遺伝「ねえ、天才って遺伝するの?」
食事中、テーブルに挙げられたその質問に両親が顔を見合せる。ハーフアップにした蒼い髪を肩から払い、ぴたりと伸びた背筋で、けれども視線は手元の皿に落とされたまま尖った唇が面白くなさそうにしていた。
「何ですか急に?」
「遺伝するのかなって思っただけ」
「聞いた事ないでござるなー。遺伝てよりも過ごした環境の方が影響するのでは?」
「まあそうとも言いきれないと思いますけど…」
「じゃあ突然変異」
真面目に取り合うつもりがないのか、興味がなさそうに食事を続けるイデアを眼鏡越しで冷たく一瞥してから、アズールは隣で俯く質問の主に目を戻した。
「何かあったんですか?」
「……今日のテスト、全部満点だったわ」
「それはそれは。後で見せてくださいね」
「さっすが〜」
茶化したイデアをキッと睨んだ青空の瞳に思わず肩を竦めた彼が、漸く娘の様子がおかしいことに気付いてフォークを置いた。
「どうして先生は私がいい点を取っても、『さすがあの天才二人の娘だ』って言うの?」
テストを返しながら何故か誇らしげに大きく笑った担任を思い出しながら臍を噛む。
目の前のスープはもう少し冷めているかも知れない。食べかけていたパンの欠片が皿にこぼれた。
「勉強をしたのは私。本を読んだのも、研究をしたのも全部私で、テストを受けたのも私なのに」
自身の努力を認めるのではなく、両親の才を、そんな両親から受け継がれたのであろう頭脳を褒めるのか。
娘の言い分はご尤もで、両側にひとつずつ生えた、犬歯と呼ぶには些か鋭すぎる歯をぎりと噛んだ。そんな彼女の頭を隣から伸ばされたアズールの手が柔らかく撫でる。
「それは間違いなく貴方の努力の結果で、僕らは関係ありませんよ」
「流石僕らの子ってどういう? 僕らがそれを言うならまだしも、教員がその言い方はどうかと思いますなあー」
小馬鹿にするように溜息混じりで吐き捨てたイデアを見て小さな頬が興奮で赤くなる。
「ねえ、天才は遺伝するの?」
繰り返された質問を今度こそ正面から受け止めた父が、テーブルに肘を着いてニヤリと笑った。
「『先生知らないんですか? 天才というのはそもそも定義すら曖昧で、更に遺伝するという科学的根拠は認められていないんですよ。褒めるなら私の頭脳と努力を褒めてくださいませんか』」
次に同じ事を言われたらこう言えと、父の蒼い唇からつらつら吐き出されたセリフを頭の片隅にクリップで止める。
「大体、天才など事を成せば持て囃され、成さなければ単なる異端でしかない。あいつらの掌返しは異常でござる」
下らないと大袈裟に肩を上下させたイデアにじわじわと口許が弛む。あの担任はこの人を前にして、彼のこの話を聞いたら何と思うのだろうか。しおしおと身体を縮こませる教師を想像して可笑しくなった。
「イデアさん肘を着くのはお行儀が悪いです」
「アッサーセン」
そんな父も母には勝てず、慌てて両肘を下ろした彼にぷっと噴き出して、大きく息を吸い込み、知らず丸まっていた背中をぐいと伸ばす。
「そうよね! 明日は言ってやるわ」
「その意気でござる〜」
ひひっと笑った父が食事を再開させ、母が冷めてしまったスープを温めに立ち上がる。
「まあ、私が天才なのに間違いはないんだけど」
零れたパンの欠片を拾って口に運んでそう言うと、一瞬目を丸くした父が相好を崩した。
「そういうとこ、アズールにそっくり」
そう言って笑った顔が心底幸せそうなそれで、つられるように笑う。会話が聞こえていなかったアズールがスープを片手に戻って来て、笑い合うふたりを見て微笑んだ。
「笑った顔がそっくりですね」
嬉しそうな母からスープを受け取って、父に似た笑顔でお礼を告げる。
それからそっくりな顔がもうひとつ増える日を心待ちに、母の膨らんだ腹を優しく撫でた。