今日の献立押し売りのように吸血鬼が俺の事務所にやってきた。
正確には吸血鬼が1人と使い魔のアルマジロが1匹。
吸血鬼の名はドラルク、アルマジロはジョンと言う。
このクソ弱いザコ吸血鬼との出会いとその顛末は俺の退治人稼業において最も忘れ去りたい案件の一つだった。
子供が城に住む吸血鬼にさらわれたのではないかとの情報で退治に向かったのだが、ガキが単に時間を忘れて遊んでいただけで、実害がなかった以上それが吸血鬼の居城を吹っ飛ばす理由にはならないのは明白だ。
城が爆発したのは偶然に偶然が重なった結果なんだが、不確かな情報で近隣の住民に危険を与えかねない事故を起こしたことは反省して余りある。
ドラルク城での出来事ははっきり言って失敗なんだが、悪いことに張っていた記者が勝手に吸血鬼退治のストーリーを作ってマスコミに流してしまった。
所詮ローカルネタではあるけれど、俺の主戦場はこの町なんだからここで好感度を下げてしまってはこれからの活動にも支障をきたしてしまうだろう。
記事は盛ったどころではなく俺からすると捏造レベルで、読んだ人にも早く忘れてほしかったし、俺もさっさと記憶の外に追い出したかった。
ところが、である。
ある日事務所に戻ると朝日を浴びて塵になったはずの吸血鬼が何事もなかったようにソファに座って俺を出迎えたから驚いた。
死んでも復活する吸血鬼がいるのは知識としては知っていたが、あまりにも非力で弱っちかったから生き返ることを想定していなかったのだ。
何を勝手に事務所に入ってきやがったかと思ったら、ここに住むとかとんでもないことを言い出して憤死しそうになった。
壊れた城から持ってきたという大量の訳わからんガラクタにめまいがする。
俺にも多少責任があるのは認めるとしても、城が爆発した主たる原因はドラルクの後先考えない無謀な攻撃であって…いや、もうやめよう。
吸血鬼が退治人となんか一緒にいられるはずがないし、俺も同じだ。
カメ谷のバカがコンビ結成なんてふざけた記事を書いたせいで早々に追い出すつもりがそうもいかなくなったのは誤算だが、やはり俺の事務所に素性の知れない吸血鬼を居候させるのは無理がある。
穏当な解決策を考えているうちに仕事の忙しさに紛れてあいつらが来てから2日が過ぎていた。
俺の手伝いをするでもない邪魔な吸血鬼を連れて仕事に行くのは疲れる。
帰宅すると無言で事務所のドアを開け、先にドラルクとジョンを通してから俺は事務所のソファにどっかり座り込んで深く息をついた。
食い物を買ってきていなかったことに気づいてうんざりしながらまた外に出て、いつものコンビニで弁当を買い急いで事務所に戻った。
ドラルクとジョンは住居スペースの方に行っていて何かやっているようだった。
変なことをしていないか確認したいが、面倒で動きたくない。
「おーい、ロナルド君」
ドア越しに声が聞こえてきたので首だけ動かして返事した。
「ああ?」
「冷蔵庫の中身見せてもらったんだけど」
「人んちの冷蔵庫勝手に見んな!」
「なにやら古くなった食材がたくさんあるのだが…」
「お前、マジで殺すぞ」
立ち上がって住居スペースのキッチンに向かうと黒いエプロンを付けたドラルクが冷蔵庫のドアを閉めたところだった。
「時にロナルド君、物は相談なのだが、実はジョンに食事をつくる必要がある。私は人間の食物は牛乳以外摂らないのだが、ジョンはそうではないんだ。賞味期限が迫っているもので、君が必要ないと思うものをジョンのために提供してはもらえないだろうか?」
「今まで何食ってたんだ?」
「ジョンには非常食料。私はボトルの血を少々」
「なんでだよ、コンビニでもどこでも行って食い物買ってきたらいいじゃねーか。金くらい持ってるだろうが」
「ここには来たばかりで道がわからないし、それに吸血鬼にはいろいろな縛りがあってね、建物の中に入れる場合と入れない場合があるのだよ」
「ウエーーめんどくせーヤツだな、わーかったよ、ジョンのためだっつうんなら何でも使っていいから!」
「それはありがたい。買い物行けるようになるまでだからね」
「…ったりめーだろ、タコ」
「ところで、君はこれから何か料理しないのかね?ジョンの分はすぐできるから君が先にキッチン使いたまえ、家主さま」
いたずらっぽく言ったドラルクを無視して俺ははテーブルにドサッとコンビニ袋を置く。
「弁当買ってきたからいいんだよ。大体疲れてんのにこれからメシなんて作れるか」
「そうか、それで調理できない食材がたまっていくという訳だな」
「いちいちうるせえっ!」
それでもヤツは俺が弁当を温める間、キッチンから出ていた。
揚げ物の多いお馴染みの弁当を食べ始めると、ドラルクは冷蔵庫から食材を出して何か呟きながら吟味し下準備を開始した。
吸血鬼が料理する場面を初めて見る俺は、弁当が途中なのに好奇心に負けてドラルクの手元をずっと見つめていた。
手際の良さに目が離せなくなってしまったのだ。
動作が早く無駄がないのは普段料理をあまりしない俺にもわかった。
くるくると皮を剥かれるジャガイモやにんじんがあっという間に小さなキューブやスティックになる。
冷凍してあった薄切り肉は小く切ったチーズを巻かれてこれまた小さなロールケーキのようになり、フライパンで野菜と一緒に焼かれていい匂いが立ち込めてきた。
主食はどうするのかと思ったら、別鍋で茹でていたパスタにいつ作っていたかわからないソースがかけられ、スープとサラダも添えられて4品が30分もかからず出来上がった。
平たい皿をワンプレートにして出来上がった料理が綺麗に盛り付けられる。
「ジョン、できたよ。手を洗っておいで」
優しく使い魔を呼び寄せるドラルクは俺の知るクソザコ吸血鬼とは違う顔をしていて、彼らが城で送っていた日常を垣間見たような気分になった。
「ヌヌヌイヌヌ!」
おそらくは普段より手のかかっていない料理をジョンは嬉しそうに食べ始めた。
俺の脳裏を兄ヒヨシと妹ヒマリ、そして自分の3人でわーわー騒ぎながら食卓を囲んだ日々が駆け巡った。
仕事で忙しい兄に俺とヒマリはずいぶん世話を焼かせてしまって申し訳なく思う。
少し大きくなってからは、洗濯や掃除は俺とヒマリで分担して兄の負担を減らすことができたと思うが、料理はほとんど兄が作ってくれていた。
多分作ること自体は好きだったんだろう。
兄の口から面倒くさいとか嫌だとか一切聞いたことがない。
小さい頃、ヒマリとよくオカズの取り合いをしては兄に「兄ちゃんのやるからケンカするな」と宥められたり、ヒマリがおでんの中のタマゴだけ全部食べてしまってまたケンカしたり、初めてホットプレートを囲んだ日は楽しくて食いすぎてしまったり、近所の人から作りすぎたオカズの差し入れをもらったり、食べることに関しての楽しかった思い出がたくさんある。
家を出てからは忙しくて食事に手間をかける時間がなく、そんなこともすっかり忘れていた。
目の前の吸血鬼たちは時間に縛られていないからこんなに自由そうに見えるのだろうか。
ジョンの愛らしさは、俺のドラルクに対する態度を軟化させる大きなポイントだ。
留守番させておいても他にいくところがない以上、家で悪さをしないだろうと割り切ることにして、仕事に毎回連れて行くのはやめにした。。
集団発生した下等吸血鬼の退治で明け方近くまで帰れなかったり、県内の他ギルドから依頼を受けて出張したりと事務所にいる時間が少ない日が数日続いた。
その間にドラルクは道を覚え、スーパーやコンビニに行って自分たちの買い物をしてくるようになっていた。
いつの間にか冷蔵庫の中は綺麗に整理されて、キッチンはピカピカに磨き上げられ、うっすら埃っぽかった事務所はこざっぱりと掃除されていた。
『ありがとう』の一言くらい言ってやった方がよかったのかもしれないが、向こうからの報告もないのだから俺の方から歩み寄るのもおかしい気がして伝えそびれてしまった。
いつものようにドラルクはジョンの食事だけを作る。
俺がコンビニ弁当を食べ、ジョンがドラルクの手料理を食べ、ドラルクがホットミルクを飲む。
俺はドラルクのつくったおいしそうな料理を横目で眺めるだけだった。
そんな日々がしばらく続いたある日。
ついにドラルクがこう言ってきた。
「ロナルド君、実は唐揚げをつくり過ぎてしまったんだが、ちょっと味見してみない?」
モモ肉が安かったんだよね、とつけ足しみたいに言われる。
空腹でもあったし、ドラルクの料理を食べてみたい欲求はもう自分をごまかせないところまできていた。
多分、いや絶対おいしいやつだ、これは。
「…いただきます」
ドラルクがちょっと口の端を吊り上げたのが見えた。
あれは笑ったんだろうな。
顔だけ見たら凶悪な吸血鬼なんだが、何せ見た目と中身が違いすぎる。
ドアに挟まれて死ぬ吸血鬼なんてダサすぎだろ。
「うまい…」
外はカリッと、中は柔らかくジューシーで、生姜のきいた程よい塩加減のまだあったかい唐揚げは大げさではなく人生で食べた一番うまい唐揚げだった。
無我夢中で5~6個も立て続けに食べてしまった俺をドラルクは目を丸くして見ていた。
「すごい食欲だねえ。口に合ったようでよかったよ」
「うるっせえな、ハラ減ってたんだよっ!」
くやし紛れにそう怒鳴ってしまったけれど、ドラルクは怒りもせずに「ふふっ」と笑いながらジョンと後片付けを始めた。
それからは、もうなし崩し的に俺の分の食事も作ってもらうようになって今に至るという訳だ。
ドラルクはとても楽しそうに料理をする。
洗濯も掃除もアイロン掛けも全てが楽しそうだ。
なぜわかるかというと、超絶音程の狂った鼻歌がよく聞こえてくるからで、本当はうるさくて迷惑なのだが文句を言うのは10回のうち3回くらいに押さえている。
まあ2回くらいは拳に物を言わせているかもしれないが。
ヘソを曲げられて俺の分のメシが少なくなったりしたら悲しいからという打算もあるけど、ドラルクの楽しい気分に水を差すのもどうかとほんの少し気を遣ったりしているのをあいつは知らないだろうな。
「ロナルド君、今日何かリクエストある?」
「俺今日カレー食べたい」
「ジョンは?」
「ヌンヌ」
「ジョンも賛成かい?じゃあ、カレーにしようか」
という一連のやり取りと、お約束のように違うメニューが出てくるのも最初のうちはムカついていたけれど、結局何が出てきてもおいしいからあまり気にならなくなってしまった。
それにちゃんと希望を聞いてくれることもあって、そんな日は思いがけないごほうびをもらったみたいでテンション上がってメチャうれしくなる。
俺は確実に胃袋で支配されているんだなと実感するのはこんな時だ。
「俺、ドラルクのメシなら一生食えるかも」
ギルドでショットやサテツたちとグダグダ喋っていたとき何気なくそんなことを言ったら、毎日うまいメシ食えてうらやましいとかデブらないよう気をつけろとか反応はさまざまだった。
「でもさ、それってよく考えたらヤバいんじゃね?」
「ん?なにが?」
「お前、カノジョとかできたらどうすんの?」
「できねーよ、俺モテないから」
やっぱり俺の感覚どっか麻痺してんだな、とふっと思った。
吸血鬼と同居、がまずおかしい。
でも、この生活がずっと続くんじゃないかなって気もしているんだ。
まるで昔からそうだったみたいに。
これからも、ずっと。
<終わり>