ボトルシップの経歴生まれた場所も理由も分からない、星が生んだ神秘、満月の化身。実のところ、自分の存在を彼女も理解していない。元いた世界で自由であるためにそんなことは必要なかったからだ。
好き好んで世界を引っ掻き回す悪戯者であった彼女を諌めるのは太陽の化身だけ。度々言い争いが武力での戦いに発展することはあったが、互いに同等の力しか持っていないためにその決着がつくことはなく、彼女は何かに縛られることもなく、ただ人生を謳歌していた。
しかし突如、強い光がその世界を飲み込んだ。ノアと名乗るどこからか現れたその光は、2人が力を合わせても敵わないほど絶対的な力を持っていた。
気まぐれに迷惑をかけるだけの月とただ助言をし手を貸すだけの太陽を横目に、ノアは全てを自分に委ねるよう人に言った。そうすれば永遠の守護と繁栄を約束すると。
人々は当然のようにノアを崇拝し、ノアは人々を庇護した。やがて彼は『かがやきさま』と呼ばれる、その世界の唯一の神として君臨するようになる。
一方でノアに挑み敗北した月と太陽の化身達は、強い力を持つゆえに「神の側近」として役目を果たすよう強要された。元々人々を想う気持ちのあった太陽は甘んじてそれを受け入れたが、月は強い反逆心を心のうちに秘めたままチャンスを窺っていた。
神に人が飼い殺しにされた世界など、崩壊の道を辿るまでそう長くかからなかった。
ある時、太陽の化身が突然姿を消した。
誰にも理由はわからない。神の目を欺き逃げ出したのか、ただ死んでしまったのか、かがやきさまですらわからなかった。
彼が姿を消すと同時に本当の太陽も姿を現さなくなり、世界は夜に包まれた。
けれど人も神も気にしなかった。太陽の光などかがやきさまの光で代用できると思っていたからだ。
強い光に眼が眩み、誰一人月と太陽が世界を支えていたことに気づかなかった。
太陽の代わりを果たし、その後起こり続ける厄災を全て打ち消し続けたかがやきさまは力を失いつつあった。しかし、神がいなければ生きていけないほど弱った人は何もできない。
世界を支えることができなくなる前に、かがやきさまは人を救うため月に名と役割を与えた。
『ノアズアーク』。世界を超え、星の海を渡り人々を新たな安地へと運ぶ"ノアの方舟"。
しかしその役割を与えられた彼女は、あろうことかそれを放棄した。
平穏は人を弱くする。こんな惨状は彼らの自業自得であり、自分は全く関係無いのだ。弱ったかがやきさまは彼女を止めることもできず、月は最後に戻ることない故郷でひと暴れした後一人で世界を飛び出した。
もっと面白いものを、もっと楽しいものを、懐かしい喧騒の日々を探し、彼女はこの世界にたどり着いた。自由に外に出ることが叶わないのは不服だが、それなりに満足しているらしい。