モーハニ短文ログ■それは愛しい永久 ユートロム星には膨大なデータを管理する為の一つの大きなコンピュータがある。
様々なランプを点滅させ、複雑な回路に電流を休み無く流し続け、そこにユートロム星に関わる全てのデータを収めていく。必要な時に必要なデータを提供する。そのデータ処理速度は極めて最速、ユートロム星のどの機械よりもだ。科学の粋を結集した優れたスーパーコンピュータだと多くの国民は認識している。
しかしそのコンピュータに直に触れたことのある者は知っている。それがただの機械ではないことを。
そのコンピュータの名前は──
「この間触れる機会があったんですけど、あのハニーカットって名前のコンピュータって、本当にただの機械なんですか?」
「それ、本人の前で言わないほうがいいぞ」
気にしていない顔で笑ってるが結構落ち込んでいるらしいからなと、ベテランの先輩ユートロムがどこか的外れの回答をすると、つい最近入ってきた新人ユートロムは怪訝な顔をする。それではまるで自分たちと同じように感情を持った生物の様ではないか。
確かにハニーカットと名の付いたコンピュータは機械とは思えない、実に豊かな表情を見せる。初めて会う人物には新たな出会いだと笑顔を浮かべて喜び、何度も訪れてるような親しい人物が来ると今日はいい日だとまた笑う。悪いニュースのデータを収めると悲しそうな声を出し、データを悪用するような人物が現れれば怒り己の迂闊さに憤る。
まるであたかも生きてるように。
「あの人のことをただの機械なんていったらモーツ艦長がお怒りになるぞ」
「ええ、なんでそこで偉大なモーツ艦長様が出てくるんですかあ!?」
どうやらこの新人はユートロム星の歴史の勉強が少々足りてないらしい。一般教養程ではないにしても、政治に関わる者になるなら知っておかねばならないだろうに。
やれやれと先輩ユートロムは少々先輩風を吹かしながらため息をついて語りだす。一つの物語を。
昔々、一人のロボットがいた。彼はただのロボットではない。様々な因果が重なってロボットになってしまった一人の人間だった。
彼は優れた頭脳の持ち主で、星の偉い人から兵器を作ることを命じられた。しかし平和を愛していた彼はその命令から逃げ出した。同じ星の人々に多くの憎しみとエゴをぶつけられながら、奇跡的な出会いをした他星の生き物に助けられながら、巡り巡って彼は、歴史に大きく名を残すことになるかの偉大なる──当時は一艦長の、モーツの元に辿り着いた。
星に帰ることは出来ず居場所が無い彼を、モーツは母星に招き入れた。人権は無いと、機械の体だというだけで己の感情を否定され続けてきたロボットを、大切な命だとモーツは抱きしめた。それがどれだけ彼にとって嬉しいことだったか。いつしか二人は愛し合うようになった。
そして時が経ちモーツは亡くなった。天寿を全うしたのだ。永久に近いようで、しかし限りあるユートロムの天寿を。
彼は、ロボットには寿命は無いに等しい。優れた機械技術が発展していけばそれだけ彼は生き続けることが出来る。様々な機械間を容易く移動でき、他者から破壊されてもバックアップさえあれば何度でも蘇られる能力を持った彼が死ぬ時は、それは自ら死を選んだ時だ。
彼はモーツの死後も生きることを選んだ。モーツが愛したこの平和な星を彼もまた心から愛していた。彼はこの星をモーツの代わりに守っていく道を選んだのだ。
様々な道筋を辿りながら、今彼はユートロム星の知識の番人という役目を背負っている。元々彼は何かを知り何かを発見することが大好きだった。ユートロム星の日に日に増えていく多くの知識・多くの出来事を慈しみ抱きしめる。
それがこのハニーカットという一つの機械の姿をした人間だ。
「……まるで神話みたいな話ですね」
「一人の愛した者の為に何億という時を生きてるんだからな」
自分はそんなこと出来ないなと新人ユートロムは思う。どれだけハニーカットは大切な人の死を見送ってきたのだろうか。辛くはないのだろうか。永久かもしれない時を生きるということはどんな感覚なのだろうか。若い彼には見当も付かない。
その機械のような生命は、出会いを楽しみ別れを悲しみ今日もまた永久の中の一日を終える。
そして星が眠りにつく頃、メモリーの中から大事な人々の思い出を再生する。
──いつも自分を助けてくれた四人の大切な友人。
──そして自分を愛してくれた大切な恋人。
彼らを思い浮かべるだけで心が温かくなる。あんな姿になってもまだ自分が無機質な機械ではなく一人の生き物だと教えてくれた、希望や生き続ける意味を与えてくれたかけがえの無い人々。
彼らに少しでも報いる為、この永遠に近い時に少しでも平和と呼べる時間が増えるよう出来る限りの全てを尽くすのだ。
平和の祈りを歌い続けるのだ。
「モーツ、貴方の愛した世界は今日も慈しむべき存在だとも」