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  • 三男と四男が囚われた話 #BL松 #カラ一 #おそチョロ #チョロ一 #一チョロ #監禁

    !ATTENTION!

    この話は以下の要素を含みます。
    一つでも嫌悪感を感じるものがございましたら早急にブラウザバックをお願いいたします。

    1.おそチョロ、カラ一前提(くっついてない)の上での、一チョロ一です
    2.変態なモブのオッサンが出張ります
    3.拉致、監禁要素があります(被害者:年中松)
    4.異常性癖の表現があります(被害者:年中松)
    5.年中松が身体の関係を持ちます(ただし年中松に互いの恋愛感情はなく、2人は兄弟愛の範疇)
    6.救いがありません
    7.死を仄めかす表現があります(今のところ死ネタではありません)



    ーーー

    目を覚ますと、見慣れない天井が視界に入った。
    不思議に思って身を起こしてみれば、そこは完全に自分の全く知らない世界が広がっていた。

    一体どういう事なのか、内心焦りながらもひとまず周りを見渡してみる。
    まず僕は何故かふかふかとした、いかにも高級そうなキングサイズのベッドの上にいる。
    天井だと思って見上げていたそれはベッドの天蓋で、
    その天蓋は金糸と銀糸で見事な刺繍が施された薄く白いカーテンで覆われていた。
    こんな豪華な天蓋付きベッドなんて初めて見る。
    カーテンの向こう側には上品そうなカウチソファに、ガラス製のローテーブル。
    床に敷かれた絨毯は見るからに厚く滑らかそうだ。
    天井からは豪奢なシャンデリアが吊り下げられ、この部屋を明るく照らしている。
    部屋は中々の広さだが、窓も時計もなかった。
    どこからか甘ったるい香りがする。

    此処は一体何処だろう?
    何故自分はこんなところに?

    己に置かれた状況が理解できないまま視線を彷徨わせていると、ふと左手に違和感を感じた。
    その左手を動かしてみると、ジャラリ、と重たい金属音。
    辺りを窺い彷徨っていた視線を左手に向けてみれば、そこには鈍く銀色に光る手枷。
    左手を捕らえた手枷からは銀色の鎖が伸びていた。
    その鎖を辿ってみれば

    「……えっ?!い、一松?!」
    「………ん…?
     …え、チョロ、松…兄さん…?」

    自分のすぐ隣に、ベッドに沈む一つ下の弟の姿があった。
    そこまで大きな声を出したつもりはないのだが、静寂に包まれたこの部屋で発せられた僕の声は
    思いの外響いたようで、一松は薄っすらと目を開けた。
    まだ寝惚けているようだが。
    それにしても触れ合う程すぐ近くにいたというのに、それに気付けない程自分の頭は混乱していたのだろうか。
    しかし、弟の姿を確認すると同時にまた異常を見つけた。
    一つは先に見つけた左手の手枷。
    手枷から伸びる銀の鎖を辿ると、どういうわけか一松の右手に嵌められた手枷に繋がっていたのだ。
    今この不可解なやたらと豪華な見知らぬ部屋で、僕と一松は手枷で繋がっていた。
    わけが分からないが、見知らぬ誰かではなく気の置けない兄弟だった事がせめてもの救いだ。
    もう一つは僕と一松の服装。
    一松を見ると、いつものパーカーではなく白いシルク素材のワイシャツに黒の七分丈パンツという
    普段の弟であればまず身に付けないであろう装いだった。
    ワイシャツのカフス部分と前立て部分には大きく緩やかなフリルがあしらわれており
    首元には深い紫色の大きなリボンタイが結ばれていた。
    リボンタイの色が深緑色である事を除いて、僕も一松と同じ格好だった。
    いつの間に、誰が着替えさせたのだろうか。
    最後に、足枷。
    僕の右足首には足枷が嵌められており、やはり銀の鎖でそれはベッドの脚と繋がっていた。
    一松も同様に左足首とベッドが足枷で繋がれている。
    自分達も含め、そこはまるで異空間に迷い込んでしまったかのような異様な空間だった。

    「え…何これ…えっ…え?!」
    「僕にもわからない…気が付いたらこうだった。」
    「え、チョロ松兄さん…だよね?」
    「うん。」
    「あれ…俺とチョロ松兄さん、母さんに頼まれた買い物に行く途中だったよね?」
    「…の、はずだよね。」

    ようやく覚醒したらしい一松が不安そうな声を上げた。
    そう、買い物だ。
    僕と一松はじゃんけんに負けて母から頼まれた買い物のために近所のスーパーへ向かっている途中だったはずだ。
    そこで、確か…

    「なんか…変な薬を嗅がされて…
     黒塗りの車に引きずり込まれた…ような気がする…。」
    「奇遇だね、一松。僕もそんな覚えがあるよ。」

    2人してのんびりダラダラとスーパーに向かって歩いているところを、突然何者かに襲われてしまった。
    気配を殺した男が背後からホールドしてきたかと思った次の瞬間には、
    白いハンカチで鼻と口を覆われて、みるみる間に睡魔に襲われた。
    重くなる瞼になんとか逆らいながら横に目をやると、一松も同様に羽交い締めにされた上でハンカチで顔を覆われていた。
    そのまま2人一緒に黒塗りの車に詰め込まれて。
    身体中から力が抜けて意識が途絶えるのと、エンジン音がして車が動き出すのは同時だった。
    …そして気付けばこの部屋でこんな事になっていたのである。

    わけがわからない。
    わからないが、こうしていても仕方ない。
    そろそろと一松と2人ベッドから足を下ろし、もう少し部屋の中を探索してみることにした。

    ベッド横の扉は洗面所とシャワールームに続いていた。
    その横の扉は手洗い。
    更にその向こうにある一際重たそうな扉は、鍵が掛かっているのかびくともしなかった。
    動く度に鎖が引きずられる音がして不愉快だ。
    足枷から伸びる鎖はちょうど部屋の端から端までを移動出来る長さに調節されているようだ。
    背中に張り付いている一松が微かに震えているのが分かる。
    安心させるようにぎゅ、と強く手を握ったが、自分も同じくらい震えている事に気付いてしまい思わず俯いてしまった。

    「此処…何なんだろうね。」
    「うん…。」
    「でも…チョロ松兄さんが一緒でよかった…。」
    「え?」
    「独りだったら絶対パニクってた。」
    「まあ、確かにね。僕も一松が傍にいてくれてよかったよ。」

    一松の言う通り、この空間に自分1人だけだったとしたらもっとパニックに陥っていたに違いない。
    弟が傍にいるという事実が己を奮い立たせ、冷静にさせている。

    結局ここからは出られそうになかったため、部屋の探索はそこそこに僕と一松はカウチソファに腰を下ろした。
    こんな所で別行動したくはないのだが、しかし手枷で繋がれているせいで一松と離れられないのは些か不便ではある。
    こうして2人で寄り添うように座っている分には構わないのだが
    トイレや風呂はどうすればいいのだろうか。
    そんな事を考えながら、一松とぴったりと肩を寄せていると、
    開けることのできなかった重たい扉がギ…と軋む音を響かせて開いた。
    咄嗟に一松を抱き寄せ、背にかばうようにして扉を睨みつけた。

    部屋に入ってきたのは、初老を幾らか過ぎたくらいの、上品さと気迫を兼ね備えた紳士然とした男性だった。
    男性の背後には使用人らしき何人かの男達が控えている。
    男性がにこやかな笑みを浮かべて口を開く。

    「お目覚めかな、私の人形達。」

    ーー……は?

    「人形……?」

    気品ある佇まいのまま、男性は僕らに近づいた。
    一松を抱き締める腕に自然と力が篭る。
    しかしそんな僕らを見て男性は可笑しそうに笑みを深めるだけだった。
    男性はそのまま僕らの前に立つと、まるで演説をするかのように語り出した。

    「双子人形が欲しかったのだよ。
     綺麗で、丈夫な、鏡合わせのような双子の人形。
     君達は完璧だ。
     力強さの中に脆さがある。
     虚勢で塗り固められた壁の隙間を軽く突いてやれば
     一瞬にして崩れ落ちてしまうような危うさを潜めている。
     実に素晴らしいね。正に私の理想だよ…理想の人形だ。」

    その口調は柔らかく優しげであるのに、どこか薄ら寒さを感じる。
    男性と目が合った瞬間にゾクリとした寒気が背骨を抜けていった。
    この男が一体何を言っているのか全く理解できない。

    「いや…失礼、少々感情が昂ぶってしまったようだ。
     しかし私は感動すら覚えているのだよ。
     君達は私の理想の双子人形だ。
     私は人形をコレクションするのが趣味でね。
     これまでも何体も集めてきたのだが…
     ふふ…どれもこれも脆くてね。
     だから丈夫な人形が欲しかったのだよ。
     しかしただ単に丈夫なだけでは味気ない。
     人形とは美しさと儚さを持ってこそだ。
     その点君達は実に素晴らしい。
     丈夫さと脆さという相反する2つの要素を絶妙なバランスで併せ持っている。
     ここまで理想に近い人形に出会えるとは思ってもみなかったよ。」

    この男は一体何を言っているんだ?
    人形とはなんだ?
    双子人形?…いや、巫山戯るのも大概にしてほしい。
    ていうか僕ら六つ子だし。
    大体、僕らのどこをどう見れば人形に見えるというのか。
    ……と、思ったところで視界の隅に入った一松の姿に、僕は息を呑んだ。
    綺麗な服で着飾られ、驚愕と得体の知れない恐怖で青白い顔をした一松の姿は、
    正しく「まるで人形のよう」だったのだ。
    そして、僕も今一松と同じような顔をしているのだろうと思うと、再び背筋に冷たいものが這い上がった。
    何も言えないでいる僕と一松をうっとりと眺めながら、男性は尚も続ける。

    「安心してくれたまえ。
     悪いようにはしないよ。
     君達はただ…私に愛される人形になればいいだけのことだ。」
    「人形に…なる?」
    「そう、私の可愛い可愛い人形だ。
     人形のように、愛くるしく私に従えば生活は保証するよ。」

    悪いようにはしない、などと言われてもこの男性の人形になるという大前提がそもそも安心できない。
    男性は僕と一松を交互に眺めながら、まるで慈愛に満ちたような眼差しを向けている。
    けれどその目の奥は何か冷たいものを感じるのだ。
    この男性は正気なのだろうか。
    いや、成人男性をこうして誘拐して着飾って恍惚の表情を浮かべている時点で
    とても正気の沙汰とは思えない。
    しかしどうやら逃げ場はない。
    男性の背後には使用人らしき男達が数人控えているし、
    よく見ると扉には武装した人がまるで門番のように佇んでいる。
    暴れようにも、手枷と足枷のせいで思うようにはいかないだろう。
    何より、今ここで僕が暴れたら一松が巻き添えを喰らってしまう。
    悔しいが今は身の安全のためにこの男性に従う振りをするしかなさそうだ。
    一松を見ると、不安と緊張の混ざったような目をして僕の服の袖を握っていた。
    ああ、そうだ。
    此処にいるのは僕だけじゃない。
    一松が一緒にいるんだ。
    僕がしっかりしなきゃ。

    いつまでもくっ付いたままの僕らを見て、男性が笑う。
    そして使用人らしき人に手で指示を送ると、使用人の1人が鍵を取り出し僕と一松の手枷と足枷の鎖を外した。
    それと同時に僕も一松も複数の使用人に囲まれた。

    「さて…お腹が空いただろう?夕食にしよう。
     食堂へ連れて行ってあげよう。
     …ついでに、他の人形達にも会わせてあげるよ。」

    男性がそう言って踵を返し部屋から出て行く。
    呆然とする僕と一松も、僕らを囲む使用人に促され歩き出した。

    広い屋敷だった。
    夕食、と言っていたから時刻は夕方かそのくらいなのだろう。
    装飾が施された窓の外は暗く、窓の向こうは森や山に囲まれていた。
    山奥の豪華な別荘、といったところだろうか。
    一体何処なのだろう、全く分からない。
    そして、食堂までの道には至る所に人形が置かれていた。
    小さなものから、僕らと同じくらいの等身大のものまで。
    そのどれもが少年から青年の姿の人形で、僕と一松と同じように着飾られている。
    等身大の人形はまるで本物の人間のようにリアルで見るのが少し怖かった。
    食堂へ行くまでの間、僕らが見ただけでも大小合わせて実に20体以上の人形が飾られていた。
    人形だらけの大きな屋敷。…怖すぎる。
    やはりあの男性は異常だ。

    「…女の子の人形が…一つもないね。」
    「うん…別の部屋にある、とかかな…。」
    「ちっとも良くないけどそうだといいね…。」
    「そう思っておこうよ…
     マジで男の人形だけだったら完全に異常性癖だよ…。」

    小声で一松とそんな会話をしていると、程なくして食堂にたどり着いた。
    白いテーブルクロスが掛けられた長テーブルの一番奥、いわゆるお誕生日席に例の男性が座っている。
    使用人に連れられ、僕と一松はそのすぐ近くに向かい合うようにして座らされた。
    目の前には食欲をそそる豪華な料理の数々。
    脚や背もたれにゴテゴテとした装飾が付いた重たい椅子に腰掛けると、
    食堂で待っていたウェイター姿の男性がグラスにシャンパンを注いだ。
    男性が穏やかに笑ってグラスを手に取った。

    「では、乾杯。」
    「…………。」
    「…………。」
    「2人とも、どうしたんだね?
     さあ、グラスを取りなさい。」

    穏やかな笑みはそのままに、男性から有無を言わせないピリ、とした空気が発せられて
    僕と一松はほぼ同時にグラスに手を伸ばした。
    男性はそれに満足げに笑うと、再び「乾杯」と口にしてシャンパンを煽る。
    向かいに座る一松と視線を交わし、お互いに戸惑いの表情を浮かべていたが
    男性から早く飲むように促され、意を決してそれを一気に飲み干した。
    普通のシャンパンだ、多分。
    料理に何か仕込まれているのではないかとも思ったが、何故かこの男性には逆らう事ができなくて
    結局僕らは料理に口をつけた。
    遠慮がちに料理を口にして(悔しいことに非常に美味だった)また使用人に囲まれながら部屋に戻され
    部屋に着くなり再び手枷と足枷の鎖が繋がれた。
    ガチャリ、と部屋の鍵が閉まる音が響いた。
    部屋の中は相変わらず甘ったるい香りがしている。
    後から気付いたが、この香りの正体は棚の上に置かれた香炉からしているようだ。

    「チョロ松兄さん…。」
    「うん…。」
    「これってさ…俺たち拉致られたってことかな…。」
    「そうなるのかな。
     いや、そうだよね確実に拉致だよね。」
    「しかも異常性癖持ちの金持ちのおっさんに…。」
    「どう考えても金持ちの道楽だよね。…いい迷惑なんだけど!」
    「俺達…あのおっさんの愛玩人形にされちゃうのかな…。」
    「やめて一松マジでやめて!!」
    「うん…ごめん…。」
    「いや僕もちょっとそれ思っちゃったけどさ。
     つーかこの服なんなんだよ?!
     どっかの貴族の坊ちゃんかよ?!
     何気に一松似合ってるし!!」
    「チョロ松兄さんも何気に似合ってるよ…。」
    「ありがとう嬉しくない!
     そもそも人形って何だよ!!
     こちとら人間だっつの!クズ極めた童貞ニートだっつのこの野郎!
     何であのオッサンの性癖に付き合わされてんだよケツ毛燃えるわ!!!」
    「だよねーこんな人間のクズ捕まえて何する気なんだろ…。」
    「これ明らかに犯罪だよ犯罪!!
     あのオッサン今に慰謝料毟り取ってやるからなクソがっ!!」
    「ヒヒッ……!」
    「何笑ってんの一松。」
    「いや…いつものチョロ松兄さんの調子に戻ったなって。」
    「え。」

    自分が突然放り込まれた状況をようやく脳がしっかりと理解し飲み込めたのか
    口から自然とツッコミと愚痴と罵倒の言葉が流れるように出てきた。
    確かに、少し落ち着いて考えられるようになってきたかもしれない。
    それは隣に一松がいてくれるというのが一番大きいと思うけど。
    そうだ、こんなこと付き合ってられない。
    なんとかして脱出する手段を考えないと。
    そりゃ僕も一松も一生働かずに養われたいとか思ってたけど、
    こんな形で養われるだなんてまっぴらごめんだ。
    ましてや一松の言うように愛玩人形になんてなってたまるか。

    「一松、ひとまず今日はもう寝よう。」
    「…そうだね。」
    「明日、なんとか逃げる方法を考えようか。」
    「うん。」
    「…おそ松兄さん達、心配してるかな。」
    「…どうかな。」
    「………。」
    「チョロ松兄さん。」
    「ん?」
    「また…会えるよね。
     おそ松兄さんにも、クソ松にも、十四松にもトド松にも…
     父さんと母さんにも…。」
    「うん、絶対会える。」
    「ん。」
    「会えるように頑張らなきゃ。」
    「ん。」
    「とりあえず、今日は休もう。」
    「ん。おやすみ…。」
    「おやすみ。」

    そうして、キングサイズのベッドに2人で潜り込んだ。
    目を閉じてふと思い浮かぶのは鮮やかな赤色。
    …いや、ちょっと待て。
    ここは家族みんなを思い浮かべるところだろう。
    そう思っても脳裏に浮かぶのは長男の顔で。
    いやいやいや、待て待て待て。
    これはアレだ、昔の相棒だったからついつい浮かんできただけであって
    決して邪な気持ちではない、はずだ。
    何故か自分で自分に言い訳をしながらも赤色は頭から去ってはくれない。
    赤色を振り払おうとしてそろりと目を開ければ、静かに寝息を立てる一松の姿があった。
    それを見て少し心が安らいだ僕もまた目を閉じる。
    僕の左手と一松の右手を繋ぐ鎖が少し邪魔だったけど、程なくして僕も深い眠りに誘われた。


    この時は、まだそこまで事態を重く受け止めていなかったのだ。
    僕も、一松も。

    ーーー



    チョロ松と一松が姿を消した。


    その日の夕方近く、俺達ニート兄弟は2階の部屋でそれぞれが各々の時間を過ごしていた。
    俺は競馬新聞を広げてお馬さんの予想をしてて
    カラ松は相変わらず鏡を眺めていて
    チョロ松は何かよく分からない自己啓発系の分厚い本を読んでいて
    一松は隅っこで猫と遊んでいて
    十四松はバランスボールに乗っかってゆらゆら揺れていて
    トド松はスマホをいじっていた。

    そんな中、ガラリと襖が開き発せられた一言。

    「ニート達、誰か買い物に行ってきてちょうだい。」

    我が家では母松代の言葉は絶対である。
    そんなわけで雌雄を決する壮絶な戦い(という名のただのジャンケン)が繰り広げられ、
    敗者となったチョロ松と一松はまだ日の沈みきらない街へと出掛けていった。

    …それが、1ヶ月前の事だ。

    頼まれた買い物の為に出掛けたチョロ松と一松はなかなか帰って来なかった。
    夕飯の時間になっても、銭湯へ行く時間になっても、寝る時間になっても。
    最初は一体どこで油を売っているんだと皆して口々に呆れていたが、
    次の日になってもその次の日になっても帰ってこない真ん中2人に、次第に俺達も焦り始めた。

    チョロ松と一松は何かの事件に巻き込まれてしまったのではないか?…と。

    先にも述べた通り、我が家では松代の言は絶対だ。
    自称ではあるが常識人のチョロ松と、なんだかんだ元々は真面目な一松が母のおつかいを放り出すとは考えにくい。
    2人してどこかに逃げたにしても、あの日の外出時の2人は大した荷物も持っていなかったはずだ。
    チョロ松も一松も手ぶらのまま、チョロ松はポケットに財布と携帯を入れただけ、
    一松に至っては携帯不携帯だ。
    それにあのおつかいもたまたま松代に頼まれて、しかもたまたまジャンケンに負けたからであって、
    偶然真ん中2人で行く事になっただけだ。
    自主的にどこかに逃げたとは考えられなかった。
    トド松があの日からずっとチョロ松の携帯に連絡を入れているが、メールの返信はないし、
    電話をしても電源が切られているらしく、繋がらないという。

    さすがにこれはおかしい、と失踪3日目に父さんと母さんが警察に連絡をした。
    俺達も2人を探そうとそれぞれ動き出した。
    俺やカラ松、十四松は自身の足で色々な場所へ赴いては聞き込みをして
    トド松はそれに加えてSNSを駆使して
    どうにかチョロ松と一松の目撃情報を掴めないかと、動き回ったが
    当然ではあるがそう簡単に情報は入ってこない。
    そうして、今日で1ヶ月。

    警察も今のところ何の手掛かりも見つけられていないらしく
    家の中は重苦しい空気に包まれていた。
    カラ松は拳を痛いくらいに握り締め、今にも人を殺しそうな顔してやがるし
    トド松はそれにビビって泣きそうな顔してるクセして俺とカラ松にいつも以上に悪態ついてくるし
    十四松はそんな俺達を見て必死に明るい空気にしようとしてるけどオロオロしてるし
    俺といえばそんな兄弟の様子に思わず舌打ちが漏れる始末だし。
    分かってる。
    カラ松も十四松もトド松も、突然いなくなったチョロ松と一松が心配で心配でたまらないだけなのだと。
    それはもちろん俺もだ。
    母さんは自分が買い物を頼んだから、と自分を責めて泣き崩れてるし、
    父さんはそんな母さんを支えるのに精一杯だ。
    だから、情緒不安定になってる弟達を支えるのは俺の役目だろう。
    なんたって俺、カリスマレジェンドな長男様だし!
    …と、己で己を奮い立たせると、沈む弟達に努めて明るく声を掛けた。

    「はーい、みんな集合~!」
    「…何なの?!下らない用事だったらころすよ?」
    「トド松ー、一旦スマホ弄る手休めようか。」
    「何か用か。」
    「カラ松、ちょっとお前深呼吸しろ。3人くらい殺ってそうな顔してんぞ。」
    「どうしたんスか、おそ松兄さん!」
    「そして十四松、お前も一旦手に持った金属バット下ろそうな。」

    皆して怖い顔だ。
    けどこんな怖い顔して俯いていては、見つかるものも見つからない。
    こんなにも殺伐としてしまうのは、いなくなったのが真ん中2人だからだろうと俺は思う。
    他の誰かでも、そりゃ皆同じくらい心配するに決まっているが、こんな重苦しい空気にはならないはずだ。
    手掛かり一つ見つからず、イラつくのは痛いほど分かる。
    けれど、ここで俺が気分転換と称して無理やり飲みに連れ出してもそれは逆効果だろう。
    今は言うなれば手詰まりの状態だ。
    だからほんの少しでもいい、
    何か突破口となりそうなものが必要だ。
    そう思って、俺なりに考えたのは、

    「なあ、十四松。」
    「あい。」
    「一松の友達ってどの辺までいるか分かるか?」
    「一松兄さんの友達…
     えーと、隣町までは余裕でいる!」
    「なるほど、あいつ猫の為なら努力惜しまねーのな。」
    「そんな事聞いてどうするの?」
    「んー?いや…
     人からの目撃情報が得られないなら、猫からの目撃情報はねーかなって。」
    「猫ッスか!!一松兄さんの友達に協力してもらうッスか??」
    「そーそー、デカパン博士なら猫と話せる薬くらい作れそうじゃね?
     この辺りの野良猫は大体一松の事知ってそうだしさぁ」
    「何それ……。
     …まぁ、でも他に方法思いつかないもんね。
     何気に有力情報ゲット出来そうな気がしてきた。」
    「確かに、今は俺達の力では為す術もないからな…。」
    「って事でさ!明日デカパン博士の所に行ってみようぜ!!」
    「りょーかいッス!マッスルマッスル!!」
    「しょーがないなぁ~付き合ってあげるよ。」
    「フッ…もちろん俺も行くぜ…!」

    正直、突拍子もない手だとは思うのだが、一松の友達
    つまり野良猫ネットワークに懸けるくらいしか思いつかなかった。
    けど、次にすべき目標が見つかった事で、みんなの表情も少し和らいだように思う。
    さすが長男様と誰か褒めてほしいものだ。

    なぁ、チョロ松、一松。
    お前らは今どこにいるんだ?
    早く帰ってきてくれないとお兄ちゃん1人でこいつらのフォローしきれないよ?
    一松、お前のこと大好きな十四松とトド松が泣いてるぞ?
    弟達泣かせるなよ。
    あと、カラ松がマジでヤバイから。
    もうこれ以上はさすがの俺でも抑え切れそうにないから。
    だから早く戻ってこい、一松。
    チョロ松、連絡の一つでも寄越してくれたっていいんじゃないの?
    寂しくて寂しくてお兄ちゃん死んじゃいそう!
    無事でいるのか?無事でいてくれるなら許してやるから、だから早く帰ってこい。
    …俺、自分で思ってた以上にお前がいないとダメみたいだから。

    ーーー

    次の日、事の次第をデカパン博士に説明すれば彼は快く協力を申し出てくれた。
    割とあっけなく猫と話せる薬を手に入れる事に成功したわけだが、ここで問題が浮上した。
    まず、デカパンから貰った猫と話せる薬は、猫側に飲ませる必要があるのだ。
    手元にある薬は3つ。
    つまりは、俺達と話せるようになる猫は最高でも3匹までという事になる。
    そして薬の効果の継続時間。
    効果はもって一週間らしい。
    デカパン博士はもっと利便性の高い薬の開発に着手してくれるそうだが、
    完成がいつになるかは分からないとの事だった。
    猫達の協力でチョロ松と一松の手掛かりを探すことができるのは一週間と考えた方がいいだろう。

    4人でどうするか話し合い、最終的に薬はエスパーニャンコだけに飲んでもらうことにした。
    こいつは一松と1番仲がいい猫だし、行動範囲も顔も何気に広いらしいのだ。
    エスパーニャンコに周りの猫達から情報を収集してもらい、俺達に伝えてもらおうというわけである。
    この方法によって、猫達の協力を仰ぐことが可能な期間が3週間となった。

    一松がいないのにエスパーニャンコを見つける事ができるかどうか心配だったが、それは杞憂に終わった。
    まるで事情は分かっているとでも云うように、エスパーニャンコ自ら家にひょっこりと現れたのだ。
    いや、単に一松に会いに来ただけなのかもしれないが。
    小瓶に入れられた不思議な色の液体を猫用ミルクに混ぜて与えると、
    エスパーニャンコはそれを飲み干してくれた。
    まずは第一関門クリアだ。
    エスパーニャンコは俺達に向かってニャアと一声鳴くと、家を飛び出して行った。



    それからすぐに動きはあった。
    薬を飲んでもらったエスパーニャンコを見送った次の日、ニャンコは再び家の居間に何処からか入り込んでいた。
    それに気付いた十四松が話を聞くと、1ヶ月ほど前に人気のない道で一松と兄弟の誰かが
    突然黒い服を着た男達に取り押さえられ、黒塗りの車に押し込められたところを目撃した猫がいたらしいのだ。
    車はすぐに走り去ってしまい、何処へ向かったかは分からなかったらしい。
    どうやらチョロ松と一松は何者かに誘拐されたらしいことが判明した。
    元々は八方塞がりで精神的に追い詰められていた兄弟を元気付けるために提案した猫作戦だが、
    こうも効果があるとは思わなかった。
    猫ネットワーク恐るべしである。

    しかし誘拐とはあってほしくなかった事実だ。
    それでも一歩前進したのは間違いない。
    となれば、次は2人を連れ去った輩と囚われている場所を突き止めなければならない。
    猫達にはお礼に猫缶と煮干しをたっぷり贈呈し、引き続き協力をお願いしておいた。
    1ヶ月、…1ヶ月もの間、あの2人は何者かに囚われていたというのか。
    早く、早く助け出さなければ。

    この時、俺は何故か言い様のない胸騒ぎを感じていた。

    ーーー

    この屋敷に監禁されて、どれくらい経ったのだろう。
    時計もない、窓もないこの部屋はまるで時間が止まったかのようだった。
    屋敷の使用人が運んでくる食事と着替えだけが、時間を知る手掛かりだ。
    あの日から変わらず僕の右手とチョロ松兄さんの左手は鎖で繋がっているし、
    僕の左足首とチョロ松兄さんの右足首も鎖でベッドの脚に繋がれて部屋から出れないようになっていた。
    部屋から出れるとすれば、屋敷の主人が気まぐれに食堂に呼び出す時や、中庭に連れ出す時くらいで、
    移動中は使用人に囲まれて逃げ道はすっかり塞がれてしまう。
    部屋の外に出られるのは確かに気分転換にはなるのだが
    この屋敷には至るところにやけにリアルな人形が置かれていて、
    それが僕には酷く不気味な物に見える。
    そんなわけで屋敷内を歩き回るのは好きじゃないが、中庭に行くのは好きだ。
    外の空気に触れることができるし、何よりたまに野良猫がやって来るのだ。
    猫達は初めて見る顔ぶればかりで、
    やはりここは家から離れた場所なのだろうと実感した。
    猫達は僕にすぐ懐いてくれて、猫と戯れる時間は一時の幸福だった。

    僕とチョロ松兄さんを「双子人形」などと宣った男は、毎日飽きもせず僕らに新しい服を寄越した。
    それは毎回決まってお揃いで、ゴシック調などこぞの貴族のような服だった。
    ご丁寧に下着まで毎日新調だ。
    本日は白のワイシャツにグレーと黒のチェック模様のハーフパンツ、
    そしてパンツと同じ生地のベストを身に付けている。
    ベストの背中部分には紫色のリボンがシューレースのように編み込まれている。
    胸元には結び目に宝石があしらわれたリボンタイ。
    当然チョロ松兄さんはリボンが緑色である。
    こうして着飾った僕達を、この屋敷の主人は満足そうに眺めて、時には髪を、頬を撫でては去っていく。

    そんな屋敷の主人は異常な性癖なのは間違いないが、自分から僕らに手を出そうとはしてこない。
    せいぜいうっとりと笑いながら身体を撫でるだけだ。
    見るだけで満足なのだろうか。
    それならそれで助かるけど。
    まったくこんなゴミクズを着飾って何が楽しいんだか。
    金持ちの考える事はわからない。
    …家族はどうしているだろうか。
    僕らが突然いなくなって、悲しんでいるだろうか。
    それとも、特に気にせず過ごしてるとか?
    いや、それはさすがに悲しすぎる。
    僕はいいとしてチョロ松兄さんが消えた事は皆悲しんでるだろうけど。
    けれどもうここに来てから結構経っただろうから、案外いつも通り生活しているかもしれない。
    おそ松兄さんは、十四松は、トド松は今頃どうしているだろう。
    クソま…カラ松は、今何しているんだろう。
    相変わらず、いもしないカラ松girlとやらを待っているのだろうか。
    それとも僕達を探してくれている?
    ちょっと待て、何でこんな時に、ふと会いたいと思うのがカラ松なのだろうか。
    おかしい。
    おかしいだろ。
    いや何がおかしいのか自分でもよく分からないけども。

    …嗚呼、なんだかもう考えるのすら億劫だ。
    何も考えたくない。

    部屋に置かれた香炉から甘い香りが漂ってくる。
    この香りを嗅ぐと、不思議と頭がボンヤリして眠たくなった。
    囚われ、行動を制限された僕の脳は確実に麻痺しているようだ。



    そんなある日の事。
    部屋にやって来た屋敷の主人がとんでもない事を言い出した。

    「「………え?」」
    「聞こえなかったのかい?
     もう一度言ってあげよう、私の人形達。
     君達がセックスするところを見せてほしいのだよ。」
    「な…何言って…!」
    「嫌なのかい?
     …ならば、この屋敷で働く薄汚い下男にでも抱いてもらうかい?」
    「……っ!」

    ああホントこいつ頭おかしいだろ。
    同じ顔した男同士の兄弟のセックス見たいとか頭イッてるとしか考えられない。
    男は表面上は穏やかにニコニコと笑みを浮かべているが、その瞳の奥はゾッとするほど冷たかった。
    何故か逆らえない気迫がこの男にはあるのだ。
    隣に座るチョロ松兄さんが震えている。
    チョロ松兄さんの事は好きだけど、それはあくまでも兄弟として、家族としての親愛の情だ。
    兄さんとそんな事するなんて…こんなゴミクズとセックスなんかしたら、
    兄さんが汚れてしまうし、何よりおそ松兄さんに殺される。僕が。
    けれどこのままでは本当にこの男は薄汚い下男とやらを呼びそうだ。
    チョロ松兄さんが見ず知らずの薄汚い男に犯されるなんて絶対に嫌だし、
    自分だってそんなのに抱かれるなんて御免だ。
    ごめん、兄さん。
    それならば、いっそのこと

    「チョロ松兄さん…。」
    「一松…?」

    小さく深呼吸をしてから、チョロ松兄さんをギュッと抱き寄せた。
    肩口に顔を埋める振りをしながら、小さく耳打ちする。

    「…俺の事、抱いて。」
    「なっ…で、でも…っ」
    「見ず知らずのおっさんなんかに抱かれるなんて絶対やだ。
     …俺、チョロ松兄さんになら、いいよ…。」
    「………。」

    両手でチョロ松兄さんの頬を包んで、今度は正面から向き合った。
    チョロ松兄さんの瞳は悩ましげに揺れていたが、
    やがて腹を括ったのか深く息を吐いて小さく呟いた。

    「……わかった。」

    屋敷の主人がひどく愉快そうに笑っていた。

    男の恍惚とした視線を感じながら、僕はチョロ松兄さんに抱かれた。
    一体何がそんなにお気に召したのかは知らないが、その日から屋敷の主人は
    度々僕達にセックスを見せるよう強要してくるようになった。
    僕がチョロ松兄さんを抱く日もあれば、抱かれる日もあった。
    兄さんの白い肌はキメ細やかで滑らかで、温かかった。
    …おそ松兄さんが独占欲を剥き出しにするのも理解できる。
    おそ松兄さん、本当にごめん。
    主人は相変わらず目を細めては絡み合う僕とチョロ松兄さんを愛おしげに眺めるだけだ。

    男が去った後は2人で身体を引き摺るようにしてシャワールームへ入り身体を清めながら、
    そしてお互い涙を流しながらお互いを慰めた。
    僕もチョロ松兄さんも何度も何度も「ごめん」と繰り返して、
    そうして寄り添いながら眠りにつくのが、セックスした日の習慣になっていた。
    涙を流す兄さんは、すごく綺麗だった。

    それでも回数を重ねる毎に見られることへの躊躇いも羞恥心も薄れていく。
    今ではもう何も感じない。
    囚われの生活に僕の、いや僕らの頭は溶けてドロドロになって、
    何も考えられなくなってしまったのかもしれない。

    香炉から漂う甘い香りがやけに鼻をついた。

    ーーー

    はっきりと違和感を感じたのは、チョロ松兄さんと行為をした後くらいだ。
    一体どのくらいの月日が経ったのかすら分かっていないから、
    1ヶ月くらいなのかもしれないし、1週間程度なのかもしれない。
    いずれにしろ、それなりに時間が経った頃に僕は自分の身体に違和感を覚えた。
    身体がひどく重たくて怠いのだ。
    なんだか頭もスッキリしない。
    まるで脳内に靄がかかっているようだった。
    気を抜くと眠ってしまいそうな、そんな倦怠感を全身に感じた。
    それは隣でベッドに沈み込むチョロ松兄さんも同様のようで、
    仰向けになった兄さんはボンヤリとベッドの天蓋を見つめていた。
    その目の焦点があっていたのか否かは定かではない。

    その後も違和感は続いた。
    一つは食事。
    食べられる量が段々減ってきた気がする。
    今まで1日3食だったのが、気付けば2食に、そしてついには1食に。
    もう一つは排泄。
    食べなくなったのが原因なのだろうけど、なんというか明らかに催さなくなった。
    まるで身体が少しずつ死んでいくようだった。

    ベッドに寝そべったまま、ゆっくりと顔を横に向けると眠るチョロ松兄さんの顔がすぐそこにあった。
    白い肌、長い睫毛、細い手足…死んだように眠る兄さんはまるで人形のようだ。
    それこそ、この屋敷の至るところに飾られた等身大の人形達のような…。
    もうここからは逃げられないのだろう。
    ああでも…この頭が完全に溶けて何もわからなくなってしまう前に
    皆に、カラ松に会いたい。
    心の内でそう願えば、チリ、と胸と頭に痛みが走った。
    最近はいつもそうだ。
    何か考えようとすればする程、頭痛に襲われる。

    …頭が痛い。
    もう何も考えたくない。

    眠くて眠くて仕方ない。



    ねぇ、誰か、助けて。

    ーーー

    身体が重い。
    頭はノイズが入ったように朦朧として、何も考えられない。
    この屋敷に拉致られてどれくらい経ったのか、最早確認する術さえもない。
    ここに来てから僕達の身体はゆっくりと、しかし確実に死に向かっている気がする。
    少し身じろぐと、右手から伸びた銀の鎖が小さく音を立てた。
    酷く眠い。
    さっきまで泥のように眠っていたはずなのに。
    頭が溶けていくようだ。

    ここに連れてこられたばかりの頃はなんとか逃げ出せないかと一松と思案しては、
    なんだかんだで僕は口うるさく一松にツッコミを入れていた覚えがあるのだけど
    最近ではそんな気力もなかった。
    囚われの日々は部屋から自由に出られない事を除けば、何一つ不自由はなかった。
    気まぐれにやって来る屋敷の主人の要望に応えて、あとは部屋の中で一松と2人で静かに過ごすだけ。
    肉体的にも精神的にも大した苦痛は受けていない。
    なのに最近調子がイマイチだ。
    僕も一松も明らかに食事の量が減ったし、睡眠時間が格段に増えた。
    いつからだっけ。
    たぶん、はっきりと身体の異変を感じたのは一松を抱いたくらいからだろうか。

    屋敷の主人に強要されて、僕は一松を抱いたし、抱かれた。
    一松の身体は柔らかくて、気持ち良くて、温かかった。
    行為の後にシャワールームで涙を流す姿もどこかいじらしくて、
    カラ松が目を離せないのも理解できる。
    この異常な空間の中、一松との行為も今となっては何も感じなくなってしまったが
    カラ松にはなんとなく申し訳なく感じていた。
    僕が一松を独り占めしてごめん、カラ松。

    その一松は僕の隣で死んだように眠っている。
    白い肌、長い睫毛、細い手首…まるで人形のようだ。
    前までは屋敷の主人に連れられて中庭に行ったりする事もあったのだけど、
    もう身体が怠くてそんな気も起こらない。
    中庭には時折猫がやって来ていた。
    猫と嬉しそうに遊んでいる一松を見ると、心が少し軽くなったのだけど、
    もうそこに行くこともないのだろうなと、なんとなく思った。

    ああ眠たい。
    一松もまだ寝ているし、僕も寝てしまおう。

    そう思ってうつらうつらと夢と現実の境をさまよっていた時だ。
    部屋の扉が開いて屋敷の主人が入ってきた。

    「…おや、私の双子人形は眠っているようだね。」

    まだ完全には寝てないけど、返事をするのも億劫で
    僕は男を無視して目を閉じたままでいた。

    「ああ、もう少しだね。
     もう少しでこの子達も完全な人形になる…。
     君達はやはり素晴らしかったよ。
     これまでの人形達とは比べ物にならないくらい丈夫で、
     随分と楽しませてもらった。
     この可愛い双子人形は何処に飾るのがいいだろうか。
     やはり大広間か…いや、玄関ホールでもよく映えそうだ。
     ふふ…君達はもうすぐ永遠を手に入れる。
     もう何も考えなくていい。何も感じなくていいのだよ。」

    そう言って屋敷の主人は僕と一松の髪を撫でるとそっと部屋を出て行った。

    どういう意味だろう。
    完全な人形?
    永遠を手に入れる?
    僕らは大広間か玄関ホールに飾られるのかな?
    この屋敷中に置かれている人形達のように。
    …人形。
    ああ、僕らは人形なんだっけ?
    そうか、人形なんだ。
    だから何か考えたり身体を動かすなんてことする必要ないんだ。
    人形だから、何も考えず、何も感じずそこにいるだけ。
    香炉から甘い香りがする。
    頭がボーッとしてくる。
    ふと脳裏にいつかと同じように赤色が過ぎったけど、
    それをはっきりと認識するよりも早く僕は眠りに落ちてしまった。




    意識が朦朧として、死んだように眠る時間が増えた僕らだけど
    それでも稀に寝起きに妙に頭がスッキリしている時がある。
    そんな時は決まって自分自身が恐ろしくなる。
    手首と足首に嵌められた枷と、人形遊びのような服を纏った己の姿に寒気を覚える。
    先程まで朦朧とした頭でまるで死人のようにベッドに沈んでいたのだと理解した途端、
    底知れない恐怖に襲われた。
    僕はどうなってしまうのだろう。
    ふと、眠る前の屋敷の主人の言葉を思い出した。

    …もうすぐ完璧な人形になる。

    …大広間か玄関ホールに飾ろうか。

    飾る、とは一体どういう事か。
    確かにこの屋敷にはやけにリアルな人形がたくさん飾られているけれど。
    …やけにリアルな?
    そもそもあれらは本当に人形なのか?
    まさか、まさか屋敷中に飾られている等身大の人形達は…。
    僕達も、いずれあの仲間入りをするのだとしたら…。
    そこまで考えて、ゾクリと背筋が震えた。
    震えが止まらない。
    嫌だ、考えたくない。

    腕を胸の前で交差させて蹲っていると、ふと頬に柔らかな感触を感じた。
    次いで視界が深い紫色に覆われる。
    隣で寝ていたはずの一松がいつの間にか起き上がって
    僕を抱き締めているのだと理解するのに、そう時間は掛からなかった。
    しかし見上げた一松の表情は読めない。
    瞳は虚ろで、何も映していない。
    なんの感情も籠っていない目をしていた。
    …そういえば、ずっと隣にいるというのに一つ下の弟の声をもう暫らく聞いていない。
    最後に言葉を交わしたのはいつだっただろうか?
    最後に一松の笑顔を見たのはいつだった?

    不幸な事に、久々に冴えてスッキリしていた僕の頭は理解してしまった。
    いつの間にか一松は、壊れてしまっていたのだと。
    思考を奪われ、身体の自由を奪われ、
    本当の人形のようになってしまったその身で、
    それでも辛うじて残っていた本能で僕の事を案じて抱き締めてくれたのだ。
    思わず縋るように一松を抱き締め返した。
    泣き叫びたいのに、大声を張り上げたいのに、どうしても出来なかった。
    声すらも出せない。
    まるでお前は人形なのだからそんな事するのは許されないと身体が拒絶しているようだった。

    このまま、僕もいずれは壊れて何も分からなくなってしまうのだろうか。
    あの屋敷の主人の掌の上で転がされて人形にされてしまうのだろうか。
    ずっと隣にいた一松が壊れてしまったのだから
    僕が壊れてしまうのも時間の問題だろう。
    今この時間は死ぬ前の最後の小康状態というわけか。

    いつもの甘い香りが漂ってくる。
    嗅覚がそれを認識すると同時に、また酷い眠気に襲われた。
    僕を抱き締めていた一松も、甘い香りに包まれた途端
    力なくベッドの上に倒れ伏して眠ってしまった。
    眠い。
    けど、ここで眠ってしまったら、次に目覚めた時
    もう僕は一松と同じように壊れて人形のようになってしまっているかもしれない。
    そう思っても、波のように押し寄せる眠気に抗うことはできなかった。

    …皆はどうしているんだろう。
    父さんと母さんは。
    カラ松は、十四松は、トド松は…。
    …おそ松兄さんは…どうしているだろう。


    せめて僕が僕でいられる内に、会いたかった。


    もう逃げられない。
    …身体が、動かないんだ。



    お願い、誰か、助けて



    ーーー


    あとがき

    えーと、まずはスミマセンでした(土下座)

    おかしいなー年中松に可愛いお洋服で着せ替えキャッキャうふふして可愛がりたかっただけなのになー
    どうしてこうなった
    #BL松 #カラ一 #おそチョロ #チョロ一 #一チョロ #監禁

    !ATTENTION!

    この話は以下の要素を含みます。
    一つでも嫌悪感を感じるものがございましたら早急にブラウザバックをお願いいたします。

    1.おそチョロ、カラ一前提(くっついてない)の上での、一チョロ一です
    2.変態なモブのオッサンが出張ります
    3.拉致、監禁要素があります(被害者:年中松)
    4.異常性癖の表現があります(被害者:年中松)
    5.年中松が身体の関係を持ちます(ただし年中松に互いの恋愛感情はなく、2人は兄弟愛の範疇)
    6.救いがありません
    7.死を仄めかす表現があります(今のところ死ネタではありません)



    ーーー

    目を覚ますと、見慣れない天井が視界に入った。
    不思議に思って身を起こしてみれば、そこは完全に自分の全く知らない世界が広がっていた。

    一体どういう事なのか、内心焦りながらもひとまず周りを見渡してみる。
    まず僕は何故かふかふかとした、いかにも高級そうなキングサイズのベッドの上にいる。
    天井だと思って見上げていたそれはベッドの天蓋で、
    その天蓋は金糸と銀糸で見事な刺繍が施された薄く白いカーテンで覆われていた。
    こんな豪華な天蓋付きベッドなんて初めて見る。
    カーテンの向こう側には上品そうなカウチソファに、ガラス製のローテーブル。
    床に敷かれた絨毯は見るからに厚く滑らかそうだ。
    天井からは豪奢なシャンデリアが吊り下げられ、この部屋を明るく照らしている。
    部屋は中々の広さだが、窓も時計もなかった。
    どこからか甘ったるい香りがする。

    此処は一体何処だろう?
    何故自分はこんなところに?

    己に置かれた状況が理解できないまま視線を彷徨わせていると、ふと左手に違和感を感じた。
    その左手を動かしてみると、ジャラリ、と重たい金属音。
    辺りを窺い彷徨っていた視線を左手に向けてみれば、そこには鈍く銀色に光る手枷。
    左手を捕らえた手枷からは銀色の鎖が伸びていた。
    その鎖を辿ってみれば

    「……えっ?!い、一松?!」
    「………ん…?
     …え、チョロ、松…兄さん…?」

    自分のすぐ隣に、ベッドに沈む一つ下の弟の姿があった。
    そこまで大きな声を出したつもりはないのだが、静寂に包まれたこの部屋で発せられた僕の声は
    思いの外響いたようで、一松は薄っすらと目を開けた。
    まだ寝惚けているようだが。
    それにしても触れ合う程すぐ近くにいたというのに、それに気付けない程自分の頭は混乱していたのだろうか。
    しかし、弟の姿を確認すると同時にまた異常を見つけた。
    一つは先に見つけた左手の手枷。
    手枷から伸びる銀の鎖を辿ると、どういうわけか一松の右手に嵌められた手枷に繋がっていたのだ。
    今この不可解なやたらと豪華な見知らぬ部屋で、僕と一松は手枷で繋がっていた。
    わけが分からないが、見知らぬ誰かではなく気の置けない兄弟だった事がせめてもの救いだ。
    もう一つは僕と一松の服装。
    一松を見ると、いつものパーカーではなく白いシルク素材のワイシャツに黒の七分丈パンツという
    普段の弟であればまず身に付けないであろう装いだった。
    ワイシャツのカフス部分と前立て部分には大きく緩やかなフリルがあしらわれており
    首元には深い紫色の大きなリボンタイが結ばれていた。
    リボンタイの色が深緑色である事を除いて、僕も一松と同じ格好だった。
    いつの間に、誰が着替えさせたのだろうか。
    最後に、足枷。
    僕の右足首には足枷が嵌められており、やはり銀の鎖でそれはベッドの脚と繋がっていた。
    一松も同様に左足首とベッドが足枷で繋がれている。
    自分達も含め、そこはまるで異空間に迷い込んでしまったかのような異様な空間だった。

    「え…何これ…えっ…え?!」
    「僕にもわからない…気が付いたらこうだった。」
    「え、チョロ松兄さん…だよね?」
    「うん。」
    「あれ…俺とチョロ松兄さん、母さんに頼まれた買い物に行く途中だったよね?」
    「…の、はずだよね。」

    ようやく覚醒したらしい一松が不安そうな声を上げた。
    そう、買い物だ。
    僕と一松はじゃんけんに負けて母から頼まれた買い物のために近所のスーパーへ向かっている途中だったはずだ。
    そこで、確か…

    「なんか…変な薬を嗅がされて…
     黒塗りの車に引きずり込まれた…ような気がする…。」
    「奇遇だね、一松。僕もそんな覚えがあるよ。」

    2人してのんびりダラダラとスーパーに向かって歩いているところを、突然何者かに襲われてしまった。
    気配を殺した男が背後からホールドしてきたかと思った次の瞬間には、
    白いハンカチで鼻と口を覆われて、みるみる間に睡魔に襲われた。
    重くなる瞼になんとか逆らいながら横に目をやると、一松も同様に羽交い締めにされた上でハンカチで顔を覆われていた。
    そのまま2人一緒に黒塗りの車に詰め込まれて。
    身体中から力が抜けて意識が途絶えるのと、エンジン音がして車が動き出すのは同時だった。
    …そして気付けばこの部屋でこんな事になっていたのである。

    わけがわからない。
    わからないが、こうしていても仕方ない。
    そろそろと一松と2人ベッドから足を下ろし、もう少し部屋の中を探索してみることにした。

    ベッド横の扉は洗面所とシャワールームに続いていた。
    その横の扉は手洗い。
    更にその向こうにある一際重たそうな扉は、鍵が掛かっているのかびくともしなかった。
    動く度に鎖が引きずられる音がして不愉快だ。
    足枷から伸びる鎖はちょうど部屋の端から端までを移動出来る長さに調節されているようだ。
    背中に張り付いている一松が微かに震えているのが分かる。
    安心させるようにぎゅ、と強く手を握ったが、自分も同じくらい震えている事に気付いてしまい思わず俯いてしまった。

    「此処…何なんだろうね。」
    「うん…。」
    「でも…チョロ松兄さんが一緒でよかった…。」
    「え?」
    「独りだったら絶対パニクってた。」
    「まあ、確かにね。僕も一松が傍にいてくれてよかったよ。」

    一松の言う通り、この空間に自分1人だけだったとしたらもっとパニックに陥っていたに違いない。
    弟が傍にいるという事実が己を奮い立たせ、冷静にさせている。

    結局ここからは出られそうになかったため、部屋の探索はそこそこに僕と一松はカウチソファに腰を下ろした。
    こんな所で別行動したくはないのだが、しかし手枷で繋がれているせいで一松と離れられないのは些か不便ではある。
    こうして2人で寄り添うように座っている分には構わないのだが
    トイレや風呂はどうすればいいのだろうか。
    そんな事を考えながら、一松とぴったりと肩を寄せていると、
    開けることのできなかった重たい扉がギ…と軋む音を響かせて開いた。
    咄嗟に一松を抱き寄せ、背にかばうようにして扉を睨みつけた。

    部屋に入ってきたのは、初老を幾らか過ぎたくらいの、上品さと気迫を兼ね備えた紳士然とした男性だった。
    男性の背後には使用人らしき何人かの男達が控えている。
    男性がにこやかな笑みを浮かべて口を開く。

    「お目覚めかな、私の人形達。」

    ーー……は?

    「人形……?」

    気品ある佇まいのまま、男性は僕らに近づいた。
    一松を抱き締める腕に自然と力が篭る。
    しかしそんな僕らを見て男性は可笑しそうに笑みを深めるだけだった。
    男性はそのまま僕らの前に立つと、まるで演説をするかのように語り出した。

    「双子人形が欲しかったのだよ。
     綺麗で、丈夫な、鏡合わせのような双子の人形。
     君達は完璧だ。
     力強さの中に脆さがある。
     虚勢で塗り固められた壁の隙間を軽く突いてやれば
     一瞬にして崩れ落ちてしまうような危うさを潜めている。
     実に素晴らしいね。正に私の理想だよ…理想の人形だ。」

    その口調は柔らかく優しげであるのに、どこか薄ら寒さを感じる。
    男性と目が合った瞬間にゾクリとした寒気が背骨を抜けていった。
    この男が一体何を言っているのか全く理解できない。

    「いや…失礼、少々感情が昂ぶってしまったようだ。
     しかし私は感動すら覚えているのだよ。
     君達は私の理想の双子人形だ。
     私は人形をコレクションするのが趣味でね。
     これまでも何体も集めてきたのだが…
     ふふ…どれもこれも脆くてね。
     だから丈夫な人形が欲しかったのだよ。
     しかしただ単に丈夫なだけでは味気ない。
     人形とは美しさと儚さを持ってこそだ。
     その点君達は実に素晴らしい。
     丈夫さと脆さという相反する2つの要素を絶妙なバランスで併せ持っている。
     ここまで理想に近い人形に出会えるとは思ってもみなかったよ。」

    この男は一体何を言っているんだ?
    人形とはなんだ?
    双子人形?…いや、巫山戯るのも大概にしてほしい。
    ていうか僕ら六つ子だし。
    大体、僕らのどこをどう見れば人形に見えるというのか。
    ……と、思ったところで視界の隅に入った一松の姿に、僕は息を呑んだ。
    綺麗な服で着飾られ、驚愕と得体の知れない恐怖で青白い顔をした一松の姿は、
    正しく「まるで人形のよう」だったのだ。
    そして、僕も今一松と同じような顔をしているのだろうと思うと、再び背筋に冷たいものが這い上がった。
    何も言えないでいる僕と一松をうっとりと眺めながら、男性は尚も続ける。

    「安心してくれたまえ。
     悪いようにはしないよ。
     君達はただ…私に愛される人形になればいいだけのことだ。」
    「人形に…なる?」
    「そう、私の可愛い可愛い人形だ。
     人形のように、愛くるしく私に従えば生活は保証するよ。」

    悪いようにはしない、などと言われてもこの男性の人形になるという大前提がそもそも安心できない。
    男性は僕と一松を交互に眺めながら、まるで慈愛に満ちたような眼差しを向けている。
    けれどその目の奥は何か冷たいものを感じるのだ。
    この男性は正気なのだろうか。
    いや、成人男性をこうして誘拐して着飾って恍惚の表情を浮かべている時点で
    とても正気の沙汰とは思えない。
    しかしどうやら逃げ場はない。
    男性の背後には使用人らしき男達が数人控えているし、
    よく見ると扉には武装した人がまるで門番のように佇んでいる。
    暴れようにも、手枷と足枷のせいで思うようにはいかないだろう。
    何より、今ここで僕が暴れたら一松が巻き添えを喰らってしまう。
    悔しいが今は身の安全のためにこの男性に従う振りをするしかなさそうだ。
    一松を見ると、不安と緊張の混ざったような目をして僕の服の袖を握っていた。
    ああ、そうだ。
    此処にいるのは僕だけじゃない。
    一松が一緒にいるんだ。
    僕がしっかりしなきゃ。

    いつまでもくっ付いたままの僕らを見て、男性が笑う。
    そして使用人らしき人に手で指示を送ると、使用人の1人が鍵を取り出し僕と一松の手枷と足枷の鎖を外した。
    それと同時に僕も一松も複数の使用人に囲まれた。

    「さて…お腹が空いただろう?夕食にしよう。
     食堂へ連れて行ってあげよう。
     …ついでに、他の人形達にも会わせてあげるよ。」

    男性がそう言って踵を返し部屋から出て行く。
    呆然とする僕と一松も、僕らを囲む使用人に促され歩き出した。

    広い屋敷だった。
    夕食、と言っていたから時刻は夕方かそのくらいなのだろう。
    装飾が施された窓の外は暗く、窓の向こうは森や山に囲まれていた。
    山奥の豪華な別荘、といったところだろうか。
    一体何処なのだろう、全く分からない。
    そして、食堂までの道には至る所に人形が置かれていた。
    小さなものから、僕らと同じくらいの等身大のものまで。
    そのどれもが少年から青年の姿の人形で、僕と一松と同じように着飾られている。
    等身大の人形はまるで本物の人間のようにリアルで見るのが少し怖かった。
    食堂へ行くまでの間、僕らが見ただけでも大小合わせて実に20体以上の人形が飾られていた。
    人形だらけの大きな屋敷。…怖すぎる。
    やはりあの男性は異常だ。

    「…女の子の人形が…一つもないね。」
    「うん…別の部屋にある、とかかな…。」
    「ちっとも良くないけどそうだといいね…。」
    「そう思っておこうよ…
     マジで男の人形だけだったら完全に異常性癖だよ…。」

    小声で一松とそんな会話をしていると、程なくして食堂にたどり着いた。
    白いテーブルクロスが掛けられた長テーブルの一番奥、いわゆるお誕生日席に例の男性が座っている。
    使用人に連れられ、僕と一松はそのすぐ近くに向かい合うようにして座らされた。
    目の前には食欲をそそる豪華な料理の数々。
    脚や背もたれにゴテゴテとした装飾が付いた重たい椅子に腰掛けると、
    食堂で待っていたウェイター姿の男性がグラスにシャンパンを注いだ。
    男性が穏やかに笑ってグラスを手に取った。

    「では、乾杯。」
    「…………。」
    「…………。」
    「2人とも、どうしたんだね?
     さあ、グラスを取りなさい。」

    穏やかな笑みはそのままに、男性から有無を言わせないピリ、とした空気が発せられて
    僕と一松はほぼ同時にグラスに手を伸ばした。
    男性はそれに満足げに笑うと、再び「乾杯」と口にしてシャンパンを煽る。
    向かいに座る一松と視線を交わし、お互いに戸惑いの表情を浮かべていたが
    男性から早く飲むように促され、意を決してそれを一気に飲み干した。
    普通のシャンパンだ、多分。
    料理に何か仕込まれているのではないかとも思ったが、何故かこの男性には逆らう事ができなくて
    結局僕らは料理に口をつけた。
    遠慮がちに料理を口にして(悔しいことに非常に美味だった)また使用人に囲まれながら部屋に戻され
    部屋に着くなり再び手枷と足枷の鎖が繋がれた。
    ガチャリ、と部屋の鍵が閉まる音が響いた。
    部屋の中は相変わらず甘ったるい香りがしている。
    後から気付いたが、この香りの正体は棚の上に置かれた香炉からしているようだ。

    「チョロ松兄さん…。」
    「うん…。」
    「これってさ…俺たち拉致られたってことかな…。」
    「そうなるのかな。
     いや、そうだよね確実に拉致だよね。」
    「しかも異常性癖持ちの金持ちのおっさんに…。」
    「どう考えても金持ちの道楽だよね。…いい迷惑なんだけど!」
    「俺達…あのおっさんの愛玩人形にされちゃうのかな…。」
    「やめて一松マジでやめて!!」
    「うん…ごめん…。」
    「いや僕もちょっとそれ思っちゃったけどさ。
     つーかこの服なんなんだよ?!
     どっかの貴族の坊ちゃんかよ?!
     何気に一松似合ってるし!!」
    「チョロ松兄さんも何気に似合ってるよ…。」
    「ありがとう嬉しくない!
     そもそも人形って何だよ!!
     こちとら人間だっつの!クズ極めた童貞ニートだっつのこの野郎!
     何であのオッサンの性癖に付き合わされてんだよケツ毛燃えるわ!!!」
    「だよねーこんな人間のクズ捕まえて何する気なんだろ…。」
    「これ明らかに犯罪だよ犯罪!!
     あのオッサン今に慰謝料毟り取ってやるからなクソがっ!!」
    「ヒヒッ……!」
    「何笑ってんの一松。」
    「いや…いつものチョロ松兄さんの調子に戻ったなって。」
    「え。」

    自分が突然放り込まれた状況をようやく脳がしっかりと理解し飲み込めたのか
    口から自然とツッコミと愚痴と罵倒の言葉が流れるように出てきた。
    確かに、少し落ち着いて考えられるようになってきたかもしれない。
    それは隣に一松がいてくれるというのが一番大きいと思うけど。
    そうだ、こんなこと付き合ってられない。
    なんとかして脱出する手段を考えないと。
    そりゃ僕も一松も一生働かずに養われたいとか思ってたけど、
    こんな形で養われるだなんてまっぴらごめんだ。
    ましてや一松の言うように愛玩人形になんてなってたまるか。

    「一松、ひとまず今日はもう寝よう。」
    「…そうだね。」
    「明日、なんとか逃げる方法を考えようか。」
    「うん。」
    「…おそ松兄さん達、心配してるかな。」
    「…どうかな。」
    「………。」
    「チョロ松兄さん。」
    「ん?」
    「また…会えるよね。
     おそ松兄さんにも、クソ松にも、十四松にもトド松にも…
     父さんと母さんにも…。」
    「うん、絶対会える。」
    「ん。」
    「会えるように頑張らなきゃ。」
    「ん。」
    「とりあえず、今日は休もう。」
    「ん。おやすみ…。」
    「おやすみ。」

    そうして、キングサイズのベッドに2人で潜り込んだ。
    目を閉じてふと思い浮かぶのは鮮やかな赤色。
    …いや、ちょっと待て。
    ここは家族みんなを思い浮かべるところだろう。
    そう思っても脳裏に浮かぶのは長男の顔で。
    いやいやいや、待て待て待て。
    これはアレだ、昔の相棒だったからついつい浮かんできただけであって
    決して邪な気持ちではない、はずだ。
    何故か自分で自分に言い訳をしながらも赤色は頭から去ってはくれない。
    赤色を振り払おうとしてそろりと目を開ければ、静かに寝息を立てる一松の姿があった。
    それを見て少し心が安らいだ僕もまた目を閉じる。
    僕の左手と一松の右手を繋ぐ鎖が少し邪魔だったけど、程なくして僕も深い眠りに誘われた。


    この時は、まだそこまで事態を重く受け止めていなかったのだ。
    僕も、一松も。

    ーーー



    チョロ松と一松が姿を消した。


    その日の夕方近く、俺達ニート兄弟は2階の部屋でそれぞれが各々の時間を過ごしていた。
    俺は競馬新聞を広げてお馬さんの予想をしてて
    カラ松は相変わらず鏡を眺めていて
    チョロ松は何かよく分からない自己啓発系の分厚い本を読んでいて
    一松は隅っこで猫と遊んでいて
    十四松はバランスボールに乗っかってゆらゆら揺れていて
    トド松はスマホをいじっていた。

    そんな中、ガラリと襖が開き発せられた一言。

    「ニート達、誰か買い物に行ってきてちょうだい。」

    我が家では母松代の言葉は絶対である。
    そんなわけで雌雄を決する壮絶な戦い(という名のただのジャンケン)が繰り広げられ、
    敗者となったチョロ松と一松はまだ日の沈みきらない街へと出掛けていった。

    …それが、1ヶ月前の事だ。

    頼まれた買い物の為に出掛けたチョロ松と一松はなかなか帰って来なかった。
    夕飯の時間になっても、銭湯へ行く時間になっても、寝る時間になっても。
    最初は一体どこで油を売っているんだと皆して口々に呆れていたが、
    次の日になってもその次の日になっても帰ってこない真ん中2人に、次第に俺達も焦り始めた。

    チョロ松と一松は何かの事件に巻き込まれてしまったのではないか?…と。

    先にも述べた通り、我が家では松代の言は絶対だ。
    自称ではあるが常識人のチョロ松と、なんだかんだ元々は真面目な一松が母のおつかいを放り出すとは考えにくい。
    2人してどこかに逃げたにしても、あの日の外出時の2人は大した荷物も持っていなかったはずだ。
    チョロ松も一松も手ぶらのまま、チョロ松はポケットに財布と携帯を入れただけ、
    一松に至っては携帯不携帯だ。
    それにあのおつかいもたまたま松代に頼まれて、しかもたまたまジャンケンに負けたからであって、
    偶然真ん中2人で行く事になっただけだ。
    自主的にどこかに逃げたとは考えられなかった。
    トド松があの日からずっとチョロ松の携帯に連絡を入れているが、メールの返信はないし、
    電話をしても電源が切られているらしく、繋がらないという。

    さすがにこれはおかしい、と失踪3日目に父さんと母さんが警察に連絡をした。
    俺達も2人を探そうとそれぞれ動き出した。
    俺やカラ松、十四松は自身の足で色々な場所へ赴いては聞き込みをして
    トド松はそれに加えてSNSを駆使して
    どうにかチョロ松と一松の目撃情報を掴めないかと、動き回ったが
    当然ではあるがそう簡単に情報は入ってこない。
    そうして、今日で1ヶ月。

    警察も今のところ何の手掛かりも見つけられていないらしく
    家の中は重苦しい空気に包まれていた。
    カラ松は拳を痛いくらいに握り締め、今にも人を殺しそうな顔してやがるし
    トド松はそれにビビって泣きそうな顔してるクセして俺とカラ松にいつも以上に悪態ついてくるし
    十四松はそんな俺達を見て必死に明るい空気にしようとしてるけどオロオロしてるし
    俺といえばそんな兄弟の様子に思わず舌打ちが漏れる始末だし。
    分かってる。
    カラ松も十四松もトド松も、突然いなくなったチョロ松と一松が心配で心配でたまらないだけなのだと。
    それはもちろん俺もだ。
    母さんは自分が買い物を頼んだから、と自分を責めて泣き崩れてるし、
    父さんはそんな母さんを支えるのに精一杯だ。
    だから、情緒不安定になってる弟達を支えるのは俺の役目だろう。
    なんたって俺、カリスマレジェンドな長男様だし!
    …と、己で己を奮い立たせると、沈む弟達に努めて明るく声を掛けた。

    「はーい、みんな集合~!」
    「…何なの?!下らない用事だったらころすよ?」
    「トド松ー、一旦スマホ弄る手休めようか。」
    「何か用か。」
    「カラ松、ちょっとお前深呼吸しろ。3人くらい殺ってそうな顔してんぞ。」
    「どうしたんスか、おそ松兄さん!」
    「そして十四松、お前も一旦手に持った金属バット下ろそうな。」

    皆して怖い顔だ。
    けどこんな怖い顔して俯いていては、見つかるものも見つからない。
    こんなにも殺伐としてしまうのは、いなくなったのが真ん中2人だからだろうと俺は思う。
    他の誰かでも、そりゃ皆同じくらい心配するに決まっているが、こんな重苦しい空気にはならないはずだ。
    手掛かり一つ見つからず、イラつくのは痛いほど分かる。
    けれど、ここで俺が気分転換と称して無理やり飲みに連れ出してもそれは逆効果だろう。
    今は言うなれば手詰まりの状態だ。
    だからほんの少しでもいい、
    何か突破口となりそうなものが必要だ。
    そう思って、俺なりに考えたのは、

    「なあ、十四松。」
    「あい。」
    「一松の友達ってどの辺までいるか分かるか?」
    「一松兄さんの友達…
     えーと、隣町までは余裕でいる!」
    「なるほど、あいつ猫の為なら努力惜しまねーのな。」
    「そんな事聞いてどうするの?」
    「んー?いや…
     人からの目撃情報が得られないなら、猫からの目撃情報はねーかなって。」
    「猫ッスか!!一松兄さんの友達に協力してもらうッスか??」
    「そーそー、デカパン博士なら猫と話せる薬くらい作れそうじゃね?
     この辺りの野良猫は大体一松の事知ってそうだしさぁ」
    「何それ……。
     …まぁ、でも他に方法思いつかないもんね。
     何気に有力情報ゲット出来そうな気がしてきた。」
    「確かに、今は俺達の力では為す術もないからな…。」
    「って事でさ!明日デカパン博士の所に行ってみようぜ!!」
    「りょーかいッス!マッスルマッスル!!」
    「しょーがないなぁ~付き合ってあげるよ。」
    「フッ…もちろん俺も行くぜ…!」

    正直、突拍子もない手だとは思うのだが、一松の友達
    つまり野良猫ネットワークに懸けるくらいしか思いつかなかった。
    けど、次にすべき目標が見つかった事で、みんなの表情も少し和らいだように思う。
    さすが長男様と誰か褒めてほしいものだ。

    なぁ、チョロ松、一松。
    お前らは今どこにいるんだ?
    早く帰ってきてくれないとお兄ちゃん1人でこいつらのフォローしきれないよ?
    一松、お前のこと大好きな十四松とトド松が泣いてるぞ?
    弟達泣かせるなよ。
    あと、カラ松がマジでヤバイから。
    もうこれ以上はさすがの俺でも抑え切れそうにないから。
    だから早く戻ってこい、一松。
    チョロ松、連絡の一つでも寄越してくれたっていいんじゃないの?
    寂しくて寂しくてお兄ちゃん死んじゃいそう!
    無事でいるのか?無事でいてくれるなら許してやるから、だから早く帰ってこい。
    …俺、自分で思ってた以上にお前がいないとダメみたいだから。

    ーーー

    次の日、事の次第をデカパン博士に説明すれば彼は快く協力を申し出てくれた。
    割とあっけなく猫と話せる薬を手に入れる事に成功したわけだが、ここで問題が浮上した。
    まず、デカパンから貰った猫と話せる薬は、猫側に飲ませる必要があるのだ。
    手元にある薬は3つ。
    つまりは、俺達と話せるようになる猫は最高でも3匹までという事になる。
    そして薬の効果の継続時間。
    効果はもって一週間らしい。
    デカパン博士はもっと利便性の高い薬の開発に着手してくれるそうだが、
    完成がいつになるかは分からないとの事だった。
    猫達の協力でチョロ松と一松の手掛かりを探すことができるのは一週間と考えた方がいいだろう。

    4人でどうするか話し合い、最終的に薬はエスパーニャンコだけに飲んでもらうことにした。
    こいつは一松と1番仲がいい猫だし、行動範囲も顔も何気に広いらしいのだ。
    エスパーニャンコに周りの猫達から情報を収集してもらい、俺達に伝えてもらおうというわけである。
    この方法によって、猫達の協力を仰ぐことが可能な期間が3週間となった。

    一松がいないのにエスパーニャンコを見つける事ができるかどうか心配だったが、それは杞憂に終わった。
    まるで事情は分かっているとでも云うように、エスパーニャンコ自ら家にひょっこりと現れたのだ。
    いや、単に一松に会いに来ただけなのかもしれないが。
    小瓶に入れられた不思議な色の液体を猫用ミルクに混ぜて与えると、
    エスパーニャンコはそれを飲み干してくれた。
    まずは第一関門クリアだ。
    エスパーニャンコは俺達に向かってニャアと一声鳴くと、家を飛び出して行った。



    それからすぐに動きはあった。
    薬を飲んでもらったエスパーニャンコを見送った次の日、ニャンコは再び家の居間に何処からか入り込んでいた。
    それに気付いた十四松が話を聞くと、1ヶ月ほど前に人気のない道で一松と兄弟の誰かが
    突然黒い服を着た男達に取り押さえられ、黒塗りの車に押し込められたところを目撃した猫がいたらしいのだ。
    車はすぐに走り去ってしまい、何処へ向かったかは分からなかったらしい。
    どうやらチョロ松と一松は何者かに誘拐されたらしいことが判明した。
    元々は八方塞がりで精神的に追い詰められていた兄弟を元気付けるために提案した猫作戦だが、
    こうも効果があるとは思わなかった。
    猫ネットワーク恐るべしである。

    しかし誘拐とはあってほしくなかった事実だ。
    それでも一歩前進したのは間違いない。
    となれば、次は2人を連れ去った輩と囚われている場所を突き止めなければならない。
    猫達にはお礼に猫缶と煮干しをたっぷり贈呈し、引き続き協力をお願いしておいた。
    1ヶ月、…1ヶ月もの間、あの2人は何者かに囚われていたというのか。
    早く、早く助け出さなければ。

    この時、俺は何故か言い様のない胸騒ぎを感じていた。

    ーーー

    この屋敷に監禁されて、どれくらい経ったのだろう。
    時計もない、窓もないこの部屋はまるで時間が止まったかのようだった。
    屋敷の使用人が運んでくる食事と着替えだけが、時間を知る手掛かりだ。
    あの日から変わらず僕の右手とチョロ松兄さんの左手は鎖で繋がっているし、
    僕の左足首とチョロ松兄さんの右足首も鎖でベッドの脚に繋がれて部屋から出れないようになっていた。
    部屋から出れるとすれば、屋敷の主人が気まぐれに食堂に呼び出す時や、中庭に連れ出す時くらいで、
    移動中は使用人に囲まれて逃げ道はすっかり塞がれてしまう。
    部屋の外に出られるのは確かに気分転換にはなるのだが
    この屋敷には至るところにやけにリアルな人形が置かれていて、
    それが僕には酷く不気味な物に見える。
    そんなわけで屋敷内を歩き回るのは好きじゃないが、中庭に行くのは好きだ。
    外の空気に触れることができるし、何よりたまに野良猫がやって来るのだ。
    猫達は初めて見る顔ぶればかりで、
    やはりここは家から離れた場所なのだろうと実感した。
    猫達は僕にすぐ懐いてくれて、猫と戯れる時間は一時の幸福だった。

    僕とチョロ松兄さんを「双子人形」などと宣った男は、毎日飽きもせず僕らに新しい服を寄越した。
    それは毎回決まってお揃いで、ゴシック調などこぞの貴族のような服だった。
    ご丁寧に下着まで毎日新調だ。
    本日は白のワイシャツにグレーと黒のチェック模様のハーフパンツ、
    そしてパンツと同じ生地のベストを身に付けている。
    ベストの背中部分には紫色のリボンがシューレースのように編み込まれている。
    胸元には結び目に宝石があしらわれたリボンタイ。
    当然チョロ松兄さんはリボンが緑色である。
    こうして着飾った僕達を、この屋敷の主人は満足そうに眺めて、時には髪を、頬を撫でては去っていく。

    そんな屋敷の主人は異常な性癖なのは間違いないが、自分から僕らに手を出そうとはしてこない。
    せいぜいうっとりと笑いながら身体を撫でるだけだ。
    見るだけで満足なのだろうか。
    それならそれで助かるけど。
    まったくこんなゴミクズを着飾って何が楽しいんだか。
    金持ちの考える事はわからない。
    …家族はどうしているだろうか。
    僕らが突然いなくなって、悲しんでいるだろうか。
    それとも、特に気にせず過ごしてるとか?
    いや、それはさすがに悲しすぎる。
    僕はいいとしてチョロ松兄さんが消えた事は皆悲しんでるだろうけど。
    けれどもうここに来てから結構経っただろうから、案外いつも通り生活しているかもしれない。
    おそ松兄さんは、十四松は、トド松は今頃どうしているだろう。
    クソま…カラ松は、今何しているんだろう。
    相変わらず、いもしないカラ松girlとやらを待っているのだろうか。
    それとも僕達を探してくれている?
    ちょっと待て、何でこんな時に、ふと会いたいと思うのがカラ松なのだろうか。
    おかしい。
    おかしいだろ。
    いや何がおかしいのか自分でもよく分からないけども。

    …嗚呼、なんだかもう考えるのすら億劫だ。
    何も考えたくない。

    部屋に置かれた香炉から甘い香りが漂ってくる。
    この香りを嗅ぐと、不思議と頭がボンヤリして眠たくなった。
    囚われ、行動を制限された僕の脳は確実に麻痺しているようだ。



    そんなある日の事。
    部屋にやって来た屋敷の主人がとんでもない事を言い出した。

    「「………え?」」
    「聞こえなかったのかい?
     もう一度言ってあげよう、私の人形達。
     君達がセックスするところを見せてほしいのだよ。」
    「な…何言って…!」
    「嫌なのかい?
     …ならば、この屋敷で働く薄汚い下男にでも抱いてもらうかい?」
    「……っ!」

    ああホントこいつ頭おかしいだろ。
    同じ顔した男同士の兄弟のセックス見たいとか頭イッてるとしか考えられない。
    男は表面上は穏やかにニコニコと笑みを浮かべているが、その瞳の奥はゾッとするほど冷たかった。
    何故か逆らえない気迫がこの男にはあるのだ。
    隣に座るチョロ松兄さんが震えている。
    チョロ松兄さんの事は好きだけど、それはあくまでも兄弟として、家族としての親愛の情だ。
    兄さんとそんな事するなんて…こんなゴミクズとセックスなんかしたら、
    兄さんが汚れてしまうし、何よりおそ松兄さんに殺される。僕が。
    けれどこのままでは本当にこの男は薄汚い下男とやらを呼びそうだ。
    チョロ松兄さんが見ず知らずの薄汚い男に犯されるなんて絶対に嫌だし、
    自分だってそんなのに抱かれるなんて御免だ。
    ごめん、兄さん。
    それならば、いっそのこと

    「チョロ松兄さん…。」
    「一松…?」

    小さく深呼吸をしてから、チョロ松兄さんをギュッと抱き寄せた。
    肩口に顔を埋める振りをしながら、小さく耳打ちする。

    「…俺の事、抱いて。」
    「なっ…で、でも…っ」
    「見ず知らずのおっさんなんかに抱かれるなんて絶対やだ。
     …俺、チョロ松兄さんになら、いいよ…。」
    「………。」

    両手でチョロ松兄さんの頬を包んで、今度は正面から向き合った。
    チョロ松兄さんの瞳は悩ましげに揺れていたが、
    やがて腹を括ったのか深く息を吐いて小さく呟いた。

    「……わかった。」

    屋敷の主人がひどく愉快そうに笑っていた。

    男の恍惚とした視線を感じながら、僕はチョロ松兄さんに抱かれた。
    一体何がそんなにお気に召したのかは知らないが、その日から屋敷の主人は
    度々僕達にセックスを見せるよう強要してくるようになった。
    僕がチョロ松兄さんを抱く日もあれば、抱かれる日もあった。
    兄さんの白い肌はキメ細やかで滑らかで、温かかった。
    …おそ松兄さんが独占欲を剥き出しにするのも理解できる。
    おそ松兄さん、本当にごめん。
    主人は相変わらず目を細めては絡み合う僕とチョロ松兄さんを愛おしげに眺めるだけだ。

    男が去った後は2人で身体を引き摺るようにしてシャワールームへ入り身体を清めながら、
    そしてお互い涙を流しながらお互いを慰めた。
    僕もチョロ松兄さんも何度も何度も「ごめん」と繰り返して、
    そうして寄り添いながら眠りにつくのが、セックスした日の習慣になっていた。
    涙を流す兄さんは、すごく綺麗だった。

    それでも回数を重ねる毎に見られることへの躊躇いも羞恥心も薄れていく。
    今ではもう何も感じない。
    囚われの生活に僕の、いや僕らの頭は溶けてドロドロになって、
    何も考えられなくなってしまったのかもしれない。

    香炉から漂う甘い香りがやけに鼻をついた。

    ーーー

    はっきりと違和感を感じたのは、チョロ松兄さんと行為をした後くらいだ。
    一体どのくらいの月日が経ったのかすら分かっていないから、
    1ヶ月くらいなのかもしれないし、1週間程度なのかもしれない。
    いずれにしろ、それなりに時間が経った頃に僕は自分の身体に違和感を覚えた。
    身体がひどく重たくて怠いのだ。
    なんだか頭もスッキリしない。
    まるで脳内に靄がかかっているようだった。
    気を抜くと眠ってしまいそうな、そんな倦怠感を全身に感じた。
    それは隣でベッドに沈み込むチョロ松兄さんも同様のようで、
    仰向けになった兄さんはボンヤリとベッドの天蓋を見つめていた。
    その目の焦点があっていたのか否かは定かではない。

    その後も違和感は続いた。
    一つは食事。
    食べられる量が段々減ってきた気がする。
    今まで1日3食だったのが、気付けば2食に、そしてついには1食に。
    もう一つは排泄。
    食べなくなったのが原因なのだろうけど、なんというか明らかに催さなくなった。
    まるで身体が少しずつ死んでいくようだった。

    ベッドに寝そべったまま、ゆっくりと顔を横に向けると眠るチョロ松兄さんの顔がすぐそこにあった。
    白い肌、長い睫毛、細い手足…死んだように眠る兄さんはまるで人形のようだ。
    それこそ、この屋敷の至るところに飾られた等身大の人形達のような…。
    もうここからは逃げられないのだろう。
    ああでも…この頭が完全に溶けて何もわからなくなってしまう前に
    皆に、カラ松に会いたい。
    心の内でそう願えば、チリ、と胸と頭に痛みが走った。
    最近はいつもそうだ。
    何か考えようとすればする程、頭痛に襲われる。

    …頭が痛い。
    もう何も考えたくない。

    眠くて眠くて仕方ない。



    ねぇ、誰か、助けて。

    ーーー

    身体が重い。
    頭はノイズが入ったように朦朧として、何も考えられない。
    この屋敷に拉致られてどれくらい経ったのか、最早確認する術さえもない。
    ここに来てから僕達の身体はゆっくりと、しかし確実に死に向かっている気がする。
    少し身じろぐと、右手から伸びた銀の鎖が小さく音を立てた。
    酷く眠い。
    さっきまで泥のように眠っていたはずなのに。
    頭が溶けていくようだ。

    ここに連れてこられたばかりの頃はなんとか逃げ出せないかと一松と思案しては、
    なんだかんだで僕は口うるさく一松にツッコミを入れていた覚えがあるのだけど
    最近ではそんな気力もなかった。
    囚われの日々は部屋から自由に出られない事を除けば、何一つ不自由はなかった。
    気まぐれにやって来る屋敷の主人の要望に応えて、あとは部屋の中で一松と2人で静かに過ごすだけ。
    肉体的にも精神的にも大した苦痛は受けていない。
    なのに最近調子がイマイチだ。
    僕も一松も明らかに食事の量が減ったし、睡眠時間が格段に増えた。
    いつからだっけ。
    たぶん、はっきりと身体の異変を感じたのは一松を抱いたくらいからだろうか。

    屋敷の主人に強要されて、僕は一松を抱いたし、抱かれた。
    一松の身体は柔らかくて、気持ち良くて、温かかった。
    行為の後にシャワールームで涙を流す姿もどこかいじらしくて、
    カラ松が目を離せないのも理解できる。
    この異常な空間の中、一松との行為も今となっては何も感じなくなってしまったが
    カラ松にはなんとなく申し訳なく感じていた。
    僕が一松を独り占めしてごめん、カラ松。

    その一松は僕の隣で死んだように眠っている。
    白い肌、長い睫毛、細い手首…まるで人形のようだ。
    前までは屋敷の主人に連れられて中庭に行ったりする事もあったのだけど、
    もう身体が怠くてそんな気も起こらない。
    中庭には時折猫がやって来ていた。
    猫と嬉しそうに遊んでいる一松を見ると、心が少し軽くなったのだけど、
    もうそこに行くこともないのだろうなと、なんとなく思った。

    ああ眠たい。
    一松もまだ寝ているし、僕も寝てしまおう。

    そう思ってうつらうつらと夢と現実の境をさまよっていた時だ。
    部屋の扉が開いて屋敷の主人が入ってきた。

    「…おや、私の双子人形は眠っているようだね。」

    まだ完全には寝てないけど、返事をするのも億劫で
    僕は男を無視して目を閉じたままでいた。

    「ああ、もう少しだね。
     もう少しでこの子達も完全な人形になる…。
     君達はやはり素晴らしかったよ。
     これまでの人形達とは比べ物にならないくらい丈夫で、
     随分と楽しませてもらった。
     この可愛い双子人形は何処に飾るのがいいだろうか。
     やはり大広間か…いや、玄関ホールでもよく映えそうだ。
     ふふ…君達はもうすぐ永遠を手に入れる。
     もう何も考えなくていい。何も感じなくていいのだよ。」

    そう言って屋敷の主人は僕と一松の髪を撫でるとそっと部屋を出て行った。

    どういう意味だろう。
    完全な人形?
    永遠を手に入れる?
    僕らは大広間か玄関ホールに飾られるのかな?
    この屋敷中に置かれている人形達のように。
    …人形。
    ああ、僕らは人形なんだっけ?
    そうか、人形なんだ。
    だから何か考えたり身体を動かすなんてことする必要ないんだ。
    人形だから、何も考えず、何も感じずそこにいるだけ。
    香炉から甘い香りがする。
    頭がボーッとしてくる。
    ふと脳裏にいつかと同じように赤色が過ぎったけど、
    それをはっきりと認識するよりも早く僕は眠りに落ちてしまった。




    意識が朦朧として、死んだように眠る時間が増えた僕らだけど
    それでも稀に寝起きに妙に頭がスッキリしている時がある。
    そんな時は決まって自分自身が恐ろしくなる。
    手首と足首に嵌められた枷と、人形遊びのような服を纏った己の姿に寒気を覚える。
    先程まで朦朧とした頭でまるで死人のようにベッドに沈んでいたのだと理解した途端、
    底知れない恐怖に襲われた。
    僕はどうなってしまうのだろう。
    ふと、眠る前の屋敷の主人の言葉を思い出した。

    …もうすぐ完璧な人形になる。

    …大広間か玄関ホールに飾ろうか。

    飾る、とは一体どういう事か。
    確かにこの屋敷にはやけにリアルな人形がたくさん飾られているけれど。
    …やけにリアルな?
    そもそもあれらは本当に人形なのか?
    まさか、まさか屋敷中に飾られている等身大の人形達は…。
    僕達も、いずれあの仲間入りをするのだとしたら…。
    そこまで考えて、ゾクリと背筋が震えた。
    震えが止まらない。
    嫌だ、考えたくない。

    腕を胸の前で交差させて蹲っていると、ふと頬に柔らかな感触を感じた。
    次いで視界が深い紫色に覆われる。
    隣で寝ていたはずの一松がいつの間にか起き上がって
    僕を抱き締めているのだと理解するのに、そう時間は掛からなかった。
    しかし見上げた一松の表情は読めない。
    瞳は虚ろで、何も映していない。
    なんの感情も籠っていない目をしていた。
    …そういえば、ずっと隣にいるというのに一つ下の弟の声をもう暫らく聞いていない。
    最後に言葉を交わしたのはいつだっただろうか?
    最後に一松の笑顔を見たのはいつだった?

    不幸な事に、久々に冴えてスッキリしていた僕の頭は理解してしまった。
    いつの間にか一松は、壊れてしまっていたのだと。
    思考を奪われ、身体の自由を奪われ、
    本当の人形のようになってしまったその身で、
    それでも辛うじて残っていた本能で僕の事を案じて抱き締めてくれたのだ。
    思わず縋るように一松を抱き締め返した。
    泣き叫びたいのに、大声を張り上げたいのに、どうしても出来なかった。
    声すらも出せない。
    まるでお前は人形なのだからそんな事するのは許されないと身体が拒絶しているようだった。

    このまま、僕もいずれは壊れて何も分からなくなってしまうのだろうか。
    あの屋敷の主人の掌の上で転がされて人形にされてしまうのだろうか。
    ずっと隣にいた一松が壊れてしまったのだから
    僕が壊れてしまうのも時間の問題だろう。
    今この時間は死ぬ前の最後の小康状態というわけか。

    いつもの甘い香りが漂ってくる。
    嗅覚がそれを認識すると同時に、また酷い眠気に襲われた。
    僕を抱き締めていた一松も、甘い香りに包まれた途端
    力なくベッドの上に倒れ伏して眠ってしまった。
    眠い。
    けど、ここで眠ってしまったら、次に目覚めた時
    もう僕は一松と同じように壊れて人形のようになってしまっているかもしれない。
    そう思っても、波のように押し寄せる眠気に抗うことはできなかった。

    …皆はどうしているんだろう。
    父さんと母さんは。
    カラ松は、十四松は、トド松は…。
    …おそ松兄さんは…どうしているだろう。


    せめて僕が僕でいられる内に、会いたかった。


    もう逃げられない。
    …身体が、動かないんだ。



    お願い、誰か、助けて



    ーーー


    あとがき

    えーと、まずはスミマセンでした(土下座)

    おかしいなー年中松に可愛いお洋服で着せ替えキャッキャうふふして可愛がりたかっただけなのになー
    どうしてこうなった
    焼きナス
  • 一チョロたまたま今日はそういう時だったチョロ松の話。

    追記:最後ミスってたので差し替えしました。ミスっててすみませんでした!! #おそ松さん #一チョロ
    録本キサ
  • 一チョロ一チョロです。増えようよ #おそ松さん #一チョロ録本キサ
  • 一チョロチョロ松兄さんに罵ってほしい一松と何事もないような顔でスパッと言っちゃうチョロ松
    …が好きです。罵倒が思いつかなかったのよ…もっといいこと言わせたかった((((↑∞↑))))クソゥ… #おそ松さん #一チョロ
    録本キサ
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