冬のホリデイ、春のシロツメクサ冬『ホリデイ』
サスケはどこでも良かった。妻と娘がいれば。
真っ白で冷たいものにおおわれた部屋のなか、赤い炎に照らされた彼は満ち足りていた。
休みに向けてサクラとサラダは楽しそうに温泉はどうだ、食事がどうのと話している。
家族全員がそろっての長い休暇だ。
せっかくだからどこかに泊まりがけで出かけても良いのではないか、妻はうきうきと特集番組を見つめている。ずいぶん大人びた様子の娘も、妻ほどではないが母の言葉に乗り気な様子である。
あれが良い、ここは遠い、どうせならもっと素敵な、プールもあって訓練場もあって、それは流石に贅沢、などと本気とも冗談ともつかない軽口を楽しんでいる。
「どうしよう本当に行く? あなたが良いならちゃんと調べるわ。サラダも良いのよね? 何年ぶりかしら」
「行っても良いよ。久しぶりだし、ママとパパも一緒なんて珍しいし……」
二人にうかがうように見つめられ、否やと言うほどサスケは心ない男ではなかった。聞いていないような顔をして二人の会話をずっと聞いていたのだ。
自然に囲まれて静かでゆっくりできて、温泉があってご飯がおいしくてレジャーもできて、あまり遠くではない場所にある不便のない、甘いものもたくさん食べたい。
最後のほうはどうだか知らないが条件に一致したものをサスケは知っている。以前から話に聞いていた場所がちょうど良いのではないか。
「すごい……」
「本当、すごい」
まっ白な雪景色が見渡す限り続くなかに立つログハウスは大きな屋敷のようだ。
洋風の内装が設えられた居間には暖炉があり、大きなもみの木が置かれている。クリスマスを祝う風習に馴染みは薄いが立派さはわかる。
家の外と中の両方で味わう非日常に、サクラとサラダは少し興奮気味であった。
ここは六代目火影が保養に訪れる隠れ家のひとつだ。地元の業者に頼んであり、事前の掃除や食糧は完備されている。元はカカシが現役だったころに出来た縁故だそうで、サスケもまたその指示に従って任務をした場所でもあった。
ここを世話するものから至れり尽くせりの扱いを受ける。
彼女達の希望である甘いもの、フルーツやチョコレートにアイスクリーム、あんこまで用意されていた。暖炉で炙るための串、様々な種類のチーズ、マシュマロもあるという。
食料品の一覧を見て、サラダは瞳を輝かせた。
「マシュマロ焼いてみたい!」
火の扱いは慣れているが、注意事項をざっと読んでサクラは笑顔で答えた。
「やりましょう。ここにある食糧全部食べちゃいましょう!」
と張り切った。
裏ではクナイの練習が出来るような木立があり、レジャーは少し離れた場所に専用の施設があるらしい。温泉もあるというが、ログハウスに備え付けられたサウナ風呂を味わうのが先だ。
期待した以上に冬の醍醐味が満載であった恩師の隠れ家を紹介したサスケの面目もおおいに上がるというものだ。
妻と娘は部屋の点検と周囲の散策のどちらも楽しみだとはしゃいでいる。サスケは火の元の確認をすることにした。
全員が優秀な忍者として頑健な肉体を誇っており、寒気を遮断する建物の造りのおかげで問題なく過ごせているが、夜は冷えるだろう。料理をしなくとも暖炉は使うことなる。
「炭を取ってくる」
「待ってあなた」
サクラはそういうとサスケの前に立ち、夫の胸に顔をうずめながら両手をまわしてぎゅうと抱きついた。
「ありがとう、すごく素敵な場所で嬉しい」
「……カカシから聞いただけだ」
「それを私達にも教えてくれたことが嬉しいの。サラダもすごい喜んでる」
くふくふと幸せでたまらないという妻の声音を包むように、サスケは静かに抱き返す。
礼が言いたいのはこちらのほうだ。
見渡す限りの雪原に暖炉の火、なんてことのない冬の景観。そうしたものに価値を見出だせるのは、かたわらに愛しいひとがいるからだ。
少しばかり寒くて、雪に囲まれた場所が美しくて静かで、とびきりあたたかくて居心地の良い保養地になるのはサクラとサラダが一緒にいるから。
サスケは妻の存在がただ一つの熱源であるかのように、抱きしめ続けた。
真っ赤な顔で雪の感触を楽しんでいた娘が声をかけるまで。
春『シロツメクサ』
サクラとサスケは二人で歩いていた。
大戦の傷跡が収束しつつある今、サクラの勤務する病院にも余裕が生まれ、長期の入院をする子供たちのためにちょっとしたお出かけが計画されている。
今日はその下見だった。
サスケもまた長い入院生活のなかで、監視付きではあるが外出が許されるようになった。その貴重な一日を二人で過ごしている。
どこにも行く当てのないサスケに、それならば気分転換にとサクラが子供達にも喜ばれる公園へと誘ったのだ。
言葉少ないサスケに対してサクラは努めて朗らかに差しさわりのない会話を続けている。
天気が良い、風がさわやかだ。退院したナルトのこと、まだ動けないカカシ。入院中の子供たちが何に興味を持っているか。公園までのお出かけをどんなに楽しみにしているのか。
「ほらサスケくん、ここはすごく広くて花や植物の数が多くて、しかも自由に植物を持ち帰っても良いの。遊具だけじゃなくて、木登りやお花のお土産が子供達にも人気なんだよ」
サスケの返事がなくてもサクラは構わなかった。
外の空気を吸って太陽の光を浴びて、体を動かす。そんな当たり前のことをして欲しい。できれば一人きりでいて欲しくない。
「……お前は」
「え?」
「何がいいんだ」
「……」
「お前はここで何をするんだ?」
「あっ、私は……あの、あそこ……」
サクラが指をさしたのは、ただの原っぱにしか見えない緑の丘が広がり、座り心地の良い芝生のなかで、小さくて丸くて白い花がぽんぽんと可憐に咲いていた。
「四つ葉のクローバーを探したり、シロツメクサで花冠をつくるのが好きなの……」
「そうか」
サスケはそう呟くと、彼女を置いて緑の丘に向かった。サクラもあわてて後を追う。
何もない場所である。サスケはサクラを振り返ると、
「お前も忙しいんだろ。休めよ」
「あ、ありがとう」
サスケはサクラを気遣っているのだ。そう気がつくと、サクラはわけもなく顔が上気するのを感じた。
つい手慰みにシロツメクサの丸い花を指で撫で、いつものようにクローバーの葉を目で追うともなく見つめる。
「どうやってつくるんだ?」
隣に座ったサスケが尋ねるので、サクラは戸惑いながら花を摘み、くるりくるりと花冠をつくりだした。
近くにある丸太に腰をおろし、二人は無言でサクラの手先を見つめた。
「あの、子供のころにいのと二人でよく遊んだの。この花は強くて、簡単に折れたりしないから、花輪をつくるのにちょうど良いの」
サクラは途中から熱心に花輪を編み出し、クローバーの葉を探し始めた。子供のころの無邪気な時間が戻ってきたかのようだ。
みるみる内に大きくてたっぷりした花輪ができ、サクラは立ち上がるとサスケの真っ黒い服のうえに花輪をかけた。
「今日はありがとうサスケくん。私から幸運の首飾りをあげる」
サクラが作った花輪には四葉のクローバーが差してあった。幼いころに、いのとよく花冠を送りあった。きれいな花を探して輪をつくり、幸運の象徴である四葉のクローバーをこっそり探しては、何も言わずに相手に贈る。
「……」
勇気を振り絞って花冠という似合わないものをサスケに渡したサクラだが、眉間にしわを寄せるサスケの表情に、その勇気もしぼんだ。
「ごめん。やっぱり嫌だった?」
「オレじゃないだろ。こういうものは」
「だって、わたしがサスケくんにあげたかったの! お願い。今だけでいいから持ってて!」
ささやかな願いだ。可憐な花と緑の幸運を彼に持っていて欲しかった。
サスケは全く幸運ではないという顔をしていたが、ふいにサクラに背を向けると眼を赤く光らせて、先ほどのサクラと同じようにくるくると片手を動かし始めた。
利き腕のない彼は足と右手だけで、サクラが作ったものより小さな輪を完成させた。
「サスケくんすごい!」
なんということだ。幼いサクラは親友に監督してもらい、何度か練習してからようやくきれいな花輪を作れるようになったというのに、彼は隻腕で初見だというのに(まさかサスケが花輪づくりの経験者とは思えない)完璧な花冠をつくりあげた。
写輪眼とはそういうものだとわかっていても、サクラは素直に感嘆の声をあげた。
「こういうもんだろ」
サスケはそういうと、サクラのピンク色の頭に緑と白の花輪をあっさりと乗せた。
「……」
「オレより、おまえだろこういうもんは」
サスケの耳が赤い。サスケがサクラにシロツメクサの花冠を? それがいま自分の頭のうえにある?
「やだ……」
「いやなのかよ」
「やだあ……」
サクラは泣いていた。信じられないようなメルヘンゲットだ。
「おい、泣くなよ」
「だって、すごくうれしくて……」
最大級の幸運がここにある。
サクラの頭を飾る白い花の間には、彼が見つけた四つ葉のクローバーが揺れている。