第参話 おかいもの「うわぁ、すごい
絨毯が、絨毯が飛んでいる!」
「あれはね、絨毯の上に買ったものを乗せて空に上げてるの
そうすれば、重い荷物を持って歩かなくて済むし、狭い街中でもみんな快適に過ごせるでしょ?」
「な、なるほど…」
魔法だ、魔法が生きている。
こんなことが本当にあるなんて。
絨毯を飛ばすって、もはやベタなのかなんなのかわからない。
さっきからはるか上空を箒に乗った魔法使いがビュンビュン飛び交っている。
デッキブラシで飛んでいる女の子は見かけない。
あれはもはやドジっ子魔女におけるひとつの様式美だ。
「わああ!なんですか?!
なんですかあのかっこいいひとは!
わたしもあれがいい!
あれを所望します!」
「あらやだあんた、せっかく可愛い顔してんだから箒に乗りなさいよ
それが魔女っ子ってもんでしょうが」
「あれがいい!
絶対に、あれがいいです!」
そう、わたしは見てしまったのだ。
背丈ほどもありそうな大剣に乗って移動する魔法使いを!
もちろん、大剣は鞘に納められており、魔法使いはそのブレード上に立って乗っていた。
かっこいい、そして攻撃的。
チャラついた可愛い箒などには興味は無い。
「でも、ギフト
あれだと終始立っていなきゃならないぞ?
座れた方がよくないかい?」
「…、そ、それもそうですね…」
キールめ、実用性でわたしを説き伏せる気なのか。
「だからさ、大剣と箒と絨毯、三つ買っちゃおう!
そうすれば移動もお買い物も戦闘も困らないな!」
「え、い、いいんですか?」
「もちろん!
俺だってファージほどではないが、けっこう稼いでるんだぞ!
金額の心配は何もいらないから、欲しいものを選ぼうな
まぁ、杖だけは魔力にあったものじゃないと使えないから、もしかしたら意にそぐわないデザインになってしまうかもしれない。
せめて他のものは好きな物を選んでいいんだぞ」
「ありがとうございます!」
なんと、まさかの金額無制限宣言いただきました。
どうやらキールはお金持ちで、ファージはもっとお金持ちらしい。
これならば、将来、こちらの世界では結婚せずとも悠々自適の生活がおくれそうだ。
殺す前に一筆、財産の分け前についてちゃんと書いてもらおうと思う。
「こらギフト、あんた悪い顔してるわよ!
可愛くなさい
愛想振り撒いて、店で一番いいやつ出してもらうのよ!」
「一番いいやつ…、ラジャー!」
大通りを歩くこと数分、わたしの希望で剣の専門店に来た。
抱いていたイメージとは違い、なんだかオシャレなお店だ。
建物は木造4階建てで、すべての階に大きなはめ込み式の窓がある。
窓にはそれぞれの階で扱っている剣の種類がメタリックな金色に縁どられた黒い文字で描かれている。
店内では職人さんがメンテナンスをしている様子を見ることが出来、簡単な修理だったらその場でやってくれるようだ。
わたしたちは3階にある大剣の売り場へと階段をのぼった。
「うわぁ…、何が何やら…
ほおう…」
「さぁ、どれを選んでもいいんだぞー!」
「待って、キール
とりあえず一番いいやつがどれか聞きましょうよ」
ファージは美しい笑顔を作って店員さんのもとへ行った。
キールは自分も新調したいのか、店内で物色している。
わたしはそんな保護者たちに若干呆れつつ、値段が安いものから順番に見て行った。
「わぁ、これはなんというか…
もしこれを選んだら前の世界で中二病って言われそう…」
ドラゴンが巻き付いているようなデザインのものや、宝石が散りばめられているもの、なにやら読めない言語が彫ってあるもの、刃の色が赤いもの、オールブラック仕様のもの…。
選ばれし勇者にしか引き抜けないようなデザインのものがいっぱいあった。
「わたしはシンプルなのがいいなぁ」
大剣を欲したことを少し後悔し始めた時、ファージが軽やかな足取りでこちらに向かってきた。
「ギフト~!
このお店で一番魔力伝導率が高くて丈夫で切れ味も抜群で、なによりあなたにとっても似合うものを出してきてくれたから、ちょっと見てみてほしいの!」
「はーい」
ファージはどっちかというと装飾がついてるものが好きなイメージがあるため、わたしはそっとため息をついた。
きっとゴテゴテな勇者の持つ感じのクラシックで煌びやかなものなのだろうな、と、ため息をついていた。
足取り重くわたしがレジにつくと、ちょうど職人さんが木箱を持ってきてくれたところだった。
わたしはその木箱を見た瞬間、心臓が強く打つのを感じた。
「これって、日本語…?」
「あら、ほんとねぇ…」
「ニホンゴって何?」
どうやらキールは知らないらしい。
「私共もこれがいつ作られて、なんと書いてあるのかはわからないのですが、どうやら大昔のとある職人が最後に作ったものらしいのです
この職人がつくった武器は全部で13種類あるらしいですよ
帳簿にはそう書いてありました
これはその中でも最後に作られたのに番号は5番なのです
では、開けますね…」
箱にはこう書いてあった。
『英雄に成ってはいけない
悪の芽を生かしてしまうから
刀匠 弦巻星雲』
墨で書かれた達筆な文字。
いったい、このひとに何があったというのだろう。
わたしは無意識に自分の体を抱きしめるように右手で左腕を掴んでいた。
開かれた箱の中には、ふかふかのシルクの布団に横たわる、おそらく漆塗りと思われる朱色の大きな鞘に納められた大剣が入っていた。
華美な模様などは一切なく、ただ美しくなめらかにそこに存在している。
柄は銀色で、持ち手のところには黒い皮が巻かれている。
まだわたしには浮遊魔法が使えないので、かわりにキールが手に取って鞘から引き抜いてくれた。
「まぁ…」
「すごい…」
「わたし、これにします…」
店内にいたすべてのひとがその大剣の輝きに目を奪われた。
まるで水に濡れているかのようにしっとりと光を内包する綺麗な銀色の大剣。
耳鳴りがする。
身体全体が緊張した。
「これに決定ね!
店員さん、これはおいくらかしら?」
「あ、は、はい!
ありがとうございます
こちらは3年間メンテナンス無料カードがつきまして…、3,800,000mayzです」
「思ったよりもお安いのねぇ」
「…え?
サンビャクハチジュウマンメイズ?
それはどういった単位ですか?」
「えっと、ギフトのもとの世界で言うと…、456万円ってとこかしらね?
1メイズが1.2円くらいよ」
「物価がわからないんですが、安いわけないですよね?
それはセレブの余裕でそう言っているんですよね?
どうなんですか?
これは本当にいいお買い物と言えるんでしょうか?
不安不安不安不安…」
「まぁ、庶民のみなさんからしたらちょっとお高いかもね
物価ねぇ…、あんまり考えたことなかったわ
うーん、リンゴがひとつ500メイズ?」
「ファージ、リンゴひとつにそんな値段、普通のひとはかけないんだよ
そうだなぁ、うーん
たとえば、この辺で一番安い定食屋さんだと800メイズでお腹いっぱいになれるぞ!」
「あら、そんなに安いの?
そんなに安くしちゃって、みんなお給料ちゃんともらえているのかしら」
「ファージは優しいなぁ」
「うふふ」
二人のラブラブアピールがまったく気にならないほど、わたしは自分に買い与えられたものの金額に放心していた。
このままでは金銭感覚がおかしくなってしまいそうだ。
さっきまではお金持ちの養子ラッキーくらいにしか思っていなかったが、ちょっとレベルを見誤ったようだ。
「いいお買い物ができたわね
次は絨毯を見に行きましょう
このあともお買い物するから荷物を置いておく場所が欲しいもの」
「あの、絨毯は安くていいです…」
「何言ってんのよ!
安物なんてすぐ色あせるし寝心地わるいし細工も出来ないし、絶対ダメよ!
絨毯は100万メイズ以上のものじゃないと買わないからね!」
「ひゃ、ひゃく…」
お会計の時はお店の外で待っていようと心に決めた。
その後、びっくりするほど寄り道を繰り返した。
お菓子屋さんというお菓子屋さんを巡り、貴石屋さんではファージの体重ほどの量を買った。
なんとか軌道修正しつつ、絨毯と箒、調剤器具、その他もろもろ買いそろえてもらい、先ほどキールが言っていた定食屋さんで昼食にした。
ファージは安さと量と味に感動しており、わざわざ厨房まで行って賛辞を述べていた。
わたしにもなじみのある味付けだったので、ひとりで買い物に来たらここでごはんを食べようと思った。
「はぁ~!
白いご飯があんなにおいしいと思ったの初めてよ!
すばらしいわ!」
「だろ~?
安い早い多い旨い!
体育会系男子のオアシスと言っても過言ではない!
…それにしても、まさか俺と同じ量を食べるとは!
さすがギフト!俺の娘!」
「いやぁ、まだまだですよ」
本当はアイスかなんか食べたかったが、お昼時と言うこともあり、あまりゆっくりしていると他のお客様に迷惑かと思ってやめた。
「さぁ、ついに最後のお買い物よ~?
心していくわよ!
ギフトにぴったりの杖を探しに!」
ファージは意気込んでいる。
なぜなら、杖、というものは相性が大事なものだからだ。
使える属性が少なければ大量生産品を使うことになるため、デザインで選べる杖は少ない。
使える属性が5~7くらいだと選べる杖はとても多い。
しかし、使える属性が8を超えてくると、とたんに選べる量は減り、出会うことが難しくなるのだという。
多属性に対応し、尚且つ莫大な魔力を放出出来る杖となると、ほぼほぼ運任せとなり、オーダーメイドで作ってもらうことも出来るが、そうなると1か月は待たなくてはならないらしい。
ファージは修行を遅らせる気はサラサラないようだ。
何としても今日中に出会う必要がある。
「杖屋さんって何軒あるんですか?」
「優秀で高品質な杖屋さんは3軒よ」
「あ、なるほど」
「まぁ、でも、たまに掘り出し物が眠ってる可能性もあるからねぇ
優秀な杖屋さんに万が一なかった場合、わたし的Bランクのお店にも行くわよ」
「そのファージさん的Bランクのお店は何軒あるんですか?」
「6軒よ」
「わぁ、先が思いやられる」
言葉ではそう言いながらも、わたしはとてもワクワクしていた。
どんな杖がわたしのもとへ来るのか。
どんな杖がわたしのことを選んでくれるのか。
この際、わたしに合うものがあるなら見た目なんて気にしない!ことはない!
いやいやいや、前の世界で流行っていたけど、魔法少女みたいなきゅるんきゅるんしたやつだったらどうすればいいんだ。
あんなピンクで角が丸い星がわんさかあふれ出すようなもの絶対に似合わないから絶対に嫌だ。
トールキンの物語に出てくる魔法使いが持つようなシンプルなのがいい!
ピンクは嫌だ!
パステルカラーは嫌だ!
「ちょっと、ギフト
あんたなんでさっきから頭ブンブン振ってるのよ
怖いわねぇ」
「あ、ちょっと杖に対する期待と現実と妄想がわたしに悪夢を見せています」
「変な子ねぇ」
「ははは!大丈夫だよ!
ギフトならとびきり素敵な杖が見つかるさ!」
「わぁ、ハイパーポジティブ」
まだ起きてもいない最悪な事象についてあれこれ思い悩んでいると、1軒目の杖屋さんについた。
「あぁ、入りたいような入りたくないような…」
「何言ってんのよ
はやく入るわよ」
「あああああああ」
半分開け放たれた金色に縁どられた大きなこげ茶色の木の扉を通ると、建物からは想像もできないくらい室内はとても広かった。
敷き詰められた赤い絨毯。
壁には所狭しと引き出しが並んでいる。
棚ごとに杖の柄の部分使われている素材が分かれているらしい。
これを一から見ていくのだろうか…。
「いらっしゃいませファージ様、キール様」
「こんにちはミカエル
今日は娘の杖を選びに来たの
何本かみつくろっていただけるかしら」
「それはそれは
光栄にございます」
「こ、こんにちは
ギフトと申します
本日はよろしくお願いいたします」
「ほほほ
ギフト様、緊張なさらなくても大丈夫でございます
わたくしめにお任せください
では、両手をお借りできますか?」
「は、はい」
わたしは両手をミカエルに差し出した。
ミカエルはファージやキール、わたしともとくに変わらない外見をしている。
種族は同じなのだろうか。
あ、わたしは魔女になるんだった。
そんなことを考えていると、ミカエルに握られた両手があたたかくなってきた。
「なんかポカポカしてきました」
「はい、終わりました
爪の色を拝見させていただきます」
「…ぎょ!」
なんと、爪が真っ黒になっていた。
「あの、これはいったい…」
「ほほほ
説明させていただきますね
わたしは杖職人をしておりますので、この手には様々な素材がしみこんでおります
その手で魔法使いの手に触れると、しみこんだ素材が魔法使いの魔力に魅かれて爪に転移するのです
その転移した素材こそが、その魔法使いに適した杖の素材となります」
「なるほど…」
「ギフト様の爪は黒くなりましたので、これは金属が良いということをあらわしております」
まさかの金属。
魔法使いの杖と言えば、木ではないのだろうか。
または何かの骨。
「では、まずは5本ほど、見繕ってまいります
こちらにお掛けになって少々お待ちくださいませ」
「はい!」
まぁ、何はともあれ、金属ならばピンクという心配はないだろう。
たぶん。
妖精さんたちが運んできてくれた紅茶をいただきながらおとなしく待つこと10分。
「ギフト様、お待たせいたしました
こちらの5本の杖をそれぞれ一本ずつ持ちながら目の前の金魚鉢に光を灯すイメージで念じてみてください」
「は、はい!
あ、でも、わたしは光属性の魔法が使えないようなのですが…」
「大丈夫ですよ
イメージするのです
明かりが灯るようすを頭に浮かべるのです
魔法が放つ光に反応しますので、光属性の魔法が使えなくてもご安心くださいませ」
「わ、わかりました
やってみます!」
光を灯す、光を灯す…。
一本目は何も起こらなかった。
二本目、三本目、四本目も何も起こらなかった。
焦るしとても凹む。
自分が魔女になるなんてやっぱり嘘だったのではないだろうか。
そして五本目。
さっきよりもさらに強く念じて見た。
結果を見たくなくて瞼をぎゅっとしていたら、店中から大歓声が上がった。
「ママ、あれ見て!
すごーく綺麗!」
「そうね
あんなに美しい魔法を見たのは国王誕生日のお祭り以来だわ」
「あんな景色の中でプロポーズされたーい」
「あれやばくない?
子供でしょ?何者?」
「きれーい」
「わぁ、あれ、僕のお誕生日会でやってほしい」
「芸術ですな…」
何事かと思い、目をそっとあけてみると、そこには幻想的な世界がひろがっていた。
「これ、わたしが…?」
「そうよ、あなたの力よ」
鮮やかだった。
100個ほどもあるだろうか。
色とりどりに柔らかく光る金魚鉢が宙に浮いていた。
触れるとふわりと跳ねる金魚鉢。
金魚鉢同士がぶつかると綺麗な音がする。
まるで星々の囁きが聞こえているようだった。
「おめでとう、ギフト
素敵な杖に出会えたな!」
「本当に、素敵です…」
ギフトの手に握られていたのはギフトの身長よりも大きい160㎝くらいの長杖。
銀色の柄は光沢があり、まるで鏡のように景色を映した。
杖の最上部にはどうやって浮いているのかわからないが、大人の拳大くらいの透明なまんまるの宝石がある。
とても綺麗な杖だ。
「さ、杖も手に入れたことだし、おうちに帰りましょうか」
「…、一件目で見つかるのはラッキーなんでしょうか?」
「いいえ?
ここの杖屋さんは本当に優秀で、むしろここで見つからなかったらどこ行ったってみつからないわよ」
「…え?」
「だからぁ、あんたはこの世界では最高クラスの魔女になる素質を持っているの
そんな偉大な能力を持ってる魔法使いの杖がそこらへんの杖屋にあるわけないでしょう?
何軒もまわるかもって教えたのは、あんたの危機感をあおるためよ
好奇心だけでふにゃふにゃされちゃ、杖にそっぽ向かれちゃう
本気で杖探しさせたかったからちょっと盛って話したの」
「あぁ、むかつくけどしょうがないですね
たしかにわたしは浮かれてましたし…
素敵な杖に出会えたので感情的にはプラマイゼロです」
「はっはっは!
ギフトは面白い子だなぁ!
普通なら、ママひどーいって言うところだぞ」
「絶対に言いません」
「はっはっは!」
くっそう、わたしに魔法が使えたならば、いますぐに灰にしてやるものを。
「そんなに怒んないでよ~
じゃぁ、最後に楽しい場所に連れて行ってあげるわ!
庶民に人気のお店だからわたしは最初近づきもしなかったんだけど、ある仕事で店主さんと仲良くなってお店に行ってみたら、ものすごく素敵だったのよ!
技術とセンスと才能をフル活用してる職人さんたちよ!」
「へぇ、何のお店なんですか?」
「ふふふ、おもちゃ屋さんよ」
「…それはわたしが行ってもいいおもちゃ屋さんですか?」
「…ちょとあんた、今10歳なのわかってる?!
マセガキ!エロ小娘!でもそういう知識は大歓迎よ!
今から行くおもちゃ屋さんは子供用よ
そうねぇ、うーん、たしか最高年齢でも15歳以上が対象の高機能の知育玩具があるかしらね
ギフトならそこで簡単な適性テストを受ければ何でも買えるようになるわよ」
「わたしまだ魔法について何も知りませんが…」
「あぁん、筆記じゃないわ
魔力儀に手をかざすだけよ
おもちゃについてるセーフティー装置を発動させる魔力があるかどうかをチェックするだけだから大丈夫よ」
「ふうん…」
おもちゃだと?
高機能知育玩具だと?
魔力儀って何その魅惑的な響き。
ファージはわかっているようだ。
わたしがワクワクするものをよく知っている。
殺意ポイントが3減った。
杖屋さんから歩くこと10分。
ファンタジックな外装の大きな建物が見えてきた。
「ここよ~
外観もかわいくない?!
おもちゃ屋さんなのに荘厳な古城のような雰囲気!
煉瓦も蔦も偽物なんだけど、投影魔法のかけかたがうまいから子供じゃ本物かどうかなんてわかんないし、あの扉もかなり重そうに見える錆びかけてる鉄の雰囲気出てるけど、実はただの杉の木の扉なのよ!
それに見て!
塔に施された悪魔の彫刻!!
長年風雨にさらされてきたような汚れた大理石感出てるけど、あれはただのハリボテなのよ!
何度見てもすばらしいわ!
わたしも何度か修理をお手伝いしたけど、この建物にかかっている魔法だけでもかなり高等技術をようするの
商品を見たらびっくりするわよ!
このわたしでさえ魔法の仕込み方がわからないおもちゃがあるんだから!
きゃー!
わたしも買っちゃおう!」
「ははははは!
ファージのそういう子供の心を忘れていない純粋で清らかなところ、本当に愛おしいぞ!」
「やだっ、娘の前よ~」
キスに舌が入る前に二人の間をグイっと引き離し、わたしは扉の中へひとりで入っていった。
「ふぁー」
見上げているだけでも数時間すごせそうなくらいの物量。
まるで博物館か動物園か科学館か図書館か…。
そのくらいありとあらゆるわけのわからないおもちゃが頭上を飛び交い、足元を這いまわり、鳴き声を上げ、そこらへんを浮遊していた。
店内は吹き抜けになっており、5階建てで、下から見ると階段と渡り廊下が万華鏡のように見えた。
店内に圧倒されていると、こちらにエプロン姿の可愛らしい男の子が走って近づいてきた。
「ファージ先生!こんにちは!」
「メイルランス!今日も素晴らしいわね!」
「ありがとうございます!
また講義…」
メイルランスと呼ばれた小柄な男の子が続きをしゃべろうとしたとたん、素早くファージがその口をふさいだ。
「メイルランス、ちょっとお口チャックよ
わけは後で話すわね
今日は夫と娘を連れてきたの」
「ふごふご、ふわぁっ
すす、すみません…
こんにちは!
僕はおもちゃ職人見習いのメイルランス=バージニアと申します
ファージ先生にはいつもごひいきにしていただいております」
「こんにちは
ファージの夫でキールと申します」
キールはいつだって笑顔が眩しい。
このあとに自己紹介するのは嫌だなぁと思いつつ、これから常連になるであろうから愛想よくしておこう。
「こんにちは!
ファージさんとキールさんに養子としてむかえていただきました、ギフトと申します
はやく店内を見て回りたくてドキドキしています!」
「ふぁぁ、なんて可愛いんだ…」
「あら、メイルランスならいいわよ
なんてったって優秀な魔法使いだしちゃんと手に職ついてるし、顔も可愛いし、いい子だし
ギフトの旦那さん候補にいれといてあげるわね」
「ファ、ファージさん!
歳!歳を考えてくださいよ!
そそそそ、そんな、もももも、もう!」
「わたしもメイルランスさんは素敵だと思います」
「ほら、いいじゃなーい
3歳差なんてどうってことないわよ」
「パパはそんな会話を目の前でされて寂しいです…」
あぁ、なんだ、年下か…、いや、今は年上だった。
自分の前の年齢(21歳)と今の年齢(10歳)がごっちゃになってしまう。
「ふ、ふううう
もう、父を呼んできますので魔力儀を試しながらちょっとお待ちください」
真っ赤な顔をしたメイルランスは慣れた様子で箒にまたがり、最上階に飛んで行った。
「3歳差ということは、メイルランスさんは13歳でもう働いていらっしゃるんですか?」
「あの子はまだ学生なんだけど、才能があるからアルバイトを許可されているの
実家の手伝いをしつつ、きちんと勉強もして、職人としての修行もおこたらない、素晴らしい子なのよ
思春期になったらああいう子と付き合いなさいよ」
「はぁ」
「まぁ、10歳にしてもう枯れてるの?
そんなの許さないわよ!
夜に寝室でパパに内緒の恋バナをするっていうのは娘の義務でしょうが!」
「そんな義務はありません」
「はっはっは!
恋人が出来たら連れてくるんだぞ!
パパは男同士の会話をしなくてはならないからな…」
「まだ芽生えてすらいないわたしの恋心にそんな悲しそうな顔しないでください」
生きてきた年数と今の年齢の差でちょっと混乱してしまいそうだ。
はたしてわたしの初恋はいつだったんだろうか。
そしてこの世界では無事に初恋をすることが出来るのだろうか。
一つだけ確実なのは、ファージに恋の相談はしないということだ。
あいつには奥ゆかしさや恥じらいを感じられない。
きっと「すぐ押し倒しちゃえ!」とか言われそうだ。
そういえば、前の世界にもそんなこと言う友人がいたなぁ。
今はもう、名前も顔も靄がかかったようで思い出せない。
少しずつ、いろんなことを忘れて、空いた部分にこちらの世界で学んだことが収容されていくんだろう。
まぁ、生きていかなきゃならないし、しょうがない。
ため息を飲み込みながら魔力儀に触れていたら重なった3つのメモリがすべて最高値をたたき出した。
出てきたレシートのようなものをファージに渡すとニヤリとされた。
どうやら、思い通りの結果だったようだ。
メモリの説明を聞こうとしたその時、上の方から大きな声がふってきた。
「こーんにーちはー!」
「ムートン!」
ファージが上から降りてくる巨体に思いっきり手を振っている。
「どうもどうも!
ここ『アトイ』の店長をしております、ムートン=バージニアと申します!
このたびはご家族でのご来店、ありがとうございます!
さぁさぁ、ご案内いたしますぞ!」
そういうとムートンは乗っていた小さな絨毯をくるくると巻き、小脇に抱えながらお店の中を案内してくれた。
「まずはこちら!今月の新商品!
3歳から使える『立体お絵かきセット』3,500メイズ!
この80枚入りの特製スケッチブックに付属の特製12色のペンでお絵かきすると、描いたものがスケッチブックから抜け出して立体になるんです!
スケッチブックは一度書いたらその紙はもう使えなくなってしまいますが、特製スケッチブックだけでも販売しております!一冊2,000メイズ!
特製ペンは1本から買い足せます!一本200メイズ!
この商品の素敵ポイントは、スケッチブックを切り離して好きな大きさに繋げ、絵を描くと、描いた大きさのまま飛び出してくるところなのです!
親御さんへの安心設定として、描いたものは24時間で綺麗に消えてなくなります!
火や水を描いても、本物になるわけではなく、描いたままの姿で出てくるだけなので、不必要にお家を汚したりしません!
さらに!さらに!
もちろん、消えて欲しくない絵もありますよね?
そういうときはコレ!
こちらも新商品なんですが、『お絵かき保存スプレー』1,200メイズ!
このスプレーをスケッチブックに吹き付けてからお絵かきすると、絵が飛び出した後も、元の絵は紙に残るのです!
スケッチブック120枚分の容量が入っています!」
「買うわ!ギフト用に3セット持ち帰りと、別で100セットをいつもの場所に配送お願いするわね
スプレーも同じ数もらうわ」
「ありがとうございます!
すぐにご用意いたします!
さぁさぁ、続きましては…」
おいおいおい、紹介されるがまますべてをわたしに買い与えるのか?
嬉しいけど、嬉しいけど、途中から金額がわからなくなってきた。
欲しいものを告げる必要が無いようなので、わたしはもうムートンの説明だけをひたすら聞くことにした。
何も言わなくてもどうせ買ってくれる。
このままではクソガキに育ってしまいそうだ。
はやく自分で稼げるようにならなくては。
3時間ほどめまぐるしく店内を巡り、ひととおり商品を見て、触って、楽しんで、ファージの物欲が落ち着いたところでお会計。
レジがエラーになった。
金額が大きすぎるため、店員さんが三人がかりでアナログな計算機と思われるもので計算している。
そして出された請求金額は末尾にゼロが多すぎるのでわたしの頭もエラーした。
もう、考えるのをやめた。
ここでびっくりしたのが、キールが全額現金で支払ったことだ。
キールはただのお金持ちだと思っていたが、もっとお金持ちだったらしい。
わたしの金銭感覚の麻痺はそのうち病気として認定されてしまうのではないだろうか。
「庶民になりたい…」
わたしは前の世界で言ったら袋叩きに合いそうなぜいたくな悩みを持つことになった。
あぁ、目の前にわたしがいるのに、あのふたりはわたし用のおもちゃを全部ラッピングするように頼みだした。
有料なのに、有料なのに。
「ファージさん、キールさん、いつもごひいきにありがとうございます!」
「ひいきにせずにいられないすばらしいおもちゃを開発していらっしゃるんでもの
当然よ~」
「そうですよ!
今日は念願だったご子息にも会えましたし!」
「息子もキールさんにお会いできてとても喜んでおりました!
どうやらギフトちゃんと仲良くなりたいようでっ!
親のひいき目なしに、メイリーはきっといい男に成長しますのでぜひともご精査いただければと思います」
「は、はい!
メイルランスさんに気に入っていただけてとても光栄に思っています」
「あら、ギフト~
せめて結婚は18歳過ぎてからにしてよ~?
パパが寂しすぎて老けちゃうわ!」
「あぁ…、想像しただけで…」
「まだ10歳ですから」
周囲から交際をかためられたしまった気分だ。
まだ恋なんてするつもりサラサラ無いが、有能なひとが知り合いにいるというのはとてもいいことだ。
つかずはなれず様子をみておこう。
もしかしたら好きになれるかもしれないし。
はぁ、とにかく今日は疲れた。
楽し疲れした。
はやく帰ってひと眠りしたい。
出来ればおやつを食べた後に眠りたい。
紅茶も所望する。
あぁ、意識が遠のいていく。
キールの背中に慣れてしまったかもしれない。
寝てしまう…。