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    しおり
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    しおり
    サラソウジュ
    目覚めたときにはすべてが終わっていた。
    天空のはるか高みへと昇っていく一筋の光。閃光、そして爆発。
    それら一連の出来事を、まだ上手く動かない首を擡げて見届けた。
    かすかに耳に残る、あの子の最期の声。

    『大丈夫。まだ動けないでしょ、ボクが守ってあげるから』
    『アイツら馬鹿だからさァ、きっとカンタンに騙されるよ』

    左目を瞑ると、もう何も見えない。
    あの子と繋がっているはずの右目の視覚はふつりと途絶えている。
    それが何を意味するのか、考えなくとも彼には分かっていた。
    「……ピロロ」
    小さく呟き自らの首筋を撫でると、彼はゆっくりと立ち上がり深い穴倉をあとにした。
    あの子のうった芝居のおかげで生き延びた自分がすべきことは何だろうか。
    人間たちへの復讐?そんな訳はない。
    もう自分の仕事は終わったのに、なぜわざわざそんな真似をしなければならないのか。
    ヴェルザーの元へと帰る?それもまっぴらごめんだ。
    元々ただ暗殺目的で雇われただけなのだ、石化した無力な竜に覚える感情は何もない。

    欲しいのは、ただひとりだ。
    ボクの大切な、かけがえのないひと。
    「そうだね、ミスト。君に……会いにいこう」


    小さな漁村の入り口の傍近く、高く伸びた椰子の幹に長身の男が寄りかかっている。
    何をするでもなく、ただ無言で佇んでいるさまは誰も寄せ付けぬ威圧感があった。
    幸いなことに寂れた村に人の出入りはなく、彼が通行を脅かす邪魔となることもない。
    「…………?」
    何かに気づいた男はふと俯いていた顔を上げる。長く伸びる街道へと訝しげに視線をやった。
    「待たせたな」
    と、そのとき声がして、男はそちらへと視線を戻す。
    ひとり村の中へ情報収集のため立ち入っていた彼の連れである。
    まだ気に掛かってはいたがとりあえずと気持ちを切り替え、彼は連れの青年へと問うた。
    「どうだ。何か手掛かりはつかめたか」
    「……いいや、残念ながら空振りだった」
    いままで数え切れぬほど繰り返されてきた会話である。
    そうか、と小さく答えると寄りかかっていた身を起こし、男は歩みはじめる。
    「少し休憩していくか?立詰めでお前も疲れているだろう」
    「いらん、人の少ない田舎とはいえ人間の村で長居したくはない」
    落ち着いた声だが、吐き捨てるような物言いである。
    連れの青年も無理強いすることはなく、既に歩き出した男のあとをついて歩く。
    折角の気遣いを無下にしたのが気になったのか、男は背後へと声をかける。
    「お前が休みたいというなら、しばらく村の外で待っているが」
    「その必要はないさ。正直なところはオレも同じだ……人の世界は落ち付かない」
    「……ふん」
    頭に被っていたフードが風に乱れて捲れ、男の青い肌と長朶を晒す。
    彼……ラーハルトは魔族、正確にいえば魔族と人間のハーフである。
    一方で連れの男、ヒュンケルは生物学的には正真正銘の人間だ。
    だが半魔である自分より更に人間から遠いのではないかと、時折感じさせられてしまう。
    ラーハルトは足を進めながら、そんなことを考えた。


    大魔王バーンとの決戦の結末。それは彼らにとって大きな心の傷を残すものとなった。
    ラーハルトの主君でありヒュンケルの弟弟子である勇者ダイ。
    彼は黒の核晶の爆発に巻き込まれ、そのまま行方知れずとなってしまった。
    「もはや二度と戦えぬボロボロの身体でも、人探しぐらいは出来る」
    そういって放浪の旅に出たヒュンケルに付き添う形でラーハルトもまた出立し、
    それ以来彼らはともに旅を続けている。
    (あれからもう数か月ほど経っただろうか)
    ダイの足取りを仲間たちは懸命に追っているが、何ひとつ手掛かりを掴めぬまま時間だけが無常に過ぎていた。
    ダイはどこかで生きている……その根拠は彼の剣が光を失っていない、ただそれだけである。
    もちろん彼に近しいものたちは彼の生存を信じている。だが、一般の人間たちの反応は冷酷だった。
    勇者の捜索よりも国の復興を優先しろという世論は、瞬く間に全世界に広がっていった。
    人民の声を抑えて捜索隊を出せたのは王女レオナが陣頭指揮を執るパプニカ王国だけ。
    それすら数か月たっても何の成果も得られてはおらず、打ち切られるのも時間の問題に見えた。
    (勝手なものだが、人間など所詮はその程度だ)

    『人間は最低だぞ。喉元を過ぎればすぐに熱さを忘れ、自分たちの保身しか考えない』

    敵である大魔王バーンの言葉ではあるが、ラーハルトはそれには心から同意している。
    魔王ハドラーとの大戦後、恐怖の記憶も新しい人間たちは積極的に魔族魔物の残党狩りを行った。
    ラーハルトとその母は災禍に巻き込まれ、そして……彼女は無情にも命を落としたのだ。
    彼は先の大戦で人間の味方にはなったが、人間そのものを許したわけでは全くない。
    ただバランに息子であるダイを託された故であり、人間は今も変わらず彼の憎悪の対象だった。

    --そう、この男以外は。

    人間離れした輝く銀色の髪を風が撫でるさまが目に入る。
    しらずのうちに歩調を合わせていたのだろう、彼はその横を並んで歩いていた。
    「顔色が悪いな。具合がよくないのか」
    「そうか?……元々こんなものだろう」
    勘違いではない。ただでさえ白い肌が更に陶磁のように青白く、あからさまに血色が悪い。
    彼の身体はもはや回復呪文を受け付けないためいつ崩壊してもおかしくない状態ではあるが、それにしても。
    「!……先ほどの村で、何かあったのか」
    「…………」
    黙り込むヒュンケルを見て、図星なのだとラーハルトは気づく。
    傍目からも魔族の血が入っていると分かる自分が人間の村に立ち入れば何かと面倒だからと、
    外で待っていたのだが……それが裏目に出たようだ。
    何があったのか聞き出そうと、ラーハルトが口を開いたその瞬間である。

    「きゃーーーッ!!」

    静かな海岸を切り裂くように女の悲鳴が響き渡る。
    ヒュンケルは瞬時に顔を上げ、そちらのほうへと走りだそうとした。
    「待て、オレが行く。お前はここで待ってろ」
    今は無理をさせたくはない、ラーハルトは庇うように彼を留め返事も聞かずに走り出した。


    「ヒャダルコ!」
    呪文を詠唱する声が聞こえ、ラーハルトは足を止める。
    悲鳴の主は必至でモンスターに抗戦しているようだが、なにしろ数が多いのだろう、苦労しているようだった。
    (ガニラスの群れか。旅慣れずテリトリーに踏み込んだのか?……馬鹿な女だ)
    呆れつつも任せろとヒュンケルに言った手前見殺しには出来ない。
    心の中で悪態を吐きながらラーハルトはガニラスの群れの中央めがけ手にした槍を放り投げた。
    「ギギイッ」
    蜘蛛の子、いやこの場合は蟹の子を散らすというべきか。ガニラスたちは慌てて海中へと逃げていく。
    「おい、そこの女。無事か」
    「え、ええ……ありがとうご……あっ」
    「?」
    女はラーハルトの顔を見たとたん黙り込む。こいつどこかで、そう彼が思いはじめたそのときである。
    「エイミじゃないか。何故君がここに」
    振りむけば背後にヒュンケルが立っている。息を切らしているところを見ると走ってきたのだろう。
    「おい、待っていろと言ったはずだろう」
    「すまん、だが……」
    ふたりが言い争いかけたところで急にエイミは彼らの間に割って入った。
    「私のために争わないで!」
    「別にお前のためじゃない、何を勘違いしている」
    あからさまにムッとした表情でラーハルトが彼女に言い放つ。
    どうやらヒュンケルとこの女は旧知らしい。あの決戦の場にもいたパプニカの賢者だと説明された。
    顔に覚えがあるならラーハルトも見てはいるのだろうが、全く興味がないので記憶から欠落していたのだ。
    「何故君がここにいるんだ。パプニカはまだ復興の最中だろう」
    「え、ええ……ですけど、怪我を抱えたままで旅立った貴方がどうしても気になって……」
    ヒュンケルの出立からは後れを取ったがレオナ姫に許可をもらい、ようやくここまで追いついたのだという。
    「助けるために来たくせに、逆に助けられていては世話はないな」
    「うっ……」
    鼻で笑われたエイミはラーハルトを睨みつける。しかし事実故にそれ以上は言い返せず黙り込んだ。
    「よせ、ラーハルト」
    旅の相棒を窘めると、ヒュンケルはエイミに国へ戻るように告げる。が、しかし彼女は全く譲らない。
    押し問答しているうちに日が暮れてしまい、今日はとりあえず次の街で共に宿をとることになった。
    「野宿で十分だろうが……」
    「オレたちだけなら構わないが女性はそうはいくまい。今夜だけだ、我慢してくれ」
    ヒュンケルに頭を下げられてはイヤとはいえず、ラーハルトは渋々にだが承知した。
    妙に浮かれているエイミの顔を苦々しく見つめながら、彼は村の外で待っているときに感じた視線を思い出す。
    (あのとき誰かに見られている気がしたが……この女だったのか?)
    どうもしっくりしないが、他に心当たりもない。
    完全に日が暮れてしまっては面倒なことになるため、三人は足を速め街へと通じる細い道を急いだ。

    「結構鋭いなァ、流石元竜騎衆のリーダーといったところか」
    彼ら三人の珍道中を遠目から眺めつつ、死神はフフッと笑みを浮かべた。
    ラーハルトとヒュンケル、彼らはふたりともが秀でた武の達人である。
    気づかれぬようにあとをつけるのは、いくら諜報活動のプロである死神と言えども至難の業だったろう。
    だがあのパプニカの女賢者ならば話は別だ。
    隙だらけの彼女をつけていれば何れ「ターゲット」へとたどり着く……彼が予想したとおりになった訳だ。
    あの女が加わっている今こそが、隙が生まれる絶好のチャンスだった。
    死神は紅い瞳を細め、纏ったマントを首元までたくし上げる。
    「さて……ボクの可愛いミストを返してもらうよ、ボウヤ」


    街に到着するころには既にどっぷりと日が暮れており、3人はまっすぐに宿屋へと向かった。
    「3名様ご一泊で……お部屋の数はいかがしましょうか」
    「二部屋で頼む」
    「承知いたしました」
    宿屋の主人は深々と頭を下げ、一行を部屋へと案内する。
    簡素で取り立てて珍しい内装ではないが、かえってそれが心を落ち着かせた。
    「ふぅ……」
    宿屋の主人の姿が消え、ようやく暑苦しいフードをとりながらラーハルトは息を吐く。
    王都から離れた何もない田舎で、旅行者など珍しいのだろう。
    好奇の視線に晒され、肌の色と長朶を隙間から覗かれはしないかと冷や冷やしたものだ。
    「だから野宿の方が気楽だといったんだ」
    「すまないな、ラーハルト」
    お前のせいじゃないと心の中で返事をしつつ「原因」であるエイミへと苦々しく目をやる。
    当の彼女は冷たい視線を感じているのか、それともあえて無視しているのか。
    ラーハルトの嫌味などどこ吹く風で手荷物のトランクを床に卸し、ベッドへと腰掛けた。
    「それではオレたちは隣の部屋へ行く。何かあったらすぐに呼んでくれ」
    「えっ……?私がひとり部屋なの??」
    「当然だろう。何のためになけなしの路賃で二部屋も借りたと思っている」
    (ヒュンケルと同部屋で寝泊まり出来ると思っていたのか、道理でやたら浮かれていると思った)
    明らかに落胆した様子のエイミを見て、少しだけだがラーハルトの溜飲が下がる。
    「明日の朝は早く出立するつもりだから、なるべく早めに休んでおいてくれ」
    「……はい。おやすみなさい、ヒュンケル」
    想い人には素直に答えるエイミを残し、ヒュンケルとラーハルトは部屋を出る。
    「寝坊したら置いていけばいいだけの話だろう。むしろその方がいいんじゃないのか」
    「まあ、それはそうだが……」
    ふたりが彼女を残し旅立てば、おそらくエイミは周辺の村をくまなく聞きまわるだろう。
    ちょっとした騒ぎになりかねず、自分たちの旅が立ち辛くなる。それは避けたいところだった。
    「何とか説得して国に戻ってもらうのが一番なんだが」
    「そんなにあの女が聞き分け良いと思うのか。惚れたお前以外のことなど見えていないぞ」
    国仕えの賢者が国家復興を投げだし私情で動いている時点で言語道断だ、とラーハルトは言う。
    「許可を出した王女も何を考えているのか……はっきりいってダイ様捜索の邪魔だ」
    「--相変わらず手厳しいな」
    「当たり前だ。オレは決して人間を許したわけではない」
    迫害された末に母を失った恨みは消えはしない。
    ほとんどの人間が反省の色なく変わらないのを見ていればなおさらだ。
    (それはお前も同じじゃないのか)
    喉まで出かけた言葉をラーハルトは飲み込む。彼にとってのタブーだと気づいたからだ。
    無言でふたりは隣室に入り、特に理由なくふたつあるベッドにそれぞれ腰掛けた。
    「……先ほどの漁村で何があった」
    話題を変える意味もあり、ラーハルトはそう尋ねる。一瞬息を呑んだあと、ヒュンケルは小さく口を開いた。
    「大したことじゃない。あの村の長老に話を聞いただけだ」
    ダイの行方についての手がかりではなく、彼は亡くなった息子の話を寂しそうにヒュンケルに語った。
    「国仕えの騎士となり剣の腕一本で出世した、自慢の息子だと言っていた。この寂れた村の誇りだったとも」
    「……死んだ、といっていたな。もしや」
    「--ああ」

    「パプニカ王国を襲ったアンデットの軍勢と戦い、無念の死を遂げたそうだ」

    長い沈黙が部屋を包む。かける言葉はない、何を言っても慰めにはならない。
    「オレにはどうしても言えなかったよ。貴方の息子を殺した軍団を率いていたのは自分だと」
    「……当たり前だ」
    「かつてレオナ姫に対しては出来たことが、今のオレには出来なかった」
    正しい選択だとラーハルトは思う。もちろんわが身可愛さではない。
    死んで償えるものならば、とっくに自ら命を捨てているだろう。そういう男だ。
    犯した己の罪を忘れず死するときまで正義に邁進することが、彼にとって生きねばならぬ理由なのだ。
    (お前だって、勇者に家族を皆殺しにされた『被害者』だというのに)
    父親を直接手にかけたのがハドラーだろうが関係ない。云われなき逆恨みなどでは決してない。
    地底魔城の魔物たちを殺し、彼の「家族」を奪ったのは間違いなく勇者アバン一行だったのだから。
    勇者を恨み人間を憎む正当な権利が彼にはある、ラーハルトはそう思う。
    だがそれを指摘すればまたヒュンケルは苦しむのだろう。
    自分が全て悪いのだ、そう言い聞かせ贖罪を続けることで今の彼はようやく自我を保っている。
    だから絶対に口には出来ない。代わりにラーハルトから出たのは全く違う台詞だった。
    「ーー明日に備えてもう寝ろ。下手な戦闘よりあの女の説得は骨が折れそうだ」
    「フッ……違いないな」
    ほどなくして部屋の明かりは消され、闇と静寂が訪れた。

    天に召されるそのときまで、彼に救いは訪れないのかもしれない。

    寝入る直前、ラーハルトはそんならしくないことを考えていた。


    次の朝。約束の時間になってもエイミは現れなかった。
    ヒュンケルが彼女の部屋を訪れて扉をノックしたが、返事はない。
    仕方なく宿の主人に話を聞くと、帰ってきたのは意外な答えだった。
    「お連れ様なら、先ほど宿を立たれましたが」
    「……何だって?」
    ふたりは顔を見合わせる。
    「パプニカへ諦めて帰ってくれたのだろうか」
    (バカな。そんな都合のいい話があるものか……いや)
    昨夜の彼女の様子からしてありえない。勿論そう思うがラーハルトははたと考えを改める。
    あんな女がどうなろうと知ったことではない。
    むしろ国に帰ったということで収めてしまった方が自分には都合がよいのだ。
    しかしヒュンケルはそうではなかったらしく、心配そうに更に宿の主人へと次の質問をする。
    「彼女が宿を出るところを見たのか」
    「ええ。背の高い男性と一緒に荷物を持って出ていきましたよ」
    「男と一緒に?」
    不審げに眉を顰めるヒュンケルに、ラーハルトは横から口出しをする。
    「おそらく国元から迎えが来たんだろう。姫から旅の許可をもらったというのがそもそも嘘だったんだ」
    「……本当に、そうだろうか……」
    まだ納得していないヒュンケルを他所にラーハルトはさっさと代金を支払い宿をあとにする。
    荷物を抱え、早足で村の出口へと向かっていった。
    「おい、ラーハルト。待ってくれ」
    「あの女を説得する必要がなくなってよかったじゃないか。これで問題なく旅の先を急げる」
    「……しかし、」
    くどいぞと言いかけたそのとき、ヒュンケルの目線が違う方へ向いているのにラーハルトは気づいた。
    「どうしたんだ」
    「今、あそこに彼女が……」
    村の外にある街道から少し外れた場所にある森の方角をヒュンケルは指さす。
    「エイミがあの森の中へ入っていくのが見えた気がしたんだが」
    「--気のせいじゃないのか。いや、絶対に気のせいだ、放っておけ……おい!」
    ラーハルトが制止する前にヒュンケルは駆け出していた。チッと思わず舌打ちしつつ彼も渋々あとを追う。
    森の茂みへと先に入ったヒュンケルに続いて飛び込み、そして、
    ラーハルトは己の目を疑った。

    鬱蒼とした森の中とは思えぬ空間が広がっている。
    辺りは妙にキラキラと輝き、星のように点滅を繰り返す。少し悪趣味ともいえる煌びやかさである。
    (なんだ、ここは……)
    そういえば自分の先を行っていたはずのヒュンケルの姿は何処にもない。
    もしやと彼が不安を抱いた正にそのとき、不意に何もなかった場所へ黒い影が姿を現した。

    「ようこそ、ボクのテリトリーへ」




    マリオネットのように手を胸の前に翳し、目の前の「彼」はゆっくりとお辞儀をする。
    一度見たら忘れようもない黒のアルルカンを纏った男が、そこにはいた。
    「お前は……死神……」
    「そう、ボクの名はキルバーンだ。最も、もうこの世にいないバーンをこの名のとおりには殺せないがね」
    仮面の下から冷たい紅い瞳がこちらを見ている。この男と対峙するのは三度目のはずだが、しかし。
    (……気配が違う。オレは「この男」とは初対面だ)
    「気づいたようだね、君が会ったボクはどちらも偽物さ。ひとりはアバン君で、もうひとりは……」
    そこでキルバーンは口を噤む。最後の声は少し憂いを含んでいたが、
    ラーハルトにとって今そんなことはどうでもよかった。
    「貴様……ヒュンケルをどこへやった」
    「おや、あのお嬢さんの心配はしてやらないのかい。まあ正直でいいか、ボクは好きだよそういうの」
    揶揄うような口調がイライラするが、しかしワザと心を乱す真似をしているのだとラーハルトは理解している。
    (コイツのペースに乗せられてしまったら、終わりだ)
    槍を握り締めていつでも振るえるように前に構えながら、じり、と少しずつ間合いを詰めていく。
    しかし当の死神は棒立ちで特に構えるような素振りは見せてこない。
    「--戦う気がないなら逆に好都合だ。お前には聞きたいことが山ほどある」
    「へぇ、何だい?例えば……」

    「爆発で消えちゃったダイ君の居場所、とか?」
    「!!」

    「貴様ァッ……殺す!!」
    理性では分かっているが、冷静でいられるはずもなかった。
    ラーハルトは音の速さで踏み出しキルバーンへと襲い掛かる。しかし死神は一歩も動こうとはしない。
    ただ紅い瞳を細め、ククッとくぐもった笑い声を立てた。
    「そうそう、君はそれでいいんだよ。竜騎衆のボウヤ」
    キルバーンはおもむろに肩に掛けていた死神の笛を高く掲げる。
    ヒュウと風を切る音が耳元を掠め、ラーハルトは一瞬だけ思わず動きを止めた。
    (だがオレの動きのほうが速い、臆する理由は何もないッ)
    すぐに思いなおした彼は跳躍して槍を横に振るい、そのまま死神めがけて斬撃を叩き込んだ。
    「ハーケンディストール!」
    凄まじい轟音とともに草土が飛び散り、瞬いていた光源があたりに霧散する。
    「どこを狙ってるんだい、ボクはこっちだよ?」
    嘲るような声が背後から聞こえ、振り向けば先ほどと同じ斜に構えたポーズで死神が立っている。
    「なにっ……」
    「言っておくけどボクは別に君を殺すつもりはない。ただ用事が済むまで大人しくして欲しいだけさ」
    「用、だと?」
    死神はその問いに応えず、死神の笛を両手で前に構えるとぐるぐると回転させはじめた。
    ヒュィイイインという嫌な音が耳をつく。ラーハルトは身構えながら先ほどの一連の出来事を思い起こす。
    間違いなく死神に向けて放った技は彼を正面から捉えたはずだ。
    だが、見るかぎり奴はかすり傷ひとつ負ってはいない。……何故?
    (奴があの女を利用してオレたちを誘い込んだのは間違いない。……ということは)
    『ようこそ、ボクのテリトリーへ』
    先ほど聞いたキルバーンの言葉が頭に浮かぶ。
    呪法使いである死神はエイミに幻術を掛けて利用し、ラーハルトとヒュンケルをここへおびき寄せた。
    そしてこの場所に何らかの仕掛けを施し、それを用いて自分の攻撃を避けたのだ。
    そうとしか考えられないが肝心の方法が分からず、時間稼ぎも兼ねてラーハルトは質問を重ねる。
    「お前がオレに用事があるとは思えんな。狙いは……ヒュンケルの方か?」
    「ご名答。用があるのはボウヤだけだよ」
    「ーーミストバーンの仇を取りに来た、といったところか」
    ミストバーン。
    ラーハルトのその言葉に死神の瞳の色がわずかに変わる。しかしすぐに平静に戻ると肩を竦めてみせた。
    「仇……ねぇ。ま、当たらずも遠からずってところかな」
    「はぐらかすな、何を……企んでいる」
    奴の標的がヒュンケルであることは最初から予想できていた。
    だが、自分のすぐ先にいたはずの彼を一瞬でどこへやったのか、それがいまだに分からない。
    (捕らえて居場所を吐かせるのが最良だが……コイツ相手ではそう簡単にもいくまい)
    何れにせよ、このままではらちが明かない。何とか突破口を開かねばならないのだ。
    ラーハルトはふたたび魔槍を構え、覚悟を決めて先に死神へと仕掛けた。
    「フフッ」
    しかし、不気味なほどキルバーンは余裕綽々といった様子で全く動じてはいない。
    一発、二発。音速の槍が矢継ぎ早に死神へと襲い掛かる、しかし。
    (くそっ……なんだこれは……ッ!?)
    確かに攻撃が当たっているはずなのに、まるで手ごたえがない。
    チカチカと切れかけた照明のように点滅する周囲の光が余計にラーハルトを苛立たせた。
    ミストバーンとの戦闘でダメージを与えられなかったのに似ているが、
    あのときは攻撃が決まっている感触だけはたしかにあったのだ。だが。
    (まるで霞を相手にしているかのようだ、これはまさか、)
    「ウフフ、上の空で戦うのは感心しないなァ」
    空中から笑い声が聞こえ、ハッと上を向くと翻った死神の黒い燕尾が目に入る。
    そちらに蹴りを突き出し、ようやくはじめて敵を捕えられる、そう思った瞬間である。
    「----!??」
    ラーハルトは大きく目を見開く。

    死神だと思って襲い掛かった標的、それは黒いマントを着せられたエイミだった。

    「なっ」
    思わず蹴りだす足を止めたラーハルトは大きくバランスを崩す。
    エイミは気を失っているようで、そのままラーハルトの方へと糸の切れた人形のように倒れ込んでくる。
    マントがまるで天を包むように広がり、見える世界が暗転する。明滅していた光も消え、完全な闇が訪れる。
    「まあ、大人しく待っていたまえよ。すぐに終わるから」
    最後の刹那、ラーハルトは遠くから響く死神の声を聞いた。


    「うう……」
    小さく呻き、ヒュンケルは目を覚ます。何故自分は眠っていたのか、記憶がハッキリしない。
    思い出したことがひとつある。意識が途切れる前に最後に見たもの、それは……真っ黒な人影。
    「こんなにアッサリとラリホーが効くとは思わなかったよ。やはり全体的に抵抗力が落ちているようだね」
    聞き覚えのある声が傍近くからして、ヒュンケルは顔を上げようとする。しかし身体が動かない。
    「ラリホーと一緒に神経毒も巻いたからね、今は君の意志では指一本動かすことも出来ないよ」
    「……死神、か……?」
    闇の師であるミストバーンの元に、よく顔を出していた黒衣の男。
    パプニカ王国で再び相まみえるまでそれらの記憶は完全に消されていたようだが、今はハッキリと思い出せる。
    「お前は死んだはずでは……」
    「残念ながらあれは全部ピロロのお芝居だよ。本物のボクを……逃すためのね」
    語尾に少しだけ怒りが込められていたのをヒュンケルは聞き逃さなかった。
    「君たちにはあんな小さい魔物のコがボクのために動くなんて思いもよらなかったようだがね」
    「オレたちに復讐するために、こんな真似をしているのか」
    「残念ながらハズレかな。ボクは……ボクの大事な親友を返してもらいに来たのさ」
    「……親友……」
    それはもちろんミストバーンのことを差しているのだろう。しかし。
    「奴はオレの中で消滅した。もう生きてなど……いない」
    「どうしてそんなことが君に分かるんだい?ボクのことだって、たった今まで死んだと思っていたのだろう」
    「…………」
    それは確かに奴の言う通りだとヒュンケルは思う。
    死んだと確信していたものが実は生きていたという驚き……あの大戦の最中、何度も遭遇した出来事である。
    「なら逆に聞きたい。何故お前はミストバーンが生きていると思えるんだ」
    「それはもちろん、君が生きているからだよ。ボウヤ」
    死神は即答したが、ヒュンケルには言っている意味が分からない。
    「ミストから受けとった暗黒闘気を体内に取り込んだとき、君自身が語ったことがその理由さ」
    ボクもバーンと共にパレスから見ていたのだがね、と前置きし、死神はゆっくりと話しはじめた。
    「暗黒闘気をワザと受け入れ体内に留めることで光の闘気の力を強めたと君は言ったね。
    ボロボロの身体になっても君が未だに生きているのはそのため……なら、答えは簡単だ」

    「君は今も取り込んだ暗黒闘気を抑え込み、消さず体内に残している。
    ミストも同じさ、ただ意識を失い囚われているだけだ……ボクはそう確信している」

    「……それはお前の勝手な想像だろう」
    「剣の光なんて不確かなものにすがっている君たちにだけは言われたくないねェ」
    サラリと嫌味を言ってのける死神に、ヒュンケルはぐっと黙り込む。
    「--ボクの説が正しいかどうかは、今からすぐ分かるさ」
    キルバーンは懐から小さな赤い石を取り出し、指ではじいてヒュンケルの傍に置く。
    すると既に配置されていたのであろう、周辺の同じ石が一斉に光を放ちはじめた。
    「それは光の闘気を抑える禁呪法の魔方陣だ。フレイザード君が使っていたのに近いといえば理解できるかな」
    「……何をするつもりだ……?」
    ヒュンケルの問いにニッコリと笑い、死神は指で何やら記号を描き出した。
    「光の力を弱らせば、君の体内に抑え込まれている暗黒闘気を開放することが出来る。つまり、」

    「ミストの目を覚ましてあげるんだよ。この……ボクの手でね」

    空中に印を描き、そのまま死神は指を振り下ろす。
    それが合図だったのだろう、魔法石から激しい黒炎が天に向かい立ち上っていく。
    かつて大魔宮で見たダイヤナインと似た渦炎……しかしこれは敵の身を焼き切るためのものではない。
    集まった炎は魔方陣の中央に倒れ込んでいるヒュンケル目掛け、一気になだれ落ちた。
    「……ぐあああっ……」
    まるで圧し潰されるかのように身体が軋み悲鳴を上げる。体内から急速に光の闘気が失われていくのが分かる。
    「ミスト、ボクだよ。聞こえるかい」
    それはヒュンケルが今まで聞いたことのない、優しい声だった。
    苦しみ悶える彼には全く構わず、死神はミストバーンにただ呼びかけ続ける。
    「アアアァアッ………!!」
    空を切り裂くような絶叫の果て、そして遂に静寂が訪れた。
    キルバーンはゆっくりと歩みを進め、動かなくなったヒュンケルの傍に屈みこむ。
    「ミスト、君に会いに来たんだ。返事をして」

    「ボクの世界に必要なのは、君だけなのだよ」

    ゆっくりと瞳が開かれる。惑うように揺れた視線の先にいるものを認めた瞬間、口から声が零れ落ちた。
    「---キル?」
    「うん、ボクだよ。ただいま……ミスト」
    死神はゆっくりと仮面を外す。紅い瞳を細め、まだ動けずにいる「彼」の身体を抱き起した。
    「お前は……アバンに……」
    「ああ」
    悪戯っぽく死神は笑い、皮肉気に口元を上げる。
    「正義の使徒たちならともかく、君もあれぐらいでボクが死ねると思っていたのかい」
    「……そうか……そうだな」
    「彼」は目線を伏せて小さく呟く。姿はヒュンケルそのままだが、その仕草は確かに愛しいひとを連想させた。
    やはり自分の考えは正しかった。そう確信し、死神は優しく声を掛ける。
    「さ、ボクと一緒に魔界に帰ろう。そうだね……君が望むなら地上の何処かで暮らすのでも構わないよ」
    「キル、私は……」
    「ああこんなボロボロじゃ嫌だよね。大丈夫、ボクが錬成術で君が望むとおりの身体を作ってあげる」
    少しだけ「彼」は目を見開く。知っているのか、と呟くと死神はこくりと頷いた。
    「ボクは意識がなかったけど、ピロロが代わりに事の顛末を見ていたからね。でもね、そんなの関係ない」

    「見た目なんてどうだって構わないんだ。ボクが愛しているのは『ミスト』、キミなんだよ」

    「………キル、駄目だ」
    小さく首を振ると、ミストは憂いを帯びた表情で答えを返す。
    「私はまだこの身体から……ヒュンケルの中からは出ては行けない」
    「どうして?」
    「命は残ったが、光の闘気を浴び暗黒闘気の大部分を失ってしまった。今の私には何の力も残っていない」
    ああそんなこと、と死神は事も無げに笑う。
    「大丈夫だよ、君の身体がちゃんと元通りに再生するまでボクが守ってあげるから」
    「…………それだけでは、ない……」
    少し躊躇したあと、しかしミストは顔を上げて真っ直ぐに死神を見る。手を伸ばし、そっとその頬に触れた。
    「お前には本当のことを話そう。……もう、嘘はつきたくない」


    「私を倒すため体内の光の闘気を集め放出させたとき、この子の体内に元からあった暗黒闘気も消し飛んでしまった。
    今あるのは……わずかに残った私だけだ」
    光の闘気と暗黒闘気は表裏一体。故に両方を兼ね備えたヒュンケルは不死身の肉体を誇っていた。
    上手く力を操っていた彼だが、身体が傷つき果てた今は光と闇のバランスが失われてしまっている。
    「お前も知っているだろう、光の力が異常に活性化すればどうなるか」
    「……ああ。武闘家のお嬢さんが使っていたアレだね」
    外敵に使用するのならば問題ない。だがヒュンケルの場合は体内にある光の闘気がそれを繰り返しているのだ。
    (医学的にいえば光の闘気のせいで癌細胞が増殖し続けているようなものか)
    魔法が発展し医学が未熟なこの世界で、人間が彼を救う治療を行うことはまず不可能だろう。
    死神は即座にそう悟った。
    「あれが今生きていられるのは私が中にいるからだ。私という暗黒闘気の存在が何とか光の闘気を抑えている」
    ミストが体外にでたとたんに全身に光の闘気で異常活性化した体組織が広がり、彼の身体は朽ち果ててしまう。
    それは誰でも簡単に予測できる結末だった。だが、しかし。
    「……で、それがどうしたの」
    「……キル……」
    「君にもボクにも関係のない話だよね?こんな恩知らずのボウヤがどうなろうとさ」
    死神は知っている。ミストが激流に飲まれ死にかけていたのを見て思わずこの子どもの命を救ったことを。
    魔王軍の立派な戦士とするため、手塩にかけて育てていたことを。
    利用しあう立場であると互いに割り切っていたとしても、そこには確かに師弟としての関係が存在していた。
    だから、死神はあの子どもがずっと気に入らなかったのだ。

    ミストがヒュンケルをただの道具以上に大切にしていると気づいてしまっていたから。

    「どうせこの身体は長くはもたない。私が力を回復するまででいい、お前は手出しせずに待ってはくれないか」
    「そう、人間の寿命なんてたった数十年だ。だからいつ必要になるとも知れないスペアに選ぶはずがない」
    切に懇願する親友に、珍しく感情的になり死神は一気に捲し立てた。
    「そんなことにも気づかないこの子のために、どうして君が犠牲にならなきゃいけないのかね?」
    「……私にも、分からない」
    消え去りそうな声。瞳をきつく閉じ、喉から絞り出すように親友にだけ漏らす嘘偽りない本心が紡がれる。
    「私を裏切ったヒュンケルは憎い、私からバーン様を奪った人間どもは憎い、しかしそれでも私は、」

    「この子に生きていて欲しいと願っている」


    「ヒュンケル」
    自分を呼ぶ声がして、彼はうっすらと目を開く。心配そうにのぞき込むふたつの顔がそこにはあった。
    「よかった……なかなか起きないから、心配したのよ」
    目尻に涙を浮かべてエイミは語る。ラーハルトに肩を貸してもらい、ヒュンケルはよろよろと立ち上がった。
    「いったいどうなったんだ。死神キルバーンは……あいつはどうした?」
    「何だ……お前にもわからないのか」
    ラーハルトに問われ、ヒュンケルは頷く。思わず己の胸に手を当て、じっと思いにふけった。
    「奴はオレの中にいるミストバーンを取り戻しに来たと言っていた」
    「バカな。アイツはお前の中で消滅したはずだろう」
    ああそのとおりだ、とヒュンケルは答える。死神の戯言など、もちろん信じてはいない。
    自分の中にミストバーンがいなかったことを知り、死神は諦めて立ち去ったのだろうか。
    「……まぁ、万一奴の話が本当だったとしてもだ」
    ヒュンケルから説明を受け、ラーハルトは顎に手をやって首を傾げる。
    「死神がミストバーンを取り出してもお前の身体に変わりがないのなら、何も問題はないな」
    「……そうだな」
    エイミとラーハルトは奸計に嵌りしばらく暗黒空間に閉じ込められていた。
    さきほどようやく突然視界が開き、外に出られたのだという。
    「最初からオレたちに危害を加えるつもりではなかったということか。まあ、不幸中の幸いだな」
    おそらく魔王軍一頭の切れる男であろうあの死神のことだ。
    自分たちを殺すつもりで罠を張っていたなら今頃どうなっていたか分からない。
    それはヒュンケルにも痛いほどわかっていた。
    「ともかくこれで一件落着ね。また安心して旅を続けられるわ!」
    先ほどまで泣いていたはずのエイミは既にケロッと笑顔になり、ヒュンケルの傍へと引っ付いた。
    「先を急ぎましょう、ヒュンケル」
    彼の腕を強引に掴んで歩き出すエイミに対し、ラーハルトは気色ばんで思わず怒鳴りつける。
    「おい、お前と一緒に行くといったおぼえは……聞いているのか貴様ァ!!」


    森を出て街道へと旅を進める彼らの様子を、死神は遠くの空から見下ろしていた。
    「あーあ、ボクも大概甘いよね。ミストには」
    肩を竦め、忌々しそうに銀髪の青年とその連れを眇めで見やる。
    「……ヘンなところで頑固だよねぇホント。まさか無理矢理取り出すわけにもいかないし」
    ミストは未だヒュンケルの体内に留まったままでいる。
    禁呪法の結界を解いたとたん、ミストの意識はまた表には出てこれなくなってしまった。
    しかし確かにあのボウヤの中で自分の大切な「彼」は生きている。
    それがハッキリ分かっただけでもいい、キルバーンはそう思い込もうとした。

    数千年の長きにわたり仰せつかった仕事をやり遂げて。
    ただひとり忠誠を誓った守るべき主君を失って。
    「もう私に生きている意味など、何も残ってはいないと思っていた」
    ミストはただひとりの親友を見つめて、小さく笑う。

    「だがお前がまだ私の元に居てくれるのなら、私は……」

    (あんなふうに言われたら、待たないわけにはいかないじゃないか)
    ふぅとため息を吐き、しかし満更でもないと死神は心の中で愉悦に浸る。
    それに確かに、人間の寿命など魔族である自分にはあっという間だ。
    更に加えてあのボロボロの身体だ。ミストが言ったとおり長くはもつまい。
    ヒュンケルは、おそらく通常の人間の寿命よりもずっと短い一生を終えるだろう。
    「そうだね、その間を利用して、君のために身体を用意しておくとするよ。
    どんな見た目がいいだろうね、やっぱりボクとキミが一緒に長く過ごした姿が一番かなァ??」
    誰に聞かせるでもなく呟くと死神はそっと仮面を外す。濡羽色の黒髪を風が撫でていく。
    遠くなっていく3人の後ろ姿を冷ややかな視線で見送った。
    「ボウヤの命が尽きるとき、また現れるとしようか。死神本来のお仕事をしにね」
    紅い瞳を窄めると、キルバーンは薄く笑みを浮かべながら仰々しく形式ばったお辞儀をした。
    「ボクと可愛いミストのために、キミに速やかな永遠の眠りが訪れることを願っているよ」


    森下一葉 Link Message Mute
    2018/11/16 9:34:15

    サラソウジュ

    死神と影と、かつて影に守られていた人の子とその友人の半魔のおはなし。
    #キルミス #ラーヒュン  #擬人化 #闇師弟

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