レオマブつめあわせ作品紹介「七月二四日」
テーマ:七月二四日(新星玲央誕生日)
玲央視点。川嘘交番勤務中の二人。
誕生日がテーマですが、誕生日っぽいシーンは少なめです。
「七夕」
テーマ:七夕
玲央視点。『レオとマブ』時空。
浅草皿交番勤務中の二人。
(さらは、登場しません)
「ルーティン」
テーマ:モーニングルーティン
真武視点。学パロ。
両片思いのラブコメ。
「君の笛」
テーマ:笛
玲央視点。
カッパ王国について、設定捏造多め。学生時代の描写あり。
「笛の君」
テーマ:笛
玲央視点。学パロ。
「幸福な王子」
テーマ:『幸福な王子』
玲央視点。
カッパ王国時代の二人。
七月二四日 七月二四日。なんでもない日。
昨日と大して変わらない一日を、今日も過ごす。
「真武、巡回に出るぞ!」
制帽を被ると、茶を飲み終えた真武に声を掛ける。
「ちょっと休憩!」
「玲央、勤務中だぞ」
「すぐ帰ってくるからさー」
戻ってくる途中で、真武が太った野良猫に触ろうとしている姿が目に入った。
(あいつ、なにやってんだ?)
片腕でもがく猫を押さえ、もう片方の腕で豪快に撫でている。いかにも慣れていない奴の触り方だった。
「猫をいじめるな」
「毛並みを整えてやろうとしただけだ」
「ほら、こうやって触るんだよ」
あごを撫でていると、猫が「ゴロゴロ」と喉を鳴らす。いつもは無愛想な猫だが、ここを触られるのは好きなのだ。
「なにその豹変ぶり」
思わず笑ってしまう。
(?)
真武の方を見る。ただ俺と猫を見ているだけ。そこにはなんの感情もない。そのはずなのに。
(気のせいか)
真武が俺に笑いかけることなんか、ないはずだ。
「落としたぞ」
真武が、タバコの箱を差し出す。さっき屈んだ時に落としたのだろうか。
「お、サンキュ」
受け取ってズボンのポケットに入れようとしたところで気付いた。俺は、タバコを落としてなんかいなかった。
実は、しばらくタバコを吸っていない。あの日以来、吸う気分になれないのだ。だから、大切な人にもらったタバコは手付かずのまま、常にポケットに入れている。大分くたびれてしまったが。
それを真武には知られたくなくて、今でも吸っているふりをしている。嘘をつく理由もないのだが、聞かれてないことをわざわざ話す理由もない。
(まさかな……)
単純な好意で、くれたのだろう。黙って受け取っておくか。
視線を感じる。真武の瞳はまっすぐと俺を捉えていた。
「どうかしたのか?」
「なんでもねーよ。さぁ、仕事、仕事!」
七月二四日。なんでもない日。
今日と大して変わらない一日を、明日も過ごすのだろう。
七夕 俺は、新星玲央。浅草皿交番に勤める、警察官だ。
隣にいるのは、相棒の阿久津真武。
交番前に設置した、七夕用の笹には、色とりどりの短冊が吊るされている。
「これ、置いてよかったな」
笹を置くことを提案したのは、真武だった。
「ああ、交番に親しみを持ってもらえるといいな」
真武が微笑んだ。
「『サッカー選手になれますように』」
「『キュウリをおなかいっぱい食べられますように』」
老若男女、さまざまな人の願いが込められている。
こんなことができるのも、世の中が平和だからだ。
「俺たちも、書こうぜ」
「そうだな。中に入ろう」
デスクに向かい合って座る。
「真武は、願いごと決まってるのか?」
「ああ。玲央は?」
「俺も」
筆ペンを取り、願いを込めて書こうとした時だった。
あれ? 前にもこんなことがあったような……。
七夕の時じゃない。俺には、どうしても叶えたい願いがあって、必死になって……。
「玲央、どうかしたのか?」
真武が不思議そうに、見ている。
俺は、爪がてのひらに食い込むほど、拳を握りしめていた。
「いや、なんか……デジャブっていうのかな。それよりなんて書いた?」
真武の短冊をのぞき込む。相変わらずの悪筆に笑ってしまうと、ムッとした顔をされた。
「『早起き』か」
これは真武の短冊だ。さっき、一緒に吊るしたのだ。隣には、俺が『世界平和』と書いた短冊がある。
「おーい、そろそろ行くぞ」
真武が交番の入り口から、顔を出す。
「ああ、今行く」
今日は七夕祭り。俺たちは見回りに行くのだ。といっても、この街で危ないことなんか起こらないだろうから、祭の雰囲気を味わえそうだ。
願いごとは、一つだけと決まっているのだろうか?
まあ、このくらいは、許されるだろう。
自分の短冊を裏返すと、ボールペンで書き入れた。
『真武とずっと一緒にいられますように』
その時、風が吹いて、笹の葉が揺れた。
「!」
『レオとずっといっしょにいられますように』
真武の短冊の裏には、そう書かれていた。
ルーティン○午前5時○
俺、阿久津真武の朝は早い。
ぐずぐずしている暇はない。今日も、綿密に練られたタイムスケジュールを守らなければ。
洗面所で顔を洗い、歯を磨く。
それから服を脱ぎ、風呂に入る。就寝中は、意外と汗をかくものだ。
俺は、風呂の温度は高めが好きだ。この後控えているミッションは、一瞬の油断も許されない。
身体のすみずみまで洗った後、タオルで背中をピシャリと叩き、気を引きしめる。
○午前6時○
身体の水分を拭い、ドライヤーで髪を乾かし、下着を履く。
その上から、エプロンを着ける。俗にいう、「裸エプロン」というやつだ。服を着ていると、料理に集中できない。それに、万が一、服の繊維が入っていたなんてことがあったら、俺は自分を許せない。
戸棚から、色違いの弁当箱を二つ取り出す。俺と、幼なじみの玲央の分だ。
今日は、タコさんウインナーにしてやるか。玲央は、昔からタコさんウインナーが好きだ。最近は恥ずかしいのか、口には出さないが、目に入った瞬間にテンションが上がっているのが分かる。
一瞬見せる笑顔は、子どもの頃から変わらない。だが、毎日は入れてやらない。たまに入っているから良いのだ。
玉子焼、タコさんウインナー、ポテトサラダ、白米。弁当は、ベタな方がいい。おっと、キュウリを忘れずに。
弁当箱に詰めていく。玲央が美味しそうに食べる姿を想像して、口元が緩む。
○午前7時○
部屋の中を、手早く片付ける。
ただし、整え過ぎてはいけない。
俺は、もう一度洗面所に行き、手と顔を洗い、髪をとかす。
しっかりと整えてから、手で少し乱す。
最後に、自分の頬を両手でピシャリと叩き、気合いを入れる。
○午前7時20分○
そろそろだ。
窓からそっと、外の様子を窺う。
よしっ。
玲央が、うちの前のカーブミラーで髪型を整えている。神経質そうな手つきがたまらない。あと一年で、学ラン姿も見納めか。
ずっと見ていたい気持ちを抑えて、顔を引っ込める。
いよいよだ。
俺は食卓の椅子に浅く腰掛け、目を閉じた。
○午前7時30分○
コンコン、と玄関扉をノックする音がする。
「真武ー?」
きっと首を傾げているのだろう。
再度、ノックする音。
「また寝てるのか」
玲央は、独り言が大きい。教えないが。
ガチャガチャと音がして、扉の開く音がする。
合い鍵だ。
「お邪魔します」
フローリングの軋む音がする。
「真武、またそんな格好のまま、寝てるのか……」
リビングの入り口あたりから声がする。
「朝だ」
「真武」
「起きろ」
ここで起きてはいけない。いや、起きてるが。
玲央は、辺りを窺っているのだろう。俺は一人暮らしだがな。
カバンをそっと置く音がする。
「真武……」
急に声のトーンを落とす。
玲央の視線を感じる。ためらっているのだ。来い、玲央!
「真武……真武……」
耳元で囁かれる。気を抜いてはいけない。
髪をそっと撫でられる。学ランの襟が首に当たる。
チュッ。音にしたら、そんな感じだろう。頬に一瞬だけ、キスされる。きっと、玲央は、真っ赤になっているだろう。
見た目は派手な癖に、ウブなのだ。俺は、知っている。
玲央がカバンを持ち、数歩下がったようだ。
「真武、起きろ!」
声を張り上げ、肩を揺さぶられる。
数秒してから、目を開ける。
「おや、またうたた寝していたのか?」
「そうだよ。行くぞ!」
俺が制服に着替えている間、玲央が二人分の弁当箱を自分の鞄に入れる。
「タコさんウインナーだ……」
小さな声だったが、興奮が伝わってきた。こっそり中身を見たようだ。
ミッションコンプリート!
俺は小さくガッツポーズをした。
君の笛 この国では数えで十五になると、成人とみなされる。
王立学園を卒業後、軍に志願した俺は、幼なじみの真武と共に、ケッピ王子直属の部隊に配属となった。それは、とても名誉なことではあるのだが……。
(まさか、あんなことになるなんて)
俺は、頭を抱えた。
王子の部隊では、二人一組で行動する。そして、 王子を含めた三人で「さらざんまい」をするのだ。「さらざんまい」については、ごく限られたものしか知らない。
俺も真武も、何一つ知らされずに、カパゾンビとの戦闘に臨み、「さらざんまい」をしたのだ。
そして、漏洩したのは、俺の誰にも知られたくない秘密だった。
○●○●○
【漏洩】
数ヶ月前。
俺たちがまだ、王立学園の生徒だった頃。
学園から寮への帰り道、いつものように、真武と並んで話していた。
真武が、突然視界からいなくなる。道端の石につまづいたのだ。
「おい、大丈夫か?」
「ああ」
荷物があたりに散乱していた。
「待ってろ、拾ってやるから」
真武は立ち上がったが、歩くと痛むようだった。 制服は砂だらけだ。
彼のカバンを預かると、ノートやたて笛の砂を軽く落としてから、拾った荷物を入れ、そのまま俺が持った。肩を貸してやり、寮へ帰った。
部屋に着くと、真武は風呂場へ向かった。怪我は大したこと、ないようだ。机に、カバンを置いてやる。
彼のベッドに腰掛けると、ケースに入った、たて笛が落ちているのに気が付いた。バッグからこぼれ落ちてしまったのだろう。
「あー」
俺は頭をかく。壊れていたら、どうしよう。
ケースから取り出してみたが、幸いどこにも傷はついていなかった。笛には、「あくつ マブ」と悪筆で書かれている。
(真武の、笛)
ごくりと唾を飲む。
(真武が吹いた、笛)
ということは、当然、口を付けている。
(これに、口を付ければ……!)
俺は、恐る恐る顔を近付ける。
心臓がまるで耳元にあるかのように、うるさく鳴り続けている。
「玲央! タオル持ってきてくれ」
風呂場から呼ぶ真武の声に、びくりと身を震わせた。
「わわわ、わかった! す、すぐな!!」
○●○●○
「今のは、いったい……?」
真武が呟く。
「『さらざんまい』とは、身も心もひとつになること。漏洩の内容は真実ですケロ」
俺は俯いていた。顔が熱い。
「はじめての『さらざんまい』で、二人とも疲れただろう。今日はもうあがって、ゆっくり休むといいケロ」
「ハイ、アリガトウゴザイマス! シツレイシマス!」
「どうした、玲央?……あ、待て!」
俺は、呼び止める真武を置いて、一目散に駆け出した。
それから、数日間、俺は真武を避け続けた。
だが、任務からは逃れられない。カパゾンビとの戦闘に、俺と真武が召集されたのだ。
「心を一つにできなければ、任務は失敗する。お互い言いたいことがあるなら、今のうちに言っておくのだケロ」
「……」
「玲央、なぜ俺を避けるんだ?」
「真武……」
「教えてくれ、お前の気持ちを」
(今!? しかも王子の前で言うのか?)
真武は、真剣な目で俺を見つめてくる。俺は、意を決した。
「真武、俺はお前が大事だ! だから、たて笛は……」
それ以上続けることはできなかった。きっと、俺は真っ赤になっているのだろう。
気まずい沈黙を破ったのは、真武だった。
「分かってるよ、玲央」
真武は、おだやかな笑みを浮かべている。
「ま、真武……?」
「そう、自分を責めないでくれ」
「え?」
胸が高鳴る。
「たて笛を傷にしてしまったんじゃないかと、気に病んでいたのだろう?」
「……はあ?」
俺は大きくため息をついて、うなだれた。
「クスッ」
声の主を睨みつける。王子は露骨に視線を逸らした。
「お前、今笑っただろ!!」
「玲央、王子になんて口のききかただ!」
笛の君(かったりぃ)
高校の入学式の後、俺たち新入生は講堂に残り、オリエンテーションを受けている。今は、部活紹介の時間だ。
「次は、吹奏楽部の演奏です」
三十名ほどの生徒が、楽器を手に袖から現れる。
「吹奏楽部は数々のコンクールで……」
「ねっ、ねっ、あの人かっこよくない?」
「眼鏡の人でしょ? 背、たかーい!」
学年主任が部活の紹介をしている間、隣の女子グループが、ささやきあっている。
気まずい。嫌でも耳に入ってくる。俺は、噂の主の面を拝んでやることにした。
そいつは、すぐに分かった。一番背が高いからだ。
女子が騒ぐのも分かる。長身痩せ型だが姿勢が良く、椅子に掛けていても、二本の足はしっかりと床を踏みしめていた。色白の整った顔立ちに眼鏡、という組み合わせは、高貴な印象を与えた。
おまけに花形のフルートだ。嫌味なほどに、出来過ぎている。
(ふーん)
演奏が始まる。 彼は自分のパートが始まる前に、目をつむり、深呼吸をした。途端に、表情が柔らかくなる。
瞬間、俺は自分の体温が上がるのを感じた。
(え……? なにこれ)
離れているのに、フルートに吹き入れる息を感じる。白くて細長い指が舞う。
ソロパートに入ると、頬が上気して桜色になっていた。
瞳の奥は暗く、謎めいている。
触れたら壊れてしまいそうな、危うさがある。でも、触れてみたい。
(俺は、なにを? 今なにを考えた?)
演奏が終わった瞬間に、現実に引き戻される。身体中が、火照っていた。
俺は、この感情がなにかを、知らない。
でも、明日あるらしい、入部説明会の時間と場所を、プリントの裏に走り書きした。
幸福な王子 昼下がり。俺と真武は、桜の木の下に腰掛けていた。
舞い散る花びらを目で追う俺の隣で、真武は熱心に本を読んでいた。
「真武、何を読んでるんだ?」
「オスカー・ワイルドの『幸福な王子』」
「どんな話?」
「読んであげるよ」
真武の朗読には、熱がこもっていた。感情移入しているらしい。つい、からかいたくなった。
「そんなにその話、気に入ってるんだ?」
「そうだな。銅像の王子とツバメ、ふたりの最期は悲しいものだが、その魂は美しく、また永遠だ」
真武は宙を見上げている。横顔は、うっとりとしていた。その表情に、俺は無性に腹が立った。
「そうかぁ?」
「大切なもののために、自分の命さえ厭わない。美しい生き方だ」
凛とした声は、間違いなく真武のものだ。なのに、今はまるで彼がひどく遠いところにいるようだ。
「俺には、よくわかんねぇ」
頭をかきむしる。なんだろう、この心乱される感じは。
「よくわからねぇけど、俺は……なんか、嫌だ!」
「え?」
つい語気を荒げると、驚いた様子の真武と目が合う。
「俺は、大事な人が死ぬのは嫌だ! 大事な人が俺のために死ぬのは、もっと嫌だ!」
もう叫んでいるといっても、いいような状態だった。
「俺……作り話に、なにムキになってんの」
自嘲しながら、あさっての方向を見る。真武の視線が痛い。
恐る恐る真武の方へ顔を向けると、彼は春のおだやかな日差しのような笑顔を浮かべていた。
「そうだな、これはお話だから、美しいと思えるんだ。俺なら、どんな姿だって……たとえ人から醜いと思われても、もがき続ける。大事な人のそばにいることを諦めないよ」