【hpmi夢】地獄、時々幸せ、のち……【👔】数えるのも嫌になった地獄の連勤が幕を閉じた。
明日は大変貴重な休暇だ……!!
地獄、時々幸せ、のち……
(やっと……やっと……やっとだ……!!)
俺の足取りは軽やかなんて言葉じゃ足りないくらい浮き立っていた。
休めるからというのは勿論あるが、それより何より久しぶりに彼女の……
花の家でゆっくり出来るのが嬉しい。
付き合いはじめてから、次の日が休みのときは前日の夜から
花の家に泊まるようにしている。
つまり、今から
花の家に泊まりに行く!
(あ~、早く
花の笑顔に癒されたい……!!)
花の家に泊まりに行くのは3回目だが、だからと言って3回しか会ってないわけじゃない。
花は小さいながらもカフェを経営しているので、店に行けば会えるのだ。
だが、社畜の俺が毎日行けるわけもなく、行けたとしても他に客がいたら恋人としてイチャイチャしていられるはずもなく、客と店員としての会話のみで終わることだってザラである。
だから、
花と2人きりで過ごせるのは俺にとって至福の一時なのだ。
「独歩くん、お疲れ様~!」
玄関を開けて出迎えてくれた彼女は満面の笑みだった。
「お、お疲れ様です!」
「ふふっ、さぁどうぞ。」
「お、お邪魔します……!!」
あ~、久しぶりの
花の家……!!
入っただけで浄化されてく気がする……。
「ご飯できてるけど、先にお風呂かな?」
「いや、夕飯がいい! 朝から何も食べてなくて腹ペコペコなんだ。」
背広を脱ぎながらそんな会話したりして、なんか新婚さんっぽいなと思ったり。
フワフワした気持ちでリビングのソファーに荷物を置いてからダイニングテーブルを見やると、たくさんのご馳走が並んでいた。
「えっ、今日って俺の誕生日だっけ……?」
よく見ると俺の好物ばかりで、嬉しいけど戸惑う。
「違うけど、独歩くんの喜ぶ顔が見たくてたくさん作っちゃいました!」
「こんなくたびれたおっさんのために……
花は俺の女神……!!」
「もう、独歩くん大袈裟!」
そう言って
花は笑った。
それから椅子に座って
花の手料理を食べ始める。
「あ~美味い……五臓六腑に染み渡る……。」
「いっぱい作ったから沢山食べてね!」
「あぁ……こんな美味いもの食べられて、今日まで頑張った甲斐があった……。」
「前に泊まりに来てから随分空いちゃったもんね。やっぱりお仕事大変?」
「相変わらず地獄の日々だよ……。」
ここから俺の怒濤の愚痴が始まる。
良くないと思いながらも、
花が優しく聞いてくれるのでいつも甘えてしまうのだ。
今もいつも通り……いや、いつも以上にニコニコと話を聞いてくれている。
「ごちそうさまでした!」
結局、俺は食べ終わるまでひたすら愚痴を溢してしまった。
まぁ、いつものことと言えばいつものことなんだが……。
そう思いながら食器を片付けようとすると、
花が制止してきた。
「あ、いいよいいよ! 独歩くん疲れてるんだしゆっくりしてて?」
「い、いや、でも……」
「いいからいいから~!」
花に促されてリビングのソファーに座ったものの、俺はどうも落ち着いていられなかった。
夕飯を作ってもらって、愚痴を聞いてもらって、この後お風呂をいただいて、至れり尽くせりしてもらっておいて片付けもしないでのんびりソファーで寛ぐゴミクズ野郎じゃ捨てられてしまうのではないかという焦りは勿論あるが、それより何より……
今日の
花……何か変だ。
花は普段から笑顔なことが多いが、今日は本当にずっと、ずっと笑顔なんだ。
笑顔なのは良いことのように思えるが、今日の
花は無理して笑ってるように見える。
まるで営業スマイル浮かべてる俺みたいだなんて笑えない。
それに、前に泊まったときは夕飯が俺の好物ばかりなんてことはなかったし、愚痴を溢したら困った顔される時だってあったし、片付けだって一緒にした。
特別な日なら分からんでもないが……
(俺が忘れてる? いや、そんなことは……。)
考えてみても分からない。
そもそも、
花の様子がおかしいような気がするのは俺の勘違いなのかもしれない。
でも、もし勘違いじゃなかったら?
綻びがあるのに、それを見過ごしてしまったら……。
俺たちの関係が壊れる。
花が、壊れてしまう。
今ならまだ間に合うはずだ。
勘違いだったら笑って流せばいい。
そう自分に言い聞かせていると、片付けを終えた
花が隣に腰かけた。
言うなら今しかない……!!
この後どう転ぶか分からない不安に苛まれながらも、俺は意を決して口を開いた。
「あの、さ……」
「ん?」
「きょ……」
「今日……何かあった……のか?」
「え……?」
それから少しの間を置いて
花はにこりと笑った。
「何もないよ? どうして?」
いやいや、何もない間じゃないだろ!?
作り笑いで誤魔化して……俺には言えないようなことなのか……?
「本当に? 本当に何もないのか?」
「独歩くんどうしちゃったの?」
「どうしちゃったって……お、俺がおかしいのか? いや、おかしいのは
花の方だろ!? 今日無理して張り切ってるって……無理して笑ってるって分かってんだからな!!」
ハッとしたときにはもう遅くて。
花の瞳は潤いを増し、瞬きもしてないのにポロポロと雫が頬を伝っていた。
「あっ……す、すまん……強く言い過ぎた……俺のせい……俺の……」
泣き止んでほしくて、
花の頬に手を伸ばす。
しかし、
花がその手をパシンと払いのけた。
俺に触れられるのが嫌ってことなのか……?
ズキンと何かが刺さったような感覚。
それが表情にも出ていたのか、
花はハッとした様子で口を開いた。
「違うの! 独歩くんは何にも悪くない!! 今のだってわ、私が……私が、優しくしてもらえる資格なんてないから……私のせいなの……私の……ごめんなさい……ごめんなさい……!!」
私のせい……なんて俺みたいなことを言う
花。
俺みたい……なら、俺は
花みたいにしてやらなきゃ。
そう思ったらまた自然と手が伸びていた。
今度は頬じゃなくて背中に。
触れたら少しビクリとしたが、さっきみたいに払いのけられたりはしない。
俺はゆっくりと
花の背中をさすったり、トントンと軽く叩いたりを繰り返した。
俺がキャパオーバーでボロボロ泣いてると、
花はいつもこうしてくれる。
毎回申し訳なく思ってたけど、いざ立場が逆転してみると、こうせずにはいられないのだと思った。
好きな人が傷ついていたら、どうにかしてあげたくなる……。
花もそう思ってくれていたのだろうか。
そんなことを考えながら
花を慈しんでいると、大分落ち着いたようでポツリポツリと話し始めた。
「ごめんね、急に泣き出したりして……意味わかんないよね……。」
「だ、大丈夫だ! 俺も急に泣き出すことあるし……!!」
人として全く大丈夫ではないが、この場合の大丈夫は大丈夫だ多分……!!
「ちゃんと理由、話す……から。」
「む、無理しなくていいんだぞ……?」
「このまま、じゃ、独歩くんに、不安な思い、させたまま……に、なっちゃう……から。ちゃんと、話す……ね。」
泣きじゃくりながらも俺のこと気遣ってくれるとか天使なのか?
だが、俺はかなり戦々恐々としていた。
今から何を言われるんだ……。
さっき
花が言ってたことを思い出す。
俺は悪くなくて、自分は優しくしてもらえる資格がなくて、自分のせい……。
この内容から考えられる最悪の事態……。
妻子ある男と不倫して、妊娠した挙げ句に奥さんにバレて慰謝料を請求されてる……とか……?
もしくは罪を犯してなんなら人を……とか……?
ハイブリッドなんてことも……?
いや、有り得ないだろ……俺みたいな奴の彼女になってくれるぐらい慈悲深い
花がそんなことするはずない。
でも、泣いてる
花を見たのは初めてだ。
こんなにボロボロになるってことは、相当なことがあったに違いない。
真実を知るのが怖い……けど、ここで有耶無耶にしたらきっと後悔する。
俺は、覚悟を決めて
花が語り始めるのを待った。
「お店でのこと……なんだけどね。」
どうやら経営してるカフェで何かあったらしい。
小さいと言っても1人で切り盛りしているからそもそも大変だろうに、『忙しいけど毎日楽しいよ!』と眩しすぎて溶けるのではないかと思うぐらいの笑顔で語っていたのを思い出す。
そんな
花が泣き出すくらいの出来事って一体何なんだ……?
「前に、新しいメニューを考えてるって話したの、覚えてる……?」
「あぁ、たしかメニュー増やしたいって言ってたような……?」
「うん。それでね、今お店のメニューはスタンダードで、遊び心が足りないんじゃないかと思って、ラテアートを取り入れてみようかなって。」
ラテアート……って、なんか絵が描いてあるやつだっけか?
絵心がないと難しそうだが……。
「その、ラテアートが上手く出来なかったのか?」
「ううん。ラテアート自体は私なりに研究して、練習して、かなり上手く出来るようになったと思う。」
「そうなのか……。」
「うん……。それで……ね、今日からメニューに取り入れたの。そしたら早速注文が入って……やった!って思った……その時は……。」
「その時は……?」
「ラテアート……提供したんだけどね……」
「飲んで……もらえなかったの……。」
「え……?」
「コーヒー、一口も飲んでもらえなかった……っ。」
そう言うと、止まりかけていた
花の涙がまたボロボロと溢れ出した。
「スマホで写真撮って、凄く楽しそうだった……そしたらね、そのままレジに来たの……。あれ?って思ったよ? でも『飲まないんですか?』なんて聞けないじゃない? お金は払ってくれてるし……。」
「た、たしかにそうかもしれないが……。」
「それでね、お客さんがいない時に、勿体ないから、その飲まれなかったラテアートしたコーヒー自分で飲んでたの。そしたら私、何やってるんだろうって……。コーヒー、飲んでもらうために頑張ってたはずなのに、結局飲んでもらえなくて……ラテアートのことでアレコレしてた時間、全部無駄だったんだなって……。そしたらどんどん気持ちが落ち込んできて、あれ? 私どうして生きてるんだろう?って……。」
こ、これは……思っていたよりも重症だ……。
一見大したことじゃないように思われるかもしれないが、他人にとってはそんなことでも、本人にとってはそんなことじゃないことはよくある。
花にとって、コーヒーを飲んでもらえないというのはよっぽどのことだろう。
しかも、相手は悪いことをしているという自覚がなさそうなのも質が悪い。
客商売だから金が払われた以上文句言えないのかもしれないが……。
それに、初めてやったことが初っ端で失敗したのも辛いところだ。
花は研究して練習して、それなりに自信を持っていた。
きっと成功への期待が膨らんでいたことだろう。
だが、上手くいかなかった。
何人かのお客さんに飲んでもらえていた状態で同じことが起きたら、受け止め方も違ったと思うが……もう起きてしまったのでどうしようもない。
一体どうやって慰めれば……。
そう思っていると、
花が泣きじゃくりながら続けた。
「ごめんね、こんな状態で……。でも、今日会えなかったらまた会えるのいつになるか分からないし……だから、独歩くんが笑顔でいてくれたら、私も笑顔でいられるかなって……。独歩くん、私の笑顔が好きって言ってたから……。でも全然ダメだったね……ごめんね……ごめんなさい……っ。」
それを聞いた瞬間、思わず
花を抱き締めた。
そうか……夕飯が俺の好物ばかりだったのも、色々気を遣ってくれてたのも、俺のために……笑顔でいるためだったんだ……。
え? は?? もう
花、紛うことなき天使じゃん???
なんで天使がこんな薄汚れた地上で俺の彼女なんかやってるんだ????
どうやら神様は気が狂っていらっしゃるらしい。
「俺……」
「
花のこと……大好きだ……。」
「え……?」
「笑顔だけじゃない……怒った顔も、困った顔も、悲しんでる顔も……っていうか、顔だけじゃなくて、
花の何もかも引っ括めて好きなんだ。愛してるんだ。だから、無理して笑う必要なんかない。泣きたいときは泣いた方がいい。」
「独歩くん……。」
「生きる意味が分からないなら俺のために生きてくれ……何の気力も湧かないなら、息してくれるだけで良いから……俺の隣にいてくれ……。」
「ただ息してるだけの私に価値なんてあるの……? 生きてるだけ無駄じゃない……?」
「俺にとっては価値がある! それに、無駄だと思うなら、無駄じゃなくせば良いんじゃないか? 無駄にした時間は取り戻せないけど、無駄だったって分かったら、もう次はしないようにしようとか、次はこうしてみようとか考えることが出来る。そしたら無駄だと思ってたことが学びになって価値が生まれる……と、俺は思う……んだけど……。」
ヤバイ、勢いでメチャクチャ偉そうなことを言ってしまった……。
花は黙っちゃったし……。
「す、すまん……会社に飼われてる社畜の分際でペラペラと……。」
とりあえず抱き締めていた
花を解放して平謝り。
「そ、そうだ! 俺なんかより先生に……神宮寺先生に話を聞いてもらった方がいいかもしれない。前に話したと思うが、先生にはチームを組む前からお世話になっていて、話を聞いてもらうと心が落ち着くんだ……。だから
花も……!!」
これは名案だと思ったのだが、
花はフルフルと首を横に振った。
「いい……。」
「えっ、で、でも……」
「いいの……私は……」
「私は……独歩くんが隣にいてくれたら……それだけで。」
「お、俺……⁉️」
「うん……。」
花は頷くと、俺の手を握ってしなだれかかるように俺の肩にコテンと頭を乗せた。
“隣にいてくれ”ってさっき俺も言ったけど、こう……言われてみると、たしかに本当に隣にいるだけでいいのか不安になるな……。
「な、なぁ……本当に隣にいるだけでいいのか? な、何かしてほしいこととか……。」
「さっき私に息してるだけでいいって言った……。」
「天使を通り越して女神の域に達してる
花と30手前の中年社畜男の俺とじゃ価値が違うんだ!」
「えー……。」
理不尽だと自分でも思う。
でも実際そうじゃないか?
息してるだけの俺とか地球温暖化が問題になってる昨今において貴重な酸素を吸って二酸化炭素を吐き出すだけで価値ないどころか寧ろマイナス……あれ、俺の生きてる意味って一体……?
そこまで考えたところで、俺のネガティブ思考を察したのか
花が口を開いた。
「独歩くんが何かしないと不安なら……」
「さっきみたいにギューってして?」
「何だそれ可愛すぎかよ……。」
「もう、自分で言ってて恥ずかしいんだから……。」
「す、すまん……。でも、そんなことでいいのか……?」
「そんなことが、いいんだよ?」
「わ、分かった! じゃあ……ぎゅ、ギュー……!!」
なんとなくそう声に出して再び
花を抱き締めた。
いい歳したオッサンが何してんだ……でもこれで
花が癒されてくれるなら……いや、これ癒されてるの俺の方なのでは……?
「頭なでなでもしてほしい……。」
「
花がしてほしいならなんだってしてやる! なでなで……。」
あぁ、
花の髪サラサラだしなんか良い匂いがする……。
これこのまま顔埋めて嗅いだらアウトだろうか……。
変態っぽい……が、一応俺は
花の恋人なんだからセーフなのでは……?
「独歩くん。」
「ハッ! すみませんすみませんすみません!! 変態みたいなこと考えてすみません!!!!」
「えぇ、何考えてたの……?」
「いや、あの、ほんと……すみません……。」
手つきに厭らしさが出て下心がバレたのかと思って必死に謝ったが、どうやら違ったらしい。
恥ずかしすぎて穴があったら入りたい……今から掘るか……。
「ねぇ、独歩くん。」
「は、はい……。」
ゴチャゴチャ考えていると再び名前を呼ばれたので向き合う。
だがそれから沈黙が流れ、しばらく見つめあう時間が続いた。
(こ、これはキスしてほしいってことでいいのか……?)
恋人同士が見つめあったらそうなるのが自然の摂理……だよな?
多分合ってるはず……。
いや、この際合ってなくてもいい! 俺がしたい!!
「
花……!!」
名前を呼んで距離を詰め、肩に手を置き顔を近付ける。
もう少しのところで目を瞑り、そして柔らかな感触が……
……来ない。
え? あれ? んん??
鼻は完全に0距離なのに唇に辿り着けない。
どうにも届かないので恐る恐る目蓋を上げると、
花の顔がどアップで飛び込んできた。
いや近っ! そりゃキスしようとしてたんだから当然だが……。
「あの~……
花さん……?」
「そのまま。動かないで。」
「も、もしかして俺の口が臭いのか……?」
「違うよ。ちょっとね、鼻チューがしてみたくて……。」
「はな……ちゅう……?」
「だからもうちょっとじっとしてて?」
そう言われたのでじっと耐える。
鼻と鼻が触れあっているのに唇には届かない。
何なんだこれは……新手の拷問か……?
でもなんだか凄く満ち足りた気持ちになる……。
「あ……れ……?」
気が付くと、俺の頬を一筋の雫がつたっていた。
「え? あれ? 何だこれ……俺、本当に壊れた……?」
驚いて思わず身を引く。
泣くことなんかないはずなのにどうして……。
そしてふと
花の方を見ると、
花も微笑みながら涙を流していた。
あぁ、
花も壊れてしまったのか。
でも2人で壊れるならいいか……。
そう思っていると、
花が口を開いた。
「前にね、テレビで見たの。鼻チューは凄い幸福感をもたらすんだって。」
「そう、だったのか……。」
「うん。だからね、私も恋人が出来たらしてみたいなって思ってたんだ。」
「凄かったな……。」
「うん……。ねぇ、もう1回してもいい?」
「あぁ、いいよ。飽きるまでしよう。」
それからまた鼻先を触れ合わせる。
あぁ、この込み上げてくるものが幸せなのか。
こうしていると自然と笑みが溢れる。
……いや、でも……。
「な、なぁ……。」
「ん?」
「ちゃっとだけ……ちょっとだけでいいから……さ、その……口に……!?」
言い終える前に願いは叶った。
唇と唇が軽く触れるだけのキスだったけれど、イタズラっぽく笑う彼女がどうしようもなく愛しくて。
込み上げる感情を抑えきれず、再びギュッと抱き締める。
「俺、本当に
花のこと大好きだ……!!」
「私も、独歩くんのこと大好き!」
呼応するように、
花も俺を強く抱き締めてくれた。
「あ~、ずっとこうしてたい……。」
「私も……でも独歩くんお風呂は……?」
「えっ!? お、俺……臭い、か……?」
「ううん、入りたいかなって思っただけ。」
「……明日、明日入る!」
「そう?」
「うん。だから、今は
花とこうしてたい……。」
「……うん。」
今はどうしようもなく離れがたい。
この温もりを逃したくない……。
ずっと、一緒にいたい……。
気が付いたら夜が明けていた。
どうやらあのままソファーで寝入ったらしい。
腕の中には
花……がいない……!!
急いで辺りを見渡すと、キッチンに立っている
花の姿があった。
「あ、独歩くんおはよ~。」
「お、おはよ……。」
昨日のことが嘘みたいににこやか……に見える。
もしかして昨日のは夢……?
「昨日はごめんね。」
「え!? いや、全然!!」
「今コーヒー淹れてるからもうちょっと待っててね。」
「わ、分かった……。」
昨日はごめんってことは、夢じゃなかったんだよな……?
なんかもう吹っ切れてそうだったけど……。
でも寝ぼけ眼で見ただけだしちゃんと確認せねば……。
とにかく目を覚ますために顔を洗おうと洗面所へ向かう。
顔を洗って戻るとまだ
花はコーヒーを淹れていてこちらに背を向けていたので、とりあえずダイニングチェアに腰掛けた。
コーヒーの香りが鼻孔をくすぐる。
花の家に泊まると、いつも朝にコーヒーを淹れてくれる。
至福の一時のはずなのに、今日は緊張感が凄い。
花は今、どんな表情でコーヒーを淹れているんだろう。
コーヒー関連のことで悩んでたけど、淹れてるってことはもう大丈夫ってことなのか……?
いや、もしかしたら無理して前を向こうとしてるのかもしれない。
吹っ切れてるなら良いけど、もしそうじゃなかったら……?
花の力になりたいけど、俺は一体どうしたら……
「お待たせしました~!」
考え込んで頭を抱えていると、コーヒーを入れ終えた
花がこちらへ歩み寄っていた。
「はい、どうぞ。」
「あ、あぁ、ありが……ってえぇっ!?」
一先ずお礼を……と思ったのだが、テーブルの上に差し出されたコーヒーの形状に思わず驚嘆の声を上げてしまった。
「何か凄いモコモコしてるんだが……!?」
「3Dラテアートだよ!」
「3D……ラテアート……!?」
お、俺が思ってたラテアートと違う……!!
いつの間にこんなに進化したんだ……!?
それにこの形どこかで……
「これ、もしかしてエケベリアか……!?」
「名前うろ覚えなんだけど……独歩くんが育ててるって写真見せてくれた多肉植物のつもりだよ。」
「分かる……分かるぞ……!! え、凄くないか……!?」
ラテアートの技術は勿論、自分が話した何気ないことを覚えていてくれているんだという喜びも相まって妙に高揚する。
「なぁ、これ写真撮って……あっ……。」
言ってから青ざめる。
昨日写真だけ撮って帰った客のことで傷付いてるって聞いたばかりなのに『写真撮っていいか?』ってどんだけ無神経なんだ……!!
「す、すまん! あっ、あの……本当に……!!」
あぁ、終わった……俺のせい俺のせい俺のせい……。
そう思っていたのだが、以外にも
花は可笑しそうに笑って言った。
「独歩くんはちゃんと飲んでくれるって分かってるからいいよ。」
「勿論飲む! 全部飲む!! 飲み尽くす!!!!」
「あ、慌てなくていいからね! 熱いし2人でゆっくり飲もう?」
「わ、分かった……!!」
花はもしかしたら聖母なのかもしれない。
そんな感慨に耽りながらコーヒーを一口。
「あぁ、やっぱり
花の淹れたコーヒーは美味いな。」
この味を知らずに写真だけ撮って帰るなんて勿体ない……。
言おうとしたが飲み込んだ。
流石に同じ轍は踏まん……!!
「……あのね、独歩くん。」
「ん? どうした?」
ふと顔をあげると、真剣な眼差しの
花。
緊張感が走る。
「あのね……私……」
「う、うん……。」
「私ね……お店でラテアート出すの、止めることにした!」
「えっ……!?」
あまりにも方向転換が過ぎるので驚く。
「い、いいのか? そんなアッサリ……。」
「アッサリじゃないよ! 失礼だなぁ。」
「す、すまん……。」
「ふふっ、うーそ♡」
くっ、可愛い……!!
しかし何か嫌な既視感が……。
そうだ、あのクソジャリがいるチームの小説家がたしかよくウソウソ言っていたような……。
まさか知り合いじゃないよな……?
口癖が移るほど親しい間柄な訳じゃないよな……!?
「独歩くんのおかげだよ。」
「えっ……?」
花の言葉で我に返る。
「無駄を無駄じゃなくせば良い、無駄を学びにして価値にすれば良いって。」
うぅ、改めて聞くと本当に何を偉そうにご高説垂れてるんだ俺は……!!
「私、ラテアートを取り入れるの止めちゃったら、準備した時間全部無駄になっちゃうって思ってた。でも、この時間を学びに変えられたら無駄じゃなくなる……。そのことに気付けたから、止めるって選択肢に向き合えた。」
「で、でも本当に良いのか……?」
「別にもう一生やらないって訳じゃないよ? 一旦取り入れるのを止めて、もっと他にやれらることを考えてみようと思うんだ。」
「そ、そうか……。」
「うん!」
そう言って笑った
花の顔は、俺の好きな心からの笑顔だった。
「それにね、さっき独歩くんにラテアート見てもらって、私がラテアートに向き合った時間は無駄じゃなかったって思えたよ。」
「え?」
「だって、あんなに興奮ぎみな独歩くんが見れたんだもん!」
「そ、そんなに興奮してるように見えたか……?」
「私にはそう見えたんだけど……違った?」
「いや、違わない……けど、改めて指摘されるとなんか恥ずかしいというか照れるというか……。」
なんだか妙にこそばゆくて口元を手で隠す。
そんな俺を見て、
花はクスクスと笑った。
「こんなに可愛い独歩くんが見れるなら、無駄なことなんて何一つないよ!」
「か、可愛いって……!! 言っておくが、
花の方が100億倍は可愛いからな!?」
「ラテアートは暫く独歩くんにだけ出そうかな……恋人特権で。」
「な、流された……いや、でも恋人特権は悪くない……。」
「ふふっ、独歩くん大好き。」
「えっ!? あっ、お、俺も!
花のこと大好き……です。」
なんだこれは……休日なだけで最高なのにこれ以上幸せになって良いのか……?
朝からこんなに甘くて……溶けてしまいそうだ。
「あの、
花さん……。」
「なんですか独歩さん?」
「今、とてつもなくあなたを抱き締めたいのですが……宜しいでしょうか……?」
過ぎた願いを口にした。
けれど、
花は優しい。
スッと立ち上がると、俺のところまでやって来てくれる。
そして……
「はい、どうぞ!」
両手を広げて受け入れてくれる。
誘われるままに腕を伸ばした。
「あぁ、幸せだ……。」
「私も……幸せ。」
見詰めあい、微笑みあう。
「ねぇ、独歩くんは何したい?」
「ずっとこうしてたい……。」
「それはそうなんだけど……私は一緒にご飯作ったりしたいな。」
「たしかに腹は減るな……。」
「何作ろっか?」
「そうだな……」
こうして他愛もない話をする時間が愛おしい。
こんな時、俺はいつも思うのだ。
(あぁ……)
(明日も会社に行きたくない……。)