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    2024/04/16 11:43:46

    【Web再録】春に眠るきみのこと②

    #みかさに #女審神者 #刀剣乱夢

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    【Web再録】春に眠るきみのこと②幕間 りそうのこいびと

     引継ぎのことを決めねばならないなあと、彼女は考えた。自分が死んだ後の、大切な家族のこと。大抵、審神者が死んでしまうと本丸は解体される。刀剣男士たちは各々別な審神者に引き取られるのが大半だとも聞く。ただ極まれに、審神者のいなくなった本丸に新たな審神者を就任させ、場所はそのままに引き継ぐこともあるのだと、少女はこんのすけから聞いた。
     できれば、その手法をとりたい。一度はここに集った仲間同士、ばらばらにしてしまうのは忍びなかった。こんのすけにその方向で調べてもらおうと、少女は手帖にメモを取る。そういえばこのノートもそろそろ仕舞いだ。
    「新しいもの……は、いいか」
     使いきれるかどうか、わからない。残り少なくなったページをぱらぱらと捲って、彼女はそれを文机に戻した。あと半年ほどしか、ないのだから。できるだけ新しいものは手にしたくなかった。
     ミンミンと外で蝉が喧しく鳴いている。去年までなら「うるさいなあ」くらいは思っていたかもしれないが、今年は欠片もそう感じなかった。
    蝉は、ああして命を繋いでいるのだから。
    それをどうして責められるだろう。精一杯、生きていると言うのに。
    「主ー! おやつにするよ! 仕事はいったん止めてこっちにおいで!」
     審神者は一度瞬きをして、立ち上がった。じっとりと背中に張り付いた汗が気持ち悪い。頬もついとそれが滴っていく。
    だがそれはすべて、生きているからこそ。命あればこそ。



     ガンガンに冷房が効いている。もういっそ寒いくらいだ。今日のおやつだとかいう白玉ぜんざいを口に運びながら、彼女はエアコンのリモコンに手を伸ばして、設定温度を見た。二四℃?
    「これは流石に寒いですし、不経済ですよ。二八でいいです、二八で」
    「あーっ! だめだめっ! そのままにして! せめて二六!」
    「何でですかあ」
     ばっと清光が彼女の手からリモコンを取り上げる。ピッピと二回ボタンを押した音がしたところを見ると、一応二六℃にはしてくれたらしい。
    「夏の暑さはヒトの体を極端に弱らせることがあるって薬研が言ってたんだもん、だからだめっ! 主は冷房快適な場所で過ごして!」
    「えー、そんなこと言ったって、執務室には首振りの扇風機しかないですよ」
    「う、じゃあここで仕事して! ほら三日月、仕事道具ここに持ってきてよ」
    「うん? 俺か」
     割ときっちりした経済観を持っているこの少女は、無駄を嫌った。だが刀剣男士に不自由はさせたくなかった。だから各刀剣男士たちの部屋には冷暖房を完備したものの、執務室やら何やら、一日の内使われる時間帯が限られているところは最低限の設備投資しかしなかったのである。
     御指名を受けた三日月は、審神者の隣であんみつを食べていたものの、清光にせっつかれて立ち上がる。すみませんと彼女が謝ると、三日月は微笑んでその頭を撫でて行った。
     まあ確かに、今年の夏は異様に暑い。というか、湿度が高い気がする。ムシムシとじっとりとして、不快といえば不快だった。しかし特に体調に異常をきだしているわけではないのに、相変わらず清光たちは過保護である。
    「おや、主や。今日はこんのすけの検診の日か」
     仕事道具を持ってきた三日月が、ついでに彼女の予定を見てそう言った。勝手に人のノートを開かないでほしいと思いつつ、そう言えばそうだったと気づく。すっかり忘れていた。
    「検診っ? そんな大事なこと忘れないでよ主っ!」
    「ごめんごめん、すっかり失念してました」
    「もうー、しっかり診てきてもらってよね! ちゃんと結果、見てきてよ。俺達がたくさん世話してるんだから、きっといい結果に決まってる」
    「はいはい」
     よいしょと彼女は立ち上がった。検診は本丸ではなく、政府の施設で受けている。何でも色々専門的な検査をしているとかで、本丸の設備では足りないらしい。
     検診とはいえ外出、ジャージから着替えて一振護衛を付けなくてはなるまい。審神者は卓袱台で頬杖をついて、雑誌をめくっている清光を振り返った。少し前に買い物に行きたいとか言っていなかったか。
    「清光、一緒に行く?」
    「えっ、俺?」
     パッと一瞬だけ清光は表情を明るくした。しかしすぐにぶんぶんと首を振る。清光の綺麗に手入れされた髪がさらさらと揺れた。
    「ううん、三日月連れてってよ。ついでにデートしてきてっ!」
    「ええ? デートって」
    「ほーらっ! 二人で恋するんでしょ? デートは必須だよ!」
     審神者は恐る恐る三日月のほうを見た。すると三日月は笑顔満面、それはもうやる気に満ちた表情で頷く。
    「あいわかった、俺と主は恋をするんだからな。二人ででえとも行かねばなるまい」
    「そうそう、その調子。じゃあ準備して主、ちゃんとデートしてくるんだよ!」
     政府の施設に行くのに、デートも何もないと思うんだけど……と言いたかったけれど、清光が異論など認めない勢いで背を押すので仕方なしに支度をした。適当なスーツを着ようとすると、乱にダメ出しをされる。
     結局、検査のときに脱ぎやすいと言うことも考慮して上は藍のブラウスに、下は黒のフレアスカートを着る。ちょっと色合いがフォーマルすぎやしないかと気にはなったが、「色は地味でも、品があって最高にカッコいいよ!」と燭台切が太鼓判を押してくれた。確かに、すらっとしたシルエットに見えてそこそこお洒落かもしれない。伊達男のセンスは恐ろしい。
    「おお、主。随分めかし込んだな。美しいぞ」
    「三日月さんにそう言われても、あんまり嬉しくないですねえ。何ですかそのスーツ」
     三日月は小首を傾げてくるりとその場で回った。何故か彼は三つ揃えの紺のサマースーツを纏っている。
    「主とでえとするならと燭台切が見立ててくれてなあ。どうだ、似合うか?」
    「そうですね、とっても」
     いつもの煌びやかな狩衣も三日月の美しさを際立てるが、こういったシックなスーツもまた格別である。装飾がない分、元々のスタイルの良さや秀麗な容姿が浮き彫りになる。流石燭台切、審神者の服装と三日月のスーツとはちょうど対になるような色合いとデザインだった。
     審神者が玄関先で少し余所行きの靴をはけば、三日月が自然に手を差し出す。一瞬だけ躊躇したものの、彼女はその手を握った。三日月はまだ腰掛けていた彼女の腕を引き立ち上がらせると、すっと腕を組ませる。まるで本当の恋人同士のような仕草に、思わず審神者は振り返って清光に助けを求めた。
    「んじゃ、三日月主のこと頼んだよ。しっかりエスコートして」
     清光はひらっと手を振りその救援信号をかわす。そんな、と声を上げる間もなく、三日月もまた「あいわかった、ではな」と一歩踏み出してしまった。
     刀剣男士たちに見送られ、三日月と彼女はゲートをくぐる。とりあえずは政府の施設に向かわなくてはならない。
    「さあ、主。今日は俺がそなたをえすこおとするぞ」
    「言葉の意味わかってます?」
    「はっはっは、現代の言葉は苦手でな」
     はあ、とため息をついて、審神者と三日月はゲート直通の検査施設へと向かう。こんのすけに案内されて、採決だのなんだのいつもの通り一遍の検査を受けた。
     ブラウスを戻しながら検査結果を聞いて、三日月の元へ戻る。一応、三日月は待合室でおとなしくしてくれていたようだ。
    「主や、おかえり」
    「お待たせしました」
    「検査はどうだった?」
    「いつもどおりですよ」
     三日月の隣に座る。結構検査には体力を使うのだ。こきこきと首を鳴らしていると、三日月は不意に彼女の肩を抱いて、自分に凭れ掛からせる。
    「三日月さん?」
    「疲れたんだろう? しばし休むとよい」
    「いいですよ、恥ずかしいですから」
    「遠慮するな、俺たちは恋をしているんだろう?」
     彼女は起き上がろうとしたが、三日月はぎりぎりと腕から力を抜く気配はない。結局断念して三日月の肩に頭を納める。まったく頑固なおじいさまだ。
     三日月の肩で耳を澄ませると、やはり遠くで蝉が鳴いている声がした。政府の建物の外には向日葵がその大きな顔を太陽に向けている。
     この夏はずっと清光や前田や他の刀剣男士に随分気を遣われてきた。だからどうも夏の暑さからは程遠いような気がしてならない。
    「何を見ている?」
    「向日葵、そういえば本丸にはないなあと」
    「そういえばそうさな、ふむ。植えるか?」
     今から植えても、咲くのは来年の夏。その頃には、自分は……。何も言わずに彼女が目を閉じていると、三日月がぎゅっとその手を握った。
    「主や、何がしたい」
    「え?」
    「そなた、言うておったな。普通の女子がすることを自分もしてみたかったと。でえと、もその中に含まれるのではないか?」
     まあその通りだが、と審神者は苦笑した。だが言い出したら聞かない三日月のこと、彼は立ち上がって彼女の正面に屈む。彼女の両手を取って、にっこりと微笑んだ。
     どきりと少女の胸が跳ね始める。とくとく、とくとくと蝉よりも喧しい鼓動。
    「さあ、何がしたい。今は俺がそなたの恋人だ。そなたの願いを何でも叶えてやろう」
     迷った。彼女はその喧しく鳴る胸の正体を知っている。その感情の名前を、そして今それを自分は得るべきではないということも。
     自分は後もう少しで死ぬ。だからこれ以上大切なものを作っては、後が辛い。思い出が多いほうが、最後に悲しくなる。それがわかっているから、何度も口をはくはくとさせた。けれどほんの少しだけ喉の奥で発せられた小さな声を、三日月は聞き漏らしたりしなかった。
    「では参ろう。なに、日が暮れるまでに帰れば問題はあるまい」
     ぐいっと彼女の手を引き椅子から立たせると、三日月は軽い足取りで政府の施設を出た。出かけにこんのすけが「いってらっしゃいましー」とふかふかの尾を振る。
     明るく、眩しい夏の日差しが直接肌に突き刺さる。地にはくっきりと三日月と彼女の影が映し出された。
    「み、三日月さんどこに行くんです?」
    「うむ、乱にはでえとには甘味が付き物だと聞いたぞ。まずは甘味処へ参ろうか」
     彼女の手をしっかりと握ったままで、三日月はサマースーツを翻し歩き始めた。


    「あいすくりいむを買ってきたぞ主。若い女子は好きなんだろう?」
    「あ、ジェラートですね。毎度毎度思ってたんですけど、三日月さんどこでそんな知識つけてくるんです? まさか全部乱ちゃんの漫画ですか?」
     赤青白のトリコロール柄のパラソルの下、三日月が笑顔で持ってきたカップのジェラートを受け取る。三日月が手にしているほうは、抹茶の渋いものだけれど、彼女に手渡してくれたそれは女の子が好みそうな苺やオレンジの可愛らしいものだった。よく自分でそんなの選べたなあと感心しつつ、彼女が代わりに鞄から財布を取り出そうとすると、三日月はぶんぶんと首を振った。
    「でえとで女子に財布を出させるのは無粋だと聞いたぞ」
    「また偏った知識ですねえ。いいですよ、三日月さんのお小遣いは三日月さんの好きに使ってください」
    「いや、実は博多から軍資金をせしめていてな」
     三日月はジャケットの内ポケットから、ほれと財布を出してきた。軍資金というには随分と重い。倹約や貯蓄にはうるさい博多が珍しいなと彼女は目を瞬かせた。
    「主のためだと快く出してきてくれたぞ」
    「ええ? あの博多がですか」
     博多は初めて大阪城で手に入れた短刀だ。元気でちゃきちゃきとした商人気質で。でも物事の判断がしっかりしている分、迷ったとき頼れる相談相手だった。
     よしよしと三日月が彼女の頭をなでながら、ぱくりとジェラートを口にする。それから嬉しそうに瞳を細めた。この暑さで食べるジェラートはいつもの三割増くらいで美味しい気がする。
    「博多は商人だからな、金の使うべきときを心得ている。今がそうだ。主のために、必要だと思ったから出してくれたまで。そなたがうんと楽しい思いをしてくることが、博多にとっての利益だ」
     じんわり、視界が潤んだ。
     知っている、刀剣たちが審神者のいる部屋だけ冷房を死ぬほど効かせて、代わりに他の部屋は扇風機や窓を開けるだけで我慢しているということを。食事当番になったものたちが、いかほどの気を配って彼女のための食事を作っているか。あと少ししか時間が残されていないと知った主のために、彼らがどれだけのことをしてくれているか、彼女はよく知っていた。
    「さあ主、あいすくりいむを食べたら次へ行くぞ。今日一日しっかり楽しまねばな」
    「……ジェラートですって」
     せっかく乱が整えてくれた化粧が落ちないように、少女は指先で目尻を払ってからジェラートを食べた。
     二人がプラスチックの透明な容器を空にした後、三日月は立ち上がってすたすたと歩き始める。どこか当てはあるんですかと聞けば、「でえとのことは予習したんでな」と得意げに笑った。嫌な予感しかしない。審神者が乱の本棚にあった少女漫画のラインナップを思い返している間に、三日月はどこか古い自転車屋の前に立った。
    「自転車屋さん? 何の用ですか?」
    「まあここでちと待っていておくれ。主人はおるか」
     審神者を店頭に待たせ、三日月は店の中に入っていく。どこか世間ずれした三日月が、妙なことをしてやいないか気になってはらはらしていると、三日月は一台自転車を押して出てくる。どうやらそれを借りてきたらしい。
    「主や、参ろうか」
    「えっ、何ですかこれ、自転車?」
    「うむ、これなら俺にも乗れるからなあ。では行くぞ」
     三日月はいいスーツのままその自転車に跨る。後部の二台にはおあつらえ向きに座布団まで敷いてあった。つまりはここに乗れということだろうか。審神者は何度か三日月の広い背中と荷台を見比べる。いやいや、ない、それはないぞ。
    「どうした? 早く行かねば時間がなくなるぞ?」
    「いや、でも」
    「今日を楽しむんだろう?」
     振り返り、三日月はにこりと笑う。その表情を見て、審神者は腹を決めて荷台に乗った。ついと頬を汗が伝っていく。ああ、夏だ。
     流石にスカートなので、彼女はそこに跨ることができずややふらふらとする。すると三日月がするりと彼女の手をとって、自分のそれを腹に回させた。
    「しっかり掴まっておれ、落ちるでないぞ」
    「は、はい」
     審神者がちゃんと自分にしがみついていることを確認してから、三日月はよいしょとペダルをこぎ始めた。
     だがしかし、踏み出しはよかったものの、いきなりよろよろとし始めたので慌てて彼女は三日月の腹に回した腕を締め上げる。それに合わせて三日月が小さく呻いた。
    「うぐっ」
    「あっ、ごめんなさい!」
    「い、いや平気だ。もっとしっかり抱きついているといい」
    「漕ぐの代わりましょうか……」
    「む、何のこれしき。俺もじじいとはいえそなたより力はあろう」
     本当だろうか……と彼女の一抹の不安をよそに、三日月と審神者の乗った自転車はよろよろと進む。ちゃりちゃり、ちゃりちゃりと古い車輪の回る音が聞こえ始めた。だがどうにもぐらつく、安定しない。
    「み、三日月さんやっぱり代わりますっ! 危なっかしすぎて見ていられませんっ」
    「何を言うか、問題ないぞ」
    「やだ前見てくださいって! もう、もう勘弁してくださいっ!」
     曲がりなりにも一応の「恋人」と自転車の二人乗りをしているというのに、胸が高鳴るのはときめきからではない。不安からである。
     三日月はふらふらーふらふらーと何とか前に進み、じわじわと走る速度を上げ始める。そうすればなんとなしにハンドルは揺れなくなってきた。ほっと一息つきながら、審神者はぽすりと額を三日月の背に落とす。
    「どうだ主、風が心地いいだろう?」
    「そうですね……、変に汗をかいた分余計に」
    「はっはっは、まあそう言うな。ではちと散歩としよう」
     ミンミンと遠くで響く蝉時雨。それからやたらと眩しい夏の日差し。黒っぽい服を着てきてしまったせいで、ちょうど光を集めていて非常に暑い。
     けれど自転車が一定の速度を持って走っていくため、心地よい風が汗でじっとりとした背や首筋なんかをなでていってくれた。エアコンの効いた部屋でのんびりアイスを食べるのも、夏の醍醐味だろうが暑い最中にこうして走り回るのもまた、夏の一興である。
    「三日月さん、これどこに向かってるんです?」
    「うん? 特には決めておらんが」
    「えっ? 当てがないってことですか? 迷う前に戻りましょうよ!」
    「んー? 何故だ?」
     三日月は微笑みながら、ほんの少しだけ視線を彼女のほうに向ける。
    「当てなど、あったところでその予定通りにいっても面白くはあるまい。ヒトの身を得て、人生とはそういった予想外のことが面白いのだと俺は思っていたんだが。違うか?」
    「それはそうかもしれませんけど」
    「主にとびきり楽しい思いをしてもらうのだ、全て先が知れていたらつまらんぞ。おお、なにやら面白そうな店があるな。寄ってみるか」
    「ああー! またそうやって! マイペースが過ぎますっ!」
     キキッとブレーキの音を立てて三日月が止まったのは、雑貨屋の前だった。自転車のスタンドをあげて、審神者の手を握ってから三日月は店の扉を開ける。カランカランと可愛らしいベルが鳴った。
     中には女の子が好みそうな文房具やら何やらが所狭しと並べられている。何故か彼女よりも三日月のほうが楽しげに目をきらきらと輝かせて、それらに駆け寄った。
    「主や、現世には随分沢山の矢立があるんだなあ」
    「矢立って、あはは。これは色つきの普通のペンですよ」
     本丸では、刀剣男士たちは各々筆を使って何かを書き記したりすることが多い。書類仕事を手伝うことの多い長谷部や、帳簿管理をする博多なんかは現世のボールペンを愛用しているようだが、三日月や鶴丸などの古い生まれの刀たちは筆のほうが落ち着くようである。
     彼女もまた、そろそろ備品の筆記具が少なくなってきたなあなんて思いながらそれらを眺める。発注をこんのすけに頼まなくては。審神者が髪留めやアクセサリーなどの装飾品からは離れた文房具を見つめていると、ちょいちょいと腕を引かれた。
    「主、手帖が残り少なくなっていたろう? これなんかどうだ、可愛らしいと思うが」
     三日月が見せてきたのは、藍色で金の月と星が箔押しされたノートである。名前のせいもあって、三日月は自分の持ち物に月の模様を書いていたりすることがある。にしても随分乙女チックな物を持ってきたなあと審神者は一度は手に取ったが、すぐに三日月に戻した。
    「いえ、大丈夫です。これ結構厚みありますし」
    「うん? 長く使えていいではないか」
    「いえ……平気です。簡単なメモ帳とかでいいですよ。もっと早めに使い切れそうな」
     中途半端に残しても、後で困るだけだ。
     結局彼女は一枚一枚切り取ることのできるシンプルなメモ帳だけ買って、三日月とその店を出た。
     それからも三日月が行きたいというところに付き合って、映画を見たり甘いものを食べたり、本屋に行ったり。二人して自転車で結構動き回った。
     自分で興味があるといって映画館に入ったくせに、三日月には現世の洋画や邦画はまだ早かったらしい。むしろCMとして流れたアニメ映画のほうを楽しげに見ていた。ジェラートを食べたにもかかわらず、甘いもの屋を見かけるたびにすぐに寄り道をする。しかも自分がうまいと思ったものは、遠慮なく彼女の口の中に突っ込む。最初は苦笑いをしていた審神者も、最後には声を上げて笑っていた。
     夏の昼間は長い。それでもオレンジ色の夕日が傾き始めて、彼女と三日月は自転車を返し、政府の施設へ戻った。
    「あー、暑かったですねえ」
    「うむ、暑かったなあ。これは脱いでもいいか?」
    「あはは、いいですよ。サマージャケットとはいえ暑いですよね」
     三日月の脱いだ紺のジャケットを受け取り、彼女はふうと息を吐いた。それからふふふと小さく笑みを零す。
    「ん? 何か面白いものでもあったか?」
    「ん、ふふふ、いえ、なんでも」
    「そなただけ笑っていてはずるいぞ、俺にも教えておくれ」
     むっと頬を膨らませた三日月の顔が、余計におかしい。なんだかとても愉快な気分だった。
    「いえ、随分楽しい夏の一日だったなと思いまして」
    「はっはっは、そうかそうか。主が楽しかったならばよかった。どうだ、俺は恋人として上出来だったろう?」
    「はい、そうですね。実にうまくできていたと思いますよ。理想的な恋人でした」
     一応褒めたつもりだったのだが、三日月は首を振った。それからもう一度言い直す。
    「そうではない、俺はそなたの恋人として上出来だったか聞いているんだが」
    「……私の、恋人として、ですか?」
    「ああそうだ。俺はそなたと恋がしたいのだ。そなたにとっていい恋人であることが一番嬉しいんだが」
     審神者は困って目を伏せる。そういう視点で、見ていなかったのだ。
     確かに三日月の好きにしていいとは言った。だから三日月も彼女といる時間を増やしたし、日々の食事はいつも隣にいる。夜眠る前には欠かさず私室に「おやすみ」と挨拶にやってきて、他の刀剣たちも二人が恋を「している」ものだと思って。でも、それでも。
    「二言目には、『自分はもう死ぬ』と言うのはそなたの悪い癖だな」
     優しく穏やかな声で、三日月はそう言った。ゆっくりと髪を撫でてくれる三日月の手に合わせて、審神者の瞳から涙が落ちる。
    「だ、だって、そうじゃ、ないですかっ。どれだけやっても、結局は」
    「明日死ぬかもしれんのは、この世に生きているどのヒトの子も同じではないか。そなたの場合、明確に期限がわかっているというだけ。主も清光にそう言っていたぞ」
     ヒトはいつか必ず死ぬ。それが早いか遅いかというだけだと、確かに彼女はそう言った。けれどどこかでやはり、投げやりになっているのかもしれない。
    「初めに言ったはずだ。どうせ死ぬのなら俺と恋をしようと。思い残すことのないよう、したいことをすべてしようと。俺はあのときと変わりはない。だが主の心持が変わらなければ、俺だけではなく皆の思いが無駄になる。そうは思わんか?」
     たくさん楽しんできてほしいと思った博多の気持ちや、いつも彼女の体を思いやってくれる前田や、少しでも長生きしてほしいとあちらこちらに手を回す清光。他にも毎日、言葉をかけてくれる刀剣たち。彼女がただ自棄になっているだけならば、彼らの思いはどこにも届かない。
    「さあ主、もう一度聞くぞ。今日は楽しかったか? 俺は、主の恋人として上出来だったか?」
     涙でぐしゃぐしゃになった彼女の両頬を挟み、三日月が問う。
     通り一遍の、デートをした。だから彼女も、通り一遍の女の子が楽しむような反応を返した。そうすれば、なんとなく夏に一日三日月と出かけたな程度の思い出しか残らない。死ぬときに、「もう一度ああしたい」だとか「ここに行きたい」だとかそういう悲しい思いはしなくて済む。それゆえ、審神者は自分のしたいことは一つも言わなかった。願いを一つ叶えてもらえば、もっとと思ってしまうことが怖い。
     ……けれど。
    「ノート、がっ」
    「ん?」
    「ノートが、ほしい、ですっ」
     涙をぼろぼろと零しながらそう言った彼女を一度だけ抱きしめて、三日月は時計を見上げた。日没までは時間がある。
    「まだ間に合うな。よし、では行くぞ」
     審神者の手を引いて立ち上がると、三日月は再び駆け出して夏の夕暮れの中に飛び出していった。
     どきどき、どきどきと跳ねる鼓動。最初は不安で、三日月が危なっかしくて。では、今は? 今三日月の背中を見つめて上がる脈拍は。嬉しくて狂おしくて、でも泣き出したくなるくらい切なくなるこの気持ちは。
     行きは自転車だったからいいものの、今度は走って行ったこともあり、夏の暑さもあり、三日月と審神者があの雑貨屋に着いたときには二人とも汗みどろであった。彼女がぜいぜいと息を整えている間に、三日月はカランコロンとベルの音を立てて店に入り、五分も経たずして出てくる。手には可愛らしい小花柄の袋を持っていた。
    「そら、手帖だぞ」
    「はっ、はあ、お金、」
    「いいや、これは俺から恋人のそなたに贈り物だ。大事に使っておくれ」
     肩で息をしながら、彼女は両手でその袋を受け取った。それからぎゅっとそれを胸に抱きしめる。
    「……使いきれるでしょうか、このノート」
     もうあと、半年ほどしか時間はないかもしれない。三日月はおおらかに笑いながら、審神者の手を取った。しっかりと手を繋いで、歩き出す。
    「なに、二冊目がいるようになるかもしれん。ああそうだ、乱から借りた書物に書いてあったが、現世の恋人同士は文の代わりに日記を交換し合うものなんだろう? どうだ、それをやってみんか」
     鼻を啜りながらも、審神者はふふと小さく笑った。また、妙なものを参考にして。偏っている上に、その知識は古すぎる。
    「それは楽しそうですけど、乱ちゃんの漫画を参考にしないでくださいって言ってるでしょう?」
    「はっはっは、では決まりだな。だが今日のでえとは乱の書物ではなく、燭台切に借りた映画を元にしたんだが。どうだ? 気に入らなんだか?」
     三日月の背中の向こうに、夕暮れ時でも生き生きと輝く夏の太陽がある。それが少し眩しかったけれどそれでも彼女は笑った。
    「いいえ、とびきり楽しいデートでしたよ」
     そうか、と三日月もまた微笑んで彼女と歩幅を揃える。明日からこのノートに何を書こう。たくさんたくさん、その日にあったことを書き留めておきたい。いつか見直したときに、懐かしく思い出せるように。





    「主は、どう死ぬんだ」
     検査が終わるのを待つ間、三日月はその無機質な施設で聞いた。隣には尾を垂れたこんのすけが座っている。
    「この先主を待つ死は、苦しみ、辛いものなのか」
     今のところ審神者の体調に、目に見えた変化はない。至っていつもどおりに寝起きし、食事を摂り、生活を送っているように見える。一応三日月は寝る前に彼女の部屋を訪れ、変わったことはないか部屋の明かりが落ちて暫くは外で様子を伺っているのだけれど、それでも何らおかしなところはないように思えた。
     本当に、審神者はあと半年もしたら死ぬのかと不思議になるほどに。
    「……霊力は生命力でございます。主さまの死に方は、現世で言う老衰に近いものでございましょう。少なくとも前例では、そうです」
     霊力の使いすぎで夭折した審神者は、彼女の他に多くいた。そういう積み重ねの元に、こんのすけたち時の政府は戦っている。キリも果てもない戦いに、身を投じてくれと審神者たちに乞うている。彼女のこんのすけとて、そうして死んでいった審神者を知らないわけではない。
     政府で事務処理をするがてら、他の審神者の話を聞きがてら、嫌でもその生き死にについては耳にする。
    「今は元気でいらっしゃいますが、そのうち休んでいる時間が多くなり、最後にはそのまま眠るように逝かれるかと……」
    「……そうか。では苦しんだり痛んだりすることはないのだな」
     だが死ぬことには代わりがない。
     三日月は出かけに自分の腕を引っつかんできた加州清光のことを思い出した。清光は彼女の初期刀。審神者が死ぬとわかったときは、誰よりも大声で泣いていた。きっと今一番傍にいたいだろうに、「主にたくさん楽しい思いさせてきてよね」と、三日月のスーツのポケットに雑誌の切抜きを突っ込んできた。
     それから博多藤四郎のことを思い出した。金銭のことにかけては誰よりも厳しい博多が、三日月の財布にたくさんの軍資金をつめて手渡してきた。「これで主ばえらいいっぱい笑わしぇてきんしゃい」と。今まで貯めて来た甲斐があると嬉しそうに。
    「ほんに、一年で死んでしまうのか」
     再び三日月が問いかけると、こんのすけはぶんぶんと首を振る。
    「いいえっ、まだそうと決まったわけではございませんっ! しっかり養生して、無理をせずにいていただければっ、少しはっ」
    「いつまでもつんだ?」
     小さな声で、こんのすけは「桜が咲くのに、間に合うかどうか」と答えた。それでもやはり、春までか。
     彼女自身も、「来年の桜は見られないでしょうね」なんてこぼしていた。ともすれば夏はもうこれが最後。これから巡りくる季節はすべて、もう彼女と別れるだけか。
     審神者が閉めた、真っ白で何もない扉を三日月は見つめる。今の彼女は、あの扉と同じ。何も残さないよう必死になっている。何かを思い残せば、手にしてしまえば、それは未練になる。死ぬときに辛いだけだ。
    「なあ、こんのすけや」
    「はい、三日月様」
    「ああは言ったものの、実は俺も『恋』はよくわからん」
    「ええっ?」
     こんのすけは素っ頓狂な声を上げた。あれだけ審神者に迫っておきながら、最後に恋をしようなんて言っておきながら、わからないだなんて。
     だが三日月のほうは柔らかな笑みを浮かべている。わからないなんてことはまるで気にしていなさそうだ。実直で誠実であるが、マイペース。まあそれが三日月のいいところでもある。特に今の彼女のような人間にとっては。
    「はっはっは、まあ俺は刀だからな。ヒトの子の言う恋慕の情はよくわからん。だが俺は、あの子に笑ってほしいと思っただけだ。残る時間が少ないならば、できるだけ笑顔でいてほしいと」
     そしてそれを、一番近くで見ていたいと思っただけ。
     この気持ちが恋と呼べるかどうかは、今の三日月にはわからない。
    「主が痛みに苦しみながら逝くのではないとわかっただけ良いとしようか。俺たちとて、主の辛そうな様子は見ていたいものではない」
    「……そうですねえ、わたくしもです」
     こんのすけはしんみり答えたのだけれど、対して三日月はこんのすけ膝に抱え上げて、大きな耳に唇を寄せる。何事かとこんのすけが身構えると、三日月はこっそりと聞いた。
    「して、そなたの目から見てどうだ? 主は『恋』をしていると思うか?」
    「はあ、そうですねえ」
    「そうですねえではない、主は俺を好きだと思うか?」
     そのときキイと小さく扉が開いて、襟元を正しながら検査を終えた審神者が顔を出す。すると三日月がぱっと顔を明るくした。今まで問い詰めていたのなんてなかったかのように、こんのすけをあっさり膝から下ろして審神者に手を伸ばす。
    「主や、おかえり」
    「お待たせしました」
    「検査はどうだった?」
    「いつもどおりですよ」
     なんでもない会話だけれど、それでも表情を綻ばせる天下五剣を見上げ、こんのすけはやれやれと尻尾を振った。
     顔に好きだと書いてあるのに。のんびりとしたこのお刀様はいつそれに気がつくだろうか。相手に何かをしてやりたい、笑う姿を一番傍で見たいだなんて、そんなの恋の始まりでしかないのに。
     早くその日が来ますようにと密かに祈りながら、こんのすけは外の蝉時雨に耳を済ませた。
    幕間 りそうのこいびと


     どさりと目の前に大量の書物が置かれる。三日月が驚きできょろきょろとしていると、乱藤四郎がやや据わった目でそれを見下ろした。
    「主さんと最後の恋をするんだからね、おじいちゃんにはみっちり勉強してもらうよ。なんたっておじいちゃんはボクらの主さんの恋人になるんだから」
     現在三日月の部屋で、彼を取り囲んでいるのは乱藤四郎と加州清光と燭台切光忠。どうやら初鍛刀の前田藤四郎も呼ばれてはいたらしいが、生憎と審神者のほうに呼ばれてしまったらしくそちらに行ったようだ。
     三日月の前にはうず高く書籍が積まれ、加えて何本か映画のパッケージとさらに雑誌までが並べられる。一体これで何をしろというのか。
    「三日月には、これから理想の恋人が何たるかを勉強してもらうから」
    「り、りそうのこいびと?」
    「うん、主の最後の恋のお相手だからね、かっこよく決めてもらわないと」
    三日月の問いかけに、燭台切がうんうんと頷く。つまり、これらの本やら映画やらは全て教科書や参考資料らしい。三日月は一番上にあった本に手を伸ばした。なにやら煌びやかな絵の描かれた表紙である。
    「それはねっ! ボクの少女漫画! 主さんって現世の学校とかデートとか、そういうのに縁がなかったみたいだし。どうせなら普通の彼氏彼女みたいなことも経験させてあげたいっ!」
    「か、かれ? でえと?」
    「三日月雑誌とか読まないでしょ? 現世で主くらいの女の子が読むやついくつか見繕っといたから、それ見て勉強して。主をとびっきり可愛くして、女の子させてあげてよね」
     畳み掛けるように様々なものを突きつけられて、ぐるぐると目を回してしまいそうになる。現世の雑誌? でえと? そもそも恋をするとは言ったものの、恋とはなんだ?
     何もできずにじっとそれらを見つめる三日月に、とどめの様にして燭台切がポケットからメモを出してそれを読み上げる。
    「前田君から伝言だよ。『主君の美しい思い出となるよう、三日月殿には励んでいただきたく。くれぐれも主君を傷つけることのないようよろしく頼みます』、だって。あ、これを書いてるときの前田君、ものすごい顔だったよ。頑張ってね三日月さん」
     サッと三日月の顔が青ざめた。小さい形で、人一倍厳格で礼儀正しいのが前田藤四郎である。粟田口の兄弟の中でも、「怒らせて一番怖いのは前田」というのが定説である。そんな前田にここまで言わせて、何かあったらどうなるかわからない。
     だが正直なところ、三日月は現世の言葉や文化にひどく疎い。少女漫画を見せられても、わからないものばかりだ。一応は手にして捲ってみたものの、何を言われているやらてんで理解できなかった。
    「燭台切、すまんがちと、じじいにもわかりやすいものにしてくれんか」
    「ああ、ごめんごめん。そうだよね、いきなり少女漫画はやっぱりハードル高いよ乱君」
    「ええー? だって恋愛といえば少女漫画でしょ?」
     ぶうぶうと文句を言う乱に「すまんな」と一言謝って、燭台切に手渡されたものを見る。どうやら映画のようだった。
    「映像なら、少しわかりやすいんじゃない? 一応字幕も出るようにしておくよ」
    「すまんな、礼を言うぞ」
     映画をセットしてもらい、湯呑み片手に三日月はテレビの画面を見つめた。どの刀剣男士の部屋にもそれはあるのだけれど、三日月はなかなか使わない。テレビを見るより、縁側や広間で茶菓子を食べたりしているほうが好きなのだ。
     映画が始まり、何人かの登場人物が入れ替わり立ち代り話したり動いたりしていく。現世の技術はなんとも面妖なものだ。三日月の生まれたころは、絵巻物で手一杯であったのに。
     どうもその映画は、高貴な生まれの女性がお忍びで街へ出て、出会った男性と恋に落ちるというストーリーのようだった。まあありきたりだなあなんて思いながら、三日月はじっとそれを見つめる。
    「恋するなら、やっぱり一番はデートだよね。ねえ清光、どうする? 主さんあんまり外に出ないほうだし」
    「んー、まあそれでも政府に報告とかはあるから、それにかこつけて出すしかないよ。こっちで機会作るから、三日月はちゃんと主のエスコートして」
    「う、うむ、あいわかった」
     えすこおとが何なのかわからないが、とりあえず了承する。とにかく三日月がすべきことは、主をたくさん笑わせることだ。楽しい思いをしてもらうことだ。
     映画は少し長かったけれど、テンポよく進んでいった。身分が高いゆえに今までできなかった庶民の遊びを満喫する女性。髪を切ったり、観光地にいってみたり、甘いものを食べたり。活発に乗り物に乗ったり踊りまわったりするその女性の表情は生き生きとしていた。
    「なあ、清光。恋をするヒトの子は皆あんなに楽しげな顔をするものなのか?」
     思わず三日月が問うと。清光はテーブルに頬杖を突いたまま「そりゃそうでしょう」と返事をする。
    「ヒトって恋をして、家族を作って生きてく生き物だもん。それが楽しくなかったら、今頃ヒトなんていないよ」
     なるほどな、と三日月は納得した。その通りだ。三日月の知る遥か昔から、彼らはそうして命を繋いできたのだった。時に苦しそうに、辛そうにしながらも、支えあいながら、恋をしながら。
     画面に映るその女性を見ながら、三日月は「主もあんなふうに笑ってくれんものか」と内心で呟いた。三日月の知る彼女はあくまで「審神者」でしかない。
     いつもピンシャンと背筋を伸ばして文机に向かって、正しい刀剣男士たちの主であろうとし、その年頃の子どもにしては大人びすぎている気がした。何でも一人でこなしてしまう。困っていても、ぎりぎりまで自分だけで何とかしようとする。だからせめて、もう残された時間が少なくなったとわかった今くらいは、楽しく笑っていてほしい。
    「……主さんに、ボクら何してあげられるかな」
    「……」
     乱の呟きに、誰も何も答えなかった。ただじっと、元のとおり城へと帰っていく映画の女性を見つめていた。恋をしても、どうにもならないことはある。結局は自分のすべきことをし、それに殉じて生きていく。
     それは審神者も刀剣男士も同じだ。いくらヒトの器を得ても、心を得ても、やはり彼らの使命は歴史修正主義者の討伐に変わりはない。そのために折れていくこともまた必定であるし、死ぬことも運命。そんな中で、もし優しい思い出を持たせてやれるとしたら、旅立つ彼女に花を持たせられるとしたら。
    「主の、恋人でいてよね、三日月」
     ぽつりと清光が零す。
    「戦うのは俺たちが三日月の分までするから。今日から主がいなくなっちゃうまでは、三日月は主の恋人でいて」
    「……」
    「俺たちが初めて見送ることになる主なんだ。モノのときはできなかったことも、今はできるし伝えられる。きっとこれからもこういうことはある。主を『審神者』としてだけじゃなくて『ヒトの子』として見送ってやれるのも俺たちだけだ。だから一人でも、主の『刀』としてだけじゃなくてもっと他の立場で傍にいてやることが、俺たちにできる最後の贈り物だと思う」
     審神者として政府と契約を交わした以上、彼女は息絶える瞬間まで現世には帰れない。家族にも会えない。だからその日までは、自分たちがその代わりを務めなくてはならない。
     三日月は積み重ねられた少女漫画と雑誌に手を伸ばす。とても一日では読みきれない量だ。だから「借りるぞ」と乱に言い置いた。乱もまた「うん、いいよ」とだけ返す。
     主が喜んでくれる「理想の恋人」になるために。
     とりあえず三日月はカタカナの勉強から始めようと思ったのだった。
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