TMNT短文ログ■peace 闇夜のビル街を駆け抜ける影が一つ。
いや、正確には二つ。
ドナテロとハニーカットはトリケラトン達から逃げ延びる為にひたすら走っていた。一休みでもしたいところだが探査機に居場所を見つけられたら一巻のおしまいだ。
せめて探知されない方法が閃けば。
ふとドナテロが口を開く。
「……そういえば、教授は連合軍やトリケラトン族の手先になろうとか考えたことないんですか?」
ハニーカットは今までずっと奴らに追われてきた。息つく暇も許されないぐらい。
でもどちらかの手に堕ちてしまえば。
そうしたら身の安全を確保出来るだけでなく、今後それなりにいい待遇を受けることが出来たかもしれない。でも、ハニーカットはその手段を選ばなかったから今もこうして追われている。
ハニーカットはしばらく沈黙していたがゆっくりと喋り始めた。
「……それもいい考えだったかもね。私からすれば一番賢い手段だったかもしれない……。でも、私はその手段を選んで自分を失ってしまうのが怖かったんだよ」
「自分を……失う?」
「そう、ただでさえ私の体はロボットで、私と本当に言い切っていいのか迷うようなものだ。それなのに私が誰かの操り人形になってしまったら本当にこの世から私が消えてしまうような気がしたんだ」
自分の体も意志も誰か違う物になってしまう。それがどうしようもなく怖い。
ただそれだけなのだ。
「だから私は逃げ続けても意志を貫こうと思ったんだ。ただ──」
教授はまた沈黙する。言い出していいのか迷ってるような雰囲気。
ドナテロは先を促す。
「ただ……?」
「ただ……、逃げ続けるのもいけないことだと気づいたんだよ。悲しみが連鎖するだけなんだ。だから私は断ち切る為にトリケラトン族と取引しようと思ったんだ」
誰かが自分のせいで苦しむのは耐えられない。自分が消えることで誰かが助かるなら。
ドナテロは少しムッとした顔をした。
「そうやってすぐ自分を犠牲にしようとするのは教授の悪い癖ですよ。もう少し僕らなりユートロムさん達なり頼ってください。頑張り続ければきっと何か解決策は見つかるはずです」
ドナテロの瞳は希望の炎で燃えている。諦めるという単語を知らない、若く力強い瞳。
ハニーカットはそれが心底羨ましいと思う。
なにもかもを諦めている自分とは違うのだ。
ドナテロにはもっともらしいことを言ったが正直言うとこの現実から逃げたかったのだ。自分が死んでしまえば世界は平和になる。
ならそちらの道を選んだほうが楽だ。
(──ただ、なんでそう思いながらも私はタートルズの皆に会おうと思ったのだろうね?)
皆に会わずにトリケラトンとの取引に行けば今のような事態にならずすぐに目的達成できたはず。
なのに彼らを呼んでしまったのは──。
(結局のところ私もまだ諦めきれちゃなかったのだろう)
決心をつけたはずだったのに。
心のどこかで諦めきれていなかったのかもしれない。タートルズに会えばこの事態をどうにか出来るかもと思ったのかもしれない。
生きる希望を捨て切れなかったのだ。
でもその結果また彼らを巻き込んでしまった。
(この争いで私の体は朽ちてしまうかもしれない。……でもどうか、この兄弟は何事もなく無事でいられますように)
随分身勝手な祈りだ。
でも身を彼らに委ねてしまった今自分にはこうすることしか出来ない。
──世界に、そして彼らに平和が続きますように。
■■■「ねえサーリン、ロボットって夢を見るのかい?」
科学者であるドナテロの素朴でシンプルな疑問。スリープモードに入った彼の目蓋の裏には何が映るのか。
悪意もなくただ単純な興味をぶつけてくるドナテロにサーリンは溜め息をつく。
「夢なんて見ませんよ。私は人間じゃないんですから。でも真っ暗闇ってわけではないですよ」
「何か映像が映るのかい?」
「ええ、過去の記憶が断片的に流れます」
「それって……夢には入らないの?」
知りませんよ、そう言ってサーリンは掃除が忙しいからとドナテロを追い払う。多少気が許せる相手でも触れられたくないことはある。
過去の記憶の映像なんて、今のサーリンにとってそれは自身を苦しめる物でしかない。
マスターと過ごした楽しい日々の映像。どれだけ望んでも会うことの叶わない彼の笑顔。
そんなものは呪いでしかない。彼に寂しい思いをさせていると思うと、体を構成するあちこちの配線が引きちぎられたような気分になる。
自分を慰め許してくれるような都合のいい妄想はサーリンは見られない。見られるのはただ過去の事実のみ。
ああ、今あの子の目蓋の裏には何が映っているのだろうか。