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    それは互いの星「この痣って、俺を庇って撃たれた時のものですよね?」
     背中側から菊田の左肩に触れた杉元が問いかける。
     十歳以上も年下の恋人は菊田を後ろから抱きしめて眠るのが好きなようで、もう幾度もこの格好で夜を共にしてきた。杉元も決して華奢ではなく平均以上に逞しい身体つきであるものの、さらに大柄な菊田はそんな自分たちの姿を思い浮かべてみては、まるでコアラの親子のようだと少し面白くも感じている。しかし、からかって拗ねさせる道理も無いので、口には出さずに可愛い恋人の好きにさせていた。
    「覚えてるのか?」
    「うん。忘れるわけないですよ」
    「そりゃ庇った甲斐があるな」菊田は目を瞑って笑みをこぼす。「まぁ、多分その時の名残だよな。丁度、銃痕みたいな形だし」
     菊田は左手を後ろへ伸ばして、肩に当たる焦げ茶色の硬い髪を撫でた。それを合図にして、杉元は目の前の痣に口づけを落とす。唇が触れた肌はしっとりと汗が滲んでいる。
     引き攣れたような桃色の丸い痣は、菊田の体温が上昇した際にくっきりとその輪郭を現す。要するに、今はその体温が上がった“運動後”であって、肌に浮かぶそれを長い時間、目にする機会がある人物はそう多くはない。共に暮らしてきた身内を省けば、菊田といわゆる“親密”になった者が拝める特権のようなものだ。
     前世で拵えた身体の傷はこうして現世でもついて回り、傷痕や痣など少しばかり在り方や負った理由を変えて同じ場所に鎮座している。それは二人ともに同じだった。菊田の左胸と左肩には痣として、杉元の全身には痣やそのままの傷痕として、そこかしこに前世の記憶を残していた。杉元の顔には今もなお、両頬に渡る横一文字と縦に二本の大きな傷が刻まれている。それは、やんちゃな時分に実家の屋根に登り、植え込みの中へ転げ落ちて負った傷なのだという。身体中の傷痕のいくつかはその時に出来たものだ。その話を聞いた菊田は、危なっかしい杉元少年の好奇心に呆れてみせたが、前世と比べれば随分と平和な経緯での“不死身”ぶりに、穏やかな笑い声を漏らしたのだった。
     とは言え、折角こうして生まれ変わったのだ。名前や容姿が前世とそっくりそのままであること自体が不可思議な奇跡なのだが、さらには御丁寧に傷まで再現しなくとも良いじゃないかと、菊田は杉元と現世で出会うまではそう考えていた。しかし、二人が再会を果たす決め手となったのは、その杉元の顔の傷のお陰だった。
     容姿の造形が同じだけならば、他人の空似だとやり過ごしていたかもしれない。帽子の影に見え隠れする懐かしい強い眼差しと、その下に引かれた見覚えのある大きな傷の存在。それが、すれ違っただけの菊田が杉元へと声を掛けるきっかけとなったのだ。その時の驚きに見開いた瞳を互いによく覚えている。
     そうして出会った想い出はすでに数年前の話で、肌をさらけ出して夜を共にした回数も今や両手では足りないほどだ。それでも、杉元が菊田の肩の痣を問うてくるのは今夜が初めてだった。
    「どうして急に気になったんだ?」
    「気になったっていうか……」
     杉元の指が丸い痣の輪郭を撫でると、くすぐったさに菊田が身をよじらせる。
    「考えたら、これが何なのか、どんな理由で出来たのかを知っていて触れられるのって、俺だけだよなって。そう思ったら……何かこう、すごいグッと来ちゃって」
    「おっ、とうとう独占欲が芽生えてきたか? 生意気だな~」
     背後で顔が見えずとも、きっと顔を赤く染めているだろう杉元の様子が容易に想像できて、菊田は小さく肩を揺らした。その肌に額を乗せて「そうかも」と杉元も笑って返す。同時に、いまだ汗で湿る腰に腕を回して密着を深める。
     再び巡り合い数年が経ち、友人以上の関係となってからは二年ほどが過ぎた。再会したばかりの頃には互いに前世とは違う感情を抱くとは想像もしていなかった。しかし、実のところ杉元には心の奥底にその芽があった。前世で《ノラ坊》と呼ばれ世話になった時分には、すでに小さな想いが胸の中に兆していた。杉元自身は故郷の村を出てから屈託なく接してくれる大人に対する信頼と憧憬のように考えていたが、それは結局、現世で再会し友人として関係を育む中ですぐに恋慕の花を咲かせるに至り、自身の本当の想いに気付いたのだ。
     杉元が想像していなかったのは、片想いが実り、こうして菊田が自身を受け入れてくれたことだった。菊田からしてみれば、素直な性分で恋心をひた隠しには出来ない杉元に当初は戸惑いがあったものの、ひたむきに好意を寄せてくる姿に愛らしさを覚えてからは、もう杉元の想いにも自身の感情にも抗う術を持たなかった。
     しかし、そこには十歳以上の年齢の差と伴う経験や価値観の差がある。晴れて恋人同士とはなったものの、当初は上手くこの関係を続けられるのか互いに不安があった。今はそれが霧散したかといえば嘘になる。それでも、信頼し想い合う気持ちが変わることはなく、互いを深く知れば知るほどに愛しさは増々大きくなるばかりで、反比例して不安は少しずつ薄れていっている。
     そうして二年が経った今、ようやく“独占欲”とも言える感情が杉元の中に湧き出るほどに『この愛しい人は俺の恋人なのだ』という自覚が生まれたのだ。そして菊田の中にも、その欲は明確に芽生えている。
    「あーあ。でも、いつになったら生意気なんて言われなくなるのかな~」
     杉元が拗ねたふりをすると「いつだろうな? 来世かもしれねえぞ」と、すぐに調子よくからかう声が返ってくる。
    「マジすか。また百年後くらい? 先すぎ」
     もう一度、声を合わせてくすくすと笑いあう。杉元の吐く息と落ちた前髪が左肩をかすめるくすぐったさに、菊田は心地良さと熱の昂ぶりを覚える。
    「そうしたら、来世も顔に傷をつけとかないとな。また菊田さんに見つけてもらわなきゃ」
    「次はお前が俺を見つけてくれないのか?」
    「だって、次はもしかしたら違う顔や名前かも。今と昔じゃ俺たちの関係は違うから、もし次があるんなら、また何かが変わるかもしれないでしょ。だから、絶対に見つけてもらうための印。顔の傷なら一番分かりやすいしさ」
     争いで得た傷は誇れるものだろうか。前世の立場でなら誇れたかもしれない。しかし、本来ならばそんな傷は不要のものだと、平和なこの現世に生まれた今なら何のしがらみもなく言える。それでも、同じ傷を持って生まれ変わる意味はある。人生を巡り巡って再び出会うための目印。それは互いにとっての夜空に浮かぶ眩い星のようなものだ。それを目指して、見落とさないように、自分は此処にいるのだと伝える為に、これらの傷も共に生まれ変わるのだろう。戦場で得たかつての“勲章”と呼ばれた痛々しい傷痕は、愛しい誰かと再会するための“道標”へとその意味を変えた。
     菊田はひとつ、小さく息を吐く。
    「……じゃあ、その時は俺もまた肩に痣をつけとかねえとな。こうしてお前がキスをして、また生意気なことを言えるように」
     その言葉に、がばりと杉元が上半身を起こす。菊田は外側を向いたままで視線は合わないが、気障な台詞を吐く割には耳から首元まで赤く染めていた。そんな年上の恋人がいじらしく可愛くて、さらに愛しさがこみ上げてくるのは自然の摂理というものだろう。こんな日を幾度も繰り返してきたからこそ、杉元の心の内に独占欲の芽生えがあるのだ。
    「そういう台詞吐いたあとに真っ赤になるのって反則すぎません?」
     杉元は菊田に覆い被さるようにその顔を覗き込む。こちらを見ようとしない年上の恋人の頬を突いて視線を合わせると、恥ずかしさに揺れる菊田の瞳に情が煽られる。
     いつまでも生意気なガキ扱いへの仕返しだ。少しばかり意地悪を返したっていいだろうと、杉元は菊田の左肩を優しく押して、背中をシーツへと縫いつける。
    「……うるせぇよ」という年上の男の反論はすぐに唇で塞がれた。
     そうして、愛しい全身の“星”に触れて、この身体が互いのものであると再び確かめ合うのだ。
     今夜は二人して、長く眠れそうにない。

    〈了〉
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    2022/09/11 18:52:30

    それは互いの星

    現代転生杉菊、傷痕の意味
    #杉菊

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