言葉を忘れたあいつは最後の最後、サバイバルナイフを手に紙切れを銜えていた。
焦点の合わない目をぐるぐるさせ、脅える周囲を気にも留めずふらふらと覚束無い足取りであいつは俺に近付いて来た。首を傾げ歪に笑う。聞こえるはずのない笑い声が耳を埋めた。
恐怖と困惑の中、俺はあいつと一瞬目が合ったような気がした。
途端あいつはニヤッと目を歪め持っていたサバイバルナイフを胸まで掲げた。悲鳴が上がり狂気に場が伝播していく中、俺は紙切れに何かが書かれていることに気が付いた。何が書かれているのか視線を紙に向けた瞬間、あいつが勢いよく自分の首にナイフを引いた。
唖然とする中、紙切れはみるみる赤く染まっていった。
クシャクシャに折れ曲がったそれに何が書かれていたか、言葉を忘れたあいつが何を書いたのか結局俺は知ることが出来なかった。