【閑話】 悪魔の取引「ねぇ、お姉さんて処女?」
「は、はあ?」
歓楽街の路地で身体を寄せ合うように目当ての場所へ向かっていたカップルの前に突如現れた美しい少女。
少女はいかがわしい場所には不釣り合いな上品なセーラーカラーのワンピースを着ていた。
胸元には何か紋章のようなものが刺繍されている。
「何このガキ、知り合い?」
「し、知らないわよ
何なの一体…」
「なぁなぁ、嬢ちゃんよ
その服は制服か?
何を調べてんのか知らねぇけどよ、男と腕組んで歩いてる女に処女がいるわけねぇだろうが
まぁ、ガキにゃわかんねぇか」
「ねぇもう行こうよ、なんかこの子気味悪いし」
「そうかぁ?可愛い顔してるけど…
まぁいいや
ここは嬢ちゃんみたいな子がくるとこじゃねぇからはやくお家に帰んな」
女が男の腕をひっぱるようにして足早に立ち去っていった。
のこされた少女はうっすらと微笑みながら独り夜の街に消えていった。
翌日、ひとりの娼婦の変死体が発見された。
血液と心臓、そして血管が全て引き抜かれており、そのほかの臓器は野生の獣に食い散らかされていた。
発見された場所は被害者がよく利用していた安宿からほど近い路地裏で、この日も一人客をとっているのが目撃されていた。
重要参考人として警備兵へ連行された男性には被害者の死亡推定時刻に他の娼婦と一緒にいたことが確認されすぐに釈放された。
さらに、男性の証言によると被害者は男性がシャワーをしている間に金を持って逃げたらしい。
男性は観光客だったため「観光地で騙された俺が悪いのかな…」と娼婦の行方を探すことはしなかったという。
陽が落ち、今日も歓楽街には蝶たちが舞い始めた。
路地では男女の性と金を供給し合う取引が行われている。
「ねぇ、お姉さんて処女?」
ちょうど今日の分の客を探して歩いていた時、聞き覚えのある声に驚いて女は振り向いた。
「あ、あんたは昨日の…」
「ねぇ、処女?」
「はっ、昨日あたしが連れてた男が言ってたの聞いてなかったのかよ」
「聞いてたよ
昨日も一昨日もその前の日も全部知ってるよ」
「な、何を…」
「お姉さんの心臓、少し光ってるんだよ
18歳過ぎても処女の女の人の心臓ってね、悪魔には光って見えるんだよ」
「…は?」
女は困惑した。
悪魔…?心臓…?光る…?
「お姉さん、昨日死んだお姉さんと情報交換してたでしょ
観光客を引っ掛ける良い場所っていう情報
お姉さん、お金だけとって逃げてるんでしょ?」
「あ、あんた、い、一体、なんなの?!」
「お姉さん、私と取引しない?」
「は、はあ?」
「お姉さんお金ないんでしょ?
でも身体を売りたくはないんでしょ?
じゃぁ、わたしのために毎日一人づつ処女を連れてきてほしいの
一回につき50,000mayz払ってあげる」
「お、お前バカなんじゃないの?
そんなことなんであたしがしなくちゃ…」
ベチャ…
ピチャピチャ…
鼻をつくような腐敗臭。
一瞬、少女が吐いた吐瀉物でも投げられたのかと思い、路地に差し込む歓楽街の光で照らされたそれを女はゆっくりと見てしまった。
「これ、昨日のお姉さんだよ」
「ひ、ひいい!」
それは赤黒く、といってもほぼその原型をとどめてはいないほど握りつぶされていたが、たしかに人間の心臓だった。
昔、一度だけ獣に食い散らかされた男性の死体を見たことがあった女は自分の心臓が強く跳ね上がるのを感じた。
そして、それに添えられていたブレスレットが昨日情報交換をした友人のものだったことを思い出した。
心臓が言うことを聞かない。
呼吸がどんどん浅くなっていく。
「ねぇ、取引、してくれるよね?」
「わ、わわ、わかったから、こ、殺さないで…」
「よかった!」
少女は可憐な笑顔で女に握手を求めた。
女はその手を恐る恐る握ろうとしてもう一度悲鳴をあげ、路地裏に嘔吐した。
なぜなら少女の手は千切れた血管と血で真っ黒だったからだ。
「ほら、握手しましょう?
取引成立の感謝の印よ」
「ああああ、あんた、その、そ、その手の…」
「え?これはお姉さんの友人でしょう?
生きてるか死んでるかの違いなんてたいしたことないわ
さぁ、あなたの手を握らせて?」
恐怖でおかしくなりかけた女は少女の顔を見た。
そのあまりに整った美しさに、自分の感覚が麻痺していくのがわかったが、止められなかった。
「あなたは…、天使様なの?」
「ふふふ、違うわ
わたしはただの魔女
でもあの子のために悪魔になるの」
少女は恍惚とした表情で嬉しそうに話している。
まるで恋人との一夜を思い出しているように。
「あの子って…誰ですか?」
「うふふ、お姉さんがちゃんとわたしの言う通りにお仕事をして良い子でいてくれたら教えてあげるわ」
「わぁい…、わぁい…」
痛ましい事件から3日後、また新たに娼婦の変死体が発見された。
その次の日も、そのまた次の日も。
しかし、6日後に発見されたのは同じ手口で殺されたある教会のシスターだった。
王立軍では犯人を娼婦のみを狙った連続殺人鬼として捜査していたため、その犯人像が崩れたと同時に脳裏に浮かんだ恐ろしい仮説に、会議室は騒然とした。
翌日、王立軍からすぐに国中へとある仮説が伝えられた。
『理由などはまだはっきりとしないが、犯人の狙いはおそらく10代後半から20代前半にかけての処女である』と。
娘を持つ親はからの強い要望によってその日から王立軍による市中見回りの強化が開始され、女学生の登下校にはかならず兵士が付き添い、教会には常時警備兵がつけられた。
事態は急展開を見せた。
王立軍の警備強化から一週間後、その行動をあざ笑うかのように30人の意識不明の幼い少年少女と薄ら笑うように死んでいる一人の娼婦の変死体が森の中に円を描くかのように並べられていたのだ。
少年少女は命に別状は無かったものの、生命維持に必要な量ギリギリまで血液が抜き取られていた。
ステンドグラスから溢れる月明かり。
少女は祭壇の前で跪き、祈りを捧げるように歌い出す。
「『さんさん太陽、イチゴを照らす
兄さん駆けだす、芝生のお庭』
はやくあなたの怯える顔が見たいわ
待っててね、ギフトちゃん」