今夜、あなたを殺したい 前編F&Sという会社が汐留の雑居ビルの5階にある。
表向きは派遣会社となっているが、実は裏社会に蔓延る法で裁けない悪を暗殺するアサシンをクライアントに紹介し派遣していた。
社長の桐島はメンバーを集めてミーティングを始める。
リーダーに人脈の広さと口車で油断させて銃殺する東海林武。
サブリーダーに様々なスキルで刺殺する大前春子。
人のいい穏やかな性格で近づき一気に絞殺する里中賢介。
可愛さと天然キャラで男を近づけて撲殺する森美雪。
頭の回転の速さと色気で毒殺する黒岩匡子。
この5人は桐島が認める優秀なアサシン。
特に最近加入した春子はアサシン界でも異例の活躍ぶりでねらった獲物はすぐに捕まえ暗殺する。
ただその活躍を気に切らない男がいる、リーダーの東海林だ。
春子が来てからずっと出番や活躍を奪われてここ最近いいところがない。リーダーとしてみんなの見本にならなければいけないのに情けない話だ。
今回のターゲットは食品会社の社長の宮部という男だと桐島は話し始めた。
「宮部は食品と一緒に違法薬物を輸入しているそうだ、だがバックに警察のトップが付いているため手が出せないので暗殺してくれと依頼が来た」
桐島は暗殺者を引退するまで5000人もの悪人を闇に葬ったらしく、話す声も威圧感がありメンバーたちもいつも緊張感を持って聞いていた。
春子以外は。
春子はテーブルのみたらし団子を口に頬張りながら時折お茶をすすり聞いていた。
「おい、とっくり!!社長の話を聞く時くらいは食うな!!」
「そんな決まりは聞いていません、くるくるパーマリーダー」
2人はとっくりとくるくるパーマという渾名で呼び合っている。春子はタートルネックの服をきているから、東海林はそのまま天然パーマから来た呼び名だ。
その2人のやりとりにも周りは慣れてきたので、この2人は置いておいて、話は進む。
狙いは1週間後、創立記念パーティーに大勢の客を招待している。そこでどさくさに紛れて暗殺するという事だ。
それまでにどのように暗殺するか、メンバーたちで話し合う。
「食品会社ならグラスワインで毒殺でしょう」
「そうですかぁ?派手にテーブルで撲殺しましょうよ」
「森くん、それは目立つからワイヤーで吊るのはどうかな?」
「お前ら単純だな、もっと頭を使えよ。例えば社長の薬物の取引きをパーティーのスクリーンで公開する。そして取引先が逆上し殺害したと見せかけて銃で殺す。そうすれば一石二鳥だろ」
東海林は思いつきの案をドヤ顔で披露するが、一蹴するように春子が言い返す。
「どうやって取引きの場面を取るんですか?あとあなたはいつも影からコソコソ殺していてゴキブリのようですね」
「誰がゴキブリだ!!あとまだ食ってるのか!!そのまんじゅうしまえ!!」
グーを机に叩きつけて東海林は春子を怒鳴りつける。
「東海林さん、大前さんお腹空いてるんだよ。昨日も官僚2人も殺したんだから」
「賢ちゃん、とっくりに甘いんだよ。もしかして好きなのか?」
「ええっ、里中さん春子先輩のこと好きなんですか??」
「ちょっと!!話がそれてるわよ」
匡子が脱線した話を元に戻そうとする。
「たしかに、悪事を大勢の前で暴露するのはいい作戦かもね。この間も薬物中毒になった男が渋谷で暴れていたらしいし。あたしゃね、毒薬は大好きだけど薬物は大嫌いなの」
匡子の親友はキャバクラで働いていたが、経営者から薬物を無理矢理注射されて薬物中毒で自殺してしまった。その事情を知っている東海林はその話を聞いて少し切ない顔になった。
「そうだな、じゃあ誰か宮部に近づいて薬物ルートを辿るか。とっくり、お前薬膳マイスターの資格もってるんだろ?薬膳の取引きを持ちかけるフリして聞き出せないか?」
「お断りします」
「即答するな、お前!!」
「大前春子です!!」
春子はそう言うと、まんじゅうを口に含み緑茶をすすりだした。
「お前なぁ、リーダーは俺だぞ。俺の言うこと聞けないのか?昨日だってな、俺が暗殺する予定だったのにお前がやっちまうし」
官僚2人は東海林が運転手になりすまして銃殺する予定だった。
ところが、暗殺を聞きつけられたのか別の車で逃げられてしまい、その車を追いかけていたら春子が歩道橋から飛び乗り天井から1突きで刺殺してしまった。
「昨日の春子先輩かっこよかったです〜」
「森くん?君はとっくりの味方なのか??」
「あたしは東海林くんの味方よ、この人協調性がないんだもの」
「みんな、喧嘩せず仲良く暗殺しようよ」
「賢ちゃん、暗殺は仲良くするんじゃないんだぞ、殺すか殺されるか、ギリギリの橋を渡ってるんだ」
「そう思うのならもっとしっかりして下さい。私は暗殺ができればそれでいいんです」
春子の発言がいちいち琴線に触れてくる。こんなにイライラするのは何故だろうか。東海林は春子に出会った時から嫌いだと言う感情を抱いているがなぜか気になってしまう。
「仕方ないので、宮部と接触はしてみます。ただ私1人でやりますので」
春子は立ち上がりミーティングルームを出た。
「マジ無理だわアイツ…」
東海林は事務所の奥で里中と飲んでいた。
「大前さんはすごいよね、僕なんか全然暗殺者らしくないと反省するよ」
「賢ちゃんは立派な暗殺者だよ、人数は少なくても元総理を暗殺したり功績は大きいと思うぞ」
里中はしがないサラリーマンだったが、恋人を通り魔に殺されて、ここの事務所に依頼人としてやって来た。
その時の担当が東海林で、里中は東海林に憧れて暗殺者を志願した。普段は穏やかだが喧嘩も強く身体能力も高い。そして自分を慕ってくれる弟のような存在だった。
「なぁ賢ちゃん、もし俺が死んだらお前がリーダーになってくれないか?」
「やだなぁ、縁起でもないこと言わないでよ。それに大前さんがいるから僕はリーダーって器じゃないよ」
「いや、あいつはダメだ。ヒューマンスキルがなさすぎてチームがまとまらねぇよ」
「でも、東海林さん大前さんの腕は認めてるよね。なんだかんだ言って」
飲んでいた缶ビールを口から離し、東海林は照れ臭そうに
「まぁな…この間の殺人犯のミッションも殺陣みたいに何人も身軽に動いてやっつけてさ…敵わないと思ったよ。俺はいつも遠くから隠れて撃つからさ。あんな至近距離まで近づいて戦う度胸、俺にはないな」
嫌いだけど暗殺者として認めている、だからこそ本当はもっと仲良くしたいのに春子は自分を嫌っている。
だからあえて喧嘩してしまう、自分だけ片思いしているようなみじめな思いをしたくないから。
東海林はまだ自分の中に秘めている恋心に気付いていなかった。
東海林は事務所のビルの地下にある広い部屋にいた。奥の壁には的がいくつか置かれている。この一室は暗殺者のための練習場所として社長が借りている。体力づくりのためのマシーンや武器を隠す金庫もここに置かれていた。
実弾で練習するわけにはいかないので、ここではエアソフトガンを使用している。エアとはいえかなり威力があるため、誰もいないのを確認して部屋の鍵をかけて厳重に扱っていた。
片手に構えて、的を狙い、トリガーに人差し指を当てて一気に引く。
パァンという音とともに的の中央に穴があく。
けれど、よく見たらほんの少し中央点からズレていた。
「ちっ、ズレちまったな…」
東海林はもう一度身構えて狙いを定めようとしたー。
「東海林リーダー!!」
「うわぁぁ!!」
突然後ろから大声で怒鳴られて思わず銃を落としそうになった。
「おおお、お前、いきなり話しかけるな!!」
「大前春子です!!」
いつのまにか春子が入ってきて東海林の後ろに立っていたのだ。的にに夢中で全然気がつかなかった。
「あなた、自分のことになると他のことが見えなくなるところがありますよ。そんなことでは隙を見られて殺されてしまいますが」
「うるせーな、普段はわかってるよ。お前だから気づかなかったんだよ。っていうか何しに来たんだよ」
東海林はふてくされながら春子に問いかけた。
「私も銃を撃ちたいと思いきました」
「はぁ?お前は剣専門じゃないのか?」
「そうですがいざという時のために他の武器も使いたいと思いまして」
東海林は内心嬉しかったが態度に出さないよう必死に努めた。
「あっそ、じゃあ教えてやってもいいけど」
「よろしくお願いします」
素直に応答した春子に少しときめいてしまう、仕事とはいえ密室に2人きりなど緊張してしまう。
東海林は金庫からもう一丁の銃を出して春子に説明する。
「とりあえず構え方からだな、出来るだけフレームの高い位置を握って親指のつけ根と中指がフレームの高い位置に密着するように持って。でないと撃ったときに手が吹っ飛ぶから」
「その辺の基本的なことは知っています」
「じゃあもう撃てるのか?」
「あなたに向けていいですか?」
「いいわけないだろ!!」
春子は両手で構えて、トリガーを一気に引く。
春子のエアガンは的を外れて壁に当たる、少しだけヒビが入った気がした。
「下手くそだな、もっと狙いを定めて撃たないと」
東海林は春子の後ろに回って、腕に触れる。
「重心は前へ、あと足もしっかり地につけてないと安定しないぞ」
そう言いながら腰に手を当てる、自分でも教えてるだけだと言い訳しながら春子の体に触れた。
細くて柔らかい腰に胸がはやる。
「ちゃんとした構えを知ってるなんて、さすが元警察官ですね」
そう春子が口にすると、東海林の手が止まった。
「…社長から聞いたのか?」
「そうですが何か?法を裁く側から法に背く側になるとはどういった理由か少し気になっただけです」
東海林は少し沈黙を抱いたが、ため息を一つ吐くと
「まぁ、あんたが俺のこと聞いてくるなんてちょっと面白いから少しだけ話してやるよ」
春子は構えていた銃を下げて東海林の方に体を向けた。
「警察官になれば、悪い奴を捕まえて正義の味方になれるっていう安易な気持ちでなったんだけどな…いざ入ってみたらそうじゃなかったんだよ」
「…なぜそう思ったんですか?」
「……未解決事件がいつまでも解決しない理由知ってるか?そのひとつが『警察組織が犯人をもみ消してる』からだよ」
そう告げると空気がピンと張り詰めたように2人を締め付けた。
「どんなに必死に訴えても、俺1人じゃどうにもできないんだよ」
東海林の目が獣のように鋭く尖っているように感じて、春子も思わず睨み返す。
「だから、法を犯して人を殺すんですか?」
「そうだよ。お前だってそうだろう?」
「私が……私がこうなったのは」
春子は俯き加減で言葉を濁す。
「なんだよ、言ってみろよ」
「時代劇が好きだからです」
思わず新喜劇のようにずっこけてしまった。
「は???それだけ???」
「そうですが、何か??」
「いや、みんなそれぞれ重い理由とかあるんだよ、お前にはないのか??」
「ないですね」
「ないのかよ!!!!」
東海林はさっきのシリアスな空気を忘れて叫びをあげる。
「あなたの辛気臭い話を聞きに来たわけではないので、とりあえず練習していいですか?」
「勝手にしろよ!!ばか!!」
「あとどさくさに紛れて腰を触らないでください」
「うるせーな、もうお前には教えてやらねーよ!!」
結局そのあと数時間言い合いながらも春子は的に当てられるまで上達した。
その翌日、春子は宮部に接近した。
薬膳を使ったカレーを売り出していると言い、急遽作ったスパイスのサンプルを渡すと上機嫌になり食いついてくれたそうだ。宮部もカレーが好きらしくて是非詳しく話を聞かせて欲しいと言われたらしい。
「ということで、うまく話を合わせてパーティに招待していただけることになりました」
「さすが大前くんだね、よし、じゃあお前たちも…」
「いえ、その必要はありません。今回の件は私1人でやらせて下さい」
事務所で社長に報告していた春子は淡々とそう伝えた。もちろん周りにいたメンバーは黙ってはいない。
「おい待て、いくらなんでもお前1人じゃ無理だろ」
東海林が立ち上がり春子の前へ迫ってきた。
「そうよ、私たちもホテルの従業員になりすまして潜入する予定なのよ」
匡子も立ち上がり尖った口調で反論する。
「春子先輩、私たちも手伝いますから」
「そうですよ、大前さん」
森美雪や里中も遠巻きからフォローを入れた。
「そういう事だ、大前くん。この事務所にいるからにはワンマンプレーはいつまでも認められないんだよ。仲間と一丸となって暗殺をして欲しいと私も思っている」
桐島も優しい口調で話すが、どこか威圧感のある話し方だった。
春子はしばらく黙ったまま無表情に立ったままだったが
「…わかりました、それでは私の考えた作戦で動いていただけるなら了承いたします」
「お前、なんでそんなに上から目線なんだよ!」
「大前…」
「大前春子です!!って、言ってやったぞ…はは」
東海林は鼻で笑うように春子をからかった。
春子は鼻をひくひくさせながらも
「とにかく、今から作戦会議を始めます」
机をバン!!と叩き自分のデスクに向かい、パソコンから何かコピーをして素早く全員に渡した。