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なにもしないからなにもしないで(りゅさい)
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つるつる(りゅさい)
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牙も花もお前のものだ(りゅさい)
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殴らないとは言っていない(りゅさい)
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東本キッカ
恋しや恋し(りゅさい)
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東本キッカ
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もは
ねこのはなし(りゅさい)
乳飲み子を抱えた女だと思ったら、室生だった。二度見する代わりに瞬きをしきりに繰り返しながら、肺に入れたまま切っ掛けを無くしていた煙をふ、と細く吐き出した芥川は、ついで腹を押さえる室生の手に視線を投げた。人は痛みを感じる所に手を当てるという。さて腹が痛いのか、またぞろ珍しい姿に今度は煙を吐き出すだけでは到底足らず、口元に運びかけた煙草の吸いさしを灰皿へ押し付け捨てると、下駄を鳴らしながら踏み出した。からり、と高くなった音は室生にも届いたようで、振り向いたその顔、とくに目玉がよく濡れて闇夜に光る猫の目のようだった。
「君がそういう目をしている時は」
煙草の匂いが残る唇を舐めて湿らせてから、再度口を開く。
「碌でもない事をしでかす直前か、しでかした後だろうね。今日はどっちだい?」
室生の唇は引き結ばれたまま、光る飴色の目が芥川をただただじっと見つめている。それに負けじと見つめ返していると、返事はそう経たずに得られた。室生の腹から、にゃあ、と鳴き声がする。
「……」
「腹の虫が」
「いや、猫だよね」
「腹の虫だ」
なーん、とまた腹が鳴いた。ついでにうごうごと服の下で腹が波打っているのを宥めるように、押さえていた手がとんとんと撫でさすっている。身重の女のようだった。
室生の懐の中に居たのは案の定猫で、それも子猫が二匹と母猫が一匹という大所帯だった。薄っぺらい腹のどこにそれだけ隠していたのだと呆れ顔の芥川をよそに、室生は湯がいたささみを母猫に与えている。平皿の中、ささみをほぐしては猫に与える室生の手元を眺めながら、少し離れたところで煙草を吸う芥川の足元に、ころころと子猫が転がってきた。戯れているうちに畳の上をあっちへ転がり、こっちへ転がりと、忙しない様子を目で追いかけていると、まんまと胡座をかいた芥川の膝に子猫がぶつかり、驚いたようにぴょっと跳ねたと思えば母猫の元へころころと駆けて行ってしまった。
「嫌われたかな」
「煙草臭いんだろ」
「それは君もじゃないか、犀星」
腹の満ちた母猫の背中を撫でる室生の横顔はとても優しい。毛並みを整えるように指先で撫でくすぐりながら、しみじみとこの母猫がな、と語り出した声はどうにも喜びが隠しきれずに滲んでいる。
「ずっと姿を見せていなかったんだ。中庭によく来ていて、可愛がってたから寂しかったんだが」
「見かけて攫ってきたのかい」
「人を人攫いみたく言うんじゃない。そんなつもりは無かったさ、餌だけやろうと思ってたんだが」
くっ、と眉間に皺を寄せながら大真面目な顔で、
「子猫を見せに来てくれたんだ。手を出したら、その上に咥えていた子猫を下ろしてくれたんだぞ!」
「だからって懐に仕舞わないよ」
いいや仕舞うね、と即答する室生の声に、ううん、と首を捻った芥川は、短くなった煙草を灰皿の中に捨てて、にじり寄るように四つん這いでずりずりと室生の側へと寄った。芥川の姿に母猫は素早く身を起こし、少し離れたところへ行ってしまった。
「なんだよ」
「犀星、手を出して」
言われるがまま、手のひらを上にして芥川へ手を差し出した犀星の指は少しだけ荒れていた。短く整えられた爪を撫で、指腹を逆なでにするようにするりと手のひらを重ねて、ぎゅっと握る。それを数秒ばかり続けてから、芥川は微笑みながら室生に問う。
「どうだい」
「何が」
「懐に仕舞いたくなった?」
ぺいっと手を振り払われ、ついでのように額を小突かれた。
#文アル
#りゅさい
乳飲み子を抱えた女だと思ったら、室生だった。二度見する代わりに瞬きをしきりに繰り返しながら、肺に入れたまま切っ掛けを無くしていた煙をふ、と細く吐き出した芥川は、ついで腹を押さえる室生の手に視線を投げた。人は痛みを感じる所に手を当てるという。さて腹が痛いのか、またぞろ珍しい姿に今度は煙を吐き出すだけでは到底足らず、口元に運びかけた煙草の吸いさしを灰皿へ押し付け捨てると、下駄を鳴らしながら踏み出した。からり、と高くなった音は室生にも届いたようで、振り向いたその顔、とくに目玉がよく濡れて闇夜に光る猫の目のようだった。
「君がそういう目をしている時は」
煙草の匂いが残る唇を舐めて湿らせてから、再度口を開く。
「碌でもない事をしでかす直前か、しでかした後だろうね。今日はどっちだい?」
室生の唇は引き結ばれたまま、光る飴色の目が芥川をただただじっと見つめている。それに負けじと見つめ返していると、返事はそう経たずに得られた。室生の腹から、にゃあ、と鳴き声がする。
「……」
「腹の虫が」
「いや、猫だよね」
「腹の虫だ」
なーん、とまた腹が鳴いた。ついでにうごうごと服の下で腹が波打っているのを宥めるように、押さえていた手がとんとんと撫でさすっている。身重の女のようだった。
室生の懐の中に居たのは案の定猫で、それも子猫が二匹と母猫が一匹という大所帯だった。薄っぺらい腹のどこにそれだけ隠していたのだと呆れ顔の芥川をよそに、室生は湯がいたささみを母猫に与えている。平皿の中、ささみをほぐしては猫に与える室生の手元を眺めながら、少し離れたところで煙草を吸う芥川の足元に、ころころと子猫が転がってきた。戯れているうちに畳の上をあっちへ転がり、こっちへ転がりと、忙しない様子を目で追いかけていると、まんまと胡座をかいた芥川の膝に子猫がぶつかり、驚いたようにぴょっと跳ねたと思えば母猫の元へころころと駆けて行ってしまった。
「嫌われたかな」
「煙草臭いんだろ」
「それは君もじゃないか、犀星」
腹の満ちた母猫の背中を撫でる室生の横顔はとても優しい。毛並みを整えるように指先で撫でくすぐりながら、しみじみとこの母猫がな、と語り出した声はどうにも喜びが隠しきれずに滲んでいる。
「ずっと姿を見せていなかったんだ。中庭によく来ていて、可愛がってたから寂しかったんだが」
「見かけて攫ってきたのかい」
「人を人攫いみたく言うんじゃない。そんなつもりは無かったさ、餌だけやろうと思ってたんだが」
くっ、と眉間に皺を寄せながら大真面目な顔で、
「子猫を見せに来てくれたんだ。手を出したら、その上に咥えていた子猫を下ろしてくれたんだぞ!」
「だからって懐に仕舞わないよ」
いいや仕舞うね、と即答する室生の声に、ううん、と首を捻った芥川は、短くなった煙草を灰皿の中に捨てて、にじり寄るように四つん這いでずりずりと室生の側へと寄った。芥川の姿に母猫は素早く身を起こし、少し離れたところへ行ってしまった。
「なんだよ」
「犀星、手を出して」
言われるがまま、手のひらを上にして芥川へ手を差し出した犀星の指は少しだけ荒れていた。短く整えられた爪を撫で、指腹を逆なでにするようにするりと手のひらを重ねて、ぎゅっと握る。それを数秒ばかり続けてから、芥川は微笑みながら室生に問う。
「どうだい」
「何が」
「懐に仕舞いたくなった?」
ぺいっと手を振り払われ、ついでのように額を小突かれた。
#文アル
#りゅさい
東本キッカ
薄氷の月(りゅさい)
「おまえに見下ろされてばかりなのは癪だ」
室生の何気ない一言が切っ掛けになって、伸し掛かっていた男は薄ら氷の双眸を面白そうに細めた後、室生を抱えるようにごろりと寝返りを打った。四肢を縫いとめるように見下ろしていたのが一転、長い髪を巻き込むように下敷きにしながら腹の上に抱えた室生を、面白がるように見詰めている。ちょうど仰向けに寝そべる芥川の、臍の下あたりに腰を下ろしかけて、息苦しいかと膝でずり下がり、腿の上に腰を下ろす。置き場所に迷って、体を支えるように芥川の腹や胸に手を伸ばし、前傾姿勢になっても、まだ少しばかり距離が遠い。
「見下ろす気分はどうだい、犀星」
「思ったよりは面白くない」
「はは」
芥川が笑うと腹が波打って、その振動で上に跨っている室生も揺れた。海辺の、寄せた後にざあざあと引いていく細波のようで、余韻は長い。薄っぺらい寝巻きの上から触る芥川の体は、着痩せするのか、見目から想像するよりもずっと分厚く頑強だった。腹を撫でると、筋肉のおうとつが良く分かる。下腹から臍の上を辿り、鳩尾を通り過ぎて胸へ、とつとつと手のひらで擦り上げるように体を撫でると、くすぐったがって揺れる呼気がやけに甘ったるい。前のめりになるにつれ、腰が浮いて四つん這いになると、距離はどんどんと縮まった。笑いだすのを堪えるように喉奥でひしゃげた声が、また妙に婀娜っぽいのに加えて、室生の一挙手一投足、つぶさに凝視している、青々と澄んだ両のまなこの艶めかしさといったら。
「おまえは随分、楽しそうだな?」
「うん。それはもちろん、楽しいよ、だって」
犀星の顔がよく見える。見上げる格好のまま、普段とは視点の違う眺めを堪能するように視線が室生の顔を舐めるように見詰め、口元で止まった。赤みの足りない、色の薄い唇は乾いていて、表面が少しささくれている。芥川の手が伸びて、荒れてかさついた下唇をやんわりと撫でた。うにうにと感触を楽しむように唇を弄られ、喋ろうにも指を咥えこんでしまいそうで、必死に引き結ぼうとする口端が、呼吸のために緩んだ隙を突いてぬるぬ、と人差し指が滑り込んでくる。噛み締めた歯列を、人差し指の腹が順繰りに撫で、噛み合わせの合間に爪が引っ掛かる。切り揃えられた固い爪と、歯のエナメル質がぶつかる音がして、威嚇するようにあぎとを開く。それが拙かった。
「ん、」
唾液にぬるんだ人差し指が歯列の奥へ潜り込む。かしり、と歯を立てたところで、怯むどころか嬉しげに笑われてしまって、拍子抜けしていると懲りずに今度は中指が唇を割り開き、舌をつまむように表面を撫でた。煙草の味が色濃い指に、ふと、舌を這わせてみる。中指を舐るように、尖らせた舌先でくすぐってみれば、指の形を想像して疼くように背中が震えた。ペンだこのある指の、硬くなった皮膚をしゃぶる。
飲み込みきれずに溢れそうになる唾液が口の中に溜まって芥川の指をしとどに濡らすと、下唇をぐいと押し下げられて、ぱた、た、と粘度の高い唾液が糸を引きながら溢れていく。口端から顎先へ伝い、喉元へ垂れるものもあれば、下敷きにしている芥川の寝巻きを濡らすものもある。飢えた犬のように、みっともなく汚す姿にかっと羞恥を覚え、薄い皮膚を真っ赤に染めた室生が、視線のやり場に困ったように目を伏せた。ほつほつと溢れる唾液を無理やりに飲み下そうとして、指を咥えたままで嚥下するとその動きが気に入ったらしい。ぬかるみを掻き混ぜるような水音を立てながら、二本の指は室生の口の中を丁寧に探り、呼吸するリズムすら教え込む。ふ、ふ、と切れ切れに溢れる息が次第に体温が移ったように熱を孕み、飲み込みきれない唾液に乾ききっていた唇はすっかりと潤んでいる。
「ん、ぅ」
火照った皮膚を唾液が伝う緩慢さが焦れったい。舌と、それから上顎と、頬の柔い粘膜を掻く指にすっかり息が上がって、四つん這いだった腰が徐々に落ちていく。芥川の腹の上に座込みかけて、すぐに室生は腰を震わせた。逃げるようにずり上がりながら、伏せていた飴色の目を見開く。溺れたように喘ぐ口から、濡れてふやけた指がぬるる、と引き抜かれ、脈打つ首筋を掴み、引き寄せられる。どろどろに濡れた唇が噛み付くように塞がれる直前、室生が見た薄ら氷の目は、燻るように欲に濡れて、三日月のように眦をたわめていた。
#文アル
#りゅさい
「おまえに見下ろされてばかりなのは癪だ」
室生の何気ない一言が切っ掛けになって、伸し掛かっていた男は薄ら氷の双眸を面白そうに細めた後、室生を抱えるようにごろりと寝返りを打った。四肢を縫いとめるように見下ろしていたのが一転、長い髪を巻き込むように下敷きにしながら腹の上に抱えた室生を、面白がるように見詰めている。ちょうど仰向けに寝そべる芥川の、臍の下あたりに腰を下ろしかけて、息苦しいかと膝でずり下がり、腿の上に腰を下ろす。置き場所に迷って、体を支えるように芥川の腹や胸に手を伸ばし、前傾姿勢になっても、まだ少しばかり距離が遠い。
「見下ろす気分はどうだい、犀星」
「思ったよりは面白くない」
「はは」
芥川が笑うと腹が波打って、その振動で上に跨っている室生も揺れた。海辺の、寄せた後にざあざあと引いていく細波のようで、余韻は長い。薄っぺらい寝巻きの上から触る芥川の体は、着痩せするのか、見目から想像するよりもずっと分厚く頑強だった。腹を撫でると、筋肉のおうとつが良く分かる。下腹から臍の上を辿り、鳩尾を通り過ぎて胸へ、とつとつと手のひらで擦り上げるように体を撫でると、くすぐったがって揺れる呼気がやけに甘ったるい。前のめりになるにつれ、腰が浮いて四つん這いになると、距離はどんどんと縮まった。笑いだすのを堪えるように喉奥でひしゃげた声が、また妙に婀娜っぽいのに加えて、室生の一挙手一投足、つぶさに凝視している、青々と澄んだ両のまなこの艶めかしさといったら。
「おまえは随分、楽しそうだな?」
「うん。それはもちろん、楽しいよ、だって」
犀星の顔がよく見える。見上げる格好のまま、普段とは視点の違う眺めを堪能するように視線が室生の顔を舐めるように見詰め、口元で止まった。赤みの足りない、色の薄い唇は乾いていて、表面が少しささくれている。芥川の手が伸びて、荒れてかさついた下唇をやんわりと撫でた。うにうにと感触を楽しむように唇を弄られ、喋ろうにも指を咥えこんでしまいそうで、必死に引き結ぼうとする口端が、呼吸のために緩んだ隙を突いてぬるぬ、と人差し指が滑り込んでくる。噛み締めた歯列を、人差し指の腹が順繰りに撫で、噛み合わせの合間に爪が引っ掛かる。切り揃えられた固い爪と、歯のエナメル質がぶつかる音がして、威嚇するようにあぎとを開く。それが拙かった。
「ん、」
唾液にぬるんだ人差し指が歯列の奥へ潜り込む。かしり、と歯を立てたところで、怯むどころか嬉しげに笑われてしまって、拍子抜けしていると懲りずに今度は中指が唇を割り開き、舌をつまむように表面を撫でた。煙草の味が色濃い指に、ふと、舌を這わせてみる。中指を舐るように、尖らせた舌先でくすぐってみれば、指の形を想像して疼くように背中が震えた。ペンだこのある指の、硬くなった皮膚をしゃぶる。
飲み込みきれずに溢れそうになる唾液が口の中に溜まって芥川の指をしとどに濡らすと、下唇をぐいと押し下げられて、ぱた、た、と粘度の高い唾液が糸を引きながら溢れていく。口端から顎先へ伝い、喉元へ垂れるものもあれば、下敷きにしている芥川の寝巻きを濡らすものもある。飢えた犬のように、みっともなく汚す姿にかっと羞恥を覚え、薄い皮膚を真っ赤に染めた室生が、視線のやり場に困ったように目を伏せた。ほつほつと溢れる唾液を無理やりに飲み下そうとして、指を咥えたままで嚥下するとその動きが気に入ったらしい。ぬかるみを掻き混ぜるような水音を立てながら、二本の指は室生の口の中を丁寧に探り、呼吸するリズムすら教え込む。ふ、ふ、と切れ切れに溢れる息が次第に体温が移ったように熱を孕み、飲み込みきれない唾液に乾ききっていた唇はすっかりと潤んでいる。
「ん、ぅ」
火照った皮膚を唾液が伝う緩慢さが焦れったい。舌と、それから上顎と、頬の柔い粘膜を掻く指にすっかり息が上がって、四つん這いだった腰が徐々に落ちていく。芥川の腹の上に座込みかけて、すぐに室生は腰を震わせた。逃げるようにずり上がりながら、伏せていた飴色の目を見開く。溺れたように喘ぐ口から、濡れてふやけた指がぬるる、と引き抜かれ、脈打つ首筋を掴み、引き寄せられる。どろどろに濡れた唇が噛み付くように塞がれる直前、室生が見た薄ら氷の目は、燻るように欲に濡れて、三日月のように眦をたわめていた。
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