はやくおいでよその日、オールド・シャーレアンを小さな嵐が通過した。
すっかりこの街にも馴染んだ終末の英雄が、はるかトラル大陸の海路へ旅立ってまだいく日もない。ないはずなのだが、エーテルの道筋をたどってか、その人は慌ただしくまた広場に降り立ち、何を探したものか大慌ての風情で街中をとたとたと走っている。
冒険の大半を実のところ探し物・探し人で占めている、その筋の玄人を前に、見つからないものはない。今回のさがしものーーーグ・ラハ・ティアもまた、ラスト・スタンドの帰りみちを早々に見つかり、彼が予測できるはずもない情報量に襲われることとなった。
「......うわっ!?だ、誰...ってあんたか!?...トラルにいるんじゃ...ど、どうしたんだ!?」
とっとっとっとっと、と道向こうから走ってきた冒険者が、まるでそうするのが世のことわりですよ、とでも言わんばかりに、走ってきた勢いのままグ・ラハの外套の腹あたりに顔を埋め、こねこやこいぬのするようにぐぐぐぐぐぐ...とめり込んでくる。
エーテライトがあるとはいえ、新しい土地にたどり着いた冒険者がすぐにこちらに帰ってくるはずもない、当然そう思ったがゆえの、船着場での見送りであり、餞別だった。哀れグ・ラハは、なぜここで憧れの英雄が己の腹に無言でめり込んでいるのかがまったくわからず、手の置き場もなく、混乱のデバフをスタックさせるほかない。めり込まれている状況から可能な限りで冒険者の全身を検分し、傷や状態異常がなさそうであることを確認してひとまずほっとすることしかできない。
「お、おい...だいじょうぶか?向こうで何かあったのか?」
英雄は無言である。無言のまま、引き続きめり込んでいる。めり込んでいるし、少し腹を吸っている気がする。ふご〜〜〜...という呼気が聞こえてくる。グ・ラハは途方にくれた。百年の経験も、「憧れの英雄が突然現れて腹にめりこんできたときどうすればよいか」を教えてはくれなかった。だれか助けてくれ。
やがて、祈りがどこかに届いたのか、冒険者はゆっくりと剥がれた。なにか、ぶすくれた顔をしている。えっ!?めり込み心地が、良くなかったのか..!?とグ・ラハは謎の衝撃を受ける。もっと怒ってもいいのだと誰かこの人に教えてあげてください。
「....し、....から...」
「えっ?」
「...トラルのご飯、すごくおいしい。タコスってわかる?とうもろこしの粉で焼いた薄い香ばしいパンにスパイシーなお肉とか野菜いっぱい挟んだ屋台飯、ぜったいあなた好きだと思う、いっしょに食べ比べしたい、食べたことない果物がいっぱい売ってるから感想聞きたいし、街の外に出たら見たことない植物ばっかりだし、雨の降り方もこっちと違う、雨があったかいの、こちらで見たことのない様式の遺跡も、いっっぱいあるよ......」
“あなたの決めたことをじゃましたくはないけどでも自分の気持ちも我慢できません”という葛藤をくちゃくちゃの顔面でわかりやすく提示しながら、冒険者はサリャク像が揺れるのではないかという音量で、
「..........早くこないと、ぜんぶ先に冒険しちゃいますけど!!!!!!!」
と叫ぶやいなや、即座にテレポを詠唱し姿をくらませた。
あとに残されたグ・ラハ・ティアは、ぽかん...と数分固まっていたが、徐々に感情が追いついてきたのか、ぶるぶると尻尾を震わせはじめる。
あ、あんた、それだけを言いに戻ってきたのか!?とか、せっかく戻ってきてくれたならもっと詳しく話を聞きたかったぞ、とか、結局なんで腹にめりこんできたんだとか、ぜったいにオレが好きそうな飯の話をされたせいで昼飯のあとなのに腹が減ってきたじゃないか、とか、向こうで「これラハが好きそうだな」って思ってくれたのは嬉しいな、とか、あんなふうに言われたらあんたと向こうで食事をしたくなるだろ、とか。
オレなりに色々考えて今回は見送る側に立ったっていうのに、あんなふうにいわれたら、あんたと、旅をしたくてたまらなくなるだろ、とか。
今すぐ航路の乗船枠を確かめにいきたくなってたまらなくなってしまった気持ちと、コートの腹部分の妙な湿り気をもてあまして、グ・ラハ・ティアは途方にくれた。あまりにも冒険者の思う壺なのだろうことが悔しいけれど、帰宅したら、旅用の背嚢にいたみや綻びがないか、確認してしまう気がする。杖や装備の状態も調べてしまう気がする。保存食なんかも、マーケットで買ってしまう気もする。いや、別に何のためというわけでは、ないのだけど!!