迎え 車は住宅地を走っている。都心ではあるものの喧騒からは離れた静かな場所である。晴れた空にはところどころ薄く雲が広がっていて、初冬にしては暖かい。
男はハンドルを握りながら同じ言葉を繰り返している。
「お久しぶりです一虎くん、お久しぶりです一虎クン、お久しぶりですかずとらくん、お久しぶりですカズトラクン」
一時停止で男はため息をついた。
これから迎えに行く男のことを十年の間、あらゆる手段で調べた。どんな人物であったのか、どんな家庭環境であったのか、あの時どんな精神状態だったのか。調べられることは調べ、考えられることは考えた。だから会う覚悟はできていたはずだった。
あの日、彼がしたことは忘れるはずも無いが、恨みはとうに無い。しかし、今の姿を見て自分の気持ちがどのように動くのか想像がつかなかった。掛ける声が揺れてしまわないか、不安だった。
笑える。反社会的組織の中核に身を置き、数々の修羅場を乗り越えて来た自分が、ひと二人しか殺してないカタギと会うのにこんなにも緊張している。今や自分の方が手を汚しているというのに。彼が十余年塀の中で、自分は塀の外にいるのが皮肉に思えた。腐り切った今の東卍を見て彼はどう思うだろう。今の自分を見て場地さんはどう思うだろう。
目的の建物が見えてきた。建物をぐるっと囲む冷たい壁の向こうから無機質なコンクリートが見える。少しでも寒々しさを緩和するためか、木が植えてあるが、それも今の季節では葉は全て落ちて寂しさが一層増している。
門の入り口近くに車をつける。まだ出てくるまでに時間があった。
彼との協力はさすがの稀咲であっても予想できないだろう。自分が組織の中枢に近い分、自由に動け、かつ裏切らない人間が仲間に欲しかった。十年間刑務所にいた彼を憶えている者はごく僅かで、敵の裏をかくには、まさに恰好の存在だった。
…と自分に言い聞かせる。
彼は場地さんの大切なひとだ。それだけで彼を助ける十分な理由だった。されど未だに瘤は残る。だから心は別の理由も必要とした。
どんなに彼のことについて調べて、理解に努めようとしても、なぜ彼が場地さんを刺したのか、解らなかった。いくら一人で考えても甲斐は無い。それは対話しなければ解きほぐれないものだった。或いはこの先ずっと解るときは来ないかもしれない。でも彼と向き合いたい。場地さんが遺した彼のこと、今日までの十年、あの日までの日々のことにも。
門の戸が開く。ハンドルを握りしめた。
鮮烈によみがえる記憶。背丈や髪型は違うが顔立ちは変わっていない。
彼は何を思って過ごしたのだろう。自分に自分の十年があったように彼にも彼の十年があったのだ。そう感じさせる落ち着いた表情だった。その表情を見て、今の彼となら一緒にあの頃の東卍を取り戻せるかもしれないと思った。
そしていつか、彼と、場地さんの思い出話をしたい、と思った。
(了)