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    「…お前先に行けよ」
    「ずるいぞ!お前が先だ」
    「何でだよ!」

    閉じた扉の向こうからごちゃごちゃと言い争う声がする。
    もうだいぶん時が過ぎたかと思われるも一向に埒が明く気配はない。
    療養中の部屋に戻ったばかりの寝台の上で足を投げ出して上体を起こし、仏頂面でそれを聞いていた不死川はここが頃合いと廊下に向けて怒鳴った。

    「うるせェ!とっとと入れ!」

    廊下は一瞬しんと静まり、言い合う声が止んだ。
    それからややあって恐る恐るといった調子でドアがそうっと開かれる。
    空いた隙間からそろりと二つの顔が覗いた。
    知った顔だ。生き残りの隊士。竹内、村田。
    二人して横並びに入口を通ろうとし、案の定手の荷が詰まって互いに肩で相手を押し合う。
    どうにかこうにか体を部屋に押し込むとじりじりと男たちは上官の横たわる寝台に近寄った。
    何かあった時にさっと逃げられるほどの距離を取り、意を決した顔で艶のある髪の方が口を開く。
    しかし喉から出たのは思いがけぬか細い声だ。

    「   …風柱」
    「おゥ」

    これは鬼の風柱。常の通りそのぶっきらぼうな声色で不死川は答える。

    「椅子があんだろ。座れよ」

    見れば確かに椅子がある。寝台の横に二つ。
    俺たちに座れと言うか。ここに。
    いや、それはそうだ。椅子には座るもんだろう。
    またしても男らは相互あいたがいに譲りあいながらすり足で前に出、置かれた椅子におずおずと尻を置いた。
    そこをじろりと、いや彼らが勝手にそう感じただけで実は特に変わりない様子の不死川が包帯の巻かれた顔で見廻す。
    ばね仕掛けの絡繰りが跳ねるように二人は争って叫んだ。

    「あっ!あの」
    「この度は!」
    「いやほんとに俺達…!ほんとに!」
    「えーと、あの」

    「用件を言えェ」

    途端に男らは椅子の上でぎくりと体を強張らせる。
    仕方がない。
    面と向かってこの柱とまともに言葉を交わしたことなどありはしない。
    横暴で、容赦がなくて、口より先に拳が飛ぶこの男。
    正直怖い。いや、恐ろしい。
    そんな有様の部下を見、当の風柱はしょうがないといった顔で言い直す。

    「怒鳴られに来たのかァ?そうじゃァねぇだろ」

    あれ?
    男らは互いに顔を見合わせた。
    なんか調子が違う?
    いやいかん。勘違いするな。腹に力を入れて褌を締めてかかれ。
    呼吸こそ使わないものの気合を入れ直した竹内が腹から声を出した。

    「お礼を言いに来ました」

    よしよくやったと言いたげに村田が後に続く。

    「あの… 俺たち助けられたんです。風柱の鴉に」

    やっと出たかと思えば藪から棒の突拍子もない言葉に不死川は首を傾げた。

    「鴉ゥ?」
    「はい」

    先程より少ししっかりとしてきた声で村田が言う。

    「あの最後の闘いで。あれ、風柱の鴉ですよね」
    「何の策もなく無惨に突撃しようとした俺らを、あの鴉が叱りつけたんです。テメェが行って意味あるか! って」
    「そうです、風柱にそっくりの口調でした」

    こいつらがそう言うからにはそりゃァ俺の鴉なんだろう。
    不死川は己の知らない己の鴉の話に耳を傾けた。
    一旦話し始めた男らの口からはするすると言葉が流れ出る。
    その時の緊迫した精神状態を思い出すように村田と竹内の語り口は熱を帯びてきた。

    「悔しかったけど実際そうだったんです」 
    「あいつが止めてくれなかったら、確かに俺らはあの場で盾にもなれずに無駄死にでした。何の意味もなく」
    「その後の闘いもできなかったかもしれない」
    「だって本当に人数が入用だったのは最後の最後だったんですから」
    「少しでも俺たちが役に立ったとすれば、だから恩人なんです。あの鴉」
    「いや、恩鳥?恩鴉?」

    主の知らないところで奴は奴で勝手に戦っていた己の鴉を不死川は頭に思い浮かべた。
    俺が死んだらきっちり触れろと言ってあったのにしょうがねえ鳥だ。

    「そうかィ」

    「あの、何ていうんですかあの鴉」
    「爽籟」
    「かっこいい名前ですね。強そう」
    「俺がつけたんじゃァねぇけどなァ」
    「そうなんですか。えと、今はどこに?」
    「外で勝手にやってらァ」
    「…そうですか」
    「呼ぶかァ?」
    「あ、いえいいです」

    そこで竹内は大きく手とかぶりを振りながら言った。
    顔を見合わせて横の村田も同じように声を合わせる。

    「今は好きなように飛ばせてやって下さい」
    「もう鬼はいなくなったんだから」
    「なあ」
    「うん」

    そこで一息つくと改まった口ぶりで村田は上官に向き直った。

    「ただ俺らは一言礼を言いたくて…、あ、もちろん風柱にもです」
    「おい、ついでみたいに言うな!」

    竹内が村田を肘でつつく。

    「あ、すいません!」

    咄嗟に頭を掻いた村田。二人はしかし等しく思った。
    いや、ついでなんかじゃない。
    だってこの人たちは、あの日あそこであの果てしなく続くかと思われた闘いを。
    今度ははっきりと迷いのない口調で、もう一度村田が口を開いた。

    「あの日、俺らが何かできたとは思ってませんけど」
    「今まで見たこともないような数の鬼と、それから無惨…」
    「あんなに何度も…」

    そこで村田は体をぶるっと震わせた。

    「何度も駄目かと思ったけど、でも柱の方々は最後まで戦い抜いて無惨を追い詰めた」
    「あんなにズタズタになってそれでも立ち上がって」

    最後、という言葉に恐らくそこに居た三人の誰もが同じ空気の震えを感じ取っていた。
    あの未曽有の永い死闘の最中、本当にこれが最後になるとわかって動いていたものなど誰一人いなかった。
    ただあったのは皆の想いだけだ。これで最後にするのだと。終わって初めてわかった。これで最後なのだと。

    「あの気の遠くなるような長い時間、朝まで柱の皆さんが持ち堪え戦い抜いてくれたからこそ鬼は
    「あの紙ィ」

    「え?」

    「つけると見えなくなるあれだ」
    「鴉にも猫にもついてた」
    「あの猫も鬼なんだろォ?」
    「お前らがその飼い主の鬼を知ってるとか聞いたがなァ」

    唐突に別の件を持ち出した不死川にほかの二人は話の勢いを削がれた。
    だが確かにそれについては彼らが当事者である。
    とまどいつつ記憶を掘り起こすと必要にして十分な情報を部下は上官に提供した。

    「そうです。あれを配ってくれたのは鬼です。愈史郎といいました」
    「鬼だけど、俺たちに味方してくれて。最初はそうだと知らなかったんですが」
    「性格の悪い奴だったのは確かです。しかしあの日解毒剤を皆に打って回ってくれたのも奴です」
    「俺なんか味噌っかすって言われましたけどね!」

    横から村田が余計な口を挟む。

    「我妻も炭治郎も奴に助けられたし、たくさんの人間を朝まで救い続けた」
    「それから上弦の女鬼も操って…  ほんとにあの戦いで奴はどれだけの働きをしたかわからない…」

    「ヘェ」
    「鬼に、随分と助けられたもんだなァ」

    ぼそっと一言不死川は零した。
    途端に男らは横並びでぎくりとする。
    あの鬼を憎むことにかけては隊で一二を争った、いや、一にして最強の風柱。
    やばい まずい 終わったと思って気を許しすぎた。
    竹内が焦って言う。

    「いや!あの!すみません!!鬼なんか褒めたりして」
    「逆だ」
    「へ?」
    「鬼の力を借りなきゃァここまで来れなかった」

    そのまま淡々とした口ぶりで気負いもなく不死川は言った。

    「あの日、いやそれまでに逝った奴も、残った奴も、目的を一にして力を尽くした者は皆文字通り最後まで力の限りを尽くした」
    「産屋敷家、隊士、隠、柱、それからずっとそれを支えてくれた人ら全部」
    「その全員を俺は誇りに思うし感謝している。 ……手を貸してくれた鬼にもだ」

    そして寝台の脇の二人の部下を見、ぶっきらぼうな声音はそのまましかし率直に言葉をかけた。

    「もちろんお前らにも」

    目の前でごく当たり前かのように鬼の助力を必要不可欠だったと言う風柱。
    彼我の間に不思議な空気が流れる。
    何かを言ってもいい。または何も言わなくてもいいような、そんな。
    思いがけず投げ返された感謝に二人の男は少し押し黙り、それからまたしても竹内が村田の脇を小突いた。

    「お前、あれ出せよ」
    「あ!そうそう」
    「あの、風柱。これ」

    これ、このために来たのだとばかりに村田が手に提げた紙包みを不死川に差し出した。
    それを寝台の上で受け取った不死川がその四角の重みを左手で確かめる。

    「開けましょうか」
    「いィ」

    包帯の巻かれていない方の手で不死川は器用に掛紐をほどいた。
    その包みの中身が目の前に露わになった時、不死川はぴたりと動きを止めた。
    一瞬、不穏な緊迫感が三人の男の間に漂う。
    無言の上官を窺いながら恐る恐る竹内が聞いた。

    「…あ あの、嫌いでしたか?おはぎ」

    すんとした間が空いた。

    「 ………いや」

    男たちはあからさまにほっとした顔を隠さなかった。
    それから二人口々に言い添える。

    「ああ、良かったー」
    「ほんとに」
    「炭治郎に教えてもらったんです」
    「風柱はおはぎがお好きだって」

    またしても不死川の動きが止まった。
    今度はさっきより長く。
    そこで不審げに眉をひそめていた村田が何か気付いたように声を上げる。

    「あっすいません!気が付かず」
    「なほちゃんたちに皿頼みます」
    「お茶も」

    そこでようやっと不死川は男らに返事を返した。

    「…いや、必要ねェ」
    「そうっすか?」
    「あァ」

    「そういやァ」

    不死川はたった今ついでにふと思い出したかのような素振りで言った。

    「冨岡にも行ってやったか。俺より重症だったろォ」
    「あ、はい。冨岡 …さんは、あの、風柱を見舞ってくれと」
    「フン!」

    村田の言葉を聞いた不死川は鼻を鳴らし、その拍子に少し咳込んだ。
    それを見た竹内が村田の隊服を引っ張って囁く。
    なあ、おい。
    今度は村田も同時に心得て上官に声を掛けた。

    「じゃあ俺達、そろそろ」
    「おゥ」

    不死川は件の菓子箱を少し持ち上げて見せる。

    「有難く食わしてもらうわァ」

    二人揃ってぺこんと頭を下げ、腰かけた椅子から揃って腰を上げる。
    病室のドアを開け退室しようとした二人に不死川は寝台から一言投げた。

    「緩むな」

    それを聞いた村田と竹内の背筋が途端にぴっと伸びる。

    「鬼が消えたとしてもお館様から沙汰があるまでは今までの鬼殺隊。変わりはねぇからなァ」
    「備えて置け」

    順番に廊下に出た男たちはそこで横に並び、部屋の上官に粛々と敬礼した。





    「あ───っ緊張した!!」
    「だよなー!」

    病室を出て蝶屋敷の廊下をしばし歩いてから竹内と村田は立ち止まり、揃ってはーっと大きく息をついた。

    「でもさあ、何か、変わったなあの人」
    「だってなあ。そりゃああれだけのことがあったし、もう鬼はいないし」
    「…元々あんなだったのかな、俺たちが知らなかっただけで」
    「どうだろうな」
    「弟も、あの日亡くなったんだろ。あの炭治郎たちの友達の」

    誰もがここに入隊した日から人を送る事には慣れていく。
    否、慣れなければここで鬼殺を続けていくことなどできはしなかった。
    明日は我が身もと覚悟の上、いやそれをむしろ火口ほくちにして自分を叱咤して、それでも大事なものを失ったその痛みは。
    目をしばたたかせながら村田は言った。

    「辛いよな。鬼はいなくなったのに」

    二人の男が小さく話す廊下のガラスの窓の向こうに桜の大木が霞んで見える。
    その蕾はまだ小さく硬く、しかし花咲く日を夢見るように風に吹かれ僅かに揺れていた。

    「俺らが軽々しく何か言えることじゃないけど」
    「ああ、うん」
    「…でも俺の勝手な気持ちだけど、だからこそこれからは皆幸せになって欲しいよ」
    「うん」
    「今いない人たちの分もうんと長生きして」
    「うん」





    騒々しい男たちが去り、寝台の男はひとつ伸びをすると投げ出した腿の上に載せた紙包みを見た。
    掛け紙の上の薄白い箱と中に並んだ小豆の色の鮮やかな対比。
    粒の残る餡が艶やかなきらめきを見せている。
    粒餡か、漉し餡か。
    あの声が頭に蘇った。

    「  あんのクソガ

    そこで不死川は口を噤んだ。
    いつもいつも気に障る事ばかりしやがって。
    だが、あいつは最後まであの場に居て無惨と闘った。
    最後の最後には鬼にもなったと。
    鬼になってまた人に戻ったのか。あの兄妹は。
    本当にやりやがった。
    とんでもねぇことをやりやがった。


    思い出す、前にあのガキに言い放ったあの言葉。

    「俺はテメェを認めてねえからなァ」

    いや、全部じゃねぇ。一部は確かに認めてた。気に入らねぇが。
    あの日稽古の合間。
    あそこで、柱の陰でずっと聞き耳立ててやがったあいつ。
    睨み通り寸分違えず飛び込んできやがった。計算通り、俺のかつての記憶より幾分速く。
    ──またそれにむかっ腹が立った。
    あいつはさぞや糞みてぇな兄だと思ってるだろう。頭にくれば血を分けた弟の目も躊躇なく潰す気狂い。
    それでいい。
    ずっとそれでいい。

    不死川はゆっくりと息を吐いた。
    呼吸もままならない程の突き上げる怒りをあの時どうして抑えられたろうか。

    そう思ってくれれば良かった。
    玄弥も。あのガキのように。

    血で血を洗う鬼狩りの前線にいて全く呼吸が使えないどころか鬼まで喰うと。
    怒りで目が眩んだ。
    もうダメだ。
    もうこっから引き返せなくなる。
    止めねぇと、今すぐ、ここで。
    さあ見ろ、こいつは糞だ!嫌え!怖れろ!
    こいつはお前の兄貴なんかじゃねえ、頭にくれば何をやらかすかわからない人でなしだ。
    今すぐこの屑野郎に愛想をつかしてこんなおぞましいところを見限ってどこか別なところで別な暮らしを誰かと愛し愛されて



    いや

    それでも玄弥は。  

    あれだけ非道なザマを見せつけて、
    それでもあいつは、俺を。

    竈門が言ったことは全部本当だった。
    これも全部、玄弥が選んだ道だ。
    今がこうあるのもあいつの想いの果てだ。
    あいつがここでどれだけ狂おしく必死だったか、何もわかっちゃいなかった、俺は。


    そこで男は脚の上の菓子を見た。その一つを手に取り、大きく口を開けて手に持ったものにかぶりつく。
    柔らかくねっとりとした感触が口中に溢れ、鼻には餡と餅の匂いが満ちた。
    いつも、いつでも俺は玄弥の裏のない物言いに、あいつの真っ直ぐな顔にどれだけ助けられたか。
    あの家で。あの丘で。あの道端で。
    また鼻に甘く、小豆の匂いが触れる。

    旨い。
    だがこんなじゃなかった。
    あれは、もっと。

    こんなに甘くはなく、
    こんなに小豆がふっくりとはしていなく、
    餅は小さく餡子は薄く塩味が舌に残って、
    でもあの味が、俺には

    いっとき不死川は何処いずこかを見るように視線を空に投げた。

    湯気と、むっとするような熱気。
    厨に立ち込めていたあの香り。
    そこから一歩外に出るとあの匂いが。皆がそこここで立って吸っていた、あの。

    鬼殺隊ここにはないあの匂い。
    何もかもが今は遥か遠く、しかし今もすぐそこに在るかのように肌に纏わりつく。
    己がどこに立つかもおぼつかないまま。送った者たちを、笑っていた者たちを彼方に残したまま。
    あの陽を受けて笑っていたあいつら。
    地獄を前に暗がりに立ったお袋と糞親父。
    この陽の元に突き戻された自分。

    まだ憎らしいか、俺が。
    いつも、死んでからも勝手な理屈ばかり並べやがって。

    その菓子のふくよかな香りが再び不死川を蝶屋敷の寝台に引き戻した。
    口を開けると不死川は左手に握ったそれをもう一口齧った。

    「糞が」

    この味が今の味だ。
    ここに立つ自分。窓から差し込む陽の光。
    そこに是非などない。
    口の中の丸く柔らかな甘みを不死川はゆっくりと胃の腑に飲み下した。
    少し隙の空いた窓からまだ少し冷たい夕方の風がゆるやかに入り込んで来る。
    遠くの方から、小さく高く鳴く鴉の声が近づいてくる気配がした。




    表紙は鴉ではなくBlackbird
    今年も11月29日が来るねえ
    るげ Link Message Mute
    2023/07/20 0:06:04

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    👹の二次
    作者が共有を許可していません Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
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