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    酸味を抑えたコーヒーを、#1 アディは紅茶派だ。
     普段からコーヒー豆ではなく紅茶の茶葉ばっかり買ってくる。
     別に文句を言いたいわけじゃない。私も結構紅茶が好きだし、そもそも異世界からきて居候させてもらっている立場で、家主のアディの趣向に文句を言うつもりはない。
     ただ、アディの膝に座った(というか座らされた)時、たまにわずかなコーヒーの香りがする時がある。
     最初は私も気のせいかなとは思った。アディは「定期的に人を殺さなければいけない」という呪いを受けているようなもので、服だか髪だかにいつも血の匂いをまとっている。それが何かしらと混ざってコーヒーに感じたのかもしれないと思ったりした。けど常にコーヒーの匂いがするわけではなく、意識してみれば特に帰宅してすぐの時に強くコーヒーが香る時がある。どこかカフェにでも行ってるのかもしれない。
    「アディってコーヒー飲まないの?」
     帰宅し、また買ってきた茶葉をホクホク顔で戸棚に直しているアディに、ふと問いかけてみる。アディにしてみれば唐突であろう話題の振り方に、振り向いて小首をかしげられた。180cm超えてるくせに仕草は子供っぽいんだからほんと。
    「……リト、コーヒー飲みたかった?」
    「いやそういうわけじゃないけど」
     おっと、変に気をまわされてしまった。
    「ただコーヒー党のほうが多数派じゃん?」
    「そうなの?」
    「らしいよ」
     茶葉を直し終えて、アディが私の隣に座った。外出するとき必ずつけているサングラスを外し、サイドテーブルに置き、目をこすっている。
     今日はコーヒーの香りがしない。アディにとっては本当に突拍子もない問いかけになってしまったらしい。
     少し考えてから答えてくれた。
    「……コーヒー、酸っぱいもん」
    「えっ、コーヒーって酸っぱい?」
     コーヒーは苦いもの、じゃないのかな?それとも、日本の物よりも酸味が強いのだろうか。前に一度飲ませてもらった気がするけど、味は忘れた。
    「リトの国は違うのかな。こっちのコーヒーはほとんど酸っぱいんだよ。苦いのは大丈夫なんだけど」
     言われてみれば確かに、紅茶の中でも果物っぽいやつやハーブティの類はアディは苦手だ。酸っぱいのが苦手だからというのなら納得がいく。
    「そうなんだ。でもアディが苦いの大丈夫なのは意外だね」
    「そう?」
     アディが猫背気味な背をさらに丸めて、私の顔を覗き込んでくる。
    「だってアディ、子供舌じゃん」
     そう言われて、アディは小さく舌を出した。
    「僕だってミルク入れたら大丈夫だもん」
    「それ苦み大丈夫って言わないんじゃない?」
     でもそういや紅茶もミルクティー派だったわこいつ。単純にミルクも好きなだけかもしれない。
     
    ━━━━━━
     僕好みのコーヒーを出してくれるお店はある。
     そのお店に僕が初めて入ったのは、この町に来て少ししたころだった。
     当時の僕はやっと寝る場所が確保できた頃で、自分でご飯を作ることもできなかった。前に何とかして稼いだお金が残っていたし、おなかがすいたらお店で何か食べていた。
     空腹が限界で、とりあえず目についた小さそうな飲食店に入る。
     カランとドアベルが音を鳴らす。そこは照明の少し落とされた、のちに知るところの「カフェバー」だった。
     日が落ちかけた黄昏時で、お客さんも少ない。カウンターから丸眼鏡をかけた店主さんらしき人が静かに声をかけてくれた。
     一人でテーブルを独占するのも気後れするから、店主さんと対面になるカウンターに腰を掛けた。壁にかかっているメニューの中から、迷った末カルボナーラを注文。それから、
    「紅茶はありますか?」
     メニューのコーヒーの欄にはたくさんの名前が書いてあったけど、紅茶はどこにも見当たらなかった。だからあまり期待しないで、店主さんとも目を合わせないまま聞くと、視界の端で店主さんが申し訳なさそうな顔をしているのがわかった。
    「なんだ、コーヒー飲めねぇガキンチョが来てんのか?」
     店主さんが話す前に、横から声がかけられた。
     見ると、首にスカーフかなにか巻いた男がいた。
     ……スカーフがあるから首はダメ。狙うなら鼻の下か、おなかの……。
     煽られた苛立ちもあって、ついその男の急所と殺害方法を考えてしまってから、それを忘れるようにそっぽを向いた。サングラスをしているので、はた目からはわからないはずだ。
     早くどこかへ行ってくれ、という僕の願いに反して、男は僕の左隣に座った。どうやら居座るらしく、店主さんに何かっていうケーキとコーヒーを注文していた。
     そして、それで終わるかと思いきや、男はつづけた。
    「なぁ、このガキンチョになるべく苦くねぇコーヒー出してやれよ」
     なんで、と横をにらむと、にやっと笑われた。
    「いいじゃねぇか。こいつのコーヒー上手いんだぞ。」
     男は常連らしい。店主さんに無理に勧めないようたしなめられているが、気にした様子がない。
    「飲んでみて無理なら残せばいいし。俺は酸味の強いやつがおすすめだぞ」
    「その酸味が嫌なんだけどな……」
     つい口答えをしてしまってから、こういうやつは無視しなきゃと思いなおす。その結果、弱気なしりすぼみになってしまった。
     なのに耳ざとく聞き取った男は、眉を上げた。
    「酸味が苦手なのか?苦みは?」
     面と向かってはっきり質問されてしまった。これを無視できるほど、僕は心が強くない。
    「……苦みは大丈夫。前に酸っぱいコーヒー飲んだことあって、それがやだ」
    「その酸味はもしかしたら、豆が劣化していたのかもしれませんね」
     店主さんが口を挟んできた。こころなしか目が輝いている。あんなにたくさんのコーヒーの名前を書き連ねるくらいだから、やっぱりコーヒーが好きなんだろう。
    「酸味にもいろいろ種類があるのです。その時飲んだのが劣化したコーヒーだったとしたら運が悪いですが、とりあえず今は一番酸味の少ない豆を深煎りにしたものをお出ししますね」
    「え、でも、お金……」
     そこまで手持ちが多いわけではない。紅茶だったら飲みたかったけど、他なら別に要らないので遠慮しようとしたら、店主さんに止められた。
    「お代は大丈夫です。彼がおごります」
    「俺かよ?!」
     店主さんがスカーフの男を差した。もともと男にコーヒーを押し付けそうになったのが始まりだったし、それならいいかと僕も引き下がる。
     男は、確かにそのつもりだったけど人から言われるのと自分から進んでおごるのはなんかちげぇじゃん?としばらくぶつくさ言っていた。

     酸味を抑えたコーヒーは、香りもよくおいしかった。
     でもそのまま飲み続けるのはやはりしんどく、途中でミルクを追加した。スカーフの男には、やっぱりガキンチョじゃねぇかと煽られ、今度こそ本当に無視をした。
     それから店主さんと男は僕にはわからない話をしていたので、出された食事に集中する。
     カルボナーラもおいしい。他の迷ったメニューも、今度注文したいと思った。でもそのためにはこの付近に住む必要があって……
    「っあ~~~あいつどっかで勝手に死なねぇかなぁ~~~~、あっ」
     今後のことを考えていると、隣の男が物騒なことを言い始めた。それと同時に大きく動いた体によって、ケーキのフォークがカウンターから落ちていく。とっさに手を伸ばしてキャッチした。
    「……そういう、物騒なこと大声で言うの、どうかと思う」
     フォークを男に返しながら、僕は男をジト目でにらんだ。サングラス越しだからわからないと思うけど。
    「だってこの店どーせ、なにかしらウラがあるやつしか来ねぇもん」
     立地的にも人脈的にもよー、とフォークを僕から受け取りながらぶつぶつ言っている。
     知らなかった僕は少し驚くと同時に、僕がいることを許されているということはそういうことなのかもしれない、と納得もした。
     男はそんな僕を見てにやっと笑った。
    「お前もだろ?」
     今度は本当に驚いた。そんな素振りは見せていなかったはずだ。
    「どうしてわかったの?」
    「まず落ちてくフォークを空中キャッチとかそうそうできねぇだろ」
     確かにそうだ。でもそれだけなら何かスポーツをやってただけかもしれない。
     そう反論すると、男はこめかみをたたいた。
    「あとは勘だよ」
    「なにそれ」
     つい雑に返してしまう。
     すると店主さんが口を挟んできた。
    「彼詐欺師なので、目つきとかそういう機微に聡いんですよ」
    「おい、もうやめただろうが」
     スカーフの男本人はそう軽く言い返した。勝手な元詐欺師暴露に僕のほうが勝手に焦って、店内を見回した。
    「あなたたち以外に客はいませんよ」
     どうやらそうらしい。安心して、そして焦ったことに恥ずかしくなって、カフェオレと化したコーヒーをすすった。
     そっか、目つきか。最初に殺害方法を一瞬考えた時にでも見られたのかな。もっと色の濃いサングラスに変えようと思った。
    「なんでお前は気づいたんだよ?」
     男が店主さんに尋ねた。僕も気になるので、店主さんを見る。
     スカーフの男が詐欺師で目ざといのはわかった。でも、僕にそのことを言っても大丈夫だとカフェの店主さんが判断したのはなぜだろう。
     僕たちの視線を受けて、店主さんはレンズの奥の目を細めた。
    「気づいたのではなく、知っていたんですよ。右頬に傷のある連続殺人犯がこの辺りに出没している、とね」
     ぎくり、と右頬がひきつった。同じ傷のある右肩から腕にかけてが思い出したように痛む。
     スカーフの男が興味深げに僕の顔を覗き込んできた。僕は見られないように、必死で顔をそらした。
    「まぁそんなこったろうよ思ったけどよ。にしても殺しか~」
     見られたのか諦めたのか、男が体勢を戻したのを確認して、僕もカルボナーラの続きを食べ始める。
    「殺ししてる癖にさっきは、そんなこと言うのはどうかと思う~なんていい子ぶってたのかよ」
    「……好きでやってるわけじゃない」
    「ほう?」
     いくら行為に慣れてしまったとしても、命にかかわることを口に出すのはやっぱり抵抗がある。というか抵抗を持つようにしていた。それが僕の最後の砦のような気がしていたから。
    「好きで殺してるわけじゃねぇってことは、何か理由でもあんのか?」
     詐欺師なら詐欺師らしくもっと遠回しで尋問していけばいいのに、それをせずストレートで聞いてくるのは僕が舐められているからなのか。そう思ってだんまりを続けていると、男はまあいいやと思惑を話した。
    「相手にこだわりがあるわけじゃねぇなら、俺の依頼受けてくんねぇか?」
     報酬は弾むぜ、と下卑たポーズをとる。一方僕は、今日何度目かの驚きを覚えていた。
     そうか、依頼を受ければいいのか。
     説明して納得してくれるかわからないから黙ったけど、僕が誰かを殺す理由は、殺人衝動を持っているからだ。殺人衝動は、なんていうか、殺さざるを得ない体質みたいなものだ。だから殺したくないし、人を悲しませたくない。だからできるだけ、偽善でもいいからせめて、悲しむ人が少なそうな人を選んで殺しているのだ。
     そんな身元を調べるのは結構大変だ。それが間に合わず殺人衝動の限界が来てしまい、雑に対象を決めていることがよくある。
     でも依頼を受ければ、僕のすることで喜ぶ人が最低でも一人は確実にいるということになる。僕にとっては、なぜ今まで気づけなかったのかという目からうろこな話だった。それに、無理に身分を隠して働いて誰かに迷惑をかけるというリスクを冒さず、僕が生きるためのお金を稼ぐこともできる。
     考えのまとまった僕は、スカーフの男に向き直った。
    「僕がカルボナーラ食べ終わったら、詳しく聞かせてください」
     男は、飯が優先かーと笑いながら了承してくれた。
     それが僕にとって初めての、自分以外の誰かのための殺しとなった。

    ━━━━━━





     そんな「思い出の店」にリトを連れていくことになるなんて、思ってなかったな!

    (続く)
    月景 Link Message Mute
    2019/01/25 20:30:00

    酸味を抑えたコーヒーを、#1

    ウン年ぶりに小説を書いたら合わせて一万字を超えました。 前後編に分けてます。
    #断片シリーズ

    紅茶派な優しい殺人鬼アディが、たまにはコーヒーを飲むこともあるよ、という話。
    この二人が出てくる本編はこちら https://panda510.booth.pm/items/525344

    ##オリジナル ##小説

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