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    オキナグサ


    「お呼びでしょうか、バーン様」
    玉座の間に現れた黒衣の死神は仮初の主人の前に膝をつき、深々と首を垂れた。
    大魔王の傍には随一の重臣であるミストバーンがいつものように控えている。
    「面を上げよ」
    「ハイ」
    請われたとおり素直に顔を上げ、キルバーンは仮面の下で目を薄め相手を見る。
    しばし無言で手にしたグラスを弄んだあと、老いた王は意味もなく小さく息を漏らした。
    「……お前を呼んだのは他でもない」
    「ええ、『オシゴトの依頼』ですね」
    大魔王がそれ以外で己を召喚することはないと、死神は重々承知している。
    死神の仕事。すなわち自軍における裏切者の始末および役立たずの処刑である。
    「今回お前に始末してもらいたいのは、……」
    大魔王より続いて告げられた名にキルバーンは聞き覚えがあった。
    ミストバーンにははるか及ばないが、魔王軍内部での地位はそれなりに高かったはずだ。
    「進軍の将を任せたが失態続きでな。……いくら寛大な余とて限度があるというものよ」
    かの地は戦の要と死神も承知している。無能はこうなるという見せしめの意味合いを兼ねてのことだろう。
    そして、彼の名を大魔王が口にした瞬間、影が一瞬身を強張らせたのを死神は見逃さなかった。
    「方法はお主に一任する。だが早い方が良い、なるべくな」
    「承知しました。まァこの程度の相手であれば……数日内には、必ず」
    受け取ったターゲットの詳しい情報を確認しつつ、死神は仮面の下で意味ありげに目を細めた。


    薄暗い階段を降りる靴音が聞こえてくる。廊下の片隅で足を止め、ミストバーンはそちらを見た。
    明かりのない尖塔の入り口から姿を見せたのは、その暗闇に似つかわしい黒衣の死神であった。
    「やぁ、ミスト。こんな時間までお仕事かい?ご苦労様」
    「お前も人のことはいえぬだろう。……血の匂いがする」
    仕事を終えてきたのだなと聞かれたので、まあねと彼は軽い口調で答える。
    「先日大魔王さまから承った案件か」
    「ご名答。随分お急ぎのようだったからね、ちゃちゃっと済ませておいたよ」
    つい先ほど他者の命を奪ってきたとは思えぬ死神とは対照的に、影の表情は曇っている。
    「……ボクに聞きたいことでもあるのかな」
    親友の心中を察し、自分からキルバーンはそう言い出す。少し躊躇したのち、ミストバーンは小さく尋ねた。
    「あの男は何か言い残しはしなかっただろうか」
    「……ああ」
    仮面の下で目を細め、相手の意図するところを読み取りキルバーンはいったん言葉を切る。
    あの男とは当然……今回の暗殺のターゲットであった自軍の将だろう。
    「別に何も。というより、言い残す暇などなかったというのが正解かな」
    まるで再現するかのように死神は肩に担いでいた大鎌をスッと横へ振るう。
    「死神によって命を奪われたことすら、気づかないまま逝ったんじゃないかね」
    「……そうか」
    その呟きは明らかに安堵の色を帯びていた。苦しまずに死んだのであれば幸いだと。
    だが気づかぬふりをして死神は親友へと笑いかける。
    「随分と気にしてあげるのだね。彼はバーン様に仕えて長かったのかい」
    「数百年といったところか。昔は有能な男だったのだが……老いて衰えたのやもしれぬ」
    一口に魔族と言ってもその種は様々だ。人間に比べれは揃ってはるかに長命とはいえ寿命差はある。
    数千年に渡りバーンに仕えている影は今まで幾度同僚を見送ったのだろうか。そんなことを死神は思い描いた。
    「君にそこまで惜しまれるとは彼は幸せものだね」
    「だが近ごろのあ奴が失態を重ねていたのは事実だ。役立たずは処分されて当然だろう」
    感傷はあれど大魔王の決定に異議はありえないということか。ミストらしいねェ、と死神は笑う。
    「ボクが来る前はこの手の仕事は君がしていたようだけど、はっきりいって向いてないよね」
    「……む」
    嘲笑されたと感じたのか、フードの下で眼光が暗く明滅する。
    「違う違う、情の深い君に陰気な仕事は似合わないってことさ」
    親友の目線を感じたのだろう、肩を竦めつつ死神は苦笑した。
    「逆に他人の命をモノとしか思えないボクには天職なのだろうけど」
    「--キル?」
    淡々と述べるキルバーンに、しかし今度は別の意味でミストバーンは怪訝な顔をする。
    「私はお前が薄情だと思ったことはないぞ。仕事に徹しているという意味ではそのとおりだが……」
    「ああ、それはね。ボクにとって君は特別だからだよ、ミスト」
    さらりと言ってのけると死神はフードに隠れた影の頬に手を寄せる。そのまま顔を寄せ、囀るように口付けた。
    「またお前はそのような軽口を……」
    「心外だなぁ、ボクはいつだって真剣さ。こと君に関してはね」
    「…………」
    いけしゃあしゃあと述べられる口説き文句に呆れ答えぬ影に構わず、死神は彼を抱き寄せようとする。
    が、鉄の指で腕を強く掴まれ、すぐに引っ込めておお怖いとわざとらしく肩を竦めた。
    「今夜はとてもそんな気分にはなれぬ」
    「じゃあ、別の日ならいいってこと?」
    「……そうやって、いちいち言葉尻を捕らえるのがお前のよくないところだ」
    あらわになった影の美しい素顔の眉間には深い皺が寄っている。
    (ふふ、流石にタイミングが不味いか。……まあいいや)
    「怒らないで、ボクが悪かったから。そんなカオしちゃ美人が台無しだよ」
    あっさりと引いて謝る死神に溜飲が下がったのか、分かればよいのだ、と俯きながら影は呟く。
    「では、ボクはこれからバーン様に仕事を終えたご報告にいくとしよう」
    「……それがいい。大魔王さまもお喜びになろう」
    じゃあねと手をひらひらさせて別れを告げると、死神はそのまま中央の間へ続く廊下へと足を向ける。
    しばらく歩いたところで今までなりを潜めていた使い魔がひょっこりと顔を出した。
    「気を利かせて隠れていたのかい?いい子だねピロロ」
    「ボクだと顔に出ちゃうし、ミストバーンに勘づかれるかもしれないと思って」
    ぴゅ~っと弧を描くように空を飛び、一つ目ピエロは定位置である死神の肩にちょこんと腰かける。
    覗き込むように相棒の顔を見つめ、小さな声で囁いた。
    「……やっぱり、言わないつもりなんだ」
    「もちろんさ。ミストが知る必要なんて、何ひとつないからね」


    大鎌の切っ先から垂れおちる青い血を、死神は僅かに驚いた表情で見つめている。
    (一撃で殺れると思ったのだけど。腐ってもそれなりの地位を築いてきただけはある、か)
    野戦の陣幕に標的がひとりきりでいる時刻を調べ上げ、闇に紛れて死神は彼の前にその姿を現した。
    袈裟懸けに一撃、それで終わるはずだったが気配に気づいたのか相手は僅かに身を避けたらしい。
    致命傷は逃したが、しかし地に伏した『ターゲット』が既に虫の息なのは火を見るよりも明らかだった。
    ぜいぜいと荒い息が聞こえてくる。何の感慨も持たぬ冷たい紅い瞳で、死神はそれを見つめていた。
    「死神、か……この、ヴェルザーの犬め……!」
    「その冥竜王の使者であるボクに、大魔王は君という部下の処分を任せたのだがねェ」
    嘲るように言い捨てたあと、死神は仮面の下でニコリと笑う。
    「どうせ足掻いても辛さが長引くだけだ、このまま大人しく死にたまえ」
    「……お前ではなく、ミストバーンであったならば……このような……」
    口惜し気に吐き捨てる男に、しかし死神は嘲笑を浮かべていた口元を一瞬にして変貌させた。
    「ミストなら同僚のよしみで温情を掛けてくれたかも、と思っているのかい?……いや、違うか」

    「君に同情して躊躇う彼なら返り討ちに出来ると考えていたのかね、甘すぎるよ『裏切りもの』クン」

    息を呑む男に近づき、死神はスッと大鎌を掲げる。
    「気づいてないと思っていた?」
    地に伏せる相手に対しちょうど断頭の構えを取ると、感情の籠らない声で問いかけた。
    「資料を見せてもらったけど、君の失態はかつて有能だった人物とは思えない凡ミスばかりだ、なら」
    ワザとミスを犯していると考えた方が自然だろう?死神はそう冷淡に分析を続ける。
    「言っておくが、バーン様もおそらく君の裏切りには既にお気づきだと思うよ」
    「な……ッ?」
    「あの方はボクに仕事を任せるとき『始末せよ』といった。役立たずの処刑でなく裏切者の始末、とね」
    全く食えない爺さんだよねェ、と死神は他人事のようにケラケラと笑った。
    「何故君が敵軍に寝返ったのかは知らない。
    保身を図ったか、それとも身内を人質にでも取られたか、まぁボクには関係ないしどうでもいいことだ」
    でもね、と死神はすぅっと真顔に戻る。そのまま掲げていた大鎌を何の躊躇もなく振り下ろした。
    「ミストの情を利用しようと考えた、それだけでボクにとっては君を許せぬ理由になるのだよ」


    「……さてと、」
    物言わぬ骸の鎧から装飾品をひとつ奪って摘まみ上げると、死神は一息つく。
    「もう出てきてもいいよ、ピロロ」
    「はぁ~い」
    物陰に隠れさせていた使い魔を呼んでその品を手渡す。彼は器用な手つきで綺麗な布に巻き懐へ入れた。
    後で仕事完遂の証として大魔王へ手渡すためである。
    「あとは陣幕に火を放って屍ごと燃やせば終わりかな。派手に出来ないのが惜しいね」
    実際がどうあれ形上は裏切者の始末ではなく身内の処刑である。あくまで知らしめるのは自陣営へなのだ。
    「コイツの後釜は誰になるんだろうねぇ」
    「さぁね、すでにバーン様にはお考えがあるんだろうけど、ボクの知ったことではない」
    自分の仕事の結果、誰が出世し失脚するかなど全く興味がないのは死神の本心だった。
    少し離れた場所に移動して陣幕に向かい火炎呪文を放つ。小さな炎は布に引火し、一気に燃え広がった。
    「……利用しようと考えただけで、実行しなかったのは君にとって幸いだったね」
    誰に聞かせるでもなく、死神は炎に照らされながらひとりごちる。

    「もしミストを騙して彼の感情を利用していたなら、殺してなどやらなかった」

    絶対に死んで楽になどしてやらない。
    身を裂くほどの後悔と痛みを抱えたまま、その寿命が尽きるまで生き永らえさせただろう。

    死神が与える『死』とは安楽であり、祝福なのだ。

    「キルバーンてほんっとにミストバーンのことが大事なんだね~!」
    少しばかり揶揄うように言われ、死神は肩に乗る使い魔の頭を撫でつつ目を細めた。
    「ああ、そうだよ。ボクが心から愛しているのは、ミストだけだ」


    森下一葉 Link Message Mute
    2019/03/08 15:19:32

    オキナグサ

    死神と影の、かつて魔界であったかもしれないおはなし。
    #キルミス

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