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    Beyond the Blizzard


     じゃりじゃりと地面を踏みしめて歩く。遠く微かに聞こえる鳴き声。そろそろ陽は落ちようとしている。足下の影が長く細く伸びる。
     小さく息を吐いて、キバナは隣に付き従う相棒を見遣った。銀色のボディに橙色が照り映えている。
    「よっしゃ、ここのデータを回収すれば終わり。今日は何事もなく終われそうだ、よかったな」
     ねぎらいの声にジュラルドンがかぱ、と口を開けて応える。無表情に見えるため怖がられることも多いが、キバナにとっては愛嬌の感じられる仕草だ。キバナとジュラルドンは今、ワイルドエリアの定点観察データの回収に来ていた。
     このデータはナックルユニバーシティなど各種研究機関に送られる。野生のポケモンたちの生態から縄張りの変化、そして時には不届き者の検挙まで。
     雑用に近い仕事ゆえ、部下たちからは「キバナ様がわざわざなさらなくても」と苦言を呈されていたが、そうは言ってもワイルドエリアを苦もなく自由に行動できる実力の持ち主となるとなかなか限られてくる。などと言い訳して、キバナは時折この仕事を自分から買って出ていた。もちろんジムチャレンジ期間はそれどころではないのだが、キバナ自身は息抜きも兼ねて自然の中を散策できるこの業務をなかなかに気に入っていた。
     自身の私用のものとは異なる携帯端末を取り出し、定点で設置されている機械のデータにアクセスする。この携帯端末にもロトムが入っている。操作していると、キバナの私用のスマホロトムがポケットから飛び出してきた。どうやらこの携帯端末に入っているロトムにたまに会えるのを楽しみにしているらしく、ご機嫌そうにくるくると飛び回っては、キバナには理解できない電子音で何事かお喋りしている。それを見上げてジュラルドンはゆったりと首を傾げている。
    「なんだよ、オレさまも混ぜてよ」データが移行してくるのを待つ片手間にロトムたちに話しかける。スマホロトムはケテケテと笑った。
    「別に大したことじゃないロ……挨拶してただけロ。あ、でもちょっと気になることがあるみたいロト」
    「気になること?」
     手の中の携帯端末のロトムが少々気遣わしげに震えた。
    「うーん、ちょっとこの辺りのアブリーとアブリボンの数が減ってる気がするんですけロ」
    「そうなのか? あとで詳しくデータ分析はしてもらうけど」
    「もしかしたら天敵のポケモンが移動してきたりしたのかもしれないロ。自然は厳しいロ~」
     そうじゃなきゃ密猟だな、という考えがちらりとキバナの脳裏を過る。アブリボンの作る花粉団子は、サプリメントとして人間にも広く使われているが、作られる量が少ないため高価になる。それを狙う人間もいる。最悪の可能性ではあるが、いずれにせよ、まずは研究機関で確認してもらわねばなるまい。
     データ移行を知らせてロトムが小さく電子音を鳴らした。キバナは辺りを見渡す。ジュラルドンがのそりと動いてキバナの傍に立った。びゅう、と風が吹き渡る。ざわざわと草が揺れる。雲の動きが速い。先程まで彼らを照らしていた陽の名残は、あっという間に消えていこうとしていた。
    「……どうやら一雨来そうだな」
     ぽつりと漏らした声は、拾われることなく風の隙間に吹かれていった。

     ◆

     研究機関にデータの提出を終え、懸念事項についての報告を済ませ、一旦ジムに戻って帰り支度を済ませると、街はすっかり夜の帳の中であった。ワイルドエリアに張り込めていた雨雲も、ここナックルまでは届かない。空腹を覚えながら帰路につく。
     ナックルの市街地は普段とほとんど変わらぬ様子だった。橙色の街灯が石畳に映る。しかし、さくさくと歩を進めていたキバナの耳にふと、路地一本向こうのほうからがやがやと騒がしい話し声の波が届いた。好奇の声、心配そうな声。何事かあったのかとキバナはそちらの方に吸い寄せられるように近寄っていく。ナックルシティはキバナの街だ。何かが起こっているのなら、知っておかねばならない。
     近寄ってきたキバナに気付いて、集まっていた人の群れは一瞬どよめき、止まった。そしてすうっと海が割れるように引き、その真ん中にいた者どもがキバナの眼前に現れる。
     そこには二人の男がいた。片方が片方を締め上げている。いわゆるチョークスリーパーである。締め上げている方の男は、見間違えようもない、キバナの見知っている男だった。白黒頭の痩せぎすの男。その細腕で、ありったけの力を込めて一人の男を羽交い締めにしている。相手に見覚えはなかった。これといって特徴もない男だ。真っ赤な顔でネズの腕を何度もタップしている。しかしその腕が緩むことはなかった。絶対に離してやるものかという強い意志すら感じる。男は苦しさからかますます暴れ、足が出鱈目に地面を蹴りつける。そのたびに群衆がざわめく。見知った市街地に突如現れたその光景、しかも知り合いが一人の人間を押さえつけているという状況に、キバナは思わず口をあんぐりと開けてしまった。
    「ねっ……ネズ!?」
     キバナの頓狂な声音に反応し、ネズは相手をぎりぎりと締め上げていた腕をぱっと離した。普段は気怠げに眇められていることの多い瞳がまんまるに見開かれる。と、同時に相手の男はどっと地面に崩れ落ちた。虫の息でぴくぴくと震える男の肩口をブーツのヒールで踏みつけ、ネズは気まずげにチョーカーのトップを弄った。
     あまりのことに動揺したキバナは視線を彷徨わせる。よくよく見てみれば、そこはライブハウスの前の路地であった。ぽっかりと暗い闇がネズの背後に口を開けており、そこから階段が地下に続いている。白色灯で控えめに照らされた階段の壁には、ネズのライブを知らせるポスターが所狭しと貼られていた。本来ならば、今はまだライブの最中のはずであるとそのポスターが知らせている。それがなぜこんな事態になっているのだ。もう一度視線を元に戻すと、地面に伸びていた男をわらわらと集まったエール団が取り囲み、無理矢理座らせてタオルか何かで後ろ手に拘束したところだった。ネズがそれを確認して顰めっ面で小さく何度か頷く。
    「ど、どういうこと? 何がどうなってんだ」
     ネズは数瞬逡巡してから、キバナの方を窺って口角を下げた。
    「……あの、ちょうどいいんで、コイツ警察に突き出すの付き合ってくれます? 説明は署でしますんで」

     時は少し遡る。
     ネズがその男に気付いたのは演奏の最中だったのだという。渾身のロック・バラードを歌い上げているところだった。メロディアスな間奏が鳴り響くなか、会場を眺め回したネズは、陶然とゆったり揺れる観客たちの波の一部に、ノイズを感じ取った。
     すると隅の方で、壁に挟んで囲い込むように女性を追い詰めている男が目に入った。一段高くなっているステージからは客席が手に取るように見える。壁際に追い込まれた女性はぐらんぐらんと頭を揺らしていた。明らかに様子がおかしい。そんな様子の女性を気遣うふうでもなく、男は酒らしき飲料の瓶を彼女の口元に宛がおうとしていた。弱々しく抵抗する彼女の手を剥がして、男が瓶を傾けようとする。その瞬間、ネズはマイク越しに声を上げた。キィンとマイクがハウリングする。
    「おい、そこのおまえ。何してんです」
     バンドメンバーがぴたりと演奏を止めた。スピーカーから残響が波紋のように広がり、それが収まればライブハウスは水を打ったように静まりかえった。静寂の中、ネズは冷たい声で繰り返す。
    「おまえですよ」
     指をさして男を示す。観客が一斉にその指の先を視線でたどり、人の波が割れる。男と女性の二人が、まるでスポットライトに照らし出されたように一躍その場の主役に躍り出た。数多の目にぎょろりと捉えられて、男は一瞬竦んだ。そしてじりじりと後ずさる。そのせいで、壁に挟まれる形になっていた女性がふらりと大きく傾ぐ。そのまま彼女は支えを失って床に倒れ込んだ。そしてその瞬間、腹部を押さえて咳き込み、嘔吐した。きゃあ、と周囲から悲鳴が上がる。スタッフの幾人かが急いで彼女の元へと駆け寄り、その身体を助け起こした。女性は息こそあれど意識が混濁しているようで、虚ろな目をしていた。苦しげに呻いている。そちらをちらりと一瞥したネズは、改めて男を視界に捉えた。ステージの上から送られる冷徹な視線に、赤く充血した目がぎょろぎょろと忙しなく彷徨った。男の喉が動く。ごくり、と唾を呑む音を、ネズの耳は確かに捉えた。
    「おまえ、動くんじゃねーですよ」
     マイクを手放し、ネズはひらりとステージから飛び降りる。その瞬間、男は血相を変えて持っていたビールの瓶をネズに向かって投げつけた。幸い、動揺によってぶれぶれのコントロールで繰り出された瓶は大きく外れ、ネズの遙か横を通り過ぎ、床に叩きつけられて呆気なく割れた。一瞬の空白の後、観客から怒号が起こる。それと同時にネズは勢いをつけて走り出す。そして逃げようとするその背中に向かって跳び上がり、
    「――動くな、ッつったろうが!!」
     鋭く叫びながら蹴りを繰り出した。
     果たしてそれは男の背中のちょうど真ん中に炸裂した。ブーツのヒールが突き刺さらんばかりの勢いである。男はつんのめり、べちゃりと顔面から床に崩れ落ちた。しかしそれでもがむしゃらに起き上がり、ひどく咳き込みながらもしぶとく逃げようとする。
     着地し体勢を立て直したネズは、腰につけていたボールを手に取り、カチリとボタンを押して男よりも前に狙いをつけて放った。ポン、と場違いなほど軽い音と共に閃光が走り、解き放たれたタチフサグマが男の前に立ちはだかった。進行方向を塞がれ行き場をなくした男は、うろうろと右往左往して唸り声を上げた。まるきり理性をなくした様子である。
    「この期に及んで逃げられるとでも思ってますか? ……はあ、よりによっておれのライブで悪事を働こうなんざ、なめられたもんだよね」
     パチン、と指を鳴らす。男が周囲を見渡したときには、既にエール団の面々が四方八方から男を取り囲んでいた。「わるあがきしても無駄ですよ。大人しくお縄につきな」
     ネズは男の目の前に立ち、ゆるく腕を組んだ。男は身体を震わせながら肩で息をしていた。ネズは眉を顰める。女性の様子もそうだったが、どう見てもシラフではない。
    「……キメてますね、おまえ」
     デートレイプでキメセクするつもりだったのかよ、最悪だな、とネズはありったけの嫌悪感を露わにして顔全体をしわくちゃにした。
     男は破れかぶれの様子で一声吼えると、めちゃくちゃに腕を振り回しながら会場出口に向かって走り出した。しかし当然包囲網から逃げられるはずもなく、数人に飛びかかられ押さえつけられる。くぐもった叫び声が響く。ネズは溜息を吐き出すと共に天井を仰いだ。
    「はあ、クソ野郎め……おれのライブを邪魔した罪は重いですよ」
     そしてつとめてゆっくりと、押さえつけられた男の元へと歩を進めていった。

     ◆

    「えっ……かっこよすぎない?」
     警察署で一部始終を聞いたキバナが開口一番漏らした感想はそれだった。語り終えたネズの瞳がふたたびまんまるに見開かれ、口が小さくぽかんと開く。一瞬呆けたように固まったネズは、すぐに我に返ると顔を背けて前髪をがしがしと掻いた。照れているのだろうか。
    「……まあ、より酷い事態になる前に止められてよかったですけど」
     そして落ち着かない様子のまま視線を泳がせ、不意に思い出したようにポケットからスマートフォンを取り出した。そのまますいすいと画面を操作する。すると、顰めっ面がほんの少しだけ緩んだ。ほう、と息を吐いた後、スタッフから連絡がありました、被害女性は病院に運び込まれて無事だそうです、とネズは静かな声で告げた。キバナもほっと胸を撫で下ろした。未遂とはいえ彼女の心の傷は大きかろう。しかし、最悪の事態を未然に防げたということは確かだった。
    「多分これから吐瀉物とライブハウスの床でびちゃびちゃになってる酒の成分分析でしょうね。十中八九ドラッグでしょうが」
     警察署の味気ないパイプ椅子の上で、ネズはぐっと身体を反らした。キバナももぞもぞと姿勢を調整する。そろそろ尻が痛くなってきそうだった。そこに所轄の刑事がぱたぱたと小走りで戻ってくる。二人は腰を浮かした。
    「すみません、お二人をこんなところに留め置きまして」
    「いえ、お気になさらず」
    「男はどうです?」
    「大分落ち着きました。えーと……キバナさんにはお見せしておいた方が良いかもしれないとの上の判断で、こちら、証拠品なんですけど」
     そう言うと刑事は懐から小さな袋を取り出した。キバナとネズはそれをまじまじと見つめる。そこには毒々しい色合いをした小さな錠剤が数粒入っていた。
    「男が所持していました。最近出回るようになったドラッグですね」
    「所持例、増えてるんですか?」
    「製造元がなかなか掴めなくて。入手先も多岐に渡ってるんですよ。でもこれ、成分にちょっと特徴があるんです」
     刑事は眉間を揉みながら溜息をついた。
    「大部分の組成はよくあるケミカルドラッグなんですが……混ぜ物の方に特徴がありましてね。ミントと、ポケモン由来のサプリメントの成分が混ぜられているんです」
    「ミントぉ?」
     キバナとネズは揃って声を上げた。
     ミントは、ポケモントレーナーの中でバトルに向けての調整をする際に使用されることのあるアイテムだ。ポケモンの性格を変えるという強い効果を持つ。しかしその特性上、ある程度実力のあるトレーナーと認められた者しか入手ができぬようにリーグ委員会の管理下で製造販売されている。たとえば、バトルタワーなどである程度勝利を収めないと入手できないといった仕様が代表的である。
     ただその網を掻い潜り嗜好品として軽いドラッグのように使う人間も少なからずいるということが問題視されており、栽培元から販売経路に至るまで管理のレベルを上げるとついこの間新しいリーグ委員長、ダンデの判断の下決まったばかりである。
    「ミントはお手軽にアッパーとダウナーの効きを操作できますからね。しかしその肝心のミントをどこから入手してるんだか……最近は購入に身分証明が必要になりましたしね」
    「あくまでポケモン用のアイテムであって、人間が使えばどうなるかまだわかってないのにな……危ないことするもんだ」
     とにかく、捜査を進めていかなければならない、と刑事は結んだ。
    「キバナさんたちにもご助力いただくことがあるかもしれません。なければそれが一番良いのですが。そしてネズさん、本日はご助力大変ありがとうございました」
    「ええ、もう起こらないことを祈りますよ」
     そう手短に言うと、ネズは小さくぺこりと頭を下げ、くるりと背中を向けた。そのままずんずんと歩いていく。キバナは慌てて刑事に一礼して、その後を追った。

     細い背中を追って外に出た。警察署のエントランスの明かりが白黒の髪にオレンジの光を投げかけている。スマートフォンをちらりと見ると、時刻はもはや夕食時を優に通り過ぎ、ベッドに潜り込んでいてもおかしくない頃になっていた。自覚すると腹の虫がぐうぐうと騒ぎ出す。ネズは立ち止まって、こきこきと首を動かしていた。キバナはその横に立つ。
    「……久しぶりに会ったのに、なんかすげーことになっちゃったな」
     そう声をかけると、ネズはキバナを見上げてゆっくりと瞬きした。
    「……そうですね。結構、久しぶりですね」
    「ユウリのチャンピオン就任パーティ以来か? っていうかナックルでライブだったんだ? 言ってよ。知らなかったぜ」
    「……なんで言わなきゃいけないんですか」
    「オレさまの街だから」
    「横暴だね」ネズが下を向いてふっ、と笑った。
    「いやそれは冗談だけどさ。オレ、この前出たばっかりのニューアルバム聴いたんだぜ。発売日に買ったよ。ライブ、あるって知ってたんなら本気で行きたかったのに。告知あった?」
     そう口を尖らせると、ネズはぽかんとした顔を浮かべた。完全に不意を突かれたという表情だった。その顔にキバナの方が驚いてしまう。ネズはその表情を引っ込めないままに、「聴いたんですか」と小さな声で呟いた。
    「え、なんでびっくりしてんの」
    「いや、おまえが聴くと思ってなかったんで……」
     ジムリーダー引退の報の衝撃が世間から抜け切らないままに発売されたニューアルバムは、ガラルのヒットチャートのトップを独走した。長い期間をかけて準備し満を持して発表されたのであろうそれは、今までの道のりと新たな旅立ちを遙か見渡すような、彼の覚悟と情熱が伝わる一枚だった。音楽については門外漢であるキバナにもひしひしと伝わってくるような。自信作だけあって、プロモーションにも力を入れていたのだろう。彼のホームであるスパイクタウンはもちろん、ナックルやシュートでも彼の歌はひっきりなしに鳴り響いていた。しかしそれだけやっていてなお、「おまえが聴くと思っていなかった」と言ってしまうネズの様子に、キバナは一周回っていっそ興味さえ覚えた。
     にやにやと見ているキバナに気付いて、ネズは下手くそな咳払いをした。
    「……えーと。でも今回のライブはそうですね、あんまり告知してませんでした。あそこのハコは馴染みで、そこの二十周年記念だったもので。おれも完全にちょっとだけのゲスト出演のつもりでしたし」
     それが台無しになっちまって心苦しいですね、とネズは
    憂鬱そうな表情で俯く。
    「や、でもお手柄じゃん」
     そう言うとネズはもう一度キバナを見上げた。なんだか今日はこいつのびっくり顔ばかり見ている、とキバナはなんとなくおかしくなった。よくよく見てみると、結構瞳が大きい。メイクと気怠げな雰囲気でカモフラージュしているが、どちらかといえば童顔の類いなのだとキバナは今日初めて気がついた。
    「お手柄……でいいんですかね」
    「で、いいに決まってんだろ。賭けてもいいけど、絶対SNSすごいことになってるぜ。人気上がっちまうかもな」
    「はあ……被害者がいる事件でおれの人気が上がるっていうのもちょっと抵抗がありますけど……」
    「あー、それもそうだな……な、オレさま、実は仕事終えた後そのまんまついてきたのよ。腹減っちゃった。メシ行かない?」
     キバナの誘いに、ネズは少し逡巡する様子を見せた。ダメ押しでもう一言添える。
    「あとさっきあの刑事さんが言ってたこと。オレさま、ちょーっと心当たりあるんだよね。超タイムリーなことに」
    「……どういうことですか?」
     案の定ネズは食いついてきた。したりとキバナはにっこり笑いかける。
    「それ話しながらメシ食おう。明日なんか予定ある?」
    「……いえ、特に」
    「いよっし! じゃあ行こうぜ。なんか苦手な食材とかアレルギーとかある?」
    「いや、別に……」
     キバナはネズの肩を後ろから両手でがしっと掴んだ。びくっと大げさなほどにその肩が震える。髪の毛が逆立つのが見えたような気がして、「おっと」とキバナは両手を上にあげた。
    「ごめん、びっくりさせちゃった?」
    「べっ……つに、いいですけど」
     気まずげに目線を逸らし、ネズはチョーカーのトップを弄り回す。そしてそれを誤魔化すように早足で歩き出した。慌ててそれを追いかける。追いつく直前に、ネズは振り返って唇を小さく動かした。
    「……おれも腹減ってきました。早く連れてってください」
     彼の顔は、街灯の橙に照らされていた。そのおかげで、その顔色がどうなっているのかは、キバナにはわからないままだった。

     キバナがネズを連れてきたのは少々入り組んだ路地を進んだ先にある店だった。肩肘張らないパブだ。時間も時間だったため、店内に人はそう多くなかった。店員も客も心得たもので、有名人であるキバナとネズが訪れても皆構わないでいてくれる。適当に料理を数品とラガーを二杯頼んで、二人は店の奥にあるボックス席に腰を落ち着けた。
    「それで、心当たりとは」
     一言目からネズが切り込んでくるので、キバナは苦笑してグラスを目線の高さまで掲げた。
    「なんだ、せっかちだな。先に乾杯しようぜ」
     促せば、少々ぶすくれた表情でネズは渋々グラスを掲げた。カチン、と軽やかな音でそれぞれのグラスをぶつけたあと、ネズはなんでもなさそうな顔で一気に七割ほどを喉に流し込んだ。思い切りのいい飲みっぷりにキバナは目を丸くする。
    「うお、いったな」
    「ほんとは今頃打ち上げだったのにな、と思うとちょっとね」
     そう言うや、二口目で残りをすべて干してしまった。まだ料理も来ていないのに。
    「さ、聞かせてください」
     背もたれに背を預けてネズは腕を組んだ。有無を言わせぬ態度である。キバナは今日回収したデータのことを説明し、そして刑事が口にしていた「ポケモン由来のサプリメントの成分」とワイルドエリアでのアブリボンの生息データの異常に関連性があるのではないかという予想を開陳した。ネズは一言も口を挟まず、眉を顰めてそれを聞いていた。途中ウェイターが料理を運びに来た時を除き、とにかくキバナはひたすらに喋った。今持っている情報をすべて話し終える頃には、すっかり喉が渇いていた。
    「まだデータの分析結果は出てないけど、関係がある疑いは濃厚じゃねえかな。タイミングが良すぎてびっくりしたけど」
    「……そのくらいビジネスが大きくなってきたってことじゃないですかね。今までは製造元の尻尾がなかなか掴めなかったって話ですけど、規模がでかくなるにつれてボロが出だしたって感じかな」
     思考の淵から戻ってきたネズが顎を摩りながらそう応えた。そして思い出したようにスマートフォンを取り出す。
    「データの分析結果が出たら知らせてくれますか」
    「へ?」
    「……これだけ聞かせといてその後知らんぷりは無しでしょ。おれも気になりますから、何か進展があったら知りたいだけです。あとそういえばおまえの連絡先知らないなと今更気付いたので」
    「ああ……そっか、公用携帯はもう返却したのか」
     ポケットを探ろうとすると、その前にロトムが飛び出してきた。くるくると宙を舞うロトムをネズの目が追う。
    「あっ! ネズさんロ! お久しぶりロト~!」
     ロトムが元気いっぱいに挨拶をすると、ネズはつられてかぺこりと一礼した。ロトムが嬉しそうに旋回する。微笑ましい光景だった。数時間前に大捕物を繰り広げていたらしい男には見えない。
    「ロトム、ネズのスマホと連絡先交換したいんだけど……」
    「あ、待ってください。おれのスマホ、ロトム入ってないので手動です」
    「そーなの? 今時珍しいな。じゃあちょっと貸してくれる?」
     ネズから手渡されたスマートフォンにキバナは自分の連絡先を入力した。数世代前の旧式のスマートフォンだ。ネズらしいといえばネズらしい。入力を終えたスマートフォンをネズに返すと、ロトムが心なしかうきうきした電子音声でネズに喋りかけた。
    「連絡先を交換してくれるってことは……ネズさん、とうとうキバナともう一回戦ってくれるロ?」
     ロトムの唐突な話題転換に、油断していたキバナは飲もうとしていたラガーを吹き出しそうになった。げほげほと噎せている間にも、ロトムとネズは話を続けている。
    「……そういえばそんなこと言ってましたっけ」
    「あれ? その話じゃなかったロト?」
    「そうですね、別の話でした」
    「残念ロ。キバナしょっちゅう言ってるロ、もう一回戦いたいもう一回戦いたいって……」
    「ちょ、ちょ、ロトム! オマエなあ……」
     焦ってロトムを捕まえようとするも、ロトムは軽やかな動きでキバナの手を潜り抜けた。ケテケテと悪戯っ子のような笑い声を上げてネズの方へとひらひら寄っていく。
    「何の話してたかはわかんないけロ、再戦のことちょっと考えてもらえるとうれしいロ。そろそろ聞き飽きちゃったロト」
     澄ました声でロトムがそう言うと、ネズはくつくつと笑った。その言い草に顔から火が出そうになる。
    「あーもう、ロトム、その辺でやめてくれ……」
    「キバナ、珍しく照れてるロ」
     机に突っ伏して顔を隠した。ちらりと腕の隙間からネズを垣間見ると、困ったような微笑みを湛えていた。そして、「本気だったんですね、あれ」とキバナにとっては聞き捨てならぬ一言を呟いた。思わずがばりと起き上がる。
    「いやいやいや待って、冗談だと思ってたの?」
    「世辞がうまいなあと……」
    「世辞な訳ねえだろ!?」
     勢いで少し声が大きくなってしまった。はっと我に返り、浮いていた腰を戻す。ネズはどうやら本気で世辞だと思っていたらしかった。
    「二回も言ったのに……」伝わっていなかったと知って、キバナは唇を尖らせた。「ほんとに楽しかったんだぜ、オマエとのバトル……」
    「いや、あんなにダンデダンデ言ってそっちしか見てなかったやつが突然言ってきてもね。世辞だと思われても仕方ないんじゃねーですか」
    「うっ」
     図星を突かれて、キバナは口ごもった。確かにキバナは、最近までダンデのことしか見えていなかった。一つのことに集中し猪突猛進で進んでいくのは、キバナの長所でもあり短所でもあった。目を泳がせるキバナを、ネズは曖昧な表情を浮かべて眺めていた。
    「……まあ、本気だってことはわかりましたよ」
    「じゃあ!」
    「保留しておきます」
     なんでぇ、と再び脱力する。
    「とりあえず、諸々が片付いたら。調整もしなきゃいけないですし」
    「調整?」
    「『今度はダイマックスなしで』、そう言いましたよね、おまえ」
     ネズの瞳が青白く燃えたように見えた。それを視認した瞬間、キバナの耳の後ろのあたりに、びりりと震えが走る。恐れなどではない、歓喜の身震いだ。
    「ジムリーダー引退したからって、早々に泥つけたかないんでね。やるからには準備させろ」
    「もちろん!」
     ほとんど叫ぶように声を弾ませ、テーブルの上のネズの手をがばっと握ると、ネズは刹那ひるんだように見えたが、すぐに不敵な笑みを浮かべて握手に応えた。
    「その前にさっきの件が早く片付けばいいんですけどね」
    「報告があったらすぐ知らせるよ」
     おまかせロ、とロトムが誇らしげに揺れた。身体があればきっと胸を張っていただろう。ネズはロトムに向けて先程とは打って変わった柔らかな微笑みを向けると、ラガーのおかわりを注文するためにカウンターへと向かって行った。

     結局二人とも三杯ほどのラガーを飲んでお開きと相成った。タクシー乗り場まで送るというキバナの申し出をあっさり断ったネズは、「じゃあ」と手短な別れの挨拶だけを残してのそのそと去って行った。足取りはゆっくりだが、酔いは見えない。細い背中がだんだん遠ざかって小さくなり、やがて見えなくなった。振り返るのではないかと心のどこかで期待していたが、彼は一度も振り向かなかった。
     ほう、と小さく溜息を吐いて、キバナはふわふわ浮かぶロトムにじとっとした視線を向けた。
    「なあロトム、なんであんなこと言ったんだよ」
    「何のことロ? 嘘じゃないからロトムは悪くないロト」
    「わかってんだろその口ぶりは。『しょっちゅう言ってる』、『聞き飽きた』なんて言っちゃって……ネズに引かれちまったらどうするんだよ」
     ロトムは呆れたようにピロピロと電子音を鳴らした。
    「だってほんとのことだロ。最近のキバナ、ネズさんとのバトルの動画ばっかり見てるし、ネズさんのアルバムのリピート設定解除してないし、ブラウザでネズさんのファンクラブサイト開きっぱなしのまんまだし、他にも他にも」
    「あああもういい! わかってる! わかってるって!」
    「『もう一回戦いたいな』って言うたびに録音したほうがよかったロ?」
    「うう、勘弁してくれよ……」
     大袈裟なくらいに顔をくしゃくしゃにすると、ロトムはにやにやと笑顔を浮かべながらキバナの顔の周りをぐるぐる飛び回った。
    「むしろキバナはロトムのこと褒めちぎってもいいくらい
    だロ? 保留とは言ってたけど、なんとなく前向きな感触だったロト。結果オーライ、ロトムのおかげロ!」
    「まあそれはうれしかったけど……でもやっぱなあ、なんかもうちょっと、スマートな感じでさあ……」
    「なりふり構ってる場合じゃないロ。毎日聞かされるロトムの身にもなってほしいロね」スマホの背面のロトムの顔が、困ったように半分瞼を下ろす。「まったく、最近のキバナはらしくないロ」
    「ううん、そうかなあ、そうかも……」
     キバナは太くくっきりした眉尻を心もち下げて、頭の後ろで手を組んだ。
     ロトムの言う通りだった。最近のキバナは、キバナらしくない。少々上の空だ。仕事に支障があるわけではないが、ふとした時にぼんやりすることが増えた。口からこぼれ落ちるのは、ネズとの再戦の願いばかりだ。
     長年ライバルとして鎬を削ってきたダンデは、堅牢に守ってきた王座を少女に譲った。悔しくないわけでは無論なかった。しかし仕方のないことだと折り合いをつけた。むしろ良い機会であったと、目まぐるしい日々を終えた今ならば振り返ることができる。だがその代わり、心の隙間を満たすように、ネズの存在が這い入ってきた。
     ダンデが少女の前に膝を突くなどと微塵も思ってはいなかったあの時。その膝に土をつけるのは自分だと信じて疑わなかったキバナの眼前に立ち塞がるようにネズは現れた。「現れた」としか言いようがなかった。そしてその闘いぶりに、目を奪われた。
     砂嵐の巻き上がるなかでぎらりとマイクスタンドが銀色に輝いたのを、数ヶ月が経った今でも鮮明に思い浮かべることができる。心臓がどくんと大きく高鳴って、身体の奥の奥から震えが駆け上ってきた。彼と戦うのは初めてではなかったはずなのに、何もかもが今までと違っていた。こんな戦い方をする男なのかと驚嘆した。彼は激情の中に張り詰めたような静謐を湛え、精緻に編み上げた策の中で奔放に泳ぎ、覚悟を決めた顔つきでどこまでも軽やかに笑ってみせた。対峙したふたりの熱気はスタジアムをも呑み込んでどこまでも膨らんだ。なんだか自分も彼の曲の一部として織り込まれたようで、そこには確かに一片の悔しさもあったのだが、それよりもなんとも言えず気持ちが良かった。楽しくて仕方がなかった。
     ネズがそれをジムリーダーとしての引退試合にしたのだということは、終わってから知った。確かに「アンコールはなしだ」と宣っていたが、彼の常套句なので聞き流していた。本当の意味でアンコールはなかったのだと知った瞬間、喉の辺りになにかがつっかえたような感覚に襲われた。だがそのもやもやを吐き出すには折悪しく、ガラルは土台から引っ繰り返されるような大混乱に見舞われた。キバナもその後始末に追われ、もしかするとこの思いを伝えぬままに彼とは疎遠になるのかもしれない、とそのようなことすら考えた。
     だが結論から言えばそうはならなかった。彼に思いの一端を伝える機会は思ったよりも早く訪れた。人騒がせな王族の兄弟が陰謀を巡らせた事件の際、なぜかネズは年少のチャンピオンとダンデの弟のふたりを引き連れて、キバナの前にまた現れた。急を要する事態のさなかだったというのにも関わらず、キバナは胸が躍るのを隠すことができなかった。少年少女の目の前で、ネズに向けて「また戦いたい」と夢中で伝えた。二度も。後で思い返してみれば、それは少々大人げない振る舞いだった。なんせチャンピオンとなった少女に祝いの一言も伝えてやらなかったのである。ちょっと前のめり過ぎた、と反省した。
     しかしその反省も、ネズの反応を思い出すほどに焦りと共に薄くなってしまうのだった。どうも手応えがなかったからだ。その勘は当たっていたのだと先程判明したばかりである。相手にされていなかった。おべっかだと思われていた。本気も本気、大真面目だったのに、である。
     焦燥はやがて緩やかに、じわじわじりじりと炙られるような渇望へと形を変えていった。もう一度あの高揚を味わいたい。それだけではない。あの衝撃を自分に与えた男のことを、もっと知りたい。比喩でなく折れてしまいそうなあの痩躯、そこから横溢し充満する彼の闘志を、魂のすべてをぶつけるようなあの透徹とした歌声を。
     かくして、最近のキバナの頭の中にはネズのことばかりが浮かんで仕方ないのだった。調べて知れる範囲のことはすべて調べたし、彼にほんとうの意味で向き合うのならば、彼が文字通り心血注ぐ音楽のことも知らねばならぬと思った。リリースされていた音源はすべてチェックし、音楽雑誌のレビューまで読み漁った。その結果、ロトムにまで呆れられている。
     この感情がどういうカテゴリに属すものであるのか、まだキバナにはよくわかっていない。しかしもうキバナは止まれないのだった。それだけは、火を見るよりも明らかだった。
    「そろそろ帰ロ。ロトム、お腹減ったロト。充電を所望するロ」
    「ああ、そうだな」
     ロトムの呼び掛けで我に返った。夜更けのナックルシティの人通りは少ない。しんとした静寂が石畳に染み入っていくようだ。アルコールで火照った頬をささやかな夜風が撫でていく。
     足を踏み出そうとしたとき、ピロリン、と明るく間の抜けた着信音が響いた。メッセージが届いたときの音である。ロトムが即座に飛んできて手の中に収まる。画面に表示されていたのはネズの名前だった。うお、と出た声は切羽詰まった響きだった。
    「噂をすればネズさんロ」
    「うえ、え、はやく、表示してはやく」
     テンパりすぎだロ、と言いながらロトムはメッセージ画面を表示してくれた。そこには簡潔なメッセージが表示されていた。ブルーライトが突き刺さって、目を瞬かせながらキバナは焦点を合わせた。
    『今日はありがとうございました。また。』
     画面に映る文面を、キバナはそっと指でなぞった。今日はありがとうございました。また。今日はありがとうございました。また。何度読み返しても、飾り気も何もない、そっけない文章だった。だがそれだけで充分だった。たったそれだけの文章が、とてつもなくうれしい。画面の光にまるで温度があるかのような錯覚を覚えて、キバナは片手で自分の頬を押さえた。
    「……やっぱオレ、ちょっとやばいかも」
     ぼうっとした顔で放った言葉は、熱気球のようにふわふわと漂い、空にのぼっていった。

     ◆

    「すっかり遅くなっちゃった、すみません!」
     あっけらかんとした声と共に、少女が飛び込んできた。リーグ委員会本部、バトルタワーの一室である。月に一度の定例会だ。少女――現チャンピオン、ユウリの声にその場にいたジムリーダーの面々はちらりと時計を盗み見た。時刻は定刻一分前である。
    「大丈夫大丈夫、なんせまだ肝心の委員長がお越しじゃないからさ」
     メロンがにっこりと笑みを浮かべてユウリを手招きした。ダンデが来ていないのには皆慣れっこである。少なくとも今は同じ建物の中にいるはずなのだが。
     ユウリはやけに大きな荷物を勢いよく担ぎ直すと、いそいそとメロンの隣の空席に向かった。
     それを眺めていたキバナは、今日の彼女は見慣れない服を着ているということに気付いた。全身オレンジ色、暖かそうないかにも山向けの装備だ。見るたびに違う服を着ている彼女だが、いつものテイストとは違う装いだった。キバナの視線に気付いて、彼女は照れたようにそのジャケットをつまんでみせた。
    「へへ、実は今日カンムリ雪原の方から直接来たんです」
    「それで寒冷地仕様なのか」
    「カンムリ雪原? また随分遠出していたんだね」
     カブが驚いたように両目を見開いた。横のヤローがのんびりとした速度で首を傾げる。
    「ちょっと前はヨロイ島にようおいででしたよねえ」
    「ええ、修行もまだまだやりたいんですけど、カンムリ雪原も行ってみたら楽しくって楽しくって。最近毎日行って駆け回ってます」
    「熱心だね。何かお目当てがあるのかな」
    「はい!」ユウリは朗らかに笑った。「伝説のポケモンの調査をしてるんです!」
    「伝説のポケモンかあ」
     彼女が昼食のメニューを口にするがごとき気安さで『伝説のポケモン』と口にしたことに、もはや驚く人間はいない。前チャンピオンもなかなかだったが、この少女もまた規格外の存在なのである。
    「いろいろな伝説があるんですよ。全部受け売りですけど……えーと、豊穣の王伝説とか、三体の鳥の伝説とか、巨人伝説とか、他にもたくさん。一気に全部やっちゃうともったいないのでちまちま進めてるんですけど」
    「いいねえ、ロマンだねえ」キバナはのんびりと間延びした声を上げた。「新種のドラゴンポケモンなんかいないのかね。オレさまも暇ならすっ飛んでくんだがな」
    「探検隊メンバーはいつでも募集中ですからね!」
     そう言ってユウリは両方の拳をぐっと握ってみせた。そしてそれから不意に、何かを思い出したようにきゅっと眉を寄せた。少々困ったような顔である。
    「あっそうだ。そういえば、カンムリ雪原でちょっと気になるものを見つけたんですよね。ダンデさん来てないけど、先に皆さんにお見せしておこうかな」
    「何かな」
     ごそごそとジャケットのポケットを漁る彼女を、皆が見つめる。ユウリが取り出したのは、小さなビニール袋に入れられた植物だった。キバナは思わず身を乗り出した。
    「ちょ、それって……!」
    「はい、ミントです。自生してました。こう、自転車でぐわーって走り回ってる時に見つけたんですけど。変だなーって思って……この前の会議の時も話題に出てましたよね?」
     その場の空気がざわつく。
    「カンムリ雪原にはミントを栽培している農場はないはずよね? もちろん原産地でもないし、工場を置いているわけでもない。生産ラインには全く関係のない場所だわ。でしょう?」
     ルリナが柳眉を顰めて腕を組んだ。そのはずですけどねえ、とヤローが小さく唸り声を上げる。
    「ミントの繁殖力はすごいですからなあ……植生が変わってまうんじゃないですかねえ。心配だなあ」
    「あのねえちょっとヤローくん。確かにそっちも心配だけど、それよりも『誰がミントを持ち込んだのか』の方が問題なんじゃないの?」
     ルリナとヤローのやり取りに、キバナはぴり、と首の後ろが痺れたような感覚を覚えた。眉間を揉みながら声を上げる。
    「なあ、ちょっと待ってくれ。オレさま、関連がありそうなことに心当たりが……」
     キバナが口を開いた瞬間、バタン、とけたたましい音を立てて扉が開いた。そしてどたどたとみっちり詰まった足音を鳴らしながら一人の男が飛び込んできた。
    「みんなすまない! なぜかいつの間にかバトルタワーから出てしまっていてな! オレは何時間遅刻した?」
     視線が一斉に男の方を向く。元チャンピオンにして現委員長のダンデが、「すまない」などとはあまり思っていなさそうな顔つきで堂々とそこに立っていた。キバナは出鼻を挫かれてしまい、不服を表明すべく口角を下げた。
    「……オマエにだけ開始時間二時間早めて教えといて良かったぜ。委員長サンよ、ちょっと聞き捨てならねえ話があるんだわ。緊急で議題そっちにしてもいいか?」

     ◆

     駅から一歩踏み出すと雪国だった。
     寒風が吹き荒んでいる。見渡す限り一面の銀世界である。見ているだけで寒々しい。吸い込む息から体中に冷気が染み渡って、芯からかちんこちんに凍ってしまいそうだ。着込んできたダウンジャケットのフードを急いでかぶり、キバナはネックウォーマーに口元を埋めた。
    「さ、さ、寒い……!」
    「……こおりタイプ苦手ですもんね」
     その言葉に、キバナはわざとらしいくらい顔をしかめた。下を向けば、視線がかち合う。言葉の主であるネズも、キバナに負けないくらい厳重に防寒具を着込んできていた。膝より下にまで届く丈のダウンコートに、防水加工の施されているのだろうボトム、ハイカットの無骨な登山靴だ。普段は身体のラインも露わなユニフォームがお決まりで、私服も同じくタイトなものを好んで着ているので、着膨れしているネズは新鮮だ。知れず顔を綻ばせると、ネズはわずかに顔をしかめた。そしてふい、と視線を逸らす。
    「……先に来てる捜査班の人たちはどこにいるんですかね」
    「ああ、フリーズ村って小さな集落があるらしくてさ。そこに陣張ってるらしいぜ」
    「なるほど。では行きましょう」
     そう言うや、さっさと進んでいってしまう。さっさと、と言ってもすぐに追いつける程度だ。着膨れしていることで、ネズの後ろ姿はなんだかおもしろいことになっている。勝手に口の端が上がるのを抑えきれないまま、キバナはネズを追った。
    「待ってよ、場所わかってんの?」
    「おれはまあまあ地図読むの得意なので。どっかの方向音痴と違って」
     前を向いたままネズはそう答える。そりゃ、そのどっかの方向音痴と比べたら誰だって「地図を読むのは得意」の類いに入るだろう。
    「しかしまあ、人っ子ひとり見当たりませんね。わざわざこんなとこまで来てハーブ栽培ですか。そりゃ見つからないはずだね」
     ネズは白い息を吐き出しながら辺りを見回した。彼の顔色も、辺りの景色も、何もかもが白い。貝殻のような薄い小さな耳が寒さで切れてしまわないか、それがキバナには心配でならなかった。
     ふたりの目の前を雪がごうごうと舞う。たった数メートル前の視界がおぼつかない。あまりに周囲に何もないので、方向感覚も失ってしまいそうだ。少し先を行く白黒を見失わないように、キバナは雪の積もる大地を踏みしめて歩いた。

     ワイルドエリアでの調査データが出揃い、アブリボンの乱獲が決定的になった。さらに野生のミントがカンムリ雪原で発見されたことで、二つの事項が一つに繋がった。カンムリ雪原に手がかりがあることを期待し、ダンデは警察組織との連携で調査に乗り出すことを決定した。その調査メンバーに名乗りを上げたのがキバナであり、そして同行することとなったのがネズだ。
     キバナが立候補したのは、手がかりの一つの尻尾を掴んだのが自分であったからだ。端緒となる事実を最初に知ったからには、最後まで自分の目で確かめたいというキバナの主張を、ダンデは鷹揚に受け入れた。「きっとオレでもそうするだろう」と彼は腕組みをして頷いた。相手側の戦力がわからない以上、ポケモンバトルのエキスパートがいることは捜査上有利でもあると考えてのことでもあった。
     それが決定したあと、すぐにネズに連絡を入れた。用件を伝えた短い電話の後すぐにもう一度電話がかかってきて、スピーカーの向こうのネズは平坦な声で「ダンデに話をつけました。おれも行きますので」と告げた。
     ネズが同行すると言い出したとき、「そう言うと思った」とキバナは内心小躍りした。そして、こうなることを望んであのとき彼を引き留めたのだと、行動よりも少し遅れて自分の内側にあった期待に気が付いた。
     ネズは、一度関わったことを途中で知らん振りして投げ出すのが、おそらく苦手だ。それは連続ダイマックス事件のときから感じていたことではあった。そこに付け込んだと言ってしまえば人聞きが悪いが、要はそういうことだった。
     そのような捨て身の作戦でもってネズと行動できるようになったことは、キバナにとってはまたとないチャンスだった。なんせ、出会ってから数年越しで気になり出した途端に相手は自分と同じ職を辞したのである。後継者である妹のフォローでしばらくはジムの仕事も手伝うとのことではあったが、それもいずれは恙なく終わるだろう。そうなればおそらく彼との関わりはほとんどなくなってしまう。その前に彼とのつながりを、ほんのすこしでもいいから、どうにか強固にしたかった。犯罪事件に関わる事態だというのにキバナの頭からはその思いがどうにも離れず、よって地面からやや浮いたようなそんな心持ちでいるのであった。

     フリーズ村は、過疎化の進む寒村だ。農業にも向かず、産業も発達していない忘れ去られたような小さな村。それでもそこに住む者達は生きていかねばならない。苦肉の策で打ち出されたのが観光業らしかった。それも潤っているとは言いがたいのだが。村のあちこちに、観光客を受け入れるための民宿が立ち並んでいる。民宿と言えば通りは良いが、言ってしまえば住民がいなくなり空いてしまった建物だ。そこをベースとして捜査が開始されることとなった。ものものしい装備で忙しなく動き回る捜査員たちを、幾人かの村民が遠巻きで不安げに眺めている。それは時が止まってしまったかのような雪深い村の風景とはそぐわない、現実味に乏しい光景だった。
     キバナとネズはそのうちの一棟を貸し与えられた。広いとは言えないが、暖房のつけられた室内の暖かさにほっと芯からとろけるような心地がする。荷物を置いてスマホを取り出そうとすると、ロトムが元気いっぱい飛び出してきた。
    「わ! なかなかいいとこロトね!」
    「旅行じゃないんだぜ、ロトム」
    「そんくらいはわかってるロ。電波もちゃんと入るみたいだし、安心したロ」
     ロトムがひゅんひゅんと部屋を飛び回って物色する。つい最近まで人が利用していたようで、あまり埃なども目立たない。小さいながらキッチンや本棚などが備え付けられていて、きちんと整えられている印象だ。本棚には何冊かの本が陳列されていた。手に取ってぱらぱらとめくってみれば、それはこの村の風習や観光施策について触れられた本だった。数か所に付箋が挟まれて、書き走りのメモもある。やや幼さの残る字は、つい最近見たばかりの筆跡だった。ひょいと後ろからネズが顔を出してきて、その字を目敏く見つけ得心したように頷いた。
    「ここ、あの子が使ってたんですね」
    「うん、ユウリの字だな」
     この事態で彼女の探検は一時中断しているのだという。残念そうにしていたが、ポケモンを操る手腕はお墨付きだと言え未だ少女だ。もし犯罪組織と接触したら、と思えば仕方のないことだった。
     ネズは荷物から取り出した地図を広げ、テーブルに広げた。彼の背後からキバナもそれを見る。ネズはペンを握り、地図上に印をつけた。
    「ユウリが自生しているミントを見つけたのはこの辺りだそうです。すぐに引っこ抜いたそうですけどね、繁殖力がすごいですから」
    「広がってる可能性はあるな。厄介だなあ」
    「ただここを中心にして探っていけば、何かしら見つかるかもしれないですね」
     地図を見ながら話していると、ドアがこつこつとノックされた。応じると、外からナックル署で会った刑事が入ってきた。後ろには凜々しい顔つきのガーディが控えている。一礼して、彼はもうもうと白い息を吐いた。
    「キバナさん、ネズさん。お世話になります」
    「いえ、こちらこそ」
     ご多忙にも関わらずありがとうございます、と彼は小さく頷く。
    「お二人には緊急時の対応で力をお貸しいただくかもしれません。なんせこの辺りは野生のポケモンもかなり強くって。エキスパートのお二人がいれば心強いです」
    「おれ達の出番が少ないと良いんですがね」
    「この後二十分ほどしましたら捜査が本格的に始まります。チャンピオンからご報告があったポイントを拠点に、輪を描くように広げていく予定です」
     ではよろしくお願いいたします、そう言って刑事はもう一度一礼して出て行った。
     刑事が出て行ったあと、ネズとキバナは連れてきたお互いの手持ちをボールから解き放った。顔合わせである。ネズはタチフサグマとカラマネロ、キバナはジュラルドンとコータスだ。彼らはおずおずとそれぞれの相手陣営の様子を窺い出す。その様子にキバナは微笑む。
    「そういえばバトル以外で会ったことなかったか?」
    「確かにそうですね」
     今日いる面々はそれぞれお互いの手持ちの中では大人しいタイプのポケモンたちだった。もしここにヌメルゴンがいればもう少し賑やかだったかもしれない。彼女はキバナの手持ちの中では人懐っこい性格だ。今彼らの中で一番元気なのは、二つのチームの中で飛び回っているロトムだ。うれしそうにネズのポケモンたちに話しかけている。
     ゆったりと歩くコータスの前にしゃがみ込んで、ネズが小さく手をかざした。
    「コータスがいれば暖がとれそうで助かりますね」
    「うん、そう思ってな。ジュラルドンもオレ達のチームの中では寒さに強い方なんだ」
     タチフサグマがネズの顔をちらりと見た。なんだか人間らしい仕草である。兄貴分にどう振る舞えばよいかの伺いを立てているようだ。ネズは立ち上がり、彼の背の毛並みを撫でて微笑んだ。
    「しばらくはチームなんでね。仲良くしてください」
     チーム、の一言にキバナの口角が自然と上がる。良い響きだと思った。そういえばあのとき自分も「最強チーム」という言葉を使ったのだったか、と思い出す。それをネズが覚えているのかどうかは定かではないが、なんとなく舞い上がってしまうのを抑えられなかった。静かににやつくキバナの方を見て、ジュラルドンが小さく首を傾げた。きっとネズには無表情に見えるだろうが、付き合いの長いキバナには彼が少し呆れているのがわかる。何をニヤニヤしているんだ、とでも言いたげだ。慌てて口元を引き締め、努めて軽い話題を口に出す。
    「こんな状況じゃなきゃ、キャンプでもして親交を育みたいとこだけどな」
    「キャンプね……しばらくやってないですね。キャンプセットもマリィがジムチャレンジに出発するときにやっちまったし」
    「はは、ネズがキャンプしてるとこってあんまり想像つかないかも」
     軽口を叩きながら、キバナはちらりとネズの顔を見た。ネズの視線はポケモン達に注がれている。なんとも柔らかな表情だった。その表情は、妹や現チャンピオンら年下の人間に囲まれているときの表情に似ていた。刺々しい見た目で武装し、普段は眉間の皺や鋭い眼光で他を寄せ付けない雰囲気を放っているが、ふとした瞬間にこのような柔らかい表情を見せる。その度にキバナはなんだか胸の奥がくすぐられるようなむずむずとした心持ちになってしまうのだった。いつの間にかとっくりとネズを見つめてしまっていたが、不意に彼がキバナの方に振り向いたので思わずテーブルの脚に爪先をぶつけてしまった。ネズが怪訝な顔をする。
    「何やってんですか。ぼーっとしてないで行きますよ」
    「あ、う、うん。そうだな」
     行くぜ、と声をかけてポケモン達をボールに戻す。ネズはタチフサグマたちが入ったボールを腰に装着し、少し軽くしたバックパックを背負い直した。靴紐を結び直し、二人は民宿を後にした。

     捜査員は十名ほどのチームだった。皆地図を見ながら探索箇所の取り決めをしているようだ。
    「地域住民の方は、不審な人物は特に目撃していないと。ただしそれはこの村近辺に限った話です。あちらの雪原の方は皆さんあまり近づかないようですから」
    「近隣の住民ですらほとんど踏み入らないような場所なんですね。……確かに伝説のポケモンとやらがいてもおかしくはないようなところだな」
     ネズが顎に手を遣る。ユウリのはしゃいだ姿を思い出しているに違いない。
    「人目を避けて悪事に耽るには好都合かもなあ。まあ交通の便は良かないけど」
    「住民の方々には本日雪原の方には出向かないようにお願いしています。不審な人物を見つけましたら、一報お願いいたします」
     そう言って、刑事はふたりに無骨な無線機を手渡した。キバナは途端に目を輝かせた。ひっくり返したり矯めつ眇めつしてしげしげと眺める。
    「おお、すごい。なんかカッケー」
    「はしゃいでんじゃないですよ」
    「ははは。これを使えば、すぐに連絡が繋がりますので。よろしくお願いします。では、我々も参ります」
     刑事が小走りで去って行く。気を取り直して周囲を見渡すと、ネズはいつの間にかキバナの隣から離れたところにいた。何かの像の横にいる。キバナもそれに近づいた。
    「……何これ?」
    「……でっかいですね、頭が」
     それは荒削りな木造の像だった。下部は馬のような形を模しており、頭の大きな何かが跨がっているように見えた。なんとも言いがたい珍妙な像を、ふたりはしばし無言で眺めた。すると、どこからか華奢な老人がそろりと近寄ってきた。
    「それはですねえ、この地に伝わる伝説の王の像でしてな」
     振り向くと、老人はゆっくりと頭を下げた。聞けばこの村の村長なのだという。ネズもぺこりと一礼する。老人はその像の頭部をぽんぽんと撫でた。
    「妙に愛嬌のある像ですね」
     ネズの言うとおり、奇妙な味わいのある像だった。素人が作ったのだろう拙さだが、それでもそこには原始的な信仰の念のようなものが透けて見えた。
    「頭がでっかいでしょう。まあ長年わしらは違う形だと思い込んどったですけども。最近見つかったんですわこの頭の部分は」
    「そうなんですか」
     どうやら割と適当に扱われていたようだ。馬の背に積もった雪をキバナは払ってやった。
    「この前、あのう、年若いお嬢さんがしばらくいましたじゃろ。なんせこの村にお客が来るのは珍しくてですな、印象的でしたわ。声も背もでっかい大将もご一緒でしたけども。そのお嬢さんがいろいろと調べてらっしゃいまして、頭の部分を見っけたのもそのお嬢さんです。不肖のわしも少々お話を」
    「ああ、これを直したのはチャンピオンですか」
    「なんと、あのお嬢さんはチャンピオンでしたか!」
     老人は目をまん丸にして仰け反った。分厚い老眼鏡をかけているので、目が異様に大きく見えて少々コミカルだ。ユウリはチャンピオンだと村人に明かしていなかったのか、とふたりは揃って苦笑した。彼女らしいことである。チャンピオンになって日が浅いのにくわえ、何かに夢中になると自分のことが後回しになってしまう彼女は、つい自分が何者であるか明かさぬままに立ち回ってしまうらしかった。それでも、実力を鼻にかけるよりはずっとずっと好感の持てる在り方ではあるとキバナは思っているが。
     そりゃ知らなんだ、チャンピオンがこんな村においでなさっていたとは、と老人は恐縮したように首を振り、それからなんとなく愁いを含ませて小さく呟いた。
    「この村もかつては実りの多い村でした。この像の、豊穣の王が力を持っていたとされる頃ですな。遠い遠い昔ですじゃ。今じゃ見る影もありませんがなあ」
     キバナは何も言えず、像を見つめた。こっそりネズの方を窺う。今の話で、ネズの地元であるスパイクタウンのことをつい思い浮かべてしまったからだ。もちろん口には出さないが。ネズはといえば無表情で、キバナには感情を推し量ることはできなかった。
     移りゆく時というのは残酷なものだ。栄える場所もあれば、為す術なく置いていかれてしまう場所もある。この村は、後者の方だったのだろう。素朴な信仰心ですら摩耗してしまうほどに。
     黙り込むふたりを気にする様子もなく、老人はのんびりと言葉を続けた。
    「ただ、あのお嬢さんは、どうも何か確信を持っていろいろ調べていたようですな。わしらにはとんとわからんことですが。あながち、伝説とやらもただのおとぎ話とは言い切れんのかもしれませんなあ」
    「そうですか……」
     そこまで話すと、老人は満足したようにゆったりとその場を離れていった。マイペースな老人である。キバナはぽりぽりと頬を掻いた。
    「豊穣の王、ね」
    「さっき部屋に本がありましたね。あそこに書いてあった伝説のことでしょう」
     ユウリの走り書きを思い出す。確かにそのような記述があった。生命を育み、実りをもたらすという伝説の王。雪深く包まれ、今では痩せた土地の広がるそこで聞く伝説は、なんとももの悲しい響きだ。ユウリのような若い人間がそれに興味を持っているというのは、あの村長にとっても、そしているのかもしれない伝説のその王にとっても、嬉しいことであるに違いなかった。
    「……早いこと探検再開できるようにしてやらないとな」
     キバナが言い終わるのを待たず、ネズは髪を翻して歩き出した。ざくざくと歩くその背中はいつも通り気怠げに丸まっていた。しかしそこにほんの少し、哀しみとも苛立ちともつかないようなものを嗅ぎ取ってしまい、キバナはただ黙ってその後ろを歩いた。

     村から南に下れば、荒涼とした野原が広がっている。
     その辺りは、気流の影響かそこまで雪が積もらない。それならば開墾されていてもおかしくないはずなのだが、どうやら土壌があまり良くないようだ。黒く硬い土は水はけが充分でなく、ぐじゅぐじゅとあまり心地よいとは言えない感触を靴底に伝える。かつては人の手が入っていたとおぼしき畑の跡地も散見されたが、ほとんど打ち捨てられたようになっている。原野と言って差し支えないような状況だが、確かにこの土地を耕すのは骨が折れそうだ。
    「このあたりですね、ミントが生えてたの」
     ネズの言葉で足を止める。足下を見ると、ペグのようなもので目印が打ってあった。この辺りまで来ると調査員が忙しく動き回っているのが目につくようになる。
    「今オレらがあちこち動き回っても仕方ないような気もするけどなあ」
    「まあそうですが。でもじっと待ってるだけってのも癪だよね」
    「……オマエ、意外とそういうとこあるよな」
     いや意外とも言えないか、とキバナはこっそり思い直した。きっと、待てないからこそいろんなことを一人で抱えて一人で解決しようとするのだろう。ネズはキバナがそう考えていることなどつゆ知らず、きょろきょろと辺りを見渡している。そしてある方向を指で示した。
    「この辺の畑は、壁で囲うのが通例だったんですかね」
    「風除けかな。うーん、結構風化して崩れてるなあ」
     ネズの視線の先には、崩れかけた煉瓦の壁の残骸があった。囲いの中には、長らく手入れのされていなさそうな畑が広がっている。当然作物の影はなく、しぶとい雑草だけが逞しく根を張っている。無造作に転がった農具は、風雨に曝されて赤く錆びついていた。この畑の持ち主はもしかするともうあの村にはいないのかもしれない。
     煉瓦の壁は高く低く、何区画かにわたって続いている。湿った土を踏みしめながらしばらくそこを見回っているうちに、ネズがふと首を傾げた。
    「……今何か聞こえませんでしたか?」
    「え?」
     その言葉に、キバナは耳を澄ませて辺りを窺った。だがキバナの耳には何も聞こえない。
    「何も聞こえないけど」
    「いや、待ってください。気のせいじゃないですね。籠もってて判別しづらいけど……」
     独り言つや、ネズは確信を持った足取りでずんずん歩き出した。慌てて後を追う。
    「え、何? 何の音がするの」
    「確信は持てないですけど、これは多分……羽音ですね」
     その言葉にキバナはぽかんと口を開ける。
    「もしかしてアブリボン?」
    「じゃねーかな、と思います」
     依然キバナにはネズの言うその音は聞こえない。加えて、ネズが向かっていく方にはどうも、何もあるようには見えなかった。
    「ちょ、ちょっと待てよネズ。何もあるように見えねえぜ、そっち」
    「でもこっちから聞こえてくんですよ。あのねえ、あんまりおまえに喋られると聞き逃しちまう。ちょっとしばらく黙っててくれませんかね」
     いささか不安な気持ちを抱えながら、しばらくネズの後ろを黙って歩いた。ネズの歩みは揺るぎない。彼がしばらく後にその足を止めたのは、崩れた煉瓦の壁の陰だった。見る限り、そこには何もない。
    「……変だな。何もないのにここから聞こえる」
     そんな馬鹿な、と言おうとした瞬間、今度はキバナの耳にも、小さな、しかしはっきりとした羽音が届いた。思わず目を見開く。
    「うわっ、ほんとだ、聞こえた! っていうかこんな小さな音があの距離から聞こえてたのか? すごくね?」
     そう口走ると、ネズは「いやそんなこと言ってる場合じゃなくてですね」と顔を顰めた。
    「でもどう見ても何もないんだけど、ここ……どうなってるんだ?」
    「……エスパータイプのポケモンかな。一種の光学迷彩みたいな効果ですかね」
     キバナはそっと前方に手を出した。すると、目には実像に結ばれないままに、何か硬いものに触れた。どうやら木造の建造物のようだ。小屋か何かだろう。
     ごそごそとネズが腰につけたボールを探った。カチリと小さな音がして、赤い光が走る。
    「おまえを連れてきて良かったね、カラマネロ」
     現れたカラマネロは、澄まし顔でキバナを一瞥した。ネズが目の前の空間を指さす。
    「おまえなら何とかできるでしょう。ちょっとこれに干渉してみてください」
     カラマネロは瞼を持ち上げて頷くと、ゆらゆらと触腕を蠢かせた。キィン、と硬質な音が響き、カラマネロが青みがかった色の光を放つ。すると、少しずつベールが剥がれるように小屋の姿が現れてきた。キバナはごくりと唾を呑んだ。最初は靄をかけたように薄かったその存在感は、やがてはっきりした実像を結んだ。ネズが満足げに指を鳴らす。
    「よし、さすがです」
    「お手柄だぜ、カラマネロ!」
    「おや、お褒めの言葉をいただきましたよ」
     カラマネロは、当然だとでも言いたげにフンと息を吐いた。
    「こんな風にして隠してあるということは、ここが隠れ家の一つとみて間違いないでしょうね」
    「やましいことがなきゃこんな隠し方しねえよな。とりあえず刑事さんに連絡入れとくか」
    「ええ。……でもちょっとさっきの羽音が気になりますね。どうも苦しそうな雰囲気でした。助けを求めているような……」
     ネズはきゅ、と気遣わしげに眉を顰めた。アブリボンのことを心配する気持ちはキバナも一緒だった。
    「オーケー、連絡したらすぐに行こう」
     無線機で連絡を取ると、刑事は一番近くにいる人員をすぐに寄越すと約束してくれた。通話を終了すると、キバナとネズは頷き合い、小屋の扉をそっと開いた。扉の隙間から、埃っぽい床に光の筋が刷毛で一筋引いたように細く伸びた。人間の気配は感じられない。中を窺ったネズが、低く唸った。
    「……ひでえ」
     小屋の中は雑然としていた。あまり広くはないのを見て取ったネズがカラマネロをボールに引っ込めた。散らかった室内でひときわ異彩を放っているのは、隅に並べられた檻だ。とても清潔とは言いがたく、また充分なスペースも確保されていない中に、数匹のアブリボンたちがひしめいていた。みな一様に俯いて元気がない。
     駆け寄ると、怯え、憤るように激しく羽を震わせた。微かに残った力を振り絞るようだった。それを見て、ネズは沈痛な面持ちで両手を顔の高さに掲げ、檻の前に跪いた。キバナもその横にしゃがみ込む。
    「来るのが遅くなってごめんなさい……おれたちは、君たちを助けに来たんです」
    「オマエたちを解放しに来たんだよ。敵じゃない、信じてくれないか」
     刺激しないように静かに、だがまっすぐに語りかければ、思いが通じたのかアブリボン達はおずおずと羽を震わせるのをやめた。そしてやや躊躇するような素振りを見せてから、手前にいた数匹がすっと左右に退いた。ネズの眉根が寄る。
     檻の奥には、殊に衰弱した一匹がぐったりと横たわっていた。体つきが他の個体よりも目立って小さい。おそらく力の弱い個体だったのだろう。一刻を争う事態であると判断し、キバナはばねのように跳ね上がった。
    「鍵、探す! ネズは手当の用意を!」
    「頼みます」
     ネズが荷物を探り、回復薬を数個取り出す。キバナは素早く小屋の中を物色する。小屋はどうやらアブリボンたちから花粉と蜜を採取し、ミントを精製するための場所らしかった。ドラッグ製造の第一段階と行ったところだろうか。机の上にはやたらにでかい擂り鉢と擂り粉木やら何やら、道具がいろいろと散乱している。道具の種類だけ見れば何か料理でもしていそうに見えるのが余計腹立たしかった。
     混沌とした机上をほとんどひっくり返すような勢いで探ると、鍵の束が見つかった。
    「あった!」
     鋭く叫べば、ネズが勢いよく振り返った。そちらに向かって鍵を投げる。空中ではっしと鍵を掴んだネズは、ガチャガチャと音を立てて次々鍵穴に突っ込んだ。何本目かで、カチリと硬い音を立てて錠前が開いた。
     扉が開かれた瞬間、アブリボン達が一匹また一匹と檻の中から飛び出してくる。彼らは解き放たれた喜びでか、くるくると宙を舞った。しかしまだ中には、横たわる一匹が残っていた。ネズがそっと腕を差し入れて抱え出す。
     ネズが腕の中にアブリボンを抱えて、回復薬を与えるのをキバナは固唾を呑んで見つめた。ネズがそっとアブリボンの体を摩ってやっている。薄い唇が微かにわなないた。そして、ネズは姿勢を正し、アブリボンの小さな手を握って、静かな声で語りかけた。
    「……こんなとこで終わっていいわけないでしょう。目を覚ますんですよ、ほら……!」
     その声は切実で、だがしかし力強かった。なにかを信じる、ということ、形のない思い、強い祈りを音にすれば彼の声になるだろうと、キバナはそう思った。それは火打ち石から弾ける火花のような、岩の合間から迸る清水のような、くずおれる生命に力を与えんとする、そんな声だった。ネズの声は波紋のように部屋中に広がり、傍にいたキバナの心をも揺らした。どくん、と大きく心臓が鼓動する。じわりと目の縁が熱くなった。ぎゅうと拳を握って、キバナもネズの腕の中の小さな体に語りかける。
    「そうだ、アブリボン、起きてくれ……!」
    「起きて……!」
     すると、ふたりの声に応えるかのように、アブリボンがゆっくりと目を開けた。ぱちぱちと瞬き、じっとネズを見つめて首を傾げる。
     仲間の目覚めに気が付いて、他のアブリボン達も近寄ってきた。この小屋に訪れた時は威嚇のために鳴らされていた羽音が、今は祝福の響きを持って彼らの間に漂っている。ネズの腕の中から、小さな体の一匹がふわふわと、しかし生命の輝きを放ちながら飛び立つ。彼らはまるで踊るように空中をくるくると舞った。小屋の粗末な白色電球に照らされて、鱗粉がきらきらと散る。
     ネズとキバナは立ち上がり、しばし言葉に詰まって彼らを見つめた。なんだか今はどんな言葉も相応しくないような気がした。
     代わりにキバナはネズの細い腕をそっと掴んだ。ネズは視線を寄越さないまま、キバナの手を上から包んだ。その横顔の睫毛の先に、鱗粉が舞い降りる瞬間が、まるでスローモーションのように網膜に焼き付く。
     そしてキバナは唐突に、彼への感情が明確に形を成したことに気付いた。
     元同僚、贔屓のミュージシャン、チームメイト、それらの関係性にある人間に抱く好意としては、いささか過剰な感情。はっきりと今理解した。繋がった糸の端を離したくないと願ったのは、この男を恋うているからだったのだ。
     ネズがゆっくりとキバナを見上げる。いつもはくっきりと刻まれた眉間の皺は、今だけは見当たらなかった。そうすると、常よりもあどけなく見えてしまう。薄い水色の瞳に自分の顔が映って、キバナは動揺した。完全に、恋する男の表情だったからだ。
    「キバナ……?」
    「……あの、オレ……」
     動揺のままにネズの名を呼ぼうと口を開いたその時、ばたん、と大きな音がした。
     それは扉が開け放たれる音だった。入り口には男が立っていた。捜査員ではない。男は上着を雪だらけにして、大きな鉢植えを抱えていた。虚を衝かれたように、あんぐりと口を開けている。おそらくそれはキバナとネズも同じだっただろう。
     その一瞬ののち、男は鉢植えを放り出して一目散に駆け出した。ガシャン、とけたたましい音が鳴ると同時に、キバナとネズも動いた。飛び散った鉢植えの欠片の上を飛び越えて、小屋を飛び出そうとする。
     しかし小屋を出た途端、横殴りの風雪に頬を打たれた。天候が変わって吹雪き出していたのだ。
    「うわっ、なんだこれ!」
     思わず叫ぶ先から、口の中に雪が入り込んでくる。
    「くそ、タイミングの悪い……!」
     びゅうびゅうと吹き付けてくる吹雪を腕で防ぎながら、ふたりはそれでも男を追いかけた。あまりに強い風だ。走るのも困難である。
     前方の男も難儀しているようで、よろよろとふらつきながら進んでいた。今はまだ視界にぎりぎり捉えられているが、視界が非常に悪い。少しでも止まれば見失ってしまいそうだ。諦めて止まれよな、と悪態を吐きそうになる。
     どれほど進んだだろうか。視覚にほとんど頼れないせいで、距離感覚が麻痺してしまっている。そういえば連絡した捜査員たちはどうしたのだろうとキバナは思い出した。小屋にもついぞ来なかった。もしかすると折からのこの吹雪で辿り着けなかったのかもしれない。
     気付けば、いつの間にか雪深い場所まで来てしまったらしかった。足下が埋まるほどになってしまっている。猛烈な吹雪の中、雪を踏み分けて歩いていくのは、雪国に慣れないふたりの体力をいたずらに消耗させた。呼吸するたびに冷気が刺すように肺に飛び込んでくるのも堪えた。
     重い疲労を振り払って前方を窺うと、さっきまで足掻くように闇雲に進んでいた男が立ち止まった。どうやら観念したのかと思いきや、作戦を変えるようだ。くるりと振り向くと、こちらに向かってポケモンを繰り出してきた。男のボールから現れたのは、なんとカラマネロだった。
     ネズが唇をひくりと歪ませた。青い瞳に怒りが灯る。
    「舐めた真似しやがって……おまえみたいののせいでカラマネロ使いに風評被害が出てんだよ」
     ネズの声は地を這うように低かった。抑えきれない憤りがふつふつと彼の中で沸き立っているのが、ありありとわかる。
    「さっき小屋を隠してたのもあのカラマネロか」
    「でしょうね。カラマネロ! 目にもの見せてやれ!」
     ネズがふたたびカラマネロをボールから解き放つ。相手が同じポケモンを出してきたことに男は少なからず動揺したようだった。
    「キバナ、ここはおれにやらせてください。あいつをぶちのめさないと気が済まねえ」
     ネズは険しい顔つきでまっすぐに相手を見据えていた。吹雪は依然止まない。それどころか勢いを増している。ごうごうと耳の横で音を立てて風が吹き荒れる。氷点下の世界でネズの怒りばかりが熱を持っているようだった。
    「わかった、任せる」
     そう答えてキバナは無線機を取り出した。もう一度連絡を試みるためだ。しかし無線機のスピーカーから聞こえてくるのはザーザーという不通を示す雑音ばかりだった。顔を顰めてあれこれ弄ってみても、それは一向に変化の兆しがなかった。
    「えっ嘘だろ!? さっきまで問題なく使えてたぞ!」
     慌ててポケットからロトムを呼び出す。ロトムはいつになくこっそりと静かに出てくると、申し訳なさげな表情を示した。
    「えーとね、ごめんロ、キバナ。実はさっきから、電波、全然入んないロ……」
    「マジか!?」
    「でもおかしいロ、ほんの十分前くらいまで、強くはなかったけどそれでも入ってたロ。急にぷっつり……」
     ロトムは首を捻る仕草を表そうとしたのか、左右にゆらゆら揺れた。
    「ちなみにGPSもだめロ。ここがどこなんだか、全ッ然わかんないロ!」
    「ちょ……ちょっとそれはヤバくないか? 再起動再起動!」
    「再起動でどうにかなるんだロか……」
     一方、キバナたちの悪戦苦闘をよそに、ネズは着実に相手のカラマネロの体力を削っていた。的確な指示を与え、相手の策をひっくり返し、相棒の良さを引き出す戦術を即興で組み立てていく。
     男の顔にみるみる焦燥が浮かぶ。どうやらカラマネロは戦闘用に育てられた個体ではなかったらしい。トレーナーの指示とポケモンのレスポンスの接続が良くない。焦りは最初から不安定だった彼らの戦闘技術にさらに揺らぎを与えていた。ネズは相手のカラマネロを眺めて目を眇めた。
     自分の手持ちと同じポケモンの実力が、活かされないどころか悪事の片棒を担がされているというのは、ネズにとって許しがたい事態だった。ポケモンを使った犯罪は、残念ながらこの世界では頻繁に起こっている。だがポケモンに罪はない。彼らはたまたま人間にできないことができるように生まれてきたというだけだ。それを悪用するのはいつだって人間側だった。
     犯罪者が逮捕された場合、その手持ちのポケモンは保護施設に収容されることが多い。しかし、トレーナーが急にいなくなったという事実は彼らの心に傷を残してしまうことがある。ネズは今までそういうポケモンを何匹も見てきた。今相対しているカラマネロも、もしかするとその道を辿ってしまうかもしれない。それは、嫌だった。出会う人間が違っただけで彼らの道がこんなにも違ってしまうだなんて、やりきれない。
     だからせめて彼に、今とは違う道筋があるのだと示したかった。きっとネズのカラマネロも同じことを考えていると、ネズは信じている。おまえの仲間は違う道を誇らしく歩いているのだと、おまえもこの道を往けるのだと、このバトルで示してやりたい。カラマネロが振り向いて小さく頷いた。ネズは高らかに叫ぶ。
    「そろそろラストナンバーと行こうか! カラマネロ、イカサマ……ッ!?」
     しかしその声は途中で引き攣った。急に辺り一面が暗くなったのだ。そしてさっきまでびゅうびゅうと吹いていた吹雪が、ぴたりと止んだ。そこにいた者が皆、黙して動きを止めた。
     影が、差していた。巨大な影だった。その影は、大きくばさりと羽ばたいた。一斉に頭上を見上げる。
     そこには、異様な風体の巨鳥がいた。鳥はゆっくりと、その紫色の羽を畳んだ。畳んでなお、悠然と空に浮かんでいる。顔には仮面を被ったようだ。長い尾羽は風もないのにゆらりとゆらめく。居住まいが明らかに並の野生ポケモンとは一線を画している。キバナはごくりと唾を呑んだ。そういえばどこかで、この鳥に似た伝説のポケモンの話を聞いたことがある。
    「ふ……フリーザー……?」
    「ちょ、ちょっと待ってください。フリーザーってあんな感じでしたっけ?」
    「あっ確かに、ちょっと違う? えっじゃあ……何者?」
     ネズとキバナは小声で囁き合った。正体がわからない以上、迂闊に動くことができない。そもそもあちらが何をしに出てきたのかもよくわからない。しばらくの間、不思議な睨み合いが続いた。膠着状態がこのまま続くかのように思えたが、ややあって不意に大きな声が飛んだ。
    「か、カラマネロっ! サイコカッター、サイコカッターだっ! どっちも倒しちまえ!」
    「ッ、あのバカ……っ!」
     緊張感に耐えられなくなったのであろう男が動いたのだった。手持ちのカラマネロも戸惑っているようだ。それはそうだ。考え得る限り最悪の選択だ。しかしトレーナーが命じたことであれば、ポケモンは従わざるを得ない。戸惑った結果、サイコカッターはてんで狙いを外し、ばらばらとあらぬところへ四方八方に飛んだ。フリーザーらしき鳥には掠りもせず、遥か横を通り過ぎる。しかし、そのうち一つがネズの方へと飛んでゆくではないか。
    「ネズっ!!」
     考える前に体が動いていた。神経に電流が走る。もはや反射的に、ばね仕掛けのおもちゃのように、キバナはネズの前に飛び出していた。衝撃が走る。ポケモンたちの能力に比して、人間の体はあまりに脆い。サイコカッターがキバナの脇腹を抉ったのだ。服を貫通し、皮が裂け、肉が断たれた。痛みに声も出ない。
     男が腰を抜かして尻餅をつくのが視界の端に入った。カラマネロはどうしているのか、咄嗟に視線を移す。男のカラマネロは、ぼんやりと立ち尽くしているように見えた。はやくボールに戻してやれよ、と苦々しく思う。エスパータイプのポケモンは繊細だ。きっとあれでは、しばらくあの技は使えなくなってしまう。そんなことが頭を過ったとき、踏ん張った足から力が抜けた。
    「キバナっ……!!」
     よろめき蹲ったキバナの肩をネズが掴む。どくどくと血が流れるのがわかる。みるみるうちに服が赤く染まっていく。ぼたぼたと雪の上に血が落ち、湯気を立てる。真っ白な雪の上に、鮮やかな赤色が降る。
     その時、鳥がひときわ大きく啼いた。まるで叫び声のようだった。そして身を捩るように、羽を広げ思い切り羽ばたいた。皆が鳥を仰ぎ見る。夕闇の空に浮かんだその姿は、大自然の威容をまざまざと見せつけるようだった。
     大きく振りかざされた羽が、ふたたび吹雪を巻き起こす。今度の吹雪は、先程とは比べものにならなかった。おそらくあの鳥の力で起こしたものなのだろう。その叫び声には、怒りのようなものが籠もっているようにふたりには聞こえた。
    「怒っている、のか……? フリーザー……?」
     風の音が強すぎて、もはや何も聞こえない。呟いた自分の声さえも、唇を離れた端から風に揉まれ切り刻まれて消えていく。すぐ傍にいるネズの声も届かない。何か喋っている気がするのに。目を開けていられないのは、吹雪のせいなのか、それとも怪我のせいなのだろうか。もうキバナにはどちらなのか判別がつかなかった。
     脇腹が痛い。痛みは波のように押し寄せる。痛みの度合いが強くなったり弱くなったりするのは、キバナの意識が時折途切れることの証左に他ならなかった。痛みが遠のくたびに、肩の辺りに何かがめり込む。その度に瞼をこじ開けようとするのだが、うまくいかない。やがて瞼の上に、冷たく、だがぱさりと柔らかい感触が覆い被さった。多分、髪の毛だ。ぼんやり考える。ネズの髪かな。今度はぽたりと雫が落ちて、すぐにぱきぱきと凍った。声ではなく、震えが伝わってくる。もしかして、泣いているのだろうか。らしくないぜ。泣いてる顔なんか、想像したこともなかった。しかしその感傷すら今はもうゆらゆらと遠く、どこか他人事だ。
     風の音に混じって、甲高い巨鳥の啼き声が響いたのを最後に、キバナの意識は真っ白になった。

     ◆

     ぎゅう、と縛られるような感覚で、現実に引き戻された。熱い。なのに寒い。思い出したように歯の根がガチガチと震え出す。その瞬間、がばりと抱き締められた。ゆっくり、ゆっくり瞼を上げる。
     顔の横に、白黒の塊。その先に広がる視界は一面の白。轟音の吹雪は止んでいた。だが辺りを包んでいた夕闇はどこかに掻き消えている。文字通り、真っ白の空間だ。雪山にすら見えない。どこまでいっても白の、茫漠とした空間。もやもやと曖昧で、広いようにも狭いようにも見える。そこにふたりきり。キバナはぱちぱちと瞬いて、掠れる声で呟いた。
    「……どこ、ここ? 天国?」
    「……ほんとにぶっ殺すぞ」
     地獄の底から響いてくるような声で、キバナを抱き締めていた男が凄んだ。
    「ごめん、冗談」
    「冗談で済まねえんですよ……言って良いタイミングと悪いタイミングがあるだろ」
    「うん、ごめん、ちょっとびっくりして。……ごめん」
     ネズは一区切りつけるように、ものすごく大きな溜息をひとつ吐いた。肺の中にある空気をすべて吐ききるような溜息だった。そしてようやく、キバナから離れた。なんだか非常に気まずげな顔をしている。これ以上ないというぐらい顔を顰めて俯いた。キバナは脇腹を摩った。跳ね上がりそうになったくらいの痛みがあったが、どうやらタオルやら包帯やらで応急処置がしてあるらしい。ぐるぐる巻きに縛られている。あの縛られるような感覚はこれだったのか、と得心した。
    「これ、ネズが?」
     ネズが小さく頷いた。ぶすくれた顔だ。
    「……応急処置でしかないです。早くどうにかしないと、血が足りなくなっちまう」
    「うん……ありがとな」
     そう言うと、ネズは余計に下を向いた。
    「でもここ、一体どこなんだ?」
    「……多分、フリーザー……でいいのかな、アイツが作った空間なんじゃないかと思うんですよね。サイコフィールドに近い感じがします」
    「ってことはエスパータイプなのか……?」
    「さっきおまえのロトムとちょっといろいろ調べてみたんですけど」
     ネズがそう言った瞬間、ロトムが飛び出してきた。
    「キバナ、起きたロ!」
    「ああ、心配かけてごめん……」
    「言い訳は後でたっぷり聞かせてもらうロ」
     ロトムはビーッ、と不機嫌を示すようにアラート音を鳴らしてみせた。
    「じゃあ、報告頼む」
    「えーと、スマホの中に入れてるいろんなアプリで試してみたけど、やっぱりダメだったロ。ここに来る前からGPSも電波もダメだったけロ。こうなっちゃうともうお手上げロト。ロトムには手、ないけロ」
     ケタケタとロトムが笑う声だけが響いた。ゴーストタイプジョークは笑いづらいときもある。つまり今である。キバナは苦笑いを浮かべた。
     それをよそに、ネズはポケットから方位磁石を取り出した。手の上に置かれた方位磁石のその針は、ゆっくりくるくると回り続けていた。
    「スマホだけがダメなのかと思ってたんですけど、こっちもダメでした」
    「うえ、こええよコレ」
    「とにかく、人間にはちょっとどうしようもない事態みたいですね」
     ふたりとロトムは、もう一度ゆっくり辺りを見回した。どこまでも続く白色だ。視覚に働きかけるタイプなのだろうか、とキバナは考える。
     ロトムが入っているスマホの電池も心許ない。必死に電波を探していたのだろう、いつもよりも充電の減りがうんと速かった。礼を言って、しばらく休むように言いつけると、ロトムは大人しくスリープモードに入ってキバナのポケットに潜り込んだ。
    「あ、そうだネズ、カラマネロは大丈夫か?」
    「……ここに送り込まれる寸前にボールに戻せましたよ」
     ほっと胸を撫で下ろす。自分の腰にも、ちゃんとボールはついている。かたかたと震えるボールの中から、コータスを繰り出した。コータスは一生懸命のそのそと歩いてきて、キバナの脚をぐいぐいと鼻先で押した。心配していたのだと言いたげな顔つきだ。
    「うわ、ごめんなほんと。ちょっとあっためてくれ、コータス」
     コータスは返事の代わりに背中からぼふん、と小さな煙を上げた。ネズとキバナの間に陣取って、足を折り曲げて座った。放たれた熱がじんわりと伝わってくる。ほっとするような暖かさに、キバナの眉は緩んだ。だが、ネズの顔つきは硬いままだった。
     ネズが膝頭を抱えた。そこに半分顔を埋めるようにして、彼はしばらく黙ったままでいた。たっぷり数分の沈黙のあと、口火を切ったのはやはりネズだった。彼の声は暗く重く、金属の棒が放り投げられて落ちるように、がらりと響いた。
    「……なんであのとき、飛び出してきたんですか」
    「……わかんねえ。気付いたら、勝手に動いてて」
     そう零すと、ネズがゆっくりとキバナの方に視線を向けた。そこには思いがけない怒気が滲んでいる。予想外の反応に、キバナはたじろいだ。
    「……は? 舐めてんですか?」
    「なっ、舐めてる? なんでそうなるんだよ」
    「あそこでおまえがわざわざ飛び込んでこなくても良かったでしょって言ってんですよ。こっちにはカラマネロもいたんです。どうとでもできましたよ」
    「そっ……れでも!」
     怒りを孕ませて言い募るネズの言葉を塞ぐように、キバナは勢い込んで首を振った。
    「好き、だから」
    「は?」
     キバナの口からまろび出た言葉に、ネズは呆気にとられたようにぽかんと口を開けた。もう止まれなくなってしまったキバナは、そのままやけくそのように言葉を続ける。
    「ネズのこと、好きだって気付いちまった、から。好きなやつの身が危なかったら、動いちゃうだろ。どうしようもねえだろ! どうしようもなかったんだよ!」
     急に大きな声を出そうとしたため、脇腹が痛んだ。じくじくと熱を持つそこに手を当てながらも、一気に言い切る。
     ネズはしばらくぽかんとしたように口を開けたままだったが、そこからみるみるうちに顔を朱に染めた。だがその色は、照れなどからくるものではなかったようだ。ネズは顔を先程よりもさらに歪めて、立ち上がって地面を踏み鳴らした。
    「……なんね、そいは! なお悪いわ!!」
    「えええ!?」
     あまりの剣幕にキバナは思わず仰け反った。完全に呑まれてしまう。ふたりの間でコータスがおろおろと首を左右に振っている。それすらも目に入っていない様子で、ネズはそのままの勢いで捲し立てた。
    「後先考えろバカ! どうしようもねえじゃねえんだよ! 死んでたかもしれん! このあと助かるかどうかもわからん、のに……!」
     そこまでを叫ぶように言い終えると、ネズは大きく息を吸い込んだ。しばらく肩で息をしたあと、顔を歪ませてしゃがみこんだ。コータスが気遣わしげにネズの顔を窺う。キバナは手を伸ばして、コータスの頭をぎこちなく撫でた。そしてそのまま、ネズの方へにじり寄った。ネズはしゃがみこんだままぴくりとも動かない。肩口に、肩をくっつける。どれでもやはり、彼は動かなかった。キバナは小さな声で語りかけた。
    「ごめん……考えなしだった」
    「……おまえが……おまえが、このまま目覚まさんかったら、そしたらどうしようって、生きた心地しなかったんだ、こっちは。かっこつけのばかたれ。いっぺん天国でもどこでも行ってこい、ばか」
     震える細い肩を抱く。上着を着込んでいても、なお細い肩だった。
     頬に落ちる雫の感触を思い出した。ぱきぱきとみるみるうちに凍っていったそれを。風に錐揉みして消えてゆく声を、それでも振り絞って、ネズは叫んだのだろう。腕の中で消えてゆきそうな命の灯火を、覆い被さって守ろうとしたのだろう。このだだっぴろい、どこまでも広がっていくような、目に痛いくらい白い白い空間で、目を覚まそうとしないキバナの横で、微かな息の音だけを頼りにして、ただひたすらにじっと、目を覚ますのを待っていたのだろう。
     キバナはひたすらに、小さな声で、ごめん、と繰り返した。そうすることしかできなかった。
    「……好いたってんなら……そいつの前で死にそうな目に遭ってんじゃねえぞ、ばかたれ……」
     とん、と肩口を殴られる。弱々しい拳だった。その手を上から包んで握り締める。振りほどかれることはなかった。ネズは俯いていた顔を上げて、キバナを思い切り睨みつけた。すこし赤くなった目元が痛々しくて、キバナはきゅうと胸元を掴まれたような心地になった。
    「ほんとごめん」
    「おれに一生のトラウマ植え付ける気か、ばか。好きだってんなら最後まで気張れ」
    「ごめん」
    「もう謝んな、ばか……」
     こんなに「ばか」と連呼されたのは、人生で初めてだった。甘んじて受けた。そして、ばかばか言われているのに嫌な気持ちにならなかったのも初めてだった。それはなんだか、たとえようのない気分だった。
     心配させたことへの申し訳なさ。もし逆の立場であったらと思えば、やはり身が凍る。しかし、心配してくれたのだという稚気に溢れた喜びも拭いきれなかった。ばかばか言われるのも、反動だとわかっていれば腹の立つわけがなかった。自分のためにこの男が泣いたのだと、その体を投げ出して祈ったのだと思えば。申し訳なさと喜びと、そのどちらもがどんどんと膨らんで総身に充満するようだった。説明のつかない気分だ。こんな気持ちは初めてだった。怒られているのに嬉しいだなんて。
     キバナは込み上げるもつれた毛糸玉のような感情の塊を喉元で押しとどめようと、しばし黙ったままでいた。
     ふと、ネズが黙ったままのキバナの顔をまじまじと見つめているのに気が付いた。目線がかち合うと、ネズは顔をくしゃりと歪めた。へたくそな微笑みだと気付くまでに、すこし時間がかかった。
    「……あほ面」
     そう呟いて、ネズはようやく眉間の皺を和らげた。へたくそな笑みが、じわりじわりと柔らかな素の笑顔に変化していく。初めて見る顔だった。いや、もしかすると今までも見たことはあったのかもしれないが、自分に向けられたのは、初めてだった。
     ばぐん、とすごい勢いで心臓が鼓動した。キバナはほとんどネズに向かって頭突きをかますような形でネズの肩口に飛び込んだ。ネズはその勢いに負けてそのまま仰向けに倒れ込む。てめえ、と声が聞こえたが、抗議に応える余裕はなかった。
    「……ごっ、めん、やっぱ好き……」
     漏らした声は、自分でも「死にそうだ」としか形容のできない響きだった。先程までのこんがらがった気持ちが、今ようやく縒り合わせるように纏まってゆく。あの時、万が一にも死んでしまっていたなら、彼のこんな表情は知らないままだったのだ。ようやく実感が湧いた。改めて今更ながらに、ぞっとした。まだ何も始まっていないのに終わるところだった。身を裂くような恐怖は、強烈な生への欲望を連れてきた。
     彼が好きだ。彼と生きていきたい。キバナの唇は、ようやくに実感を以て動いた。
    「死ななくてよかった……」
    「やっとわかったかよ」
     ネズの手がキバナの頭を、遠慮がちにそっと撫でた。
    「あそこでおまえに死なれたら……あのときその場で再戦してやればよかったって、一生悔やむところだった」
    「なんだ、そんなこと考えてたのかよ。化けて出るとこだった」
     そう言うと、ネズの薄い胸が震えた。どうやら短く笑ったようだった。いつまで覆い被さってんだ、重いわ退け、という言葉で大人しく退く。
    「なあ、死なずに済んだから欲が出てきたんだけど」
     ネズが再び顰めっ面に戻った。きっとキバナが次に言うことに見当がついているのだろう。構わずにキバナは続ける。
    「あのー、さっきのやつさー、ネズの返事っていつ聞ける? 今聞いてもいい?」
    「……保留で」
    「また保留!」
     オレさまがこのまま血が足りなくて死んじゃったらどうすんだよ、とわざとらしく脇腹を示すと、ネズは一瞬の間を空けた後に「そのカードを使うのは卑怯ですよ」とぶつくさ言った。
    「……いや、でも、まあそうですね。ここから出られたらにしましょう」
     そう言ってネズはゆっくり立ち上がった。キバナもつられて立ち上がろうとすると、急にくらりと視界が回った。ネズが慌ててその肩を支える。
    「やべ……オレさま、脚めっちゃ長かったの忘れてた。血、急に回ったっぽい。足んねえんだ多分」
     わざとおどけて喋ってはみたが、声の震えは誤魔化しきれなかった。キバナを座らせ、ネズは顔を曇らせた。
    「まずいな……早くなんとかしなくちゃ」
     そうは言っても、今のふたりにこの状況を打破する手立ては浮かんでこなかった。人の力が及ばぬ場所である。
     ネズはしばらく辺りをうろつき、カラマネロのサイコパワーなどをがむしゃらに試していた。しかし甲斐なく戻ってきた。ほんとうに何もない空間なのだ。手応えも何もなく、吸い込まれていくようであったという。ただでさえ良くはない顔色がより蒼白の度合いを増していく。焦りが垣間見えた。
     キバナの方も、不調を意識すまいとすればするほどにそれは存在感を増していった。たびたびネズがカラマネロの催眠術を応用して痛み止めを施してくれるのだが、それも次第に効きが悪くなってくる。だんだん頭のほうもぼうっとしてきた。コータスが上げる煙も、上空にただもやもやと消えていく。
     やがてふたりは途方に暮れて、元の場所に座り込んでしまっていた。キバナなどはもう座ることすらもおぼつかず、ネズの荷物を枕代わりに横たわっている。
    「なあ、ネズ」
    「なんです」
     やけにやさしい声で、ネズが囁くように返事をする。それはきっと、キバナの声が小さく、弱々しいものになってきたからだった。
    「お願い、いっこ聞いてくんない?」
     そう言うと、ネズはこくりと頷いた。キバナの眉間に皺が寄る。波のように襲い来る痛みのせいだ。そしてようよう、唇をわななかせた。
    「気を、紛らわせたい。歌ってくれないか」
     キバナの願いに、ネズは目をすっと細めた。細い指が、キバナの額を撫でる。
    「おれの歌、高くつきますよ」
     言葉とは裏腹な、やさしい声音だった。キバナは何回も小さく頷いた。
    「いいよ。これから一生かけて返すから」
    「……上等だ」
     そう言うと、ネズはすっくと立ち上がった。
    「マイクもねえ、伴奏もなし、音響も最悪だけどさ。いいよ、歌ってやるよ、おまえのためだけに。とっておきのナンバーだ」
     ──受け取りな。
     そう告げると、数瞬の間を置いて、すう、と大きく息を吸い込む音がした。キバナは瞼を閉じて、ネズの唇から溢れ出す歌声に耳を傾けた。
     刹那のうちに、キバナの脳裏にはあの日の砂嵐が広がる。それはあの時彼がざあざあと渦巻く砂塵のなか高らかに響かせた、あの曲だったからだ。
     ヘアバンドの下に滲んで滴り落ちる汗も、口の中に否応なしに入ってくる砂利も、土煙の向こうに光る蒼い瞳も。すべての記憶がまざまざと再生される。
     何の苦もなく喉から溢れ、突き刺さるように天に通ってゆくハイトーンの歌声。時に激しく、時に柔らかく、ネズの声は豊かに響く。愛の名の下に、祈りのように差し向けられるその旋律は、あの日と変わらず。
     ただひとつ。ただひとつ違うのは、彼がその愛を手向ける相手だ。あの時は、彼が愛を送ったのはきっと彼の故郷、そして今、その愛を向けているのは。
    「返事、くれたも同然じゃん……」
     キバナは小さな小さな声で呟いた。聞こえただろうか。うたうのに必死で、届きはしなかっただろうか。
     ネズはうたうのをやめなかった。
     全身に満ち満ちる感情を何倍にも増幅させて、今持ちうるすべてを声に乗せて、彼はうたった。それは、目の前のキバナだけでなく、そこを超えてどこかもっと遠くまで届けようとしているかのような、そんなうたい振りであった。
     ネズが最後のバースに入ろうと天を仰いだ、その時だった。ふたりの耳に、馬の嘶きのような声が聞こえた。
     白く靄がかっていた空間が、ゆらゆらと揺れる。乳白色の靄の向こうから、蹄の音が響く。さすがのネズも歌を止め、ひゅっと息を呑んだ。キバナは霞む目を擦って、近づいてくる何かの姿を捉えようとした。
     やがて姿を現したのは、巨大な、深雪のように真っ白の馬に跨がった、何かだった。
     植物の蕾のような、深緑の大きな冠が頭に戴かれている。穏やかな知性を湛えた瞳で、その存在はゆっくりとネズとキバナを見据えた。ふたりはほとんど同時に、口を揃え呻くように声を発した。
    「ほ、豊穣の王……!」
     その声に、豊穣の王は満足したように瞳を眇めた。かむぅ、となんとなく気の抜ける鳴き声を上げ、王はふわりと重力を感じさせない動きで愛馬から下りた。地面から数センチ浮かび上がった状態で、すうっと滑るように近寄ってくる。その様子を見て、ネズが思わずといった様子でぽろりと零した。
    「あっ、たま、でけえ」
    「ちょ、気悪くしたらどうすんだ」
     すみません、と我に返ったネズが律儀に謝ると、王は鷹揚に小さな腕を左右に振った。気にしていないということだろうか。なんだか妙に気安い感じだ。話によれば強大な力を持つ伝説のポケモンだというのに。
     しかし、今の様子はともかく、先程の現れ方はやはり伝説の存在としての威容に溢れていたのは確かだった。不意に現れ、そしてどうやら敵意は持っていなさそうだったが、王はなぜ、何をしに現れたのだろうか。突然のことに回らない頭で考えて、数瞬あとにキバナは呆然と呟いた。
    「えっと、もしかして……ネズの歌で来てくれた?」
     王はなんとなく喜色を滲ませたように見えた。どうやらその通りらしかった。
    「確かにいっつも路上ライブとかのときに野生ポケモンも集まってるけど……!」
    「伝説のポケモンまで呼んじまいましたか……」
    「もうそういう方向でCD売ったらいいんじゃねえの、ポケモン引き寄せ用って銘打って」
     あまりの衝撃に事態を呑め込めないふたりの傍に、王は近寄ってきた。そしてキバナの脇腹を腕で指す。
    「……この傷のことか?」
     王はこくりと頷いた。キバナは引き攣る腹の痛みに耐えながらなんとか座り直す。王はさらに近寄り、キバナの横に浮かぶと、小さな手を傷の辺りに翳してその瞼を閉じた。すると、柔らかな光が王からじわりと放たれはじめる。キバナは傷の辺りに心地よい暖かさを感じ、目を瞠った。隣でネズも同じように口をぽかんと開けていた。
    「生命を育み、実りをもたらす……癒やしの力か……!」
     血に濡れた包帯の下で、細胞が活性化してゆくのを感じる。そこだけ早回しで時が進んでゆくようだった。ほかほかと暖かく、ちりちりと痒みが走る。キバナを苛んでいた痛みが、じわじわと消えていく。
     しばらくの時を経て、王がふたたびその瞼を開ける。包帯を恐る恐る外すと、なんとその下の傷はきれいさっぱり、痕も残さずに消え去っていた。
     ポケモンの中には治癒能力を他者に行使できるものがいる。しかし大抵、かすり傷やちょっとした切り傷を塞ぐ程度の能力だ。ここまでの傷をこの短時間でほとんど跡形なく治癒してみせるのは、並大抵の業ではない。
    「すげえ!! な、治ってる……!!」
     キバナの上げた声に、王は誇らしげに胸を張った。ネズが目を零れそうなほどに見開いて、キバナの脇腹にそっと手を触れた。
    「ほ、んとに治ってる」
    「ありがとう……ほんとうにありがとう。命の恩人だ」
     キバナは姿勢を正し、王に改めて向き直った。穏やかな瞳が、ふと微笑んだようにも見えた。
     王は、キバナとネズには意味を解することのできない鳴き声で何事かを喋った。伝えたいことがあるらしい。
     ふたりが立ち上がると、王はふわりと浮かび上がり、ふたたび愛馬に跨がった。愛馬がぶるぶると鼻を鳴らし、くるりと向きを変える。馬上で王が振り向き、じっとふたりを見つめた。
    「ついてこいって言ってるのか?」
     王は小さくこくりと頷くと、前を指し示した。小さな脚でとんと馬の腹を叩き、手綱をくいと引けば、白馬がゆっくりと歩み始める。
     ふたりは王が指し示した先を見た。相変わらずそこには白い空間が広がっている。顔を見合わせ、ふたりは荷物を担いだ。コータスをボールに戻してやり、馬上の王を仰ぎ見る。
    「ここから出られるんだな」
     王はゆるりと目を細めた。キィン、と耳ではなく脳に直接響くような音がして、やがて足下にもやもやと霧が立ち込める。そして王の歩む先には、眩い光が差し始めた。キバナは横を歩くネズの手を取る。ネズは一瞬はっとしたように小さく体を震わせたが、しかしすぐに強い眼差しでキバナの瞳を見つめ返した。
    「……ここから出られたら返事。忘れてないよな?」
    「忘れてないよ」
     ネズはそう呟いた。うたうような口ぶりだった。
    「おれとしては、あの歌に籠めたつもりですけどね。でもおまえが、それでも言葉にしてほしいって言うんなら」
     いくらでも言ってやろう。新しい命の言祝ぎに。
     そう口にして、ネズはキバナの手を握り返した。
     白馬がその足取りを速める。キバナはそれにつられるように小走りに駆け出した。十分ほど前には死と隣り合わせだったのが嘘のように、今キバナの満身に力が満ち溢れている。ネズは「なんで走るんだよ」とぼやいたが、キバナの手を振りほどいたりはしなかった。呆れたような顔で、それでも、笑っている。そうして彼らは光の向こうへと駆け抜けていった。

     ◆

    「いやあ、そんなことってあるものなんですねえ」
     医者は呑気な声でカルテを見て呟いた。
     ナックルシティ、大学附属病院の一室である。念の為と訪れたのだが、検査結果はむしろ去年の健康診断の際よりも数値が良くなっていた。
     先程医師に説明した一連の顛末は、まるで夢物語のようで、説明すればするほどに真実味がなくなっていくのには苦笑せざるを得なかった。かなり深い傷を負っていたのだと捲って見せた脇腹はつるりとしていて、医師が大真面目な顔でそこを検分するのを恥ずかしく感じてしまったほどだ。
     病院から出てすぐに、ネズに報告のメッセージを入れる。既読のサインはすぐにはつかなかったが、まあそのうち折り返し連絡が来るだろう。キバナは燦々と降り注ぐ陽光に、手を翳しながら天を見上げた。
     あの後、王に導かれ、キバナとネズは無事現実世界へと帰ってくることができた。不意にまろび出たそこは、フリーザーらしき巨鳥と出会った場所から寸分違わぬ場所だった。吹雪はもう名残もなく収まっており、すぐ近くにカラマネロと一緒に男が目を回して伸びていた。慌ててその男を確保していたそのほんのしばらくの間に、豊穣の王はいつの間にか姿を消してしまっていた。残念がるキバナに、ネズは「なんとなく、そのうちまた会えそうな気がするんですよね」と呟いたのだった。
     そこからは大忙しだった。無線機は不調が嘘のように回復し、すぐに捜査班と連絡が取れた。ふたりの体感としては、巨鳥との邂逅から数時間、少なくとも三、四時間は経過していたのだが、実際の時は数十分ほどしか経っていなかった。捜査班はといえば、連絡の取れなかった間、同じところをぐるぐるとひたすらに回らされていたらしい。それもおそらく何らかのポケモンの力だろう。キバナとネズに合流した彼らの疲労の色は濃く、王の力のおかげでむしろ元気いっぱいに回復していたキバナは惜しまずに協力した。
     確保された男は、意識を取り戻し取り調べが始まると、しおしおと萎れおとなしくすべてを白状した。人目の少ない雪原でミントを栽培、アブリボンたちに無理矢理採取させた蜜でサプリメントを作り、他の場所で製造した化学成分と混ぜ合わせていたそうだ。概ねキバナの予想通りである。ミントについては、まだ入手が比較的自由であった頃に手に入れたものをこっそりと栽培していたらしい。他の製造場所についても男の自供によって判明し、販売ルートの摘発にも乗り出す予定とのことだ。まだまだやるべきことは山積みであり、その点はダンデの処遇を待つしかないが、とりあえず事態が大幅に前に進んだということは確かだ。
     ただ、いろいろな事情が重なったとはいえ、命に関わるような危険な目に遭ったということについて、キバナとネズはたくさんの人から心配やお叱りの言葉を甘んじて頂戴した。リョウタやレナたちには泣かれたし、ネズもマリィからみっちりお説教を受けたらしい。ダンデはキバナの仕上げてきた報告書を読んで一言、「オレも会いたかったぞ、伝説のポケモン! いいな、雪原!」とうきうきした声を上げた。あそこにダンデが行けば絶対にややこしいことになるだろう。キバナは「絶対一人で行くなよ、もし行くんならリザードンと腰の辺りで鎖かなんかで繋いで行くって約束してくれ」ときつく言いつけたのだった。
     ところであの男は、キバナとネズが追いかけてきた際の状況について、「いかつい男ふたりにすごい剣幕で追いかけられてものすごくこわかった」のだと供述したらしい。この「いかつい男ふたり」という言い回しをネズはいたく気に入ったようだった。新曲に使ってもいいな、とネズは珍しく微笑みながら口走った。どんな新曲なんだ、今回のことを歌にするのか、とキバナは思いながらもつつきはしなかった。
     のんびりとナックルの石畳を歩いていたキバナの耳に、軽快な着信音が届いた。呼ぶ前にロトムの方から飛び出してくる。画面上に表示されていたのはネズの名前だった。すい、と画面を操作して電話に出ると、『どうも』と落ち着いた声音が耳に飛び込んできた。
    「よう」
     応える声の調子が甘いことに、ネズは当然気付いているに違いない。しかしそこには触れずに、ネズは落ち着いた声のまま、ええ、とかうん、とか微妙な相槌を打った。
    『ええと……異常なくて良かったですね』
    「おう、ありがと。何にもねえのに病院行くの、なんか変な感じだった」
     ふふ、と小さな含み笑いが聞こえた。それと同時に、びゅう、と風の音がネズの背後から聞こえる。
    「外にいんの?」
    『ええ、その、実はナックルにいます』
    「マジで?」
     今日病院行くって言ってたでしょう、とネズは小さな声で呟いた。
    「風の音がする。どこにいるの?」
    『宝物庫の……展望台のとこです』
    「わかった。ちょっと待ってて、すぐ行くから」
     返事も聞かずに通話を終了して、キバナは流れるような動きで腰につけていたボールからフライゴンを繰り出した。フライゴンは慣れた動きでキバナが乗りやすいように身を屈める。ひらりと飛び乗れば、彼はあっという間に市街地の上空へとぐんぐん高度を上げた。風に乗って滑空すれば、宝物庫には数分もかからず到着する。上空から見下ろすと、屋上部分に佇む白黒のシルエットが見えた。風に吹かれて、豊かな髪が翻っている。フライゴンが羽を震わせて美しい音を奏でれば、彼は面を上げた。ふわりと高度を下げて、屋上に降り立つ。ネズが小さく胸の辺りで手を上げた。近寄ってハグを贈ると、少々身を固くしながらもそれに応えるようにぎこちなくキバナの背をぽんぽんと叩いた。
    「すぐだっただろ」
    「ええ」
     そう言うと、ネズはふいと顔を逸らして展望台からの光景を眺めた。キバナもそちらに体を向けて、しかし顔はネズに向けたまま、彼の言葉を待った。風がネズの髪を揺らす。右隣にいると、彼の顔は見えない。チョーカーをカチカチと音を鳴らして弄って、ネズは躊躇いがちに口を開いた。
    「……ダンデが」
    「ダンデぇ?」
     いきなりネズの口から終生のライバルである男の名前が出て、キバナは思いっきり顔を顰めてしまった。なんで今ダンデだ。横にいるのオレだろ。子どもっぽい嫉妬の滲んだ声に、ネズはキバナの顔を見てぱちくりとまばたきをした。その反応に急に気恥ずかしくなったが、ネズは少し間を置いてくすくすと笑い出した。
    「なんつー顔を」
    「うっ……ほっとけ。んで、ダンデがなんだよ」
     ひとしきり笑った後、肩の力が抜けたようにネズは微笑んだ。陽光に照らされて、白い頬はいつもよりも顔色が良いように見える。
    「……ダンデが、最近ダブルバトルに入れ込んでるらしくてね」
    「うん……? うん」
     なんでオレは思い人からライバルの近況を聞かされなくちゃいけないんだ、と思いつつキバナは渋い顔で頷いた。
    「ユウリから聞いたんですけど。あまりに入れ込んでて、近々大きな大会を開きたいだとかべらべら喋ってるそうなんですが」
    「はあ……」
     それがどうしたと言うのだろう。ネズは相変わらず、そんなキバナを含み笑いと共に見つめている。
    「その様子じゃ、まだダンデはおまえのとこには話を持ってってないですね」
    「ええ? いや、何の話だよ。全然わからん」
    「おれんとこにはもう来たんですよね。いやこの前あいつスパイクの辺りで迷子になってやがって、ついでみたいな感じで渡されたんですけど」
     そう言うと、ネズは懐から一通の封筒を取り出した。少し黄みがかった、高級感のある封筒だ。リーグ委員会公式のものであることを示す赤い封蝋が押されている。
    「ジムリーダーを中心にした実力者を招待してのタッグバトルの大会。ガラルスタートーナメントとか銘打つらしいですけど。近々、開くんだそうです。鋭意準備中だとか」
    「おお?」
     キバナはきょとんとして、ネズの顔を見た。
    「これはその招待状です」
    「……ジムリ、引退しただろ。出るの?」
     恐る恐る問いかけると、ネズはぽりぽりと頬を掻いた。
    「いや、最初はめんどくせえって断ろうかなと思いましたよ。でもマリィが『出るべきだ』って言うもんで。絶対スパイクにプラスになるからって」
    「うん、妹ちゃんは正しいな。タッグバトルか……妹ちゃんと組むの?」
     キバナの言葉に、意外にもネズは首を振った。
    「いや、マリィは他と組むそうです。兄離れですかね……複雑ですが」
    「あっそうなんだ?」
     ネズは小さく頷くと、ふたたびしばらくの間口を噤んだ。ぱちぱちと瞬きが増え、唇が幾度かぎこちなく震え、所在なげにまたチョーカーを弄った。
    「えっと、その……なんだ」
    「うん」
     キバナはじっとネズの言葉を待った。
    「この前の、返事……も、兼ねて、ではあるんですけど」
     ざあ、と風が吹く。薄い水色の瞳に陽光が反射して、キバナは眩しさに目を細めた。決心したように、ネズがまっすぐにキバナを見つめて口を開いた。
    「おれと……チーム、組んでくれませんか」
    「組む!!」
     考えるより先に、口が動いていた。あまりにノータイムで応えたため、ネズは一瞬呆気にとられたあと、声を立てて笑い出した。
    「おまえね、もうちょっと考えるってことをしたらどうなんですかね」
    「や、いいだろ、こんなん。考える必要ないもん。すげーうれしいもん」
    「ふふ……ああ、くそ、緊張して損した」
    「緊張したんだ」
    「まあ、それなりに」
     ネズは俯いてふわりと笑った。
    「ちょっと、その。思いついて、なんか……おれらしくもなく、ちょっと、えー……テンションが、ですね」
    「うん?」
     ネズはしばらくもごもごと口ごもったあと、ポケットからスマホを取り出した。
    「えっと……その。新曲が……できちまって」
    「えっ? 新曲?」
    「新曲、です……おまえが、いいって言ってくれたら、その……試合の時にお披露目しようかな、とか、考えちまって、書き出したらなんか……あっという間にできちまって」
     歯切れ悪く、ネズはぼそぼそと喋った。照れているのだろうか。キバナの胸に言いようのない感情が満ちる。
    「えっ、あの、あの時の『いかつい』とかいうやつ、あれ? あれ使ったやつ?」
    「あー、はい、うん……聞きます? まだ仕上げとか済んでなくて仮歌しか入れてないですけど」
    「聞く!!」
     ネズがごそごそとイヤフォンを取り出す。すいすいと端末を操作する指先を眺めながら、キバナは口角が上がるのを抑えることができなかった。
    「……好きだよ、ネズ。うれしい。オレを選んでくれてありがと」
    「……恥ずかしいわ」
     イヤフォンをキバナの耳に押し込みながら、ネズは耳の先まで赤くした。遮音性の高い高価そうなイヤフォンが耳を塞いで、風の音が聞こえなくなった。響くのは己の心音だけだ。音楽が流れ出す。のびのびとした、気負いのない旋律だ。
     目の前のネズの唇が動く。その声は音楽に掻き消されて聞こえなかった。だが、唇の動きだけでキバナには充分すぎるほどに伝わった。
    「……おれも、好きだよ、キバナ。出会えてよかった。生きててよかった。これからも、よろしく」


    蹄/ひつじ Link Message Mute
    2022/09/28 21:45:13

    Beyond the Blizzard

    2021年3月チャレにて発行、pixivで全文公開していたものです。

    街にはびこる違法ドラッグの影。手がかりを追い、雪原に乗り出した二人の前に立ちはだかるのは──。
    知人発深い仲行きのkbnz。DLCの内容を踏まえたものになっています。捏造たくさん。

    【注意!】ドラッグ、デートレイプの描写があります。ネームドキャラが使用するものではありませんが、フラッシュバックの恐れにご留意ください。
    また、pkmnが悪用される描写があります。

    #kbnz

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    • magic hour + morekbnz短編集、全年齢のものの再録です。
      様々な捏造、第三者との関係性を前提としたもの、なんやかんや何でもありです。

      #kbnz
      蹄/ひつじ
    • ゆめのあとさきフェアリーの悪戯で様子がおかしくなったnzくんに振り回されるkbnくんの話。
      「夏の夜の夢」(NTL版)のちょっとしたオマージュになっています。
      雨の中踊るふたりが見たかったのです。

      2020年に出したkbnz本の再録です。

      #kbnz
      蹄/ひつじ
    • スパンコールとバラ色の日々Twitterで連載していたkbnz 30days challengeをまとめて本にして頒布したもの、の再録です。
      例のごとく捏造しかありません。

      #kbnz
      蹄/ひつじ
    • 月光譚 / こおりをとかして こおりにとざしてpixivで公開していたウスパパ関連の短編集です。
      ウスパパを巡るミラさん、ノースの円満三角関係が好きです。
      当然ながら捏造しかありません。

      ※当人がいない場での性的揶揄の描写が含まれます。
      ※277死柱情報により、ノースディン過去捏造は本編と矛盾した情報になりました。ですがそのままにしておきたいと思います。277死より前に書いたことをご承知おきください。

      #ウスミラ  #ノスウス
      蹄/ひつじ
    • Drive It Like You Stole It/Let the right one inkbnz再録です。パロものでまとめています。
      ・学パロ プロムをぶっ壊せ
      ・吸血鬼パロ
      の二本です。

      #kbnz
      蹄/ひつじ
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