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    きっとそこには「えん」があった 土曜日の午前九時過ぎ、駅構内にはそれなりに人がいた。なんでもない日常の風景、見慣れた人々の営み。嫌でも目に飛び込んでくるそれらについ溜め息が出て、背負ったリュックサックの重みに耐えかねて足を止めた。
     少し遠くに出て一泊して帰ってくるだけで、こんなに気が重くなるなんて。俺は生まれ育ったこの街が相当嫌いなのかもしれない。そう考えれば考えるほどに、着替えと財布が入っているだけのリュックサックは重くなる。
     食べて、寝て、あとはひたすらに学ぶだけの場所。この街はまるで牢獄のようだ。

     駅構内を行き交う人の中には、自分と同じくらいの若い男女も幾らか見える。彼らが謳歌しているような青春は、自分には来なかった。そしてきっとこの先もずっと来ないのだろう。
     余暇があれば電車に乗り宛もなく遠出するだけ。それも親には「友達の家で勉強する」と嘘をついてまで得た息抜きの方法だった。本当は家に泊めてくれる友達なんて一人もいないし、大嫌いな勉強だってしていない。
     そういった生活は、窮屈になった制服を脱いで大学生となった今でも変わらない。

     八月。夏の暑さにはやっと慣れてきたが、外に出れば日差しが暑いに違いない。早いところ家に帰らなくては、高校時代より落ちてきた体力ではそう長くもたない。
     所持金も殆ど残っていないし、これではどこかの店で涼むというのも難しい。図書館は遠いし、大学は開いているだろうが人目が気になるから行きたくない。となれば、行き先として浮かぶのはもう家しか残っていない。
     家しか、行くところがない。それが何よりも苦痛だ。それでも疲れた体は休めなくてはいけないからと、重い足を前に踏み出していく。

     生活については色々と仕方のないところもあるけど、一つ改善したいことと言えば体力の問題。ただでさえ食も細いのに進学してから殆どまともな運動はしていないし、この調子では日常生活にも支障が出てしまう。
     自立するという意味でも、そろそろアルバイトくらい許されたっていいんじゃないか。絶対にいい顔はされないだろうけど、大学生活にも慣れて勉強も順調だということを盾にして交渉してみよう。



     しばらく考えを巡らせていたら、なんとなく帰る気になってきた。陽炎立ち昇るいかにも暑そうな外の景色はもう目の前だ。
     少しずつ歩く早さも調子を取り戻してきたところだったが、残念なことに無理からぬ理由でその足を止めることになってしまった。
     やっと出てきたやる気を削がれ、思わず眉間にシワが寄ったのも束の間。視界に映ったその人物の表情に、湧いて出た苛立ちは改めざるを得なくなった。

     目の前にふらりと飛び出して進路を妨害したのは、短い髪の女の子。見慣れないセーラー服を着て鞄を肩にかけ、メモ紙のようなものを手にうろうろ、きょろきょろを繰り返している。
     その表情といえば、ひと目見ただけでもすぐに理解できてしまうようなものだ。不安、焦り。それらに押し潰され、今にも泣きそうになっている顔。
     彼女はどこまでもわかり易く、迷子だった。

     一度改めた苛立ちは、次第に舞い戻ってくる。
     幾ら道に迷っているからって、周りが見えていなさすぎる。気付かずに歩いていたら思い切りぶつかってしまうところだった。そもそも迷った自覚があるなら、近くのコンビニにでも入って素直に道を聞けばいいのに。
     とはいえ、そんな余裕がないほど彼女が焦燥感に駆られているのはわかる。そもそも明らかに年下の女の子に悪態をつくほど心は狭くもないので、音にも満たない溜め息だけついてその場を去ろうと考えた。
     心配せずとも、彼女のことはそのうち誰かが助けるだろう。脳裏で止まないあの人の声も振り払って、迷子の女の子を避けるように足を踏み出した。
    ——瞬間、耳に小さな声が届いた。

    「誰か……」

     見ていなくともわかる、迷子の彼女が発した声だ。雑踏に掻き消える直前に、微かに聞き取ることができた。きっと聞こえたのはすぐ近くにいた自分だけだろう、そのくらい小さな声だった。
     わからない。時間がない。心細い。独りで寂しい。不安で仕方ない。自分が恥ずかしい……そんな彼女の気持ちがそのままに映し出された、そんな声。
     途切れた先に続く言葉がなんなのかはすぐにわかった。わかった瞬間から唐突に脳裏で止まない人の声が大きくなって、うるさくてうるさくて仕方がない。
     そんなのまるで、呪われてるみたいじゃないか。あんな言葉に呪われるなんてまっぴらごめんだ。あの人の言いなりになんかなりたくない、絶対に。
     それなのに。
     知らない人間の発した、自分にしか聞こえない「助けて」の一声が、どうしてこんなに心を乱すのか。

     全て他人事にして去ろうとしたはずの足が、止まった。


    ***


    「こ、こんにちは」

     話しかけた次の瞬間に、しまった、と後悔した。これほどスピーディーな反省は十八年生きてきた中でもそうそうない。
     こうして他人に会話を持ちかけること自体があまりにも久しぶりで、思い切り上擦った声が出た。明らかに不審者だ。そして話しかけてやっとわかったことだったが、迷子の女の子はとても幼気のある顔立ちをしている——少なくとも高校生には見えない。つまり、制服姿の彼女はほぼ間違いなく中学生だ。
     そんな少女に、見るからに年上の男が一人でぎこちなく声をかける。この時点でもう殆ど〝事案〟じゃないか。それに気付いた瞬間、一気に血の気が引く感触があった。
     やましい気持ちなど一ミリたりともないが、自然と滝のような汗が出る。それも夏の暑さのせいではない。寧ろ体感温度はぐっと下がった。

     声をかけられたことに気がついた女の子の方はというと、ぽかんとした表情でこちらを見つめてくる。本当に自分に声をかけられたのか、まだ理解できていない様子だった。
     無言は怖い、なんでもいいからリアクションが欲しいとは思ったが、突然きゃあと叫ばれたりするよりは幾らかマシなのではないかと即座に改める。こうなったらもう少し踏み込んでいくしかない。

    「もしかして、道に迷った?」

     なるべく優しい言葉遣いで、なるべく優しい声色で。細心の注意を払いつつ、彼女の答えを引き出そうと試みる。
     頼むから、どうか頼むから周囲の目が厳しくなる前に。そう念じつつ精一杯の笑顔を向けると、女の子はハッとしてやっと言葉を発した。

    「そ、そうなんです! 全然わからないんですっ!」

     必死な彼女の声は予想を裏切ってかなり溌溂としていて、その上とても大きかった。先程の雑踏に消えるほど小さな声が嘘のように。
     周囲で行き交う人々のうち数人が、ふと足を止めてこちらに目を向けたのがわかる。声の主である女の子だけでなく、彼女と向かい合っている自分にも視線が刺さる。瞬く間に肝が凍った。

    「おお、おち、落ち着いて? ここ人多いから、ほら、ね」
    「あ、ご、ごめんなさいっ」
    「お、俺全然怪しい奴じゃないからね? ただの近所の健全な大学生だから、ねっ」

     振る舞いで墓穴を掘っていると自覚したのは数秒後だった。焦りすぎて正常な判断ができない。周囲で足を止めたうちの何人かが、一瞬怪訝な顔をした気がした。
     迷子の彼女は謝って声のボリュームを落としたものの、言われたことの意味はあまりわかっていないのかきょとんとしている。周囲の変化にも気付かなかったようだ。
     数十秒ほどの間、そんな居心地の悪い空間で呼吸を整えていると、やがて足を止めた人々が興味を無くしたようで再び歩き出した。一応、自分は不審者としては認められなかったらしい。
     世間の目の判断にホッと胸を撫で下ろしていると、迷子の彼女は再びハッとして、先程よりも声を落としつつも期待を込めた声で問いかけてきた。

    「お兄さん、近くに住んでる人ですか?」
    「あ、う、うん。そうだよ」

     これまでの少ない受け答えでも、彼女が礼儀正しい子だとわかる。無邪気で純朴そうな目は、思ったことをそのまま映し出す鏡のように澄んでいた。
     そんな目をキラキラと輝かせたあと、彼女は唐突に頭を深く下げた。見事なまでの綺麗なお辞儀だ。

    「お願いしますっ、道を教えてください!」
    「もちろん……俺もそのつもりで声をかけたし」
    「ほんとですか!?」

     顔を上げた彼女の目には、溢れんばかりの喜びが映っている。手に取るようにわかるとはこのことだろうか。
     これは声をかけて正解だったかもしれない。彼女の真っ直ぐ過ぎる瞳からは、危機感というものをこれっぽっちも感じられなかった。悪意を剥き出しにした人間にも喜んでついて行ってしまいそうなほどに。
     迷子だった彼女はというと、そんな心配をする自分をよそにぱあっと笑顔の花を咲かせ、声を弾ませて言った。

    「お兄さん、優しいんですね!」

     善意を信じて疑わない。あまりにも眩しい笑顔。
     無視しようとした時のことを思い返しては、胸がちくちくして痛かった。


    ***


     聞き出した彼女の行き先は、驚くべきことに自身の母校でもある高等学校だった。そのことを伝えると彼女は更に感激したようで、その場で軽く飛び跳ねた。
     曰く、今日は受験生向けの学校説明会。彼女は受験を控えた中学三年生ということらしい。

     高校は駅から十五分ほど歩いたところにあるが、行くには少々入り組んだ道を行かなければならない。駅に設置されている周辺地図を見せても、慣れない土地故か彼女が自称する方向音痴故か、どうにも不安は拭えないという具合だった。
     結局、正門まで一緒に歩いて案内することになってしまった。

    「本当にありがとうございます! 遅刻しちゃうところでした」

     そう言って朗らかに笑って隣を歩く彼女は、自分が恐ろしい目に遭う想像などしたことがないのだろう。初対面の年上男性にも怖気づくことなくついてきている。
     見ず知らずの少女に対してこんなに不安な気持ちになったのは初めてだった。生来の悪い癖で、とにかく自分は色々なことを心配してしまう。昔はチェーンが切れてしまうのではと恐れて公園のブランコにすら乗れなかった、俺はそんな男だ。
     あまりに純粋な女子中学生の少女は自分の心配など露知らず、嬉しそうな足取りで歩いている。勿論、こちらには彼女を怖がらせる気など一切ないけれど。

    「お兄さん、大学生っておっしゃってましたよね」
    「え? う、うん……」

     途切れた会話からしばらくして突然話しかけられ、思わずまた挙動不審になってしまう。なんとか心を鎮めて受け答えの姿勢をとる。
     それにしたって、振る舞いから言葉遣いまで驚くほどにしっかりした子だ。厳しい部活にでも入っているんだろうか。いや、もう部活は引退して受験に専念する頃か。ずっと帰宅部だった自分には、想像しきれない部分も大きかった。

    「つまり角為かどなしの卒業生さんですよね! どんな高校だったか、少し教えてもらえませんか?」

     にこにこと笑う彼女は、どうやら先輩の語る母校の姿というものに興味があるらしい。
     角為高校は、この街では〝無難〟と称される地位にある進学校だ。いわゆる地元人気の高い学校で、はっきりとした夢はないがとりあえず学歴目当てに大学を目指しているとか、そんな感じの学生ばかりが通っている。幾つか強い運動部もあるが、全国大会に出られるような飛び抜けた実力がある訳ではない。
     大抵は周辺の地元中学校から進学してきた人間で埋め尽くされ、中学校時代とそう変わらないコミュニティを築き上げる。そういう生徒は他所から来た人間とはあまり関わり合わず、それ故に中高一貫の私立を飛び出して入学した自分は友達を一人も作れなかった——無論、俺に友達がいない原因はそれだけではなかったけど。
     とまあ、そんな自分の事情はどうでもいい。華の高校生活を控える彼女には夢や希望だってあるはずだろう。それを壊さない程度のことだけ語ればいいか。

    「普通のところだよ。あ、校舎は結構綺麗な方かな……」
    「やっぱりそうなんですか! パンフレット見たときもキレイだな〜って思いました。実際に見るのが楽しみです!」

     相変わらずハキハキと喋る子だ。自分だってまだ十代だというのに、彼女のことをエネルギッシュで若々しいと感じてしまう。

     ふと、彼女の言葉に引っかかるものを感じた。そしてそこから駅でのことを思い出して、思わず遠くを仰ぎ見る。
     これまでの様子から見ても、間違いなくこの子はここへ来るのが初めてだ。最寄り駅で迷うし、校舎は実物を見たことがない。そして、長らくここに住む自分でも見慣れない制服を着ている。つまり、角為高には遠方から電車通学するつもりなのだろう。
     一体どんな理由でこの進路を選んだのかは大きな疑問だ。そうまでして通いたいと思うような魅力は、我が母校には特に思い当たらない。それに余所者という境遇から、自分と同じように孤立してしまわないかが心配——

    「角為ってハンドボール部強いんですよね! 県大会でもいい成績だったって聞きました。私、どうしてもハンドボールやってみたくて!」

    ——なんとなく、彼女は大丈夫そうだ。初対面の挙動不審な怪しい男相手にもこれだけのコミュニケーション能力を発揮できるなら、クラスの輪の中に入るなんて容易いだろう。
     彼女と俺は人間としての種類が違うのだと、たった十五分の道案内の中でも痛感せざるを得なかった。



     大した会話もしていないのに終始楽しそうにしていた女子中学生を、無事に母校の正門へ案内し終えた。最後まで何度も頭を下げて礼を言う彼女を見送ると、やっと耳に騒がしい夏の音が戻ってきた。
     こうして、夏の日のささやかな非日常は終わった。
     人に笑顔を向けたのも、ちゃんと会話をしたのも。どちらも随分と久しぶりな気がした。うまくできていただろうか、困らせやしなかっただろうかと、黒雲のような不安が次々に湧いて出てくる。

     いや。そこまで思い悩む必要があるはずもない。何故ならもう彼女と会って話すことも無いだろうし、彼女だって俺のことなどすぐに忘れてしまうだろうから。
     なんならあの子が角為高に入学するという確証もない。今日の出来事は別に、なかったことになっても構わないはずだ。
     過ぎたこととして忘れてしまえば気が楽になる。世の中の誰も、今日のことは記憶しない。

     だから、結果なんて何も気にしなくていいんだろう。
     あの子を救えたかどうか、なんて。


    ***
     中学生活最後の夏休みを終えて、生徒たちは久しぶりに会うクラスメイトとの会話に花を咲かせていた。受験を控える身となった自覚の強い生徒も格段に増えたようで、親しい者同士で声を潜めて相談し合っているグループもあった。
     昼休みの、ある教室の窓際。髪の短い女子生徒を中心にして集まっている三人の女子グループは、丁度そんな話題で盛り上がっていた。

    「それで、円郁まどかは第一志望決まった?」

     正面で窓辺に寄りかかる女子生徒が呼んだのは、中心となっているその席の主、髪の短い女子生徒だ。裏表がなくていつも溌溂としている彼女は、澄んだ目を数度瞬きさせてから頷いた。

    「うん、決まったよ」
    「マジ? 結構悩んでたじゃん。どこ?」
    「角為!」
    「うそぉ、本気? めちゃくちゃ遠いじゃん、あそこ」

     満面の笑みで答えた円郁という名前の生徒に、右隣にいた女子生徒も驚いた様子で口を挟む。
     角為高校といえば、この中学校から進学する生徒はとても稀だ。それどころかパンフレットすら見ていない生徒が多い。
     理由は単純で、まず距離の問題が大きい。この中学校の校区からは電車で片道一時間半もかかってしまう。その上、偏差値でいうなら近場にも同レベルの高校はある。部活動ではそれなりのチームが幾つかあるものの、いずれの種目もこの中学校には存在しない部活動。それでも敢えて選ぶという生徒は相当な物好きだ。

    「角為、女子の制服ダサくなかったっけ?」
    「え? 私はかわいいと思うよ。あと校舎すっごくキレイ!」
    「で、目的は——」
    「ハンドボールやりたい!」
    「……まあ、円郁ならそれも納得かも」

     彼女を囲む親友の二人は、円郁が無類の球技好きなのもよく知っていた。彼女は昔から特定の種目に打ち込むのではなく、あらゆるスポーツを平等に愛するというある意味変わった体育会系女子だった。
     小学校でサッカー、中学校でバスケットボールときて、次はハンドボールがやりたいと彼女は春頃から意気込んでいる。バレー部にするんだったらどこにでも大抵あるのに、と右隣の女子生徒は溜め息をついた。

     これまでずっと仲良くしてきた親友たちとも、進む先が違うとなるとそうそう会えなくなる。その寂しさは円郁も感じているようで、正面に立つ女子生徒の少し残念そうな顔につられるように眉尻を少し下げた。
     するとそれを目にして、右隣の女子生徒が円郁とその対面の女子生徒の背をバシンと叩く。

    「ほら、シケた顔しない! 円郁だって自分で決めたんだから。あと半年あるよ、一緒に受験頑張ろ」

     その言葉に背中を押されて、三人には笑顔が戻る。これまで励まし合ってきた仲だからこそ、これからもずっとそう在ることをそれぞれが強く望んでいた。
     和やかな雰囲気の中、円郁は不意に目を泳がせる。そうやってすぐ顔に出るのもよく知っている親友の二人は、彼女が何か隠しているのだとすぐにわかったようだ。
     正面に立つ女子生徒はにやりと悪い顔をして、指先でつんつんと円郁をからかうような動きをする。

    「さては、ハンド部以外に真の目的があるな〜?」
    「うっ、それは……言わなきゃダメ?」
    「話してくれなきゃ応援しないから!」

     照れた様子でもじもじとする円郁が隠しているのが深刻な内容ではないことを察して、親友二人は円郁を追い詰めていく。
     しばらくの間言い渋っていた円郁だったが、親友たちの気迫に圧されて照れ笑いを浮かべ、制服のスカートをきゅっと握った。

    「す……素敵な先輩に、会えた、から」

     小声で打ち明けたあと、絶対内緒だよ、と続けた円郁の顔といえば。
     親友の目からすると——否、誰がどう見ても。
     まさに、恋する乙女のそれだ。

    「それってつまり……念願の初恋じゃん!」
    「そ、そうかも?」
    「円郁の心が動いたとか、その先輩どんなイケメン!?」

     親友たちは更に食い入るように円郁を問い詰める。話題のアイドルにも学内人気ナンバーワンの男子生徒にもときめかなかった円郁の初恋ともなれば、気になってしまうのは当然だった。
     誰に似ているのか、どんな雰囲気の人なのか。興奮気味に身を乗り出す親友たちの質問攻めは、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り始めても終わらない。

    「もう、そんなんじゃないよ! ……えっと、すごく親切にしてくれたの」
    「やっぱ顔より中身かぁ……」
    「やめてってばー!」

     想定外の恋の話に、思春期真っ只中の少女たちはかつてないほどの盛り上がりを見せていく。
     〝絶対内緒〟になるはずのそれは、結局の所クラスメイトの半分の耳には届いてしまったようだった。



     別に、彼を追いかけようという気持ちがあって選んだ訳ではなかった。第一彼はもう卒業していて、今からあの高校に入学したところで学内で会うことはできない。
     それでも選ぼうと思ったのは、あの日の事がどうしても忘れられないから。あの出会いはきっと何かの縁なのだと、そう思えて仕方がなかったから。
     もう彼とは話すこともできないかもしれない。だけど、この胸の高鳴りだけはずっと忘れずにいたい。
     彼女の想いは、ただそれだけだった。

     翌年、新たな学び舎から少し離れたコンビニで、もう一度彼の顔を見るまでは。


    — 了 —
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    2020/12/16 17:22:33

    きっとそこには「えん」があった

    珠己と円郁、出会いの話。
    忘れるはずだった日、忘れたくない日。

    ***

    「Drops」は現代モノ男女恋愛メインのオムニバスっぽい一次創作です。

    ##Drops #創作男女

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    • お守り強気になれない女たちが、見た目通りだったりそうじゃなかったりする話。
      一応百合。恋愛的な描写はほぼありません。でも割とそういうつもりで書いています。

      「第3回Fediverseワンドロワンライ」にて、お題「刺青」「勘違い」で参加した作品……を、更に数時間かけてとりあえず書きたかったところをまとめた感じのものです。完成品といえばそうかもしれない。

      #創作百合
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    • 気づけばここは「うず」の中お付き合いに至るまで。
      【きっとそこには「えん」があった】の続きですが単体でもだいたい読める、はず。

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      「Drops」は現代モノ男女恋愛メインのオムニバスっぽい一次創作です。

      ##Drops #創作男女
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    • 20214ハッカとイチゴのバレンタインデー(1年目)
      多分そのうち文になる

      ##Drops #創作男女
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    • 110211/02(いい鬼の日)に描いたらくがきメブキ

      ##異世界の窓  #創作
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    • あまいものをひとつ※微すけべ

      4年くらい前に書いた和ファンタジー創作BL(メブ玄)の小話
      色狂いの術士盗賊鬼 × 寡黙剣士耳しっぽ獣人
      なんとなく上げる気になったのであげちゃう

      ##異世界の窓  #創作BL
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