【千ゲン】FACE 浅霧幻は人に恋をした。人の想いが好きだった。
幼い頃からマジックに傾倒したのは、人を喜ばせるのが好きだったから。ただ、それだけだ。仕込んだ花びらが綺麗に舞ったとき、訓練して操れるようになったトランプが開いたとき、その先に居る人たちはどんな顔をして喜ぶのか。あの顔は、その顔は、どんな顔をしているのか。素敵な顔、魅力的な顔、顔、顔。楽しくて仕方がなかった。
マジックには心理操作が欠かせない。最初はマジックのために。やがて、人が心を動かす様に興味が沸き、のめりこんでいった。人間の行動や思いの学問である心理学を学ぶところから始まり、仕事を通じて経験とプロファイリングを積み重ね、気が付けばメンタリストなんていう称号がついていた。
人ばかりを観ていた。人の想いばかりが気になってしかたがなかった。
やがて、気づいてしまったのだ。
そこに、『俺』は要らない。
だから、浅霧幻はあさぎりゲンになった。ゲンに自我は無い。彼は器だ。たくさんの人の想いを引き出し、時には受け入れ、共感してくれる素敵な器。器は美味しいものを乗せ、提供し、時には鑑賞して楽しんでもらうもの。それで十分だった。
あさぎりゲンは、浅霧幻を3700年の向こうに眠らせておきたかった。
人ばかりを見ていたい。人ばかりを気にしていたい。そこに幻は邪魔だから。
★★★
石神千空は人を愛した。人の可能性が好きだった。
科学は絶対に裏切らない。言ってしまえばパズルのようなもので、そこには原因と結果、至る道筋が必ずある。この宇宙が、地球が、自然が用意したパズルは相当に難解で、人知の及ばないことはまだまだ残っている。しかし、何千年、何万年もかけて人類はそのパズルを解き明かし、活かし、時に殺し合った。その過程が、尽きぬ可能性が、信じて積み上げ続けた人の営みが、すべて尊く、愛すべきものだった。
誰一人としてその営みからは外れるべきではない。一人残らず救う道を見つけてやる。それは傲りでもなければ願望でもない。ただの真理であり、必然だ。
彼の愛は広く巨きく、誰の手をも引き上げる明快なものだった。
そんな男に、いま、一つだけ白布に落ちた墨のように小さく広がるものがあった。気にしなければ気にならない。けれど、気にしてしまうとずっと気になってしまう不可思議な一点だった。
造船作業も折り返しとなったある夜、炊き出しの一角で千空はある男を見つめていた。あさぎりゲン。千空とほか賢人と並んで五知将などと言われているが、視線の先に居るのは線の細い少々頼りなくも見える青年だ。
「ジーマーで!? そっかぁそりゃ大変だったねー」
独特の話法と抑揚のついた喋りが千空の耳を掠める。ゲンは隣席になった男たちの雄姿を聞きながら大げさに相槌を打つ。「いやぁ流石だねぇ~俺には無い感覚よ、それ」などと、男たちの自尊心を丁寧に撫でて持ち上げる。詳しい内容は千空の席からは聞き取れないが、ゲンの科学王国民メンタルケアは今夜も絶好調のようだ。
柔和な笑みを湛えたゲンとふと目が合う。一度瞬きをして、すぐにゲンは男たちに視線を戻す。気のせいで片付けられる一瞬、しかし、千空には今の一瞬でゲンが何かを感じ取り腹に収めたことが解った。
──仕事熱心なことで……。
千空はゲンの羽のように軽い喋りを片耳で聞きながら、手元の食事に意識を戻した。
あさぎりゲンの顔は能面のようだ、と千空は思う。正体や深層心理を隠すための仮面ではなく、舞台を演出するための能面。喜怒哀楽を大袈裟に表現するために被るものだ。だから、彼の素の顔は極めて虚無だった。どんな面をつけても舞台の邪魔をしないように、そこに彼は無い。あさぎりゲンに、顔は無い。
千空が彼の『顔』に気づいたのはいつだったか。
スイカがゲンのマジックの仕込みに使う花を集めるのだと、彼女の秘密の花畑に招待してくれた時だっただろうか。千空としては花に興味はなく、その花がもたらす薬用効果、珍しい植物が無いかどうか、地形や植生が気になったので着いていったまでだ。
人から見れば、可憐な、と称される花に囲まれてスイカとゲンはきゃっきゃと笑い合っている。スイカの自慢げな声に、ゲンの称賛する声が乗る。他愛ない戯れを背に、花畑の調査をする千空の視界に過ったのは、ゲンの『顔』だった。
スイカに笑いかけながら、ぐるりと花畑を見渡したゲンの眼差し。そこに顔が無かった。
ぱらりと何かが投げかけられたような気がした。
瞼を閉じて開けば、いつものスイカとゲンの姿。ゲンが千空の視線に気づき、にこやかにほらほらと手招きをする。それはいつも通り、いつもの姿だった。
食事を終え、食器を洗いに席を立とうとすると、すかさずゲンに声をかけられた。
「千空ちゃ~~~ん、ご飯、終わった?」
これから一杯どう? と、猪口をかがける仕草でゲンが誘う。
「あ゛ー、今メンタリスト様に相談することは特にねぇが?」
「やだな~、俺ももう店じまいだよ。フランソワちゃんのレストランで船旅用の試作メニュー出してくれんの。気にならない?」
耳に小指を突っ込み、いつもの「めんどくさい」を示すポーズなどお構いなしに、ゲンは千空を促した。
「コーラで何か作ってもらお」
るんるんとした足取り、ぼろぼろの裸足、すとんと落ちた背中、白黒の後頭部。いつも通りのゲンだ。そこに顔は在る。
フランソワのレストランは深夜が近づくと、キャンドルをテーブルに飾り、暗く忍ぶ隠れ家バーに様変わりする。もちろん、旧世界において千空はそのような場所に行ったことはないし、経験もない。これから経験しようというところで数千年を飛び越えてしまった。競合相手のいない道楽のようなバーでも、スタッフが一流ならばそこは相応の雰囲気が出る。
ゲンは囁くように2名と示し、すいすいと展望デッキのようになった横並びの席に向かっていく。途中でメニュー表も見ずにフランソワに注文を耳打ちする。気後れするほどではないが、自分よりもはるかに慣れた様子のゲンに千空は少し苦みを感じた。
「慣れてんなぁメンタリスト」
「まぁね~~時々来るのよここ。ぃやぁ懐かしくってさぁ。昔は収録が終わったら毎晩飲んでたの。ザギンでシースーってやつ?まさにこんな感じ」
「ほーん」
出されたグラスを撫でながら、めったに聞かない昔の話をするゲン。千空はゲンの横顔をじっと見つめた。
「で?」
「え?」
「何の用があんだ?」
目を丸くして千空を見つめ返すゲン。キャンドルの炎がその瞳の下半分を揺らした。
「ぶっ……!」
とたんにゲンは噴き出した。
「アッハハハ、もー千空ちゃんは。だ・か・ら~~~俺は閉店してるって言ったでしょ~~? 息抜きだよ、息抜き。なーんも用は無いよ」
ひそかに身構えてしまっていた千空はゲンの言葉をどこまで信用してよいのか分からず眉をひそめた。けれど、ゲンが掲げたグラスからコーラと赤ワインの香りを感じて8割信じることにした。ふだんは避けている酒をゲンが飲んでいる。さらりとした横髪を重力に乗せるようにして顔を傾け、少しずつグラスをあおる様は昼間とは違う空気をまとっていた。このストーンワールドで些細な年齢の上下などはどうでも良いことだが、旧世界で10代の少年少女たちに与えられる3歳差は大きい。ゲンから醸し出される大人の雰囲気に気圧されていることに気づいた千空は、心の中で秘かに舌打ちをした。
──これが、本来のゲンという人間なのだろうか。
「千空ちゃんはほんとストイックだねぇ。昨日も部屋戻ってこなかったし。夜はちゃんと寝なきゃダメよぉジーマーで。あ、千空ちゃんも飲む? 温まるよ~?」
そういうやいなや、フランソワがさりげなく千空の横にホットワインを置いた。手際のよいもてなしだ。柑橘の華やかな香りの中にスパイスの香り。誘われるように口をつけると、喉の奥がストンと抜けるような感触がした。
隣で、ふ、と微笑んだ気配がした。
ぐだぐだと繰り広げられるゲンの喋りはいつも通り軽く、しかし、昼間には聞かないほどに中身が無かった。羽のように軽い語りというより、鳥の骨のようにスカスカだった。本当に意味がない、よく分からない時間の経過。
「~だからねぇ、S極とN極がどうしてくっつくのか~なんて聞かれたって、俺にわかるわけないでしょ? あとで千空ちゃんに聞いておくよ~って言ってるのに、ぜーんぜん譲ってくれなくてぇ。ほんと、子どものケンカみたいで参っちゃうね~~!」
「ほーん……」
ここでその理屈を説明してやることは簡単だが、たぶんそういうことではないのだろう。
この行為に意味があるのだとしたら、もしかしたらそれは、あさぎりゲン自身のメンタルケアなのかもしれない。
今、ゲンの顔はどうなっているのだろう。暗くてよく見えないが、キャンドルのおかげで瞳に差す光だけはきらきら輝いて見える。
その時、ふっとゲンから表情が消えた。顔が無くなった、気がした。
「……」
ゲンは上を向いていた。つられて千空も空を見上げる。
「ゴイス~~~月が綺麗だよ……千空ちゃん」
「……」
ぽつりとつぶやいたゲンの顔。綺麗だと言って感動している様子の声をだしている。けれど、顔が無い。何故そう思ってしまうのか、千空はざわつく胸元を無意識に握りしめた。
「千空ちゃん、今日って十五夜?」
「いや、十六」
「いざよいかぁ~~惜しかったね、昨日来てれば満月だったよ」
「月齢15も16も見た目はそんな変わんねーだろ」
「え~~~」
苦笑しながら頭を戻したゲンに顔は戻っていた。
千空は思わずゲンの顎を鷲掴み、片手にキャンドルを掲げた。
「ぎゃっ! むぉあ、何、せんくーひゃん、どひたの?」
「なぁ……その顔、どうなってんだ?」
「は? 顔? 顔がなんて?」
もぎゅもぎゅと頬を揉むと、ゲンの顔は面白い部類の変顔になる。キャンドルの明かりをまっすぐに浴び、頭上にはてなマークを飛ばしている他意も作為も何もない顔。暗いから違って見えるだけ、目の錯覚、色が与える印象の変化、要因は様々考えられるけれど、そもそも彼はどんな顔だっただろうか。
顔を放されたゲンは、自分の頬を揉みながらうひーと鳴き声を発している。
「もー千空ちゃん、そういう急なスキンシップはあんまりやっちゃダメよ~~」
考え込んで黙ってしまった千空に、ゲンはさりげなく助け舟を出した。
「……顔ねぇ……どこにでもあるふつーの顔でしょ? 別にイケメンで売り出してたわけでもないし。司ちゃんとかのほうがよっぽどイイ顔して」
「これは例え話だ。俺がおかしくなったわけでもないし、理屈があるわけでも、何かの役に立つわけでもねぇ」
「うん」
「時々、テメーの顔が、無くなって見える」
「……うん?」
ゲンは、困っちゃったなぁ、と頬に指を当て、コテンと首を傾けた。
「気持ち悪ぃことすんな」
「メンゴ」
ゲンは顔を両手で覆って、はぁ───と長い息を吐いた。
「最近よく見られてるなぁとは思ってたけど。何、千空ちゃん、俺の顔みてそんなこと考えてたの。ジーマーで時間の無駄遣いだね。顔が無いって、何よ」
「こっちが聞きてーわ。なんかこう、遠くを見てるときとか、妙にこう……」
「……あー……」
頬杖をついたゲンは、再びグラスをあおって何かを思い至ったように頷いた。
「それって、素の顔、なんじゃない?」
「素の顔?」
「そーそー。特になーんも考えてない時、何もする必要が無い時、言っちゃえば、ぼーっとしてるってだけ、かな?」
「そうなのか、その割には……」
「顔が『無い』とはねぇ」
グラスを額に当て、千空に笑いかけるゲンの顔は少々邪悪に歪んでいた。
「俺のペラペラっぷりも極まってきちゃったねぇ。これからはぺらぺら男じゃなくて、空っぽ男を名乗ろうかなぁ~~」
千空は顔をしかめた。さきほどまでゲンがまとっていた大人の空気はすっかり無くなり、いつものあさぎりゲンを見ている気分になった。このレストランバーにそぐわない偽りの空気だ。
しかし、それでも酒が入っているからだろうか、所々で少し違うゲンが見え隠れする。
「昔ね。それこそ芸能活動始めたくらいの頃、周りが良ければそれで俺はオッケーだなぁ~ってゴイスー思ったことがあってね」
ゲンはにこにこと軽く語り、最後の一口をあおって付け加えた。
「ただ、それだけよ」
千空にはゲンの言わんとすることが解らなかった。起承転結の無い会話は苦労する。起はまだ推測できる、けれど、結は在ってほしい。何も始まらず、何も終わらなかったゲンのつぶやきは、千空に小さな破片を落とした。
解らなかった。何も解らなかったけれど、何故か千空は──悲しい──と感じた。
「いやぁ、メンゴメンゴ。ちょっと飲みすぎちゃったかもねぇ~。明日も早いし、そろそろお開きにしよっか!」
「1杯しか飲んでねーだろ……」
「俺そんなに強くないのよ。プロデューサーちゃんたちと飲むときはちょ~っと頑張ってたこともあるけど、やっぱりこのくらいが良いね。ワインとか1杯飲めたら十分。人並み~。あ、未成年だったことは時効ね」
「……そんなもんなのか」
「そんなもんよ。千空ちゃんも大人になったらわかるよ~」
急に大人ぶるゲンにあからさまに嫌な顔を向けると、ゲンはけたけたと笑った。
「どう?千空ちゃん『も』今夜はよく眠れそう?」
細めると黒目がちになるゲンがにっこり微笑む。千空の手の中でホットワインが揺らめく。
「……あ゛──、やっぱ俺のメンタルケアだったのか」
「ん~半分はね。残業サービスよ」
「……半分……。テメーも息抜きはできたのか?」
「モチ~~~ありがとね千空ちゃん」
何か、どこかいつもと違うゲン。とにかく何かを言わねばと千空は口を開いた。
「俺はテメーみたいな能力は持ってねぇから、めったなことは言えねぇが……。こんなんでいいなら、別にいつでも付き合うからな」
ゲンからまた顔が消えた。
★★★
顔が『無い』、かぁ~~~~。
千空の鋭さ、直球さには慣れてきたけれど、自分に直接向けられると思った以上に刺さるものだなとゲンは思った。
「ん~~別に多重人格ってわけじゃないのよ? ジーマーで」
自分のことは『ペラペラの蝙蝠男』と称してはいるが、実は少し違う。千空が勘づいた通り、ペラペラどころか、そこには何も無いのだ。なぜならそこに自我が無いから。自我は時には人を傷つけ、自分を傷つける。ゲンは臆病な男だ。だから、不要な自我など放り出して、いつでも逃げられるようにしたいし、苦しいことは避けたい。ある意味その薄っぺらさを保つことが唯一の矜持だった。
昔は多少持っていた自我──希望や願望とでも言おうか、それは種も仕掛けも無い男が胸のうちに仕舞ってしまった。あさぎりゲンである限り、浅霧幻が持っていた物など要らない。浅霧幻は3700年前に置いてきた。
──臆病者め。
誰かがそう囁くけれど、それでいいじゃないか。自分はペラペラのチキン野郎だ。五知将なんて偉そうなポジションにつかせてもらってはいるけれど、正直なところ、骨の髄まで一般人だ。ちょこっと心理学を勉強し、ちょこっとハッタリに経験がある、手先が器用なだけの臆病なただの人。本来ならば、こんな真正サバイバルでは真っ先に死ぬモブキャラだ。そんなモブに自我なんて要らないだろ。そう、思っていたのに。
「顔が『無い』、かぁ~~~~」
本日二度目。朝、起き抜けの布団の中で顔を覆う。自分で空っぽだと言うのは容易い。けれど、他人に空っぽだと言われると、それは傷つく。いや、傷つく何かをまだ持っているという事実を知ってしまう。
自分はそういうのは要らなかった、はずだ。
ふと隣を見ると、同室の千空の布団がすっかり畳まれていた。科学王国長の朝は早い。
「はぁ……とりあえず、千空ちゃん気にしちゃってるし、気をつけよ~」
意識していないと顔が消えるのなら、いつだってお仕事モードにすれば問題ない。いつもにこにこ胡散臭い笑顔のあさぎりゲンですよ、これでいい。
と、思って今日も元気に仕事に臨むのだが。
「ゴイス~~~見てくるじゃん千空ちゃんん~~~~!!」
船の設計図を届けに行っても、資材の確認をしていても、みんなと談笑していても、千空の強い視線を感じる。
休まらない、気が、休まらない。
こんなに意識して一日中顔を作り続けたのは久しぶりだ。テレビ局のフロアで日がな一日スタッフたちに笑顔とサービスを振りまいていた懐かしい緊張感を思い出す。ゲンは休憩時間にひっそりと集団から抜け出し、一人木立に入った。千空の熱い視線が少々苦しい。
「あ、ゲンなんだよ! ゲンも焚きつけの芝集めに来たの?」
「あぁ~スイカちゃん。そっか、子供チームは芝集めかぁ、偉いねぇ~~。俺は、ちょっと休憩~」
「じゃあスイカたちは向こうで静かにしてるんだよ。おやすみー、ゲン~!」
「ありがと~おやすみ~」
木立の中、ふかふかの落ち葉に腰を下ろして膝に顔をうずめる。ここなら、千空の目を気にしないで休むことができるだろう。
さらさらと横髪が流れる気配がする。揺れる木々の音が流れ、遠くで鳥の鳴き声が穏やかだ。心地よいまどろみの中、隣に誰かが居る気がする。ちらちらと眩しかった木漏れ日が無くなり、影に入っているのを感じる。梳かれる髪、こめかみに感じる高めの体温、カサカサの指。薬品と皮の匂い。
──………………千空ちゃんの匂いだ。
──……って。何やってんのぉおお千空ちゃんんん……!!
うっかり寝てしまっていた横をいつの間にか千空が陣取り、勝手に髪をいじっている。というか、髪を持ち上げて明らかに顔を凝視している。起きられない。完全に起きられない。意識が浮上していることを悟られないように、しかし、どうしたらこの状況が切り抜けられるのか全く見当がつかず、心拍数を極限まで抑えて平常心を保つ。千空の指は髪を超えて額に触れ、眉をなぞって目尻を撫でた。こんな心拍数の抑え方は初めてだ。
──ていうか、千空ちゃん。そんなに俺の顔気になっちゃうぅ!?
顔が引きつりそうだ。手は目尻から頬に下がり、やがて、唇に触れる。
──嗚呼、もう無理、起きる、起きちゃう。
さらさらと唇を何度か往復され。
そして、むんずと顎を掴まれた。
「なーにサボってんだ、メンタリスト」
「むぉー……」
むりやり持ち上げられた顔の先には、千空。大きくて力強い眼差しが、何も見落とすまいと真正面から凝視していた。
「……あああああ~~~千空ちゃんの顔面が強い!!」
「何わけわかんねーこと言ってんだ」
顎を掴まれたまま、やっぱり頬をもぎゅもぎゅと揉んでくる。
「あの~~~……千空ちゃん……?」
「もうちぃ~~っと待て」
完全に観察対象になってしまっている。千空はゲンの頬を揉みながら、左右に傾けさせて見え方を確認していた。
「千空ちゃん、俺、完全に無防備よ、寝込み襲わないで!」
千空はゲンの素の顔が『無い』ことを確認している。彼はこの顔をどう捉えているのだろうか。科学実験のように、何かを作用させると変化する対象だとでも思っているのだろうか。しかし、残念ながら人の顔や表情を作るのは心だ。脳の思考も電気信号だと言ってしまえばそうかもしれないが、この電気信号はとても複雑で、人間ができる実験パターンの数ではとうてい解明できない。旧世界でもAIは心を持てなかった。
「あのさぁ千空ちゃん。俺、あんまり素の顔好きじゃないんだよね~……」
「おー……」
「なんか、昔を思い出しちゃうなぁ~~~って……」
「で?」
「だからさぁ、そんなに観らるのは……」
「何が言いたい?」
「とりま、手、放してください」
ぱっと顎を放された。無理やり持ち上げられていたので、首が痛い。
「な、なんかメンゴね~~? 昨日変な話したから、気にさせちゃったんだよねー。もー、千空ちゃんの科学王国全人類救済計画と俺の顔とか、ぜんっぜんこれっぽちも掠らないから、気にするだけ時間の無駄よ~~~?」
「あ゛ー、それはそうなんだが……」
首を摩りながら千空は言いづらそうに視線を外す。
「テメーの昔話には1㎜も興味はねーが、その顔については、ちーっと気にさせろ」
「……」
ゲンは重ねた袖で口元を隠した。
ホント何だろうね千空ちゃんは。げんのことなど、放っておいてくれたら良いのに。
「あれ、そういえば、スイカちゃんたちは?」
「あ゛? とっくに炊き出しに帰ったぞ」
「えっ!? 俺、どのくらい寝てたの!?」
「2時間3分54秒」
「に、二時間~~~!?」
ほんの10分ほど寝てしまっただけだと思っていた。
「今日は気温も高いし、寝冷えするってことも無いと思って起こさなかった」
「起こしてよ、そこは起こしてよ!」
「サボりはサボりだからな! ペナルティで今度実験に付き合ってもらう!」
「ド、ドイヒ~~~~!!!」
隣で泣いているような気がしたのだ。いや、泣いている、というのは大げさかもしれない。それは、彼をどこかに置いてきてしまったような、このままで良いのか、という漠然とした不安に近いものだった。
ゲンの顔が『無い』ことに違和感を覚えて以来、どうにも気になって仕方がない。
ふらふらと木立に消えていったゲンを思わず追いかけていくと、彼は眠っていた。スイカが「ゲンはお疲れなんだよ」と、シーと指を立てる。髪をめくって覗いてみると、歳よりも随分とあどけない寝顔に少しだけ歪んだ眉。なんだろう、苦しいのか、不満、不安だろうか。こんな時、メンタリストならそこに現れる表情が読めたのかもしれないが、肝心のメンタリストはここで寝ている。
「……怯え……?」
千空はスイカに、ゲンは自分が見ているからと、言い含めた。元気に走り去っていくスイカを見送り、ゲンの隣に腰を下ろす。隣で寝息を立てている男は一向に目覚める気配がない。得意でもない酒なんか飲むからだ、とぽつりと思った。
寝ているゲンに顔は有った。これも素の顔といえばそうなのかもしれない。と、いうことは、ゲンの素の顔は『無い』のではなく『ゼロ』なのかもしれない。人類がゼロの概念を発明したことで、数学の世界が急速に発達し、科学に大きく貢献した。ゼロは無ではない。ゼロは引いてマイナスにすることも、足してプラスにすることもできる。しかし、『無い』は無ということだ。科学において、無から有は生まれない。無は無であり、有は有だ。有は証明できるが、無は証明できない。対であるかのように見える両者だが、実はまったく異なる概念だ。
ゼロの顔、か。それならば、普段見ている顔はプラスの顔で、顔が消えるのがゼロ、そして、見たことのないマイナスの顔が存在するはず。千空はそれを見てみたい、と思った。そこに、あさぎりゲンの本当の姿が『有る』ように思えた。
★★★
造船は着々と進行しているが、旧世界と違って2、3カ月でマンションが建ってしまうようにはなかなか行かない。足りないノウハウを補足しながら、数ヶ月、数年単位で一歩ずつ進んでいくのだ。人の雑多な動きが多い分、設計図の微修正とスケジュールの修正、材料選定のやり直しなど、その場その場の課題が多く降りかかる。その根幹を組み立てていくのは主に龍水と千空の役割なのだが、いかんせん事案が多い。連日連夜、龍水と千空はラボと作業場を往復し、事務スペースで検討を重ねていた。
一区切りつけて部屋を出ると、王国は既に朝の営みが始まっていた。
「朝かよ……」
うっかり徹夜を重ねてしまった。朝だと思うと急に眠気が襲ってくる。よれよれの体を引きずって辿り着いた寝床にゲンの姿は既に無かった。
千空は不意にゲンの顔を思い出した。忙しすぎてここ数日は全くその顔を思い出すことなど無かった。というか、しばらくゲンの姿を見ていない気がする。別に今用は無いが、ゲンを呼ばないとな、と思ったまま千空は布団に沈んだ。
数時間後、昼前に仮眠から目覚めた千空は何故ゲンを呼ばなければと思ったのか分からずに頭をかいた。何かを頼もうと思ったのか、必要なことがあったのか。記憶力の高さは自負しているので忘れるなんてことはないはずだ。生あくびをしながら炊き出し会場に顔を出すと、石神村から手伝いに来ていたルリたち炊き出しチームがにこやかに食事を用意してくれた。
「ゲンは?」
「今朝、資材置き場のほうで揉め事があったみたいで、仲裁に出かけられましたよ……探しましょうか?」
「……あー、仕事してんなら、いい」
「見かけたら声かけておきますね」
「頼むわ」
その日、千空は再び慌ただしく駆け回ることになり、結局ゲンに会うことは無かった。その夜も龍水の呼び出しを受け、必要道具を取りに寝床に寄りはしたが、ゲンは居なかった。洗面道具一式が無くなっていたので風呂に行ったのだろう。
その後も千空はゲンの姿を見なかった。千空の活動時間がゲンとずれているせいだと自覚はしていた。それぞれに役割をこなしているだけ、そこに何の不都合も無い。無いはずなのに。
ある日、ゲンが千空を探しているという連絡を受け急いで現場に駆け付けたが、すでに解決したということで入れ違いになった。
昼食の時間をみんなと合わせることができた日も、たまたまゲンはフランソワのレストランで食事をとっていたらしく、炊き出し会場には居なかった。
ある夜、なんとなくゲンを待っていたくて寝床の座卓に突っ伏していたら、いつの間にか眠ってしまったようで、背後の動く気配で目覚めた。振り返ると用を足しにでも行ったのか、ゲンの足音だけが聞こえた。
常に居る気配はするのに、その姿は無い。千空は非科学的なことは考えないが、まるで幽霊のようだなと思った。ペラペラ男から空っぽ男に、そして、とうとう幽霊男になったのか。
「あ゛──。これはメンタリストの考えが聞きてぇな」
「ゲンか。しかし、ゲンは今油田のほうに行っているぞ」
「そういや、そうだったな」
ある日、龍水との打ち合わせが行き詰った。どうにも意見が平行線。これはメンタリストに紐解いていただかないと、こじれるばかりだ。千空は自分で立てた役割配分表を思い出し、ゲンのスケジュールを導く。彼の帰りは五日後、こうなってしまうとメンタリスト待ちである。
「千空、そろそろ休息日を設けなければ。ゲンが居ないここ一週間は危険だ」
「……疲労なんてそんなもん、忘れてりゃあ動ける」
「しかし」
言い募ろうとした龍水を制し、千空は部屋を出た。日は高く昇り、一日の活動が最も活発な時間帯。造船でせわしなく動き回る仲間たちを千空は遠目で見つめた。
『千空ちゃんの科学王国全人類救済計画と俺の顔とか、ぜんっぜんこれっぽちも掠らないから、気にするだけ時間の無駄よ~~~?』
ゲンの言う通り。何も気にする余地など無いのに、どこかであの能面が笑っていやしないかと探す自分が居た。
気にしなければ忘れていく。忘れると思い出して、余計に気にしてしまう。
そんな幽霊男にばったり出会い、千空は思わず飛びのいてしまった。
「うぉわっ!?」「ぎゃっ!?」
温泉を掘って作られた大浴場で千空はゲンと鉢合わせた。千空は入るところで、ゲンは上がるところだった。久しぶりの遭遇がまさかの全裸とは。
「あ、あ~~~、千空ちゃんお久──」「ああ……」
「なぁに千空ちゃん、お化け出たみたいな顔して」
「いや……別に……」
「俺、先、上がってるよ? ごゆっくり~~」
濡れて張り付いた髪をいじりながら、ゲンは浴場をあとにする。そのまま追いかけないとまた消えてしまうのではないかと一瞬焦った千空は慌てて風呂に入った。まさに烏の行水だ。一体自分は何をやっているのだろう、とふと冷静になった時には湯船に半分顔が沈んでいた。
寝床に戻った時、ゲンは起きているだろうか。眠ってしまっていたら、また会えなかったことになる。久しぶり、と言ったゲンに答えることも無く、油田での作業を労わることも無く、また多忙に流されてしまう。いつも通りと言えばいつも通りだが、一人のチームメイトとして、あさぎりゲンへの扱いとして、それで良いのだろうか。柄にもないことと自覚はしつつも、千空は寝床に帰る前に食糧庫に足を向けた。
★★★
別に千空のことを避けていたわけではない。ゲンもゲンで忙しかったのだ。小さな仲裁や呼び出しに翻弄されているうちに千空を見かけなくなった。部屋には帰ってこないし、食事にも顔を出さない。どうやら相当忙しいらしい。
千空の妙な熱視線が無いぶん気楽ではあるが、今度はメンタリストとしてのゲンが彼を気にし始める。3日、5日、7日、千空を見かけない日々が重なっていく。千空は誰かが歯止めをかけてやらなければいつまでも進み続ける男だ。意固地になると、疲労は忘れるのが合理的、などと科学で全く説明のつかない謎理論まで持ち出してくる。そろそろ様子を伺ってやらねばと思い、龍水の部屋にお茶を運んだこともあった。残念ながら、その日はたまたま千空とは入れ違ってしまい、龍水と語り合って終わってしまった。
ちょうど千空が必要な事案に遭遇し、呼び出したこともあったが、意外や意外、通りかかったクロムが解決してしまい、その日も千空には会えなかった。
ある昼時、遠目で千空を見かけた。珍しく皆と同じタイミングで炊き出し会場に来ているではないか。案の定、彼の顔色は宜しくない。
「あら~~~これは千空ちゃん、相当キちゃってるねぇ~」
声をかけねばと思っていたところで、逆に龍水から声をかけられた。油田に行ってほしいという依頼だった。
タイミングって重なるよねぇ。
夜、部屋に戻ると千空が座卓で突っ伏していた。そんなに疲れているのなら、すぐそこの布団に入れば良いのに、こういうところはいい加減だ。ゲンは千空の横にそっと座り、頬杖を突きながら彼の顔を覗き込んだ。すごいクマ、顔色もずいぶん悪くなっている。
眠ってしまうと、年相応の──数千年を数えないとして、高校生でしかない少年の顔は幼い。こんな少年の頭の中に人類の未来予想図が詰まっている。果てしない行程と様々な仮定、膨大な情報と思考の中には、どうやらゲンも居るらしい。今は動きを停止しているこの瞼が開くと、千空はまたゲンの顔を見つめてくるのだろうか。
額の罅割れをそっと辿り、大きな瞳がしまわれた瞼をつつく。
──ねぇ千空ちゃん。人が人の顔を触るときの心理って、キミは知ってる?
キミにそんなことをしている暇はないのよ。そっと呟いても反応は無い。
今夜は多少なり千空のケアをしてやろうと思っていたのだが、この様子では、千空に会うことも無く油田へ出発になりそうだ。とりあえず、千空に休日を与えるよう龍水に頼んでおこうと思い、立ち上がった。
油田出張から帰宅し、あの木立の中で浴びた熱視線も懐かしさを感じるほどの遠さになった。千空はまだ顔のことを気にしているだろうか。もう忘れただろうか。忘れていてほしいものだ。ゲンは布団の上でうずくまり、風呂上がりで柔らかくなった傷だらけの足を揉みながら、千空の戻りを待った。
聞こえてきた足音は千空のもの。芯がしっかりして自信満々な重さだけれど、少し気後れしているような不可解なリズム。羽京ほどの耳は持っていないが、歩き方にもメンタルの状態は現れる。
じっと待っていると、ばっと音がしそうな勢いで千空が部屋に入ってきた。目は大きく開かれて、頬が少し気色ばんでいる。何一つ見逃すまいとする力強い視線に晒される。
嗚呼、その熱い視線、パワーアップしちゃってるじゃないの。
「千空ちゃん、お疲~~~。なぁに、そんな嬉しそうな顔しちゃって」
千空は手に大きな瓶とグラスを2個抱えていた。
「それ、ワイン?」
布団から座卓へにじり寄ると、千空もどかりと腰を下ろした。
「あ゛──、お忙しいメンタリスト様を労ってやろうかと」
「ジーマーで? 千空ちゃんやっさし~~~~!」
千空の気遣いと、少しの恥ずかしさ、見え隠れする「当然だ」とでも言いたげな傲慢さ、色々な心が良く見える。柄にもない労い。何かを言いたそうにして、なおも首を擦る千空に小さな笑いが込み上げた。いつだって俺様然としているくせに、変なところでいじらしい。これは助け舟を出してやらないと、彼もやりづらいだろう。ゲンは敢えて体をひねったポーズでにじり寄り、親密さと無抵抗をアピールする。
残念ながら、彼が今言いたい言葉を素直に言うことはできないだろう。だから、ゲンから言ってやるのだ。
「ただいま、千空ちゃん」
「……」
千空は口を真一文字に結んで大きく目を開いたまま、すぐに視線を逸らした。
「ちょー、そこは、おかえり~~っていうところよ~~?」
「うるせぇクソメンタリスト」
「はいはい。さー、飲も飲も。せっかく千空ちゃんが持ってきてくれたんだし、俺もージーマーで疲れたから~~~千空ちゃんも飲むでしょ~~~??」
千空からワインとグラスを奪い取り、「はい、お疲ー」とグラスを合わせ、さっさと空気を払ってやる。千空の張っていた肩がすとんと落ちた。もちろん、ここでも未成年飲酒は黙認だ。
この数日がどんなにか忙しかったか、文句と愚痴と感謝を混ぜて語る。千空はほとんど聞いてるだけで、相槌を打つばかり。中身は無いけれど意図はある、そんな言葉たちが羽のように舞っていく。熟成されていないワインの独特の酸っぱさと刺激を楽しみながら少しずつ口に含む。千空も心なしかいつもより軽い笑顔を返してくれているように感じた。
「~いやぁ、やっぱ温泉はいいよねぇ~! 油田にも温泉掘ろ、千空ちゃん!」
「あー、まぁ油田がありゃあ温泉もあるけどなぁ」
「ほら~! あっち行ったらお風呂無いから川よ、川! そりゃまぁ今までは川で水浴びできれば十分だったけど、もー温泉の魅力を知っちゃうとねぇ!?」
「日本が温泉大国で良かったなぁ」
「おかげで、あぶらギトギトだった髪がもうつやっつやよ!」
「ほーん」
ずぼ、と千空がゲンの短いほうの髪に手を突っ込んできた。あ~……。
「千空ちゃんのその無自覚距離の近さに、俺、びっくりしちゃうわー。他の子にやっちゃだめよ、トラブルの元。ジーマーで」
髪は髪だろ、と繊維素材の一つとしか捉えてなさそうな顔でごしごしと擦ってくる。そのままするりと頬に降りた手が、むぎゅとゲンの頬を持ち上げた。今度は両手で。
「むぉ~~……せんくーひゃん、また、顔~~~」
千空の顔への興味、消えず。お互いに風呂上りということもあり、頬を包む手はしっとりして温かい。かさついてくすぐったい指先も今は癒しのもち肌だ。
「今の顔は、素なのか?」
「うぇ~~~どう見えるの~~~?」
「変な顔に見える」
「うぉ~~~~横暴~~~~」
ぺっと放され、座卓に突っ伏す。そのままごろりと千空をみやると、存外真剣な面持ちで見つめ返された。むしろ、今こうして見上げているほうの顔が素だ。
「なんでその顔なんだ?」
「ん~~~生まれつき?」
そういうことじゃねぇ、と千空の口が歪む。
「千空ちゃんも、こんなぼやけた会話すんのねぇ」
よっこらせ、と頭を持ち上げる。
「そもそも、なんで俺の素の顔なんか気になんのよ?」
「……」
「……」
「見てみたいと思ったんだよ。その、ゼロの向こうの顔が」
「ゼロ?」
千空の中で渦巻いているであろう哲学は良く分からないが、要するに『あさぎりゲンの別の顔が見たい』と、そういうことだろう。もう少し掘り下げるのなら、『本当のあさぎりゲンを見せてほしい』と言ったところか。
「千空ちゃんさー、俺はただのぺらっぺらの蝙蝠男よ? そんな俺の『本当の所』なんて見て、何か得るものでもある?」
俺なんか一歩違えばモブよ、モブ。と、そんなことを言っていると、だんだんと千空の顔が険しくなっていく。しかし、彼は何を言うでもなく頬杖をつき、ただワインを口に含む。
「俺、芸能人とかやってたけど、ちょうどいいのよ、あのくらいが。あれってただの見世物でしょ? 人がその人なりの解釈で『俺』を決める。本当の所がどんなでも、そんなことはどうでもいい。勝手に人が決めてくれる。楽でいいよ~?」
ワインのせいだろうか、口が滑っている自覚がある。
「俺はねぇ、平和主義者なの。人が揉める時ってね、だいたい原因はエゴよ? だからねぇ、平和のために俺の『本当の所』──エゴなんて要らないわけよ。世界は平和、俺は楽ちん、千空ちゃん的に言えば、合理的、でしょ?」
なんて歪んだ平和主義、そんなことは分かっている。
千空の目が痛い。何もかもを明らかにしようとする目、そんな目で見ないでほしい。
「そりゃまぁ、昔は俺なりにエゴもあったけど、結局良いことなんにもなかったからねぇ」
「……」
熱い。溶接して閉じたはずの蓋が焼き切れて開いてしまいそうだ。
「ほら、どーせ俺はモブだし、スライムだし。スライムが自我持っちゃったらダメでしょ。違うストーリーになっちゃうよ」
開かないでほしい。その蓋を、開けないでほしい。
嗚呼、ちょっとしんどい。
ふっと、顔が消えた気がした。
「……ぁ……」
「それで全部か?」
「え?」
「テメーが口先だけで言う『本当の所』ってやつは、それで全部か?」
「…………」
苦々しく顔が歪むのが分かる。
嫌だねぇ、これだから直球型科学少年は。人が隠しておきたい機微なんてわかりもしないで暴いてくる。
ククク、と喉から含んだ笑いが聞こえた。
「そういう顔もできるのな?」
一変して千空の眼差しは穏やかで温かいものになった。ゲンは思わず歪んだ頬を抑え、はぁ───と大きく息を吐いた。
「もー忘れてよ、千空ちゃん。俺、あんまりこういう話しないのよ?」
「俺に忘れるができると思うのか?」
「思わないけどさ~」
千空の中で、あさぎりゲンという者の一部が刻まれていく。口が回れば回るほど、惨めな気持ちになる。いや、惨めになる自分が残っていることを自覚する。こんなにも、自分のことなどどうでもいいと言い聞かせているのに、どうして彼は放っておいてくれないのか。何故彼は、ゲンを知ろうとしてくるのか。
「聞いて欲しかったから、話したんじゃねぇのかよ」
はいはい、その通り。本当に直球でどシンプルな男だ。
何故だか、千空の前では駆け引きが利かない。6割の嘘と4割の本当で、最後の本当を隠して切り抜けようと思っていたのに。カバーする6割の嘘を正面突破されてしまう。
千空がまた顔に手を伸ばしてくる。今度は掴まずに、親指の腹でゲンのクマを撫で、罅割れを辿る。誤魔化しのきかない瞳に晒され、ゲンの心は凪いだ。今、ゲンに顔は『無い』だろう。
「今は、何考えてる?」
「千空ちゃんの指あったかいなぁ?」
すりすりと下がる指が鼻先を巡り、唇を撫でる。
「千空ちゃん、指、噛んであげようか?」
「そのまま喉まで突っ込む」
「メンゴ~~~」
顎を辿り、指はするりと首筋を降りた。
「さっきの顔、悪くねぇ」
「は?」
「今のも」
「~~~~」
偽りではなく、あからさまにゲンは顔をしかめた。嫌悪感に近い抵抗感。ずかずかと入り込んでくる千空を止めたい気持ち。
「あのねぇ千空ちゃん」
「テメーの理屈は定義が足りないから良く分からないが、とりあえず、んな辛そうな顔じゃ、何も隠せねぇな」
ゲンはばっと口元を抑えた。
──嗚呼、悔しい。
3700年前、幻の所に置いてきた要らないもの。自我、自尊、対抗心、承認欲求、色々な願望。芸能界に渦巻く幼く醜い争いは苦しかった。幻はただ、人が喜ぶ顔が見たいだけだったのに。そのためだけに生きられたらどんなに楽しかったか。しかし、社会に揉まれるうち、その思いはだんだんと歪んでゆき、恐ろしい欲望と渇望になった。だから、仕舞った。ゲンは臆病のチキン野郎だったから。醜いものは幻に委ねて、ゲンになった。自我の無いペラペラの蝙蝠男、楽しければそれで良い、それこそがエンターテイナー。そう言い聞かせてきたのに。
目の前の男は、どうあってもゲンを開こうとしてくる。特別な目でゲンを見定めようとしてくる。
──なんで、千空ちゃんってそうなの?
誰もかれもその存在を認めて、尊重してくる。期待して、任せてくる。放っておいてくれない、モブにもスライムにもさせてくれない。そんなことをされたら、欲深い幻の本性が目覚めてしまうではないか。『欲しく』なってしまうではないか。『俺』を誰かにしないで欲しい。『俺』を認めて欲しい。
──『俺』を特別にして欲しい。
「今は、何考えてんだ?」
「千空ちゃんに色々バレないように必死~~」
千空はまたククク、と喉で笑った。
「まーもう少し研究させろ。今の顔も、面白れぇ」
千空への呪詛でいっぱいになった心をいったん落ち着けなければ、とゲンはワインをあおる。さらりとした若いワインは喉越しが良い。このまま飲み込んでしまえ、とグラスを上げる。
そして、ぶはーっ、とアルコールを吐き出した時、ゲンはゆっくりと崩れ落ちていく隣を見た。まるで重力が無くなったかのように、その特徴的な頭は落ちていく。
「……千空ちゃん……? ちょ、千空ちゃん!?」
千空が、倒れた。
★★★
ゲンの百面相は面白かった。悪だくみをするとき、何かを思いついたとき、挑発するとき、驚いたとき、彼はもともと色々な顔を持ってはいるが、先ほどの顔は本当に興味深かった。あんなに明確な嫌悪を示した顔は初めてだ。普段と違うゲン。いつも一緒に居るのに、いつもこれがゲンだと思うのに、まだ彼には先が、いや、奥がある。ペラペラだと称する彼が、実は最も奥深いのではないかという興味。ブラックホールへの興味、虚数への興味、考えれば考えるほど『無い』のに『有る』と訴えてくることへの興味に似ている。
この男は一体何だ。
酒が入ったせいもあるのだろう。もともと回りくどいことができないのに、普段よりもさらに気が大きくなり、抵抗感がなくなった。ついずかずかと踏み込んでしまう。人の機微が解らず、人付き合いには昔から障壁があった。だから、本当に駄目な領域に踏み込んではいけない、そこだけを学習してきた。
それなのに。
やめてくれと言っているゲンを暴きたいと思った。
暴いて、その中の何かを引きずり出したい。
──手に入れたい、と思ってしまった。
画面がホワイトアウトした。常に何かを考えている脳はいつまでも元気で、グラスを取ろうとした手が滑り、赤い液体が散った流体運動まで見えた。そのままゆっくりとゲンが斜めになっていく。顔の上から半分がざあっと冷えていく音が聞こえた。嗚呼、貧血か。最近休んでいなかったから。
バタバタとかけていく足音、増える足音、誰かに抱えられた浮遊感、色々な感覚が明確なのにどうなっているのかが分からない。いくつかの声が聞こえているのに、ゲンの取り乱した呼びかけだけが聞こえる。嗚呼、そんな声も出せるのか。初めて聞いた。その声も、興味深いな。
★★★
──眩しい。
どうなったのだろうか。ぼわぼわと空気のこもる音が聞こえる。眉間に力が入るのを感じたが、すぐに温かく穏やかな色に包まれた。
『もうちょこっと寝てなよ、千空ちゃん』
誰かの声。優しい、愛しむような、聞いたことのない声。
温かい。眠い。
意識が浮上した。瞼を動かすと、目を覆っていた物がひくりと動いた。そのぬくもりにゆっくりと手を添える。しっとりした感触を滑らせながら、節を辿る。ああ、手、だ。誰かの手が自分の目を覆っている。親指でその甲を擦り、そのままゆっくりと持ち上げた。
片目に強い光が差し込む。小窓から覗く太陽はすっかり天高く、目の前の影を包んでいた。まるまった体勢で座り込み、口を真一文字に結び、頭だけを上げてまっすぐ前を向いている横顔。髪に隠れていないほうの耳と、頬のふくらみに走る罅と小さな鼻筋、鋭い目つきと少ない睫毛。
──嗚呼、ゲンだ。
こちらを見ることもなく、微動だにせず、強く目を張っている。酷いクマ。目元が赤い。泣いた跡か、徹夜の充血かは判別できない。
感覚が戻ってきた腕を持ち上げて、その顔に手を伸ばす。人差し指がぎりぎり頬に触れると、顔を動かすのも億劫だというように、その大きな目と小さな瞳孔だけがぎょろりとこちらを睨んだ。
「すげー顔だな」
酷い酒灼けだ。
ふぅ───と長い吐息がゲンから発せられた。
「あのねぇ千空ちゃん。俺、ジーマーで怒ってんのよ」
ゲンは伸ばした手を払い落とすように顔を伏せ、もう一度上げる。
「なんでちゃんと休まないの? 俺、龍水ちゃんに伝言したよね? ちゃんと聞いてた?」
「悪ぃ」
悪魔みたいな声が出た。
嫌悪感、蔑み、呆れ、こいつだめだ。歪んだ顔が眼だけで見下ろしてくる。
「千空ちゃんはもう少し自分を大事にして。昨日、どんだけ皆にメーワクかけたと思ってるの。ジーマーで大変だったんだから」
科学王国の長が倒れた。その瞬間、ゲンは判断しただろう。誰を呼ぶべきで、どう伝えるべきで、何を偽るべきか。千空自身に大したことが無かったとしても、事象は憶測を呼び、憶測が組織の崩壊を招く。千空の体調、明確な事実が判明するまでは全ての物事を死守しなければならない。
皆が大変だったのではない。ゲンが、大変だったのだ。
払われた手を今度はゲンの肩に添え、襟を引っ張る。抵抗されないようにゆっくりとこちらを向かせた。ゲンは眉間にしわを寄せ、されるがまま千空に顔を差し出す。
長い横髪が垂れてきて頬をくすぐる。体の影に入り、ぎょろりとした瞳が良く見えた。
「どう? 見える? 千空ちゃん。……俺の怒った顔」
「あ゛ぁ」
「感想は?」
「悪かった」
「オッケー。他には?」
「ちゃんと、休む」
「うんうん」
「泣かせて、悪かった」
「ん~~~~泣いてはいないけどね?」
『無く』なった顔がするりと持ち上がり去ろうとする。肩を抑えていた手を首に添え、逃げていく顔を捕まえる。
「千空ちゃん……お水、持ってきてあげるよ?」
「眠い……」
そのまま両手でゲンの首を固定し引き下げる。丸い頭がぽすんと胸に落ち、布団に埋まった。温泉成分でサラサラになった髪をかき混ぜながら、頭の丸さ、耳の輪郭を辿る。心地よい重さ、手触り、温かさ。
「テメーも、ここで寝ろ……」
落ちていく意識、まどろんでいく体。
「……横暴……」
ゲンの小さなつぶやきが、もう聞こえなくなった千空の鼓膜を震わせた。
★★★
ぼんやり目覚めると、千空の服に走る血文字と自分の手が見えた。まだ明るい。千空に捕まってそのまま二人で眠ってしまったらしい。昨夜、千空が倒れてからの奔走が嘘のように穏やかだった。
条件や状況を見ても、軽度のアルコール中毒か、貧血か、いずれにせよ疲労による卒倒だとすぐに分かった。大丈夫、大したことじゃない、ちゃんと水を飲ませて、休ませたら大丈夫。そう言い聞かせて、振り上がった心拍を抑え込む。感情をコントロールしながら違うことをするのは、メンタリストの専売特許。様々な想定を巡らせて、最適解を得たと我ながらに思う。うっかり者の金狼や銀狼は呼ばず、状況を把握せずに走りがちなクロムとコハクも外した。貸し借りは無しにしたいので龍水も駄目だ。ルリとフランソワ、男手としての羽京。速やかに千空の看病を対処した。朝になって周囲から異変を悟られないように、夜通しの看病はゲンが引き受けた。同室なのだから、うっかり二人して朝は寝過ごしたことにすればいい。
やがて酷い怒りがこみ上げた。なんで千空はこうなのだ。どうして誰も彼を止めないのだ。彼を逸したらこの世界がどうなってしまうのか、みんながどうなってしまうのか、何故分からないのか。
こんなにも特別で、大切な人なのに。
髪が梳かれ、耳を撫でられている。千空は起きているのか、身じろぐと首を抑えられた。別に逃げやしないのに。じわじわと千空の掌からぬくもりが染み渡る。
──嗚呼、怖かった。
千空の胸の上で、ぎゅうと拳を握る。血文字の化学式が巻き込まれて歪んだ。
「……」
千空が拳を解くようにさすってくる。ゆっくり顔をあげると、存外意志のはっきりした大きな目がこちらをみつめていた。
「起こしたか?」
「……」
光が差し、綺麗に透き通った目。
「徹夜だったんだろ。もう少し寝とけ」
ぽんぽんと頭が撫でられる。とく、とく、とく。数える心音と同じリズム。千空にも自分の鼓動が伝わっているのだろう。千空のリズムも穏やかだ。
「……良かった……」
もう一度千空の胸に顔をうずめる。
「千空ちゃん、体調は?」
「あー、問題ねぇ。寝て起きたらすっきりだ。ちょっと乾いてる感じはするが、さっきルリが来て、茶を置いてってくれた」
「え゛!? ルリちゃん来たの!?」
がばっと身を起こす。その時初めて、ゲンは自分が千空の布団の中にすっかり納まっていたことに気づいた。
「バ、バイヤ~~~、変なとこ見られた……恥ず……」
「別に言いふらしゃしねーよ。テメーがルリを選んだんだろ」
「そーだけど……」
ぷしゅうと空気が抜けるようにゲンは再び千空の胸に収まった。
「てか、なんで俺、千空ちゃんの抱き枕になってんの?」
「温かくていい」
「千空ちゃん、そういう趣味無いでしょ?」
「ねーな。テメーも無いだろ」
「無いよ」
「じゃあ問題ねぇ、暖を取るには合理的だ」
──そうか?
疑問符はつきつつもゲンは体を起こすのも億劫で、おとなしく千空の手に身を委ねた。
頭を撫で、首をさすり、耳をくすぐる、すっかり乾いてカサカサになった千空の手。メンタリストのあさぎりゲンは思う。人の顔に触れる、唇に触れる、髪に触れる、首に触れる。一般的にどんな意味と心理作用があるか、千空は考えたことがあるのだろうか。ゲンは知っていた。知っていたからこそ、千空の手を受け入れた。その意味と心理作用をゲンはコントロールすることができるから。
ただ、ひとつだけ不可解なことがあった。
何故、千空の手はこんなにも愛おしそうに自分の体を這いまわるのだろうか、と。
「ゲン」
「何、千空ちゃん、そろそろ起きる?」
「顔、見せろ」
「……。」
ゲンはのっそりと起き上がった。
「はい、どーぞ。よく、見てね。これが、『俺』の顔」
体を起こさない千空に乗り上げたまま、覆いかぶさるように顔を差し出す。えらく素直だな、といぶかるように千空が見つめてくるので、ため息をひとつ落としてやった。
「もう慣れた」
「触っていいか?」
「今更?」
頭を撫でていた手がするりと頬を包む。
「ねぇ千空ちゃん。前から言おう言おうとは思ってたんだけど、人の顔を触るってのはね」
「わかってる」
「バイヤ~~~わかってて触ってんの?」
「いや、正確に言うと、わかってねぇけど、触ってる」
「ん~~~~。千空ちゃん、それはイバラの道よ、ジーマーで。どうすんの?」
「もうちーとばかし、考えたい」
「いつまで?」
「……理解と、覚悟が定まるまで」
「それは~……ずいぶんと曖昧だねぇ。そん時、俺の理解が及ばなかったらどうすんの?」
「手段を考える」
「……。ジーマーで横暴だね、千空ちゃん」
始終探るように、観察するように顔を触ってきていた千空が、ふと笑った。少し寂しそうで、辛そうで、それでもとても幸せそうに、ゆっくり笑った。
「いい顔だな、ゲン」
顔を包む千空の手に手を添える。
「千空ちゃん、そういうの俺以外に言っちゃ駄目よジーマーで。トラブルのもと」
今、たぶん俺は酷い顔をしていると思う。徹夜明けで、千空ちゃんが居なくなっちゃうんじゃないかって怖くて、夜通し泣きとおした腫れた目で。あさぎりゲンという虚像ではなく、正真正銘の浅霧幻として、怒って、怯えて、泣いて。それは、科学王国民と自分のことを思って泣いたんじゃない。
──キミのことを祈って、泣いたんだ。
あさぎりゲンはエンターテイナー。鏡の中の虚像、誰かのための俺。
でも、もしも、キミの何かの理解が及んで、浅霧幻を、君のための『特別な』俺を、呼び起こしてくれる日がくるのなら。それはきっと、──幸せなことなのだろう。
ゲンの頬を手で覆う。とたんに彼から『顔』が消える。頬に走る罅はいつだって彼に下卑た笑いの印象をもたらすが、隠してしまうとそこには何もない。ただ、きょろりと大きな眼球がこちらを向くだけ。
最初は違和感だった。顔が消えるという現象への気づき。やがて、興味になった。彼の何がそうさせるのか、興味が沸いた。そして、不可解な解が踊り始める。この解は解いてはいけない。理性がそう叫ぶ。けれど、本能はその解に手を伸ばしてしまった。
涙を擦ったのだろう。腫れてしまった目元を撫でる。消えた顔の向こうに見えるたくさんの顔、見たことのない顔。それが今手の中にあるこの感覚は何だ。
嗚呼、マジで笑えるなぁ、これは。
「いい顔だな、ゲン」
ゲンの顔を包んだまま凝視していると、ゲンの手が重なった。
苦笑というのか、呆れた顔というのか、その向こうに一瞬、また知らない顔が見えた。
「千空ちゃん、そういうの俺以外に言っちゃ駄目よジーマーで。トラブルのもと」
「あ゛ぁ言わねー。テメー以外には」
ゲンは笑った。いつもの能面のような笑いではなく、ただ純粋に困ったというように。
「無理だって気づいたら、早めに言ってね。『俺』は、大丈夫だから」
そんな泣きそうな顔で言われても、大丈夫だなんて思えるやつがどこにいるというのか。目元を擦る手を再び髪に差し込み、ゆっくりと引き倒す。
あさぎりゲン、いや、浅霧幻と言ったほうが正しいのだろうか。この腕の中に居るのは、優しい、本当に優しい、普通の男だった。
★★★
具体的に何かを言われたわけでも、趣味嗜好が変わったわけでもない。ただ、千空なりの想いの告白がどこかであったのだろう。どこで何が始まっていたのか分からないなんて、メンタリストもびっくりだ。
千空が倒れて以来、ゲンの働きかけにより、七日に一度は休息日とすることが決定した。日曜日の復活だ。休日ができたことで休日を過ごすための娯楽が生まれた。こうして文化は熟成されていく。
そして、手持ち無沙汰になった千空が休日前に手を出す実験が、あさぎりゲンだった。
今日もゲンは千空の実験に晒されている。彼の腕の中に居るメンタリストは、どこをどう触れると、どんなふうに鳴くのか、肌を晒して実験されている。
これはペナルティだ。
いつかの木立で2時間も寝こけてしまった愚かな男に課せられたペナルティ。
「テメーの声に興味がある」
力強い視線に晒されたその時、あさぎりゲンは石神千空の手から逃れることを諦めた。