さよなら平穏な日々爽やかな風が森の木々を揺らし葉が心地よい音を奏でる。
昼食を終え眠気覚ましにコーヒーを一杯飲み、のんびりと空を眺める穏やかな午後。「すこし運動でもしてくるか」と言ってフェルは森の奥へと駆け出していったためこの平原には俺とスイだけがいる。
丁度コーヒーを飲み終えたあたりでスイが「あるじースイとあそぼ」と言ってきた。俺としてはこの穏やかな時間をのんびりと過ごしたいので体力を使うような遊びは疲れるから避けたいんだよなあと思い少し考えたあと「じゃあ一緒にお話しようか」と提案すれば、スイは元気よく「いいよー」と答えた。
スイとの話はとても癒される。ご飯の感想や初めて見たもののこと、聞いて聞いてと楽しそうに話してくれる様子は微笑ましい。会話はスイ9割、俺1割くらいの割合で圧倒的にスイが喋っていたがずっと聞いていても飽きることはない。
スイが「この前ね、フェルおじちゃんとおはなししたのー」と次の話題に移した。
「フェルとどんなお話したんだ?」
「あるじのことをはなしたの」
俺の話?てっきり食事か魔物との戦闘話かと思った。スイは「えっとねー」と言いながら会話した内容を思い出し話してくれた。
「フェルおじちゃんね、あるじのごはん好きなんだって」
それは俺もよく知ってる。というかやっぱり食事の話につながるんかい。俺がいない時にも頭の中は食べることでいっぱいなのか。
「あとね、あるじがごはん作るときのかおとか、おいしいもの食べてるときのかおとか、寝てるときのかおとか……」
「ん?んんん?」
「からだあらう時になでる手とか、歌うときの声とか、まほーのれんしゅうがんばるところとか……」
「ちょっとまって、え、スイちゃん?」
「わらったかおも、おこったかおも」
「ストップ、待ってスイちゃん」
「あるじのこといっぱい大好きって言ってたのー」
待ってと言ったもののスイは全部言ってしまった。途中からなんか勝手に聞いちゃいけなそうな気はしてたけど、どうしよう、最後まで聞いちゃったな。もうそれたぶん友情とか超えて恋だよな?ライクじゃなくてラブってことだよね?いや、というかフェルはなんて話をスイにしてるんだ!?何を聞かせてるんだ!?
背後に大きなものが落ちるような音がして振り返れば、当の本人であるフェルが咥えていた魔物落とし、気まずそうな顔をして立っていた。正直俺も気まずかった。あ、これフェルにバレなければ知らないふりもできたけどさすがにもう無理だよな。え、これからどんな顔してフェルさんと旅してけばいいの?
「スイもあるじのこと大好きだよー」と愛しのスイちゃんがかわいいことを言ってくれているが、もうそれどころじゃなかった。フェルの反応から本気で俺に好意を向けていることがわかってしまい冗談で流すことすらできない空気になってしまった。困ったことになった。何が困ったって、そんなフェルの気持ちを知った時に嫌な気持ちなんて全くなくて、むしろドキドキと鼓動が激しくなっている自分に気づいてしまったことが、だ。
さよなら平穏な日々。知らなかった昨日には戻れない。