが壁や装飾の修理をしている様子が広場から見えた。
    りんは広場にある噴水のふちに腰を下ろしてぼんやりと修理の様子を見上げた。
    「…りん、さん?どうしたんですか?」
    聞き覚えのある声に、りんははっと我に返った。視線を合わせるために少しかがんで見つめてくるわかばの目を見つめ、りんは瞬きした。
    「…いや、別に」
    「そうですか」
    わかばは何か言いたそうな表情を一瞬浮かべたが、すぐに表情をやわらげた。
    りんは目の前にいるわかばを見上げた。森で見た時と同様帽子を目深にかぶっており、くしゃくしゃな髪の毛が帽子の端から主張するようにはみ出ている。
    白衣を脱いでいるせいだろうか、猫背気味で気の弱そうに垂れた眉、先ほど丘の上で会った人物とは思えないほど、どこか幼さがある。
    「それは…」
    りんはわかばが抱える袋を見て首を傾げた。
    今にも中身がこぼれそうでかなりハラハラするバランスだ。
    「ああ、えっと…。買い出しなんですけど。何でかあちこちでいっぱいおまけをもらってしまってこんなことに…」
    袋の中から丸パンが転がり出そうになり、りんは思わず手で受け止める。
    「すみません」
    「…それじゃ丘まで持って帰れないだろ。少し持ってってやる」
    「え、いいいいです!本当に!ってうわわっ」
    言っているそばからバランスを崩して中身が飛び出そうになり、慌ててりんが袋の口を押えた。
    「…持ってやる」
    「はい…」
    りんは袋の中から手で持てそうなチーズやバケットをとって歩き出した。
    そのあとを慌ててわかばが追いかける。
    「…あの、りんさん。さっき見ていたあの時計台は…」
    「ああ。二年前のひどい嵐の時に、壊れてしまったんだ。それを今修復しているそうだ」
    「へえ…。そんなことが」
    わかばは後ろを振り返って時計台のほうに目を向けた。
    「…そういえば、お前。ずいぶん買い物したようだな」
    「ええ、まあ。研究しているとちょいちょい買い物も億劫ですので。」
    りんはちらりとわかばを見やり、そうか、とだけ呟いた。
    「あの…りんさん?」
    「何?」
    「どうかしましたか?僕、何か気に障ることでも…あ、いや、この間助けていただいたのに、またこうやって助けてもらってるのは、本当に申し訳ないですけど…」
    わかばはううっと呻いて猫背をさらに深くした。
    「…別にこれくらいは平気だけど…。お前、この間の森でのこと、覚えてるんだ」
    りんの言葉にわかばは当たり前じゃないですか、と頷いた。
    気づけば、大通りを抜けて丘に向かう一本道の前まで来ており、大通りからの賑やかな声や音が背後から聞こえてくる。
    「…あの、りんさん。ここまで来たら、僕、もう一人で大丈夫なんで」
    ありがとうございます、と言いながらわかばは少し前をいくりんから荷物を受け取ろうと手を伸ばした。
    「別にここまで来たらちゃんと持って行ってやる」
    「いや、そんな、悪いですよ」
    「…気にするな。それとも」
    りんは、じっとわかばの目から何か読み取ろうとするように見つめ
    「私が行くと何か困ることでもあるのか」
    「…いえ、あの、ない、です。もちろん…」
    わかばは顔をひきつらせた。凄みを感じさせるりんの眼差しに気圧され、首を上下に振るしかなかった。
    りんはそうか、と頷いてずんずん先を進んでいく。
    わかばはどうか外に彼が居ませんようにと祈るしかなかった。
    幸い、畑にはだれもおらず、わかばはほっと胸をなでおろし―すぐに頭を抱えた。
    「り、りんさん!それ、テラスに置いておいてくれれば!」
    りんは、わかばの制止を無視して、何か確信したのか、すたすたと玄関前のテラスの階段を上り、玄関のドアを開けた。
    「あれ、いらっしゃ…」
    調合作業をしていたワカバは手を止めて笑みを浮かべ、すぐにひくっと顔をひきつらせた。
    「やっぱりか」
    りんは、ワカバを見つめ、外に立っているわかばの襟首をつかんで部屋の中に放り、玄関のドアを閉めた。
    「…え、えーっと…」
    ワカバはりんとわかばを見つめて頬を掻いた。
    「買い出しの荷物、持ってきたから」
    「あ、ありがとうございます…」
    「ワカバー、どうしたの…って、りん?」
    奥から出てきたりりは、ワカバたちとりんが立っている事に気付いてあっと声を上げた。
    「りり、これはどういうこと?」
    「えーっと…。」
    りりはわかばたちに目を向けると、ワカバは仕方がないと肩をすくめた。
    「あのね、りん」
    りりはりんを椅子に座らせて、事の顛末を簡単に説明した。


    りんは、わかばの入れたお茶を手に取り、りりの説明の内容を反芻した。
    「にわかには信じらないが…りりが言うなら本当なんだろうな」
    りんはお盆をもって立つわかばに目をやり、奥に立つワカバと見比べた。
    背丈も顔も、話の通りであれば複製されているので同じである。しかしりんにはどこか二人に決定的に違うものがあるように感じた。
    見られていることに何かを感じたのか、わかばはりんのほうに向きなおった。
    「すみません、りんさん。混乱させるような事をして」
    わかばの謝罪に、りんは思わずいや、と手を振る。
    「…ああ、そういえば。そっちの…」
    りんはワカバに目をやり言葉に窮した。どう呼べばいいのか悩ましい。
    「僕のほうかな?」
    ワカバは察したのかにこやかに笑みを浮かべて手を振る。
    「あ、ああ、りりに勉強を教えてると聞いて…」
    「うん、教授たちほどじゃないけどできる範囲で。りりはすごいんだよ。もしもっと体系的に勉強すれば色々すごい論文を出せると思うんだ」
    ワカバの目が輝いて、興奮したように話し始めた。逆に、りりの方は居住まいが悪くなってきたのかそわそわとし始めた。
    りんは、目を点にして適度に相槌を打つほかなかった。横でわかばはうんうんと同意するようにうなずいている。
    いつもの事なのかあまり気にしていないようだ。
    「…りん、今日は私先に帰るね」
    「え、りり、ちょっと…」
    りんはさっさと外に出ようとするりりに、思わず声をかけて手を伸ばしたが、りりは振り返ることなく外に出て行った。
    「…一体…」
    りんはよくわからずワカバのほうに目をやった。
    「…その、すまない。りりがあんな…」
    「ああ、うん。僕もつい、せっかちになってしまったから…。気にしていないよ」
    ワカバは少し悲し気に出て行ったりりの茶器を手に取った。
    「…お姉さんにこんなことを言うのもちょっと気が引けるんだけど…。あの子は勉強することを諦めてしまっているように見えるんだけど…。」
    ワカバの問いかけに、りんは少し息を詰まらせた。
    「…多分…私たちのせいだ」
    「どういう、事でしょうか」
    わかばは不思議そうに首を傾げた。
    「もともと、あの子には家族がいたんだが…。二年前にあった水害で…。りつ姉さんが引き継いだ孤児院に私たちで相談して引き取ったんだ。ただ、あの時点でりょくを学院に送り出していたし、引き継いだばかりの孤児院も水害で結構影響を受けてしまっていて金がなかった。いえば、何とか工面してあの子を送り出すんだが…」
    りんは眉を寄せて苦し気に息を吐いた。
    「…賢い子だから、気づいていたんだろうな…」
    「水害って…あの、そういえばりんさんが言っていた時計台が壊れた時の…」
    「ああ。」
    ワカバは思い出すように少し上の方に目をやり、
    「噂で聞いたことがあるな。この街の事だとは思わなかったけど…。大潮と満潮が重なったところに大嵐が来て、すごい被害が出たという話だったと思う。」
    「ああ、ひどかった。港に停泊していた船は大型のものでも桟橋を超えて倉庫街に押し寄せてくるし、水がすごい勢いで街に押し寄せてくるし、川からも逆流してあちこちが水に沈んで…。」
    りんは一口、今度は慎重にお茶を飲んで息をついた。
    「…ついこの間までは外に出るのも嫌がっていたんだが、今は外に出ることも増えてきていて、そういう意味では感謝している」
    ワカバはどういたしまして、と言ってほほ笑んだ。
    「こちらこそ、りりのおかげで助かっているんだ。彼の事とかも。勉強の事は…いつか自分からやりたいというまで待つことにするよ。」
    「大丈夫だろうか…」
    「大丈夫だよ。りりは頑張り屋だし、向上心とか好奇心もすごいし。」
    ワカバは言いながらカップを片付けるために奥へ姿を消した。
    りんはふと気づいて外に目を向けた。少しばかり日が陰ってきている。
    「…私も帰らないと。長居をしてすまなかった」
    席を立って歩き出すりんに、わかばが玄関の戸を開けた。
    「いえ、りんさんとお話しできて嬉しかったです。いつでも来てください。」
    「あ、ああ」
    わかばは玄関先で手を振り、りんは頷いて背を向けて歩き出した。
    気のせいか、耳元まで熱くなっている気がして思わず指で自分の耳たぶを触りながら、りんは息を吐いた。

    「ただいま」
    部屋に入ってきたりんを、りなが出迎えた。
    「お帰り。ご飯の準備できてるから早く来るんだな!今日はりなちゃん特製のミートパイとスープだな!」
    言うだけ言って、りなはばたばたと台所に消えていき、りつが院長室から肩を回しながら草臥れた顔で出てきた。
    「おかえりー。さっきりりが帰ってきたみたいだけど、なんか部屋に入って出てこないんだにゃー。なにかあったのかにゃ」
    「そう、ちょっと見てくるから、姉さんたちは先に食事をとってていいよ」
    りんは武器を下げていたベルトを外してコート掛けにかけて、二階に上がった。
    「りり、入るよ」
    りりの部屋の前でノックをし、扉を開けると、小さなベッドに丸まってりりがシーツをかぶっていた。
    「…りり」
    シーツから少しだけ頭を出して、りりはりんを見上げた。
    「ごめん、りん。いきなりあんな風に出て行って。ワカバも怒ってたよね」
    りんはベッドのふちに腰かけてりりの頭をなでた。
    「怒ってなかったよ。無理をすることでもないから気が向いたらでいいよって」
    りりは、起き上がって目じりをぬぐった。
    「でも、りり。りりがしたい事があるなら我慢する必要はないよ。お金の心配なんてする必要はないんだから」
    りんの言葉に、りりは少し笑みを浮かべた。
    「…ありがとう。でも、お金よりも…」
    りりはりんの服を握りしめて息を吐いた。
    「…外が怖い?」
    「…うん…避難しようって外に出た時の事、やっぱり時々思い出しちゃって。」
    りりの背中をさすり、りんはそうか、と頷いた。
    りんはりりに何があったか、詳細を聞いたことはなかった。
    当時りんはりつと別の方面で手伝いをしていて、りりは姉たちが嵐の中を抱えて連れて帰ってきたというりなの話を聞いただけだった。
    「怖い思いをしたのだから、そう思うのはおかしいことじゃないよ」
    「…でもね、わかばが…。怖がりだったわかばは、最初あった時外に出るの怖がってたのに、一人で何とかしようとしてて、私何にもしてないままで。手伝うって言ったくせに何にもできていない…」
    「二人ともりりに感謝していた。りりは色んな事してくれているって。」
    「本当に?」
    「私、りりにうそをついたことあった?」
    問いかけに、りりは首を振る。
    「本人からも聞いてみればいい。きっと、同じことを言うよ」
    りんの言葉にりりは少し表情を緩めた。
    「うん、ありがとう」
    「どういたしまして。さ、ご飯にしよう。りなと姉さんも待っている」
    「…うん…。」
    りりはベッドから降りて、目元をハンカチでぬぐいとって頬を数回、気合を入れる様に叩いた。
    にこりと笑ってりんを見る顔はいつもと同じように明るい表情に戻っていた。
    「…そういえば、りん」
    「何?」
    先に部屋から出ようと戸を開けたりんを、りりは呼び止めた。
    「りんは…あの…。ワカバのこと、どう思うの?」
    「…学士のほうのか。どうって、まあ物知りな感じだなとしか。」
    「…じゃあ、もう一人の、わかばの方はどう思ってるの」
    「どうって…」
    りんは言葉が出てこず、思わず沈黙した。
    「りん、顔真っ赤だよ。」
    「はっ!?」
    慌てて頬に手を当てるりんに、りりは笑みを浮かべた。
    「やっぱり、りんって顔に出やすいよね。わかばとワカバ見ていた時の顔、全然違うもん」
    「りり、ちょっとま」
    「先に食堂行ってるね」
    りりは明るい声で言い置いてりんの脇をすり抜けて一階に降りて行った。
    残されたりんは、部屋にかけられている鏡を覗き込み、頬をつねっていた。

    騒動
    わかばは一人で街に出ていた。
    ちょうど貨物船が入港しているのか物を運ぶ人馬があちこちで列をなしてひどくごった返していた。
    大通りを抜けて、修理中の時計台が見える広場まで来て、わかばはいったん休憩しようと噴水のへりに腰かけた。
    ひどい突風が吹き、思わず帽子を押さえてわかばは呻いた。
    ここ数日、ずいぶん風が強い。
    本で読んだところこの辺りは季節が変わるころになると海側の風がひどくなる傾向があると書いてあった。これが恐らくそうなのだろう。
    はたしてこんな状態で船が入港できるのだろうか。
    再度かなり強い風が吹き抜け、修理中の時計台の足場が大きく軋んだように見えた。
    「大丈夫なのかな…」
    わかばは思わず呟いて、時計台の方に目をやった。
    「…あれ、りんさん?」
    見覚えのある姿を見つけ、わかばは思わず声をかけた。
    「お、お前…」
    驚いて振り返ったりんに、わかばはこんにちは、と頭を下げた。
    「どうかしたんですか?」
    「あ、ああ…。ちょっと森の方に行って…。帰ってきたところだ」
    りんはわかばにちらりと視線をやって、ふいっと横を向いた。
    「そうだったんですか。見回り、ですよね。すごいですね。危なくなかったですか」
    「あ、あれからは特に問題はないようだから…。別に大したことはない」
    「よかったです。あ、でも怪我とかなら、僕でも治せるので、言ってくださいね」
    わかばの言葉にりんはもごもごと頷いた。
    「どうかしましたか?」
    「いや、別に…」
    うつむいてマフラーに顔をうずめる様にしたりんに、わかばは不思議そうに首を傾げた。
    「あの、何か僕気に触るような事しました?」
    「べ、つに。何も。ちょっと…その…」
    りんはわかばの顔を見ることが出来ずに視線をさ迷わせた。りりに言われた事が気になってろくに顔を見ることが出来ないなどと、間違えても言えない。
     何か良い事を言えないかと思わず目を上に向けた時、海の方から風鳴りが聞こえ、わかばやりんもよろめく様な強い風が吹き抜けた。
     露店の屋根が吹き飛ばされ、外に置かれていたものが音を立てて転がり、あるいは吹き飛んであちこちの家の屋根や壁、窓にぶつかり、人々の叫びや悲鳴が聞こえてきた。
    ざわめきと悲鳴、叫ぶ声が二人の周りで起こり、風が収まって咳き込む二人で、周りの人々が時計台に目をやった。
    わかばは時計台の方に目を向けると、修理中の外壁工事のためにつけられていた足場が、時計台の一番上から崩れているのに気付いた。悪いことに、足場の崩壊はさらに進んでいるのか木の軋む音と折れるような鈍い音が聞こえてくる。
    「まずい、作業員が…」
    自力で降りることが出来た作業員たちが建物から離れる中、どうやら縄か何かにぶら下がって作業していた一人が宙づりになったまま取り残されていた。
    りんは野次馬たちの間を縫うように進み、崩れていない足場を伝って軽業師のように上に登って行った。
    わかばは少し遅れて時計台の下に立ち、あたりに目をやった。
    「りんさん、気を付けてください。足場の木材がぶつかって、壁にひびの入った個所が出来ています」
    「わかった」
    りんは鐘楼の下にある屋根に上り、作業員のそばに近づいた。
    「おい、大丈夫か。こっちに引き上げるから」
    「命綱が…。絡んで取れないんだ…」
    男が青ざめた顔で呟き、りんは男がしがみついているロープに目をやった。
    どうやら服の一部が風にあおられたときにロープに巻き込み絡んだのだろう。
    絡みついているロープを切るか服の方を切るかしかないが、足場が崩れてしまっている以上、りんが男の全体重を支えたまま作業をすることになる。正直、自分よりも確実に重さの男を支えられるかわからなかった。
    どうするか。
    りんはナイフを手にしたまま逡巡した。
    すると、ガラス同士がこすれた時のような高い音ともに、りんと、作業員の男の足元に青い柱のようなものが現れた。
    「これは…」
    「足場を新しく作りました。それを使ってください」
    地上からわかばが手を振り声を上げた。
    「た、助かった…学士様様だ…」
    男はぶつぶつと呟き、りんは、急いでロープに手をやった。
    「ロープを切るぞ。」
    「頼む」
    りんは足場につるされていたロープをナイフで切り、作業用の台になっていた板切れを屋根側に放った。
    男はわかばの作った足場に座り込み、息を吐いた。
    「今、あいつが足場を作るから、それに乗って降りてくれ」
    「わ、わかった」
    男はそろそろと階段状に作られた柱にすがるように降りていく男を見ながらりんは周囲に目をやった。
    「りんさん、早く降りてきてください。人が離れたら緑で足場を修復してみます」
    「ああ」
    わかばに支えられて作業員の男は地上に降り、地上で歓声が上がった。
    りんは踵を返して地上に降りるためにわかばの作った足場に降りようとした。

    再度突風が吹き、崩れかかっていた足場が崩壊し、大きな音を立てて時計台の壁側に崩れた。
    りんが立っている場所も崩れ始め、りんは慌ててかろうじて一部残っていた屋根の装飾に捕まった。
    元々水に浸かってしばらく放置されていた建物だったからか、壁の亀裂は徐々に鐘楼のある尖塔にまで広がっていた。
    わかばは最後の一枚の青の葉をどうやって使うか思考を巡らせた。
    方法は一つしか思いつかなかったが、構造体を生成する青のケムリクサで、崩れかけた壁や建物にどんな影響があるか、今のわかばの知識では導き出せなかった。
    下手をすれば新しく生成した構造体によって崩壊がさらに進んで大惨事を引き起こす可能性がある。
    ―彼がここにいてくれればもっとうまくいったはずなのに。
    わかばは一瞬よぎった考えを振り払った。
    今ここにいるのは未熟な自分である。りんが捕まっている場所が崩れるまで時間もない。わかばは葉を起動させて建物に向かって投げた。
    葉は斜めに壁を生成し、さながらスロープのような形状で固定化され、りんの足元まで伸びた。
    「りんさん!」
    わかばの声にりんはためらわずに手を放し、スロープを滑り降りた。
    勾配を調整できなかったためかなり急な坂を滑り降り、りんは勢いよく地面に滑り込んだ。それを、どうにかわかばが抱えて地面へ激突するのを抑え込んだ。
    「すみません、もう一枚くらいあれば何とか緩い坂にできたんですけど…今日そんなに草をもってきてなくて…」
    わかばは申し訳なさそうに呟いた。
    「いや、おかげで何とかなった」
    りんはクッション代わりになったわかばの手を取って立ち上がって、服のほこりを払った。

    ふと、何か重いものが軋むような音がして、りんは上を見上げた。
    視界一面に見えたのは、崩れてきた足場の木材や壁の一部だった。
    りんが反応するより早く、わかばが思い切りりんの体を遠くに押しやった。
    崩れた瓦礫がわかばの頭上に降ってきて、りんは思わずわかばの名前を呼んで手を伸ばした。

    「下がって」
    後ろから声がして、突然、先ほどわかばが壁を作るときに出た音よりも、大きく澄んだ音が響き、わかばの周りと、時計台全体を囲うように巨大な壁が出現した。
    わかばに降り注ぐところだった瓦礫は時計台を囲ったこの壁の内側に落ちていった。
    「りん、わかば、大丈夫?」
    りりが二人に駆け寄り、青い顔をしてりんにしがみついた。
    「よかったー。りりが何か起きているって言ったから見に来たんだけど…怪我はない?」
    ワカバはもう瓦礫が落ちてこないことを確認し、わかばの周りに張った壁だけを解除し、わかばにしゃがみこんで問いかけた。
    「大丈夫です。」
    「本当に大丈夫か」
    りんは思わずわかばの顔を覗き込んだ。
    「だ、大丈夫ですよ。どこも怪我していないです」
    ほら、この通り、とわかばは手を軽く振り、ふと頭に手をやり首を傾げた。
    「あれ、帽子…?」
    「だいぶ前からどこかに行っていたぞ。」
    りんはわかばの頭や体に怪我やこぶがないか確認し、納得したのか頷いた。様子を見ていたワカバも頷いて
    「大丈夫ならよかった。それにしても、頑張ったね。すごいよ。」
    ワカバはわかばの頭を撫でて嬉しそうに笑った。
    「いえ、僕は…何もできなくて…」
    「強度も生成した構造体のコントロールもちゃんと出来ているし、使い方も面白いね。あの斜面とか。独特な使い方をするよね。もっと自信もっていいよ。」
    ワカバは言いながら緑の葉を数枚取り出して、崩れた建物に向かって放り投げた。
    壁で囲われた建物全体にうすぼんやりと緑の光で覆われ、崩れた壁が元の状態に戻り始めた。
    「あの大きさを直すんですか」
    「うん。壁で囲って所で範囲指定したことになるから、それで指定範囲全体の物質を安定化させるんだ。」
    わかばはなるほどと頷いた。
    後ろで二人を見ていた救助された作業員と仲間は、どういうことなのかという表情で二人を交互に見やった。
    「…あのー学士様…方。あんたらいったい…。双子…?」
    「あ、あー…っとその…。これは…厳密には違うんですけど…ちょっと色々あって」
    ワカバのぎこちない言葉に、男たちは何かを察したのか、あるいは良く分からない事は深く考えることを放棄したのか
    「いや、何にせよ、死人が誰も出なくてよかった。学士様方と…りんのおかげです。」
    深々と頭を下げる男たちに、ワカバたちは慌てて頭を下げる。りんは少し頬を赤くしてマフラーで顔を隠した。
    「学士様方。これも何かの縁ですから一杯やりましょう」
    がしっと両側から抱えられ、二人はえっと声を上げた。
    「いや、あの僕らお酒は…ちょ、あの!」
    助けてーと叫ぶ二人にりりはりんに
    「どうする?」
    りんは肩をすくめ
    「あそこから引っ張り出すのはちょっとな。私まで巻き込まれそうだし。」
    「まあ、仲良くなれそうだよね…多分。」
    連れていかれる二人を眺めながら、二人は壁で囲われた建物を眺めた。わかばが作った足場は役目を終えたのか、壁の内側ですうっと解けるように消えるのが見えた。
    りりは何か思うところがあるのか、ぼんやりとその様子を眺めてポツリと呟いた。
    「私も…頑張るかな」
    りんは、りりの肩に手を置いてぽん、と力づける様に軽くたたいた。

    終わりに

    それから数日後、りんはいつもの通り身支度をして外に出た。
    庭ではりつが菜園の草むしりをしており、りんに気付いて手を止めた。
    「りん、出かけるの。りりはもう先生の所に出かけたよ」
    「そう。なんか考えていたみたいだったけど」
    「うん、色々とね。慰霊祭のミサも出るって。もっとも、今回は復活祭とは別になるみたいだけど。あの騒ぎで」
    「無理な工事してちゃ、世話ないからな」
    「まあ、そういう事だにゃー。」
    りつは再び足場が組まれた状態になった時計台に目を向けた。
    ワカバによって崩壊前の状態に戻った作業現場の方からは今日も賑やかな音が聞こえてくる。仕組みは誰も理解できなかったが、緑のケムリクサの力でも二年前の状態にまで戻すことは難しいようだ。
    りつはりんに向き直って嬉しそうに笑みを浮かべ
    「それにしても焦ったにゃー。りりとりんの好きな人が同じ人だったと思ったときは本当にひやひやしたんだからー。まさか、あんなにそっくりさんだったなんてにゃー。でも、ちょっとぽやっとしている方のわかば君の方がりんにはいいかもね」
    「姉さん!何言って…」
    「顔に出やすいって、前から言ってるでしょ。りんは」
    りつはぶつぶつと言い募るりんの背中を押して、ぽんと孤児院の外に押し出した。
    「さ、早く行ってくるにゃ。わかば君誘うんでしょ」
    行ってらっしゃい、と手を振って、りつはりんを見送った。
    りんは一瞬何か言いたそうにりつを見やったが、有無を言わせないという姉の笑みに、何か決心をしたのか背筋を伸ばして丘の上のワカバの家に歩き出した。
    道中、いつもの通り大通りを通っていると、あちこちの露店から声をかけられ学士様たちに渡せと何故かいろんなものを託され、両手に抱える荷物を持ったまま、りんは時計台の横を通り過ぎた。
    「ああ、りん。見回りか」
    時計台の修理を眺めていた石工の親方がりんに気付いて声をかけてきた。
    「ずいぶんな荷物だな」
    「露店の人たちが丘の家に行くなら持って行けって」
    「ああ、なるほど。りりじゃ持っていけないもんな。で、お前さんは弟に用か」
    「弟…」
    わかばの事だろう、りんは思わず呟く。
    「…あの後色々酒飲みながら聞いたけど、難しい話は俺らみたいな学のないやつにはわからん。ようは礼を言うべき相手がわかりゃいいしなー」
    何故だかりんは男たちに言い包められ、苦笑いするわかば達を容易に想像して、ふっと表情が緩んだ。
    気を付けていけよと手を振る親方と、作業をしながら手を振る男たちに見送られて、りんは丘の上の家に向かった。


    家の前には、すでに出かけていたはずのりりが何か考え込んでいるのか、ノックをする状態で固まっていた。

    「どうしたのりり」
    「り、りん?どうしたの?」
    りりは驚いて声を上げた。
    「ああ、その、ちょっと」
    りんの様子に何かを察したのか、りりはにっと笑った。
    「そういえば、わかばが昨日ちょっと嬉しそうだったけど、それと関係する感じ?」
    「な、別に、ただちょっと、森の見回りに付き合えってだけで」
    「りんから誘ったの?」
    「う、いや、は、話の流れでそうなっただけで…」
    りりははいはいと手を振って、先ほどまでとは打って変わって、気安い様子でワカバの家のドアを開けた。
    「お邪魔しまーす。」
    「いらっしゃい」
    「おはようございます」
    ワカバたちは二人に気付いて手を振る。
    二人でお茶を飲みながら議論でもしていたのだろう、テーブルには雑然と本や橙の葉が置かれてペンや葉が転がっている。りりが片づけないでいるとこのまま数日放置されるだろう。
    りんは、道中もらったものをわかばに渡した。
    「ど、どうしたんですか?これ」
    「道々、露店の人とから持って行けって。」
    「わあ、ありがとうございます」
    「そんなにたくさんあるとしばらく買い出ししなくてもよさそうだよね」
    ワカバとわかばはもらった果物やお菓子やらパンやらを適当な籠の中にいれて嬉しそうに礼を言った。
    りんはわかばに向き直り、
    「出かけられるか」
    と声をかける。
    「あ、ちょっと待ってください」
    わかばは急いでポケットにケムリクサを詰め込んだ。
    「それじゃ、僕いってきます」
    「行ってらっしゃい、気を付けて」
    ワカバは手を振ってりんとわかばを見送った。
    りりも手を振り二人を見送り、しばらく二人の様子を眺めていた。

    少し時間が経ってから、ワカバがぽつりと言った。
    「…お茶いる?」
    ワカバは残っていたポットのお茶を入れてあげると、りりはわかばが座っていた椅子に座った。
    「二人とも楽しそうだよね」
    「うん、昨日の夜も彼ちょっとはしゃいでいたからね。」
    ワカバはりりのためにテーブルを片付けながら答える。
    「…あのさ、ワカバ」
    「何?」
    片づけの手を止めてワカバはりりに眼を向けた。
    「…色々考えたんだけど、勉強、教えてもらえないかな。街を出て、っていうのはまだちょっと…怖いんだけど…出来る事とかはやりたいし」
    ワカバはりりにの横に座り、うんと頷いた。気のせいだろうか、どこか表情が明るいように見えた。
    「もちろん、良いよ。街を出ないでも方法はあるし、僕も考えるよ」
    ワカバは嬉しそうに答えてりりの頭を撫でた。
    「本当に?」
    「うん、もちろん」
    りりはほっと止めていた息を吐いて、肩の力を抜いた。
    「…私ばっかりわがまま言ってるよね…。」
    「そんな事ないよ。頑張り屋だし、一生懸命だし、りりのそういうところ僕は好きだよ」
    「ほんと!?」
    思わず詰め寄るりりにワカバは面食らったような表情で頷いた。
    「そ、そんなにびっくりするようなこと言ったっけ?」
    「だって、ワカバっていっつも、『感謝している』とか、『助かるよ』とかしか言わないから。そりゃ、嬉しいけど…好きって言ってくれたのは初めてなんだもん」
    「…そうだったかなぁ」
    「そうだよ!」
    ワカバはりりがそういうならそうなのかもなーと、にこやかな表情で呟いた。
    「あ、もうお茶がないね。私持ってくるよ」
    「え、ああいいよ。僕がやるから」
    「いいのいいの!私に任せてよ!」
    軽い足取りで台所に入っていくりりを、ワカバは楽しそうに眺めていた。




    森の中は静まり返っていて、時折小さな鳥の囀りだけが聞こえてきていた。
    「今日は問題ない感じですね」
    わかばはりんの後をついていきながらつぶやく。
    「ああ、あれ以来大型も街の傍まで来ないし、随分落ち着いているようだ」
    森を抜けて、街道に出たところでりんはわかばに振り返り、わかばに小さな封書を手渡した。
    「ただ、姉たちから連絡があって」
    「お姉さん?」
    「りょうと、りく。今は長期で少し遠くの…妹のりょくがいる街に助っ人として行ってる」
    「そうなんですか。やっぱり、強いんですか?」
    「ああ、私よりな。私は姉に鍛えられたから」
    「はあ…すごい」
    わかばは想像をしてみようとしたのか少し考え込んで、首を振った。
    「それで、連絡というのは」
    「助っ人に行った先がムシの移動経路になっているみたいで、結構大変だから、手伝えないかと」
    「りんさん、にですか」
    わかばは少し表情を曇らせてりんを見やった。
    「ああ、どうしようか考えていたんだが…。その」
    りんはそこで少し言い淀み、癖で口元をマフラーで隠そうとして、手を止めた。
    「…い、一緒に行かないか」
    「…へ?」
    わかばは予想もしなかった事に思わず目を点にした。
    「ぼ、僕?」
    「その、お前のおかげで何とかなったところもあったし。いてくれると、その…うれしい」
    りんはそれだけ言って口を閉ざした。わかばは言われたことを反芻するように少し考え、嬉しそうに頷いた。
    「はい、りんさんの役に立つなら」
    りんは、ほうっと息を吐いて、そうか、と呟いた。
    「…本当にいいのか。やりたい事とか…あるなら…無理にとは」
    「ええ、僕、りんさんと一緒にいるのが好きなんで。大丈夫ですよ」
    天気の話でもするような様子でさらりと言い、わかばは弾む足取りで街へ向かう道を歩き出した。
    「…っ」
    りんは思わずむせて大きくせき込み、先を行くわかばを見つめた。
    赤くなった顔がいよいよ耳まで赤くなり、りんは思わず顔を手で覆った。


    ----------------------
    一応ネタとしては裏姉妹と共闘する攻防戦とワカバとりりの出会いと数年後の話はある……
    どうでも良い設定
    ・ワカバとわかば
    何となく、白衣を着ている方がワカバ、着ていない方がわかばでお互い分けていた。
    もしくは長めの裾がワカバ、短い裾はわかば。
    なお、二人だけの時はわける必要がないので適当。寝るときは全く同じ寝間着で寝相もシンクロなので起こしに来たりりやりんでも一瞬悩む。


    ・白衣
    アニメ本編と同じデザインに左胸のポケットにエンブレムがあるイメージ。
    ワカバは学士様なのでラインが入っている。Drになると襟の線が増える。
    入学時はシンプルな白衣の状態で卒業すると線が入ったものを授与される。
    邪魔になるからとワカバは殆ど着ないが正装としてほぼ同じ形の白いコートもある。
    こちらも胸にエンブレムがついている。


    yu__2020 Link Message Mute
    2019/08/06 20:52:56

    【わかりん/ワカりり】少女と丘に住む学士様

    マリーとエリーのアトリエの漫画好きでそれっぽい日常ファンタジー的なモノを書こうとした何か。
    ファンタジー要素がどこかに消えてしまった気がする。
    ワカバとわかばとりりとりんが同じ空間に存在するために色々考えたもの。
    この頃はまだ普通のわかば君とワカバさん…
    タイトルはTwitterで良い感じのをもらったので少し改造して使わせてもらいました。ポニョっぽい感じで。
    #ケムリクサ #二次創作 #わかりん #ワカりり #ファンタジー

    more...
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