第一部「安易なる選択−The Villain's Journey−」/第二章:New Moon(1)「俺は山田一郎。『Neo Tokyo
千代田区』の『九段』地区の自警団
だった『英霊顕彰会』の幹部だ。……ま、幹部ってっても、下の方だがな。得意技は死霊術系の『魔法』だ」
俺は「仲間」達に、そう自己紹介をした。
「そう云う意味でも、俺は、あんたとは同志だな……。俺は行徳清太郎。お察しの通り、俺は、久留米の『安徳グループ』の
跡継ぎ
だった。俺の『組』も、あんたの組織と同じく……『護国軍鬼4号鬼』とその仲間に潰された」
続いてヤクザの若旦那。
「正確には……何故か久留米に攻め込んで来た広島の『神政会』と久留米の『御当地ヒーロー』達の戦いの余波で『組』が、ほぼ全滅しちゃったんです……」
「うるせえぞ、源田」
「でも、『組』の内紛で、武闘派の系列組織が粛清されてなけりゃ、あん時、まだ状況はマシだった筈……」
「だから、余計な事、言うんじゃねえ、源田」
「あ、源田
武です。こちらの『若』の元護衛です。ところで……山田さん、『死霊術系の魔法』って具体的には……?」
そう訊いたのは、世にもトホホな「使うと寿命を縮める能力」のおっさん。
「すまねえ。実は一番得意なのは……呪殺だ」
「それ、凄くないですか?」
「準備に時間がかかる上に……一般人ならともかく、
同業者を
呪殺のは、簡単じゃねえんだ」
「あ……」
「ビミョ〜な能力なのは、自分でも判ってるよ。とは言え、『魔法使い』として基本的な事は出来る。他のヤツが『魔法使い』かを見抜くとか、『魔法』や『超能力』を使ったヤツが居たら、それを感知出来る」
「
吐前修司。精神操作能力者です」
次は精神操作能力者のおっさん。
「魔法結社『S∵Q∵U∵I∵D∵』の元
総帥です。魔術師名は……」
「ややこしいから『教祖サマ』でいい?」
「結構です……」
「凄いんですか、この人?」
源田のおっさんが、そう訊いてきた。
「やれば出来る子なんだけどさ……」
「自信喪失中で……鬱が軽くなった時しか、力を巧く使えないんです……」
「どいつも、こいつも……」
「ああ、ビミョ〜だ。俺や若旦那を含めてな……」
自己紹介が終ってないのは、ビミョ〜どころじゃなくて完全に駄目な奴。
「あ……色々と言いたい事が有る奴も居るだろうが……こいつは『クリムゾン・サンシャイン』で良いか?」
一番使えねえデブを指差して、そう言った瞬間……ヒーロー・オタク崩れの源田のおっさんの表情が……まぁ、その、何だ……。
「思う所が有る奴は、単なる記号だと考えてくれ。『正義の味方』どもが使ってるコードネームと同じだ」
「そうだ、俺は……」
「待て、一つだけ約束してくれ」
「何だ?」
「これから、何が起きても……あんたは、あんたのままでいてくれ。別に凄い能力なんて無くてもいい。ここを仕切ってる連中とは違う、本当の『正義の味方』のままで」
「クリムゾン・サンシャイン」の目が輝いた……。
完全に向こうの世界に逝ってしまったゴニョゴニョ野郎に特有の目の輝きだった。
(2)「ところでさ、ここから抜け出した後は、どうすんだ?」
そう言い出したのは、ヤクザの若旦那。
「何だったら、ウチの組の再建を手伝ってもらえるか? もう、既に昔の手下なんかに声をかけてる」
「悪くないが……どうやって、その『昔の手下』に連絡を取ったんだ?」
「そりゃ、もちろん、これを使って……」
ヤクザの若旦那は……。
……。
…………。
「おい……まさか……それ使ったのか?」
「ああ」
この阿呆の右手の指は……左手に持った携帯端末を指差していた。
私物じゃない。「正義の味方」どもから……連絡用&ここでの「社会復帰訓練」用に渡されたモノだ。
「あれ? みんな……どうした?」
「それで……連絡取った奴以外に心当りが有る仲間や手下は居るか?」
「いや、だから、心当りが有るのには、全部、連絡取った」
「その端末でか?」
「そう言ってるだろ」
源田のおっさんは……絶望したように天を仰ぎ……「クリムゾン・サンシャイン」も、自分がこの中で一番阿呆である事を棚に上げて、ヤクザの若旦那を阿呆を見る目で凝視め……吐前のおっさんは頭を抱え……。
そして、「教祖サマ」は……。
「おい……やめろ」
「えっ?」
「今、何をやろうとした?」
「い……いえ……行徳さんのお友達の方々は……既に『正義の味方』達の監視下に置かれててマトモに動けない可能性が高いので……僕が手助けを呼ぼうと……」
「あの……何やろうとしてたの、この『教祖サマ』?」
「同じ『魔法使い』でも……流派が違うんで、詳細までは判んないが……ヤバい招喚呪文を使おうとしてたっぽい……」
「いえ……我々の流派では、一般に『招喚』と呼ばれてるモノは……『招喚』と『喚起』に分けられて……僕が今やろうとしたのは『喚起』の方で……その……」
「あのさ……俺、西洋魔術の事は良く知らないけど……マトモなモノを呼び出すのが『招喚』で、強力だけどマズい代物を呼び出すのが『喚起』じゃなかったけ?」
「ええ……僕の『神』は他の同業者の方からすると『マズい代物』である事は自覚して……」
「やめろ。やめて。お願いですやめて下さい。計画の詳細が決まるまで『魔法』は一切使わないでくれ」
「大丈夫です。僕の今の状態では……」
「ロクデモねえモノを呼び出す魔法が失敗したら洒落にならんわ」
「あ……いや……言われてみれば、そうですね……」
「あんた、葉っぱでも吸って、気持ちを落ち着けてくれ」
「は……はい……。あ……行徳さん……僕の今日の分の……もう無くなってんで、残りが有ったら貸してもらえますか?」
「明日分をもらった後に2本にして返せよ。それはそうと……何で、俺の仲間が奴らの監視下に置かれてるなんて言い出したんだ? 魔法ってのは、そんな事も判るモノなのか?」
次の瞬間、ヤクザの若旦那を除く全員が首を横に振る。
「い……いや……どう云う事だよ?」
「あんたが……仲間と連絡を取るのに使った端末……誰から渡された?」
「そりゃ……もちろん……『正義の味方』どもから……えっと……あの……まさか……あああああッ? 何だと? おいッ‼『正義の味方』を名乗ってる奴らが……この端末の操作内容を、全部、こっそり監視するなんて卑怯な真似をやってたのかッ⁈」
「阿呆かッ⁈ 普通やるに決ってるだろッ‼」
(3)「念の為、確認するが……吐前のおっさん、あんたの能力ってさ、相手の『思い込み』や『先入観』に反するような『精神操作』は失敗する確率が高くて、そうじゃない『精神操作』は簡単に出来る。例えば……『ここは安全な場所だ』と思ってる奴に『しばらく、ここに居ろ』と云う『精神操作』をやる場合は簡単に成功するが、『ここは危険な場所だ』と思ってる奴に同じ『精神操作』をやったら失敗の確率はダダ上がりする。そんな感じじゃないのか?」
「え……ええ。そうですが……」
「なら、まず、俺が後でリストアップする奴に『精神操作』をやってくれ。なるべく決行の日の晩飯の時か風呂場でな。どんな『精神操作』かはリストを渡す時に説明する」
俺は気を取り直して、プランを解説した。
「え? でも……『正義の味方』どもに『精神操作』は効くのか?」
とんでもねえ「やらかし」をやりやがった事が判明したヤクザの若旦那が、そう聞いた。
「多分、効かねえ。それも、戦闘能力を持ってる奴だけじゃなくて、後方支援の非戦闘員さえもな」
「じゃあ、意味ねえだろ……」
「いや、『精神操作』が効く奴らが、ここに居るだろ」
「誰?」
「あの……まさか……その……」
その時、源田のおっさんが俺の意図に気付いたようだった。
「俺達は悪党だ。心を鬼にしろ」
「そ……それでも……」
「だ・か・ら、心を鬼にしろ」
「何をやるつもりなんだ?」
「で、若旦那に『教祖サマ』に『クリムゾン・サンシャイン』。明日、売店でテイッシュを各1箱か2箱買ってくれ。俺を含めた残りの3人は、ガムテープかセロテープを怪しまれない範囲内でなるべく多く買う。いいな?」
「何で、俺達3人がテイッシュを買わないといけないんだ?」
「怪しまれないからだ」
「何で?」
「『何で』って何がだ?」
「だから、何でティッシュ?」
「俺達6人の中で、若い順番に3人選んだの。若い奴だったら、ティッシュを2箱ぐらい買っても、怪しまれねえだろ」
「いや、質問に答えてくれ、何でティッシュ?」
「あのな……あんた、『オ○ニー』の意味を知ってるのに、知らないフリしてる小学校高学年の子供か?」
「いや……『オ○ニー』に使うように見せ掛けようとしてんのは判るよ。判らねえのは、本当の使い道だよ」
ああ、そう云う意味か……。
「だから、俺達の体に印刷されたマイクロマシン・タトゥーを焼いた後の消毒とガーゼ代りに使うんだよ」
「やっぱり……焼かないと駄目?」
「あれを何とかしないと……俺達の居場所が『正義の味方』どもに丸判りだろうがッ‼」
(4)「俺の前に座るんじゃねえ」
「あの……私……その……」
「おっさん、あんた自分がどんだけ口が臭いか、判ってねえのか? 歯医者に行って診てもらえ」
「は……はぁ……」
昼食の時間、俺は吐前のおっさんにそう言いながらメモを渡した。
「とうとう今晩か……」
そう言ったのはヤクザの若旦那。
「おかしくなりそうだ……。何だ、あの『精神操作能力への対抗訓練』ってのは? 完全に……」
「ああ、だから、警察は役立たずになったんだ」
「へっ?」
「縦割りで体育会系の組織に適応した人間ほど、洗脳や暗示にかかり易い。『精神操作』系の特異能力にもだ。あの『精神操作能力への対抗訓練』ってのは、受けた人間を、縦割りで体育会系の組織に向かない奴に作り変える事でも有る」
「お……おい、それじゃ……」
「ああ、だから、警察とか軍隊とかは、精神操作されにくい人間を増やせば増やすほど組織がガタガタになり……結果的に『正義の味方』どもに治安を任せるしかない世の中になったんだ」
世界で最初に存在が表沙汰になった「特異能力者」は「精神操作能力者」であり、あるテロ組織の一員だ……と云う事になっている。ただし「あるテロ組織の一員だ」ってのは、あくまで、当時のアメリカ政府の発表では……だが。
けど、奴らは、奴ら自身の意図せぬ所で、世界を大きく……そして後戻り不可能な姿に変えてしまった。
縦割りの組織は、政府機関であれ、警察や軍隊であれ、犯罪組織やテロ組織であれ時代遅れになり……そんな組織に適応した構成員であればあるど「精神操作」系の特異能力者に付け入られ易くなる。しかし、「精神操作」系の特異能力者への何らかの対抗策を取らざるを得ない。
例えば、あの「NEO TOKYOの最も長い夜」事件の後……「九段」地区のあちこちに転がっていた「対異能力犯罪広域警察」の最精鋭部隊「白き騎士」達の死体を調べると……その脳味噌が……いや、あれは流石に思い出したくねえ。
一方で、特異能力者、特に精神操作能力者の存在と、その対抗策が判った後に、一から「組織」を作り上げた「正義の味方」どもは、警察・軍隊・その他政府機関・昔から有る犯罪組織・テロ組織に比べて、遥かに有利なスタートを切る事が出来た。
本当かどうか判らないが……「正義の味方」どもの「組織」の実態が外部から全く判らないのも「『組織』のように機能しながら、古い考えの人間からすると、到底『組織』とは呼べない代物」だからだ、って噂が有る。
警察だろうが、「悪の組織」のメンバーだろうが、ジャーナリストだろうが、「正義の味方」どもの「組織」を探ろうとすればすると、経験豊富なヤツほど、それまでの「経験」が全く役に立たない事を思い知らされる羽目になる……らしい。
「縦割りで体育会系の組織に適応出来ない人間」が大半を占めながら「組織として機能するモノ」を作り上げようとした結果……「悪の組織」や「商売敵」には理解不能で、それまでに蓄積したノウハウでは対抗策を編み出す事が困難な「組織」が生まれた……そうだ。誰が言ってた話かは忘れたが。多分、ネットで見た動画か何かで社会学者だか誰かが言ってた事だろう。
「あ……あの……この人達って……その……」
俺と背中合わせの席に移動した吐前のおっさんが困惑した声。
「ああ、そいつら全員じゃなくてもいい。1人でも多くの奴に、そのメモに書かれている事をやれ。そうすれば……騷ぎが起きる筈だ」
「で……でも……」
「俺達は悪党だ。心を鬼にしろ。残念だが、それしか……『正義の味方』どもを出し抜ける手を思い付けなかった」
多分……この世界のルールは変ってしまった。
ルール1「悪の生態系では、悪どい奴ほど『上位捕食者』になれる」。
ルール2「正義の生態系では、悪の生態系に過剰適応した奴ほど自滅していく」。
ルール3「悪の生態系は、遅かれ早かれ、正義の生態系に駆逐される。これに関しては逆転のチャンスは、ほぼ0だ」。
ならば……俺達みたいな「悪」としてしか生きられねえ奴らは、どうすべきか?
正義に駆逐される最後の悪になるしかねえ。
俺は、そんな「ちょっと頭が良くてオタクっぽい中学生」みてえな事を考えながら、食い終った昼食の食器を返しに行き……。
丁度いい。
この「社会復帰訓練」が行なわれてる場所は韓国の釜山だ。
韓国式の長めの金属の箸を一本、俺は懐に隠した。
(5)『緊急事態発生。特に指示を受けた方以外は、ドアに鍵をかけて、部屋から出ないで下さい。火事や有毒ガスや重大な心霊現象・魔法災害の発生は確認されていません。落ち着いた行動をお願いします』
夕食と風呂の時間が終り数時間後……施設内に音声放送が鳴る。
「始まったな……。行くぞ」
「いいんですか、これ?」
同室の源田のおっさんが、俺に、そう訊いた。
「何がだ?」
「い……いや、だって……」
「いずれ鎮圧されるさ。でも、その隙に逃げ出す」
「だから……」
「俺達は悪党だ。心を鬼にしろ」
俺と源田のおっさんは、放送に従わず、部屋から出て……。
時折、誰かの叫びや、ガラスか何かが割れる音が聞こえる。
ここでは、「正義の味方」と元「悪党」の両方が講習を受けている。
どうやら、「正義の味方」向けの「新人研修」と元「悪党」向けの「社会復帰訓練」は、色々と「共通科目」が有ったらしい。
そして、ここは、人類史上有数のディストピア的な「刑務所」と化した。
看守と囚人が入り混じり、誰が看守で誰が囚人かは、看守の側は知ってるが、囚人の側は知らない、恐るべき「刑務所」だ。
そして、吐前のおっさんの「精神操作能力」は……「囚人」の中には効く奴も居るが、「看守」にはほぼ効かないだろう。
俺は、どうやら「囚人」である確率が高い奴をリストアップし……更に、吐前のおっさんが「精神操作能力」を使った場合に、検知・無効化・「呪詛返し」なんかが出来るであろう「魔法使い」「超能力者」っぽい「気」の持ち主を除外し……。
そいつらに対して、片っ端から、2つの「精神操作」をかけてもらった。
1つは「不安や恐怖を増大させる」。もう1つは「『自分は、今、少しも感情的でなく、冷静で理性的だ』と思い込ませる」。
そこに、俺達「悪党」が無意識の内に持ってる「『正義の味方』なんて甘ちゃんで、俺達『悪党』の方が『現実的』だ」って思い込みが加わると何が起きるか?
……言うまでもねえ……。
「うきゃあああッ‼ 死にやがれ〜ッ‼ こん畜生があああッ‼」
そうだ、俺に殴りかかってきた、この男みたいに……えっ?
ドゴオッ‼
「うげええええッ‼」
「はぁ、はぁ、はぁ……何、ぼおッとしてんですか?」
源田のおっさんが、「一時的に身体能力を上げる」能力を使って、俺に殴りかかってきた男の鳩尾に思いっ切り前蹴りを叩き込んだ。
ほぼ不意打ちに近かったのと、急所に命中したのと、源田のおっさんの能力のお蔭で、急に殴りかかってきた男は、床に倒れ、ゲロを撒き散らしながら、苦しみもがいていた。
「えっ? えっ? えっ? えっ? あ〜、おい、おっさん、大丈夫かッ?」
このおっさんの能力は……「世にもトホホな使うと寿命を削る能力」。「一時的に身体能力を上げる」能力を使うと、あっと言う間に、気を失なうレベルの高血圧・低血糖になっちまうらしい。
「一瞬でしたから、大丈夫です。でも……これ……」
まずい……。いきなり……目論見がビミョ〜に外れた。
「恐怖や不安に駆られながら、自分は理性的だと思ってる」暴徒どもは……まさか、あれか……「ブチのめせるなら、誰でも良かった」状態になってんのか?
「やっぱ……罰が当たったんですよ……。同じ悪党を踏み台にして、私達だけここから逃げようなんて、どう考えても間違ってますよ」
「な……なに……言ってんだよ。……お……俺達は……あ……悪党だぞ……。心を……お……お……鬼にするんだ……。同じ悪党を踏み躙ってでも……」
うわあああ……「魔法使い」の基礎訓練として、自分の心を制御出来るようになってる筈なのに……呂律が回ってないのが自分でも判る……。
「あの……一緒にここから脱出する筈のメンバーの誰かも踏み躙るつもりじゃないでしょうね?」
「い……いや……それは……。あのなぁ……あの『若』には、コネが有る。あんた含めた他の奴は、ショボいが何かの能力を持ってる。使い潰そうなんて、不合理に決ってるだろ」
(6) 当初の予定では、この辺りで「悪党になっちゃいけない理由は判るか? もっと悪どい悪党にいいように利用されるからだよ」とか気障なセリフでも言って、暗黒微笑ってヤツでも浮かべる筈だった。
「最高のプランだったな、おい……」
集合場所になってる1階のロビーには、他の3人が既に来ていた。
ヤクザの若旦那は上半身裸で「河童」形態。どうやら、甲羅その他のお蔭で、多少は防御力が上がるらしい。
「クリムゾン・サンシャイン」は、服があちこち破れ、生傷と痣だらけ。
吐前のおっさんは……マズい……「気」が低下してる。
「おい……おっさん……まさか……」
「は……はい……私の精神操作のせいで暴れ回ってる奴に襲われそうになって……あなたが私に確認した事そのまんまですよ。頭に血が昇って暴れ回ってる人を『精神操作』で鎮圧しようとすると……」
例えば……ある「思い込み」を持ってる奴に、その「思い込み」に反する「精神操作」を行なうと成功率は下がり、逆に「思い込み」に沿った「精神操作」をやると成功率は上がる。
では、自分でも制御出来なくなってる恐怖や不安に取り憑かれてるのに、自分は冷静で理性的だと思い込んでるヤツに「落ち着け」って「精神操作操作」をやれば……マズい……「自分は冷静だ」って思い込みが強まったまま、恐怖や不安に駆られて暴れ続けるだけだ。
最悪は、力づくの「精神操作」で気絶させる位しか方法は無いが……強力な精神操作は……「気」を消費してしまう。
「予定なんて狂うモノだ。おい、全員、上半身裸になれ。若旦那は人間の姿に戻れ。タトゥーを焼くぞ」
「やっぱりやるのか……」
「正義の味方」どもは、俺達の背中に、ある「タトゥー」を「印刷」しやがった。
その「タトゥー」に使われてる「インク」の正体は……ナノ・マシンと言えるほど小さくは無いが「マイクロ・マシン」程度には小さい小型機械。
俺達の体の毛細血管から、体に重大な影響が無い程度に栄養分を横取りし、それをエネルギー源にしてGPS機能付の発信機としての役割を果たす。
つまり、ここから逃げても……俺達の居場所は「正義の味方」どもに筒抜けだ。
「若旦那、ライターのオイルの換えは?」
「ここに有る」
「吐前のおっさん、消毒液代りの酒は?」
「持って来ました」
「ガーゼ代りのティッシュと、包帯代りのテープも揃ってるな……。おい、若旦那に『教祖サマ』。ライター……ん?」
「居ねえぞ……まだ……『教祖サマ』が来てねえ……」
「仕方ねえ……誰か、『正義の味方』どもから支給された端末を立ち上げろ」
「はいよ……あれ……?」
若旦那が立ち上げた端末で、「教祖サマ」の位置を確認。
いや、これがどこまで信用出来るかは不明だが……今は手掛かりがこれした……。あ……マズい。
「おい……『教祖サマ』の周囲に居るヤツが誰か確認してくれ」
「わ……判った」
若旦那が端末を操作すると……端末の画面に次々と名前が表示される。
「教祖サマ」は……何人かの連中に取り囲まれ……そして……そこに更に何人かの連中が向かっていた。
「教祖サマ」を取り囲んでいるのは……1人残らず吐前のおっさんに渡したメモに、俺が名前を書いた「精神操作」対象。
その場に向かってる連中は……「正義の味方」の可能性が高い連中。
「何が……起きてんだ……?」
「悪い予感しかしねえな……こりゃ……」
「どんな『予感』だ?」
「リンチだ」
「はぁ?」
「ここでは、今、多くの『悪党』どもが……『殺せるなら誰でも良かった』状態の暴徒になってる……。そして……『殺せるなら誰でも良かった』状態だからこそ、狙うのは……リスクなしに殺せそうな……」
「お……おい……」
「ああ……『教祖サマ』は、今、自信喪失状態だ。つまり……」
タガの外れた「いじめっ子」が狙うのは……ほんのちょっとした事で、おどおどした状態になる奴だ……。そう説明しようとした瞬間、俺の背中を冷たいモノが走った。
とんでもなく膨大で、とんでもなく禍々しい「気」。
その発生源は……端末の画面に表示されている「教祖サマ」が居る辺りだった。
(7)「お……おい……何だ……こりゃ?」
突如として、周囲の壁も床も天井も、エロゲーにでも出てきそうな触手の塊へと変貌し始めた。
「来たれ、御国に身命を捧げし英霊よ」
俺は「使い魔」である死霊どもを呼び出す。
百年近く前の戦争の戦死者達の霊……要は、今は火山灰の下に埋まっている東京のあの神社は「心霊兵器として利用する為の戦死者の霊の格納施設」であり……あそこで行なわれていた「招魂祭」とは戦死者の霊を「使い魔」として呪縛する為の儀式だった。
俺の元・所属組織は、その「『使い魔』と化した戦死者の霊」を自分のモノにする事に成功したが……あの「NEO TOKYOの最も長い夜」事件で、その「死霊」どもは一気に数を減らした……。
あの晩が明けた時には、何が起きたか訳が判らなかったが、今なら何となく推測は付く。
無理矢理、「護国の鬼」にされてしまった戦死者の霊は、これまた「護国の鬼」の名を騙る装甲強化服によって「食われて」しまったのだ。
「あれ? 何で、また元に?」
俺が防御魔法を使うと、周囲の様子はまた元に戻る。
「俺の『使い魔』に俺達の周囲を護らせてる。あの変な光景は……この建物が物理的に変貌した訳じゃない。とんでもない量の『邪気』のせいで見えた幻だ」
「な……なるほど。でも……これって……その……」
「ああ、多分……『教祖サマ』が力を取り戻しやがった」
「でも……どうすんだよ?『教祖サマ』放っといて、俺達だけで逃げるか?」
「もしくは……今の『教祖サマ』なら、『正義の味方』どもを返り討ちに出来るかも知れねえ。まずは……『教祖サマ』の所まで行くぞ」
「え〜ッ?」
まずはヤクザの若旦那。
「何か嫌です」
続いて源田のおっさん。
「私も……」
同じく、吐前のおっさん。
「俺もだ……」
「おい、『クリムゾン・サンシャイン』、お前、真のヒーローじゃねえのかよッ?」
「あ〜、こんな心霊現象に対処するよりも、正義の名を騙る悪どもを倒す為にやるべき事は他にいくらでも有る。こんな些事は放っておいてだな……」
「おい、この自称『ヒーロー』、俺達の中で一番ビビってるようだな」
そう指摘したのはヤクザの若旦那。
「ビビってなどいない。俺は『正義の味方』を自称する悪党どもとは違う真のヒーローだ」
「いや、ビビってるね」
「ビビってなどいない」
「いや、どう考えてもビビってるだろ?」
「何を言ってる? 根拠の無い妄想を垂れ流すのはやめたまえ」
「はぁ? じゃあ、多数決取るか? は〜い、こいつがビビってると思う奴、手を上げろぉ〜」
「おい、若旦那、何、いい齢して、小学生の喧嘩みたいな事を言ってんだよ?」
「だって、こいつのズボン……」
「やめろ」
「見ろよ、どう見ても小便漏らし……」
「判ったから……なあ……『クリムゾン・サンシャイン』、あんた『ヒーロー』だよな。仲間が心配じゃないのかよ?」
「そうだ。俺こそが正義の為なら仲間も見捨てる真の『ヒーロー』だ」
「はぁ?」
「『正義の味方』を自称する悪党どもは切り捨てるべき愚民を切り捨てられない愚か者どもだ。俺はそんな非論理的で感情的な馬鹿どもとは違う。正義の為なら見捨てるべきは見捨てる理性的な大人の男……」
「やっぱり、こいつ、殺した方が良くありませんか?」
俺達の中で「クリムゾン・サンシャイン」を一番嫌ってるであろう源田のおっさんが、真冬の吹雪よりも冷たい口調で、そう言った。
(8)「いやだいやだいやだ……俺にはやるべき事が有るんだ。……こんな所で死ぬ訳にはいかない……。この変な幽霊から俺を解放しろ、臆病者どもめ」
「うるせ〜。臆病者はお前だろ。この自称『ヒーロー』の本当はヘタレ野郎が」
「いいや、臆病者はお前達だ。何故、勇気を出さない? 何を恐れているんだ?」
「だから、ビビりまくってるのはお前だろ?」
「いや絶対に違う」
「絶対に違わない」
「違う違う違う違違違違違うううううッ‼」
「だから、お前のどこに勇気なんてモノが有るんだよ」
「俺は、今、必死で勇気を振ってるんだ。仲間を見捨てる勇気を。お前達も勇気を振って真のヒーローになるんだッ‼」
ヤクザの若旦那と「クリムゾン・サンシャイン」の小学生みたいな口論は続いていた。
「お前達のような臆病者のせいで、生活保護受給者が増えて、穢らわしい関東難民どもが日本各地に住み着いてしまったんだ。このままでは日本の社会は破綻するぞ。その時になって、俺の言ってる事が正しかったと判っても遅……」
ドゴォッ‼
「ぐへぇッ‼」
同じ「ヒーロー・オタクの成れの果ての悪党」でも、良識に関しては、かなりマシな源田のおっちゃんが「クリムゾン・サンシャイン」の鳩尾にパンチを叩き込む。
「おい……おっちゃん……」
「大丈夫です。『能力』は使ってません。でも、ホントに、こいつ連れてく必要有るんですか?」
「ああ、こいつには、こいつで使い道が有る。あんたも納得出来る『使い道』がな」
俺達は、俺の「使い魔」である死霊どもに拘束させた「クリムゾン・サンシャイン」を連れて、どうやら「力」を取り戻したらしい「教祖様」の元に向かっていた。
「端末の表示だと……ここだな」
若旦那がそう言って指差した先に有るのは……そして、俺は、この施設の中で、一番広い「教室」のドアを開け……。
「おや……よく来てくれましたね。我が弟子達よ」
「5名が新たに入室。全員、コードV。ターゲット1は仲間だと認識している模様ですが……『使い魔』に取り憑かれている気配は有りません。精神操作を受けているかについては不明」
まずは、いつもとビミョ〜に口調が違うが、それでも「教祖サマ」だと判る声。
続いて別の誰かの声。
部屋の一番奥には「教祖サマ」と……そして……。
「な……なんだ……ありゃ……?」
「多分……人によって見え方は違うと思うけど……若旦那は何に見える?」
「エロゲーに出て来そうな触手の化物」
「あんた、その手のエロゲーなんてやるのかよ?」
「教祖サマ」の背後には……もちろん、本物じゃない……。
そもそも、アレが本当に居るかなんて知れたモノじゃないし、「教祖サマ」が見えていたと言ってた姿、聞こえてたと言ってた声も、妄想の産物だろう。
だが……その「妄想」が、行き着く所まで行った「魔法使い」は「魔力」の底上げが可能になる。
その結果、生まれるのは、傍迷惑極まりない代物……並の「魔法使い」の数倍の「魔力」を持ち、完全に社会常識を失なって、「クリムゾン・サンシャイン」よりもヤバい精神状態になってしまった「魔法使い」だ。
そして……一度は「妄想をこじらせるまでこじらせた」結果、強大な魔力を手にしたは良いが、自分より明らかに劣る「魔法使い」にボロ負けした事で自信喪失状態になっていた「教祖サマ」は……何かの拍子に……えっと、これ、正気に戻ったって言えばいいのか? それとも狂気に逆戻りしたのか?
繰り返すが……多分、本物じゃないし「本物」が実在してる保証もない。
あれは「霊体」である以上、物理的な姿なんてない。
あの姿は「教祖サマ」の「自分の神」についてのイメージと、俺が持ってるイメージの共同作業の産物だ。
ともかく、俺には、「教祖サマ」の背後に居るモノが……クトゥルフに見えた。
(9) その場に居た「正義の味方」どもは4人。
外見からすると全員二十代。一番齢上のヤツでも二十代後半だろう。
男3人に女が1人。
服装はバラバラだが……一見動き易そうで露出が少ない普段着に見えるモノを着てる点では共通している。
そうだ。どいつが着てるのも、結構腕のいい「魔法使い」が「防御魔法」をかけてる服だ。それも「隠形」と「防御」の両方。
他の奴の「魔法」から着てる奴を護るだけじゃない。
着てる奴の「気配」を隠す効力が有る。
「気」を認識えにくいので、呪詛系の「魔法」……俗に「気弾」と呼ばれてる昔の漫画の「かめはめ波」と混同されやすいアレも含めて……をかけるのには一苦労だろう。
そして、「気」「魔力」の量だけじゃなくて、腕前・流派・得意分野その他の普通なら「気」の「パターン」から推測出来るモノも読み取りにくくなっている。
とは言え……。
鎌型短剣を持ってる細マッチョの男と、空手やテコンドーに似てるがどこか微妙な違和感を感じる構えをしてる女は……通常の「魔法使い」じゃなくて「降魔武術」系の使い手だろう。
スキンヘッドの男の手に有るのは……日本の日蓮宗の加持祈祷で使う「木剣」と云う法具。
ポニーテールの大男は、手の印の組み方からして……密教系か修験道系だろうが……何か変だ。巧く言葉に出来ない微妙な違和感が有る。ひょっとしたら我流で「魔法使い」になった奴か、生まれ付き「魔法」系の能力が使える「超能力者」かも知れねえ。
「判っている筈だ。君達程度の力と腕前では、僕と我が神が本気を出せば、一瞬で、肉体的な死を迎えるのみならず、魂までも消滅する」
「おい。あんたら……こいつとどんな関係か知らんが、死にたくなけりゃ離れた所で大人しくしてろ」
リーダー格らしい女が、「教祖サマ」のありがたい御託宣を無視して、俺達にそう告げる。
「あ〜、奴らもそう言ってるんで、俺達はだな……」
ボゴォッ‼
またしても逃亡を提案する「クリムゾン・サンシャイン」に、源田のおっさんがまたしても肉体言語で反論する。
「我が4人の同志よ。なるほど、この建物を我々が乗っ取った後に、我が『S∵Q∵U∵I∵D∵』の新しい本部とする為の聖別の儀式の生贄は、彼と云う訳だな。だが、その痴れ者は生贄として問題が有るぞ」
「えっと……4人って、どう云う事? 俺達、5人だよな? あの……その……俺の使い道って……まさか……その……えっと?」
「生贄は殺す際に罪悪感を感じてこそ意味が有る。その男を殺すより、近くのペットショップで適当な可愛い動物でも買って来た方が……」
「えっと……俺、生きてられるの?」
「はあっ?『教祖サマ』の思い通りになったら、死んだ方がマシな事態になるぞ」
「えっ……と?」
「一応は、あの『教祖サマ』の『魔法』は『旧支配者』系だぞ」
「えっ?」
「その……えっと」
「あ〜、オタ用語は良く判んねえ」
「『教祖サマ』が言ってた『クトゥルフ』って……確か、ファンシー系の店で売ってたヌイグルミにそんな名前のが……」
なるほど……「魔法使い」とオタク以外に「旧支配者」って言っても何の事か判んないのか。
残念な意思疎通の失敗だ。
俺は今まで「教祖サマ」の「魔法」が「魔法使い」の基準からしても色々と剣呑くて危険いモノだって前提で説明してきたつもりだが……「魔法」の知識が無い他の連中は、その前提を共有してなかった。
「さて……とりあえず、我が『S∵Q∵U∵I∵D∵』再建の為の打ち合わせは、ここに居る哀れで愚かな弱者を一掃した後に行なうとしよう」
だが、何故か、4人の「正義の味方」どもの表情には余裕が有る。
嫌な空気だ……。
十年前の富士山の噴火以降、続きが描かれなくなった某有名格闘漫画だったら、背景が歪み出す頃合いだ。
「来いッ‼ 英霊どもよッ‼ 全員だッ‼ 俺達を護れッ‼」
有りったけの「使い魔」どもを呼び出して、俺達5人……つまり、「クリムゾン・サンシャイン」は入ってるが、「教祖サマ」は別って意味だ……の周囲に結界を張る。
そして、俺の力の全てを使って張った結界の中からでも……周囲に飛び交う、凄まじいまでの、気・霊力・魔力……何と呼んでも良いが、その手の「力」の奔流だけは感じる事が出来た。
(10)「ぐ……ぐりゅううううッ‼」
「ふ……ふんがあああッ‼」
俺達(「クリムゾン・サンシャイン」含む)を護る結界を構成している「亡者」どもが苦痛の叫びを上げる。
結界の外では……。
「教祖サマ」の力は圧倒的だ。
「正義の味方」どもは防戦一方……だが、「隠形」の呪法がかけられている服のお蔭で、「教祖サマ」の力は明後日の方向に……いや待て……。
いつの間にか、床に何かの呪符が撒き散らされている。
そうか……「教祖サマ」が呼び出したクトゥルフもどきは、この呪符が放つ「気配」を人間の気配と誤認して攻撃しているらしい。
完全な消耗戦だ。
力は圧倒的だが命中率はダメダメな「教祖サマ」。薄々、そんな気はしていたが……いわばズルして「魔力」の底上げをしたせいで、どうやら、知識・技術・経験はイマイチらしい。
一方で、「正義の味方」どもは……その逆。「力」は圧倒的に下だが……技術や経験は上のようだ。今の所、大したダメージは受けてないが、「教祖サマ」に有効な攻撃が出来る訳じゃないらしい。
どう云う事だ……考えられるのは……。
「お待たせ〜ッ♪」
その時、どことなく脳天気な若い女の声。
おい……あいつは……。
そうだ。ここに来て最初に受けた講習で一緒だったメスガキ。
けど……何だ、あの変な格好は……。
迷彩模様のパーカーとだけ言えばマトモに聞こえるが……フードの部分がとぼけた気の弱そうな感じのティラノサウルスの顔になっている。
その「ティラノサウルス」の口の中から顔が覗いてるような感じだ。
頭頂から背中……そして、背中の下のあたりから生えてる「尻尾」には、モヒカンみたいな感じの鬣が生え……袖口には、ティラノサウルスの爪をイメージしたらしい丸い毛玉が2つづつ。
だが……最大の問題は……どこの「魔法使い」が、どんな顔して、こんなフザケた服に防御魔法をかけたか? って事だ。
「ほう……中々の力の持ち主のようだな……。我が神への生贄に相応しい」
「そうそう簡単に行くかな?」
ん?
何で、力はチート級でも、技術・経験はイマイチな「教祖サマ」が気配を隠す服を着てるであろうヤツの力を知る事が出来たんだ?
自分で張った結界を解けば……このメスガキの「気」を詳しく探れるだろうが……この状況で、そんな真似をすれば命取りだ。
メスガキは呪文らしきモノを唱える。
もちろん、日本語じゃない。だが……北京語・広東語・韓国語……どれとも違う……。東南アジア系の言語か……?
いや待て、何だ……今……日本語らしいモノが……そうだ……たしか……昔の子供向けアニメに出て来た……恐竜……って、おいッ‼
次の瞬間、結界越しでも、「教祖サマ」のクトゥルフに匹敵するのが判る巨大な気配が出現した。
「ふみゅ〜……」
「ふみゅ〜……」
もちろん、これも霊体だ。
この姿は……呼び出した術者の持つイメージと、こちらの持つ何かの「予断」の共同作業の産物だ。
ともかく、俺には……メスガキが呼び出した2匹の「使い魔」の姿が……デフォルメされたヌイグルミ風のティラノサウルスに見えた。
「行っけぇッ‼『タル坊』『猛坊』‼」
(11)「ぐ……ぐひゃあああッ‼」
「ひ……ひぎいいいッ‼」
「ほぎゃああッ‼」
結界を構成している死霊達が叫びを上げてるのは……今までと同じだが、さっきまでの悲鳴と何かが違う。
こ……これは……マズい……。
死霊達が受けているダメージは……「教祖サマ」と「正義の味方」どもの魔法合戦の「流れ弾」によるモノじゃない。
周囲に、邪気・妖気なんかを「浄化」するような「気」が満ち溢れ始めてるようだ。
このままじゃ……俺は……「使い魔」を全部失なってしまう……。
「英霊達よ、『社』に戻れッ‼」
慌てて、俺の「使い魔」である死霊達を、昔の戦争の戦死者の霊どもを閉じ込めている「どこか」に戻す。
「どうした?」
「あの……ガキ……化物だ……。下手したら『教祖サマ』以上の……」
「ふみゅ♪ ふみゅ♪ ふみゅ♪」
「ふ〜みゅ♪ ふ〜みゅ♪ ふ〜みゅ〜♪」
「ぐ……ぐええええッ⁉」
2匹のヌイグルミ風の恐竜は……「教祖サマ」のクトゥルフもどきに……じゃれついていた。
だが……どうやら……「力」の「量」はクトゥルフもどきより恐竜どもの方が圧倒的に「大きい」らしい。
冗談みたいな光景だった……。
クトゥルフもどきは……巨大な猛獣に「じゃれつかれ」た無力な人間のように、ロクな反撃さえ出来ないまま、どんどんダメージを受けていく。
その度に、周囲の「邪気」「妖気」の類が浄化されてゆき……。
「おい、『教祖サマ』‼ その『神様』と『縁』を切れッ‼」
「な……なにを言って……うげえええッ‼」
「早く、『縁』を切れッ‼ このままじゃ、その『神様』が受けてるダメージの一部が、お前にも『逆流』するぞッ‼」
「い……いや……です……そ……そんな事をしたら……ぐへっ‼」
「おい、吐前のおっさん。『教祖サマ』に、俺の命令に従うように『精神操作』をかけろ」
「は……はいいいッ‼」
しまった……ここは……中国の「風水」で云う「龍穴」の真上らしい。
そして、あのメスガキの能力は……どうやら……。信じられないが……こんな真似が出来るヤツが居るらしい……。
大地そのものから、凄まじい量の「気」が……メスガキの体に流れ込んでいた。
メスガキと「教祖サマ」。どっちも「気」「霊力」「魔力」の底上げをやってるのは同じだ……。
だが……メスガキは大地そのものの「気」を取り込む事で……。「教祖サマ」は「妄想をこじらせる」事で……。
そして……片や「大自然そのものの霊力」で強化された「使い魔」。片や「『教祖サマ』が勝手に旧支配者クトゥルフ様だと妄想してるだけ(多分)のそこらの三下の邪霊」。
勝負になる訳がねえ。
「『教祖サマ』。お前の『神』との『絆』を断ち切れ‼ 死にたくなければなッ‼」
「はいいいいッ‼ 死にたくなんてありませんんんッ‼」
それは……クトゥルフもどきの邪霊が、力を完全に失ない消滅する、ほんの一瞬前だった。
(12)「じゃあ……ちょっと話を聞きたい事が有るんだけど……一緒に来てもらえるかな?」
マトモに戦えば勝目は無い。
このメスガキは……自信を取り戻した状態の「教祖サマ」以上の化物だ。
残りの4人の「正義の味方」だけでも……多分、マトモな手だと、俺達の内の1人か2人が逃げられれば御の字だ。
マトモな手ならな……。
「は……はいいいッ‼ 降参しますッ‼ 降参ですぅッ‼ 心を入れ替えて真人間になりますぅッ‼」
「あ……あの……『教祖サマ』……」
ヤクザの若旦那が呆れたようにそう言った。
自信と魔力を取り戻した「教祖サマ」は……どうやら、あっと言う間に、元の自信喪失の鬱状態に逆戻りしたようだ。
「逃げる手は有る……」
「ふ〜ん、何かな?」
「吐前のおっさん、俺以外の4人に……これから何が起きても必死で逃げろ、って『精神操作』をやれ」
「は……はい……」
「ま……まさか……」
源田のおっさんが……何かに気付いたらしかった。
悪いお報せと、良いお報せってヤツだ。
悪いお報せは……源田のおっさんは勘違いしてる。
良いお報せは……。
「『クリムゾン・サンシャイン』、君の力が必要だ……。こいつらとは違う……『真のヒーロー』である君の力が……」
「えっ? ああ……」
「君が協力してくれれば……この『正義の味方』を名乗る甘ちゃんどもに……一泡吹かせられるぞ」
「お……おう、判った……」
「いくぞ……君が……『真のヒーロー』になる時だッ‼」
「おおッ‼……って、ちょっと待って、何をやれば……?」
「全員、逃げろ、今だッ‼」
俺は、昼食の時にくすねた金属製の箸を……「クリムゾン・サンシャイン」の首筋に思いっ切り突き刺した。
「へ……げっ……?」
「悪いな、自称『真のヒーロー』さんよ。これしか、奴らを出し抜ける手を思い付かなかったんでな」
流石の「正義の味方」どもも……予想外の事態に固まってしまったようだ。
「お……おい、お前、何をッ⁉」
「はぁ? お前ら『正義の味方』なんだろ。俺達を追ってる場合かッ? 早く、その哀れな怪我人の手当をしてやれよッ‼」
ほんの数秒……長くても十数秒だけの隙だった。
それでも、逃げ出すには十分だった。
しかし、笑わせやがる……。「クリムゾン・サンシャイン」は吐前のおっさんの「精神操作」のせいで、首に金属製の箸が突き刺さったまま、必死に逃げ続けていた……自分の命を救ってくれるであろう「正義の味方」どもを振り払って……。
だが、流石に、よろめき、そして、走る速さは落ち……。
よく、ここまで持ったな……。もっと早く気を失なってりゃ逆に良かっただろうが……。
自称「真の『正義の味方』」……その実は単なるネット右翼系の狂人は、階段を下ろうとした所で気を失ない……階段を転げ落ち……その時の衝撃で、首に刺さってる金属製の箸は、ヤツの首により深く刺さっていき……。
あ〜あ……死んだな、こりゃ。
「正義の味方」どもは……他に手が無ければ、自分を犠牲にするだろう。自分の「正義」や「理想」を受け継ぐ者が居る事を信じて。
だが、俺達は悪党だ。
いずれ、この世界から「悪」は駆逐される。
多分、それは、もう、どうしようもねえ。
だから……俺達は……「正義の味方」が「正義」や「理想」は不滅である事を信じ、仲間どころか無関係な人間の為であっても命を捨てるのとは逆に……どうせ「悪」が滅ぶのが避けられねえなら……みっともなく足掻き続けて、最後まで生き残る「悪」、「正義」に駆逐される最後の「悪」になってやろうじゃねえか。
その為なら……無関係な人間どころか、仲間だって踏みにじり、生贄に捧げてやる。
(13)「何て真似をしたんですかッ⁉」
多分、俺達の中で一番の……もしくは唯一の良識人である源田のおっさんが激昂していた。
「何がだよ……?」
「いくら何でも……あんな真似……」
「はぁ? おっさん、あんた、あいつを嫌ってただろ。嫌ってた奴が死んで嬉しくないのか?」
「ふざけないで下さい」
「おいおい。俺が自分を犠牲にして、あんた達を助けるとでも思ったのか? そっちこそ、ふざけんな。俺は悪党だぞ」
「おい、源田。一番使えねえ奴を犠牲にしただけだ。大した事じゃ……」
横からヤクザの若旦那がフォローを入れてくれたが……。
「あ……あの……」
困惑したような「教祖サマ」の声。
「どうした?」
「1人、足りませんよ……」
「おい……今度は……誰……? 待て……」
ヤクザの若旦那は急に考え出し……。
「あの……俺達は、吐前のおっさんに『何が有っても逃げろ』って『精神操作』をされたから、あんな事が起きたのに固まったり、パニクったりせずに逃げ出せたんだよな?」
「ああ……」
「あの人の能力って……自分自身にかける事は出来るのか?」
「あのさ……自分を自分の能力で操るなんて、訳が判ん……あっ……」
あの時……吐前のおっさんは……あまりの事に固まってしまい……そのまま……おい……。
「あんたさ……『正義の味方』と『悪党』の見分け方は、利口そうなのが『正義の味方』で、阿呆でマヌケそうなのが『悪党』だとか言ってたよな?」
「それがどうした、若旦那?」
「確かにあんたは『悪党』だ。あ〜あ、一番使えねえ馬鹿を犠牲にして、一番使えそうな能力を持ってる奴を置き忘れるって、阿呆にも程が有る」
「はぁっ? あんた、さっきまで俺を庇ってたじゃね〜かッ‼ 何、急に意見変えてんだよ?」
「黙れ、この阿呆」
「何だと、この葉っぱ中毒」
「ぶっ殺すぞ、てめぇ」
「はあ? ぶっ殺したくても、てめえの組は残ってないだろ。てめえのせいで、残党は全員、『正義の味方』に目を付けられる羽目になった」
「なんだと、この野郎」
「やめて下さい。さっさと遠くに行かないと、私達も『正義の味方』に捕まりますよ」
「ああ、そうだな……ちょっと、この近くに住んでる知り合いで、助けてくれそうな心当りが有る」
「奇遇だな……俺もだ……」
「じゃあ、どっちの知り合いをプランBにする?」
何で……毎度、こうなる?
何か、格好付けた台詞の1つでも言おうと思ってたら、俺の計画が実は巧く行ってなかった事が判明するって……。
ひょっとしたら、俺は悪党としての才能が無いのか?
ああ、「教祖サマ」みて〜に自信喪失になりそうだ……。