最近「水」が続いていますが、もうしばらく続きそうです。
色んな表情の「水」を描いてみたいですね、はい。
夏が終わる、ということはとても淋しくて遣る瀬無い気分になってしまいますね。
そんな時は、いつも水の入った絵が描きたくなります。浄化作用を求めてるんでしょうかね。
夏の終わりには、どこかの岐路に立つような局面がよく訪れます。
今年もその例には漏れないようで、色んな人と自分がこれまで生きてきた痕跡を含めて深く話し合うことが多くなりました。
私の痕跡は、思いのほか「誰か」の中に刻まれていて、それが予想外に大きく育っていることを最近知り、とても嬉しく思います。
一方で、「生き甲斐」「やりがい」とは何ぞや、という究極的な根源について、自分はちゃんと胸を張って言えるのだろうかと隣の芝生を眺める己の姿に気付きもして、我ながら馬鹿だなぁ、と思います。
そして、今日も思います。
「 創らねば 」