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    Love is here 接吻けた唇が離れて、ふと見詰め合った瞳が逸らされた。照れ隠しと言ってしまえばそうなのかも知れないけれど、これが片手に足りる数でもなく、それも毎回となると流石に少し違和感を覚える。それでもそれを問い質す勇気はなくて、結局今日も。
     ただ何事もなかったかのように、「また明日」と言って部室を後にした。



     キスというのはもっと、心を寄り添わせるものなのだと思っていた。王子様のキスで目を覚ますお姫様がいるくらいなのだし、触れたら幸せになって、そうすることで解り合えたりすることもあるのかと。誤解していたんだなと判を押した書類を脇にどかしながら考える。
     イデアとのキスはどうも隔たりを感じる気がした。触れられたくない何かを抱えているような、薄いガラスを挟んでいるような、そんな隔たり。いや、彼がアズールに隠し事をしているのは解っている。いつかそこに踏み込むことを赦してくれるだろうと思っていたけれど、それは中々アズールの眼前に晒されることはなく、ここまで来てしまった。
     そんなに頼りないのだろうか。話す気がないのなら、踏み込んで欲しくないのなら徹底的に隠して、踏み込むなと鍵を掛けてくれたらいいのに。末端をチラつかせるくせに触れさせないからタチが悪い。苛立ちが隠せないまま魚の骨を象ったペンをスタンドに戻し、肘を着いて組んだ両手の甲に額を擦り付けた。



     部活があってもなくても、ラウンジのシフトが入っていない日にはイデアの部屋に訪れるのが暗黙の了解になっている。今日も、ラウンジは双子に任せ夜食を用意して彼の部屋を訪れた。
    「ごめんね、アズールさん。兄さん寝ちゃってて」
     ドアを開けてくれたオルトが申し訳なさそうにそう言うのに目を丸くする。随分と早い時間であったし、アズールが来ることを解っていながら眠っているなんていう事は初めてだった。
    「入ってもいいですか?」
    「うん、アズールさんなら。僕、もう寝る時間なんだけど大丈夫?」
    「はい」
     部屋に通してくれたオルトはそのままドックの中へと入り、おやすみ、と手を振って目を閉じる。ドックのドアが閉まって、中のチューブやコードが各所に繋がり、やがて静かに光を湛えながら彼にエネルギーを蓄積し始めた。
     オルトの事を、詳しく聞いた事はない。内部部品の開発や設計はイデアがやっているというのはイデアからもオルトからも聞いているけれど、それが果たしてどこからどこまでなのか。発端が何であったのか。理由が何であったのかまでは知らなかった。
     イデアが「隠している事」の末端のひとつだ。
     持参した夜食のバスケットをデスクに置き、眠っている背中を眺める。このまま起きそうもなければ、部屋の電気を消して施錠だけして部屋に帰ろうか。それともせめて、隣で眠って行こうか。考えながら寮服のコートやジャケットを脱いで、ベッドサイドに腰を下ろした。硬めのスプリングがぎしりと鳴く。
    「ぅ、……」
     小さい呻き声が漏れて、揺らしてしまったせいで起こしたかと様子を伺うけれど、目を覚ました様子はなかった。けれど、次第に呼吸がやや苦し気なそれに代わる。
    「……なさ、……ごめ、なさい……、」
     歯軋りの音に混じった謝罪に眉を寄せ、片足をベッドに乗り上げてイデアの顔を覗き込むと、額に汗が滲み、悲し気な、苦しそうな表情で歯を食いしばっていた。魘されているのであれば起こしてやった方がいいだろうと肩を揺すっても一向に起きる気配はない。
    「オル……ごめ、……ゆるして、」
     それどころか、自分の身体を抱き締めるように背中を丸めて固くなって震え始め、ひたすらに赦しを乞う声が苦しそうで、その様子にアズールまで手に汗が張り付いた。
    「イデアさん、イデアさん」
     呼びかけ続けて、何度もその身体を揺すって、漸くイデアが薄っすらと目を開ける。けれどその焦点は合っておらず、夢と現の狭間にいるようだった。
    「イデアさん!」
     はっきりと呼びかけて、胸の前にぎゅうと固く引き寄せられた手にそっと触れると、ゆっくりと身体の緊張が解け、やがて目の前のアズールをも認識したようだった。何度か瞬いた目がくるりと部屋を見渡し、現状を把握する。
    「……寝てた?」
    「はい。すみません、勝手に」
     からからの喉から押し出された声はひどく乾いていて、それでは辛いだろうとバスケットの中から水筒を取り出して紅茶を注ぐ。呆然と身体を起こしたイデアにそっと差し出すと、一瞬何かを逡巡した手が受け取った。ゆっくりと喉を潤し、戻されたコップを水筒に戻す。
    「何か変なこと言ってた?」
    「いえ、別に。何か変な夢でも見てたんですか?」
     きっと、実家にいる頃の夢を見ていたのだろう事はすぐに解った。それを、彼が触れられたくないのであろう事も解っていたから、何でもない振りをしてわざと笑って見せる。
    「怖い夢見てた」
     言いながら伸ばされた腕がアズールを絡め取り、ベッドの中へと引き込んだ。シャツやスラックスが皺になる事も厭わずに素直にその腕の中へと納まって、痩せた背中を何度も撫でてやる。誰かに会いたくて、それでも一人になりたくて、矛盾ばかりを抱えた不安定なそのひとの身体はまだ微かに震えていて、それでもまだ、総てを見せてはくれないのかと歯痒さに目を閉じた。



     好きだから傍にいたいと思うのに。結局昨日もあんなに傍にいるのに全く彼に届いていないような気がして、悶々とした夜を過ごしてしまったお陰で寝不足だ。考えても仕方のない事だと解っているのに。
    「ひどい顔ですねえ。休んで行かれては?」
    「保健室のベッド貸してもらいなよ~」
     学食での昼食を終え、教室に帰る途中の中庭で両側から落とされた声に頑なに首を振る。恋愛にうつつを抜かして寝不足になっただなんて。そんな事で授業を休むなんて事があってはならないし、そのせいで内申点に傷が付いてしまったら冗談にもなりはしない。
    「大丈夫です。このまま教室に戻ります」
     きっぱりと言い切ったアズールに双子が頭上で肩を竦め合ったのには気付いていたけれど、敢えて触れずに足を進めた。
    「ね~そういえば、今度の連休ちょっと家に帰んなきゃなんだけど、ついでだしアズールも来る?」
    「今度……再来週ですか?」
    「実家に用事がありまして」
    「そうですか」
     家の用事なら無理をして残ってもらうのも忍びない。正直、双子抜きでラウンジを回すのはやや難しいのが現状で、そうなると、ラウンジも休業した方がいいかと頭の中のスケジュール帳を開いた。特にこれといった記念日でもないし、丁度いい。それならいっそ休みにして、什器の入れ替えをしてしまいたい。
    「いえ、僕は残ります」
    「え~、久々にアズールの足に触りたかったのに~」
    「余計嫌ですよ」
    「おや、」
     ふんと鼻を鳴らしてフロイドを睨み付けるのと同時に、反対側でジェイドが声を上げた。それにつられて振り向くと、少し上を見上げた彼の視線の先に蒼い髪がこちらを覗いているのが見える。何か出席が必要な授業があったのだろうか。生身での登校なんて珍しい。手を振ろうかと右手を上げかけるけれど、そうする前にイデアはアズールから視線を外して廊下の窓に消えてしまった。
    「なに? 喧嘩でもしてんの?」
    「いえ、別に……」
     今更双子といる所を見たくらいで嫉妬したりする事はないはず。けれど一瞬垣間見えた横顔が不機嫌そうなそれであったような気がして、行き場を失った右手でちくりと痛んだ胸をブレザーの上から押さえた。



     部室のドアを開けると、既にイデアが教室の中で一人チェスの駒を弄っていて、生身での授業参加の後そのまま来たのかなと想像する。
    「今日は絶対参加の授業があったんですか?」
     何気なくそう問うと、どこかぼんやりとしたきいろの瞳がつと持ち上がった。
    「どうしてキミはそうして僕を締め出すの?」
    「……は?」
     唐突に突き付けられたそれは、アズールを責めるような口調で、思わず片眉を持ち上げる。
    「いつもそうして。キミたちだけの世界で完結して、僕は蚊帳の外だ」
     板の上では白い駒が固められていて、イデアの手の中には黒のナイトがひとつだけ握られていた。キミたちだけの世界、とは。丸でアズールが彼の事を拒絶しているかのような言い草に、必死で蓋をしていた胸の内の黒い靄がじわりと滲むのを感じる。
    「僕はどうしたらキミの傍に行けるの」
    「それは……それは貴方の方でしょう」
     堪らずに言い返すと、ひくりとイデアの左目の下が痙攣した。それは、彼が何か気に障った時の合図のようなものだ。イスの上にしゃがみこみ、アズールを見ていた目の奥に剣呑とした光が宿る。
    「いつまでも僕を締め出して……家だか呪いだか知りませんけど、話してくれなきゃ解らないし、知らなければ貴方に寄り添う事だってできない」
    「それはキミの方だろ! いつまで経ってもキミは海での事を僕に話してくれないだろ! 双子はその全部を知ってるのに!」
     双子、という単語にふと昼間の事を思い出す。中庭での会話を窓から見ていた彼に聞かれていたのか。双子と話をするくらいでは今更嫉妬などしないと思っていたけれど、今日は会話の内容が彼を逆撫でしてしまったらしかった。
    「あ……なたの抱えているものと僕のそれを一緒にしないでください。僕のはそんな大層なものじゃ」
    「一緒だよ!! 僕にとっては僕の事よりもキミの事の方がよほど大事だ!」
     開いた手のひらが駒を机に叩きつける。大きな音が教室に響き、肩で息をするイデアの呼吸が後に残った。イスの上に抱えた膝に顔を伏せた背中が震えている。
     イデアには、海での事を話していない。実家の家業や義父の事は話してあるけれど、人魚としての姿を見せた事はないし、過去の姿のことなど尚更だ。そのせいで晒されていた屈辱の日々の事も、話せずにいる。それは、アズールにとって一番、人に知られたくない事、だからだ。
    「僕がキミを拒絶する事なんて有り得ない。ねえ、どうしたら本当のキミに会えるの? 僕はあとどのくらい強くなればキミを救える?」
     くぐもった声が床に零れ、はらはらと散ってアズールの足元へと舞い込んだ。
    「……僕だって、貴方を拒絶する事は絶対に、ありません」
     ゆっくりと近付いて、蹲る背中にぺたりと寄り添う。心臓の音が耳に直接響いて、愛しさに苦しくなった。
    「だから貴方も、独りになろうとしないで。僕からは隠れないで」
     知られたら離れてしまうかも知れないそれらが、却って互いの間に溝を作っていたなんて。それを互いにもどかしいと思っていたなんて考えてもみなかった。似た者同士だと小さく笑うと、そろりとイデアが動く気配がして、背中から離れてそのまま床にぺたりと座る。見上げたイデアは大層困った顔をして、アズールを見下ろした。
    「じゃあもう、キスの後に逃げたりしない?」
    「え?」
    「キスした後に逃げるじゃん。気付いてなかったの?」
    「それはイデアさんの方では? 必ず気まずそうに目を逸らして」
    「しっ、してないでござる!」
    「僕だって逃げてませんよ!」
     これは、もしかして。互いに互いの隠し事が後ろめたくて無意識にそうしてしまっていたのを、不信感として募らせていたのでは。何度接吻けても、何度抱き締めても、彼の心の奥深くに触れる事は叶わないのかと思っていたのに。
    「……ねえ、今度の連休、僕の部屋に来ない? ゆっくり話しがしたい」
     イデアの抱えているものは、アズールの隠したかったものと比にならないであろう事は解っているけれど、それでももう、覚悟は決めている。じっとイデアを見据えた空色の瞳からそれを正確に受け取ったのであろうイデアが小さく囁いた。
    「それなら是非、僕の部屋で……イデアさんのお部屋には、水槽がないので」
     什器の搬入は取りやめて、次の連休はずっと二人で過ごそう。家や呪いがどんなものでも、人魚の姿がどんなものでも、きっと互いの手は互いを掴んで離すことはないはずだ。心の底からそう思えた事が嬉しくて、ゆっくりと一度キスをする。
     触れたそこから、互いを呼び合う声が聞こえた気がした。

    KazRyusaki Link Message Mute
    2021/06/07 0:14:42

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