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GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

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    しおり
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    しおり
    かくれんぼ ずっと、遠くで呼ばれている気がする。自分の事を呼んでいるのに、何で呼ばれているのか、何と呼ばれているのかが分からない。
     真っ暗いような、橙色に光っているような。ただ時間が過ぎていくのは分かるのに、どれだけ時間が経ったのかが分からない。目を閉じたまま自分が在るだけの状態を、僕は「夢」と呼ぶことにした。


    「もういいかい」
     背後へ、生垣でぐるりとかこまれた公園の中へ問いかける。
     口を閉じて、息を止めて。少しのあいだ返事を待つけれど、なにも返ってこない。木の枝に立つ葉っぱのすきまを、こどもが踏み固めた細いけもの道を、風が走っていくのが聞こえる。
    「もう、さがすよ?」
     目をふさいだ手のひらを、小指の方から開いていく。
     最初に見えたのは地面の黄土色。その手前にあるのが乾いた砂で真っ白になった自分のくつ。顔をあげて、ささくれみたいに反発したがさがさの木の幹。緑の葉っぱ。
     後ろを向く。だれもいない。土、芝生、遊具。むきだしの土の色よりも、背をおなじようそろえた芝生の緑の方が多い。おなじ方向へ吹く風が雲のかたちを変えていって、緑色が、沈んだり光ったりをくり返している。
     汗をぬぐうと、砂がまざってざらざらとしていた。

    「次郎くんみっけ」
    「京ちゃんみっけ」
    「一茶くんみっけ」
     すべり台の下、木の幹の裏側、ベンチの下。指を差して、見つけたをくり返す。
     公園の入り口。車止めの杭の上。
    「カズにいちゃん、みぃつけた」
     杭に腰かけ手をふるカズ兄。これで全員、みつけた。


     夏だ。まっしろの太陽が射す光は、注射器よりも細い針でちくちくと肌を刺して痛い。生温かい空気は手でつかめそうなほど質量を感じるのに、Tシャツをなんどあおいでも、水の中を泳ぐみたいにぬるりともとの位置にもどってくる。
    「くるひもくるひも、かくれんぼかくれんぼかくれんぼ! ばっかみたい!」
     煩わしそうに汗をぬぐうと、千砂ちゃんはアイスを片手に地団駄を踏む。手首を軸にアイスがゆれるたび、水滴が地面に水玉模様を描いた。糸を張ったようにふるえる、ぴりぴりとした高い声。カズ兄ちゃんはわざとらしく耳をふさいで見せる。
    「千砂はもっと大人のあそびがしたいの! わかる? 千砂はもう、あんたたちみたいな子供じゃないんだから!」
     棒に残ったアイスを口で抜きとると、千砂ちゃんは順々にみんなを指差す。六番目にゴミ箱を指すと、棒に包装紙をむすんでなげた。
    「じゃあ、千砂、おまえがなんかてーあんしろよ」
     しゃりしゃりと、アイスをかじりながら次郎くんが言うと、千砂ちゃんはそうじゃないとすねを蹴る。
    「ばっか、ぼうりょくおんな! ゴリラやろう!」
    「千砂ゴリラじゃないもん! 次郎がゴリラなんだから!」
     千砂ちゃんと次郎くんが顔をよせる横で、みんなが順番にゴミ箱へアイスの棒を投げ入れていく。最後にカズ兄がゴミを投げると、千砂ちゃん、次郎くんのあいだをぬって手をあげた。
    「カズ兄ちゃんはお子様なので、次のラウンドもかくれんぼを提案しまーす」
    わきへ追いやられた二人がカズ兄のすねを蹴る。
    「カズにいちゃんは一番にいちゃんなんやし、もうちょっと大人になってや」
    「カズ兄ちゃんは、かくれんぼ、だーいすきの子供ですから」
     京ちゃんがため息をついてみせると、カズ兄はこどもみたく口をとがらせてみせる。もう一度すねを蹴ろうとする千砂ちゃんの足を止めると、かわりに人さし指を立てた。
    「じゃあ、一位になったやつの言うことをみんなで聞く。負けたやつ全員でな。これでどうだ? 張り合いが出てきただろ?」
     カズ兄ちゃんは順々に五つ、「1」の形にした指で顔を指差す。それを見た京ちゃんは、カズ兄ちゃんの指をつかむと目を輝かせた。
    「なんでもっ! カズ兄ちゃん、うち、かおりだまほしい! ビンに入ったオレンジいろのやつ!」
    「ぼくはみかんー」
     カズ兄ちゃんの腕を引っ張った京ちゃんに続いて、一茶くんがみかんを掲げる。
    「あんたみかんもってるじゃん」
    「そうじゃないの」
     みかんに手を伸ばした千砂ちゃんをかわすと、一茶くんはポケットにみかんをしまう。手ぶらになった手のひらを見せると、ない、ない、と横に手を振ってみせる。京ちゃんは一茶くんの前にしゃがむと、首をかしげて問いかけた。
    「そのみかん、どしたのイサくん」
    「おちてた」
    「おちてた? みかんが?」
     どこにと千砂ちゃんが聞くと、一茶くんは公園の外を指差す。
    「うちしっとるよ。みかんはふゆになるん。こたつでたべるもん」
    「いま、なつじゃん。それに千砂、このへんでみかんのきなんて、みたことない」
     京ちゃんの言葉に千砂ちゃんが声を重ねる。
    「それたべちゃダメだかんね一茶。一位になってカズ兄にあたらしいのかってもらうの」
    カズ兄に、という言葉に合わせてみんながカズ兄ちゃんを見ると、カズ兄ちゃんは腕を交差させてバツ印を作る。
    「物は禁止―。他のことにしろ。他のことに。あと、カズ兄ちゃんお金なんて持ってませんから。たかろうとしても無駄ですからー」
     ひらひらと手をふってみせるカズ兄ちゃん。京ちゃんは頬をふくらますと、カズ兄ちゃんの指を引っぱって関節を反らせようとする。カズ兄が腕をふり払って逃げ出すと、みんなもそれに続いた。
    「今度もイチが鬼な」
    公園の入り口、杭の前でカズ兄がふり返る。立ち止まるカズ兄ちゃんの横を、みんなが走り抜けた。
     後ろを向き、木に腕をつけ、また数を数える。真っ暗の中、地面をくつが蹴る音を追いかける。ざりざりと石がこすれる音がばらばらに広がっていくと、どの音がどこへいったのかわからなくなった。

    「もういいかい」
     背後へ、公園の中へ問いかける。
     口を閉じて、息を止めて、少しのあいだ返事を待つけれど、なにも返ってこない。
    「もうさがすよ?」
     目をふさいだ手のひらを、小指の方から開いていく。
     後ろを向く。だれもいない。土、芝生、遊具。
     すべり台の下、木の幹の裏側、ベンチの下。
     公園の入り口。車止めの杭の上。だれもいない。


    「カズにいちゃん。千砂ちゃん、次郎くん、京ちゃん、一茶くん。
     どこにいるの?」
     だれもみつからない公園に呼びかける。自販機の裏、生垣の陰、木の根元、ジャングルジムの中。どこにもいない。
     おなじ場所をいったりきたり。耳をすましても風の音が聞こえるだけ。息をすっても、その後には何も続かない。ほかの、だれの音も聞こえない。
     公園の端から端まで。往復する。さっきまでと同じ景色がある、ただそれだけ。心臓の音が骨をつたって、頭の奥でとくんとくんとひびいていた。
    「もうギブアップ。ぼくのまけだから、みんなでてきてよ」
     返事はない。二、三歩、あるいて止まる。あっちはさっき見た。こっちもさっき見た。さがしてない場所なんてないはずなのに、誰の影もみつからない。どこをさがしたらいいのかもわからない。
     もしかして、目を閉じた瞬間に、みんないなくなってしまったのだろうか。公園の中のどこをさがしたって、だれもいないのかもしれない。
     公園の入り口。車止めの杭の上。だれもいない。でも。公園の外になら、だれかいるかもしれない。まっすぐ芝生をぬけ、杭の上に立つ。前かがみになって外を見る。見える範囲にはだれもいない。
     少しだけ外へでてみようか。そう思い、公園をふりかえる。人影をさがすと、うしろで車の音が聞こえた気がして、杭からとびおりた。
    「こうえんのそとは、〝ズル〟だし」
     一歩、一歩、足を引きずって後退する。ふり返ってもういちど公園の中を見る。さっきとおんなじ、なにもいない。
     どこをさがしていいのかわからなくても、どこへいったらいいのかわからないから、公園の中へもどる。
     太陽が射す光は、ちくちくと肌を刺して痛い。
    さっきとおんなじ。真上にうかぶ太陽は、まっしろだった。


    「なにしてるの、イチ。こっち。こっちだって!」
     ふと、どこかで声がして、顔をあげる。前も後ろもだれもいない。だけど声だけは聞こえていて、こっち、こっちと呼びかけている。
     どこから呼んでいるんだろう。なんども呼んでいるのに、姿が見えず、手が届かない。
    「イチ」
    目を閉じて、声の方角をさがす。まぶたの中へ入り込むと、ふらふらと世界がゆれて、まっすぐ歩けない。それでも頭の中が声でいっぱいになって、ふわふわした感覚に、なんだかほっとする。
    草のこすれる音が砂をする音に変わって、砂をする音がタイルをたたく音に変わって。もう少しで届きそう。そう思って声に手を伸ばしたら、鼻先を車の音が通りすぎていった。アスファルトをタイヤがこする音が近づいて、そしてはなれていく。
    足の先には車止めの杭。ここから先は公園の外。この先へ、出ていってはいけない。それなのに、声は杭のむこうから聞えていた。
    「どうしたのイチ。なんでそんなところにいるの」
     声が問いかける。だって、この先へ行ってはダメって言われたんだ。こっちに来てはダメって言われたんだ。
    かくれんぼは、公園の中でしないといけないものなんだ。約束をやぶったらおこられてしまう。
    「はやく。こっちにきてよ、イチ」
     名前を呼んでいる。杭の外に声がいる。かくれんぼ、はやくみんなをさがさないと。こっちに来てはダメと言われたのに。
    「誰がそんなこと言ったの」
     だって、ダメって言ったのは。


    「ほらイチ。こっちだって」
     ふいに腕を引っぱられて、その方向へ足を出す。傾いた体を支えた足は杭のむこう側へ出ていて、腕をふり払おうとしたけど、はなれた腕をもう一度つかまれた。
    「みんな、まってるって。はやくさがそう」
    腕をつかんだのは次郎くんだった。次郎くんが走りだすと、引っぱられて一歩、二歩と公園からはなれていく。
    次郎くんの息が駆けるのを聞きながら、くり返し足を出す。止まろうと思っているのに、次郎くんの力のほうが強くて前のめりになるだけで、一歩、また一歩と足を出してしまう。
     つかまれた腕は引っぱられて痛いような、服がこすれてくすぐったいような。肌のふれる場所だけ熱を閉じ込めたみたいにあったかくで、どうにもならない感覚がもどかしい。
     何度か角を曲がったら、次郎くんが足を止めた。腕をつかんだままふり返って、目線を合わせる。
    「かくれんぼはもうあきたし、つぎはもっとちがうあそびをしよう。そのほうがずっとたのしいし」
     そのためにはみんなを見つけないと。どこへ行ってしまったんだろう。あんなに公園の中をさがしたのに、だれもみつからなかった。
    次郎くんが小指を出してきたのでそれに合わせて小指を出すと、新しい約束をする。小指と腕をはなすと、次郎くんは気合をいれるみたいに腕まくりした。
    「イチ、おれはこっちをさがすから、イチはむこうな」
     そう言いながら、次郎くんはみぎとひだりを指差す。指の先には道路が続いている。手を振ると、次郎くんはまっすぐひだりがわへ駆けていった。
    どんどんと離れていく次郎くん。だけどそれを追いかけることはせず、深呼吸をして、その場で足踏みする。約束をやぶってしまった。公園を出てはいけなかったのに、外へ出てきてしまった。ダメって言われたのに、怒られてしまう。
    これからどうしよう。胸に手をあてると、息がまだ駆けていた。後ろを向いて公園の方角をさがすと、次郎くんがふりかえり、声を上げた。
    「イチ、みんなみつけるまでもどっちゃだめだからな」
    どこから来たのかもわからない。みんなをさがさないといけないし、さがしても、さがさなくても約束もやぶってしまう。
    引っぱられた腕がじんじん痛い。つっぱった皮膚が向かってる先がどこだったのか。わからないまま、腕をなでた。


     次郎くんはみぎにいけと言った。立ち止ったまま背中をさがす。前にも後ろにもだれもいない。どうしようと迷っていると、風上からみかんの匂いがした。
    ふと、一茶くんがみかんがほしいと言っていたのを思い出して、匂いの方角へ足を向ける。この匂いを追いかければ、一茶くんもみつかるかもしれない。
     目を閉じると、みかんのすっぱい匂いが頬をなでて、くすぐったい。大きく息を吸うと鼻がつん、として、くしゃみが出た。
     ぺたぺたと足を動かしていると、いつの間にか風が止んで、みかんの香りが辺りをを包んでいる。匂いをかき分けて進むと、そこにみかん畑があった。
    道にそってぐるりとまわる。一度目の角を曲がったとき、木の陰でかさりと音が鳴った。
    「あーあ、みつかっちゃった」
     幹の後ろで、つぶやく声。畑に入って幹をまわると、そこにいたのは京ちゃんだった。京ちゃんはみかんのなった枝をゆらして、匂いをかぐ。
    「みかん、なっとるね」
     一茶くんがみかんをひろったと言ったのは、ここだったのかもしれない。それならここはまだ、公園の近くだ。あと二人。一茶くんとカズ兄を見つけて早く、公園に帰ろう。
    「うち、いい匂いするやろ。ずっとここにいたんよ」
     木陰に座り、体を伸ばす京ちゃん。京ちゃんに近づくと、柑橘っぽい、鼻がくすぐったい匂いと、しめっぽい、土の匂いがした。
    「これ、一個ぐらいもってってもいいかな」
     地面に落ちていた青い実を京ちゃんが拾う。手のひらで転がる小さなみかんをさわってみると、固くて、皮もむけそうにない。
    「イチはみかん、すき?」
     目を閉じると、やっぱりみかんの匂いがした。


     京ちゃんに手をふると、みかん畑の中を進む。
     枝をかき分けるかさりという音と、こすれた葉っぱが発する青くさい匂い。木になった青いみかんはとてもおいしそうとは思えないのに、感覚が混ざり合った先にあるのはたしかにみかんで、口の中に唾液をつくる。
    「イチ、みかん食べる?」
     差し出された手にあったのは、熟れたみかん。首を横にふると、一茶くんはその場に座りみかんの皮をむく。
    厚い皮に爪を立てると果汁がふき出し、鼻の奥にすっと空気が抜けていった。果肉の袋についた細かいすじまでとっていくと、一茶くんはもう一度みかんを差し出す。
    「あげる」
     首を振る。
     一茶くんはむいたみかんと木になったみかんを交互にみていたけど、つばを飲み込むと口の中へ放り込む。
     おいしい? と聞いてみたけど、一茶くんは、わかんないと答えた。


     葉っぱのトンネルをくぐってみかん畑を抜けると、住宅街に出た。三階建のアパート。木造のたばこ屋さん。見たことのあるような、ないような。道路の白い線を伝って、歩いていく。
    角を曲がって駄菓子屋さん。そうだ、ここでいつもアイスを買っていた。ショーケースのガラスをさわるとぴりりと冷たい。じんじんと痛む指先に、ひりひりとしたソーダ味を思い出して、つばを飲みこむ。
     駄菓子屋さんのとなり。コンクリートのブロック塀のむこう。見なれた景色に足を速める。白線から足を外すとそこに、公園があった。
    「カズにいちゃん、みぃーつけた」
     声と一緒に指を出す。入り口の杭に、腰かけるカズ兄。こちらに気がつくと手をふる。
    これで全員、みつけた。

    「カズにぃ、どこ行ってたの」
     目を閉じたあいだに、どっか行ってしまわないよう、腕をつかんで問いかける。カズ兄は逃げる素振りもなく、杭に座って足をぱたぱたと振っている。顔を覗いても、視線は合わなかった。
    「どこにも行ってないって。お前の方こそどこ行ってたんだ」
     それは嘘だと首をふる。あんなに公園をさがしたのに、誰もいなかったんだ。みんなだって公園の外にかくれてた。カズ兄だってそうに違いない。
    「他のやつらはどこだ。まだ見つかってないのか」
    「みつけたよ。だけどみんな、どっかいっちゃった」
     公園の外を見る。きっとみんな、かくれんぼを続けてるに違いない。
    「じゃあもう一回、だな。イチ、またお前が鬼だ」
     走り出しそうなカズ兄の腕を引き止める。ぎゅっと指に力を入れたけど、カズ兄の足は、案外簡単に止まった。


     ずっと、遠くで呼ばれている気がする。誰かが僕を呼んでいる。
     真っ暗な中、時間が過ぎていくのは分かるのに、その人はいつも僕を呼んでいる。
     握る手が暖かいのに、何も出来ないからくすぐったい。僕がこれが好きだった、なんて言われても、なぜ好きだったのかも覚えてない。
     だから僕は、この状態を夢と呼んだんだ。


    「僕、もうかくれんぼはもう飽きたよ」
     いつだってかくれんぼ。いつだって僕が鬼。かくれんぼだけじゃない、もっと別のことがしたい。同じことを繰り返したって何も変わらない。そんなの意味がないのを知っている。
    「仕方ないだろ。目を閉じたままじゃ、かくれんぼぐらいしか出来ないし」
    「そんなことないよ。目ならちゃんと開いてる」
    「それならお前には何が見えている」
    「なんでもだよ。ここにある、すべてが見えてる」
     腕を引っ張っても、カズ兄はこっちを向かない。カズ兄が何が言いたいのかが分からない。カズ兄の問いはふわふわと手で掴めなくて、雲みたいに指の間をすり抜けていってしまう。
    「お前は頭で見ているだけだ。目なんか開いちゃいない」
    「同じことだよ。体を動かさなければ、見分けなんかつきやしない」
    「見分けがつかないなら、なぜお前は言い切れるんだ」
    「だって僕は、夢を知ってるもの」
     目を閉じて見る夢は、いつも橙色の夕方だ。風も吹かず、季節も分からず、ずっと同じ時間で停滞している。光っているのに暗いような、日の沈まない夕暮れが、ちかちかと不安定に揺れている。何度名前を呼ばれても、どこから呼ばれているのかが分からない。何度手を伸ばしたって、何も掴めやしないんだ。
    「かくれんぼを終わらせたいなら、ちゃんとみんな見つけることだ」
    「みつけたよ。だけどみんな、どっかいっちゃったんだ」
    「ちゃんと数は数えたのか」
     頷くと、カズ兄の前で指を折り、数を数えて見せる。
    「いーち、にーい、さーん、し」
    四つ指を折って手を止めた。
    「イチ。こっち、こっちだって!」
     ふと、どこかで声がして、顔をあげる。誰かが僕を呼んでいる。声の方角を見て、足を止める。車止めの杭。公園の外から声がする。
    「どこにいるの」
     姿の見えない、声に尋ねる。この声は誰の声だろう。手を伸ばしても、声は問いには答えず、こっちこっちと呼んでいる。
     足踏み。もう少しで届きそうなのに、手が届かない。重力が何倍にもなったみたいに重くて、腕がだるい。目を閉じて、まぶたの中に潜ると声が近づいた気がした。オレンジ色の夕暮れが、近付いたり、遠ざかったり。ふわふわとしたそれは、まるで夢のようで。
    これで手が届く。そう思って声に手を伸ばしたら、鼻先を車の音が通りすぎていく。アスファルトをタイヤがこする音が近づいて、そしてはなれていく。
     目の前にあるのは車止めの杭。ここから先は公園の外。後ろを振り向いたけど、公園には誰もいなかった。
     約束を破ったら怒られるだろうか。

    息を飲み込み。目を開くと、公園の外へ足を出す。手を伸ばすと、何かに触れた気がした。

    沙々木ながれ Link Message Mute
    2018/07/20 22:04:43

    かくれんぼ

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      沙々木ながれ
    • 3--剣と魔法のトランスパートナー仮契約であろうと、制約がかけられることはには変わらない。だからこそ、互いの実力の分からない仮契約時には低級ダンジョンで力試しをし互いの相性を確認する。
       しかしここは俺も初めて立ち入った高難易度ダンジョン。それだけ腕に覚えがある、ということだろうか。いや、俺だってあのポンコツが一緒じゃなきゃ、これぐらいのダンジョン、楽勝だったはずだ。
      「……どう対処する、フレイヤ?」
      「……」
       俺達二人を軸にして、こちらの様子を窺うように周回する狼の群れ。5、6匹、いやまだいるかもしれない。彼女と背中を合わせ、互いに武器を取る。フレイヤが手にしたのは先に大きな宝玉をあしらった白い杖。対して俺はルーンを刻んだナイフだ。
       フレイヤも俺と同じ魔導士か。知的なイメージは彼女にぴったりだし、何よりも趣味が合う。もしかして俺達は最高のパートナーになるのではなかろうか。
      「ぼくに任せて下さい!」
       杖を握った彼女が先陣を切って敵の群れへ突っ込む。
       分かったぞ。彼女が敵を引き付けているうちに、俺がルーンを刻んで攻撃だな。何も相談せずともこのチームワーク。俺達は前世でも恋人同士だったに違いない。
      「足元に気を付けろ! 踏ん張りがきかないぞ……!」
      「大丈……ひゃぁっ!!」
       杖を振り上げた彼女が、先程と全く同じモーションで足を滑らせる。伸ばした手は今度は届かず、顔面から地面を滑り木の葉を巻き上げる。
      「フレイヤ……!」
       彼女の手から離れた杖は転倒した時にぶつけたのだろう、真っ二つに折れ方々に散らばる。地面に横たわる無防備な彼女に、狼達が狙いを定める。
      「逃げろ、フレイヤ!」
       足元の落ち葉をかき分け、地面へフサルクを書く。縦線一本、氷を意味するイスの文字だ。ナイフで指の腹を切ると、フサルクへ血を垂らし簡易的なルーン魔術を作る。
      「射抜け氷柱――!」
       フレイヤの周りを目掛けて細い氷の柱を射つ。狼が怯んだ隙に彼女の手を取り、自分達が進んできた方角へ走る。
      「仕方ない、一度撤退だ……!」
       力強く地面を蹴った足はそのまま地面を滑り、目前に地面。
      「ちょっとっ、待って下さい! ぼくはまだ戦えます!」
       枯れ葉に顔を埋める直前で、フレイヤの腕に引っ張り起こされる。
      「流石にこの数は無理だ! 一度ギルドに戻って体制を立て直そう」
      「いやです! そんなのまた負けじゃないですか!」
       手を振りほどいた彼女は折れた杖を拾い、狼へ向ける。
       俺だって彼女に良いところ見せたいし簡単に引き下がりたくはないが、この数相手じゃ流石に分が悪い。それに彼女は武器を失ってる。予めフサルクを刻んでおいた杖は魔導士にとって欠かす事の出来ない武器であるし、何より丸腰の彼女を魔物達が放っておくはずがない。それは昨日武器を折った友人のおかげで充分承知している。
      「そうだ、今日はもう日が暮れる。十分収穫があったし、続きは明日にしよう」
      「まだ日が高いじゃないですか!」
      「俺は8時には寝ると決めてるんだ!」
      「おまえが8時に寝るのなんて、見たことない!」
       勇ましくも戦わんとする彼女の腕をとり、もう一度走り出す。最初はしぶしぶという様子だったが、狼が彼女のローブに喰らい付かんとする様を見て、意識が一転する。
      「ちょっと! これ高かったんだから、もっと早く走ってよ!」
      「俺様はこれが全力だ!」
      いつの間にやら先行する彼女に腕を引かれ、俺達はついさっき通ったばかりの道を戻っていくのだった。


      「転移魔方陣だ、飛び込め!!」
      「は、はい……!」
       俺達はよっぽど都合のいい獲物だったらしい。いつの間にか、背中に魔物の群れをつけたまま、最初の転移魔方陣まで戻ってきていた。
       飛び込んだと同時に魔方陣をさせる。しかし逃さまいと狼までもが飛び込んでくる。コンマ1秒、寸での所で黄昏の景色が溶け、瞬きの後にあったのはギルドの待合い室だった。
      「助かった……のか」
      「……みたいですね」
       窓口の方を見ると幼馴染がにやにやと手を振っている。また逃げ帰ってきたのかと思っているに違いないが、今日ばかりはその通りなので仕方がない。
       失礼な幼馴染は無視して、フレイヤへ振り返り手を取る。今度は片手ではなく両手だ。
       俺にはまだ、今日のメインイベントが残っている。
      「フレイヤ。今日の成果はあまり芳しくなかったかもしれない」
      「だけど、俺はお前とならもっと強くなれる気がするんだ」
       一瞬俺を見た瞳が下を向く。フレイヤが肩を震わせる度、金色の髪がさらさら揺れる。
      「俺とこれからもダンジョンに……」
      「いや、俺と正式にパートナー契約を結ばないか」
       フレイヤの瞳が真っ直ぐに俺の目を見る。
       やはり、俺はこの緑色を知っている。どこで見たのだろう。それに思いを馳せた瞬間、握った手の感触に違和感を覚える。
       女の子の手は、こんなにも硬いものだっただろうか。そもそも俺はこの手をいつも握っていた気がする。
      「いやです」
       そう言った彼女は満面の笑みで、その笑みを見た時頭の中で糸が繋がった。
       覚えておけ、友人T改めトール。俺の純情を弄んだこと、絶対後悔させてやる。


      #創作 #オリジナル #小説
      ##剣と魔法のトランスパートナー
      ##2017年6月
      仮契約であろうと、制約がかけられることはには変わらない。だからこそ、互いの実力の分からない仮契約時には低級ダンジョンで力試しをし互いの相性を確認する。
       しかしここは俺も初めて立ち入った高難易度ダンジョン。それだけ腕に覚えがある、ということだろうか。いや、俺だってあのポンコツが一緒じゃなきゃ、これぐらいのダンジョン、楽勝だったはずだ。
      「……どう対処する、フレイヤ?」
      「……」
       俺達二人を軸にして、こちらの様子を窺うように周回する狼の群れ。5、6匹、いやまだいるかもしれない。彼女と背中を合わせ、互いに武器を取る。フレイヤが手にしたのは先に大きな宝玉をあしらった白い杖。対して俺はルーンを刻んだナイフだ。
       フレイヤも俺と同じ魔導士か。知的なイメージは彼女にぴったりだし、何よりも趣味が合う。もしかして俺達は最高のパートナーになるのではなかろうか。
      「ぼくに任せて下さい!」
       杖を握った彼女が先陣を切って敵の群れへ突っ込む。
       分かったぞ。彼女が敵を引き付けているうちに、俺がルーンを刻んで攻撃だな。何も相談せずともこのチームワーク。俺達は前世でも恋人同士だったに違いない。
      「足元に気を付けろ! 踏ん張りがきかないぞ……!」
      「大丈……ひゃぁっ!!」
       杖を振り上げた彼女が、先程と全く同じモーションで足を滑らせる。伸ばした手は今度は届かず、顔面から地面を滑り木の葉を巻き上げる。
      「フレイヤ……!」
       彼女の手から離れた杖は転倒した時にぶつけたのだろう、真っ二つに折れ方々に散らばる。地面に横たわる無防備な彼女に、狼達が狙いを定める。
      「逃げろ、フレイヤ!」
       足元の落ち葉をかき分け、地面へフサルクを書く。縦線一本、氷を意味するイスの文字だ。ナイフで指の腹を切ると、フサルクへ血を垂らし簡易的なルーン魔術を作る。
      「射抜け氷柱――!」
       フレイヤの周りを目掛けて細い氷の柱を射つ。狼が怯んだ隙に彼女の手を取り、自分達が進んできた方角へ走る。
      「仕方ない、一度撤退だ……!」
       力強く地面を蹴った足はそのまま地面を滑り、目前に地面。
      「ちょっとっ、待って下さい! ぼくはまだ戦えます!」
       枯れ葉に顔を埋める直前で、フレイヤの腕に引っ張り起こされる。
      「流石にこの数は無理だ! 一度ギルドに戻って体制を立て直そう」
      「いやです! そんなのまた負けじゃないですか!」
       手を振りほどいた彼女は折れた杖を拾い、狼へ向ける。
       俺だって彼女に良いところ見せたいし簡単に引き下がりたくはないが、この数相手じゃ流石に分が悪い。それに彼女は武器を失ってる。予めフサルクを刻んでおいた杖は魔導士にとって欠かす事の出来ない武器であるし、何より丸腰の彼女を魔物達が放っておくはずがない。それは昨日武器を折った友人のおかげで充分承知している。
      「そうだ、今日はもう日が暮れる。十分収穫があったし、続きは明日にしよう」
      「まだ日が高いじゃないですか!」
      「俺は8時には寝ると決めてるんだ!」
      「おまえが8時に寝るのなんて、見たことない!」
       勇ましくも戦わんとする彼女の腕をとり、もう一度走り出す。最初はしぶしぶという様子だったが、狼が彼女のローブに喰らい付かんとする様を見て、意識が一転する。
      「ちょっと! これ高かったんだから、もっと早く走ってよ!」
      「俺様はこれが全力だ!」
      いつの間にやら先行する彼女に腕を引かれ、俺達はついさっき通ったばかりの道を戻っていくのだった。


      「転移魔方陣だ、飛び込め!!」
      「は、はい……!」
       俺達はよっぽど都合のいい獲物だったらしい。いつの間にか、背中に魔物の群れをつけたまま、最初の転移魔方陣まで戻ってきていた。
       飛び込んだと同時に魔方陣をさせる。しかし逃さまいと狼までもが飛び込んでくる。コンマ1秒、寸での所で黄昏の景色が溶け、瞬きの後にあったのはギルドの待合い室だった。
      「助かった……のか」
      「……みたいですね」
       窓口の方を見ると幼馴染がにやにやと手を振っている。また逃げ帰ってきたのかと思っているに違いないが、今日ばかりはその通りなので仕方がない。
       失礼な幼馴染は無視して、フレイヤへ振り返り手を取る。今度は片手ではなく両手だ。
       俺にはまだ、今日のメインイベントが残っている。
      「フレイヤ。今日の成果はあまり芳しくなかったかもしれない」
      「だけど、俺はお前とならもっと強くなれる気がするんだ」
       一瞬俺を見た瞳が下を向く。フレイヤが肩を震わせる度、金色の髪がさらさら揺れる。
      「俺とこれからもダンジョンに……」
      「いや、俺と正式にパートナー契約を結ばないか」
       フレイヤの瞳が真っ直ぐに俺の目を見る。
       やはり、俺はこの緑色を知っている。どこで見たのだろう。それに思いを馳せた瞬間、握った手の感触に違和感を覚える。
       女の子の手は、こんなにも硬いものだっただろうか。そもそも俺はこの手をいつも握っていた気がする。
      「いやです」
       そう言った彼女は満面の笑みで、その笑みを見た時頭の中で糸が繋がった。
       覚えておけ、友人T改めトール。俺の純情を弄んだこと、絶対後悔させてやる。


      #創作 #オリジナル #小説
      ##剣と魔法のトランスパートナー
      ##2017年6月
      沙々木ながれ
    • 終わりの旅をはじめようか、--02 #創作 #オリジナル #小説
      ##終わりの旅をはじめようか
      ##2010年12月
      沙々木ながれ
    • #グロリアスドライヴ #OMC #PBW
      ##2018年5月
      沙々木ながれ
    • 2--剣と魔法のトランスパートナー「ここが『黄昏の屍』、……か」
      「……」
       黄色く紅葉した大樹が、落ち葉を降らせる黄金の森。「仮」パートナー契約を済ませた俺達二人は、早速ダンジョンに降り立っていた。
       ざまぁみろ、幼馴染&友人T。やはり俺様が天才でモテモテなのに間違いはなかったのだ。今はまだ仮契約だが、ダンジョンでいいとこ見せて夜にはオシャレなBARで告白だ。そして彼女と幸せな家庭を築くんだ。
      「ここにも世界樹の種があったようですね」
      「ん? あ、そうだな」
       ダンジョンの真ん中に聳える、ひと際大きな大樹を見上げる。ウートガルズの種と同じかそれ以上だろうか、――昔はここにも人の暮らす町があったのかもしれない。木の葉に埋もる森を見ながらそう考える。
      「どうにかして見返して……」
      「? ……何か言ったか?」
      「いえ、日が落ちる前に探索しましょう」
       枯れ葉の重なる地面を踏み締めると、スポンジの上を歩くようにふわりと宙を浮かぶ心地がする。


       パートナー契約は互いの命を半分ずつ、預けあう「制約」だ。契約を結んだ二人は、互いの傷に応じ行動に制限がかけられる。早い話、パートナーが怪我を負えば自分にもリスクが返ってくる、ということだ。無理はせず、自分の身の丈に合ったダンジョンに潜れということなのかもしれない。
      「足場が悪いな、転ぶなよ」
      「さ、さすがにこんな何もないところでは転びませんよ」
       普段友人に言うように言葉がついてしまったが、確かに未開の土地土地を探索する冒険者に、木の葉に滑って転ぶななんて忠告は今更過ぎる。しかし例の彼は、何度同じダンジョンに通い詰めても「こんなところで転ぶわけないだろ」と宣いながらすっ転んでいたのだが。
      「ほらっ、見て下さい!」
       森を歩くには不向きであろう白いパンプスでくるくると回って見せる彼女。貝殻のように滑らかに光る靴が地面を蹴る度、シルクのワンピースが風に舞う。
      「ほら……ひゃぁっ!」
       薄紅色の唇がこちらを向き手を振り上げた瞬間、朝露に濡れた木の葉が地を滑り、彼女の体が傾く。
      「あ、ぶな……!」
       倒れてしまう。そう思った時にはもう手を伸ばしていた。
       細い腕を引くと彼女の軽い体が自分の胸に飛び込んでくる。地面から蹴り上げた木の葉光を反射し、白いローブに光を落とした。
      「ご、ごめん、なさ……っ!」
      「い、いや! 俺の方こそ……悪い」
       彼女の体を起こし地面に立たせると、一歩、二歩と下がる。
       やっぱり花の匂い……ではなく、今のは流石に距離を詰めすぎたかもしれない。女の子の手を握るのは初めて……ではなく、馴れ馴れしいだとかセクハラだとかあらぬ誤解を受けてはなかろうか。
       違うんだ。俺様は初めてのデートから夜景の綺麗な公園でのファーストキッスまで完璧なプランを考えていた訳で、これは事故でやましい気持ちはなかったんだ。
      「ありがと……ございます」
       何を考えているのか、下を向いたまま袖を引かれる。とりあえず怒っている様子ではなさそうだ。
      「……早く行きましょう」
      「あ、あぁ……」
       どのように返したらいいのかも分からぬまま、彼女の後に続く。

       会話が途切れると、虫の音も、鳥の声も聞こえない。木漏れ日が金色に染める森は美しくもあるが、魔物どころか虫の一つも出ないダンジョンは、まるで死んでいく世界のようで気味が悪くもある。
      「君は、何と言うんだ」
       ダンジョンの様子を窺うのは止めて、彼女の背中に問いかける。決して君のことがもっと知りたいだとか、俺の名字と合わせるとどうなるだろうだとか、そんな下卑た考えで聞いてる訳ではなくて、やはり、危険なダンジョンを探索するにはお互いのことをもっと知っておくべきだし、名前の一つも知らないというのは逆に問題あるのではなかろうか。
      「名前……ですか?」
       足を止めた彼女が俺の目を見て、やっぱり足元へ視線を戻す。
      「えっと……、その、……フレイヤです」
       何か考えるように言葉を詰まらせるが、その後に続いたのは美の女神の名前だった。
      「フレイヤ! この世で一番美しい女神様の名前なんて、君にぴったりな名前じゃないか!」
      「……神に向けて様だなんて、変わった人ですね」
       名は体を表す。彼女――フレイヤの母は預言者に違いない。
      「神も何も、フレイヤ様だけは特別だ! なんたって君の……」
      「その話はいいから、早く進みましょう。このままでは日が暮れてしまいます」
      「いや待ってくれ、俺の名前は……」
      「知ってますよ」
       引き留めようと伸ばした腕を、今度は軽く払われる。
      「『霜の大魔導士様』、ですよね」
      「いや、それは……」
       くすくすと、いたずらっぽく笑う彼女。言っていることは正しいのに、何故か他意がある気がする。
      「あぁそうだ! 俺様は女神以外は全て持っている、大魔導士様だ!」
       俺が言いたいのはそういうことではなく、もっと親し気にすーくんとか呼んで欲しいとか、今も昔も人生のパートナーを募集中だとか、みそ汁は豆腐のものがいいだとか、俺は魔導士だけど君は何が出来るかだとかな訳で。
      「大魔導士様! 敵です!」
       そう、例えるならば、この様に狼の群れに囲まれた場合どう対処しようか、という話な訳で。
       さぁ、どうしようか。

      #創作 #オリジナル #小説
      ##剣と魔法のトランスパートナー
      ##2017年6月
      「ここが『黄昏の屍』、……か」
      「……」
       黄色く紅葉した大樹が、落ち葉を降らせる黄金の森。「仮」パートナー契約を済ませた俺達二人は、早速ダンジョンに降り立っていた。
       ざまぁみろ、幼馴染&友人T。やはり俺様が天才でモテモテなのに間違いはなかったのだ。今はまだ仮契約だが、ダンジョンでいいとこ見せて夜にはオシャレなBARで告白だ。そして彼女と幸せな家庭を築くんだ。
      「ここにも世界樹の種があったようですね」
      「ん? あ、そうだな」
       ダンジョンの真ん中に聳える、ひと際大きな大樹を見上げる。ウートガルズの種と同じかそれ以上だろうか、――昔はここにも人の暮らす町があったのかもしれない。木の葉に埋もる森を見ながらそう考える。
      「どうにかして見返して……」
      「? ……何か言ったか?」
      「いえ、日が落ちる前に探索しましょう」
       枯れ葉の重なる地面を踏み締めると、スポンジの上を歩くようにふわりと宙を浮かぶ心地がする。


       パートナー契約は互いの命を半分ずつ、預けあう「制約」だ。契約を結んだ二人は、互いの傷に応じ行動に制限がかけられる。早い話、パートナーが怪我を負えば自分にもリスクが返ってくる、ということだ。無理はせず、自分の身の丈に合ったダンジョンに潜れということなのかもしれない。
      「足場が悪いな、転ぶなよ」
      「さ、さすがにこんな何もないところでは転びませんよ」
       普段友人に言うように言葉がついてしまったが、確かに未開の土地土地を探索する冒険者に、木の葉に滑って転ぶななんて忠告は今更過ぎる。しかし例の彼は、何度同じダンジョンに通い詰めても「こんなところで転ぶわけないだろ」と宣いながらすっ転んでいたのだが。
      「ほらっ、見て下さい!」
       森を歩くには不向きであろう白いパンプスでくるくると回って見せる彼女。貝殻のように滑らかに光る靴が地面を蹴る度、シルクのワンピースが風に舞う。
      「ほら……ひゃぁっ!」
       薄紅色の唇がこちらを向き手を振り上げた瞬間、朝露に濡れた木の葉が地を滑り、彼女の体が傾く。
      「あ、ぶな……!」
       倒れてしまう。そう思った時にはもう手を伸ばしていた。
       細い腕を引くと彼女の軽い体が自分の胸に飛び込んでくる。地面から蹴り上げた木の葉光を反射し、白いローブに光を落とした。
      「ご、ごめん、なさ……っ!」
      「い、いや! 俺の方こそ……悪い」
       彼女の体を起こし地面に立たせると、一歩、二歩と下がる。
       やっぱり花の匂い……ではなく、今のは流石に距離を詰めすぎたかもしれない。女の子の手を握るのは初めて……ではなく、馴れ馴れしいだとかセクハラだとかあらぬ誤解を受けてはなかろうか。
       違うんだ。俺様は初めてのデートから夜景の綺麗な公園でのファーストキッスまで完璧なプランを考えていた訳で、これは事故でやましい気持ちはなかったんだ。
      「ありがと……ございます」
       何を考えているのか、下を向いたまま袖を引かれる。とりあえず怒っている様子ではなさそうだ。
      「……早く行きましょう」
      「あ、あぁ……」
       どのように返したらいいのかも分からぬまま、彼女の後に続く。

       会話が途切れると、虫の音も、鳥の声も聞こえない。木漏れ日が金色に染める森は美しくもあるが、魔物どころか虫の一つも出ないダンジョンは、まるで死んでいく世界のようで気味が悪くもある。
      「君は、何と言うんだ」
       ダンジョンの様子を窺うのは止めて、彼女の背中に問いかける。決して君のことがもっと知りたいだとか、俺の名字と合わせるとどうなるだろうだとか、そんな下卑た考えで聞いてる訳ではなくて、やはり、危険なダンジョンを探索するにはお互いのことをもっと知っておくべきだし、名前の一つも知らないというのは逆に問題あるのではなかろうか。
      「名前……ですか?」
       足を止めた彼女が俺の目を見て、やっぱり足元へ視線を戻す。
      「えっと……、その、……フレイヤです」
       何か考えるように言葉を詰まらせるが、その後に続いたのは美の女神の名前だった。
      「フレイヤ! この世で一番美しい女神様の名前なんて、君にぴったりな名前じゃないか!」
      「……神に向けて様だなんて、変わった人ですね」
       名は体を表す。彼女――フレイヤの母は預言者に違いない。
      「神も何も、フレイヤ様だけは特別だ! なんたって君の……」
      「その話はいいから、早く進みましょう。このままでは日が暮れてしまいます」
      「いや待ってくれ、俺の名前は……」
      「知ってますよ」
       引き留めようと伸ばした腕を、今度は軽く払われる。
      「『霜の大魔導士様』、ですよね」
      「いや、それは……」
       くすくすと、いたずらっぽく笑う彼女。言っていることは正しいのに、何故か他意がある気がする。
      「あぁそうだ! 俺様は女神以外は全て持っている、大魔導士様だ!」
       俺が言いたいのはそういうことではなく、もっと親し気にすーくんとか呼んで欲しいとか、今も昔も人生のパートナーを募集中だとか、みそ汁は豆腐のものがいいだとか、俺は魔導士だけど君は何が出来るかだとかな訳で。
      「大魔導士様! 敵です!」
       そう、例えるならば、この様に狼の群れに囲まれた場合どう対処しようか、という話な訳で。
       さぁ、どうしようか。

      #創作 #オリジナル #小説
      ##剣と魔法のトランスパートナー
      ##2017年6月
      沙々木ながれ
    • #ファナティックブラッド #OMC #PBW
      ##2018年4月
      沙々木ながれ
    • 1-1--こいくうあくまact1_その、憂鬱な昼下がりに_1
      #創作 #オリジナル #漫画
      ##こいくうあくま
      ##2017年2月
      沙々木ながれ
    • 三千世界の魔王サマ!!--01_そして石は投げられた #オリジナル #創作  #小説
      ##三千世界の魔王サマ!!
      ##2015年10月
      沙々木ながれ
    • 2剣と魔法のトランスパートナー #創作 #オリジナル #イラスト
      ##剣と魔法のトランスパートナー
      ##トール
      ##2017年6月
      沙々木ながれ
    • 1--剣と魔法のトランスパートナー「もうお前なんか、大っ嫌いだ!」
       ギルドのテーブルで響く友人の声。怪訝そうに振り返った幾人も、またいつものことかと姿勢を戻す。
      「何が不満なんだ。俺がいたからこそ、今日だって無事ダンジョンから帰って来れたんだろ」
      「そういうところがだよ!」
       膝に擦り傷、額にたんこぶ、おまけに頭の天辺から足の先まで泥だらけ。それが目の前に座る彼の、今日の成果全てだ。
      「もう絶交、絶交してやる!」
      「はいはいそれで、絶交したらお前、明日から誰とダンジョン潜んの」
      「誰とでもいいだろ! 絶交なんだから!」
      「俺以外、誰がお前と組むんだよ」
      「誰でもだよ!」
       ひと際強く机が叩かれると、コップの中の白湯が揺れ、木の天板に染みを作る。
       男のくせに白い肌、細い腕。剣を握れば力み過ぎて柄を折り、敵と向かえば何もなくとも転ぶ。挙句の果てには泥沼にはまって立ち往生。あんな低級ダンジョンで泣きべそかくやつ、こいつ以外に見たことない。
      「だいたい、おれがいないとダンジョンに入れないないのはお前もだろ!」
      「いーや、俺は天才魔導士様だから。パートナーとか、選り取り見取りですから」
      「おれだって……!」
       役立たずが服着て歩いてるような奴が何をほざく。こんなお荷物、俺以外が面倒見きれるはずがない。
       考えていたことがそのまま顔に出ていたのか、目の前の友人が三度机を叩く。
      「だ、だったら勝負だ! おれとお前、どっちが早く新しいパートナーを見つけられるか」
      「いい度胸だ、吠え面かくなよ!」
      「そ、そっちこそ!」
      『今日限りでお前とのパートナー契約は解消だ!!!!』


       この浮遊大陸――世界樹の種子<ユグドラシルシード>は多くの浮島によって形成されている。俺達の暮らす町、ウートガルズもその浮島の一つだ。
       しかし、どうやら人は増えすぎてしまったらしい。町でとれる資源にも限りがある。不足した資源を補うため、我々人が目をつけたのは、町の外に浮かぶ島々――ダンジョンだ。
       俺達冒険者は未開の地、ダンジョンを探索し資源を調達すること、そしてあわよくばそこに暮らす魔物達の営みをぶっ潰し、領土を拡大することを生業としている。

      「頼む、今回だけだから!」
      「決まりですので」
       やってやろうじゃねーか、勝負だと啖呵切ったのが昨日のこと。そして今現在、俺様はなぜか一人でギルドにいる。
       俺達冒険者は自由にダンジョンを出入り出来る訳ではない。そもそも浮島同士は陸続きで繋がっていない。文字通り「空に」浮いているのだ。ギルドの管理する転移魔法陣を使わない限り、空を飛びでもしない限り町の外に出ることさえ叶わない。
      「ちょーっとだけだから。いいだろ、少しぐらい」
       窓口に座る幼馴染は眉を顰めて首を振る。
      「いい? パートナー制度はあなたたち冒険者を守るための制度なの。今あなたが危機に陥ったとしても助けてくれる人は誰もいないのよ?」
       ソロではダンジョンに潜れないなんて、誰がそんな面倒くさい決まりを作ったんだ。俺は天下の大魔導士様だ。パートナーなんぞいなくとも、ダンジョンぐらい一人で潜れる。
      「だから分かってるって。お前のワイ子でちょちょいっとダンジョンまで運んでくれればいいんだよ」
      「全然わかってないじゃない!! そもそも私、今仕事中なの? 見えない?」
       ギルドが俺を通さないなら、直接ワイバーンで空から乗り込む。これ以上の妙案中々ないと思ったのだが。
       しかし、天才魔導士の俺様がせっかくフリーになったというのに、誰もパートナーに誘ってこないというのは皆謙虚過ぎだ。俺様はどんな落ちこぼれのお嬢様が来たとしても、たっぷり揉みしだいてやる気概でいるのに――。
      「――なぜ誰もパートナーになりたいと口に出せないんだ」
      「はぁ? あんたみたいな勘違いバカ、誰が相手にするのよ」
      「? 俺は天才だから、少なくとも馬鹿ではないぞ」
      「そういうところがバカだっていうのよ……」
       パートナー希望者が来ないのは俺にも非があると言いたいらしい。有能すぎて近寄りがたいとか、そういうことだろうか。
      「仕方ない、間を取ってやはり一人で……」
      「あ、あの! すみません!」
       妥協案を出そうとしたところで、ふいに袖を引かれた。
       一度横を見て、それから徐々に視線を下げていく。最初に目に入ったのは大きな花の髪飾り。生花だろうか、真っ白な花弁からは甘い匂いがした。金色の頭から更に視線を下げると、濃緑の瞳と目が合う。
      「あの……えと……、わた、わたし……」
       一瞬交わったと思った視線が宙を泳ぎ、地面を向く。こくりと唾を飲み込む音がして、掴まれた袖がより一層強く引かれる。
      「……って、なんだ?」
       思った以上に引かれた力が強く、腕を中心に世界が回転する。石の床を視線が滑り、白いパンプス、黒のタイツの次に天井が見えると思った瞬間、目の前にあったのは赤く上気した肌と濃い緑色。金髪の向こうに天井が見え、自分の上に「少女」が跨っているのだと気づく。
       水分を含み、揺れる瞳。俺はこの瞳を、知っている気がする。
      「ぼ、ぼくとパートナーを組んで下さい!」
       引きつった心臓が、徐々に速度を上げていく。
       真っ白になる頭の痛みに、これは運命なのだと感じた。

      #創作 #オリジナル #小説
      ##剣と魔法のトランスパートナー
      ##2017年6月
      「もうお前なんか、大っ嫌いだ!」
       ギルドのテーブルで響く友人の声。怪訝そうに振り返った幾人も、またいつものことかと姿勢を戻す。
      「何が不満なんだ。俺がいたからこそ、今日だって無事ダンジョンから帰って来れたんだろ」
      「そういうところがだよ!」
       膝に擦り傷、額にたんこぶ、おまけに頭の天辺から足の先まで泥だらけ。それが目の前に座る彼の、今日の成果全てだ。
      「もう絶交、絶交してやる!」
      「はいはいそれで、絶交したらお前、明日から誰とダンジョン潜んの」
      「誰とでもいいだろ! 絶交なんだから!」
      「俺以外、誰がお前と組むんだよ」
      「誰でもだよ!」
       ひと際強く机が叩かれると、コップの中の白湯が揺れ、木の天板に染みを作る。
       男のくせに白い肌、細い腕。剣を握れば力み過ぎて柄を折り、敵と向かえば何もなくとも転ぶ。挙句の果てには泥沼にはまって立ち往生。あんな低級ダンジョンで泣きべそかくやつ、こいつ以外に見たことない。
      「だいたい、おれがいないとダンジョンに入れないないのはお前もだろ!」
      「いーや、俺は天才魔導士様だから。パートナーとか、選り取り見取りですから」
      「おれだって……!」
       役立たずが服着て歩いてるような奴が何をほざく。こんなお荷物、俺以外が面倒見きれるはずがない。
       考えていたことがそのまま顔に出ていたのか、目の前の友人が三度机を叩く。
      「だ、だったら勝負だ! おれとお前、どっちが早く新しいパートナーを見つけられるか」
      「いい度胸だ、吠え面かくなよ!」
      「そ、そっちこそ!」
      『今日限りでお前とのパートナー契約は解消だ!!!!』


       この浮遊大陸――世界樹の種子<ユグドラシルシード>は多くの浮島によって形成されている。俺達の暮らす町、ウートガルズもその浮島の一つだ。
       しかし、どうやら人は増えすぎてしまったらしい。町でとれる資源にも限りがある。不足した資源を補うため、我々人が目をつけたのは、町の外に浮かぶ島々――ダンジョンだ。
       俺達冒険者は未開の地、ダンジョンを探索し資源を調達すること、そしてあわよくばそこに暮らす魔物達の営みをぶっ潰し、領土を拡大することを生業としている。

      「頼む、今回だけだから!」
      「決まりですので」
       やってやろうじゃねーか、勝負だと啖呵切ったのが昨日のこと。そして今現在、俺様はなぜか一人でギルドにいる。
       俺達冒険者は自由にダンジョンを出入り出来る訳ではない。そもそも浮島同士は陸続きで繋がっていない。文字通り「空に」浮いているのだ。ギルドの管理する転移魔法陣を使わない限り、空を飛びでもしない限り町の外に出ることさえ叶わない。
      「ちょーっとだけだから。いいだろ、少しぐらい」
       窓口に座る幼馴染は眉を顰めて首を振る。
      「いい? パートナー制度はあなたたち冒険者を守るための制度なの。今あなたが危機に陥ったとしても助けてくれる人は誰もいないのよ?」
       ソロではダンジョンに潜れないなんて、誰がそんな面倒くさい決まりを作ったんだ。俺は天下の大魔導士様だ。パートナーなんぞいなくとも、ダンジョンぐらい一人で潜れる。
      「だから分かってるって。お前のワイ子でちょちょいっとダンジョンまで運んでくれればいいんだよ」
      「全然わかってないじゃない!! そもそも私、今仕事中なの? 見えない?」
       ギルドが俺を通さないなら、直接ワイバーンで空から乗り込む。これ以上の妙案中々ないと思ったのだが。
       しかし、天才魔導士の俺様がせっかくフリーになったというのに、誰もパートナーに誘ってこないというのは皆謙虚過ぎだ。俺様はどんな落ちこぼれのお嬢様が来たとしても、たっぷり揉みしだいてやる気概でいるのに――。
      「――なぜ誰もパートナーになりたいと口に出せないんだ」
      「はぁ? あんたみたいな勘違いバカ、誰が相手にするのよ」
      「? 俺は天才だから、少なくとも馬鹿ではないぞ」
      「そういうところがバカだっていうのよ……」
       パートナー希望者が来ないのは俺にも非があると言いたいらしい。有能すぎて近寄りがたいとか、そういうことだろうか。
      「仕方ない、間を取ってやはり一人で……」
      「あ、あの! すみません!」
       妥協案を出そうとしたところで、ふいに袖を引かれた。
       一度横を見て、それから徐々に視線を下げていく。最初に目に入ったのは大きな花の髪飾り。生花だろうか、真っ白な花弁からは甘い匂いがした。金色の頭から更に視線を下げると、濃緑の瞳と目が合う。
      「あの……えと……、わた、わたし……」
       一瞬交わったと思った視線が宙を泳ぎ、地面を向く。こくりと唾を飲み込む音がして、掴まれた袖がより一層強く引かれる。
      「……って、なんだ?」
       思った以上に引かれた力が強く、腕を中心に世界が回転する。石の床を視線が滑り、白いパンプス、黒のタイツの次に天井が見えると思った瞬間、目の前にあったのは赤く上気した肌と濃い緑色。金髪の向こうに天井が見え、自分の上に「少女」が跨っているのだと気づく。
       水分を含み、揺れる瞳。俺はこの瞳を、知っている気がする。
      「ぼ、ぼくとパートナーを組んで下さい!」
       引きつった心臓が、徐々に速度を上げていく。
       真っ白になる頭の痛みに、これは運命なのだと感じた。

      #創作 #オリジナル #小説
      ##剣と魔法のトランスパートナー
      ##2017年6月
      沙々木ながれ
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