褒美のためなら泡がふわふわと舞って、はじけて、また舞って。
白銀の長毛を洗うたび軽やかに泡が宙を舞う。
その日は月に一、二回ほど行っているフェルを洗う日。
ムコーダはしっかりとブラッシングをして毛に絡みついた埃を落とした後に湯で身体を満遍なく濡らしてからシャンプーを泡立てて身体を洗っていく。
始めは嫌そうな顔をしていたフェルも、シャンプーで洗い始めると気持ちよさそうに目を細め脱力していく。リラックスする姿からは人々に恐れられるフェンリルの気迫は一切感じられず「(ただの大きい犬みたいだよな)」とムコーダは思い小さく笑った。
首から尻尾まで、それから顔を隅々まで丁寧に洗い、付着した汚れをしっかりと落としていく。
シャワー(正確にはスイが身体を変化させたシャワーのようなもの)で大量のシャンプーをきれいさっぱりと洗い流した後、魔法でつくった温風で身体の水分をしっかりと飛ばせば、光を放つ美しい白銀の長毛をなびかせ、伝説の魔獣であるフェンリルらしい神々しい姿へと変身した。フェル自身もこれにはとても満足そうにしている。
「フェルすごいきれいになったなあ」
そう言ってムコーダは白銀の長毛を撫でた。ゆるゆると撫でる動きは少しくすぐったいが多少の我慢くらいはしてやるかと思いフェルは目を閉じ、黙ってただ撫でられていく。
一回、二回……それから何回も撫でられ続け、まったく終わる気配がない。さすがに長過ぎるのではないかと思い目を開け主人へ目を向けた。
「なにこれめっちゃ触り心地良すぎる」などと言いつつ普段スイに向けているような穏やかな表情をムコーダはしていた。「さらさらとしていて、柔らかくて、シャンプーの良い香りもして……」と感想を述べながら、艶のある白銀の長毛の中に手を埋もれさせていく。それからそっと身体を寄せ、ぴたりとくっつき幸せそうに艶のある柔らかな毛並みに顔を埋めて堪能した。
フェルは夢中になって触れる主人の様子を見て少しも嫌な気持ちになることはなく、むしろ普段向けられることのない表情が自身に向けられていると気づき、照れくさくなってしまい視線を背けた。
「(洗ってもらった恩もあるからな、しばらくは好きにさせておいてもよいか)」
ムコーダの触れる温もりと緩やかに撫でる手が眠りに誘っていく。フェルはその眠気に抗うことなくまぶたをゆっくりと閉じた。胸のあたりから湧き上がる温かくて心地よい気持ちと、小さな幸せを感じながら夢の入り口へと向かっていく。
「(やはり風呂は好きにはなれぬが、少しくらいならば回数を増やしてやってもよいかもしれんな)」
好意を向ける相手へ触れてほしいと言えるほど素直ではないフェルは触れてくれる状況をつくればいいのではないか、なんてことを考えた。
褒美のためならば、それくらいの我慢は余裕だ。と心の中でつぶやき、夢の中へと意識を沈めた。