甘える口実 それは我が友が招いてくれた塵歌壺の内部、中でも俺のお気に入りの場所となった書斎で心穏やかに過ごしていた時だった。何やら厨房のある方向がやけに騒がしい、先ほどバルバトス……いや、人間の時はウェンティと名乗っていたな……が俺の隣でうたた寝していた空を引き剥がして連れて行った筈だが。
我が友こと空も大概巻き込まれ体質と言うかお人好しと言い直すべきか、だからこそ周囲に人が集まり愛されるとも言えるのかも知れないが相手はあの騒々しいウェンティなのだ。俺の予想通りトラブルに巻き込まれてしまったのかも知れないな、そうだとしたら年長者として助け舟くらいは出してやらなければ。
「全く、一体何の騒ぎ……ッおい、空?」
「んー……しょーりだ、えへへぇ……」
「なんだモラ……じゃない、鍾離か。丁度いい所に来たね、皆で一杯やろうよ!」
厨房に入った途端咽せ返るような酒精の匂いが押し寄せてきて周囲を見渡してみれば酒で出来上がってると思しき奴が数名、顔をほんのりと朱に染めて蕩けた表情でやたら俺にくっついてくる空、極め付けに悪びれる事なく度数の高い酒を勧めてくるウェンティの姿。こうなるであろう事がわかっているから風情の判らない飲兵衛詩人に酒を持ち込ませるなと言っているんだが……
しかしここでこの先どうするかなどと悩んでも仕方ない、まずは酔っ払っているらしく俺にぴったりとくっついて来る空をこの場から連れ出しておかなければ。俺はどう言われようと良き友人として、そして恋人として付き合いをしているのは事実なので何を言われても構わないが周囲から冷やかされて羞恥から引き籠る空はなかなか可愛……可哀想だからな。
「俺は遠慮しておく、迎えに来ただけだ」
「相変わらずお堅いねぇ、一杯くらい呑んでいけよ」
「迎えに、来ただけ、だからな。空、戻るぞ」
「ひゃーい……ウェンティ、またねぇ」
名前を呼べば素直にこちらへ向かってくるが俺が来るまでに相当飲まされたのか、普段と比べて足取りがかなり覚束ない。倒れ込んだりはしないものの余りの危うさに手を差し出してやると現在の頼りない見た目とは裏腹に結構な力強さで俺の手を引いてくる。
その無条件であろう期待と信頼はとても嬉しいのだが、俺以外だったら恐らく力負けしていたのではないだろうか? 容易く抱き止められたから良いものの……酔っ払い相手に本気がみっともないだのよく判らない戯言が聞こえてくるが今の俺は機嫌が良い、気のせいと言うことにしておこう。
「なんか、じめんがふわふわするねぇ……ふへへ、たのしーね、しょーり」
「そうか、楽しいか。……後で酔い覚ましの茶を入れてやろう、先ずは水を飲め」
「おみずのむ……あれぇ、すいとーあかにゃい……」
「仕方ないな、貸してみろ」
はしゃぐ空に冷水を注いでおいた水筒を手渡し、運んでやった方が早いと抱きかかえると寝室にしていた筈の部屋へ向かうが普段の器用さはどこへ行ったのやら、水筒の蓋に悪戦苦闘を繰り広げて諦めたのか、胸元に甘えて擦り寄ってくる様はとても心臓に悪い。幸い片手で外せる範疇だったので俺が外してやったが手元が覚束なくなるほどアルコールを接種した事に違いはない。ウェンティは一体こいつにどれだけ酒を飲ませたんだ?
腕の中でそんな誘惑を仕掛けて来る空をあやしながら寝室まで最短距離、且つこんな状態だからこそ酔っ払った空に手出しをしない自分を褒め称えても良いくらいだ、全く。
「水を飲んで横になっているといい、少し待っていろ」
「やだぁ、しょーりがのませてー! のませてくれなかったらぁ……」
「何をする気だ?」
「んっとぉ……どーしよ?」
空自身は酔いも手伝ってか楽しいらしく、ベッドの上でケラケラと笑い転げているのが見えるが彼の最大の誤算は俺が契約と公平を重んずる神だと言う事を忘れている事だろう。等価は貰うが願われたのならば必ず応える、それは凡人として市政に紛れている今も変わらない。
ベッドで横たわる空の手から水筒を奪い取ると徐に中身を口の中に流し込み無防備に開いた唇に押し当て、舌で調節しながらゆっくりと温くなった水を流し込んでやる。一応驚いたみたいだが、口内に注がれたものを飲み込むとすぐに舌を絡めてくる様子はたっぷりと教えてやった甲斐があると言うものだろうか。
「んぁっ、ふ……ぁ、しょう……んぅ……は、うぅ……」
「足りなかったか?」
「……うん、もっとぉ……」
……これは果たして快楽で恍惚としてるのか、それとも酒が抜けてきて眠くなっているのか、どちらとも判別し難いな……前者だったら構わず誘いに乗って抱くんだが後者だった場合コイツは俺などお構いなしに寝てしまうだろう、割とそう言う部分には容赦がないからな空は。
そんなことを考えてる間にも目が閉じかけてきてるし今日はこれでお開きと行った所だろうな……このツケは後日きっちり返して貰うが。
「おやすみ、空」
「んん〜……だっこぉ……」
「やりたい放題だな」
すぐに寝入ってしまった空の服装を少し寛げると俺も最低限の装飾を脱ぎ捨てた後、体温の高い体を抱き寄せて眠りに付く。
明日の朝、目覚めた空がどんな反応をするか楽しみだ。