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    第一部「安易なる選択−The Villain's Journey−」/第三章:Eclipse(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)(10)(11)(12)(13)(14)(15)(16)(17)(1) 魚市場の朝は早い。
     それは日本でも韓国でも同じらしい。
     朝の5時なのに、その卸売市場のすぐそばの中華料理屋は開いていた。
     中華料理と言っても……満洲族や中国朝鮮族などの中国東北部の少数民族の料理を、更に韓国人向けにアレンジしたものだ。
     って、何で、俺がそんな事を知ってるかと言えば……。
    「『当てが有る』って同じ相手かよ……」
    「プランBもクソも無かったか……」
     俺とヤクザの若旦那は、そんな会話を交す。
    「あ〜、にいちゃん、店長呼んでもらえる?」
     店員に声をかけるが……。
     通じない。
     当然だ。
     俺は日本語で話してて、ここは韓国の釜山の……それも外国人観光客なんてまず来ない場所なんだから。
     だが、店員のにいちゃんは、携帯電話ブンコPhoneの画面を俺達に向けた。
     音声翻訳アプリの画面の中の「日本語」ボタンを押し……。
    「店長の知り合いだ。居たら呼んでもらえるか? 日本の安徳グループの者だと言えば判る筈だ」
     ヤクザの若旦那がそう話しかけると、携帯電話ブンコPhoneから韓国語の音声が流れる。
    「クソ……北海道にしときゃ良かった……。最悪は歩いて帰れる……」
    「北海道からどこまでだよ?」
    「そりゃ、久留米までだ」
    「北海道から九州まで歩いて帰る気か?」
    「何とかなるだろ」
    「待てよ。北海道って、そろそろ、雪が降り出す季節だろ」
    「いや、いくら何でも早え〜よ」
    「何だ? 日本の潰れた組織の阿呆どもの同窓会か? なら他所よそでやれ」
     その時、呆れたような声。
     その声の主は……「はい、問題です。こいつは、中華料理屋の主人とプロレスラーのどっちでしょう?」と百人に訊けば、九五人以上は「プロレスラー」と答えるであろう、人相の悪いスキンヘッドの大男。
     一応は白いエプロンを着てはいるが……そのエプロンの汚れが血の染みにしか思えねえ。
     エプロンの下には……秋も終りの時期なのに、何故かタンクトップ。
     しかも……には……。
    「あ……あのさ……普通、客の前に馬鹿デカい中華包丁持ってやって来るか? それも2本も」
    「ああ……これか……中華包丁じゃない。特別注文で作らせた肉切り包丁ブッチャー・ナイフだ。結構、デカい動物でも解体出来るぞ。四本足だろうと二本足だろうとな」
    「お……おい……客を脅してんじゃね〜よ」
     若旦那の声は、完全にうわずり……源田のおっさんは真っ青な顔色……「教祖サマ」の歯はガチガチと音を立てている。
    「客じゃねえだろ……お前ら……」
    「あ〜、確かに正確にはそうだ。あんたの上司ボスに話が有ってな……」
    「帰れ」
    「いや、話ぐらい聞けよ」
    「お前ら、自分の立場が判ってんのか?」
    「ああ、俺は……日本の久留米の安徳グループの後継りで、お前の上司ボスの兄弟分……」
    「お前の『組』は、もう無いだろ」
    「……」
    「あと、そこの有りがち過ぎて逆に偽名にしか思えねえ名前の男の所属組織もな……」
    「…………」
    「お前らが、組織の後ろ盾なしで……一から自分だけの力で、子分の十人か二十人ぐらいは持てるような男になれるか? なれると思ってんのか?」
    「……」
    「……」
    「その可能性が百に一つでも有るような奴なら、ナチス式敬礼をしながら『リスペクトっ‼』って叫んでやんよ。でも、お前らが死ぬまでに名を上げられるような真似やれるなんて……万に一つもねえだろ? 違うか?」
     残念ながら……俺も若旦那も……「英霊顕彰会の山田一郎」「安徳グループの行徳清太郎」であって、枕詞が消えれば……ただのチンピラだったらしい。
    (2)「た……たしかに……俺達の組織は潰れた……けど……」
     仕方ない。
     あの手を使うか……。
    「けど?」
    「俺の組織が潰れた時に、ある『お宝』を持ち出す事に成功した。それを金に換えたい。あんたの上司ボスのつてで買い手を探してくれ」
    「お……おい……聞いてねえぞ」
    「私も……」
    「ぼ……僕も……です……」
    「仲間にも話して無かったのか?」
    「い……いや……これは奥の手だったんだ……」
    「まあ、いいや。で、その『お宝』は何だ?」
    「富士山の噴火の前に、旧日本政府が作ったモノだ」
    「だから、どう云うモノだ?」
     ど……どこまで……話をすれば良いか……クソ、説得するには、知ってる事を全て自白ゲロするしか無いか……。
    「日本の『正義の味方』の『護国軍鬼』の事は知ってるか?」
    「ああ、韓国こっちでも有名なヤツだろ?」
    「その『護国軍鬼』のエネルギー源と同じモノだッ‼ それを……日本の博多港のコインロッカーに預けてあるッ‼」
    「ちょっと待って下さい。『護国軍鬼』と旧政府は対立し……むがあッ」
     俺は、慌てて、余計なオタ知識を披露しようとしやがった源田のおっさんの口を手で塞ぐ。
     言われてみりゃ、何か色々とおかしいが……俺は現にこの目で見た。何で、旧政府と対立してた「護国軍鬼」のエネルギー源が、旧政府が作った筈の「幽明核」なのか、さっぱり見当も付かねえが。
    「……コ……コインロッカー……?……お前……阿呆か?」
    「そ……そうだ……。俺が阿呆なのは認めるッ‼ 俺だって男だッ‼ 男らしく俺が阿呆だと認めてやるッ‼ でも、あと2日以内に取り出さないと……『英霊顕彰会』のお宝は……コインロッカーの管理会社のモノだッ‼」
     あ……やっぱり呆れてる……。
     どう考えても信じてない目だ。
     適当な出任せだと思ってるだろうな……。
     だが……全部、本当なんだよ……。
     店長は何かを考え……そして……。
    「ちょっと待ってろ」
     長い5分だった。
     店長が裏に引っ込んでから、戻って来るまでの5分は……その何十倍もの時間に思えた。
     ヤクザの若旦那も、源田のおっさんも、「教祖サマ」も……何かを言いたげだった。
     どいつも最低1回は、俺に何かを言おうとして……だが次の瞬間「ええっと……?」と云う表情かおになって、また考え込み始めた。
     ドンッ‼
     いきなりテーブルの上に置かれたのは……。
    「こ……これって……?」
    「たしか……結構、高い酒じゃ……?」
     それは「正宗孔府家酒」と云うラベルが貼られた陶器瓶だった。
    「ウチの親分からOKが出た。大儲けの前祝いの酒だ」
     そう言って店長は俺達の前にコップを並べた。
    「えっと……」
    「飲め」
    「じゃあ……その……」
    「何やってる。早く飲め」
    「は……はい……」
     何か嫌な予感がしてるのは俺だけじゃないようだ。
    「早く、蓋を開けろ」
    「は……はい……」
     手が震える。
     絶対に何か有る。
     このままだと何かロクデモない事が起きる。
     それが判ってるのに……従わざるを得ない。
     「正義の味方」どもが運営する「世にもディストピア的な『刑務所』」から逃げ出して辿り着いたのは……よりにもよって、同じ「悪党」の手による「死刑執行のボタンを死刑囚本人に押させる処刑台」だ。
     どうやら、一度も封を開けられてはいないようだ。
     だからと言って、飲んで大丈夫な酒とは限らない。
     吐前はんざきのおっさんの安酒とは違う、極上の芳香……。
     しかし、それを楽しむ心の余裕など無い。
     自分と仲間3人のコップに酒を注ぎ……。
    「あ……あの……店長も一杯」
    「ああ、仕事中なんで……一杯だけな」
     そう言った後、店長は店員にコップを持ってこさせた。
     ああ……そうか……毒か何かが仕込まれてるのは……コップか……。
    「乾杯」
    「乾杯ッ‼」
    「乾杯ッ‼」
    「乾杯ッ‼」
    「乾杯ッ‼」
     同じ台詞が5つの口から同時に出る。
     1つは何の感情もこもっておらず……残りの4つはヤケクソ気味。
     蒸留酒のアルコール分が喉を焼き……そ……し……て……。
     俺は意

      を
     失
    (3) 妙に寒い……。
    「おい、起きろ」
     そこは……キャンプ場らしき場所だった。
     あれ……どうなってる……上半身裸だ。
     手が……動かない……。縛られてる……。
     周囲に居るのは……。
     格好は普通だが……同業者魔法使いっぽい奴ら。
     民生用の強化服パワード・スーツの改造機を身に付けてる奴ら。
     子供向けの「妖怪図鑑」に載ってそうな姿の連中……早い話が変身能力者。
     後は銃火器内蔵らしき義手の調整をしてる奴。
     どいつもこいつも、人相が悪い。
    「き……貴様……何故、貴様が韓国ここるのだ?」
     その時、妙に時代劇がかった口調の声。
     二一世紀になってから、日本では子供向けのヒーロー番組は廃れた。
     そして、一般のドラマも大きく内容を変えざるを得なくなった。
     そりゃ、そうだ。
     本当に、変な力を持つヒーローや悪者がゾロゾロ居る御時世になったせいで、「ヒーローもの」は子供向け番組としてやるのには、生々し過ぎる題材と化した。
     そして、大人向けのドラマでも……「特異能力者」を出すべきかは難しい問題になった。
     だが、解決策は意外な所に有った。TVのドラマや子供向け特撮番組を作っていた某映は、元々、どう云う作品を作っていた会社だったか?
     ヤクザものと時代劇だ。
     流石にヤクザものは……大人向けならともかく子供番組としてはNGだ……。
     特異能力を持つヒーローと悪党の存在が当り前になった結果……日本で時代劇の復権が起きたのだ。
     そして、特撮オタクの何割かは時代劇オタクに宗旨変えをした……。
     声の主は、六〇代っぽいが……まぁ、昔だったら年金をもらえる齢になってもオタクから足を洗えない奴なんて今時ゾロゾロ居るんで、どうせ、こいつは、いい齢して現実と虚構が区別出来ない痛い時代劇オタク……いや待て、この声、聞き覚えが……。
    「あ……っ」
     ようやく、頭がはっきりしてきたらしい。
    「誰だ? 知り合いか?」
     声の主は、ヤクザの若旦那。
    「あははは……」
     目の前で、おっかない顔をしてるのは……俺の元・所属組織の指導者だ。
     「英霊顕彰会」大宮司・田安たやす俊孝としたか
     自信喪失前の「教祖サマ」と同じ「思い込みや妄想で霊力の底上げをやってる『魔法使い』」だ。
     ただし……頭はゴニョゴニョなのに経営者の才能だけは有った。
     その結果、何が起きたか?……俺達の組織は、いわば「収支は超優良、『社員』の扱いは超理不尽」な代物と化したのだ。
     だが……あの「NEO TOKYOの最も長い夜」事件の少し前から、やる事なす事、全てが裏目に出始めた。
     ああ、そうだ……あの「悪鬼の名を騙る苛烈なる正義の女神」こと「護国軍鬼4号鬼」がウチの縄張りシマで起きた事件に関わり出したのだ。
     「護国軍鬼4号鬼」は「英霊顕彰会」に、何か特別な恨みなんて無かったんだろう。ただ……奴が、装甲強化服パワード・スーツ着装まとった人の姿をした天災そのものだっただけで……。
     「教祖サマ」が呼び出したクトゥルフもどきの末路と同じだ……。自分より数段格上の化物に「じゃれつかれ」たりしたら……無事じゃ済まない。
     そして……。
    「おい、兄弟、こいつがあんたの言ってた『裏切り者』か?」
     外人訛りの日本語。ただし……しゃべってるのは、大宮司と同じ位の齢のアジア系の男。
     一見すると温厚そうでコメディアンか何かだと言われても違和感が無さそうなデブだが……良く良く見れば……服から覗くブッ太ぶっとい首や手首は……筋肉の塊。
     おいおい……何てこった……。
     とんだ大物が出て来やがった。
     俺が頼ろうとした韓国こっちのヤクザ……なんかじゃなくて、あいつの所属組織の「親会社」のそのまた「親会社」ぐらいの「社長」だ……。
     合法シロから悪事クロまで金にさえなれば何でもやる「悪の総合企業」のCEO……。
     「コム社長」と云う通り名の男……その名前の意味は「一見、ノロマだが、実は賢く素早く凶暴」。
    「ああ……こやつが……日本の『正義の味方』どもを、儂の縄張りシマに引き込んで……儂の組織を潰しおったのじゃ……」
    「おい、あんた、そんな真似やったのか? 聞いてねえぞ」
     そう言ったのはヤクザの若旦那。
    「知らん知らん知らん知らん知らん……ボケ老人の勘違……ぐへぇッ‼」
    「嘘を言うなあッ‼」
     クソ爺ィの怒号と共に腹に蹴りが叩き込まれる。
     俺は……落ち目になった組織から足抜けをする為に……「正義の味方」どもを利用しようとして……あ、まぁ、その何だ……ええっと……あっ……「正義の味方」どもが「出入り業者」のフリをして「九段」に潜入する為に「英霊顕彰会」の「裏の仕事」に関する情報を色々と渡し……あああああ……マズい。「正義の味方」どもは……「裏の仕事」の仕入れや出荷のルートの情報も色々と把握してる訳だから……。
     俺の元・所属組織は、単に潰されただけじゃね〜や。再建も困難だ。あと……「取引先」も今頃……。
    「安心しろ……。この生きた発信機ビーコン目指してやって来る『正義の味方』どもは……俺達が全員、ブッ殺してやる」
    (4)「おい、飯だぞ、来い」
    「あ……どうも……。ところで先輩は、いつ山を降りるんですか?」
    「日本語が出来る奴が残ってないといけね〜んでな、まだ先だ」
     山の中のキャンプ場に「正義の味方」どもを誘き寄せる為の囮として連れて来られて1週間目の夕暮れ時。
     多分、折角、持ち出した元の所属組織の「お宝」は、とっくに大宮司くそジジイの手に戻っているだろう。
     「正義の味方」どもは……一向にやって来ない。
     周囲に居る韓国こっちのヤクザの数は……気付いたら、当初の半数に減り……残ってる奴らも段々とだらけ始め……今や「囚人」の筈の俺達が「看守」どもを「先輩」だの「兄貴」だのと呼んでも、誰も何とも思わなくなっていた。
    「お前らも大変だな……。『正義の味方』どもからも見捨てられたか……」
     「囚人」と「看守」が輪になって、同じ釜ならぬ同じ飯盒で炊いた飯を食い、同じ鍋を囲み……ええっと……俺、当初、何やるつもりだったっけ……?
    「真人間に戻るのも悪くないかも……」
    「そうだな……。私ぐらいの齢になると難しいが……君には、まだ、人生をやり直す時間が有る」
     源田のおっちゃんは、「教祖サマ」の人生相談に乗り……。
    「どうなるんだろうな、これから……」
    「さあ……?」
    「あんたの話に乗って良かったのか、悪かったのか……」
    「俺にも判んねえよ……」
     ヤクザの若旦那と馬鹿話。
     でも……この妙に平穏な監禁(?)生活もいつかは終る。
    「おい、明日になっても『正義の味方』どもが来なかったら、全員、山を降りていいってさ。お前ら四馬鹿も含めてな」
     韓国こっちのヤクザの中で日本語を話せる奴が、誰か……多分、そいつの上司……と電話しながら、そう言った。
    「やった……」
    「ようやく、風呂に入れる……」
     冷静に考えたら、命の心配をすべき状況だが、何故か、まず頭に浮かんだのがその事だった。
     ところが……日本語が話せる奴は電話を続けてる内に怪訝な表情になり……そして……携帯電話ブンコPhoneの画面を凝視みつめ……。
     続いて、あっちこっちから同じ音がした。
     韓国こっちのヤクザ達は、次々と携帯電話ブンコPhoneを取り出し……お……おい……この音……まさか……。
     韓国こっちと日本で同じアプリが使われてるかまでは判らない。
     しかし……その音は、日本に居た時に何度も聞いた事が有るモノだった……。
     災害通知アプリの着信音だ。
     そして、その「災害」には、特異能力者による一定以上の規模のテロ・犯罪も含まれていた。
    (5)「あ……あの……一体、何が起きてんすか?」
     日本語が使える奴が、ネットで生中継されてる動画の日本語字幕を表示してくれた。
    『犯罪組織とのつながりが噂されている釜山の「熊おじさんホールディングス」の本社で大規模心霊災害』
     なるほど……。
     問題は……「魔法」系や「心霊」系の存在は、通常のデジタル・カメラに写らない事だ。
     いや……日本のQ大の研究者が、その手のモノを写せるカメラを開発しようとした、と云う噂は聞いた事が有る。
     その後、何の話も聞かない所を見ると、どうやら失敗したらしいが……。「NEO TOKYO Site04」こと通称「台東区」の「御徒町刑務所」に開いてしまった「剣呑ヤバい異界への門」は「魔法・心霊的存在を写せるカメラ」のテストの失敗の結果だ、って話になると流石に眉唾モノだが。
     ともかく、平穏無事な状態にしか見えないビルから次々と人が逃げ出し……中には倒れて苦しんでる奴も居る、と云う何ともシュールな光景が携帯電話ブンコPhoneの画面に表示されていた。
     周囲では誰もが、どこかに連絡しようとして、やがて次々と首を振る。
     やがて……「看守」のリーダー格らしいのが全員に声をかける。
    「今から山を降りる。お前らの中で『魔法』が使える奴は役に立ちそうなので連れて行くが……残りの2人は……」
     日本語が使える奴が、そう説明した途端……。
    「す……す……すいませんッ‼ 僕が貴方達に協力する代りに、この2人の命を助けてもらえると約束して下さいッ‼ それが駄目ならッ‼ 僕は貴方達に協力せずに、仲間と共に殺される事を選びますッ‼」
     声の主が俺だったら、ちったあ格好良かったんだろうが……残念ながら、そう絶叫したのは「教祖サマ」だった。
     おいおい……「旧支配者」系の魔法結社の元総帥が、何、「正義の味方」みて〜な事を言い出しやがる……。
     だが、「看守」どもは何かを相談し始め……。
    「判った。お前の仕事次第では、お前の仲間を助けてやってもいいぞ」
     へっ?
     ええっと……その……。
     一応、言っておくべきなのか? まぁ、悪党どもとは言え……と言うか悪党どもだからこそ、その手の「勇気」「男気」が本当に無いのは恥じゃないが、「勇気」「男気」が無いとバレたり、「勇気」「男気」が無い奴だと見做されてしまうのは恥になる。
    「あ……俺も同じだ」
    「何が?」
    「俺も、仲間の生命を保証してくれないと協力出来……」
     この場に居る日本語が判る奴は全員……俺を阿呆を見る目で見ていた。
    (6)「あ……あれは……」
     俺達は車に乗せられて、釜山の市街地に向かった。
     そして、市街地に近付くと……見えてきた……いや……えてきたと言うべきか?
    「何か判ります?」
     同じ車に載ってる源田のおっさんがそう聞いてきた。
    「あ……ああ……は半端ねえが……何とかなるかも知れねえ……」
    「何とかって何ですか?」
    「何とかだよ」
    「だから具体的には?」
    「『魔法使い』以外には説明しにくいんだよ」
    「ですから説明して下さい」
     クソ……もう「仲間」からも信用されてない。いや、あくまで鉤括弧付の「仲間」で、最初はなっから俺は利用するだけのつもりだったが……その鉤括弧付の「仲間」の中でも唯一の常識人の源田のおっさんさえ騙せなくなった。
    「何で、そんな事訊くんだよ?」
    「あなたの事です。また、仲間を使い捨てにした上に……」
    「あ……あれは、人間の屑を人間の屑として扱っただけだ。あんただって、あの野郎の事は嫌って……」
     そこまで言いかけた時、源田のおっさんは手でちょっと待てと云うゼスチャーをして……。
    「あなたの場合、仲間を使い捨てにした挙句、ドジを踏むのがオチですから」
     あはは……同じ悪党すらドン引きする手段を使った結果、巧くいったんなら、まだ、格好も付くが……俺がやったのは……まぁ、その何だ……。
    「えっと……」
    吐前はんざき|さん、今頃、どうしてますかね?」
     あ……あ……。
    「わかったよ……。どうやら、釜山の市街地で暴れてんのは『死霊』だ。俺の専門分野だ。全部、何とかするのは無理でも……一緒に居るヤツらの身を護ってやるぐらいは出来る」
    「本当に?」
    「向こうに着いてから『教祖サマ』にも同じ事を訊いてみろ。似たような答が帰ってくる筈だ」
     言ってる事に嘘は無い。
     だが、隠してる事も有る。
     死霊と言っても個性みたいなモノは有る。
     更に何者かに操られてる死霊の場合は「術者」の個性や術式のパターンが死霊に「上書き」される……。
     まして、その「術者」が同じ流派だったり、良く知ってる野郎の場合は……。
     俺の元所属組織の大宮司くそジジイ、一体、何を……おい、まさか、自分の組織が潰れてんのに、韓国こっち同業者悪の組織と何かトラブってるのか?
    (7) 釜山の町中は地元警察に……そして……あ、しまった。
     すぐ近くで、アジア各地から集まったらしい新人の「正義の味方」どもが研修を受けてた……。
     まだ、手際が悪いのが多いが……思い思いの格好をした数十人の連中が、次々と町中に溢れ出した死霊どもを片付けていた。
     俺達と、俺達を監禁(地下室や牢屋や倉庫なんかじゃなくて、山の中でキャンプしながら見張られてんのを監禁と呼べるかは置いといて)してた韓国こっち同業者悪の組織の奴らは、一端、車から降りて、韓国こっち同業者悪の組織の本社ビルまで2〜3ブロックの路地裏に集っていた。
     そこから先は車では行けず……下手に警察や「正義の味方」どもに見付かるとマズい事になる。ブチのめされるんじゃなくて、避難誘導を受ける事になるが、普通の人間にも、町中で大量の「死霊」が飛び交ってるのが判る状態で避難しなかったら、当然ながら怪しまれる。
    「あ……あの……本社はあっちでしたよね?」
    「ああ、何とかなるか?」
    「あの……これって、まさか……」
     「教祖サマ」も何か気付いたようだ。
     どうやら、俺の元所属組織の大宮司くそジジイは、韓国こっち同業者悪の組織である「熊おじさんホールディングス」(しかし、今更だが何つ〜ネーミングだ)の本社ビルのほぼ最上階に「やしろ」への「門」を開いちまったらしい。
     「やしろ」ってのが、どんな場所なのかは俺も良く知らないが、要は俺や俺の元所属組織の連中が使っている「死霊」どもが普段待機している異空間だ。
    「あの……この事態を打開する方法なら……」
     俺は、韓国こっち同業者悪の組織のヤツにそう言った。
    「何だ?」
    「これ起こしてんの、俺の元所属組織の奴です」
    「はあ?」
    「俺の元所属組織の大宮司ボスが、韓国こっちに来てましたよね。やらかしたの、多分、あいつです」
    「へっ?」
    「だから……あいつさえブッ殺せば……」
     ……。
     …………。
     ……………………。
     何だ?
     どうなってる?
     なんで、日本語が判る奴は、どいつもこいつも、白け半分、疑い半分の目で俺を見てんだ?
    「あのさあ……ひょっとして……」
     ヤクザの若旦那がそう切り出した。
    「どさくさにまぎれて、自分に都合の悪い人を始末しようとしてません?」
     続いて源田のおっさん。
    「それも、自分でるならまだしも、他人を騙してらせようとしてんじゃないですか?」
    「ち……違う……違う……」
    「い……いや……あの、この『死霊』、多分、山田さんと同じ流派の人が呼び出した……」
     同じ「魔法使い」で俺より信用が有る「教祖サマ」(何で「旧支配者」系の魔術結社の元総帥なんて剣呑ヤバいのが俺より信用有るんだよ?)がそうフォローしてくれたが……。
    「あ……あ……ああ、そう言う事か……」
     ヤクザの若旦那が何かに気付いたような表情かおになった。
     何に気付いたのかは見当も付かない。
     ただ、それが大間違いで、しかも、間違いを正さないと俺にとってエラい事になるたぐいの大間違いなのは……ほぼ確実だ。
    「な……なんだよ……?」
    「全部、あんたの自作自演かッ⁉ そうだろッ⁉ そうに違いねえッ‼ 毎度毎度、何て真似しやがるッ‼」
    「阿呆かッ⁉ こんなとんでもない事が出来るなら……『正義の味方』の研修施設から逃げ出す時に、あんたらの手を借りる必要なんて……あ……」
     どごぉッ‼
     どった♪ どった♪ どった♪ どった♪ どった♪ どった♪ どったぁ♪
     轟音と妙にリズミカルな巨大な何かの足音。
     いや……正確には「音」じゃない。霊的・魔法的な「何か」を俺の脳が音に変換し……ん?
    「う……うわあああああッ‼」
    「な……なんじゃこりゃあッ⁉」
     「教祖サマ」の叫びと共に、死霊とは別の種類の「邪気」が辺りに満ち……。
    (8) 一口に「物理的実体のない霊的・魔法的な存在モノ」と言っても、色々と種類が有る。
     1つは受動的パッシブセンシングに近い「」。
     2つ目は能動的アクティブセンシングに近い「」。……これは、1つ目の「」より詳しい情報が得られる場合が多いが、「」いる事を相手に気付かれる場合が有る。
     3つ目の「」は、最初の2つとは色々と異なる。1つ目か2つ目の「」は、あくまで「気配」みたいなモノしか認識出来ない。それを、より理解し易い形に脳内で変換するのが、この「」だ。
     ややこしい事に、「見える」「観える」「視える」その他「みえる」の意味のどの漢字を、どの「」に使うかは、同じ日本の「魔法使い」でも流派によって違うし……「教わるより盗め」的な論理的ロジカルじゃない修行方法の流派だと、様々な「」を区別してない場合も有る。
     そして、厄介なのが3つ目の「」だ。
     気配を脳内で視覚や聴覚に変換する際に、色んな無意識の内の思い込みの影響を受ける。
     たとえば、物理的な実体のない存在モノが、何の魔法もかかっていない単なる壁の向こうに居たなら「」ても何も変じゃない。
     なにせ、感じ取った気配を脳内で視覚情報に変換してるのだから、何の霊的・魔法的な効果もない単なる壁が「」のを邪魔する筈が無い。
     だが「壁の向こうに居るモノが視覚的に見える訳がない」と云う思い込みが邪魔をする。
     そして、こんな状況では、同じ「魔法使い」でも「単なる壁の向こうに居る魔法的な何か」が見えないヤツと見えるヤツが居る。
     俺は前者だが、「教祖サマ」は後者らしい。
     どうも、これは才能の有無みたいなモノで、何かの武術の奥義みてぇに「出来るヤツは二十はたち前に出来るようになるが、出来ないヤツは何十年修行しても出来ない」らしい。
     俺は、まず、大通りに居た何匹もの死霊が何かに突き飛ばされながら消滅していくのが「」た。
     俺達が居るのは路地裏で……死霊達を攻撃した何者かの姿は……建物の陰で、俺には「」なかった。
     だが「教祖サマ」は……この時点で、死霊達を攻撃していたのが何者か「」ていたらしい。
    「おい……『教祖サマ』……何やってる?」
     「教祖サマ」は次々と半魚人みてぇな姿の悪霊……あくまでも俺にはそう「」てるだけだが、おそらくは、「教祖サマ」が、その悪霊どもに抱いてるイメージと、そう大きな違いは無いだろう……を呼び出していた。
    「く……来る……奴らが……」
    「お……おい……落ち着け……。あんたでも敵わねぇヤツなら、下手にそんなモノを呼び出すなよ……。その、とんでもねぇヤツに気付かれるだろ」
    「あ……あ……」
     俺は自分の手駒の死霊どもを呼び寄せ、隠形結界を張る。
    「ふみゅ〜♪」
    「ふみゅふみゅ♪」
     続いて……脳天気な声が響く……。
    「あ……あれは……」
     巨大な恐竜のヌイグルミに見えるモノが大通りを走り抜け……。
     「正義の味方」どもの研修施設で「教祖サマ」をボコボコにしたあのメスガキの「使い魔」だ。
     いや、それだけじゃない。
     恐竜モドキの上を密教の「護法童子」らしきモノが飛んでいる。
     更に続いて、バイクに乗った「正義の味方」が2人。
     1人は……今度はフルヘルメットを被っているが……着ている服は……似たようなのを見た事が有る……。
     迷彩模様のパーカー……だが、フードの部分が気が弱そうなティラノサウルスの顔になっている。
     もう1人は……あいつだ……。
     俺を足抜けさせに「九段」に来た連中の1人。強化装甲服パワードスーツを着た密教系の「魔法使い」。
    「なんで……なんで……なんでなんですか?」
    「おい、『教祖サマ』、しっかりしろ……」
    「なんで……僕をボコボコにしたのが、ここに揃ってんですか?」
    「へっ?」
    「なんで……僕の生涯たった2回の敗北……その時の相手が両方とも、ここに居るんですか?」
     えっ……「教祖サマ」を自信喪失に追い込んだ奴と……俺を足抜けさせた連中の内の1人が……同一人物だったのかよ?
     幸いにも、「教祖サマ」の天敵×2は……あれ?
    「ふみゅっ?」
    「ふみゅ〜?」
     3人目が居た。
     誰かは判らない。
     おそらく、体格からして若い女。
     防護魔法がかかってるらしいデニム地のコート。
     紫色のプロテクター付のツナギに、同じ色のフルヘルメット。
     そいつが路地の入口に立って、俺達を指差し……。
     そいつ背後うしろには……「正義の味方」の研修所に居たメスガキの恐竜モドキの「使い魔」と……そして、俺を「足抜け」させた強化装甲服パワードスーツの密教系「魔法使い」が大型ハンマーを持って立っていた。
    「ぎゃあああッ‼」
     俺が張った隠形結界内に何者か……少なくとも、かなり強い魔力を持ったヤツが上から侵入。
     って上?
     続いて悲鳴。
     韓国こっちのヤクザの1人のスタンロッドで頭をブン殴られて倒れて……。
     おい……何だ? どうなってる? 魔法が使われた気配は何も感じなかったのに、周囲に居る韓国こっちのヤクザ達の半分ぐらいが気を失なって倒れ……って、倒れてる奴らの体には1人残らず矢が刺さっていた。
     あっと言う間にこれをやったのが誰かと言えば……。
    「やあ、久し振り」
    「うわああああッ‼」
     またしても、「教祖サマ」が恐怖の悲鳴を上げた。
     ただし、さっきの倍ぐらいの大きさの……。
     「『旧支配者』系魔法結社の元・総帥」サマのクセして……まるで、クトゥルフ系の化物に出喰わした一般人みてえな表情かおだった。
    (9)「あ……あれ? えええええッ⁉」
     恐怖の絶叫と共に「教祖サマ」が呼び出した悪霊達は……同じく恐怖の絶叫をあげ……。
    「な……なにやってんですか? あの……あいつをやっつけて……」
     駄目だ……こりゃ……。
     どうやら、「教祖サマ」は「こいつには絶対に勝てない」と云う強い思い込みを抱いてしまったようだ……。
     それが、「教祖サマ」が呼び出した悪霊達にも影響を与え……。
    「あ?」
    「なんだ?」
     悪霊達は、俺達や韓国こっちのヤクザ達の背後に隠れてガタガタ震えていた。
     そして……。
     ぽん……。
     スタンロッドの一撃で「教祖サマ」は、あっさり気絶……。
     「教祖サマ」が呼び出した悪霊達も、あっさり姿を消す。
    「うわあああああッ‼」
     続いて、源田のおっさんが「一時的に身体能力を上げる能力(ただし、一分から一分半後には高血圧と低血糖で気絶)」を使って恐竜パーカーのメスガキに突撃……。
     と思った次の瞬間に、あっさりカウンターの前蹴りが鳩尾に入った。
     源田のおっさんは、吐瀉物を撒き散らしながら倒れ……。
     更にヤクザの若旦那は河童に変身し……えっと……。
     何で逃げるだけなのに、河童に変身する必要が有るんだ?
     あと……そっちに逃げたら……。
     強化装甲服パワードスーツの密教系「魔法使い」の掌底突きがヤクザの若旦那に命中。
     一瞬の閃光……おそらくは電撃だ。
    「あ……あ……」
    (10) 魔法使いのメスガキがヤクザをブチのめした、とだけ言えば、呪文が飛び交う光景を想像するヤツが大半だろう。
     だが、その「魔法使いのメスガキ」の片方は……頭への飛び蹴り……そして着地する前に、別の奴にスタンロッドで突き。
     そして、韓国こっちのヤクザの1人が……おい、狭い所で乱戦になってんのに拳銃なんて使う……あれ?
     メスガキはどこに消え……ん?
     絶叫が2つ。
     恐竜パーカーのメスガキは地面スレスレの状態で拳銃を撃とうとしたヤクザの膝に蹴り……あ……膝関節が外れてるか……さもなくば壊されたか……。
     そして、恐竜パーカーのメスガキが持っていたスタンロッドの先端が触れているのは……。
     なんてこった……。
     あいつの命は助かるかも知れねえが……あいつの子種は……ええっと……。
     ともかく、股間に電撃を食らったヤツは、白目むいた面白い顔になって気絶した。
     もう一匹の「魔法使いのメスガキ」は……もっと「魔法使い」らしからぬ方法でヤクザ達をブチのめしていた。
     ぼごぉっ‼
     早い話が強化装甲服パワードスーツ着たままヤクザ達をブン殴り続けてる。
    「さて……残るは君だけ」
     だが……俺は死霊どもを操り……。
    「えっ?」
    「あっ……」
     死霊に取り憑かれた気絶したヤクザはメスガキどもの体にしがみ付き……。
    「逃げるぞッ‼ 全速力だッ‼ 体がブッ壊れても気にすんなッ‼」
     俺の声と共に、同じく死霊に操られた、ヤクザの若旦那と源田のおっさんと「教祖サマ」は立上り……。
    「おい、待て、こら……」
    「だ……誰が待つかぁぁぁぁぁッ‼」
     だが……この場を逃げられても……俺達の背中にはGPS発信機機能付きのマイクロ・マシン・タトゥーが彫られている。
     これを何とかしなけりゃ……いずれ俺達は奴らに捕まる……。
     まあ、ともかく今は……ここから逃げる事に専念するしかない。
     多分、「正義の味方」どもも、俺の元所属組織の大宮司くそジジイが起こした騷ぎを鎮圧するのを優先するだろう。
     ほんの数時間だろうが……余裕は有る……筈だ……多分……。
    (11) だが……路地を抜け別の大通りに出た瞬間……。
    「うわああッ‼」
     俺達一行に危うく電動原チャリが特攻しかけたが……原チャリの方も急停止。
     とりあえずの問題は2つ。
     その原チャリが走っていた場所と、原チャリの運転手だ。
    「な……なんじゃあッ⁈」
     ……一瞬、何で、こいつがここに居ると言いかけたが……こいつが騒ぎの元凶である以上、この辺りに居てもおかしくない……。
    「な……何でお前がここにる⁈」
    「てめぇこそ、何、原チャリで歩道を走ってる? 愛国者ぶってるクセに交通ルールを守らねえつもりかッ⁈」
    「そもそも、今、この辺りには、車も通行人も居ない……少なくとも一般人は……。そして、ここは我が国では無い」
     今、カメラか携帯電話ブンコPhoneを持ってりゃ、お宝映像が撮れただろうが、生憎、どっちも持ってなかった。
     ほんの少し前まで「悪の組織」の首領だったヤツが、護衛も無しに原チャリに乗って町中を走ってやがる……。
     だが……「カメラさえ有ればお宝映像が撮れてた」事態は更に続いた。
    「シぃ・バぁ・ラぁ・マぁ〜っ‼」
     中年より上の齢らしき男の韓国語の怒号。
     韓国の映画やドラマでお馴染のアレ……英語の「Fワード」に相当する罵倒語だ。
    「えっと……あれ……何?」
    「知らなかったのか? コム社長の真の姿だ……」
    「えっと……『熊おじさんホールディングス』の熊社長って……そう云う意味……?」
    「獣化能力者など、めずらしくは……」
    「ふ……ふざけんな……」
     俺の元所属組織の大宮司クソじじいのその一言は……正しいと同時に間違っていた。
     獣化能力者なんて、近頃じゃめずらしくもないだろう……。
     だが、ツキノワグマの姿に変身した熊社長は……少なく見積もっても、並の「魔法使い」2〜3人分の「気」を持っていた……。
     それも……自分の「気」だの「霊力」だの「魔力」だのを操れる者に特有の「気」だった……。
    (12)「行け、英霊達よッ‼」
     俺は、そう叫んで死霊達を熊に変身してる熊おじさんホールディングスの熊社長に放つ。
     しかし……。
    「たわけッ‼ 儂でも逃げ出すしかない相手に、お前の術など効くかッ‼」
     俺の元所属組織の大宮司クソじじいの怒号。
     直前に死霊達との「きずな」を断ち切ったから、何とか助かった。
     そうでなければ……。
     口を大きく開く熊社長。
     そこに飛び込み、熊社長に取り憑こうとする死霊達……しかし、その死霊達は……熊社長の「気」を込めた牙で、あっさり噛み砕かれ、消滅した。
     獣化能力者の中には、常人……ここで言う「常人」には、そこそこ程度の「魔法使い」を含む……を遥かに超えた「気」を持ってる連中が居る。
     では……そんな連中が魔法や「降魔武術」などの自分の「気」を操り、それを攻撃や防御に活かす技術を身に付けたなら……。
     その答が目の前に居た。
     その時、中国語……よく判らないが、多分、広東語……の女の声。
     俺達がさっきまで居た路地から、3人の「正義の味方」どもが飛び出して来た。
     3人とも「魔法使い」系。
     1人は迷彩模様の恐竜をイメージしたコスチューム。
     1人はファイアー・パターンが描かれた強化装甲服パワードスーツ
     1人は紫色の戦闘服。
     全員、顔はヘルメットで隠し……戦闘服や強化装甲服パワードスーツには「隠形」系の魔法がかけられ、「気」「霊力」「魔力」を検知しにくくなっている。
     にも関わらず……。
    「ほう……ふざけたコスプレの割には……中々の霊力だな……」
     3人とも「気」が高まっている……特に、どうやら大地の霊力を取り込む事が出来る恐竜コスのヤツは……ふざけた服にかけられてる「隠形魔法」が意味を無さぬまでに……。
    「面白い……相手をしてやろう……」
     俺の元所属組織の大宮司クソじじいは死霊どもを集め……。
    「阿呆ッ‼ 逃げるぞ、ジジイっ‼」
    「無理です……貴方でも……」
     俺と「教祖サマ」は絶叫。
     そして……緊張が極限に達した時……。
    「あっ? げっ?……ひ……卑怯者どもめ……」
     元所属組織の大宮司クソじじいは……よろめき……そして気を失なう。
     俺の元所属組織の大宮司クソじじいの胴体には……麻酔弾が2つに、テイザーガンが命中していた。
    「1分だけ、あの熊さんをお願い」
     恐竜コスのヤツは紫色のに、そう声をかけた。
    了解Affirm
     紫色のヤツは、あまり実用的に見えないナイフ……多分、魔法の焦点具……を抜いて空中に何かを描き……。
     同時に、恐竜コスのヤツと強化装甲服パワードスーツのヤツは手を繋ぎ……。
     熊社長に無数の「気弾」が放たれる。
     ダメージを与える程じゃないが……足止め程度にはなっている。
     そして、恐竜コスのメスガキの体に、膨大な「大地の霊力」が流れ込み……。
     恐竜コスのメスガキと強化装甲服パワードスーツのヤツは繋いでない方の手を合わせて印を組む。
     強化装甲服パワードスーツのヤツは密教系らしき呪文を唱え……。
     な……なんだ?
     次々と巨大な……「恐竜のヌイグルミ」に見える「使い魔」が出現。
     そのとぼけた顔のティラノサウルスどもは口を開き……。
     その口の中に一瞬だけ梵字のようなモノが見えた。
     待て……こんな真似が可能なのか?
     恐竜どもの口から……「大地の霊力」により増幅されたらしい密教系の「浄化の炎」が放たれた……。
     「熊おじさんホールディングス」の本社ビルの最上階に開いている……「やしろ」との「門」に向けて。
    (13)「う……うそ……」
     冗談みたいな事態だった……。
     明治以来百数十年に渡って集められてきた死霊どもは……「NEO TOKYOの最も長い夜」事件で数を減らし……そして、本日この日のこの瞬間、その死霊どもを格納していた異空間である「やしろ」は、あまりにもふざけた「魔法」で消滅した。
     最早、俺も大宮司クソじじいも……「使い魔」を失なった……腕はそこそこなのに、「魔法使い」としては基本的な術しか使えない、変な三下「魔法使い」に過ぎない……。
    「お……おい……大丈夫か?」
     そう訊いてきたのはヤクザの若旦那。
    「あ……ああ……。おい、この爺ィを連れて逃げるぞ」
    「へっ?」
    「この騒ぎが起きた原因を知ってんのは、この爺ィだ。それを知れれば、何かの役に立つかも……」
    「しゃ〜ね〜な……」
     ヤクザの若旦那は……河童の姿のまま大宮司クソじじいを背負い……。
     俺達が逃げ出す背後では、とんでもない光景。
     恐竜型の「使い魔」×4。
     密教系の護法童子×2。
     紫色のサーベルタイガーの姿の「使い魔」×1。
     それが熊社長を攻撃している。
     しかし……熊社長は押されながらも決定的なダメージを受けていない……。
     3人の「魔法使い」系「正義の味方」は、俺達は後回しにしたらしい。
     なにせ、俺達の背中にはGPS機能付きのマイクロ・マシン・タトゥーが印刷されている。これを何とかしない限り、俺達の居場所は「正義の味方」に丸判り……って?
     俺達が逃げてる方向から、一台の四輪バギーATVがやって来た。
     それに乗ってるのは……2人の獣化能力者。
     1人は白い狐か狼のような顔。
     もう1人は銀色の虎のような顔。
     奴らは俺達を見て、韓国語で何かを叫ぶが……やがて、熊社長への対処を優先する事に決めたようだ。
     銀色の虎は擲弾筒グレネードランチャーを取り出し……熊社長に向けて
     軍事独裁国家なんかで、民主化デモが起きた時に良く使われる手だ。
     催涙ガス弾を、わざとデモ隊の人間に命中あたるように撃ち……事故に見せ掛けて殺す。
     虎公が使ったのも何かのガス弾らしかったが……熊社長は少しよろめいただけで……ガスも大して効いてないらしい。
     続いて、虎公は別の何かを撃つ。
     今度は焼夷弾。
     しかし、熊社長は炎に包まれながらも暴れ続け……炎はやがて形を変え……多分、「魔法使い」系「正義の味方」の誰かが「魔法」を使ったのだろう……熊社長は炎の縄で拘束される。
     だが、熊社長の全身から放たれた猛烈な「気」が炎の縛縄を吹き飛ばす。
     どうやら……熊社長の焼け焦げた皮膚や筋肉は再生しつつ有るらしい。
     そんな化物と……「正義の味方」どもは互角の戦いを繰り広げていた。
    「私達……あんな連中から……良く逃げる事が出来ましたね……」
     源田のおっさんが恐怖に満ちた声で、そう呟いた。
    (14)「ところでさ……どうやって日本に帰るんだ?」
     河童の姿に変身したままのヤクザの若旦那はそう言った。
    「漁船か何かを奪って、対馬まで行くとか……」
    「もう少し詳細なプランを立てろよ……」
    「あの……若……山田さんのプランが巧く行った事って、有りましたっけ……?」
     とうとう、源田のおっさんにまで、こんな事を言われる事態になっていた。
    「そう言やそうだな。でもよう……こっちで何か商売始めるのも無理だろ。は〜い、韓国語しゃべれる人、居るかぁ〜?」
     シ〜ン……。
    「ほら……」
    「何とか日本に帰るしかねえか……」
     だが、その時、一般市民は避難済みの筈の町中で……。
    「よお、久し振りだな、兄弟」
     その声は日本語だった。
     声をした方向に目を向けた途端……。
    「う……う……」
    「お……落ち着け『教祖サマ』。何も呼び出すな……はい、深呼吸」
     そこに居たのは……あの中華料理屋の図体がデカくて人相が悪い店長と……そして……。
    「あ……あんた……今頃、何しに来た?」
    「誰です……あの……」
    「俺と若旦那が頼ろうとした、韓国こっちのヤクザの幹部だ……」
    「よう、山田の兄弟。ウチの組織も、もう終りみたいなんで、あんたの儲け話に乗る事にしたわ。俺が持ってるボートで……対馬か博多まで行くぞ」
    「ああ……そうか……」
     クソ……調子のいいヤツだ……。
    「ところで……どうやって、俺達の居場所が判った?」
     ヤクザの若旦那が当然の疑問。
     それに対して、悪役レスラーにしか見えない中華料理店の店長は、自分の右の上腕部を指差す。
    「へ……?」
    「あ……おい……」
    「そう言う事だ。『正義の味方』どもが、あんたらに彫ったマイクロ・マシン・タトゥーと同じ手を使わせてもらった。もっとも、『正義の味方』どものよりも、技術的には旧式だけどな」
     自分の腕を触ってみると……注意しないと判らない程度のしこりが有った。
     畜生……俺達が眠らされてる間に、小型発信機を俺達の体に埋め込んでたのか……。
    「ところで、この人は……何て呼べばいいんですか?」
     そう聞いたのは「教祖サマ」。
    「ウチの組織は、裏の仕事の時は、本名じゃなくてコードネームで呼ぶ事になってる。こいつは肉屋ブッチャー。俺はクズリだ」
    「クズリ?」
    「ああ、イタチの一種だ」
    「ええっと……日本語で『クズリ』でいいんですか? それとも、韓国語?」
    「出来れば英語で……」
    「英語だと……えっと……」
    「おい、兄弟、あんたがヒュー・ジャックマンってガラか?」
     俺は、そう指摘してやった。
    「むしろ、トム・クルーズだな」
     ヤクザの若旦那が、そう補足。
    「はぁ? どう云う意味だ?」
    「有名人に喩えてんだ。誉めてるに決ってるだろ……」
    「誉めてる割には、なんだ、そのニヤケ顔は……」
    「あ……あの……ですから……その『クズリ』は英語で……何って言えば……?」
     状況を理解してない「教祖サマ」。
    「ああ、こいつのコールサインは『マーベリック』だ。『イーサン・ハント』でもいいぞ」
    「ええっと?」
    「あれ? 映画の『トップガン』も『ミッション・インポッシブル』も観てない?」
    「だから……その……えっと?」
    「あのですねえ……いい大人が……何、小中学生のいじめみたいな事やってんですか……」
     流石に源田のおっさんが呆れたような口調でそう言った。
    「大体、他人をでいじるなんて。あと……
     おっさんに悪気は無かったのだろう……。
     だが、言ってはいけない事を口走ってしまった。
     源田のおっさんは悲鳴を上げようとした……。
     だが、無理だ。
     おっさんの気道は……既に断ち切られていた……。
     姿」の爪が、おっさんの喉笛を斬り裂いていた。
     俺達一行の中の、唯一の良識人は、あっさり死に……。
     1秒か……1分か……もっと短かい時間か……もっと長い時間か……。
    「お……おい……『教祖サマ』……やめろ……。『魔法使い』系の『正義の味方』どもに気付かれる……」
     「教祖サマ」の恐怖の絶叫と共に……無数の半魚人型の悪霊が呼び出され……駄目だ、こりゃ。
     呼び出された悪霊どもも、「教祖サマ」の影響を受けて……いや受け過ぎて……恐怖の表情を浮かべたまま泣き叫び続けていた。
     ああ、クソ……俺の手駒使い魔は全滅、「教祖サマ」の手駒使い魔は役に立ちそうにねえ……。
     どうすりゃいいんだよ、これ?
    (15)「あ……あの……やっぱり、やんなきゃ駄目?」
     この後に及んで、ヤクザの若旦那が青冷めた顔で、とっくに話が終ってる筈の件を蒸し返した。
    「このままじゃ『正義の味方』どもに俺達の居場所が丸判りだ。さっさとやるぞ」
     ここは、韓国こっちのヤクザである「クズリ」の部下が店長をやってる中華料理屋。
     テーブルの上には上半身裸のヤクザの若旦那がうつぶせになって横たわり……。
     俺はヤクザの若旦那の背中に印刷されたマイクロ・マシン・タトゥーに、この店で一番強い蒸留酒をブッかけ……そして火をけ……。
    「うわああああッ‼」
    「うわああああッ‼」
     俺と若旦那が同時に悲鳴。
     若旦那は苦痛のせいで。俺は火の勢いが思ったよりデカかったせいで。
    「ぎゃあああッ‼」
    「お……おい……何やってんだ、馬鹿。もう1人の馬鹿を殺す気か?」
     「クズリ」が俺を怒鳴り付ける。
    「……いや、火の勢いが凄かったんで、消火しようと……」
    「何で、消火するつもりで、七〇度ぐらいの酒をブッかける?」
    「う……うん?」
     その時、俺の元所属組織の大宮司クソじじいの声。
    「あ……の……。このおじいさん……意識を取り戻したみたいですけど……」
     続いて「教祖サマ」のおどおどとした声。
    「お……お前ら……何をしとる? この縄を解けッ‼」
    「あんたが必要な情報を自白ゲロしてからだ。おい、この騷ぎは何で起きた? 何で『やしろ』への門を開いて死霊どもを解き放った?」
    「貴様……」
    「何だ?」
    「『死霊』とは何だ?『英霊』とお呼びせんかッ‼ 御国の為に命を捨てられた……」
    「ああ、その愛国者サマ達は、死んだ後も俺達にコキ使われてたんだけどな」
    「おのれ……この非国民……目にもの見せて……あれ? おや?」
     どうやら、大宮司クソじじいは「御国の為に命を捨てられた尊い方々」の死霊を更にコキ使うつもりだったらしいが……。
    「マヌケ。お前が、あんな馬鹿デカい『門』を開きやがったせいで、『魔法使い』系の『正義の味方』どもが、超強力な『浄化魔法』を『やしろ』にブチ込みやがった。もう『やしろ』は消滅して……尊い英霊サマ達は、消滅したか……によってかけられた呪縛から自由になった」
    「嘘を言うなッ‼ そんな馬鹿な事が有る筈が……」
    「俺の言ってる事が嘘だと思うなら、死ぬまで尊い英霊サマ達を呼び出し続けてろ、ボケ」
    (16) 釜山の町は、大騒ぎから日常に戻りつつあり、外からは通行人のものらしき声が聞こえてくる。
     しかし、この中華料理屋のドアには「臨時休業」と書かれた紙が貼られたまま。
     悪役レスラーにしか見えない店長は、店員に「今日は来なくていい」と連絡をしているらしかった。
     精神操作能力者の吐前はんざきのおっさんが居りゃあ……もう少し短かい時間で、この大宮司クソじじいを正気に戻せただろうけど……俺のドジのせいで、吐前はんざきのおっさんは「正義の味方」どもの手に落ちている。
    「儂は……お前が持ち出したアレの事をコム社長に聞いたんじゃ……。『アレは、今、どこにある?』とな」
    「ところでさ……何で、この爺さん……現実の日本のこの位の齢の普通のおっちゃんアジョシみたいなしゃべり方じゃなくて、日本の時代劇の悪役みたいなしゃべり方してんだ?」
     悪役レスラーにしか見えねえ店長が当然の疑問を口にした。
    「知るか。芝居と現実の区別が付いてね〜んだろ」
    「しかし……奴は、知らんぷりをした……。何も聞いとらんとな……」
    「まさか、それで口喧嘩になった挙句……」
    「ああ……奴は獣化能力を使い……儂は英霊を呼び出して……」
     やっぱり、こう云うオチか……。
     この大宮司クソじじいは……いわゆる「教祖系」の「魔法使い」。
     並の「魔法使い」の数倍の魔力・霊力と引き換えに……居もしない「神様」の声が聞こえるようになり、どう考えても大間違いの「教義」を信じる……を通り越して「この世界は実在してる」と同じ程度には「当然の事実」だと思うようになった狂人だ。
     自分より弱い奴を恫喝するのは得意だが……自分と同格の奴と何かの交渉をさせちゃいけない野郎だ。
    「アレは……あまりに危険な代物だ……。儂も手に入れたは良いが……使う気にはならなかった……。あんなモノを使おうなどと云う狂人は……『正義の味方』を自称するテロリストどもぐらいだ」
     超ウケる。
     笑わせやがる。
     とんでもない魔力・霊力と引き換えに、わざわざ自分から狂人になりやがった奴が、「正義の味方」どもを狂人扱いしてやがる。
    「で……アレ、結局、今、どこに有るんだ?」
     俺は「クズリ」にそう訊いた。
    「いや、お前が肉屋ブッチャーに言った通りの場所だよ」
    「はあ?」
    「だから、お前が言った通りの場所に有るから、日本に行くぞ、って言ったんだ」
    「な……何を言ってる?」
    「だ・か・ら……お前が嘘を言ってないんなら……アレが今有る場所は……多分だけど……お前がアレを入れといたコインロッカーの管理会社だ。博多だったけ?」
     ……。
     …………。
     ……………………。
    「何だって?」
    「何だと?」
    「どう云う事ですか?」
     1つ目の声は、俺。
     2つ目の声は、大宮司クソじじい
     3つ目の声は……韓国語でここの店長。
    「お前が……『英霊顕彰会』から持ち出した『お宝』の事は……上に報告してなかった。お前は『英霊顕彰会』から手配書が回ってたんで、上に知らせたけどな」
    「何で? 何がどうなってる?」
    「あのなぁ……儲け話を上部組織に報告したら……儲けは全部、上部組織のモノになっちまう……。そうしたら……」
    「セコい……セコ過ぎるだろ……お前……。何か? 釜山中が大騒ぎになって、お前の組織の上部組織の……そのまた上部組織ぐらいまでが潰れたのは……お前のせいか?」
    「あ……ああ……そうなるのかな?」
    「何、呑気な事言ってんだ?」
    「仕方ないだろ。儲け話をイチイチ上部組織に報告してたら……逆に、俺の『組』が上部組織への上納金を払えなくなる」
     ああ……そうか……そう云う事か……。
     この手の事は日本でも韓国でも同じか……。
    「つまり……ここに居る奴らは……全員、根無し草か……?」
     大宮司クソじじいが、そう呟いた。
    「はい……僕もです……」
     続いて「教祖サマ」。
    「お若いの……あんた、中々の霊力ちからの持ち主のようだが……あんたも、儂と似たような立場か……?」
    「は……はい……。一応は魔法結社の総帥でしたが……『正義の味方』に組織を潰されました。今は……真人間になるか迷ってます」
    「悪い事は言わん。共に新しい組織を立ち上げようではないか?」
     おい……何の話だ?
    「このままでは『正義の味方』を名乗るテロリストどもの『正義』が世界を支配してしまう……。そうなっては……」
    「ああ、いずれ、そうなるかもな……。けど……」
    「聞けッ‼ 奴らの『正義』は、あまりに危険過ぎるッ‼」
    「おい、大宮司クソじじい。いい齢して『正義は暴走する』とか『正義は危険』だとか、昔の中学生みたいな事を口走るつもりか?」
    「タワケが……この後に及んで、奴らがどれだけ危険な存在か、まだ判らんのか? いいか、お前達の知っての通り、
    「あ〜あ、また、七〇ちけえ爺さんが中学生みてえな事言いだしてるよ。ボケると自分が若いと思い込むってのがホントだとしても、限度が有るだろ」
    「だからこそ、このままでは、『
    「はぁ? やっぱ、このジジイ、ボケてるぜ。『勝ったヤツが正義』なら、『正義の味方』が誰かに負けりゃ、『正義の味方』の『正義』は『悪』になっちまう訳だろ?」
     ヤクザの若旦那が当然の疑問。
    「違う……。まだ気付いておらんのか?『正義の味方』の『正義』とは……今の時代まで生き残った他の『正義』『悪』の全てではないにせよ……大半が持っておるセキュリティ・ホールや思考の落とし穴を突く事に特化した『正義』だ。『正義など勝者の主張や理念に過ぎん』と云う虚無主義ニヒリズムや冷笑主義が意図せずに生み出してしまった最悪の『正義』……それが『正義の味方』どもの正体だ」
    「何が言いてえんだ?」
    「だ・か・ら……まだ気付かんのか? 我々は……『正義の味方』を名乗るテロリストどもに立ち向かおうとすればするほど……自滅し続けたではないかッ‼」
     あ……。
     まぁ……言われてみりゃそうだな……。
     「正義の味方」から「悪」と見做されてる奴らの誰かが……「正義の味方」を出し抜き……「正義の味方」に局所的な勝利をおさめたとしても……何故か「悪」全体の勢力は減少してしまっている。
     「正義の味方」に勝っても「悪」の勢力は衰え……「正義の味方」に負ければ、当然のように「悪」の勢力は衰える。
     どっちに転んでも……いずれ「正義の味方」の勝ち……。
    「じゃあ……どうすんだ?」
    「団結だ……奴らに『悪』のレッテルを貼られた者達が団結するしか無い」
    「はぁ?」
    「並の人間では、奴らに対処しようとすればするほど、落とし穴に嵌る。大半の構成員の自由意志を奪い、『正義の味方』の危険性を認識している賢明なる指導者層の元、一矢乱れ……」
     ガッ‼
     ここの店長が大宮司クソじじいの頭を特製の肉切り包丁ブッチャーズ・ナイフで叩き割った。
    「おい、これでいいのか?」
    「ああ……」
     今度は、店内の時計をしっかり確認していた。
     一分二〇秒±一〇秒。
     ようやく状況を理解したヤクザの若旦那と「教祖サマ」が悲鳴をあげるまでの時間だった。
    「やれやれ……いい演説だったぜ。『立てよ国民、哀しみを怒りに変えて。ジーク・ジオン』のとこしか聞いてなかったけどな。あと、オチが『新しい組織を立ち上げるぞ。ただし、お前ら全員、俺の思う通りに動くロボットになれ』だったのは……さすがに、いただけなかったぜ。しかし、何で、この世代の爺ィどもは、いい齢してガンオタから足を洗えねえのかな? ギャレンだかギレンだかの演説の真似を聞かされんのは、もううんざりだ」
    (17)「何で、あんたが何か企むたびに『正義の味方』じゃなくて、俺達と同じ悪党が次々と死んでくんだ⁉」
     ヤクザの若旦那が泣き叫んでいた。
    「知るか、偶然だ偶然。あんたも、人死になんて散々見てきたのに、何、爺ィが1人死んだぐらいで取り乱してんだ?」
     まぁ、「知るか」とは言ったが、原因は判ってる。
     「悪党」ってのは他人を踏み躙る連中の事。そして、今の御時世、一番、踏み躙りやすいのは、同じ悪党どもだ。
    「大体、何で殺した?」
    「こいつに『この爺さんの言ってる事にムカついたら殺していい』って言われてな」
    「ああ、俺もだ」
     そう答えたのは「クズリ」と「肉屋ブッチャー」。
    「そんな事言ってたっけ?」
    「言ったよ……爺ィに気付かれねえように韓国語でな」
    「あんた……韓国語しゃべれないって……」
    「奥の手は味方にも黙っとくもんだ」
    「おい、何で『韓国語しゃべれる』程度の事を奥の手だと思った?」
    「若旦那こそ、何で、韓国こっち同業者悪の組織と取引が有るのに、韓国語しゃべれない? どうやって覚醒剤シャブを仕入れてたんだ? 北朝鮮が無くなった上に『在日米軍ルート』が『正義の味方』どもに潰されて以降」
    「そりゃ、釜山ここの『熊おじさん』グループから」
    「なのに、何で、韓国語しゃべれない?」
    「……部下に任せてた」
    「はぁ……いい御身分なこって。まぁ、いい。しばらく静かにしててくれ。これミスると、あんた達もただじゃ済まねえんでな」
    「あ……あの……ま……待って下さい……。まさか、その……このお爺さんを殺した上に……」
     同じ「魔法使い」である「教祖サマ」は、早速、俺の意図に気付いたようだ。
    「仕方ねえだろ。俺は『使い魔』を全部失なった所に……運良く……超レア物の『使い魔』が手に入るチャンスが転がり込んできやがった」
    「何だ、その『超レア物の使い魔』って?」
     今度はヤクザの若旦那。
    「超一流の『死霊使い』の怨霊だ」
    「……」
    「どうした?」
    「…………」
    「おい、何考え込んでる?」
    「……………………」
    「あのなぁ……まだ、何の事か判んねえのか?」
    「ちょっと待て……まさか……」
    「ああ、これまで明治以来百数十年に渡って靖國神社が溜め込んできた戦死者の死霊を散々コキ使ってきた、このクソ爺ィの怨霊が、今度は、この俺にコキ使われる番だ。いい気味だと思わねえか? 今から、このクソ爺ィの怨霊を呪縛して、俺の『使い魔』にしてやる」
    「お……おい……いくら何でも……」
    「あのなぁ……悪党の末路なんて、こんなモンだよ。どんな大物の悪党だろうとな」
    「あ……あんたが言うか……」
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    2022/01/08 12:09:10

    第一部「安易なる選択−The Villain's Journey−」/第三章:Eclipse

    「正義の味方」による「社会復帰訓練施設」から抜け出す事に成功した駄目な悪党達。
    しかし、脱走計画の根本的な欠陥のせいで、一番使えそうな能力を持つ仲間が抜け出す際に「正義の味方」の手に落ちた上(ただし、一番使えないのが死んだのは予定通り)、今、居るのは故郷を離れた海の彼方の外国。
    そこで、かつて取引が有った地元の「悪の組織」を頼ろうとするが……。

    「何で、あんたが何か企む度に『正義の味方』じゃなくて、俺達と同じ悪党が次々と死んでくんだ⁉」

    #ヒーロー #ディストピア

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