夜が明けるまで目が覚める。まだ朝は迎えていなった。
窓の外では星々が輝き、月明かりが街を照らしている。まだ真夜中かと思ったが、夜空に浮かぶ月はだいぶ傾いており、もうすぐ日が登る時刻なのだろうということがわかった。ムコーダはもう一眠りしようかと考えたものの意識が覚醒してしまったため眠れそうになかった。
元いた世界と比べて娯楽の少ないこの世界。宿の部屋には当然時間をつぶせるようなものはなく、スイは夢の中からしばらくは帰ってきそうにない。俺が物音をたて起こしてしまったらわるいなと思いムコーダは静かに服を着替えてから部屋を後にした。
夜明け前の人のいない街を散歩する機会はなかなかないしいいかもしれないなと思いながら宿を出た時、併設された獣舎が視界の端にはいった。
今回利用した宿も他と変わらず、フェルほど大きな従魔と同じ部屋で寝泊まりすることはできなかったためこの獣舎で待機してもらっている。フェルもさすがにまだ寝てるよなあと思いつつも、最近はふたりきりになれる時間をなかなかとることができなかったため起きていたら話したいなと僅かな期待を胸にムコーダは恋仲であるフェルの元へと向かった。
宿の裏側にある獣舎へ行き、どこにいるのかと思い視線を向ければ、それは探さずともすぐに気づくことができた。
まるで夜空に浮かぶ月のような淡く美しい光を放つフェルが空を眺め夜明けを待っているようだった。その姿に見惚れていたら、フェルはゆっくりとこちらに振り返り「やはりお主だったか」と特に驚く素振りもなくつぶやく。眠っているだろうと思い足音を消して獣舎に近づいた俺に気づいていたなんてさすがだなと思いながらムコーダはフェルの隣まで歩み寄った。
「こんな時間に起きているとは珍しいな」
「なんか目が覚めちゃって」
フェルも今日は早起きなんだなと言えば「月明かりが眩しくて目が覚めたのだ」と返された。
それからなんでもないような話をしていった。この街に訪れてから食べた食事、ギルドから受けた依頼のこと、天気の話にどうでもいい話、中身のない話でもなんだか楽しくてムコーダの中でもっと話していたいという気持ちが募っていく。
人々が夢の世界へと旅をしている間はこの世界には俺たちふたりしかいないから。あと少し、もう少し夢を見させていてくれと思いながら途切れることなく話を続けた。
気づけば空が白み、朝はもうすぐそこまで来ていた。
ふたりきりの時間の終わりも近い。また次、こんな時間はいつくるのだろうか、人の目を気にして触れたくても触れられないあの時間はどれだけ続くだろうか。
それならば、残された僅かな時間を大切にしたい。
「フェル」
名前を呼べばこちらに向けられるエメラルドグリーンの瞳をムコーダは黙って見つめ返した。ふわりと風が吹き白銀の毛をなびかせる姿を見て「好きだよ」と言えば「今日はやけに素直なのだな」と優しく笑って返される。
右頬を撫で、柔らかい長毛を指で梳き、ムコーダは自身の額とフェルの額を重ねた。視界いっぱいに映る愛おしい存在にもう一度「好きだよ」と伝えた。
朝日がのぼり、フェルの白銀の毛が黄金色に染め上げられていく。惜しみつつもそれを合図に重ねた額を離し、ふたりきりの時間を終えた。秘密の関係をこれからも隠し続けるために日常へと帰らなくてはならない。温かな光に包まれながら、スイのいる部屋へムコーダは歩き出した。