Trick or Treat~うちはサスケ(3X才)の場合~「じゃあパパ、行ってきます!」
三角帽子、黒いマント、短いが動きやすいスカート姿の魔女となった娘を送り出したとき、確かに時代は変わったのだとサスケは思った。
卒業したはずのアカデミーで催されるイベントに、警護という名目で参加する卒業生たち。
つまりサラダたち木の葉丸班や他の卒業生、忍びになったばかりのまだ若い下忍たちは思い思いの仮装をして夜の忍び里に飛び出して行った。
サスケが幼い頃には影も形もなかった新しい風習だ。
里は平和になり祭りや行事が盛大に行われるようになった。
ありし日に猫耳をつけたのは任務のためだった。ならば娘の姿も夜の闇に紛れるためだとすれば、全く意味のないこととは言えない。しかしどうにも浮わついた空気にそうそう乗り切れるものではない。
サスケはいつも通りの顔で妻の手料理に箸をつけた。
「普段の時間ならアナタも一緒に食べられたんだけど、今夜はちょっと特別だから、あの子早く済ませたのよ」
「ああ」
「でもアナタに少しでも会えて、きっとすごく喜んでるわ」
「?」
「魔女の格好よ。サラダによく似合ってるでしょう? あの子、今年はどうしようってすっごく悩んで、もう忍びなんだから、やっぱりいざというときは戦えるようじゃなきゃ駄目だって、夜だからってアカデミーの先生も付いてるし心配することなんてないんだけど、きっとアナタにどう思われるのか気にしてたのよ。ね、本当に可愛いわよねサラダったら」
その可愛い愛娘より声を弾ませ、はしゃいだ顔をしてサクラは嬉し気に話を続ける。特別なイベントのある夜に愛する夫に会えたことを喜んでいるのは何よりも彼女なのだと、今さら言うまでもないことである。
話しながらもサクラは玄関のチャイムが鳴る度にぱたぱたと食卓を離れていく。子供達にハロウィンのお菓子をあげるためだ。
「サクラせんせー、トリックオアトリート!」
いくつもの甲高い声にも負けない妻の笑い声に、サスケは口の端を緩ませた。病院でも任務でも、人に好かれ慕われるサクラ。サスケは口のなかの煮物をゆっくりと咀嚼した。
旨い。野菜の持つ自然な甘さなら彼も好ましいと思える味だ。
サスケは元来食への欲が薄い。腹が満ちれば良い。もしくは必要最低限の栄養が取れれば兵糧丸でも何でも良いという考えの持ち主だった。それが過去形になったのは妻のお陰だ。ひとが作ったとわかる温かい食べ物、親しい人や愛する家族の顔を見ながら摂る食事は良いものだと、サクラがサスケに教えたのだ。だから彼女はサスケ一人の夕食にさせまいと頑張っているのだが。
「ごめんなさいアナタ、落ち着かないわよね。でもそろそろ終わるはずだから、」
「落ち着くのはおまえだ」
先ほどからチャイムの度に玄関に走り、子供達に用意していたお菓子を渡し、慌ててサスケのところに戻るのを繰り返している。その合間にも子供達の衣装や今年の流行、病院で振る舞ったお菓子の話をして、サスケのお茶の用意だ。
どんな日であっても妻としての役割をきちんとしたい。だから少し位慌ただしくなったとしても、サクラ先生として子供達の前に出る顔とは別の顔で夫の前に行きたい。特に今は娘もいない夫婦二人きりなのだから、遠慮なく夫を構い尽くしたいのだ。これこそが彼女の喜びで、そのために気を配るのは当然のことだ。なのに、
「サクラ」
「え」
サスケがにやりと微笑んでいる。
さらりと妻の髪に手を伸ばし、
「その耳はなんだ?」
彼女の頭にある猫耳を撫でた。
「えっ、やだ!」
サクラはびょこんと生えている作り物の耳を慌てて外そうとした。
「サクラ」
「あっ」
腕を掴む夫の目線にサクラは動けない。赤い顔でもごもごと言い訳をする。
「あのね…、いの達と、今年はスタッフの皆も業務に支障がないような仮装をしようかって話になって」
「……」
「そっ、それで、ただの仮装じゃつまらないから、科学班に頼んでチャクラを流すと生きてるみたいに連動する耳と尻尾を作ろうって、」
「おい」
「ハイぃ!」
「尻尾まであるのか」
「あっ、でも別に変なことじゃないし、私だけじゃなくて皆でやった仮装なのよ」
サクラは肩をすくませたが、弱々しくも話を続けた。今の木の葉では、特に病院のような硬い場所でこそ、ちょっとした仮装が喜ばれるのだが。
「人前で、昼間からその耳や尻尾を着けて仕事をしていたのか」
サスケの舌打ちが漏れる。男の前で怯える猫。
「う、ごめんなさい。猫耳や尻尾なんて、イイ歳しておかしいわよね」
「ならどうして着けた?」
サスケを出迎えたときから先ほどまで、サクラの頭にそんなものはなかったはずだ。
「最近じゃ子供だけじゃなくて、大人も仮装するから、あれを付けて子供達の相手をしてたの……」
サスケに見つからないよう、いちいち付けては外しを繰り返し、子供達を迎えていたのに結局こうして詰問される。
「耳だけか」
「耳だけよ。みんなもうお菓子のことしか頭にないんだから」
「じゃあ、尻尾はどうなってるんだ」
サスケはそろりと腰を撫でた。何かが仕込まれているわけもなく臀部はまろやかである。
「やだ、アナタに見られたら恥ずかしいじゃない」
恥ずかしいことだとわかっているのに相変わらず浮わついた、困ったやつだ。
「あの、呆れてる……?」
サスケだけの猫が上目遣いで甘えた声を出す。
不安そうに揺れる耳。ないはずの尻尾がサスケに絡みつこうとしているようだ。
「………」
猫は嫌いではない。どちらかと言えば好きな部類だ。
「サクラ」
「はい」
「サラダは今夜帰らないんだな」
「ええ。アカデミーで探険や怪談話をするから、今夜はそのまま泊まって、解散は明日の朝になるの」
「じゃあ久しぶりに一緒に風呂に入るか」
「え」
「その後で、おまえの耳も尻尾も可愛がってやる」
「えっ?」
子供の時間は終わりだ。そもそもサスケは甘いものなんか欲しくないし、今夜の妻は自分だけのもので、最初から有無を言わさず奪う気だった。
そこにちょっとしたオモチャを投げ込んだのはサクラ自身だ。大人の悪戯がどんなものか、サクラの体に教えなくては。
うちはサスケ3X才、彼だけの猫を可愛がるのは大好きなのである。
妻の躾も猫の躾もどちらも楽しみだ。