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    葬儀「葬儀」

     お通夜には母ちゃんと一緒に行った。
     受付で渡された紙に、名前や住所を書く。故人との間柄の選択肢で「一般」という欄にチェックを入れるときに、どこかがずきりと痛んだ。
     会場に入ると、人が流れるように焼香をあげて手を合わせていた。自分の順番が回ってきて、手を合わせたとき、父ちゃんと同じにおい、と思った。
     焼香をあげたら、故人の顔を見るための列ができていた。棺の方に並んでる人たちは、棺の反対側の端の前で立ち止まっていた。
    見たくないと思った。
     あの白い箱のなかに、場地さんが入っている。息を引き取ったときに傍にいたけれど、改めて、動かない場地さんを見るのは、怖かった。でも見ないといけないと思った。母ちゃんが無理して見なくてもいいと気遣ってくれたけど列に並んだ。
     順番はすぐにやってきた。白い箱の、白い布の上に、白い装束の身体が見えた。近づいて行くと、黒い髪が見えた。そして、白い顔が見えた。
     思わず、場地さんと小さく声が出た。
     あのときの血は綺麗に拭き取られていた。髪は綺麗に流されていて、血色が悪くなっていた目元は死化粧が施されていた。口は少し開いていた。
     場地さんの遺体は綺麗に整えられていた。
     死に顔を寝顔みたいだとよく言うけれど、寝顔みたいだと思わなかった。不自然な顔だった。不自然な顔をしていてもう動かない。呼んでも返事は返ってこない。
     場地さんのお母さんは参列者たちに頭を下げていた。参列者に話しかけられれば「今日はご参列くださりありがとうございます」と口角を上げていた。
     みんな口々に「まだ子どもなのに」とか「あんなにいい子が」とか言って泣いていた。でも俺と場地さんのお母さんだけは泣いていなかった。
     母ちゃんが場地さんのお母さんに手短に挨拶する。
    「千冬くん、今日は来てくれてありがとうね。圭介と仲良くしてくれてありがとう」
     疲れた顔で笑っていた。
    「場地さんのお母さん、あの、」
    「東卍の特攻服を棺に入れてもらえませんか」
     壱番隊隊長と刺繍が入っている、東卍の特攻服。
     言うか迷った。場地さんのお母さんにしてみたら抗争も不良の矜恃もよくわからないものだろうから。よくわからないもののせいで場地さんは死んだから。
    目の前のひとは少し黒目が揺れた。でもすぐに疲れた目尻に皺を寄せた。
    「圭介はいつも千冬くんや万次郎くんたちの話してた。もちろん入れさせて」
    「明日の告別式も来て、千冬くんが入れてあげて」

    告別式に参加するのは人生で二度目だった。
    「千冬がお呼ばれしたんだからひとりで行ってきなさい」と言われ、今日は母ちゃんは来なかった。黒い服が並ぶ中、一人だけ紺の制服を来て、長いお経を聞く。
     親族たちは場地さんの頭を撫でたり手を握ったりしていた。目の前の箱に横たわるのは場地さんなのに場地さんじゃなかった。でも触れたら本当に場地さんで、このひとは死んでしまったんだって実感してしまう気がして怖くて触れられなかった。
     そんな身体ももうすぐ焼かれてしまう。
     告別式の前に渡された特攻服を握りしめる。場地圭介が東卍に所属していた証。東卍のために生きていたのに、最期は芭流覇羅の特攻服を着て死んでいった。それが引っかかっていた。
     こんなのは自己満足だとわかっていた。でも東卍の特攻服が場地さんには一番似合うから、持っていってほしかった。
     お経の間もお焼香をあげにやってきたひとに場地さんのお母さんは頭を下げていた。
     読経が終わって次々に花を入れていく。特攻服を握りしめる。これを焼けば、壱番隊隊長の特攻服は無くなる。場地さんが隊長だった証が無くなる。
     花の敷き詰められた棺の前に立つ。
     入れたくなった。ずっと俺が持っていたかった。
     躊躇っていたら、隣で棺になにかを入れるひとがいた。動物図鑑だった。遊びに行くといつも机の上に広げられていた。角はよれて、ページはところどころ汚れていたそれを場地さんのお母さんが入れていた。
    「圭介が大事にしていたからね、持たせてあげないとね」
     小さく呟いていた。目元が少し赤い。
     場地さんのお母さんも、たぶん、ずっと持っていたい。場地さんが大切にしていたから。だから棺に入れることにしたのだった。
     手に持っていた特攻服を棺に入れる。できるだけ丁寧に置いた。あの人が壱番隊隊長であり続けられるように。
     白い棺、白い布、白い花に、東卍の特攻服は際立っていた。
    「お別れできましたでしょうか。火葬場では棺は開きませんので故人様のお顔を見られるのはここで最後となります」
     葬儀場の人が言い終わるか言い終わらないかのとき、場地さんのお母さんが棺に駆け寄った。
     棺に縋りついていた。すがりついて泣いていた。
     頭を撫でている。名前を呼んでいる。それまで参列者たちの対応をしてきたときからは想像がつかないような慟哭。
     くりかえしくりかえし、やさしい手つきで撫でていた。

     焼かれるのを待ってる時間は長かった。でも約十五年の人生を焼く時間にしてみたら一、二時間は短いような気もした。
     棺を閉じて火葬場に移動し、献杯の後、みんな出された弁当を食べていたが、食欲が湧かなくてぼーっとしていた。
     知らない人ばかりで本当に自分がここにいていいのかわからなかった。みんな場地さんの思い出話をしていた。そんな会話をぼんやりと聞きながら、みんなもう受け入れられてるんだな、と思った。
     俺はまだ思い出話はしたくなかった。
     席を離れて火葬炉のある部屋に行く。ゴオオという音が大きい。場地さんの形が無くなっていく音だった。
     炉の前には写真が飾ってあった。この顔も無くなっていく。
    呆然としていると足音がした。
    「千冬くん」
     場地さんのお母さんだった。
    「圭介を一人にしたくなくて。居てくれてありがとう」
    「……いえ」
    「棺が閉まって顔が見えなくなったとき、ちょっと吹っ切れた気がしたんだけど、棺が炉に入ってくの見たらやっぱり駄目だった。この音もね、怖くなっちゃった」
    「……」
     ふたりで火葬炉を見つめていた。暫くはなにも話さなかった。

     どれほどそうしていただろうか。
     親族のおばさんが場地さんのお母さんを呼び戻しに来た。挨拶回りをするのだという。
    「千冬くんもお弁当食べておいで。この後も何時間かあるからね」
     そう言い残して行った。ここ数日で一番忙しくしていて碌に食べられていないのは場地さんのお母さんだろう。場地さんの家へ行ったとき見た背中とは別人のような背中を見送った。
     促されたまま待合室に戻り、味のしないご飯を咀嚼した。

     骨壷を見て初めに思ったのは、思ったよりずっと小さいということだった。こんな小さいところに入るのか。
     隣の人と箸で拾って納める。骨も、ひとつひとつが、思ったよりずっと小さかった。
     係員のひとが残りの御骨を収めていく。静かなホールで、蓋を閉める、陶器の触れ合う音が響き、妙に耳に残った。
     その後も骨壷を手際よく袋に収めていく。手袋を嵌めた手が動くのを見ることしかできないその時間が長かった。

    「今日は足を運んでくださりありがとうございました」
     骨壷を腕に抱いた場地さんのお母さんは出口でそう繰り返していた。
    「親族のひとだけの葬儀にも参列させてもらってありがとうございました」
    「いえいえ、こちらこそ今日は来てくれてありがとう」
    「…………」
     なんて声を掛ければいいのかわからなかった。どんな言葉でも軽薄なものになってしまう気がした。
     言い淀んでいると場地さんのお母さんが口を開いた。
    「千冬くんまた遊びに来てね」
    「うちが静かすぎるの。千冬くんが良ければうちはいつでも来てくれていいから。お菓子でも食べてお喋りしよう」
     そう言ってその人は笑った。
     その表情は最期に笑った場地さんのそれに似ていた。
    早瀬にょっぴきねこ Link Message Mute
    2022/07/22 20:04:37

    葬儀

    場地圭介の通夜・告別式に参列する松野千冬と場地圭介母の話
    #東京リベンジャーズ  #場地圭介  #松野千冬

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